虚界の叙事詩 Ep#.20「夜光」-1
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ユリウス帝国首都

 

γ0057年11月30日

 

8:45 P.M.

 

 

 

 

 

「何だァッー!先輩ッ!一体、何が起ったってんだァーッ!!」

 

 轟音の中に浩の叫び声が響き渡る。衝撃波がヘリを煽り、彼らの足場は揺るがされていた。

窓からは白い光が溢れ出して来ている。

 

「分からないッ!だ、だが!凄まじい『力』だ!凄まじい『力』が溢れ出して来ている!」

 

 隆文も叫んで答えた。

 

 辺りではヘリの音さえもかき消し、ジェット機のエンジン音のような轟音が響き渡っている。そ

れは光の音だ。白い光が、突風のように吹き荒れている。

 

「前方が光に包まれ、全く確認できません!それに、もの凄い衝撃です!ヘリが安定しませ

ん!」

 

 ヘリのパイロットの声。

 

 計器類が激しく悲鳴を上げ、ヘリは震えた。視界には白い光だけが広がり、もはや上も下も

分からない状態。

 

 首都を包み込んでいく光は、1区の《セントラルタワービルの屋上》を中心とし、球形にその範

囲を広げて行っていた。

 

 今や、球形は直径3キロメートルを超え、首都の高層ビル群を次々と呑み込んで行ってい

る。

 

 白い光に呑み込まれたらどうなるか。『SVO』メンバーには、それを知る事は無かったが、感

じている『力』から想像はついていた。

 

 この白い光は、『ゼロ』の『力』そのもの。あの『ゼロ』が放っている光なのだ。

 

 呑み込まれるような事があれば、彼の持つ強大な『力』によって、押し潰されてしまうだろう。

まるでブラックホールの中に突入するかのように。

 

 ヘリは全速で、光から逃れようとしていたが、白い光はそれよりも速いスピードでその範囲を

広げて行っていた。

 

 白い光は衝撃波を伴い、巨大な瓦礫や、ビルそのものさえも、空中へと巻き上げられてい

た。

 

「先輩ッ!太一ッ!一体、何がどうなってんだッ!?この『力』は、『ゼロ』なのか?『ゼロ』その

ものなのか?」

 

 浩がわめき散らす。彼の体は、ヘリの床に投げ出されていた。何とか床に渡してあるベルト

にしがみついている。

 

「そうだ。この『力』は『ゼロ』そのものだ。奴は、一つの都市を自分の『力』だけで、破壊できる

ほどに成長してしまっている」

 

 そう独り言のように答えたのは太一だった。彼は、荷物を繋ぎとめて置くためのベルトにしが

みついていた。

 

「何だと!そんな事が!」

 

 と、同乗している『ユリウス帝国』の『皇帝』、ロバート・フォードが答えた。

 

「ああ、こんな事をさせているのは、近藤さ。あいつが、『ゼロ』の『力』にきっかけを与えたんだ

ろう。奴がやりたかったのは、これだ」

 

 隆文が付け加えた。

 

「近藤。あいつめ。そんな事を」

 

 ロベルトがそう答えた時、ヘリの外の様子が変わった。

 

 眩いばかりに差し込んできていた光が、急速にその光を弱くしていく。光の範囲は、既に直径

5キロ程にまで及んでいたが、一転して、その範囲を、急速に縮めていた。中心部へと光は凝

縮して行き、それが一定の大きさにまで縮まった時、光は、散り散りに散乱しながら、爆発的な

衝撃波を周囲へと振り撒いた。

 

 それは、巨大な爆発だった。ヘリは衝撃波に煽られ、大きく揺れる。

 

「今度は、一体何だってんだァーッ!」

 

 浩が叫んだ。

 

「分からないッ!」

 

「コントロールが効きません!今すぐにも着陸しないと危険です!」

 

 パイロットが叫ぶ。ヘリの揺れは先程よりも増していた。

 

「着陸するなんてよォ!こんな状況でか?」

 

 そう言ったのは、同乗していたジョンだった。

 

 急速に縮まった光から放たれた、凄まじい勢いの衝撃波は、首都の建物を、光の時よりもさ

らに広い範囲で破壊して行っていた。爆風により、窓ガラスを粉々に砕けさせ、ビルそのものを

も吹き飛ばす。破壊の跡が、円形に広がって行った。

 

 そして、その爆発の中心で起ったのは、巨大なキノコ雲だった。首都の上空をオレンジ色に

染め上げ、巨大なキノコ雲がゆっくりと立ち上る。

 

 すでに首都を覆っていた灰色の雲をかき消しながら、キノコ雲は、上空に広がって行ってい

た。

 

 それは、ほんの数秒もしない間での出来事だった。爆風は、一瞬にして通り抜けていってしま

う。

 

 爆風に煽られたものの、ヘリは、幾分か落ち着きを取り戻し、安定して上空を飛んでいる。

 

「おい、よォ。大丈夫だったか?」

 

 と、ジョンがヘリのパイロットに尋ねていた。

 

「え、ええ。既に距離が離れていましたので、でも、もう少し近かったら墜落していたでしょう」

 

 そんな会話を尻目に、『SVO』のメンバー達は、ヘリの窓から、外の光景を確認しようとして

いた。

 

 夜だったはずの首都は、オレンジ色のキノコ雲に照らされ、さながら夕方でもあるかのようだ

った。先程の白い光に比べれば、その光の強さは幾分も減ってはいたが、眼に焼きつくような

光景だった。

 

 キノコ雲が上がっているのは、《ユリウス帝国首都》の最も中心部。あの《セントラルタワービ

ル》のある辺りだ。1区や、その他、人工島は完全に消滅し、今では雲に覆われている。

 

 ヘリの中に者達は、何も言う事ができなかった。

 

 これは、まさしく数日前、『NK』で起った惨事と全く同じ出来事だ。核爆発に等しいか、それを

上回る出来事が、大都市の中心部で炸裂したのだ。

 

 一瞬にして、百万単位の人間が消滅し、国自体にも壊滅的被害をもたらす。それが、1度な

らず2度も現実で起ったのだ。

 

 そしてこれは、『ゼロ』がやった事。『SVO』のメンバーは理解していた。『ゼロ』が、たった一

人で、やった事だと、彼らは理解していた。

 

 だが、数日前の『NK』での惨事は、『ユリウス帝国軍』の兵器、高威力原子砲の弾に、『ゼ

ロ』自身がなる事で、引き起こされた出来事だった。

 

 この《ユリウス帝国首都》の、たった今、起った出来事は違う。あの場には何も無い、『ゼロ』

しかいなかった。彼が利用できそうな兵器も何も、あそこには無かったはずだ。

 

 それでも、数日前の『NK』に匹敵するような惨事が、ここで起きた。

 

「なァ。これってよォ。『ゼロ』がやったのか?」

 

 ヘリの窓の外の光景に、今だ信じがたいという眼を向けながら、浩が呟いた。

 

「ええ、そうね。そうに違いないわ。そうじゃあ無いって言うのなら、一体何がこんな事をできる

って言うのよ」

 

 と、語気を陰鬱にさせた絵倫が答えた。

 

 そこへ『皇帝』ロバート・フォードが歩み寄ってきて、同じようにヘリの窓を眺めた。

 

 間近で見る、1つの大国の最高指導者の顔。それは、深い彫りの中に隠された威厳のある

顔だった。

 

 しかし今、ヘリの窓の外を見つめるその顔は、どこか違うものを感じさせる。責任と、罪の意

識を感じさせる顔だった。

 

 彼は、ゆっくりと呟いた。

 

「これは、世界の終わりだ」

 

 ロバート・フォードの発した言葉は、それだけだったが、その言葉はまさに、彼らの目の前に

広がっている光景を形容するに十分だった。

 

 このキノコ雲が上がり、それが散っていく様。オレンジ色の光に照らされている様子から見て

取れるものは、全ての破滅。人々の死。それ以外に何も無かった。

 

 そんな中、背後から、ジョン達の声が聞こえて来る。

 

 例え、自分達の国の首都が目の前で破滅して行こうと、彼らにはすべき任務があった。

 

「おい。東部地域本部へと向かえ。国防長官が負傷したと伝えろ。あと、『SVO』の連中と、『皇

帝』をついに捕えた。これから連行する。ともな」

 

 太一は、声がして来た背後を振り返った。操縦席の方からジョンが、こちらを向いて来てい

る。

 

 太一とジョンは目線を合わせる。それは睨み合いだった。

 

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『タレス公国』《プロタゴラス》

 

『ゼロ』対策本部

 

12:45 A.M.(《ユリウス帝国首都》との時差−20時間)

 

 

 

 

 

 《ユリウス帝国首都》が白い光に包まれた時、『タレス公国』の『ゼロ』対策本部でも、衛星か

らのリアルタイム映像によって、その光景は確認されていた。

 

 対策本部の中央には、巨大なディスプレイが掲げられ、そこには《ユリウス帝国首都》上空か

らの映像が映し出されていた。

 

 つい、数分前から、タワービル上空には、不気味に渦巻く赤い光が確認されていた。それは

タワービルを中心とする巨大な球体のようなものであり、竜巻のような現象を伴う光だった。

 

 しかしそれはある時一転、突如として、首都を呑み込んでいく白い光と成り代わった。

 

「何と、言う事だ」

 

 思わずそう声を発していたのは原長官だった。対策本部にいる皆が驚愕の眼で、ディスプレ

イ一杯に広がる光を見つめ、混乱した声を上げている。

 

 原長官と『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク大統領は、吹き抜けの2階にある通路から、

その様子をディスプレイ越しに見つめていた。

 

「『ゼロ』」

 

 ドレイク大統領は呟く。彼ですら、ただただ、その白い光に眼を奪われているしかなかった。

 

 あの『ユリウス帝国』が、高層ビル群が、次々と光の中へと呑み込まれていっている。

 

