少女の航跡 短編集04「飛翔」-2
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 そんないきさつがあって、ブラダマンテは、港町《ハルピュイア》のギルド、レテリ商会の護衛

になっていた。

 

 このギルドは、主に『セルティオン』との交易を行い、同時に拠点となる港町で売りさばいてい

る。『リキテインブルグ』の《ハルピュイア》からは魚貝類を、『セルティオン』からは鶏肉を行き

来させるというのは、この辺りの交易としては王道だった。

 

 ギルド、レテリ商会は、かなり昔からの歴史がある。100年ほど前の戦国の世からの歴史が

あり、家柄も古いそうだが、この所の盗賊団の増加が原因で、最近はめっきりと栄えなくなって

しまったとの話だ。

 

 商品が途絶え、売上が下がる、それに拍車をかけて、護衛を雇う金銭的な余裕すらも無くな

る。

 

 このギルドは盗賊によって、その規模を縮小されていた。

 

 ブラダマンテも、最初はそれほど信用されていなかった。彼女は、まだ15歳の小さな娘に過

ぎない。

 

 例え、一つの盗賊団を討伐する事ができたとは言え、まぐれだったという事もありうる。誰も、

こんなに若い娘には、大柄な男達を倒す事はできないと思っているからだ。

 

 ブラダマンテも、実の所はそう思っていた。

 

 自分が、あの盗賊団を倒したわけではないのだと。

 

 たしかに、ハーピーの指輪を取り返したのは自分だ。しかし、あの盗賊団を倒したのは自分

ではない。誰が彼らを倒し、自分を救ってくれたのかも分からない。

 

 ただ、目的の為には、この機会を利用する以外に無かったのだ。

 

 最初は、やはりブラダマンテは信用されていなかった。だから、一番最初に与えられた仕事、

そう、《ハルピュリア》から『セルティオン』の王都《リベルタ・ドール》に荷物を運ぶ時は、就いた

護衛はもちろん私だけではない、安い報酬で雇われた、まるで老人のような護衛も一緒につけ

られた。

 

 老人と少女の護衛など、傍から見れば笑われてしまう事だろう。しかし、それが現実だった。

 

 優秀な護衛は、大型のギルドか、もっと他の街の悪どい手をつかって設けている成金達が掌

握している。

 

 まさに、藁にもすがりたい思いだと言う事は、ブラダマンテも身に染みて分かった。

 

 しかし、今のままで襲われてしまったら、おそらく何もできないかもしれない。前の盗賊団とは

違う、更に大規模な盗賊団に襲われたら…。

 

 最初はブラダマンテも、自分の居場所を見つける事もできず、落ち着かないまま、ただ与えら

れた仕事をこなしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 何度か護衛の仕事を続けている内に、年月は流れ、1年が過ぎようとしていた。その間、特

にトラブルも起きず、盗賊団もなりを潜めていた。

 

 『リキテインブルグ』内の警備が強化されたとの噂が流れたが、ブラダマンテが後から知った

話ではそうではないらしい。

 

 この時、ギルドの人々の噂話は、

 

「あのピュリアーナ女王お墨付きの『フェティーネ騎士団』の団長が、また新しくなったぜ…」

 

「前の親父みたいな奴はどうなった?」

 

「あいつ、あいつか…? ありゃあ死んだらしい。何でも暗殺されたってな、やったのは『ディオ

クレアヌ革命軍』とか名乗っている連中…だ」

 

 噂を流し合うギルドに所属する店の主人達。ブラダマンテはピンと来てその話に割り入った。

 

「何ですって? 今、何ておっしゃいました?」

 

「『ディオクレアヌ革命軍』だ…。お前さん知らねえのかい? ここ数年、力を伸ばしてきた、国

家転覆を図るフザけた連中さ。革命軍なんて言ってるが、実際はただの盗賊団と変わりはしね

え。何せ、兵にゴブリンなんて使っている連中だぜ…」

 

「ええその事なら…、良く知っています…」

 

