真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版24
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第二十四章〜彼女の決意と迷いと裏切りと〜

 

 

 

  朝の軍議が終了し、野営地内では進軍の準備をするべく全兵士総動員でそれぞれの仕事に徹していた。

  そんな中、兵士達へ朝食を配給していた季衣と流琉は、一人涼州の方角を見つめる蒲公英の姿を捉えた。

  浮かない顔で遠くを見つめる様子が気に掛かり、二人は蒲公英に声を掛けた。

  「どうしたの蒲公英?なんか浮かない顔しているようけど・・・」

  先に蒲公英に話しかけたのは季衣だった。

  「季衣・・・。うん、ちょっと姉様の事が気になっちゃって」

  「と、言いますと?」

  どういう事か蒲公英に尋ねる流琉。

  「姉様・・・、本当は涼州行きたくないんだって、蒲公英は思うんだ」

  「え?」

  「そうなんですか?」

  「・・・叔母様が死んだ場所だから。

  姉様、二年前にお墓参りに行ったきり足を踏み入れようとしなかったし・・・」

  「そうなの?蒲公英は毎年来ているよね、馬騰さんのお墓参りに。

  ボクはてっきりいっしょに来ていて、たまたますれ違っているんだとばっかり思ってたよ」

  「蒲公英が誘っても何か理由を付けてどっかにいっちゃうから」

  「やっぱり、馬騰さんの事を今も引きずっているんですかね」

  「他にもあると思うけど、一番の原因はそれだって蒲公英は思っている」

  「・・・でも、それならどうして翠さんはここへ来たのでしょうか?」

  「多分、このままじゃ駄目だって思ったんじゃないのかな。

  今の桃香様を見て・・・自分もちゃんと前を向いて歩かなきゃいけないんだって。

  でも涼州に近付けば近付くほど、その決意が揺らいでいるような・・・まぁ、蒲公英の思い過ごしなら良いんだけどね」

  「そっかぁ・・・、蒲公英も蒲公英なりに翠ちゃんのことを心配しているってことか」

  「翠さん、はやく元気になるといいですね」

  「うん・・・、そうだね」

 

 

  「真桜」

  道具を片付ける真桜の元に駆け寄っていくのは一刀だった。

  「ん、何や隊長。うちに何か用でっか?」

  「お前、兵力や装備とかを取りに一度洛陽に戻るだろ?」

  真桜は洛陽へと帰還する者達の中に入っていた。無論、この帰還は一時的なものだ。

  先の戦闘で消費した兵士、武器、防具、食糧、治療道具などを補給するための行動だった。

  「せやでぇ、けどそれがどないしたん?」

  「・・・お前に頼みたい事がある。これを見てくれ」

  そう言って、一刀は胸ポケットから取り出したのは四つ折りに畳まれていた紙。

  真桜の眼前で広げ、そこに描かれたものを見せる。真桜もそれを大まかに読み取ると、少し思案してから口を開いた。

  「・・・隊長、これは何のつもりなん?」

  「多分、次の戦いはこれぐらいのものじゃないと駄目なんだと思うんだ。だから昨日考えて・・・」

  「そうやない!ここに描いているのが何かとか・・・そないなことやない!

  うちかて一応はその道の人間や、隊長が何を作って欲しいんかは大体分かるで」

  「そっか、てっきり描いた絵が下手くそだから分からないと・・・」

  「うちが言うてんのは、何でこないなものを作って欲しいんかってことや!華琳様とかには相談はしたんか!」

  「・・・・・・一応、は」

  その微妙な間を置いてからの返答に、真桜はその時の状況を大体であれど把握した。

  「その様子やと、相当無理して通したんやないか?」

  「・・・否定は、しない」

  「そうやろうなぁ〜。こんなん見せられて、『はい、そうですか』って許すはずないで。

  こない無茶苦茶な装備、どう使うっちゅうねん?」

  「そこは『力』を使えば制御できるはずだ。

  ・・・昨日の奴とまた戦うとなると、これぐらいの重装備じゃないと力負けしてしまうからな」

  「・・・隊長が言いたいことは分かるで。うちかて頼まれれば作らんこともない。

  せやけど、こんだけのもの作るとなると、一日や二日じゃ足りへん。洛陽に戻るっちゅうてもそない長くはいられへん」

  「そこはお前の力で何とかしてくれるだろう?」

  「隊長・・・いつも思うんやけど。うちなら何とかなるって、そない都合の良いように思ってへん?」

  「無理を言っているのは重々分かっている。だけど、こんな事を頼めるのはお前しかいないんだ。

  だから頼む!俺には、お前しかいないんだ」

  一刀は真桜の両肩を勢いよく掴み懇願する。

  一刀が動く度にその豊満な乳房が激しく揺れ、真桜は両手でその揺れを抑えていた。

  「・・・・・・・・はぁ〜ほんま隊長はずるいで。そないな事言われちゃ、断われへんやないか・・・」

  「真桜・・・」

  真桜はにひひと笑いながらどんと胸を弾ませてこう言った。

  「うちが何とかしとるさかい、任せときっ!隊長の御眼鏡に叶う代モンを作ったる!」

 

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 ―――涼州中央の何処か。

 

  「想定よりも早くこちらに向かって来ているようですね。

  これではあらかじめ張っていた仕掛けもいくつか無駄になってしまいましたね」

  偽りの巻物を握り潰し、机に広げられた大陸の地図を見渡す。地図の上には駒が何体か置かれていた。

  洛陽の位置から少し左側に配置されていた大きな駒が涼州に向かって独りでに進んでいく。

  「よもや彼女がイレギュラーだったとは・・・」

  撫子に頼んでいた例の巻物は偽物だった。

  本物は恐らく彼女が持っているのだろう。

  あれが如何なものかも、なんの価値があるかも、知るはずもないにも関わらず。

  曹操がこちらへ真っ直ぐ進んでいるのもイレギュラーが原因だろう。

  表情は変わらないものの、出し抜かれた事でその内心は怒りで煮えくり返っていた。

  だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。

  元来の冷静さでその怒りを中和し、一旦平静を取り戻す。

  そして、その怒りを手にある巻物へ移し変えると、巻物は青白い火に包みこまれ消し炭へと姿を変えていく。

  ・・・少し考え方を変える。

  イレギュラーによってもたらされたこの状況を逆に利用してやればいいのだ。

  手に残った消し炭に息を吹きかけ、宙に舞い上がらせる。

  「女渦の報告では、亀霊の機動させ、例の計画を実行するとの事・・・」

  ならば、こちらはあの方から提供された試供品をここで使用する。

  初めて使用されるためデータを取りたいのだろう。結果次第では、あの方に貢献出来るはず。

  先程の場所から離れ、下へ下へと階段を降りていく。

  下へと降りていく程に明かりは薄くなり、周囲は暗闇に包まれていく。

  だが心配は不要だ。

  階段を降り終えると、暗闇だった空間に新たな明かりが灯る。

  「・・・盤古。これが我々の新たな力となり得るのか。見極めさせて頂きましょう」

 

  

  華琳率いる本隊は予定通り、涼州へと進軍を再開。

  道中で邪魔が入ることは特に無く、涼州へと入ることが出来た。

  そして、進軍再開よりおよそ六日後。洛陽へと一時帰還した隊が本隊に合流する。

  「隊長!ただいまなの!」

  一刀に駆け寄って来たのは沙和だった。

  何か嬉しい事でもあったのだろうな、誰が見てもその事が分かる程に顔を輝かせていた。

  「沙和、お前もこっちにいたのか」

  「うん、今月の新作の服とか気になっちゃって!」

  一刀が目線を沙和の手元まで落とすと、大量の服が入っているだろう紙袋が握られていた。

  一刀はそんな自分の部下に対して呆れつつも嬉しそうに微笑んだ。

  「全く、お前って奴は・・・相変わらずというか何と言うか・・・」

  「・・・おっ、ここにおったんか隊長〜」

  今度は真桜が気だるそうにだらしなく歩いて来る。

  「真桜、頼んでおいたヤツはどうだ?」

  「あぁ、洛陽中の鍛冶屋をみ〜んな集めて、何とか期日通りに作ったで。後ろの方にあるから後で確認してや」

  「無理言って悪かったな」

  「ほんまそれよー!、寝る間も削りに削って、ふぁ〜・・・眠くてしゃーない」

  欠伸に合わせて背筋を思い切り伸ばすと、真桜は一刀に踵を返す。

  「・・・ほな、うちは少〜し仮眠を取らせてもらうで。よっぽどでもない限り起こさんといてな」

  背を向けたまま手を振ると、真桜は自分の天幕の方へと戻っていった。

  「おぅ、ゆっくり寝ていけよ」

  一刀は真桜が指定した場所へ向かう。すると後ろから沙和が興味ありな顔をしながら追いかけて来た。

  「ねぇねぇ隊長、真桜ちゃんに何を作らせてたの?」

  「うん?あぁ、ちょっとな・・・」

  説明するのが面倒と適当にはぐらかす一刀。当然、沙和は不貞腐れる。

  「えぇ〜、ちゃんと教えて欲しいのー!」

  「だぁー分かったから、腕を引っ張るな!」

  目的の場所に着くと、そこには一台の牛車があった。

  「きっとこいつだ。こいつが・・・俺の切り札になるやつだ!!」

  一刀は掛かっていた白い布を取り払う。

  布の下にあった代物を見た沙和は目を丸くして驚いた。

 