 やがて、範囲を広げ切った白い光は、一点に集中。強烈な爆風を周囲に振り撒き、大都市

の中心にキノコ雲を作り上げた。

 

「何と、言う事でしょう!まさか!まさかこんな事が起るなど!」

 

 原長官は通路の手すりに寄りかかり、驚愕のまま言葉を発していた。

 

「『ユリウス帝国』は首都に、大規模破壊兵器を置いてなどいない。クーデター中だったとは言

え、せいぜい、『ゼロ』の接近に備えた迎撃戦闘機くらいのものだ!」

 

 ドレイク大統領は、まだ落ち着かないままに言った。

 

「では、この、今の爆発は、『ゼロ』が、単独でやったと?そう言う事なのですか?」

 

「ああ、そうだろう。私の憶測に過ぎないが。すぐさま、《ユリウス帝国首都》に救援部隊を派遣

しなければならない。君は、首都に潜入させた『SVO』のメンバー達と連絡を取りたまえ。何と

か、生きている事を祈ろう」

 

 大統領に言われ、原長官はディスプレイの方を見つめた。オレンジ色に染まり、ゆっくりとキ

ノコ雲が、散っていく。

 

 『SVO』が向かったのは、あの中心、《セントラルタワービル》だ。生きているのかどうかさえ、

ほぼ絶望的だった。

 

 原長官には呟くように祈る事しかできなかった。

 

「『SVO』。生きていてくれ。頼む。君達だけが頼りだ」

 

 そこへ、駆けて来る者達の姿。それは、『SVO』メンバーの香奈、一博、登、沙恵だった。彼

らはついさっき、『紅来国』は《綱道地方》から戻ったと連絡があったばかりだ。

 

「原長官!」

 

 沙恵が原長官に呼びかけた。だが彼はがっくりと肩を落とし、その希望を失ったような眼を彼

らの方へと向ける。

 

「ああ、戻ったか」

 

 と言うものの、危険を潜り抜けた彼らとの再会を喜ぶような隙さえも、今の原長官には無かっ

た。

 

「これは、『ゼロ』が、あの『ゼロ』がやったんですか?」

 

 一博が、ディスプレイの方を指差して原長官に問う。

 

「ああ、そうだ。その通り」

 

「太一達は?首都に潜入しにいったっていう、太一達はどうなったんです?」

 

 すかさず香奈が尋ねた。しかし、原長官は答えようとはしなかった。すぐには、答える事もで

きないような様子だった。

 

「まさか。そんな!」

 

 香奈は驚きも露に言った。

 

「あの、爆発の中心にいった。どうなってしまったかは、私にも分からない。途中で通信が途絶

えてしまったのだ」

 

 原長官は、答えにくそうに答えた。すると、『SVO』の4人は、驚きと落胆を顔に表し出す。

 

「どうして、こんな事に」

 

 自信なさげにそう言ったのは、一博だ。

 

「僕らの、『ゼロ』の実験記録なんてものは、もう役に立たないんじゃあないのか」

 

 今度ばかりは、登も同じような口調だった。

 

 そんな中、香奈は、通路の手すりに手をかけ、ただじっと大型ディスプレイの方を見つめる。

そこには、再び夜の闇へと戻っていく首都上空からの映像がある。

 

「香奈」

 

 沙恵は香奈の肩に手をかけ、彼女を気遣うが、香奈の目線は、じっとディスプレイの方へと

向けられていた。

 

「太一、他の皆も、どうか、無事でいて」

 

 香奈も、祈るような声しか出せないでいた。

 

 オレンジ色の雲は徐々に途切れていき、陥没した首都の人工島の有様をディスプレイに現

す。

 

 高層ビル群は瓦礫の山と化し、その大部分を水没させていた。元々の首都の姿は、もはや

どこにも無い。

 

 再び、夜の闇の中へと首都は沈み込んでいく。

 

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ユリウス帝国 東部地域本部

 

12月1日 6:14 A.M.

 

 

 

 

 

 夜が明けた。『ユリウス帝国』の首都である《ユリウス帝国首都》は壊滅状態に陥り、『ユリウ

ス帝国』は、そして世界は混乱した。

 

 世界経済の中心、政治の中心とも言われた都市は、跡形もなく消滅し、原型を留めた高層ビ

ル街も瓦礫の山と化す。起ったのは核爆発だ。少なくとも世間ではそう見られている。

 

 数日前の『NK』に引き続き、『ユリウス帝国』でさえも、同じような壊滅的被害がもたらされた

のだ。

 

 死者推定現在500万人。だが、それはこれからも増え続けると見られていた。おそらく2〜3

000万人には達し、首都の機能は完全に停止したと見られていた。

 

 世界中が混乱した。原因は一体何か。まずは『ユリウス帝国』国内の、しかも首都で起ってい

たクーデターとの関連性が疑われた。

 

 クーデター軍か、反クーデター軍のどちらかが、首都に核攻撃を仕掛けたのではないのか。

そのような噂が流れた。

 

 クーデターで核攻撃など、有り得ない攻撃だ。しかし、『ユリウス帝国』でのクーデター自体が

有り得ない出来事だった。

 

 だが、もはや『ユリウス帝国』の中央政府は停止。首都近郊に住む、政府要人の安否さえも

不明なままだった。

 

 クーデター中だった国内。だが、この災厄により、激戦区だった首都での作戦は完全に消

滅。

 

 クーデター軍を動かしていた『ユリウス帝国軍』の支部の一つ、東部地域本部に、とりあえず

の臨時体勢が敷かれているらしい。

 

 だが、ここの機能だけで混乱した『ユリウス帝国』を抑えて置けるかどうかは、とても怪しいも

のだった。

 

 

 

 

 

「なあ、先輩。オレ達、一体どうなるんだ?」

 

 厳重な監視体制の一室に拘束された、隆文と浩。強化ステンレスで覆われた無機質な狭い

部屋の中に押し込められ、昨夜からまるで身動きできないでいた。

 

 監視カメラでしっかりと見張られ、拘束室には窓も何も無い。外から扉を閉じられてしまうと、

狭い箱の中に押し込められ、海底深く沈められてしまったかのような感覚を味わう。外界で何

が起こっているのかも、知る事はできない。

 

 ここでは彼らの持つ高能力など、何の役にも立たない。

 

「俺達は、『ユリウス帝国』側からしてみれば、テロリストなんだ。国がこんなになっても、俺達を

拘束し、裁きにかける事くらいはできるだろう」

 

 設置されている、ベンチのような硬いベッドの上に座り、隆文が呟いた。

 

「ちッ!この中じゃあ、外がどうなったのかさえ分からねえ!『ゼロ』の奴が、また暴れ出すかも

しれねえしよ!一体、どうしろってんだ!」

 

 浩が、ステンレスの壁に拳を打ちつけながら言った。

 

「『ゼロ』。『ゼロ』か。あいつは、あそこまでの存在だったのか。まさか、たった一人で、一つの

大都市を破壊できるほどの力を持つなんて」

 

 隆文は、頭を抱えたようにぶつぶつと呟くばかりだった。

 

「あんなのを、どうやって止めるんだ?先輩?」

 

「さあな、見当もつかない。それよりもまずは、ここを出る方を考えないと」

 

 隆文はベッドの上から立ち上がる。

 

「ここは、東部地域本部だな。軍の管轄だ。つまりあの、浅香舞国防長官が仕切っている。彼

女が、俺達と同じ実験を受けた人間だという事は度肝を抜かされたが、彼女なら、俺達の事を

分かってくれるかもしれない」

 

「でもよォ、あの国防長官は、オレ達が、自分と同じ存在だと知っていながら、自分の部下を仕

掛けて来ただろ?あくまで、『ユリウス帝国』の国防長官として、な」

 

 その浩の言葉に、隆文は何も答えられなさそうになったが、

 

「信じてみるしかないな」

 

 そう言って隆文は天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

「では、陛下。あなたは、コンドウ・ヒロマサを匿ってはいらしたものの、『ゼロ』の逃亡には加担

していないというのですね?」

 

 いかめしい顔つきの軍の男が、テーブルに座らされた『ユリウス帝国』の『皇帝』の前を徘徊

しながら言って来る。

 

 彼は皇帝ロバートよりも年下の男だった。しかも、彼の目の前にいるのは、一国の最高権力

者。だというのにまるで動じる事なく、尋問を進めている。

 

 今、この場にいるのは、ロバートと尋問官の男が、無機質なテーブルを挟んでいるのと、入り

口の外に警備の人間がいるだけだ。つまりこの狭い部屋には2人しかいない。しかし、監視カ

メラで外から様子を見ているであろうし、テーブルの上には録音装置も置かれていた。

 

「そうだ。私は、『ゼロ』逃亡の事に関しては、一切の関与をしていない。コンドウを匿ったの

は、そうしないと『ゼロ』を止める事ができないと言ったからだ」

 

「ですが、実際そのコンドウにも、『ゼロ』を止める事はできなかった。彼自身も、おそらくはすで

に死亡している」

 

 男はロバートの方を見下ろしてきていた。この男にあるのは、命令された尋問を遂行すると

いう意志だけだ。彼は、自分が浅香舞が動かすクーデター軍の一員であるという事をわきま

え、その攻撃の対象である『皇帝』を、敵としてしか見ていない。

 

 だがロバートはそれに動じる事も無く、『皇帝』としての威厳を崩さないままに答えた。

 

「どうやら、私の判断力不足だったようだな。しかし、全く奴に警戒していなかったわけではな

い。匿っていたとはいえ、全てをコンドウの自由にはさせなかった」

 

「では15年前の、『プロジェクト・ゼロ』発足の時に戻りましょう」

 

 『皇帝』、ロバート・フォードへの尋問は続いていた。彼がこの東部地域本部へと脚を踏み入

れてからと言うもの、扱いは『皇帝』ではない。さながら犯罪者、しかもテロリストであるかのよ

う。

 

 クーデター軍を組織した、軍の一部組織が仕切っているここでは、ロバート・フォードなど、狭

い尋問室で何時間にも渡って尋問を受ける、大犯罪者の一人に過ぎないようだ。

 