 ブラダマンテは、ただそう答えるだけだった。

 

 そんな彼女を不審に思う事もせず、主人達は話を続けた。

 

「それで…、新しい団長ってのはどんなだ? また親父みたいな男か?」

 

「いいや、安心しな、若い女だ。それも若いに若い。何と17歳の娘だよ」

 

「ほうう…。それはたまげたな。しかし、17歳の娘に精鋭の騎士団を引っ張っていけるのか?」

 

「さあ…、ピュリアーナ女王の直々の任命だ…。大丈夫なんだろ…、しかしその娘は、イライナ

見たいに戦いの女神みたいな、とびきりの娘だそうだ」

 

 そんな話も、ブラダマンテの耳の中には入っていかなかった。

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 『ディオクレアヌ革命軍』の勢力が増している。人々はそう噂を立てた。

 

 彼らは、ただその集団を、革命家などを名乗る盗賊集団としてしか見ていなかった。ただ初

めは、である。

 

 革命軍の勢力は予想以上だった。

 

 西域大陸の内部から、まるで湧き出すようにその活動規模を増す。彼らは街を襲い、荷馬車

を攻撃した。

 

 その軍は亜人種たちで構成されている。元々統率の取れていない彼らを取り仕切っているの

は誰か、まるで自己を主張しているかのようにその名を轟かす、ディオクレアヌ・オッティラとい

う人物だ。

 

 人々は、盗賊に引き続いて、また新たなる脅威にさらされていた。

 

 街道の警備が強化された。革命軍は、交易品を狙って攻撃して来る事もあると言う。しかし

道の警備が強化されても、私の護衛するギルドの資金は変わらない。また以前のように、この

人々が攻撃を受けたら、ひとたまりも無いかもしれなかった。

 

 

 

 その時、私達は、夜、暮れようとする山道を移動していた。

 

 相変わらず私はお飾りのような護衛と共に、交易品と商店の人々を守りつつ移動をして行っ

た。

 

 ここは、『セルティオン』国内の山道。ごつごつとした岩肌と高低差の激しい道が続いている。

視界は悪く、いつ、どこから攻撃されても不思議ではなかった。

 

 私は、いつでも盗賊などの攻撃に備えるよう、警戒していた。今も跨るメリッサの足取りを警

戒させ、周囲の気配に注意を払う。何度も護衛の仕事を続けている内に、どのように盗賊は荷

物を襲うのか、そう言った事まで学んでいた。

 

 たとえ、お飾り同然に過ぎない護衛だったとしても、人と荷物を守る術くらいは知っている。

 

 どこかの店の主人が言っていた。初老の護衛は身代わりで、女の護衛は盗賊の気を惹くた

め、いざという時の人質代わりにする為だと。

 

 ブラダマンテは思った、自分はそんなんじゃあない、いざと言う時の覚悟だってできている。

だからここまで来たのだと。

 

 道が崖に差し掛かった。一本道で、大きな馬車は後ろに引き返せない。一行は一列になって

進まなくてはならなくなった。

 

 崖の下をごうごうと川の水が流れて行っている。20メートルは下だろうか? 落ちたら何もか

も飲み込まれてしまいそうな流れだ。崖の反対側もまた崖で、断崖絶壁とも言える場所に私達

はいる。

 

 空は曇り空で、明かりは差し込まない。空気も肌寒くて重い。嫌な雰囲気だった。

 

 重々しい天候、山岳地帯の変わりやすい天気が、ブラダマンテ達の行く手をいつも阻もうとす

る。

 

 そして、今度ばかりは、彼女達の行く先を妨害するのは、もっと大きな出来事だった。

 

 何だったのか。

 

 突然、火の塊のようなものが、前方の崖の上から降って来たのだ。

 

 それが、崖の道の上、それもブラダマンテ達、交易の馬車の移動していたすぐ目の前に落下

した。と、同時に大きな爆発を起こす。

 