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  二日後、魏軍は雍州潼関より涼州に入った。その道中、一刀はある違和感を感じた。

  「・・・人が、いない?」

  町、村、あまつさえ、誰もが通るであろう道さえにも人の姿が見えない。

  一つ二つならばともかく、それが道中全ての町村でそんな状況だったのだ。

  無論、それに関しては華琳達も気付いていた。

  「誰もいない・・・、一体涼州でなにがあったというのかしら?」

  斥候を放ち、情報を集めてはいるものの、肝心の人がいないのであれば状況を掴む事など出来るはずもない。

  兵達も多少なりとも、その異常な事態に不安を抱く者もいた。

  人は何処へ行ってしまったのか。何処かへと避難しているのか、五胡に襲われたのか・・・。

  様々な憶測が軍の中で錯綜し、混乱を抑えようと武将達が駆け回る始末。

 

 

  潼関よりやや西に位置する扶風と呼ばれる地。

  現在、涼州の中枢として機能する都がそこにあり、翠と蒲公英の故郷でもある。

  久しぶりの故郷の匂いに、二人は懐かしくももの寂しさを感じていた。

 

 

  都より十数里離れた場所にあった廃村を野営地とした魏軍。

  いつかの様な襲撃はなく、華琳達は今後の行動について軍議を進めていた。

  「人がいない・・・、それは間違いないのね?」

  斥候からの報告を桂花が説明し終え、華琳が内容を確かめるように桂花に聞き返した。

  「斥候全員が人一人を見つける事が出来なかったそうです」

  「空城の計?」

  桂花の話を聞き、一刀は思った事を口にした。しかしその意見に春蘭が反論する。

  「前に派手に奇襲して来ておいて、今更そんなことをする必要があるのか?」

  「誘っているのでしょうかねぇ。風達が都に入るのを・・・」

  「都城戦に持ち込もうっちゅうわけかいな?」

  「これまでに出現した黒尽くめの武装兵団との戦闘はほとんどが都城戦でした。

  彼等の武装及び戦法より推察するのであれば局地。

  つまり、狭い場所での少数による一進後退の戦法を得意としているのではないかと思います」

  「何だか、私達のやり方とは正反対な戦い方ですね・・・」

  流琉の意見はもっともだった。

  この時代の主な戦いは平原といった広い場所に平面に展開した突撃戦が主の戦法であった。

  それ故に、傀儡兵達の戦法が如何に対極的であるかが分かる。

  「中に入ってしまえば、嫌でも狭い場所での戦闘を余儀なくされるってわけか。

  じゃあ、どうするんだ?向こうが出て来るのを待つのか?」

  「そんなものを待っていたら先にこちらが潰れるわよ。

  遠征である以上、兵糧にも限りがある上に兵達の疲労も蓄積するばかり。長期戦はこちらが不利でしょう」

  「そうだよなぁ・・・」

  桂花に自分の考えを否定され、一刀は渋い顔で後頭部を掻いた。

  「その上、今回は気掛かりな点が幾つも存在する。皆も気付いているでしょうけど、涼州の民の行方不明となっているわ」

  華琳は滞る軍議を別の議論に切り替える。

  「確かにここまで人間がいないのは、明らかに異常な事だとは思いますが・・・」

  「皆一体どこに行っちゃったの?」

  首を傾げ、考える凪と沙和。

  その横で真桜は両手を首の後ろに回し、う〜んと唸っていると何気ない感覚でこう言った。

  「・・・とっくに連中に殺されてたりして」

  「そんな訳あるかっ!?」

  軍議が行われる天幕内に怒声が響き渡った。

  突然の事だっために、その場に居合わせた者は言葉を失った。

  怒声を放った者は我に返ると、たちまち気まずさに赤面、その場から逃げ出したいのを堪え弁論する。

  「あ、い、いや・・・、悪い突然大声を出して・・・」

  怒声を放ったのは翠であった。

  軍議が始まってからずっと沈黙を通していた彼女が、真桜の心無い一言に対して咄嗟に声を荒げて否定したのだ。

  真桜もさすがに軽率だったと申し訳ない気分になる。

  首の後ろに回していた両手を正し、真桜も言葉を慎重に選びつつ翠に謝罪した。

  「うちもごめんな。根拠も無いこと言うてもうたわけやし・・・」

  「けれど、その可能性も否定出来ないでしょう」

  「な・・・っ!」

  翠は華琳の方を睨む。その視線を感じながらも華琳は話を続けた。

  「生きているかもしれないし、死んでいるのかもしれない・・・。

  現時点ではそのどちらにも可能性は残っている。

  生きているならば、今どこに?死んでいるならば、死体は何処に?

  それを今ここで議論する事自体、意味があるのかしら?」

  疑問形で終わっているが、答えを聞くまでもなかった。だから誰かの答えを聞かないまま話を続けた。

  「今分かっている事は黒幕の正体ととその居場所。

  まずは都城を制圧。その後、祝融を捜索、可能であれば捕縛。それでいいわね?」

  華琳が一方的に話をまとめ上げ、再び軍議は進行される。

  作戦の方針は華琳が提示した都城の制圧、そして祝融の捕縛と決定する。

  また、都城戦の対応策も立てられる事になった。

  緊急時、瞬時に少数隊に編成できるよう、歩兵、槍兵、弓兵、騎馬の配置を調整。

  それに伴う陣形の変更・修正が事細かく行われた。

  一刻半過ぎた頃に軍議は終了し、武将達はそれぞれ役割を分担、仕事に取りかかった。

 

 

  「う〜ん・・・、やっと終わったか」

  長い軍議からようやく解放され、天幕より出た俺は凝り固まった背筋を伸ばした。

  太陽の光を全身で浴び、これからの事について考えようかと思った時だ。

  「ん、あれは・・・」

  視界に馬超の姿が入ってきた。

  どうやら馬舎へ向かうようだ。

  そのまま見過ごそうと思ったけど、さっきの事を思い出して彼女を追いかけた。

  「馬超!」

  「ん?・・・北郷、か」

  声を掛けると、足を止めて俺の方に顔を向けてくれた。

  「あたしに、何か用か?」

  馬超は少し戸惑った感じで尋ねてくる、俺が声を掛けた事がそんなに意外だったのか?