「あなたは国防長官として、マイ・アサカ当時上院議員を推薦した。彼女の経歴は、ユリウス帝

国国立大学出身となっているが、その記録はあいまいなものばかりです。あなたのお父上の

選挙事務所に入った時、何倍もの倍率を潜り抜け、気がついたら議員の一人になっている。

当時、あのお方は32歳です。そんな年齢で上院議員になる事など、極めて異例だ」

 

「無くは無い話だ。それと君は、アサカ君の、国防長官としての仕事を疑うのかね?『ゼロ』以

外の事柄に関しても、彼女は、今までの国防長官には見られないほど優秀な働きをした」

 

 だが、そんなロバートの発言を制するかのように、尋問官の男は、テーブルの上に手を付き

ながら、言葉を遮った。

 

「私は、あなたのした事を尋ねているんですよ。陛下?なぜ、あなたが、アサカ国防長官を自

分の政権に置きたかったのか、という事ですよ。彼女は、あの『SVO』とかいう組織の連中や、

『ゼロ』と同じ、実験によって『力』を引き出された人間です。それを、なぜ国防長官などに?」

 

 すると、ロバートは、相手の眼をしっかりと見据えて言った。

 

「それを、君に話せと言うのかね?」

 

「ええ、そうです。あなたから聞き出せとの、国防長官からの命令です」

 

「アサカ国防長官を呼んで来い。そうすれば、彼女には全てを話す」

 

 ロバートは、目の前の男に対して言ったのではなかった。監視カメラの映像を見ている者や、

録音装置に向かってそのように言い放った。

 

 だが、尋問官の男は、ロバートに尋ねた。

 

「アサカ国防長官は現在、集中治療室にいます。命に別状は無いとの事ですが、昨晩から意

識不明の状態が続いておりまして、お話をする事はできません」

 

「だったら、意識が戻ったら、私と話をするように言うんだな。それまでは私も何も話さない」

 

 ロバートはそう言って、一切譲らなかった。

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11:42 A.M.

 

 

 

 

 

 それから数時間経ち、浅香舞国防長官は、集中治療室から、医務室へと移されていた。

 

 彼女は未だに意識が戻らないままであったが、傷の治療は終えられ、命に別状は無いとの

報告がなされていた。

 

 そんな中、軍施設内の無機質で窓も無い病室に、一人の男の姿がある。それはジョン・ポー

ルで、彼は舞のベッドの横の椅子に座り、彼女の容態を見守っていた。

 

 病室内では、空間に画面が現れ、テレビの映像が流れている。音は抑え目であり、うるさくな

らない程度に聞こえていた。

 

 ニュースは完全に、昨日の晩、《ユリウス帝国首都》で起った大爆発の件で持ち切りだった。

首都の情報網が麻痺してしまっているので、テレビ局には完全な情報が伝わっていないようだ

が、核爆発に近いものが首都に炸裂した、という事は皆が知っているようだ。

 

 ニュースには各国のニュースも流れ、世界中が震撼した事を物語っている。どこのチャンネ

ルに切り替えても、同じニュースばかりだった。

 

 舞が大怪我を負い、今も意識が戻らないのであれば、病室にあるテレビは消して置くべきだ

ろう。しかし、今の世界の状況では、テレビは付けざるを得なかった。それに、舞自身にも早く

意識を取り戻していかなければならない。

 

 代わりの人間はいない。皆、『ゼロ』の『力』によって消されてしまったのだから。

 

「繰り返しお伝えしておりますように、昨日、午後8時45分頃。《ユリウス帝国首都》の中心部

の方向で、巨大な光が目撃されました。直後、首都からは全く連絡が取れていないという事で

す。この事を、軍からの情報によりますと、首都で核爆発か、それに近いものが起ったとの事

です。

 

 首都は昨日午前6時頃から、クーデターが起り、戒厳令が発令されていました。今回のこの

爆発と、クーデターとの関連が懸念されている中で、軍はこの関係を否定しております。

 

 首都の中心部で起ったこの爆発が、核爆発だとすると、中央政府は完全に麻痺をし、あらゆ

る活動が停止するものと見られています。

 

 死者は推定500万人に及ぶと見られ、負傷者の数は把握できているだけでも1000万人以

上と発表がありました。

 

 先日、11月27日にも、『NK』の中心部で同じように大規模な爆発が起り、壊滅的被害が発

生したばかりの出来事です。この事に、関係諸国の国民は非常に強い不安に襲われていま

す。

 

 3次大戦の再来か、それとも、これは世界の終わりではないのかという声も上がっており…」

 

 自分自身でさえも、その強い不安に襲われているように見えるレポーター。その彼が、まるで

自分の恐怖を訴えかけるかのように画面に映っている。ジョンはそちらへと注意が向いていて

気がつかなかったが、ベッドの上では、舞が眼を開いていた。

 

「首都は、どうなりました?『ゼロ』は?」

 

 まだ意識が戻り切らないような声で、舞は言っていた。ジョンはそれにはっとし、ベッドにいる

彼女の方を向いた。

 

 彼は、どう答えようかと迷ったが、結局出て来るのは、頼りなさげな返事のみ。

 

「い、いや。駄目だった」

 

 舞の眼は揺れ動く事も無く、天井を見つめていた。

 

「『ゼロ』の方は、どうなったのですか?」

 

 そんな、無機質な表情と口調のまま、舞は続けて尋ねて来る。

 

「駄目だった。何もかも。お前でさえ無理だったんだ。奴に近付く事さえできやしない!」

 

 ジョンは、半ば混乱したような声で言う。テレビではレポーターが相変わらず首都での災厄に

ついて話していたが、ジョンはそのテレビの電源をも落としてしまった。

 

「あれは、一体、どうやって止めればいいのか」

 

 舞が、天井を見上げたまま一言だけ呟く。

 

「お前でも駄目、コンドウでも駄目、無理とは知っているが、『SVO』とか言う連中でも無理だ。

もちろん、迎撃戦闘機なんて話にならねえし、逆に大型戦艦で踏み込んで行けば、その力を逆

手に取られちまう!

 

 オレなんて、お前を助け出し、『皇帝』と『SVO』をあの場から救出する事しかできなかった!

そう、誇れる働きなんて、『SVO』の奴らをやっと逮捕できたって事ぐれえしかねえ!しかも4人

だけだがな!」

 

 舞は体を動かし、天井へと向けていた顔を、ジョンの方へと向けた。

 

「『SVO』の者達を、逮捕したのですか?」

 

「ああ。あと『皇帝』のロバート・フォードもな!つまりクーデターの目的は果たしている。とは言

っても、『ゼロ』の奴が首都を吹っ飛ばしちまった後で、どうやって、国を動かしていくってん

だ!」

 

 ジョンはいきり立つが、舞は、

 

「『SVO』とロバート・フォードを逮捕したと言うのなら、それは立派な働きでしたね。あなたに感

謝します」

 

「あんなの、奴らを助けたようなものだったがな。だが、身柄を拘束しているって言うのは確か

だ」

 

「『皇帝』は、何かを吐きましたか?そう、『ゼロ』に関する有力な情報などを」

 

「近藤を匿っていたて事は認めているが、お前を利用したという事については黙認しているらし

い。だが、お前には話すと言っていた。アサカ国防長官を連れて来いとの一点張りさ。それ以

外の事に関しては全く」

 

 ジョンがそこまで言いかけた時、舞はベッドから身を起こし、その身に繋がっている点滴や医

療機器を外し始めた。

 

「おいおい!まだ、休んでいろよ。重傷だったんだぜ」

 

 ジョンは身を起こした舞を止めようとする。だが舞は構わなかった。

 

「国がこんなになってしまっているというのに、いつまでも寝ていられる国防長官がどこにいると

言うのです?それに『皇帝』を捕え、クーデターが成功したと言えるのならば、国を動かすの

は、もはや政府ではなく軍です。軍の最高実力者はこの私なのですよ。

 

 今、この国を動かしていくのは、私しかいないのです」

 

 だが、舞はベッドから降り立とうとした所で、ある事に気が付いた。

 

「お前よ。両脚をやられている。普通ならば、しばらくはとても歩けるような状態じゃあないって、

医者が言っていたぜ」

 

 だが、舞は毅然とした表情でジョンの方を振り向く。

 

「今すぐにでも、ロバート・フォードと会わなければなりません。車椅子を用意させなさい。それ

に乗って向かいます」

 

「医者の話じゃあ、1週間は安静にしていないと行けねえって」

 

「私は、『高能力者』なのですよ?ジョン。普通の人間とこの私を比較しない事です。自己治癒

能力を使えば、この程度の傷、すぐに完治します」

 

 舞にそこまで言われると、ジョンもさすがに折れたのか、頭をかきながら、

 

「分かったって。すぐに用意させるぜ。だがよォ。お前は、これから忙しく働き回らなきゃあなら

ねえ体だからな。無理すんなよ」

 

「世界がこのような状態では、無理という言葉も許されないでしょう」

 

 と、舞は厳しい顔つきのまま答えていた。

 

 

 

 

 

 すぐさま車椅子が用意され、舞は、自分の病室から尋問室へと向かった。

 

 東部地域本部の中では、軍の者達がひっきりなしに廊下を駆けていき、忙殺の有様を物語

っている。首都での大惨事のみならず、クーデターで混乱した国内を収拾する為、軍はここと、

《ユリシーズ》の空、海軍基地を中心に活動しなければならなかった。しかも、反クーデター派

が未だに抵抗を続けている都市や拠点もある。

 

 更に、『ゼロ』が次にどこに現れるか、誰にも分からない。

 

 『ユリウス帝国』国内の戒厳令は続行され、首都での勢力を失ったとは言え、国内全土を危

機管理体制に置かなければならない。

 

 舞は静かな音だけで動く電動車椅子に座り、護衛官の付き添われながら拘留所にある尋問

室へと向かっていた。

 