 突風のようなものに煽られ、馬は悲鳴を上げ、馬車は持ち上げられた。同時に振り撒かれる

炎。

 

 ブラダマンテ達は吹き飛ばされた。

 

 何とか、メリッサの体にしがみつき、崖下に落とされるのは免れるブラダマンテ。

 

「何だッ! 何が起こったァーッ!」

 

 護衛の一人が叫んでいる。

 

 崖の道は炎に包まれ、前方には全く進めない。道上には、馬車からこぼれ落ちた食べ物が

散乱した。

 

「おおいッ! あいつら、何だッ!」

 

 今度、叫んだのは、ルセラトラの主人だった。彼は倒れた馬車から放り出されている。ブラダ

マンテ達が進んできた方を向いて叫ぶ。

 

 崖上の道を進んでくる小柄な影。弓矢を構え、その体格は子供ほどのものしかない。

 

 緑がかった、半ば自然と同化しているような体の色と、岩のようにごつごつとした肌。鼻が異

様に大きい。

 

 それはゴブリンだった。ブラダマンテは思わず身構える。

 

「うろたえるなッ! 相手はしょせんゴブリン無勢だッ!」

 

 初老の護衛が言った。老人に手が届く歳の男とは言え、ブラダマンテにとっては先輩になる。

 

 迫って来るゴブリンは、数名。弓矢を構えているが、それぞれが、人間ほどの力も持っていな

い。

 

 寄せ集めの護衛でも十分に勝てる。ブラダマンテは自分にそう言い聞かせた。

 

 だが彼女達が身構えた時、再び崖の上から、何かが落下して来た。

 

 それは、崖上の地面へと着弾する。それも馬車の真上の位置、交易隊の目の前に炸裂す

る。

 

 もう一撃、崖の上から何かが落とされてきたのだ。

 

 爆風と爆炎に、ブラダマンテやメリッサ、そして他の護衛達、ルセラトラの主人も皆吹き飛ば

される。

 

 近い距離での爆発は、凄まじかった。ブラダマンテは悲鳴と共に吹き飛ばされ、メリッサから

落馬、地面を転がる。

 

 彼女は無事だったが、すぐに身を起こした。

 

 側に自分の愛馬であるメリッサの気配を感じる。汚れたパンツのまま彼女は駆け寄った。

 

「ああ…、そんな…」

 

 ブラダマンテの目に飛び込んできたのは炎。辺り一面に炎が振り撒かれている。何もかもが

吹き飛ばされ、馬車は跡形も無い。彼女とメリッサ以外は皆、炎に包み込まれてしまった。

 

「メリッサッ! 大丈夫?」

 

 彼女は倒れているだけで、無事なようだった。すぐに息を荒立てて立ち上がる。彼女もブラダ

マンテの方を同じような表情で見てきた。

 

 だが、うろたえている暇も無い。背後に迫る影を彼女は感じ、剣を構えて身構えた。

 

 ゴブリンが、迫って来ていた。崖の道を来た方だ。弓を構え、それを彼女の方へと引いて来よ

うとしている。

 

 ブラダマンテは、心も落ち着かないまま、剣を握っていた。こんな状況でも戦えるようになる

為、剣の修行をしたはずだ。

 

 相手が弓矢を引いてくるのならば、こちらはそれよりも前に攻撃するまで、ブラダマンテは脚

を踏み切り、一番近くで弓矢を引いて来るゴブリン目掛けて切りかかった。

 

 ゴブリンは、野生的で人間よりも身軽ではあるけれども、とっさの判断ができない程、反応力

が鈍い。そして、ブラダマンテは今度ばかりは斬る事をためらわなかった。

 

 弓矢を引いていたゴブリンを、それが引き終わるよりも前に倒した。剣にはべっとりと血が付

いている。

 

 これは、旅をして来た際、自分に襲い掛かってきた獣を倒した時と同じ、そう言い聞かせ、ブ

ラダマンテは他にもいるゴブリン達に向かっていく。

 