  「いや、さっき真桜が変なことを言ってお前に嫌な気分をさせたからさ。

  俺からも謝っておかないとって思ってな・・・本当に、済まなかった」

  姿勢を正し、頭を深々と下げて謝った。あいつは今も一応は俺の部下なわけだしな、これくらいはしないと。

  「え?あぁ、いや・・・止めてくれよ。

  全然気にしていないし、あたしだってちょっと言い過ぎたって思っているからさ」

  馬超が申し訳なさそうな声で言うから俺は頭を上げる。

  「後で俺から真桜にも注意しておく。だから、それで許してくれないかな?」

  「だから、もう気にしていないからさ!・・・そうされる方が逆に迷惑だ」

  「そ・・・、そうか?」

  そういうつもりは無かったんだがな、だがこれ以上この話題に触れるのは止した方がいいな。

  とは言え、このまま別れたらあれだし、少し違う話をしておくか。

  「そう言えば、凪達とは仲が良いみたいだな?」

  「・・・まぁ、色々と。最もあたしが弄られているのが大抵だけどな」

  ・・・その光景が目に浮かぶ。

  「嫌なら嫌って正直に言っていいぞ」

  「まさか。あたしは嬉しいさ。国がどうこうとか、過去がどうとか・・・そう言う事を気にしなくて済むのは」

  国がどうこうとか、過去がどうとか・・・ねぇー。

  「・・・実際のところは?」

  「毎度毎度からかってくるのは・・・どうにかして欲しい」

  「それについては激しく共感する」

  「・・・あんたも苦労しているんだな」

  「時々、本当にあいつ等の隊長なのか・・・疑わしく思う事がある」

  「あっははは・・・!」

  馬超は同情を込めた愛想笑いを返してくる。

  「だ、だけど聞く限りじゃ、あんたの事を大事に考えていると思うぞ」

  「そうなのか?」

  「一緒に飲んでいると、いつもあんたの事を話していたし、隊長にまた会いたいとか・・・良く言っていた」

  ちょっと涙が出そうになった。久しぶりにいい話を聞いた気がする。

  「・・・そうか。これからもあいつ等と仲良くやってくれな」

  「あぁ、北郷もあいつ等を大事にしろよな!」

  そう言うと、馬超は改めて馬舎へ向かった。

  「隊長、こちらにいましたか」

  馬超を見送った直後、今度は俺が後ろから声を掛けられた。振り返ると凪、真桜、沙和の三人がそこにいた。

  「なぁ〜んか、翠と話しておったみたいやけど。翠に目ぇつけるんはさすがは隊長、ってとこかいな」

  にやにやと俺を見てくるドヤ顔の真桜。ちょっといらっときたので意地悪をする。

  「部下の無礼を代わりに謝っていただけだ。真桜が考えている様なことはしていないぞ」

  俺がそう言うと、先程までのドヤ顔が一気に崩れる。

  「うっ、藪蛇かいな〜。やっぱ翠の奴、気にしとったん?」

  「気にしてないとは言っていたが、一応お前の方からも言っておいた方が良いかもな。・・・後、凪も沙和もな」

  「えぇ〜、何で沙和達もなの?」

  沙和は不満そうに俺に聞く。確かに、ちょっと言い方が悪かったな。

  「別に謝れって意味じゃなくて、色々と話をしてくれって意味でな」

  「・・・何か、気になる事でありましたか?」

  二人と違い、凪は真面目な態度で俺に尋ねてくる。ただ、真面目に聞かれても困るんだよなぁ。

  「う〜ん・・・、確信は無いんだが、何か悩みを抱えているんじゃないかなって思ってな」

  「悩み、ですか?」

  「何で悩んでいるのかは分からないけど、悩みを抱えたまま戦うはお互いにも良くないだろ?」

  あの時、馬超が何気なく言った事がどうも気になって仕方がない。

  さっきの軍議もそうだが、華琳とはあまり仲が良い関係とは言い難い感じだった。

  華琳は上手くやっていると思っているのかもしれないけど、それがきっかけで内部分裂・・・なんて、少し考え過ぎか?

  「そりゃ考え過ぎやないか?」

  「何も考えてないお前が言うな」

  「ちょっ、その返しはずるいでぇ〜凪」

  「でも分かったの!沙和も翠ちゃんが怪我して欲しくないの!」

  「あぁ、よろしく頼むな三人とも」

  そう言って、俺は凪達と別れる。

  「怪我か・・・、怪我程度で済むような話ならいいんだがな」

 

  明日の朝に都城に入る。

  出来るならば明日で全てに決着を終えたいと誰しもがそう望み、今夜を過ごすのであった。

 

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  「全軍、進軍開始!」

  春蘭の声に合わせ、銅鑼が叩かれる。

  銅鑼の音が全兵士に伝わり、一糸乱れず前進する。日の出より一刻後の事であった。

  進軍する兵達の中に一際目立つ者がいた。一刀である。

  少し汚れた白い布を首から膝下まで纏い、その布から大きくはみ出した巨大な剣、斬馬刀が一番に目を引いた。

  あと他に目を引くものは首に付けられた鍵付きの鉄製の首輪だろうか。

  ちなみに首輪から伸びる鎖を辿ってみると、絶影に乗る華琳がその鎖の端を握っていた。

  

 

  「兄ちゃん、ちょっと腕上げて」

  「兄様。前の方、お邪魔しますね」

  天幕の中、季衣と流琉は一刀の支度の手伝いをしていた。

  それは一刀一人では難しく、力を要するためこの二人が行っていた。

  「そんな装備で大丈夫なの?」

  天幕の隅、椅子に座って見ていた華琳は一刀に聞いた。

  「・・・さぁ、どうかな。何せ、実際に着けるのはこれが初めてだからな」

  両腕を水平にしながら、一刀は答え続ける。

  「けど、あの真桜が作ったものだ。大丈夫、問題ない」

  「・・・・・・」

  何を根拠に、と言いた気な顔で華琳は一刀を見た。

  一刀は季衣と流琉と一緒に締め付け具合がどうだとか、位置がどうとかを話し合いながら支度を進めていた。

  華琳の心情を察する事もなく・・・。

  「おおお!!兄ちゃん、すごいよ!!カッコいい!!流流もそう思うでしょ!?」

  「うん!本当に良く似合っていますよ、兄様!!」

  「はは、大げさだな。

  だけど、あの絵からここまでのものを仕上げてくるとは流石、真桜だな!」

  着付けを終えた三人を傍から見ていた華琳が椅子から立ち上がる。

  「・・・一刀」

  「なんだ華琳、今度はどうした?」

  「忘れものよ」

  「忘れ物・・・?」

  着け忘れたものがあったのか、一刀は鏡を見て自身の姿を確認する。

  そこに華琳が現れ、一刀の背中に立つとおもむろに首に手を伸ばした。

  

  カチャ―――ッ!

 

  「これで良し」

  「え」

  華琳の流れるような動作に何が起きたのか理解が追いつかない一刀。

  改めて鏡で自身を見ると、首に鉄製の首輪が備わっていることに気が付いた。

  「・・・・・・あの、華琳さん?これって・・・」

  「獰猛なあなたには首輪を付けておかないといけないわよね」

  「ちょ・・・、俺は犬かっ!」

  「犬?地べたを這いずるしか能のない卑しい雄豚の間違いでしょう?」

  「何でそういうことになるんだよ!?悲惨過ぎるだろ、俺!」

  「あら、嫌なの?桂花と稟なら、喜んで地べたを這いずり回るわよ?」

  「そこにあの二人を持ち出してくる時点で間違いだろう!だったらあいつ等にやってやれ!」

  「えぇ、してあげるわ。あなたの後で、ね・・・」

  「ちょ・・・!」

 

 

  そんなやり取りがあったかどうかはさておき。

  落胆する一刀は肩を落とし、前のめりに歩きつつも、時折、華琳の様子を見ていた。

  そして、華琳もまたそんな一刀の様子を見ていた。

  「・・・・・・」

  「・・・華琳様?いかがなさいましたか」

  「・・・いえ。何でもないわ。どうかしたかしら、稟」

  「はっ、先刻程前に都城内に放ちました斥候なのですが、予定の刻限を過ぎましても戻って来ておりません。

  恐らくは都城内で・・・」

  「やっぱりこのまま都城に乗り込むしかないようね」

  向こうはこちらが都城に入るのを待っているだろう。

  都城内での戦闘を想定し、こちらは十分な備えと対策を張り、その上で進軍を開始した。

  「ところで華琳様。お兄さんの扱いについては、今朝の方針で本当によろしいのですか〜?」

  「当然、あの男は最初から戦力に入れない。

  よほどの事態にでもない限り、首輪をつけて行動を制限するわ」

  だが、その備えと対策の中に一刀は含まれてはいない。

  これまでの一刀の行動は良く言えば慈善事業、悪く言えば身勝手な行為でしかないのだ。

  では、何故そのように見なしているのか?

  彼の力はこちらにとって有益なもの、自分達の勝利に大きく貢献するだろう。

  しかし、彼に頼りきりになれば兵達は彼の力に依存していき、致命的な油断が生まれる。

  自分達が戦わなくとも・・・。北郷一刀に任せておけば・・・。

  それは軍の風紀を乱し、そして兵士間の連携にほころびが生じて軍力低下をもたらす。

  最初から質の良い玩具は与えない。自分達の国の問題は自分達で対処する。

  それが曹操孟徳の考えである。

  「・・・・・・」

  しかし、それは建前。彼女の真意はもっと単純で、そして純粋なものなのかもしれない。

  

 