 車椅子に乗った舞は、必死に思案していた。一体、どうやって『ゼロ』を止めれば良いのか。

もはや止める事さえも不可能な存在になってしまったのか。

 

 だが、『ゼロ』がたった一人で、首都を壊滅状態にさせてしまった以上、何としてでも彼を止め

なければならなかった。

 

 次はどこの都市が狙われる?『ゼロ』は一度攻撃を仕掛けると、次の攻撃まで、雲隠れをす

る。しかも誰にもその場所を特定される事が無い。

 

 軍が総力を挙げ、首都から再び消え去った『ゼロ』の行方を追ったが、まるで成果が上がっ

ていないようだ。

 

 次の彼の目的はどこなのか?またしても『ユリウス帝国』が狙われるのか。

 

 舞は尋問室の前にやって来ていた。

 

 護衛官と、車椅子に乗せられた舞が到着すると、尋問室の前にいた兵士は、何も言わずに

尋問室の扉を開き、舞に道を譲った。

 

 舞は車椅子を操作し、尋問室の中へと入る。

 

 そこにいたのは、昨日、《セントラルタワービル》にいた姿そのままの『皇帝』、ロバート・フォ

ードの姿だった。

 

 ロバートは、舞が生きていてほっとしたのか、車椅子で入って来て心配したのか、そのような

感情を表情に現す事はせず、ただ、彼女の顔を見つめた。

 

 舞も、そんなロバートの顔を見返す。

 

 彼が捕らえられた事で、クーデターは決着。未だに抵抗を続けている勢力もいるが、当初の

目的は果たした。

 

 彼は拘留の身。『皇帝』の地位や権力を何もかも取り上げられ、屈辱を感じているかと思え

ば、そうでも無いようだった。

 

「外して下さい」

 

 舞は護衛官に命じる。

 

「外でお待ちしております」

 

 護衛官は舞にそれだけ言うと、部屋を退出し、その扉を閉めた。

 

 舞は車椅子を動かし、机を挟んでロバートとは向かいの位置に位置する。

 

 しばらく二人は見つめあった。換気装置の音が唸って聞こえて来る。それ以外は、外から閉

鎖された環境だ。

 

 かつては父のように慕って来たこの男。15年間も、自分を後ろから見守って来くれた男が、

実は舞を陰謀の歯車に使っていた。

 

 怒りなのだろうか。いや、今の舞は冷静だった。自分が利用されていた事に関しては、怒りも

多少はあったが、爆発させるようなつもりは無かったし、恨みのような感情も生まれない。

 

 彼から聞き出したいのは真実。おそらくそれを理解した時に、自分の感情がはっきりするだ

ろう。

 

 舞は自分に言い聞かせながら、ロバートを見つめ、口を開いた。

 

「お望みどおり、私が参りました。さあ、話して下さい。『ゼロ』の事についても、何もかもをです」

 

 舞は感情を篭らせない声でそう言った。無機質な声が、無機質な反響をさせながら、狭い尋

問室に響く。

 

 ロバートは少しの間黙り、やがて口を開いた。

 

「こうして、再び顔を合わせる事ができて、何よりだ。アサカ国防長官」

 

「余計な挨拶は抜きにして、本題に入ってください」

 

 きっぱりと舞は言い、ロバートの言葉を遮った。すると、彼は舞に向かってほんの少し微笑し

た。

 

 何が可笑しいと言うのだ。舞は少し苛立つ。だが、ロバートは構わず話し出した。

 

「君を国防長官という職に就かせたのは他でも無い。『ゼロ』の為だ」

 

「では、やはり私を利用したのですか?近藤に15年前からそそのかされて?」

 

「いや、君の事に関しては近藤は関与していない。奴は、『コウライ国』《アオト市》で発見され

た、君と『ゼロ』を蘇生し、『ゼロ』を保管するところまでは関与した。その際、『ゼロ』は全人類

に脅威を与える存在だと判断されたわけだが、君も、常人では有り得ないほどの『力』を有して

いた。しかも、それが『ゼロ』の持つ『力』と非常に似ているという事も分かった。

 

 近藤は言った。この2人は非常に似ている。おそらく我々の知りえない所で2つの『力』はリン

クしていると。だが、『ゼロ』だけが、凄まじい程の『力』を有しているのはなぜか?是非とも隔

離して研究する場所が欲しいと言って来た。

 

 そうして、『ゼロ』は《隔離検疫施設》の地下深くへと保管される事になったわけだが、君は

『ゼロ』のように危険ではないと判断された。しかし、常人からは想像もできないような『力』を有

している以上、野放しにしておくわけにはいかない。国と軍で、君を管理していなければならな

い。

 

 そして、君は私の保護下に入ったわけだが、私が君を保護したかったのには理由があった。

私は近藤を信用していなかったのだ」

 

「信用していなかったのなら、なぜ、彼を『プロジェクト・ゼロ』の責任者などにしたのですか?」

 

 舞はロバートに尋ねる。

 

「仕方なかったのだ。『ゼロ』の持つ、『力』についての研究の第一人者は彼しかいなかったの

だし、それに当時の私は、特殊作戦部隊の司令官だった。幾ら司令官であっても、上からの命

令には従わねばならん。上層部は近藤が『プロジェクト・ゼロ』に適任だと判断していたのだ。

 

 だから私は、いつか、『ゼロ』が危険な状態に陥るのではないのか、そう考えていたのだ。そ

の時、必ず信用でき、しかも『ゼロ』を止める事のできる人間が必要になる。だがその人間は

『力』の事を知る人間でないとならないし、『ゼロ』についても知らなければならない。そして何よ

り、彼を止められる人間でないとならない。

 

 それは君しかいなかったのだよ、アサカ国防長官。

 

 さすがに国防長官にまで仕立て上げるのは、やり過ぎだったと思うかね?しかし、私が『皇

帝』に就任した以上、側にいて、軍を動かす事ができ、『プロジェクト・ゼロ』を監視できるとして

は最善なポストだと判断した。それに、何より君には才能があった。『力』についてもそうだが、

ここのな」

 

 そう言ってロバートは、自分の頭を指で叩いた。

 

「先天的な者だったのか、実験を受けたせいなのかは分からんが、保護されてからの君の学

習能力は凄まじかったよ。君はほぼ全ての記憶を失っていたわけだが、わずか数年で我々の

国の言葉をマスターし、政治、経済についても知り尽くした。普通の人間ならば、大学教育、そ

して選挙事務所や実際の活動でやっと理解できる政治家の仕事を、5年ほどで学び、実践で

きるようになったのだからね」

 

「そうであっても、やはり、国防長官の職に私を就かせる、と言うのはやり過ぎだったかと思い

ますが?」

 

「だが結果的に、私の政権下で『力』について、理解していたのは、君しかいなかった。『ゼロ』

についても、君が軍を動かしていたからこそ、あそこまで接近する事ができたのだよ」

 

「ですが結果的には、首都の崩壊に至りました。幾ら私であっても『ゼロ』を止められるとは限ら

ないのです。そう、彼には、近付く事さえもできませんでした。私ですら彼に指一本たりとも触れ

る事ができない。

 

 あなたの考えは甘かった。私だからと言って、『ゼロ』を止められるわけではないのです」

 

 舞はロバートの眼を見て訴えかける。彼はじっと舞の顔を見つめた。

 

「それは、我々の国だけで、『ゼロ』を捕えようとしているからだ」

 

「どういう事ですか?」

 

 両者は目線を付き合わせる。まだ、お互いがお互いを信用していない。2人の間に入った溝

は修復していない。

 

「『SVO』に協力を求めろ。彼らの背後にはハラ長官だけではない、『タレス公国』や『ENUA』

の数カ国も付いている。壊滅的被害を受けた我々には必要な協力だ」

 

 舞はロベルトの眼を覗き込むように見つめた。

 

「あなたらしくない、お言葉ですね?あなたはいつもおっしゃっていた。『ユリウス帝国』という国

は信用されていない。喧嘩の早い、暴力で物事を解決する国だと思われている。だから、他の

国を信用するな、と。現に『ゼロ』が逃亡してからも同じ態度を取り続けていた」

 

「だが今となっては、向こう側も協力を求めて来るはずだ。『プロジェクト・ゼロ』について最も有

益な資料を持っているのは我々なのだからな。いや、嫌でも協力し合わなければならないだろ

う。このままでは世界が崩壊する。

 

 いざという時は、拘束している『SVO』のメンバーを取引材料に使いたまえ。ハラ長官だった

ら応じるだろう」

 

「『SVO』に協力を求めるようにと、おっしゃいましたが?」

 

「彼らは、チームだ。君は彼ら以上の『力』を持っているが、1人でしかない。『ゼロ』に立ち向か

うには、仲間が必要なはずだ」

 

 舞は思案した。確かにロバートの言う事も最もだが、今まで敵対し、テロリストとさえ見なして

いた『SVO』と手を組むなど、一国の国防長官がして良いものなのだろうか。

 

「時間は残されていないぞ、アサカ国防長官。いや、マイ。今こそだ。今こそ、私が君に託した

地位を使うのだ。そして、与えられた才能で『ゼロ』を止めるしかない。

 

 もはや、敵だとか味方だとかを論じている場合ではない。君も感じているはずだ。『NK』を襲

った時と、我が国を襲った時とで、『ゼロ』の『力』は爆発的に成長しているという事をな。その

間、わずか4日だ。だったら、今から3日後、そんな時間も経てば、『ゼロ』は一体どうなる?君

には想像できるはずだ」

 

 舞はロバートの言葉を心に響かせ、思案する。

 

 すぐには決定できない事だった。だが目的は決まっている。この世から『ゼロ』を抹消する

事。それだけだ。

 

「分かりました」

 

 舞は意を決したかのように口を開いた。

 

「原長官に、『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク大統領、そして、拘束している『SVO』のメン

バーと話してみたいと思います」

 

「そうか、それは良かった」

 