 弓は引けても、素早く動く彼女の動きにゴブリン達はついて来れない。ブラダマンテに、次々

と倒されていくゴブリン達。

 

 しかし、たった一人で戦うには、あまりに数が多かった。それに、ブラダマンテは実戦経験が

乏しい。高い集中力も長くは続かない。

 

 一条の弓矢が飛んで来て、彼女の右手を掠った。

 

 それに思わず怯み、ブラダマンテは思わず剣を落としてしまう。彼女が怯んだ事に気付いた

ゴブリンの一匹が、野生的勘でそれに気付き、ブラダマンテに飛び掛った。

 

 小柄であっても、力はある。

 

 剣を叩き落とされ、もはや身一つで立ち向かうしかない。ゴブリンはブラダマンテの体よりも

小柄ではあったが、力では勝っていた。しかも側は崖だ。

 

 簡単に、崖から突き落とされてしまいそうだ。

 

「あッ…!」

 

 ゴブリンと揉み合っている内に、自分がどこに立っているのかも分からなくなった。ブラダマン

テは、崖の寸前までに立たされ、その淵で大きくバランスを崩した。

 

 落ちる。崖下まで何メートルある? 20メートル? それ以上? ごうごうと流れる川の水が

下には見えていた。

 

 反対側へとゴブリンを押し倒そうとした。全身の力を使い、悪い足場で、小柄な体を押しのけ

ようとする。

 

 だがその時、一条の矢が、ブラダマンテの脚を射抜いた。

 

 矢は、右の太股に突き刺さる。全身を走った痛みに、彼女は頭が真っ白になった。声も出な

い。

 

 意識を失いそうになる。何とか保とうとしたが、矢で射られたのは初めて。無理だった。ブラダ

マンテの視線の先にメリッサが霞んで見えた。

 

 ゴブリンに押し倒される。その先にあるのは崖。

 

 彼女はゴブリンと共に、崖下の川へと落ちて行った。

 

 ブラダマンテと、彼女が守っていた荷馬車も全て、崖下の川へと飲み込まれていった。

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 崖から落ちた時、どんな気分だっただろう。

 

 上も下も分からない状況。自分がどんな状況かも分からない状況。唐突に起ったのだろう

か。

 

 むしろ開放的な気持ちの中、ブラダマンテは水の中に飛び込んで行った。

 

 上も下も無いような感覚は続いていた。何も聞えてこない。聞えて来るのは、何かがうねる様

に低い一定の音だけ。

 

 これはいよいよ自分は死んだな、とブラダマンテは思った。

 

 やはり危険には手を出すべきではなかったのかもしれない。故郷を飛び出し、ここまで来る

必要は本当にあったのか。

 

 目的も果たせないまま、人知れず死んでしまうのか。

 

 最期に想う事は後悔ばかり。情けなかった。

 

 しかし、死ぬという事は、死んでしまう直前よりもずっとずっと楽な事だ。不思議と安息に包ま

れた彼女はそう思っていた。

 

 どのくらいの時間が経ったかも分からない。やがてブラダマンテは、どこかに寝ているような

感覚になっていた。

 

 死んだら、善き行いをした者は、永遠の安らぎを与えられる。彼女はそう両親に教えられて

育った。

 

 だから、今、自分がいるのは、その安らぎの場なのか。

 

 意識がはっきりとしない。薄っすらと開けた眼に、人影が映る。それは、真っ白な肌に、長い

金髪の女性。どことなく自分に似ているが、成熟した、立派な大人の女性。

 

 ブラダマンテは、薄っすらと見えるその人の姿を知っていた。

 

「お母さん…!」

 

 そう叫び、彼女は眼を覚ました。

 

 体を起こすと、彼女は知らない所にいた。

 

 周囲の風景は、どこか知っている。いや、ここは『リキテインブルグ』だ。空気の匂いと周りの

光景がそう教えてくれる。

 

 広い平原。近くには山が見え、その山肌は近い。側には川が流れている。

 