  「このまま行けば、都城内で戦うことになるん、だよな・・・」

  都城城門へと近づいていく中、先頭に立つ翠はこれからの事について考えていた。

  華琳達の考えが正しければ、確実に城内の中で戦いが起こる事になる。

  乗馬に長けているとはいえ、戦いの場所が制限される街中での戦闘では騎馬はいささか不向き。

  何より、これから戦う場所は自分の故郷なのだ。

  「仕方がないって言っても、自分の街が戦場になるのは嫌だな・・・」

  人の住む家屋が損壊し、多くの人間が倒れ、大量の血が流れる。

  成都でもそうだった。蜀軍と正和党が血を流し争った後の街の姿は胸を締め付けられた。

  広野で戦う時とは全く違うものがそこにあったのだ。

  そして、今度は自分の故郷がそうなるのだと思うと翠は苦悶の表情を浮かべ、手綱を握る手に力が一層入る。

  「あたしは、一体・・・どうしたいんだ?」

  過去への決別、故郷を守ろうという愛郷心。

  その一方で曹操に対する憤怒、自分の故郷が戦場になるという嫌悪感。

  翠の中で相反する思いが衝突を繰り返していた。

  「姉様、また考えごと?」

  そんな時、蒲公英が横に近づいてきた。

  「な、何だよ・・・あたしが考えごとをしていたら悪いのかよ?」

  「別に悪いとは言ってないよ。ただ戦前に色々と考えていると怪我しちゃうよって話」

  「・・・、お前も凪達と同じ事を言うんだな」

  翠は耳を弄りながら、少し呆れ気味に答えた。

  実は少し前にも、凪達にも同じ様な事を言われていたのだ。その時は適当に誤魔化して煙に巻いていた。

  「ふぅん、あの三人組にも言われたのか〜。ま、当然と言えば当然かな?」

  「どういう意味だよ」

  「だって、脳筋が変に頭を使っていれば、誰だって異常事態って思うもん」

  「うーん・・・、やっぱりそういうもんなのか?」

  蒲公英に言われ、首を傾げる翠。少しの間を置き、翠はある事に気付いた。

  「・・・って、誰が脳筋だ!誰がぁっ!?」

 

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  軍の最前列が城門を通過しようとすると兵士達に更なる緊張が走る。

  今だ姿を現さない敵がいつ、どこから、どのように襲ってくるのか。

  一歩の足取りは慎重になり、神経を尖らせ、周囲に気を配り続ける。

  その警戒心が行軍の速度を落とす。

  一番乗りに都城に入った翠の目に広がる光景は二年の間に姿を変えた街並み。

  街には人が存在せず、閑散な空気が漂う。

  久し振りに見た故郷の街に不思議と懐かしさを感じない。それが彼女の胸を一層締め付けた。

  軍の半分程が城門を通過する頃、状況は急変する。

  「ここより北に位置する城門が開門!さらに砂塵を確認しました!!」

  一人の兵士が全員に聞こえるよう大きな声を上げて報告する。

  砂塵より姿を現したのは五胡軍であった。

  開いた城門より大量の五胡兵が雪崩れ込む。

  魏軍は迎撃体勢を取ろうと武器を構えるが再び状況は急変する。

  「な、何ぃいいいっ!?」

  入城していた春蘭が慌てて後ろを振り返った。

  何の前触れもなく、突如として城門が閉じていくのだ。

  閉じ込められると思ったのか、落ち着きを失った一人の兵士が城門の外へと出ようする。

  それに釣られ一人、また一人と城外へ後退する者達が現れる。

  「急げぇっ!急ぎ、外に出るのだぁあああっ!」

  誰が言ったのか、分からないその言葉が兵士達に焦りを促す。

  春蘭達は慌てず、落ち着いて行動するよう指示を出すが誰も聞こうとはしない。

  そんな混乱の最中、城門は完全に締まる。

  城門が閉じた結果、魏軍は二つに分断される。

  数十人の兵士達が力を合わせて、閉じた城門を開けようと試みる。だが、そうしている間も前方からは五胡軍が迫ってくる。

  「華琳様っ!」

  桂花が華琳の対応を窺う。華琳は考える間もなく城内の兵士達に檄を放った。

  「これより五胡軍の第一波と応戦する!!

  馬超隊、馬岱隊、張遼隊が先行し相手の陣形を崩した後、歩兵部隊は攻勢に出よ!!」

 

  現在、都城内には春蘭、秋蘭、季衣、流琉、翠、蒲公英、華琳、桂花、一刀。

  都城外には凪、真桜、沙和、稟、風。

  この状況の中、都城内の者は五胡と応戦、都城外の者は城門を突破するべく奮闘する事となった。

 

 

  「お前ら、いくでぇ!!!」

  「「「おおおおおおおおぉっ!!!」」」

  偃月刀を掲げ、霞は兵士達と一致団結する。

  「翠、蒲公英、お前らもいけるな!!」

  「もっちろん!」

  「こっちも行けるぞ!!」

  五胡兵達は目と鼻の先にまで近づいてくる。

  「おっしゃぁあああ、突撃ぃいいいいいいっ!!!」

  押し込まれる前に、こちらからと騎馬部隊が街の大通りを駆ける。

  「「「うぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」

  騎馬隊と五胡軍の先陣隊が衝突。

  騎馬から歩兵を攻撃し、逆に歩兵数人がかりで騎馬兵を馬より引き摺り下ろす。

  騎馬隊の突撃により、五胡の前線は大きく崩れ動きが鈍り始める。

  「行くぞ!!夏候惇隊、突撃ぃいいいいいいっ!!!」

  戦況をいち早く察知した春蘭が隊を引き連れて突撃を掛ける。

  それに続けと季衣、秋蘭、流琉の隊も突撃を掛けていく。

  始めはどうなるかと思われた戦況は華琳の迅速な対応により優勢へと転じていく。

  だが、再び状況は一変する。

  それは春蘭、季衣の隊が一足早く五胡軍と接敵した直後であった。

 

  ドガァアアアアアアアアッ!!!

 

  爆発にも似た轟音が響く。

  大通りを遮るように砂塵が大きく舞い上がり、春蘭と季衣、秋蘭と流琉とで引き裂いた。

  「くっ、何だ一体!?」

  秋蘭は急ぎ全隊に進軍停止の命令を出す。

  勢いづいていたものを突然に止めたため隊の陣形が大きく乱れる。

  砂塵が収まり、次第に視野が広がると秋蘭の目に砂塵の原因となるものが入った。

  「これは・・・地割れか!」

  それは大通りを分断するように避けた巨大な亀裂。地割れの影響で通りに面した建造物が倒壊する始末だった。

  助走をつけても飛び越えるのは困難だろう。秋蘭は地割れを渡る橋を準備するよう指示を出す。

  橋を架けるまでの間に陣形を直そうとするが、亀裂の中より傀儡兵が大量に現れ、秋蘭達に襲い掛かった。

  「秋蘭様、砂塵より敵が!例の黒尽くめです!」

  「あぁ、皆の者怯むな!訓練通り、五人一組にて対処しろ!」

  秋蘭の指示通りに、兵士達は二歩兵、二槍兵、一弓兵構成の五人一組を作り、傀儡兵達に対応していった。

  「華琳様が仰っていた通りだな。

  皆の者、怯むな!!絶対に引いてはならんぞ!!」

 

 

  「秋蘭!?」

  後方の砂塵に反応する春蘭。

  向こうには妹の秋蘭がいるはずだがその姿は確認できない。

  「流琉っ!」

  季衣も親友の安否を確かめようと砂塵の方へと向かおうとする。

  「待て、季衣!今は目の前の敵に集中しろ!」

  「だけど春蘭さま!」

  渋る季衣だったが、すでに五胡軍と接敵し、霞達が率いる騎馬隊と合流して戦闘を行っていた。

  隊が分断された以上、五胡の軍を現状の兵数で対処しなくてはならない。

  「お前の気持ちは私にも分かる。だが・・・はっ!!」

  春蘭が季衣に何かを言おうとした時、後方の砂塵より一つの影が飛び出してきた。

  「あ、あれは・・・あの時の!!」

  立ち込める砂塵を消し飛ばして現したのは、先の戦いで一刀を襲った怪物、麒麟であった。

  あの人馬一体を見事に具現化した巨体を春蘭が忘れるはずもなかった。

  春蘭達の背後を取った麒麟は二本の戟を高く振りかざし駆け襲い掛かった。

 

 

  「せいやぁっ!!」

 

  ザシュッ!!!

 

  「グフ・・・ッ!」

  翠は馬の上より五胡の兵士を蹴散らしていく。

  四方八方より襲いかかる五胡兵達を卓越した馬術を駆使して切り返していた。

  だが、その圧倒的な敵の数に対処が追いつかなくなりつつあった。

  そんな翠に五胡の騎馬兵が翠の不意を突いて襲いかかった。

  「ヌォオオオッ!!」

  「なっ、しまった!?」

  不意を突かれた翠は急ぎ防御する。

 

  ガゴォオオオッ!!!

 

  「うわぁあああっ!」

  五胡兵の一撃を防いだが、翠は体勢を崩して落馬してしまう。

  落馬した翠に、一人の五胡兵が剣を振り下ろした。

 

  ブゥオンッ!!!