 珍しくもロバートは、ほっとしたかのような表情と口調を見せる。

 

「でも、勘違いしないで下さいよ?」

 

 舞は車椅子の向きを変えると同時にロバートに言った。

 

「私は、あなたの言葉を信用して、行動に出るのではありません。自分で『ゼロ』は止めるため

だと、そう判断したからこそ、行動に出るのです」

 

 すると、ロバートは部屋を出て行こうとする舞に言葉を投げかけた。

 

「それでこそ、君だ」

-5ページ-

 1時間ほど後、『SVO』の太一、隆文、絵倫、浩は拘束されたまま、尋問室へと向かわされて

いた。背後にはしっかりと兵士がつき、全く油断無く連行されている。

 

「おいおい、これってどういう事だよ!?4人一緒に尋問か?そんなのってあるのか?」

 

 浩が驚いたように言っている。

 

「さあな。何も尋問されるって聞いたわけじゃあない」

 

 と、太一が落ち着いた態度で答えていた。

 

 10時間近くも拘束された彼らが向かったのは、拘束室と同じ区画にある尋問室だった。

 

 軍施設の地下にある尋問室では、そこで何が行われても外部に漏れるような事は無い。ほ

ぼ毎日のように、捉えられた国家反逆者やテロリスト達が、自白剤や拷問などにかけられてい

るとの話だった。

 

 『SVO』とて、『ユリウス帝国』側にとって見ればテロリスト。どんな尋問にかけられるのか分

かったものではない。

 

「覚悟しておきなさいよ、西沢。どんな拷問が待ち構えているか、分かったものじゃあないわ。

おそらく、残りのわたし達の仲間の居所を吐かせられるわよ」

 

 と、絵倫は、覚悟を決めているというよりは、平然とした態度で言っていた。

 

「オレは大丈夫だって。それよりも、一番心配なのは、あんただぜ。先輩」

 

 浩は絵倫の後ろを歩き、彼女の背中を見て言っていた。

 

「あら?女だからって、わたしの事を心配されても、困るわ」

 

 拷問を覚悟しているという割には、絵倫の口調は随分と落ち着いていた。

 

 4人は連行されて行き、やがて辿り着いたのは、地下の広々とした会議室のような部屋だっ

た。尋問室や拷問室として考えるには広すぎる。広いテーブルがあり、打ちっぱなしのコンクリ

ートがむき出しになっていた。

 

 そして、その会議室のような部屋には、何人かの人物がいる。

 

 その人物達の内一人は車椅子に乗り、護衛官らしき人物に付き添われている。

 

 『SVO』の4人が部屋に入って行くと、その人物はこちらへと顔を向けて来た。

 

 それは、浅香国防長官だった。『SVO』のメンバーがタワービルの屋上から脱出した時、彼

女は意識不明の重体だったが、今では意識を取り戻している。しかし、車椅子に乗っていると

いう事は、少なからず負傷をしているという事だろう。

 

「『SVO』、来ましたね?」

 

 舞は、メンバーの顔をじっと見つめ、そう言って来た。4人は、拘束されたまま会議室の中に

入って行く。

 

 4人は何も言わず、机を挟み、舞と向かい合う位置に来た。

 

「本来ならあなた達は、尋問を受け、我が国の法で裁かれるはずなのですがね。この世界の

危機的状況を考慮し、軍本部とも話し合った結果、あなた達に協力を求めるという事で落ち着

きました」

 

 舞がそう言うと、4人はあっけにとられたような表情を見せる。

 

「この者達の拘束を解きなさい」

 

 舞は4人を連行して来た、軍の兵士達に命じた。

 

 するとその兵士達は、『SVO』の4人が後ろ手にされている、電子ロックの手錠を解除し出し

た。

 

「こりゃあ一体、どういう風の吹き回しだ」

 

 拘束を解かれた手を、自由になった事を確認しながら、浩が言った。

 

「お話した通りです。あなた方に、いや、あなた方や『タレス公国』、そして原長官を含め、『ゼ

ロ』発見、抹殺に協力して頂きたいのです。

 

 このような事をお願いするのは他でもありません。あの存在は、我が国の首都を跡形も無い

程に破壊し、この国は大きな打撃を受けました。これ以上、あの存在を野放しにしておくような

事があれば、被害は広がるばかり。次はどこの都市が狙われるのかも、見当がつかない状態

です」

 

 舞の言葉は、『NK』での言葉ではなく、『ユリウス帝国』の『タレス語』だった。おそらく、周りに

いる者達にも聞かせたいからだろう。

 

「でも、浅香国防長官。わたし達は、まだあなた達を信用したわけじゃあないのよ。そう、わたし

達の上司は原長官。彼の許可なしでは、わたし達もあなた達と働くつもりはないの」

 

 絵倫が毅然とした態度で舞に言った。彼女の言葉も『タレス語』だ。

 

「まずは、原長官に連絡させてくれ。無事だって事も伝えたい」

 

 と、隆文が続けて言った。

 

「そう言うだろうと思いましてね。『タレス公国』にいる原防衛庁長官とは連絡が繋がっていま

す。向こう側からも、連絡を取ろうと試みていたようでした」

 

 そう言って舞は車椅子を反転させ、会議室に備え付けられているモニターの方を向いた。

 

「原長官と、連絡が!」

 

 隆文が聞き直して確認する。

 

「ええ、あなた方と、話したがっているようでした」

 

 即座にモニターには、テレビ電話として、原長官と、『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク大

統領。そして、『ゼロ』対策本部の会議室らしき場所が映し出された。原長官やドレイク大統領

のみならず、そこには『タレス公国』の軍の高官達の姿も映し出されている。

 

 どうやら、舞は公国と話をすでに付けており、彼らは『SVO』がこの場に現れるのを待ってい

たようだった。

 

「原長官!」

 

 まず隆文が第一声を上げた。

 

「おお!隆文、皆、無事なようだな!良かった。君達が、君達だけが、頼みの綱だったのだ」

 

 原長官は、『SVO』メンバーの無事をテレビ電話越しにとはいえ確認できて、とにかく安心し

たという様子だった。その表情からは、心からの安堵の様子が伺える。

 

 彼が落ち着くと、モニター画面の最も手前に、ドレイク大統領が姿を現した。相変わらずの感

情の無い表情だ。

 

「『SVO』の諸君には、私としても無事を確認できて安心した。そして、『ユリウス帝国』のアサカ

国防長官。貴国に今回のような災厄が襲い、我々『タレス公国』の者一同としても遺憾に思う。

 

 我々としても、早期『ゼロ』発見に全力を尽くしたい。それには、貴国の協力だけではなく、『S

VO』メンバーの協力も不可欠だ」

 

 ドレイク大統領は、あまり感情を現さないように『SVO』の4人に、そして舞に言って来てい

た。

 

「ええ。我が国としましても、復興の為、今後の世界平和の為、貴国に協力して行きたいと思い

ます」

 

 車椅子に乗ったままの舞はそう答えた。

 

「ところで、浅香国防長官。我が国の協力と引き換えに、『SVO』のメンバーはこちらへと返して

頂けるのでしょうな?」

 

 ドレイク大統領が、舞に言って来る。彼女はそれに戸惑った様子も見せずに答えた。

 

「ええ。もちろんです」

 

 すると、テレビ電話の画面に原長官の姿がぬっと大きく現れて、彼は、『SVO』の4人に安堵

の表情を見せて来た。

 

「ありがとう、浅香国防長官。協力に感謝する」

 

「どうやらよォ。オレ達がここに来るまでに話の決着はついていたようだな」

 

 と、そんな原長官の顔を見ても、まだ安心し切れていない様子の浩は言うのだった。

 

 『ユリウス帝国』領土内で安心する。そんな事が突然できるとでも言うのだろうか。今までこの

国は、敵と思い込んできた。それに、世界の危機とはいえ協力する。すぐに慣れる事など、何

人もできないだろう。

 

 

 

 

 

 それから更に数分後、舞は再び『皇帝』ロバートの拘束されている尋問室へとやって来てい

た。

 

 彼女の自己治癒能力の調子は良かった。このままのペースで行けば、今日中にも歩行補助

器具を使って車椅子から立ち上がる事はできそうだった。

 

 『ユリウス帝国』は『タレス公国』や『NK』、そして西部連合と呼ばれるその周辺各国からの協

力が得られた。

 

 世界のおよそ3分の1が、『ゼロ』抹殺に向け、動き出そうとしている。

 

 舞自身も最前線で指揮をするつもりだ。いや、舞自身も『SVO』と同じ存在。『ゼロ』の『力』を

直接感じとる事ができる。『ゼロ』と再び直接戦う事になるかもしれない。

 

 いつまでも付き添われたまま、車椅子に乗ってなどいられない。国防長官だからといって、安

全な場所でいつまでも保護されているわけにもいかない。

 

 舞がやって来ると、未だに狭い尋問室で拘束されているロバート・フォードが、舞を待ち構え

ていたようだった。

 

 すでに拘束は16時間以上。だが、ロバートは疲れた様子も見せていないし、何も不満な様

子は見せていない。ただ、舞を待っていたという感じだった。

 

 舞は再び、ロバートと向かい合う位置まで車椅子を移動させ、彼と目線を合わせた。

 

「『タレス公国』のドレイク大統領、『NK』の原長官と話しをしました。あなたの言った通り、『ゼ

ロ』捜索、抹殺を最優先目的にするという事で、協力を合意しました。

 

 どちらの方からも快諾して頂けましたよ。我が国と『タレス公国』を含む『ENUA』は、『ゼロ』

討伐に向け、全力を挙げたいと思います」

 

「そうか、それは良かった」

 

 と、ロバートは答えたが、彼のその態度は、安心したというものとは違っていた。

 

「あなたの身柄は、引き続き拘束させて頂きます。まだ、『ゼロ』逃亡に関与したという事柄につ

いて、あなたの嫌疑は晴れていませんから。

 