 自分は死んだのではない。ブラダマンテはそう直感した。今、体を流れているのは生の感

覚。間違いなく自分は生きている。

 

 それも、崖下の激流に飲まれ、そのまま下流の岸に流れ着いたのではない。誰かに助けら

れたのだ。ブラダマンテは芝生の上に敷かれた敷布の上に横になっていた。

 

 パンツからむき出しの太股には包帯が巻かれていた。そこは、ゴブリンに矢で射られた所。

誰かが手当てをしてくれた。

 

 自分を救ってくれただれかがいる。それは誰だろう。ブラダマンテは辺りを見回し、人の気配

を探した。

 

 側に、馬が一頭いた。メリッサではない。これは雄の馬で、しかも彼女が乗るには大き過ぎ

た。どことなく表情が無表情で、ブラダマンテと言う人間がいても、別にどうという素振りも見せ

ない。ただ落ち着いてその場に佇んでいる。

 

 これが、自分を助けた誰かが乗る馬なのならば、乗っているのは、大分大柄な男だ。馬の肉

付きが、メリッサよりも遥かに頑丈で体力がありそうだった。

 

 メリッサはどこへ行ってしまったのだろう。あの混乱の中で、もしかしたら。

 

 まだ、彼女がどうなったかも分からない。彼女も、自分がどうなったかも分からない。ただ、ブ

ラダマンテにとって、メリッサが死んでしまったとかは、考えたくなかったし、信じようともしなか

った。

 

 ここは、平原のどのあたりなのか。小鳥の囀る音が聞こえ、心地よい風が流れている。海か

らは大分離れているらしく、潮風ではなかった。

 

 しばらくブラダマンテがその場にじっとしていると、川の上流の方から、一人の男が歩いてくる

のが見えた。

 

 長身で大柄な男だった。つばのある帽子を被り、地味な色のマントを羽織っている。手には

バケツを持ち、水でも汲んできたのだろうか。

 

 中年の男だった。丁度、ブラダマンテにとっては父に当たる程の年頃の男。どことなく厳しい

顔つきだが、敵意のようなものは感じられない。

 

「眼が覚めたようだ…」

 

 男は、ブラダマンテが起き上がっているのを知ると、『リキテインブルグ』地方の言葉でそう言

った。

 

「私を…、助けてくださったのですか…?」

 

 私は、初めて顔を合わせた男に戸惑いつつ、そう尋ねた。

 

 この男、顔立ちはこの地方のものではなく、西域出身であるという事は分かるが、どこの出身

かは分からない。

 

 顔は濃い。髭は生やしていないが、長年旅をしてきたのだろうか、服装などは旅人のもの

だ。だが彼にはどこか、人に対しての配慮と言うものがあった。そして、物腰などもどこか品が

ある。

 

 そして、ブラダマンテは、その男が背中に銃をしょっている事に気がついた。

 

「今朝、そこの河の岸辺で、君が倒れていた。おそらくは上流から流されて来たのだと思った」

 

「ここは…、どの辺りになるんですか…?」

 

 ブラダマンテは辺りを見回して尋ねる。

 

「《ハルピュリア》から、150キロ離れた、『リキテインブルグ』北部だ。ここから広大な平原が広

がっている」

 

「じゃあ、大分流されて来てしまったんですね…。元は『セルティオン』にいたはずですから…」

 

 それは、数十キロ近く流された事を意味していた。一体どれぐらいの時間が経ったのか、そ

れとも、上流の流れがあまりに速かったのか。

 

「君は、怪我をしていた」

 

 男は言って来る。ブラダマンテは、自分の左の太股を見た。矢で射られたはずだ。矢、その

ものは抜けてしまい、今は痺れるような感覚だけが残っている。

 

「それは、矢の傷だ」

 

「襲われたんです。私達。それで、私だけ崖の下の川に落ちてしまった…」

 

「襲われた…?」

 

「あれは亜人種…、ゴブリン達でした。そして、多分…」

 