 

  「くそっ!!」

 

  ザシュッ!!!

 

  「ガゥ・・・!」

  剣が振り下ろされる寸前、翠は槍先で五胡兵の腹を引き裂いた。

  「はぁ、はぁ・・・くそ!囲まれた!」

  翠は五胡兵達に囲まれていた。じりじりと間合いを詰められ、翠は追いつめられる。

  「・・・!やぁあああっ!」

  翠は周囲に目を配り、周りより前に踏み入れた一人の五胡兵に石突の部分で突き飛ばす。

  それを機に一斉に襲いかかる五胡兵達。

  「ふっ!!はぁっ!!」

  翠は五胡兵を次々とねじ伏せていく。

  攻撃を受け、体勢を崩した五胡兵を踏み台する翠。

  翠が飛び跳ねたその先には、先程翠を落馬させた騎馬兵がいた。

  「これはお返しだぁっ!!」

  その声と共に、翠は槍を大きく振りかぶり振り払った。

  「おりゃぁあああっ!!」

 

  ドガァアアアッ!!!

 

  「グワァアアアッ!?」

  槍は騎馬兵の顔面を捉え、兵は落馬させた。

  「翠姉様、大丈夫だった!?」

  翠の身を案じ、急ぎ彼女の元へと駆け付ける蒲公英。馬から降りて傍まで近づいていく。

  「大丈夫だ、あたしは・・・」

 

  シュルルル―――ッ

 

  「え・・・?」

  踏み出そうした右足に違和感を感じ、翠は自分の右足を確認しようとした。

  だが、右足を掬われ、翠はうつ伏せに倒れてしまった。

  「うわぁあっ!?・・な、何だよ、これ!!」

  倒れた痛みに耐えつつ、翠はもう一度確認するべく右足を見ると、黒い触手のようなものが巻き付いていた。

  「翠姉様!!」

  倒れた翠の手を取ろうと蒲公英は手を伸ばしたが、彼女の体は反対方向に引っ張られてしまう。

  「うぁあああああぁぁぁぁ・・・・・・っ!!!」

  「姉様ぁーーーっ!!!」

  翠の姿が戦場の中へと消えて行く。彼女の声が次第に小さくなっていき、そのまま聞こえなくなってしまった。

 

-6ページ-

  

  秋蘭達がいる場所より後方に展開する本隊。

  桂花は城外にいる者達と協力して開門作業を指揮をする一方、一刀は華琳の傍にて戦況を眺めていた。

  「・・・・・・」

  一刀は苛立っていた。

  伝令の報告で各部隊が押されている事を知っていた。

  春蘭達、先行部隊の布陣が敵軍に突破されていないところをみると彼女達はまだ奮闘しているのだろう。

  彼女達のおかげで、一刀は比較的安全な場所にいる事が出来ている。

  しかし、比較的安全だからと言って、戦場に立っている事に変わりはしない。 

  だが、今の一刀は力を持っている。

  力があるのに何もせず、ここにいる自分自身が許せなかった。

  力を得た今の彼を見て、昔とは別人だ、などと言う者もいるが実際は違う。

  今も昔も、北郷一刀は何も変わっていない。無茶する事が多々あるのも事実であるが。

  「っ!」

  もう我慢の限界だと、頭より先に体が動く。一刀は戦の最前線へと赴こうとした。

  「駄目よっ」

  華琳は手の中にある鎖を手前に引っ張った。

  「ぐえ・・・っ!」

  首に着けられていた鉄製の首輪が喉に喰い込み、一刀は嗚咽を漏らす。

  首輪に繋がった鎖が伸び切り、一刀の行動を制限していた。

  「私の許可無しに勝手な行動は許さないわよ、豚」

  「・・・華琳っ、だけど・・・!」

  「あら?この豚、人間の言葉を使って生意気。豚なら豚らしくブーブーと鳴きなさい」

  「くっ・・・。ぐうぅ・・・。・・・いい加減にしてくれ!!」

  「あなたはっ!!!」

  「・・・・・・ッ!」

  珍しく華琳が声を荒げ、一刀は思わず口を紡ぐ。

  華琳自身も驚いた表情を一瞬浮かべたが、すぐに冷静さを取り繕った。

  「・・・感情に身を任せて動けば、視野が狭くなるもの。なれば大局を見誤り易くなるでしょう。

  感情で動くのが良い時もあるけれど、今はその時ではない。

  大局の流れには逆らわず、身を任せ、されど流れの変化には機微に対応する。それが今為すべきこと」

  戦況が混乱している今だからこそ、全体を見渡し、戦況の変化に素早く対処する必要がある。

  華琳は更に話を続けた。

  「一刀、あなたにとっての変化は必ず来るでしょう。その時が、あなたの出番よ」

  「俺にとっての・・・変化」

  一刀は考える、自分にとっての流れの変化とは何か。そしてすぐさまに思い当たった。

  「も、申し上げます!」

  そこに一人の兵士が息を荒げながらやって来た。

  華琳に一礼し、急ぎ報告をする。

  「現在、夏候淵隊、典韋隊が敵の奇襲に遭い進軍停止!

  更に夏候惇隊、許?隊が例の白銀の鎧の怪物の奇襲を受けているとの事です!!」

  報告を横で聞いていた一刀は華琳の方を見る。視線が重なり、華琳は一刀から視線を外した。

  「華琳・・・今が、俺にとっての変化、そうだろ?」

  一刀は今が自分の戦うべき時だという事を確信する。

  当然、それは華琳も理解していた。理解し上で華琳は敢えてこう言った。

  「はぁ〜っ、出来ればもう少しこうしていたかったのだけれど・・・」

  「それなら後でいくらでも相手してやるよ」

  一刀の言い放ったその一言を、華琳は聞き逃すはずもなかった。

  「言ったわね。なら、後でたっぷり相手をしてもらうわ。覚悟なさい♪」

  「・・・・・・」

  華琳のにたぁとした笑みに一刀は声を失う。

  これは完全な失言だと激しく後悔するもそんな事を言っている場合ではない。

  華琳は一刀に近づくと、懐より鍵を取りだし、首輪にある鍵穴に差し込んだ。

  カチッと音が鳴り、ようやく鉄製の首輪が外れた。

  華琳の束縛から解放され、自由になった一刀。そんな彼の顔に華琳の顔が不意に近づく。

  「か、華琳・・・さん?」

  「何を赤くしているの?ただの景気づけよ。さぁ、いってきなさいな」

  思わぬ接吻に動揺する。だが、いつまでも悦に浸っていられない。

  気持ちを新たに、一刀は予め用意していたゴーグルを装着すると羽織っていた布を脱ぎ捨てた。

  布の下から現れたのは重装備の鎧。一刀の動きを損なわい、ぎりぎりのところで強化された鎧。

  両腕に装備された肘から指の第二関節まで覆い尽くす盾と背中に背負った規格外の斬馬刀が目を引く。

  しかし、腰には愛刀の刃をちゃんと据えている。

 

 

  「・・・・・・・・・」

  目を瞑り、深呼吸を一回、再び目を開ける。地面を足で慣らし、身を少し屈める。

  「よし!」

  そして、一刀は走り出した。

 

-7ページ-

 

  

  「う、・・・うぅ・・・ん」

  朦朧とする意識の中、翠は重い瞼をゆっくりと開く。

  だが、瞼を開けても周辺が暗闇に包まれているため、目を開けてもあまり変わり映えが無い。

  近くに人がいる様子もなく、ここには自分しかいない。

  手が触れる所には何かがあるようで、無機質で独特の冷たさが手に伝わる。強めに押せば押し返すだけの弾力もあった。

  だが、周りが暗いおかげでそれが何なのかは分からない。

  「あたしは・・・、一体どこにいるんだよ」

  先が見えない場所に一人しかいない。そんな状況に心細くなってくる。

  翠は誰かいないのか、周りに何があるのかも分からない場所を手探りしつつ動いた。

  「おーーーい、誰かいないのかーーーっ!」

  大きな声で呼びかけるが、返って来るのは自分の声。それでも叫び続けた。

  槍を使って周りに障害物がないか確かめ、慎重に進み続けた。

  「誰もいないのかーーー、おーーーいっ!!」

  だが、一向に変化は訪れなかった。

  叫び続けていたため、喉が渇き、ひりひり痛みを感じ始める。喉を擦りながらも翠は叫び続けた。

  「おーーーい、誰もいない・・・うわぁ!?」

  何かに左足を引っかけ、翠はそのまま前に倒れる。

  「い、てて・・・、何であたしがこんな目に会わなくちゃいけないんだよ」

  涙目になりながら愚痴を零す翠。

  だが、そんな事を言っても仕方のない。早く立ち上がらないと。

  そう思い立ち、身体を起こそうとした時、翠は右手にある感触を感じる。

  「ん?何だ・・・軟らかくて、それに生温かいこの感触は」

  先程のものとは全く異なる覚えのあるような感触だった。

  その時、周囲が光に満ちる。暗闇に慣れていた翠の目はその光に耐えられず瞼を閉じた。

  ゆっくりと瞼を開き、段々と光に慣れさせていく。時間をかけてようやく慣れた目で翠は触っている何かを確認した。

 