 同時に、クーデターは成功したとみなします。我が国の政権は、あなたの元から、軍へと移行

し、一時的に軍部に臨時政府を設立したいと思っています」

 

「その最高指導者は、君なのか?」

 

 ロバートは、舞の目をじっと見つめ、尋ねて来た。まるで彼女の心の状態を覗き見るかのよう

な視線だった。

 

「我が国の法では、軍の最高司令官はあなたとなっています。しかし、あなたが拘束されている

以上、次に権力を持っているのはこの私という事になります。ですから、軍部に政府ができる

のならば、もちろん最高指導者はこの私です」

 

 舞は義務的な口調で答えた。彼女自身、その重圧に耐えるだけの覚悟はして来た。『ゼロ』

に決着が着いても、国を引っ張っていくだけの覚悟。その下準備は、舞の部下達が既に始め

ている。

 

 数時間以内には、軍部の新政府発足について、国民への告知が行われるはずだった。

 

「クーデターという暴力的行為で、権力を奪い取った暴君。そう君は思われるぞ。軍が政府であ

る国など、世界や国民は認めない。我が国の軍は、世界最強だ。そんな軍が国を動かす力を

握ってみろ」

 

 ロバートは、しっかりと舞を見据えて言った。

 

「『ゼロ』に関する事への協力を受けられなくなる。そう言う事ですか? 私は、先程、『タレス公

国』のドレイク大統領らと話をして来たばかりなのですよ?」

 

 と、舞は答えたが、彼女はこのロバートの眼の意味を知っていた。

 

 自分よりも、政権内で何十年も経験が上のこの男の目つきは、舞に真実を教えようとしてい

る。彼女がそれに従わなければ、彼女自身が悪い方向へと道を踏み外していく。

 

 今まで、舞はロバートがこのような眼と口調で言って来た言葉を信用してきた。

 

「『ゼロ』では、各国が我が国の軍事力を必要としている。しかし、その後の戦後処理とも言え

る事さ。『ユリウス帝国』は国力を失いつつある。しかも、政権を握っているのは、武力で権力

を勝ち取った軍。

 

 君も歴史を学んだはずだ。そのような国が、どのような末路を辿るのか、分かっているか

ね?」

 

「もちろん知っています。ですが、今、この『ユリウス帝国』で、国を動かす事ができるのは、軍

しかおりません。中央政権が崩壊してしまった今、地方の力だけでは、国を動かし、国民を団

結させる事など」

 

「問題は、誰がトップにいるかという事だ。誰が国の指導者かという事だ」

 

 ロバートは、舞の言葉を遮り、きっぱりと言った。

 

「あなたは、こうおっしゃりたいのですか?自分の拘束を解いて、すぐに『皇帝』の座に戻りたい

と?」

 

「そうすることが、この国の為だ」

 

 舞は考えた。ロバートの言うことも最もだ。しかし、軍は、自分達が政権を握る事に向けて動

き始めている。

 

 ロバートを逮捕できれば、彼の政権は倒れ、軍が代わりを務める事は容易だろう。だが、今

は明確な証拠を掴めていない。拘留も、証拠が無ければ解かなければならない。

 

 幾ら首都が壊滅し、中央政権の人間がほぼ全て死亡した事になっても、『皇帝』ロバートさえ

生き残っていれば、彼の座を奪う事はできないだろう。

 

 クーデターに勝利した事を建前に、彼から『皇帝』の座を剥奪してしまう事もできる。だがそれ

では、ロバートの言ったとおりの未来が待ち受けている。

 

 そもそも舞は、国の最高権力の座が欲しかったわけではない。『ゼロ』を倒すため、ただそれ

だけだった。今ではそれを妨害していた近藤もいないし、ロバートは協力的だ。クーデターに固

持する必要も無い。

 

「良いでしょう。あなたから『皇帝』の座を剥奪するつもりはありません。政権は引き続きあなた

が握っていてください」

 

「分かってくれたか」

 

 ロバートは、感情を露わにしないままに言った。

 

「ですが、勘違いしないで下さい。これは結局、あなたが『ゼロ』逃亡に関与していないという、

証拠が不十分だったから、拘留を解く。というそれだけの事です」

 

「ほう?だがな、アサカ国防長官。それは、持ちつ持たれつの関係というものだぞ。君は我が

国に対し、クーデターを仕掛けた。この私に歯向かったのだ。立派な国家反逆罪だとは思わん

かね?」

 

 それは舞も知っていた。だが、それ以前に、舞もロバートも知っている事柄がある。

 

「私を国家反逆罪で逮捕させたら、おそらく『ゼロ』を止める事はできないでしょう」

 

「その通り」

 

 ロバートはただ一言、そう答えた。

-6ページ-

 『ユリウス帝国』の東部地域本部の地下室には、丁度、『タレス公国』の《プロタゴラス》にあっ

たものと同じような、『ゼロ』対策本部が打ち立てられていた。

 

 つい先日までは、『ユリウス帝国』の国防総省と連携し、東部地域での対策を練る為の支部

でしかなかった。しかし、首都での惨事は想定されており、有事の際は、この東部地域本部で

『ゼロ』対策が行われるようになっていた。

 

 再びその座を取り戻した『皇帝』ロバートは、今までと変わらず、堂々とした態度で施設内を

歩いて行き、対策本部へと入室して行く。そんな彼の姿を見て、驚いたような者達もいたようだ

ったが、彼は気にしなかった。

 

 まだ、自分が『皇帝』の座に舞い戻った事を知らない。軍全体のその情報が行渡っていな

い。しかし、誰も『皇帝』を辞任するとは発表もないし、新政府の樹立の告知も行われていない

のだ。

 

「お待ちしておりました。皇帝陛下」

 

 対策本部の一つのガラス張りのボックス内で、一足先に出向いていた舞が、ロバートを案内

する。そこには舞を初めとする、軍の高官達もいた。

 

 全部で10人ほどの人間が、20人は収容できる、円形のテーブルが置かれた会議室内にい

る。

 

 その中には、クーデター軍を一手に指揮していたという、マーキュリー・グリーン将軍や、ミッ

シェル・ロックハート将軍もいた。彼女達は、『ゼロ』が首都を攻撃する直前に脱出したと言う。

ロバートがやって来た姿を見て、心外といった様子だった。他にも目立った態度で示す事は無

いが、ロバートの顔を見て嫌悪に思う者もいるようだ。

 

 だが、ロバートはかまわなかった。案内された、対策本部の上座に堂々と座り、一同の顔を

一瞥する。

 

 彼自身に、『ゼロ』に関する専門的な知識は無かったから、話を進めるのは、国防長官の

舞、という形になったが。

 

「これで、軍部の者達は揃いました。ですが、今回は、これに『SVO』という組織の4人、更には

電話を通して『タレス公国』の、ベンジャミン・ドレイク大統領ら、『NK』の原長官を加えて、今後

の対策を話し合いたいと思います」

 

 舞は車椅子に乗ったまま、話し合いを始めていた。

 

「アサカ国防長官。『SVO』という組織の者達は逮捕されたのではないですか?」

 

 そう尋ねて来たのは、マーキュリー・グリーン将軍だった。

 

「我が国も恩赦状を出した。彼らの活動を考慮した結果。テロリストとしての犯罪を彼らは犯し

ていない。全てわれわれと同じ、『ゼロ』を阻止する為、彼らは動いていたのだ」

 

 と、ロバートは言った。軍の高官達は、にわかにざわつく。

 

「今の我々は、国力のほぼ半数を失ったと思って良いでしょう。『ゼロ』を抹殺しなければ、我が

国だけでなく、世界を危機に陥れてしまいます。その為には、『SVO』という組織のメンバー、そ

して『タレス公国』を初めとする西部連邦の協力は必要不可欠です。おそらく我々だけでは『ゼ

ロ』を止める事はできません」

 

 舞はそのように言い、軍の高官達を落ち着かせようとしていた。

 

 その時、丁度、拘留されていた『SVO』のメンバー達4人が姿を現す。彼らは今や拘束を解

かれており、後ろに軍服姿の案内人はいたものの、比較的自由にされていた。

 

「到着しました。彼らが『SVO』です」

 

 舞の言葉で、会議室の者達は一斉に、中へと入ってきた、異国の4人の若者を見つめた。軍

の者達ならば知っているだろう。彼らがつい先程までは、指名手配犯テロリストのトップに顔写

真で掲載されていたことを。

 

 一方、『SVO』のメンバー達は、『タレス公国』の一件でこのように、軍の高官達ばかりが集ま

るような場には、もう動じなくなっていたが、マーキュリー・グリーン将軍や、ミッシェル・ロックハ

ート将軍がこの場にいたのには、驚きの表情を隠せなかった。

 

 彼女達とはつい昨日まで、敵同士、そして直接戦っていたのだから。

 

 彼女達もそんな『SVO』を快く思っていないのか、嫌悪の眼差しを向けてきていた。

 

「彼らは、全面的に我が国と協力して下さるそうです。元々、『SVO』は原長官の下、防衛庁で

結成された組織だそうですが、その目的は『ゼロ』にありました。つまり、彼らのして来た活動

は、我々が今、対策を練っている事と同じ事なのです。

 

 彼らがテロリストであるという証拠は何もありません」

 

「ですが、アサカ国防長官。彼らは、あなたが指名手配し、逮捕しようとしていたのですよ?」

 

 と言ったのはマーキュリーだ。

 

「今の我々には、彼らの協力が不可欠です」

 

 舞はきっぱりと言い、彼女の発言を遮った。

 

(国防長官。『タレス公国』とのテレビ会議の準備が整いました)

 

 舞の座るテーブルの卓上に置かれたインターフォンから、彼女の補佐官の声が聞えて来る。

 

「分かりました。繋いで下さい」

 

 と舞が補佐官に言うと、即座にテレビ電話は繋げられ、舞の正面の空間には、立体的に画

面が現れる。それはちょうど、会議室をそのまま奥まで延長させているかのように錯覚させる

立体映像だった。だが、現れている映像は、遠く離れた『タレス公国』から発信されているので

ある。

 