「『ディオクレアヌ革命軍』…」

 

 男はそのように呟いた。

 

「ご存知、なのですか…?」

 

 ブラダマンテは、隣に座った男の顔を覗き見て尋ねた。すると彼は少し間を置いて話してき

た。

 

「…、今や、奴らは、欲のままにただの略奪をする盗賊団などではない。統率を取るものがお

り、計画的に侵略を始めている…、人々が気がつかない内に、勢力をどんどん広げている所

だ。だから知っている…」

 

「そう言う噂なら、私も知っています…」

 

「君は、何故襲われたのだね?」

 

 男は、ブラダマンテに尋ねて来る。彼女は、この初めて出会ったに過ぎない男にどう答えよう

か迷った。

 

「私、あるギルド団の護衛なんです。つまり、傭兵という事ですね」

 

 すると、男はすぐに反応して来た。

 

「最近…、若い娘が、積極的に人助けをしているという話を聞いていたが…?」

 

 その男は、目深く被った帽子の中から、ブラダマンテの姿を見て言った。

 

「じゃあ…、それは私の事ですね…。知らない間に、随分と有名になっていたんですか…」

 

「私は、一年ほど前に、そんな娘に襲い掛かっていた盗賊団を倒した記憶がある」

 

 彼のその言葉に、ブラダマンテははっとした。

 

 一年前。あの赤い盗賊団を倒したとなっているブラダマンテだが、実際は、誰かが助けてくれ

たのだ。誰が助けてくれたのかは知らないが、薄っすらと消えかかる意識の中、遠くに長身の

男が立っていたのを覚えている。

 

 そんな事、彼女は誰にも言っていなかった。この男はそれを知っている。

 

「あ、あなたが…、あの時、私を助けてくれたんですか…?」

 

 ブラダマンテは、驚きも露にそう言った。だが、男の方は、全く動じる事も無い。

 

「あの時の若い娘が、君だというのならば、そうなのだろう」

 

 私は思わず名も知らぬ男の方を向き直った。

 

「ありがとうございます! 本当に! 何てお礼したら良いか。それに、今回も命を救っていた

だいて! また、こうして出会えたのも、絶対何かの縁ですね! こう言うのを、えっと、ここの

国では、何て言うんでしたっけ」

 

「運命の女神、フォルトゥーナのご縁を得られた、と言う」

 

「そうでしたね。確かそう言いました」

 

 だが、落ち着いてくると、ブラダマンテは何だか気まずい気持ちになった。

 

「でも、人に助けてもらった事を、私が勝手に利用して、しかもそれで護衛だなんて、笑っちゃい

ますよね…」

 

「あの時は、近くに盗賊に襲われ、君が救った者達がいた。だから、君は彼らが助けるのだろ

うと思い、深追いはしなかった。それに…」

 

 男はそこで言葉を切り、

 

「その戦いでも、君は逃げようとせず、しかも生き残っている。相手を倒したかどうかという事は

重要ではない」

 

「そう…、ですか…」

 

 だが彼にそう言われても、ブラダマンテにとっては複雑な気持ちだった。

 

「何故、君は傭兵を…?」

 

「えっ…?」

 

 突然切り出された言葉に、ブラダマンテは焦った。しかし、見ず知らずの男を目の前にし、何

も会話できない沈黙と言うのも嫌だった。

 

 それに、何も隠す事は無い。この男は二度も自分の命を救い、介抱してくれたのだから。そし

て何よりもこの男の話し方は、どこか人を安心させるものがあった。

 

「君は、何かを探して傭兵になった、違うかな?」

 

「分かりますか?」

 

「見当はつく。君ほどの年頃。しかも別の国の言葉の訛りがある。君の顔立ちも、相当北の出

身だと言う事も分かる。そんな子が、たった一人で、この南方の国までやって来るのには、何

か理由があるはずだ。傭兵となったという事は、何かを探しているに違いない」

 

 なるほど、目ざとい。

 