 

  「う、うわぁあああっ!?」

  悲鳴のよう声を出し、鷲掴みしていた乳房を慌てて離す。

  翠は尻餅をついたまま後ろへと下がった。

  女性の体は黒く無機質な触手状のものに埋もれている。女性に意識はなく、目には生気が全く感じられない。

  いったいどうしてこの人はこんな事になっているのだろう。

  そんな疑問が浮かぶも、翠はようやく自分がいる場所に気付いた。

  「・・・っ!?な、なな、な、なん、だよ・・・何だよ、ここはーーーっ!?!?」

  この空間を支配する異常性に翠の全身に戦慄が走る。

  目の前にそびえ立つは見上げても上が見えない巨大樹。

  漆で塗りたくれた様な表面は鈍い輝きを放ち、それが不気味さを醸し出す。

  巨大樹から伸びる蔓と根が今いる空間内を無作為に覆い尽くしていた。

  だが、それだけではなかった。

  巨大樹の幹には先程の女性のように一人、二人・・・。数えればきりがない数の人間が埋め込まれているのだ。

  根と蔓に絡まっている者も多々おり、一体この空間内に何人の人間がいるのだろう。

  翠はその想像を越えた光景に、思考は完全に停止、ただ呆気に取られていた。

  「驚かれましたか」

  「!」

  呆然としていたあまり、声を掛けられるまで背後に誰かがいる事に気付かなかった。

  翠は反射的に背後に立つ誰かに対して警戒をする。

  向こうが仕掛けて来ても、すぐ反撃できるよう身構えたまま後ろを振り返った。

  「・・・私の事を随分と警戒されているようですね、無理もありませんが」

  そこには女が立っていた。

  警戒する翠に対して、特に警戒する様子も無く仕方ないと割り切った感じでそう呟いた。

 

 

  「だ、誰だ・・・っ!こんな場所で、何をしているんだ!」

  ようやく出会えた人間だったが、翠は敵意を向ける。

  こんなおかしな場所に平然といるのだ。まともな人間であるはずが無い。いくら翠でもそれは分かった。

  女は溜息をつき、やれやれと首を横に振った。

  「祝融と申します、以後、お見知りおき。私はここで『盤古零式』を管理しています」

  「ば、ばんこって何だよ!」

  「あなたの後ろに立っているモノです。外史の制圧・支配を目的に我々が新たに作り出した外部装置です」

  翠には祝融の言っている事が分らなかった。冷静でない頭は混乱する一方だった。

  分かるように説明しろ、と言いたかったが、相手に足元をすくわれ負けた感じになると思ったからだ。

  「・・・ここの人達をどうするつもりだ!?」

  だから、翠はこう言った。

  「聞いてばかりいないで、偶にはご自身で考えてみては如何です?」

  「う・・・くそ、馬鹿にしやがって・・・!」

  祝融の返しに対して、翠は痛いところを突かれ恥ずかしくなった。

  「まぁ、そんなあなたであるからこそ・・・」    

  「な、うぉあ!?」

  どこから現れたのか、翠の両足に黒い触手が巻き付き、そのまま逆さづりにした。

  「制圧するのは容易い」

  「くっそぉ、離せ・・・!離しやがれぇえええっ!!」

  全身を使って触手を解こうとするも、逆さづりの状態では何の意味も無かった。

  触手は足から体に向かって伸びていき、翠の全身に絡みつく。

  完全に動きを封じられた翠。祝融はゆっくりと近づいて行き、そしてこう言った。

  「一つ、あなたにお伺いしたい事があります」

  「なっ、何だよっ!?」

  翠は祝融に対してわずかばかりの抵抗と睨みつける。

  「あなたがここへ来たのは一体何のためです?」

  「それは・・・、涼州を、皆を守るためだ!」

  至極当然の事だと、翠は質問に答える。祝融はふむふむと頷いた。

  「涼州を守る?成程、それは結構な事です。そのために母親を死に追いやった仇敵と一緒にここへ来た、と?」

  「違う!あたしはもう誰かを憎んでなんかいない!

  あたしは、・・・いつまでも誰かを憎んでいるのは駄目なんだって!そう気づいたんだ!!」

  「成程。とても素晴らしいお考えだと思います。それで捨てたはずの故郷に戻って来たわけですか?」

  「違う!あたしは・・・、あたしは涼州を捨ててなんかいない!」

  「では何故、今の今までこの地へと踏もうとしなかったのですか?」

  「そ、それは・・・」

  翠は答えられなかった。その反応を見た祝融は更に畳みかける。

  「先程、あなたはもう誰かを憎んでいるのは駄目だ、と仰っていましたが・・・実際はどうでしょう?

  あなたは曹操孟徳を憎んでいない、恨み辛みは完全に捨てた、と断言できるのですか?」

  「それ、は・・・」

  これも翠は答えられなかった。だから祝融は代わりに答えた。

  「出来るはずがありませんよ。

  あなたは未だに怒りと憎しみに囚われている。憎むのを止めるなど、そんな余裕があなたにあるはずがない」

  ズシンと心に重しを乗せられる。

  いつの間にか、翠は祝融の言う事を否定できなくなっていた。

  「やめろ・・・」

  だから代わりにこう言った。こう言うしかなかった。

  「出来ないにも関わらず、そのような虚言を吐く理由。

  ・・・周りが自分より先へと行ってしまう、このままだと自分一人が置いてきぼりになってしまう」

  「やめろ・・・」

  自分の心の中を見透かされている様な感じがして怖くなった。

  自分が見て見ぬ振りをしていたものが他者によって明るみにされるのが怖かった。

  「一人ぼっちになるのが嫌だから仕方ないと妥協して、周りの歩く速度に無理やり合わせる。

  そうすれば、見かけは皆と同じなんだという、一応の安心を得られ、そして自尊心を守る事ができる」

  「やめろ・・・!もう、止めてくれ!!

  もう、これ以上・・・、あたしの心をぐちゃぐちゃにしないでくれぇええええええっ!!!」

  翠にはもう耐えられなかった。

  自分の決意が、覚悟が、尽く踏み躙られ、否定されることに。

  「もうやだ、嫌なんだ・・・っ!

  皆・・・あの頃からちゃんと変わって・・・なのに、あたしは!