 しかし、画像が繋がった瞬間、そこに現れた『タレス公国』のベンジャミン・ドレイク大統領は、

現実に会議室の中にいるかのような錯覚を『ユリウス帝国』側の者達に与えた。それは画面の

向こう、『タレス公国』側とて同じ事だろう。そちらにも同じような装置が置かれている。

 

「ロバート・フォード皇帝陛下、アサカ・マイ国防長官。並びに、軍の皆様方。ご無沙汰しており

ました。この度、貴国に起きた出来事は、全く遺憾な惨事です」

 

 ドレイク大統領は、改めて『ユリウス帝国』側に挨拶を述べる。彼の大統領としての威厳は、

映像でこそあるものの、真に迫る迫力として伝わって来た。

 

「我が国としましても、全力を持って貴国の復興支援に協力していきたいと思っております」

 

「ありがとう大統領。言葉を返してしまうようだが、この話し合いは、我が国の復興支援につい

て論ずるものではなく、『ゼロ』の対策について話し合うというものだった。それはともかく、復興

支援だけでなく、『ゼロ』対策の全面的な協力を感謝する」

 

 ロバートは全く衰えてない『皇帝』としての威厳、冷静な口調、落ち着いた目で画面の方を見

据え、ドレイク大統領に言った。

 

「ええ、全く持ってその通りです。『ゼロ』がこの世から消え去らない限りは、我が国の、いや、

全世界の人間が安心する事はできないでしょう。復興の話は、また後の話となります」

 

「ドレイク大統領、早速ですが貴国は、『プロジェクト・ゼロ』の前任者である、近藤大次郎、あ

の近藤広政の祖父であるという人物の研究データを回収したと、『SVO』の方々から聞かされ

ました」

 

 今度は舞が、画面の中の大統領の立体的な映像に向かって尋ねていた。

 

「ええ、その通りです。現在、『紅来国』《綱道大学》にて調査は続行中ですが、回収できた部分

は分析へと回しております」

 

「何か、我々が必要とするような情報はあったかね?ドレイク大統領?」

 

 すかさずロバートは尋ねていた。

 

「その件に関しては、『NK』からいらしている、原防衛庁長官からお聞きください」

 

 大統領がそのように言うと、画面の前面に、原長官の姿が現れる。

 

「『ユリウス帝国』の方々。ご無沙汰しております」

 

 彼のその姿に、『ユリウス帝国』にいる者達はざわついた。ついさっきまでは『SVO』と同じく、

彼も指名手配犯だったのだから当然だ。

 

 数日前までは、『NK』でも大犯罪者扱いをされていた原長官。しかし今では、立派なスーツを

着て、『タレス公国』の他の政府関係者よりも立派な姿に戻っている。犯罪者としての姿は、今

の彼にはどこにも無かった。

 

 そんな彼に、『ユリウス帝国』の者達は驚いていたのだが、原長官は構わなかった。

 

「『紅来国』の《綱道大学》は、近藤 広政の祖父、近藤大次郎が教授として教鞭を振るってい

た場所です。ですが、それだけではなく、彼はその地に、『プロジェクト・ゼロ』の研究データを持

ち帰りました。

 

 3次大戦の混乱の中、彼は戦火を逃れ、《綱道地方》へ。そして、自分の元の職場で研究を

続けていたのです。

 

 その研究データは、彼自身により残されていました。更に彼の遺体までもが研究所に残され

ており、近藤大次郎は晩年まで研究を行っていた事が明らかになっています。これは、現地に

赴いた調査団、『SVO』によって発見されました」

 

 原長官の背後の空間を、彼の説明に合わせ立体的なスライドが流れていく。それは、『紅来

国』《綱道大学》から集められた情報ばかりだ。現地の写真であったり、古いコンピュータから

引き出したデータなどが整理されている。

 

「注目すべきは、百数十にも及ぶ、この身体データです」

 

 原長官の背後に、『NK』の文字で書かれた人の身体データが現れた。身長から体重に始ま

り、血液型や血圧、血糖値に至るまで、詳細なデータの一例が現れている。

 

「これは『紅来国』でかつて行われた、『プロジェクト・ゼロ』の前身となる計画の実験台のデータ

です。あの『ゼロ』も、元々は『紅来』人の一人だったという事が判明しております。彼自身のデ

ータはまだ発見されておりませんが、この中には、浅香国防長官や、『SVO』のメンバーなど、

プロジェクトの参加者のデータは全て残されているだろうと我々は見ています」

 

 舞、そして『SVO』のメンバーは、黙って原長官の背後のスライドを見つめていた。

 

「ハラ長官。『ゼロ』自身のデータは、確かにまだ発見されていないのかね?」

 

 と、ロバートが尋ねる。

 

「現在調査中ですが、近藤大次郎は、研究データのほぼ全てを残しております。『ゼロ』に関し

てはいずれ」

 

「だが、『ゼロ』の研究データが出てきたところで、それが、本当に具体的な解決になるのです

か?」

 

 『ユリウス帝国』側の軍の高官の一人が、手を挙げて原長官に尋ねた。

 

「何か、出てくるとは期待しております」

 

 原長官はそれを答えにくそうに言っていた。だが彼に対し、再び手を挙げて反論したのは、

『ユリウス帝国』側の人間でも、『タレス公国』の人間でもなく、『SVO』の隆文だった。

 

「待って下さい。あの近藤は、『ゼロ』を、もはや自分の手が離れてしまった存在のように言って

いた。つまり、奴を倒すには、過去の研究データでは、意味が無いって事じゃあないですか?」

 

 隆文はそれを、周りの『ユリウス帝国軍』の高官達にも分かるように、タレス語で話していた。

 

「意味が無いわけではない。手がかりはあるはずだ」

 

 原長官も彼にならい、タレス語で答える。

 

「だが原長官よ、研究データだけでは、具体的な解決にはならんと思うがね。奴の弱点のよう

なものが、研究データから分かれば良かったのだが」

 

「弱点、弱点ですか。あなたの言葉を返し、更には皆の期待に反するようですが、近藤大次郎

は日誌に、このように書き残しておりました。

 

『ゼロ』は、完璧な存在であると。なぜ、彼だけがここまで成功したのか、自分自身でも分から

ない、と」

 

『ユリウス帝国』側の者達はざわついた。

 

 軍の高官達も不安そうな顔になり、何とか、誰かが安心させるような言葉を発するのを期待

している。

 

「近藤も、似たような事を言っていたわね」

 

 と、絵倫が呟いた。

 

「奴を、どこかにおびき出して、一斉に核攻撃を仕掛ければ、どんな生命体でも、消滅してしま

うのでは?奴も生命体である事は確かです」

 

 そう言葉を発したのは、『ユリウス帝国』側のミッシェル・ロックハート将軍だった。彼女はざわ

つく周囲の中ではっきりとした声で発言し、周囲の注目を集める。

 

「それは駄目です。もし、核攻撃など仕掛けようならば、奴にミサイルなり、何なりを乗っ取られ

る事になる。お送りしました情報であなた方もご存知でしょうが、『ゼロ』は、いかなる兵器をも、

『力』によって自分のものにしてしまうのです。機械回路を含む兵器類は奴の手の内です。ミサ

イルや戦闘機などは奴の餌食にされてしまうでしょう。

 

 『NK』があのような惨事に見舞われたのも、正にそれが原因なのです。更に奴に近づいただ

けで、電波の類は全て妨害され、作戦の連携も崩れます」

 

 原長官の言葉に、『ユリウス帝国』の高官達は、唾を飲み込んだ。彼らにとってそれは、全て

の手段を奪われたも同然だったからだ。

 

「それでは、我々は何もできないではないか!」

 

「世界の終わりだ!破滅だ!」

 

 原長官に対してでも無く、誰に対してでも無く、誰かが声を上げた。

 

 その言葉に同調するかのように、退路を絶たれたと思い込んだ者達は、にわかにパニックに

なったかのように声を上げ始める。

 

「落ち着け」

 

 そんな『ユリウス帝国』側の者達を、一喝するかのように声を発したのは、ロバート・フォード

だった。彼は与えられた席に静かに佇み。皆へとその堂々たる視線を向けている。

 

「全ての道が閉ざされたのではない、だから落ち着きたまえ。いや、例え全ての道が閉ざされ

るような事があったとしても、我々は落ち着き、冷静な判断で行動しなければならない。さもなく

ば、我々の混乱の余波は、国民にまで浸透する。それこそ世界の破滅だ」

 

 ざわついていた周囲も、『皇帝』ロバート・フォードの方へとその視線を向ける。多くの視線を

浴びている彼は、その堂々さを周囲に振り撒く。

 

「ロックハート将軍。君は、『ゼロ』に核攻撃を仕掛けると言った。君の事だ。おそらく、あれを用

いた作戦なのだろう?」

 

「ええ、はい。あれ、ならば、ミサイルや爆弾ではなく、遠距離から攻撃を仕掛ける事が可能で

す。おそらく、『ゼロ』の手が届かず、彼の『力』の手中にはならないであろう攻撃が可能です」

 

「失礼『皇帝』陛下、あれ、とは?」

 

 そう尋ねて来たのは、立体画面越しのドレイク大統領だ。

 

「我が国の軍事力の最大の兵器だよ。残念ながら、それさえも近藤が開発に関わっていたも

のなのだがね」

 

 ドレイク大統領に答えるロバートの眼は、未だにその輝きを失っていなかった。

-7ページ-

『タレス公国』《プロタゴラス》

3:18 P.M.(『タレス公国』東部時間)

 

 

 『NK』、《ユリウス帝国首都》と立て続けに大規模な攻撃を受け、その犠牲者が2000万人以

上に及んでいる中、『タレス公国』は《プロタゴラス》の中心部にある建物にいた初老の男は、

電話越しに叫んでいた。

「何だとォ!それは一体、どういう事だ?」

 すると、電話の先からは、その男よりも幾分も落ち着いた声が返って来る。

「ですから、『ユリウス帝国』の国防長官が、この国に到着しました。『SVO』とかいう組織の連

中も一緒です」

「彼らが共に行動しているだと!そんな事、絶対にあり得ん。大統領は一体、何をしているの

だ?」

 再び電話先に向かって声を張り上げる男。広々としたオフィスの一室には彼しかおらず、声

は外部へと漏れなかった。

「どうも、『ゼロ』という存在が関わってきているようです」

 その言葉を聴くと、初老の男は、苛立った。

「『ゼロ』、『ゼロ』。ああ、何度も聞かされたよ。大統領め。まさか、その存在の為に、『ユリウス

帝国』と協力をしようというのではないだろうな?今こそ『ユリウス帝国』に打ち勝つ事のできる

チャンスだというのに!