 答えようかどうかはブラダマンテも迷った。しかし、ずっと一人で旅をしてきて、《ハルピュリ

ア》のギルドでも、自分の目的については全く明かしてこなかった。

 

 彼女としても、そろそろ誰かに話したい時期だった。

 

「『ディオクレアヌ革命軍』」

 

 ブラダマンテはそれだけ呟いた。

 

「そうか…、奴らを君は探しているのか…」

 

 男は、すぐに納得したようだった。

 

「そうです…。私は一年と半年前、彼らに故郷を滅ぼされました。私の父や母も、皆、この世に

はいません…」

 

 ブラダマンテは、男と目線を合わせようとはせず、独り言のように呟く。敷物の上に乗ってい

た草を払った。

 

「彼らを探している…。だが、一人の娘が追うには強大な相手だ」

 

「でも! 私は、復讐がしたくて彼らを追っていたわけじゃあありません!」

 

 強い口調で言った。しかし目線は、平原の彼方に向かっている。

 

「なぜって? 私は、なぜあんな事が起きたのか知りたい! あんなに幸せだったのに。父さん

も、母さんも、凄く優しくて良い人達だった。でも、あの晩、私の住んでいた街ごと、跡形も無くな

ってしまった。生き残ったのは私だけ!

 

 後になって分かったんです! あれは革命軍がやったんだって! ディオクレアヌという男の

率いてる革命軍が、全てやったんだって!」

 

「そうか…」

 

 彼は、それを適当に言ったのか、ブラダマンテの感情を逆撫でしないよう答えただけなのか。

全く感情を出さないように話す男だった。

 

 しかも、そう言われてしまうと、彼女にはそれ以上、何も話す事は無くなってしまった。

 

「もし…、傭兵の仕事を続けていれば、革命軍と出会え、その目的も明らかになる。君の両親

や故郷が滅ぼされた理由も分かる。そう考えているのかね…?」

 

 今度は男の方から話してきた。

 

「え、ええ…。そうするしかありませんでした。革命軍は、もっと南の地に本拠地があって、勢力

を広げているって話を聞きましたから…」

 

「だが…、このまま傭兵を続けていれば、彼らと出会う事はできるだろう。しかし、結果は、遭遇

した君が一番良く分かっているはずだ…」

 

 男の言って来る指摘。嫌でも思い出さないではいられなかった。

 

 目の前で起こった爆発。跡形も無く吹き飛んだ馬車。その光景に自分はどうなったか。何と

か戦う事はできたものの、滝つぼに落とされた。目の前の男がいなかったら、多分、死んでい

た。ずっと一緒に旅を続けてきたメリッサも、どうなったか分からない。

 

 そう、メリッサ、メリッサはどうなったのだろう。

 

「あ、あの…。私の馬を知りませんか? 真っ白なポニーの牝馬なんですけれども!」

 

 ブラダマンテは、男が何かを知ってやいないかと、慌てて尋ねる。

 

「ああ、そんな馬なら、2日前に山道で見つけた。たった一頭でいる馬にしては随分と綺麗な馬

で、手綱も鞍も付けられていた。乗り手を失った馬だろうと私は思った。そして、このように小柄

な馬が乗せられるのは、君ぐらいの体格の娘ぐらいだろうとも思った。そこへ君が現れた…」

 

「じゃ…、じゃあ…?」

 

 ブラダマンテは、もしや、と思った。

 

「あそこに、いる」

 

 男は、指をさす。その方向から、小柄な白馬がこちらへと駆けて来る姿があった。

 

「メリッサッ!」

 

 ブラダマンテは思わず立ち上がり、矢で射られた脚を引きずりながらもメリッサの方へと駆け

た。メリッサの方も、全速で彼女の方へと駆け寄る。

 

 ブラダマンテは、メリッサの体に抱き付いた。

 

「ああ…、良かった…、大丈夫だった…? うん…?」

 