  何も変われていない!・・・そんな自分が、もう嫌なんだよ!取り残されているような気がして怖いんだ・・・っ。

  怖くて・・・、だから!あたしも変わらなきゃいけないって、そう・・・思っていたのに!」

  翠は祝融の言う事を認めた。

  ぎゅっと閉じられた目から溢れた涙が重力に従って零れ落ちる。

  心が折れてしまった翠に対して、祝融は更なる追い打ちをかけた。

  「・・・ここの人達をどうするつもりだ。あなたは先程こう仰っていましたね」

  「そ、それがどうした・・・」

  「ここにいる人間を見て、あなたは気付きませんか?」

  えっ、と翠は改めてここにいる人間達の事について考える。

  そう言えば、この人達は何処からやって来たのだろう・・・と。

  「涼州に入り、ここに来るまでの道中であなたは違和感を感じたはず。何故、誰もいないのかと」

  翠はある一つの可能性を思いつく。だが、それは翠にとって否定したいものであった。

  「ま、まさか・・・」

  「気づきましたか。そうです、いなくなった涼州の民は皆、盤古零式によってここに集められました」

  「み、皆・・・ここに、いるのか?」

  「勿論。では次に、何故ここに集められたのか、ですが・・・あれを見てください」

  そう言われ、翠は祝融が指で指し示す方向を見る。

  そこには大樹から少し離れた場所。

  そこには黄色く輝く卵のような形をしたものが黒い触手を支えにして設置されていた。

  「なん、だよ・・・あれ」

  卵のようなそれの中で何かが蠢いている。翠はそれがひどく不愉快で気持ち悪かった。

  そして、それが割れた瞬間、その中から生まれたのは傀儡兵だった。

  「な・・・っ!?」

  翠は絶句した。

  黄色の輝きの中から次々と現れる傀儡兵。そのおぞましい光景に思わず目を背けてしまった。

  「盤古零式には外史の制圧・支配の他、戦力を生産する能力も備わっています」

  「せ・・・生産?」

  「こちらにも色々と事情があり、それに充てるだけのリソースは決して多くはない。

  それ故に、必要分のリソースを現地で確保せざるを得なかった。そこで私は涼州の民達を利用する事にしたのです」

  「や、やめろ!もう、それ以上言うな―――っ!」

  「そうして生産されたのが五胡兵、そして傀儡兵なのです。つまり、彼等は涼州の民達の成れの果てだったのです。

  ・・・涼州の皆を守る。そう言っていたあなたが彼等を躊躇なく手に掛けていたとは・・・。

  ふふ・・・あっはははははは!滑稽、ですね」

  「う・・・、う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

  砕けた心の痛みで翠は悲鳴を上げた。

  砕けた心が涙に変わって目から零れ落ちる。今すぐにでもこの現実から逃げ出したい。

  これが夢であることを強く、強く望んだ。夢ならば早く覚めてくれ。この悪夢から覚めてくれ。

  だが、一向に覚める気配はなかった。何故ならば、今この瞬間が他ならぬ現実なのだから。

  「結局、あなたは自分が言った事を何一つ為し得ていないのです」

  「・・・・・・うぅっ」

  祝融の言う事など、翠の耳には届いていなかった。

  「さぁ、どうしますか?

  あなたが泣いている間にも、涼州の民は戦場に駆り出され、憎き曹操がその命を次々と奪っています。

  あなたにこの盤古を破壊する事は不可能です。そんな状況の中、あなたに出来る事とは何でしょう・・・?」

  祝融は放心しきった翠に顔を近づける。

  「・・・今一度聞きます。あなたが為し得たい事、それは何なのですか?」

 

-8ページ-

 

 

  ザシュッ!!!

 

  秋蘭の放った矢が傀儡兵の眉間を射抜く。

  だが、次から次へと絶え間なく傀儡兵達は出現する。

  地割れによって大きく陥没した場所より、傀儡兵達が次々と這い上がって来る。

  「く・・・、これではキリがない!」

  この陥没のせいで大通りが完全に分断され、先へ進むには迂回するか、もしくは両端に掛かる渡しが必要だった。

  「どういう原理かは分からぬが、意図的に地割れを起こし我々を分断したという事なのか?」

  いずれにせよ、この傀儡兵達をどうにかしない事には身動きが取れない。

  そこに流琉がやって来る。

  「秋蘭様、言われました通り、渡しになりそうなものを大工屋さんから拝借してきました!」

  流琉は三m程の長梯子を六本、束にしたものを両手に一つずつ持っていた。

  「うむ、良く見つけてきたな。あとは・・・」

  あとは陥没場所周辺を陣取る傀儡兵達を片づける必要がある。

  それも短時間でこなす必要がある。

  そこで手間取れば増援によって妨害されてしまい、いつまでも進めない。

  果たして、今ある戦力でそれが可能なのか、秋蘭が思案する中、思わぬ助け船が現れた。

 

  ドガァアアアアアアッ!!!

 

  後方で十数体以上の傀儡兵達が上空高く吹き飛ばされた。

  秋蘭達は何事かと後方を見ると、そこには一刀の姿があった。

  「北郷っ!!」

  「兄様っ!!」

  華琳の元を離れ、一刀は猪の如き猛進ぶりで敵味方入り混じる戦場を駆け抜ける。

  両腕に装備された盾で前方を固め、鋼の塊となった一刀は傀儡兵達にそのまま突撃、一瞬にして蹴散らしていった。

  まるでボウリングでストライクを取るような感覚。

  一刀が駆け抜けた跡には、傀儡兵達の骸と彼の足甲冑の爪痕が残っていた。

  盾の隙間から、一刀は何処に誰がいるのかを逐一確認すると、左盾の裏側から五十p程の短戟を取り出した。

 

 

  「うぉおおおおおおおおおっ!!!」

  速度を落とさず、そのまま一体の傀儡兵の横を通過すると同時に短戟で斬り捨てる。

  そして右盾の裏側から短戟を取り出し、傀儡兵達を次々と斬り捨てていく。

  「北郷・・・、あれでは姉者とそう変わらないな」

  「ふふっ、そうですね」

  傀儡兵達を短戟で倒しつつ、一刀は秋蘭と流琉の元へと近づいていく。

  秋蘭は一刀に向かって叫んだ。

  「北郷!この先は先程の地割れで陥没している!渡しを配置するためには奴等が邪魔だ!!」

  「分かった!!」

  一刀は短戟を盾裏に仕舞うと、背負っていた斬馬刀を手に取り、陥没場所周辺を陣取る傀儡兵達に渾身の一撃を放った。

  「どぅりゃぁあああっ!!!」

 

  ブウォオオオンッ!!!

 

  斬撃で、と言うよりは振り切った際に生じた突風にて傀儡兵達を上空へと吹き飛ばし一掃した。

  「ほっ!」

  一刀は減速せず、そのまま陥没した場所を斬馬刀片手に軽々と飛び越えていく。

  一刀が駆け抜けた戦場は静寂に包まれ、秋蘭達は猛進するその背中に声援を送るのであった。

 

 

  ザシュッ!!!

 

  「うぎゃあああっ!」

 

  グシャアッ!!!

 

  「ぎゃあああっ!」

  麒麟の奇襲により、多くの兵士は混乱に陥っていた。

  二本の戟が戦場で猛威を振るい、兵士の命を容赦なく奪っていく。

  麒麟の周辺には兵士の死体が既に数十ほど転がり、その光景が兵士達に更なる追い打ちをかける事となった。

  身構えつつも麒麟から距離を取ろうと後ろへと下がる兵士達。

  そんな中、逆に前へと飛び出したのは一刀だった。

 

  ドガァアアアッ!!!

 

  「・・・ッ!!!」

  特に構え直す事もなく、一刀は低姿勢の状態から麒麟へと突撃していった。

  一刀の突撃によって、麒麟の巨体がわずかに浮いた。

  後ろへと吹き飛ばされるのを見て、誰もが転倒するのではと思った。

  だが、麒麟はその巨体を巧みに操り、四本の足で踏ん張った。

  「ちっ、やっぱりそうは簡単に倒れてはくれないか!」

  一刀は斬馬刀を手に取り、身構える。

  「北郷様!!」

  一人の兵が一刀に声を掛ける。

  「あいつは、俺の方で何とかしておく!今のうちに態勢を整えるんだ!」

  「は、はい・・・っ!」

  兵士達は負傷した者達を連れ、急ぎこの場より離れていった。

  「・・・・・・」

  一刀の登場に合わせ、麒麟は背中に固定されていた内側の二本の腕を解放される。

  そして、四本の腕が一斉に動く。

  それぞれの手に持つ四本の戟を大きく広げ、二本の前脚を大きく跳ね上げる。

  前脚が地面を踏み、足並みを揃えると、麒麟は全速力で駆け出した。

  「ふぅっ!」

  その巨躯がこちらに近づいて来るが、一刀はその場から動かない。

  そして、斬馬刀を横に大きく振りかぶると、自身の間合いに踏み込んできた麒麟に横薙ぎを放った。

  だが、麒麟は斬馬刀が描く軌道上を易々と飛び超えた。

  麒麟が着地すると地面が揺れる。

  麒麟は一刀から距離を取って方向転換、再び一刀へと突進していく。

  一刀は体勢を立て直すと、斬馬刀を右肩に乗せて自分も駆け出した。

  「ちぇええええええいッ!!!」

  一刀が振り下ろした斬馬刀の一撃を麒麟は左内側の戟で受け止めると、右外側の戟で反撃した。

  麒麟の攻撃を一刀は左腕の盾で防御する。

 

  ガッゴォオッ!!!

 

  鈍い金属音。戟の刃が盾の強固さによって受け止められる。

  一刀は麒麟の戟を盾で押し返すと、斬馬刀を両手で握り直す。そして斬馬刀を受け止める戟を強引に力任せに払い除けた。

  一刀は一歩踏み込み、飛び跳ねるとその勢いと共に斬馬刀の一撃を麒麟に放った。

  「ぐぅ・・・ッ!」

  しかし、四本の戟の前にその一撃は無効化されてしまう。

  四本の腕がそれぞれ互いを邪魔せずに、互いに連携し合って手持ちの戟を巧みに操る。

  受け止められた斬馬刀は弾かれ、空中にいた一刀の体は体勢を崩れてしまう。

  そんな一刀に麒麟は容赦ない追撃を加える。

 

  ガギィイイイッ!!!