 それが、『ユリウス帝国』側から申し出された事ならば、我が国は、まだ『ユリウス帝国』に従

わねばならんのか!」

 憤りも露わに初老の男は言った。すると、電話先からは、そんな彼の声色を伺うかのような

声で、

「『紅来国』《綱道地方》で拘束された、リアン・ガーウィッチですが、未だに口を割っておりませ

ん。あなたと彼女との繋がりは我々が消しております。しかし、どうでしょう?また行動なさって

は?」

 男は、少しの思考の後、答えた。

「ああ、考えとったよ。今行動するには少し早いかもしれん。大統領も政府内に反抗勢力がい

る事を警戒しているからな。しかし、そうも言っておられんようだ。『ユリウス帝国』の者達がこ

の国に来る。今こそ、我が国の力を見せ付けねば」

 電話に向かって初老の男は力説する。そして、オフィスの窓に下ろしたブラインドを少しだけ

開き、外の様子を伺う。そこには、《プロタゴラス》市内にある、国会議事堂の中庭が広がって

いた。

「お願いします。副大統領殿」

 電話先からの声。だが初老の男は苛立ち、

「ああ、分かっている」

 電話先の男の言葉が、『タレス公国』のウォーレン副大統領の癪に障った。彼はふんと、鼻を

鳴らすと、荒々しく電話機を置いた。

 ウォーレンは、ドレイク大統領の政権下、副大統領という立場だったが、至る所に裏の組織と

の繋がりを持ち、それは大統領にも知られていなかった。

 彼の行動は国益を考えてはいたが、やり方は荒々しかった。今の地位に上り詰めたのも、数

ある裏組織との行動によって、上手く上役を排除し、上り詰めたようなものだ。

 だが大統領という、国の最高権力者になれないまま、彼は70という年齢に差し掛かろうとし

ていた。10歳以上も歳が下のベンジャミン・ドレイクが大統領となり、彼を副大統領に指名した

が、ウォーレンの不満は募るばかりだった。

 ドレイク大統領の政策は、陰謀を張り巡らせるウォーレンとは合わない所が多かった。ウォー

レンは表立ってその不満を表す事は無かったが、裏の組織の者達は密かに活動させていた。

 ドレイク大統領の政権が始まって2年だったが、ウォーレンは、大統領の政策に密かに反発

してきた。

 それを大統領は、政権内部の陰謀だとは理解しているようだったが、ウォーレンの起こした

事であるとは、まだ気付いていないようだった。

 ウォーレンは、薄暗い部屋から、再び大統領たちのいる、『ゼロ』対策本部へと顔を出そうと

する。

 しかし、『タレス公国』の副大統領など、大統領の有事の際は代役を務める事ができるもの

の、後はお飾りのようなものだ。ウォーレンは、『ゼロ』については色々と聞かされ、情報も握っ

ていたが、『ゼロ』対策本部での会議では、ほぼ蚊帳の外だ。

 だが、彼が部屋を出た時、いつも自分につかせている護衛官の黒服の男が、まるでウォーレ

ンの道を塞ぐかのよう立ちはだかっていた。

「何だ?」

 自分より何センチも身長が高い男を見上げ、ウォーレンは言った。だが、相手はいつもと変

わらない表情のまま答える。

「ご同行願います。ウォーレン副大統領」

 機械的で義務的な口調。まるで感情が表れていない。ウォーレンにとって、この護衛官とは2

年ほどの付き合いだった。

「何の事だ?」

 ウォーレンには、この男の態度で、だんだんと自分を取り巻いている状況が理解できた。しか

し、あくまで堂々とした態度で聞き返す。

「ドレイク大統領からの命令です。地下の対策本部へといらして下さい」

 再び変わらぬ口調で護衛の男は言って来た。

「私も対策本部へと向かうだけだ。お前たちの同行などいらん!」

 ウォーレンはきっぱりと言い、護衛官たちの間をすり抜けるようにして廊下を行こうとした。

 だが、彼は強い力で肩を掴まれる。

「大統領命令です。副大統領閣下。あなたを国家反逆の罪で同行させろとの事です」

 ウォーレンはその男の手を荒々しく振り払おうとした。

「ええい黙れ。貴様、誰の肩を掴んでいると思う?私は副大統領だぞ」

 苛立った声でウォーレンは言った。しかし、護衛官の者達は、変わらぬ口調で言って来る。

「ご同行願います」

 おそらく自分の張り巡らされた陰謀が、大統領にばれたのだ。一体、どこから漏れたのか。

拘束されているというリアンが吐いたのか。まさか、そんな事があるものか。

 ウォーレンは、二人の護衛官に廊下の両側から挟まれる形となった。もはやどこにも逃げ場

は無い。彼はそう思った。だが、国家反逆の罪で逮捕されようと、ウォーレンには信条があっ

た。たとえ逮捕されたとしても、自分は正しい事をしたのだ。

 全てを受け入れ、ウォーレンがその身を、護衛官達に預けようとした時だった。議事堂の廊

下に2発のサイレンサー付き銃の音が響き渡る。

 そして、何かに打たれたように痙攣しながら、ウォーレンの行く道を塞いでいた護衛官が崩れ

落ちる。

「副大統領!こちらです!」

 そう廊下の先から叫んでくる声。それは、裏の組織から護衛官に潜入させておいた男だっ

た。その男も、護衛官の者の一人だ。だが、あくまで立場は裏の組織、そしてウォーレン側に

ある。

 ウォーレンを拘束しようとしていた、もう一人の男が言い放ち、銃を抜く。

 だが、次の瞬間、ウォーレンの部下は廊下の先にはいなかった。ウォーレンのすぐ傍に立

ち、背中側から護衛官に銃を押し当てていた。

 銃声すらしないまま、弾は護衛官の体を貫通した。次いでその男は床へと倒れる。

「ご無事ですか?副大統領閣下」

「ああ、無事だ。だが、一体、今何をした?」

 ウォーレンはこの男が自分側にいるというだけで、詳しい事については知らなかった。

「私の特殊能力です。自分の映像を作り出し、一定距離内になら幾つも配備できる。それは、

私自身ではありませんが、喋らせる事が可能です。最初の男も、本当はあちらのドアの隙間か

ら狙撃していたのです」

 男が指を指して示したのは、ウォーレンのいたオフィスの隣の部屋だった。ほんの少しだけ

開けられた扉の奥は薄暗く、誰でも潜む事ができそうだった。

「さあ、副大統領、こちらです」

 男は、ウォーレンの腕を握り、せかす様に足早に走り出した。

 直後、廊下の奥から、次々と議事堂警備の黒服の者達が姿を現す。彼らは拳銃を片手に、

ウォーレン達の方へとやって来た。

 その時、2人は角を曲がり、議事堂の裏口の方へと向かったはずだったが、警備の護衛官

が目にしたのは、同じような姿をした者が、廊下に立ちはだかっている姿だった。

「おい!ここで何が起こった!?」

 一人の護衛官が、自分と同じ姿をした仲間に尋ねる。彼は、床に倒れている2人の男の間に

立っている。

「ウォーレン副大統領が逃げた。おそらく、第2資料庫の方へ向かったのだろう」

 そこにいた護衛官の男はそう答えた。その仲間の言葉を真に受けた別の護衛官はすぐに通

信機に叫ぶ。

「ウォーレン副大統領が逃げた。第2資料庫の警備を固めろ!」

 しかし、すぐに返ってきた返事は、

「いいや、違う。そこにいるオーウェンズが、副大統領を逃がしたのだ!監視カメラの映像に映

っている。オーウェンズは、仲間を殺し、ウォーレンと共に逃げた」

 通信機から聞えてくる声。護衛官の男は、廊下の先にいる仲間の姿を再確認しようとした。

「逃げた?だとォ。オーウェンズはここにいるぞ!」

「馬鹿な!数秒前に、オーウェンズは裏口の方へと向かっている。副大統領も一緒だ。だが、

確かに、監視カメラの映像では、そこにもオーウェンズがいる!」

 監視カメラを確認しているであろう、警備本部からの言葉で、護衛官の者達は混乱した。

「副大統領を追え。そこにいるオーウェンズも確保しろ!」

 だが、そうリーダー格の男が言った時、副大統領を逃がした護衛官の男、オーウェンズは、

廊下を逆方向へと走り出す。

「オーウェンズ。待て!そこで止まれ!」

 そう言いつつ、護衛官のリーダーは銃を発砲した。だが、オーウェンズは止まる事無く、廊下

の突き当たりまで達し、その角を曲がった。

「オーウェンズが、第2資料庫の方へと逃げたぞ!」

「副大統領は、裏口の方です。彼は、全く逆の方向に逃げた事に!」

 一人の護衛官が言った。

「馬鹿な!オーウェンズが何人もいるわけがない。ええい!二手に分かれろ。だが忘れるな!

副大統領の確保が最優先だ」

説明
大規模な破壊の後、主人公達は国々の代表者たちと一致団結し、いよいよ世界を恐怖へと陥れる存在に対抗策を導きだす事になります。
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オリジナル SF アクション 虚界の叙事詩 

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