 思わず泣きそうになりながら、ブラダマンテはメリッサと顔を合わせる。メリッサの方も何かを

言いたげだった。

 

「私…? 私も大丈夫だよ…。生きてる。あなたも、私も…」

 

 そう呟くと、ブラダマンテは再びメリッサへと抱き付いた。彼女は感じる。メリッサの暖かい体

とその感覚。

 

 しばらく、ブラダマンテとメリッサはお互いが生きている事を確かめ合うかのように寄り添って

いた。

 

 あの爆発と、革命軍のゴブリンの襲撃をも生き残ったブラダマンテ。そしてメリッサは、主が

いなくなってしまった後も、何とかあの場を脱し、ブラダマンテを捜そうと山道中を駆け回ってい

たのだ。

 

 図らずとも、ブラダマンテを救った男は、メリッサをも見つけ、彼女達を引き付けた。

 

「ありがとうございます…。あなたが救ってくれなかったら、私達…、離れ離れになってしまって

いた…」

 

 まだ涙を湛えているその眼で男を見ながら、ブラダマンテは言った。

 

「礼を頂けて感謝する。しかし、君も、傭兵をやるのだったら、交易品の護衛よりももっと良い

働き口があると思う」

 

「え…?」

 

 ブラダマンテは戸惑ったが、男は話を続けた。

 

「『セルティオン』王家の情報伝達係だ。早い話が、機密書類の伝達係だな。私はそれをやって

いる」

 

 突飛な話だが、疑わしい男ではない、ブラダマンテは話の続きを聞こうとした。

 

「それで…?」

 

「君は、『ディオクレアヌ革命軍』の襲撃の生き残り…。君の話していた一年半前の事件とは、

おそらく『ハイデベルグ』で起きた、《クレーモア》消失事件の事だろう。君がその生き残りだと

言うのなら、『セルティオン』王も会いたいはずだ」

 

 再びブラダマンテは戸惑う。

 

「なぜ、その事を…?」

 

「この辺りでも、北の大地からの情報は入ってくるし、機密に携わっていれば、その事は知って

いる」

 

「じゃ、じゃあ、わ、私を、『セルティオン』王に紹介して下さるのですか…?」

 

「そうだ。そして、革命軍の情報が即時出入りするような職を紹介してもらえば、君としても嬉し

いだろう」

 

 それはブラダマンテにとって、願ってもみない事だった。

 

 しかし、あまりにも突然な話。どうしたら良いか分からない。男の話す言葉の意味は理解でき

たが、どう行動したら良いのか。

 

 ブラダマンテはしばらく考えた。

 

 自分は傭兵とはいえ、実戦経験も少ない護衛。それも小さなギルドの雇い兵に過ぎない。し

かし、それが『セルティオン』王家に会い、職を優遇してもらえるのならば、選択肢は無い。

 

「分かりました。私を、『セルティオン』王に紹介して下さい」

 

 ブラダマンテは、男の方に手を差し出した。

 

「えーと、あなたは…?」

 

「ロベルト、ロバート・フォスターと言う」

 

 男は帽子のつばの中に半分隠れた顔で、ブラダマンテに言った。

 

「よろしくお願いします。ロベルトさん」

 

 ブラダマンテにとって、そしてこの地方にしては少し、風変わりな名前だった。彼も、この西域

大陸の南の方の出身ではないのだろうか。

 

 そんな事を彼女が考える間もなく、ロベルトは立ち上がり、

 

「そうと決まったなら、すぐにも『セルティオン』の《リベルタ・ドール》へと向かおう。私も用事があ

る」

 

 迅速なロベルトの行動に、ブラダマンテは戸惑いそうになったが、すぐに彼女も立ち上がっ

た。

 

「ええ…、そうしましょう」

 

 と、彼女も幾らかは希望に満ちた声で返事をするのだった。

 

 

 

 

 

エピソード集T おわり

 

 

説明
ブラダマンテの旅は続きます。彼女はハルピュイアという街で、ギルドの仕事に就くことができたようですが―。

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