 

  「うわぁあああ!!!」

  麒麟の放った戟の一撃は斬馬刀の刀身で防いだが受け流す事が出来ず、一刀は吹き飛ばされてしまう。

 

 

  「はぁああああああっ!!!」

 

  ザシュッ!!!

 

  「ちょりゃぁああああああっ!!!」

 

  ドガァアアッ!!!

 

  「はぁ、はぁ・・・、これじゃきりがないですよぉ、春蘭さま!!」

  「弱音を吐くな、季衣!こんなもの、二年前程ものではない!!」

  襲い掛かる五胡兵達を片端より斬り伏せていた春蘭と季衣だったが、先に季衣が音を上げていた。

  そんな季衣に喝を入れる春蘭だったが、内心余裕が無かった。

  背後の方であの麒麟が暴れているのだ。並みの兵士ではとても太刀打ちできない。

  早くこの場の敵を片づけようと奮戦していたが一向に片付く気配が無かった。

  「ブアァアアアアッ!!」

  そして、一人の五胡兵が襲いかかる。

  「ふんっ!」

  春蘭は七星餓狼で五胡兵が振り下ろした大剣を受け止め、すかさず反撃する。

  だが、五胡兵は春蘭の一撃を左腕に持っていた盾で受け止めると再び大剣で攻撃する。

  「甘いっ!」

  春蘭は横薙ぎを受け流し、五胡兵の体勢を崩す。

  「はぁあああっ!!!」

 

  ザシュウウウッ!!!

 

  「・・・ッ!?」

  春蘭の放った斬撃が五胡兵の首を捉え、そのまま刎ね飛ばした。

  「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・!」

  さすがの春蘭も疲労が蓄積し息が上がっていた。

  救援が来る事を信じて一心不乱に戦い続けていたが、それもそろそろ限界に近かった。

  「春蘭さま、危ない!!」

  季衣の声にはっとする春蘭であったが、いつの間にか周囲を五胡兵に取り囲まれていた。

  疲労から集中を切らしていたとはいえ、さすがに油断していた。

  「こいつ等・・・、はぁああああああっ!!!」

  息を整える間もなく、春蘭は七星餓狼を振り上げるが疲労のせいか太刀筋に切れがない。

  そのため、一兵卒の五胡兵にも易々を見切られ、避けられてしまう。

  狙い外したことで、春蘭は体勢を崩してしまった。

  大きな隙を見せてしまった春蘭に五胡兵が一斉に襲い掛かる。

  「春蘭さまぁあああっ!!!」

  季衣は春蘭に襲いかかる五胡兵達を一掃するために鉄球を力一杯に振り回した。

  だが、先行していた二体が身代りとなり、その一撃を受け止める。

  「そんな!こなくそぉっ!!!」

  季衣は鉄球を振り回そうにも、瀕死の五胡兵が死に物狂いで妨害しているため振り回す事が出来ない。

  そうしている間も、五胡兵達は次々と春蘭に襲い掛かる。

  「く・・・、私を舐めるなぁあああっ!!」

  一斉に襲いかかってきた五胡兵達を春蘭は渾身の一撃にて薙ぎ払った。

  だが、その一薙ぎを掻い潜った二人の五胡兵が春蘭の眼前へと迫る。

  「しまっ・・・!」

  防御が間に合わない、やられる・・・そう思った瞬間だった。

  「でやぁああああああっ!!!」

  騎馬に乗り、まさに神速の如き速さにて、霞が流れを一瞬にして変えた。

 

  ザシュゥウウウッ!!!

 

  騎馬の速度を落とす事無く、すれ違い様に偃月刀にて一人の胴体を切り捨てる。

  「霞!っはぁあああっ!!!」

  霞に負けまいと春蘭は七星餓狼を持つ両手に力を込め、五胡兵の頭上から斬り伏せた。

  霞のおかげで窮地を脱した春蘭。肩で息をしつつ、体勢を整える。

  「霞、どうやら借りが出来たな!!」

  「ほんじゃ、終わったら後で酒を・・・って、そないなこというとる場合やない!

  春蘭、一刀が例のでかいのと応戦しとるらしいで!!」

  「何!?本当か、それは!」

  「ほんまや!せやから後ろに乗りぃ。一刀を助けに行くで!!」

  霞は後ろに乗るよう春蘭を促す。

  「ふ・・・、面白い!神速に乗って戦場を駆け抜けるのも一興だ!」

  春蘭は霞の騎馬の後ろに乗る。

  「行くで春蘭!落とされんよう、気ぃつけや!!」

  「応!!」

 

-9ページ-

 

  無事、渡しを掛ける事に成功し、次々と地割れ場所を超えていく兵士達。

  華琳達も渡り終え、急ぎ春蘭達の加勢に向かおうと本隊の先頭に立ち先を急ぐ。

  そんな時、朗報が入る。

  「華琳様!先程、城門の解放に成功したとの報告が入りました。じきに凪達とも合流できるかと思われます」

  「そう。では、このまま敵軍を壊滅させるわよ。全軍、突撃っ!!!」

  「「「おぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」

  華琳の飛ばした檄に呼応する兵士達。

  そして、春蘭達が戦っているであろう場所が目視出来る距離にまで近づいた時であった。

  後方より、馬を手綱で操り、華琳率いる本隊の中を馬の持つ限界の速さで抜けていく。

  五千を超える本隊の兵士達を瞬く間に追い抜くと、華琳の真横をそのまま通り過ぎていった。

  この時、華琳は自分を横を過ぎようとする者の顔を横目に見た。

  「馬超・・・?」

  華琳は翠の背中を見つめる。

  さすがは錦馬超、と感心する一方で彼女の様子がおかしい事を察知した。

  その時、翠の乗せた馬が急反転、逆走を始めた。

  「馬超!一体何処に行くというの!?」

  何事かと、隣の桂花が翠に向かって叫ぶ。後退するつもりだと思ってのその台詞。

  だが、翠は後退するつもりなど無かった。

  「・・・っ!」

  華琳は翠の視線を感じる。彼女の敵意は明らかに華琳に向けられていた。

  「曹操・・・!あたしは・・・、あたしはっ!!」

  翠は何かを思い、槍を握る手に力が入る。

  華琳の軸線上に乗った瞬間、翠は馬の背中を踏み台にして飛んだ。

  「うわぁあああああああああっ!!!」

  槍を振り上げ、悲鳴にも似た叫び声を上げ、翠は華琳に跳びかかった。

 

  ブゥオンッ!!!

 

  翠の突然の裏切り。彼女は何も思い、何を以ってそのような決断を下したのか。

  この事態にはさすがの華琳すらも想定する事はできなかった。

 

 

 

説明
 お久しぶりです、アンドレカンドレです。先月の11日、皆さんは大丈夫でしたか?僕はその日実家の茨城にいまして、被災しました。幸い家族、親戚、友人の間で死んだという人はいませんでした。たくさんの人が亡くなった中、本当に運が良かったです。

 更に大学も再開し、卒業研究のテーマを決めるなどして、あまり創作に割ける時間が減り、随分と時間が掛かってしまい、この作品を待っていた方々には申し訳ない気持ちで一杯です・・・。ようやく続きが完成しましたので、投稿します。

 今回、いよいよ涼州に入る一刀君達。その先で待ち受けるのものは一体!?前回同様、改訂前と比べ、大部分の内容を
書き直しました。もはや原型が無く、別物となっています(笑)。ただ個人的には改訂前のお話はかなり駆け足気味であまり質が良い物ではなかったと思っています。その辺りを踏まえ、登場するキャラは変更せず、きゃらごとの立ち回りを変え、話の流れを変更しました。

 では、真・恋姫無双 魏・外史伝 再編集完全版 第二十四章〜彼女の決意と迷いと裏切りと〜をどうぞ!!

 
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コメント
jackryさん、wktk頂きました!ありがとございます!ただの焼き直しで終わらない・・・、それが再編集完全版なのです!(アンドレカンドレ)
スターダストさん、挿絵の感想感謝します!実は僕も描き終わってモン○ンだって気付きました。まぁ、カッコよければいいかと思ってそのまま行きました(笑)。(アンドレカンドレ)
取り合えず絵の感想を先に、少し時間が無いのでまだ読んでいませんが、時間があるときにじっくり読ませていただきますので、読んだ感想はまた後日に)(スターダスト)
確かに別物ですね、しかし絵がとてもリアル感が出てきていてすごく見入ります、最早規格外だと思いました。ゴーグルが格好良いですね!そして鎧の上半身の部分がバイクライダースーツって感じがしました。足の部分は爪先部分が刃とフック状に成っていて戦闘力が高そうです。 しかしこの装備、何だかモン○ンにありそうですねwww(スターダスト)
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