【南の島の雪女】第3話 布団の中の4人(6) |
【いい加減に忘れ物を探せ!】
「え〜、わたしの先祖に犬いないんだ。
がっかり」
風乃はうなだれる。
「風乃や、先祖に犬はいない。
じゃが『犬』と呼ばれて喜ぶ先祖はいたぞい」
「おじいさん、そいつを風乃に宿らせてくれ。
できれば、当分の間」
白雪が真剣な声で命じた。
風乃を犬のように従わせて、大人しくしてもらおうと
思ったからだ。
「おじいちゃん、ダメだよ。
それじゃただの犬好きだよ」
「それもそうじゃのう、はっはっは」
【いい加減に忘れ物を探せって!】
「別に犬じゃなくてもいいですよ。
嗅覚に優れていれば、人間でも忘れ物を
あっさり見つけられるでしょう。
嗅覚に優れた先祖はいないのですか?」
紳士は、真面目な表情でたずねた。
「おお、そうだね!
頭いいね、紳士さん!
嗅覚が優れていれば、べつに犬じゃなくても
いいよね」
「おい、ちょって待て。
冷静に考えろ。
嗅覚に優れた人間なんているはずが…」
「いるぞい」
「いるのかよ!
先祖すげーな、おい!」
白雪はあきれるような、驚くような、中間の表情をした。
【いい加減に忘れ物を探しなさい】
おじいちゃんは、「嗅覚に優れた先祖」を風乃に降臨させた。
風乃は鼻をくんくんならす。「おお」と目を見開いた。
いろんな匂い。すべてが風乃の鼻の中に流れていく。
庭の花の匂い、朝の空気の匂い、朝食の香ばしい匂い。
世界が広がっていく。
目に見えるだけじゃない、鼻で感じる世界が。
「昔々、人々は、満足にものを食べられなかった。
少しでも、食べたい。
その思いが、先祖の嗅覚を優れさせたのじゃ。
嗅覚が優れていれば、食べ物を見つけやすくなる」
「はいはいそうですかい」
白雪は、棒読みで答えた。
「すごいね、おじいちゃん!
隣の家の、足の臭いまで感じるよ。
これで紳士さんの忘れ物を探せるよ」
「風乃様…
臭いに気をつけてくださいね」
【いい加減に忘れ物を探してくださいませ】
「くんくん」
風乃は、鼻をくんくんとさせ、廊下を出て、
庭を探し回る。
「いいにおいがする…
ここかな?」
風乃は、庭に放置されたままの羽毛布団(50万円)を発見した。
「そうか! 布団の中だね!」
風乃は布団の中にもぐりこむ。
数分たっても風乃は、布団の中から出てこない。
かわりに、布団の中から寝息が聞こえてきた。
「紳士…
あの布団、撤去しようか」
「少し寝かせてあげましょう」
紳士は優しそうな笑みを浮かべた。
【いい加減に忘れ物を探してくださいです】
「すやすや…」
風乃は、頭だけ布団から出している。
風乃は庭に敷かれた羽毛布団(50万円)をかぶったまま、
気持ちよさそうに寝ている。
忘れ物を探しているはずなのに、
いつの間にか寝ている風乃。
お前、やる気ないだろ。
と白雪は言いかけて、やめた。
風乃に突っ込むことすら、馬鹿らしく思えてきた。
忘れ物なんてどうでもいい。それよりメシだメシ。
白雪は、風乃に背を向けた。
「あーもう、バカバカしい。
俺は抜けるぞ。
朝飯を食べてくる」
「白雪様…」
「紳士よ、忘れ物を探すのはいいが、
その前にメシだ。
腹が減っては、忘れ物も探せんからな」
「朝食を食べるのは結構ですが、
風乃様を外に放置したままには
できません。危険ですから」
「そうかい、そうかい。
じゃあ風乃を見張っていな。
いつ起きるか、わからんがな」
「はい、見張っています」
紳士は、かしこまったように、白雪におじぎをした。
いたって真面目な表情である。
自分の忘れ物より、風乃の様子を気遣うあたり
さすがに紳士だと白雪は思った。
「夜まで起きなかったらどうする?
それでも見守るつもりか」
「このまま起きなければ、部屋に運びますよ。
庭で寝てると、雨に濡れたり、太陽に焼けたり
するかもしれませんからね」
その前に父親か母親が風乃を起こすと思うのだが。
と白雪は心の中で突っ込んだ。
「おい、紳士。
よければ朝飯をここに運んできて
やってもいいぞ。
いるか?」
さすがに自分だけ朝食をとるのが
悪いと思ったのか、白雪は
紳士に朝食をもってこようと思った。
「ええ、お願いします」
「お前な…簡単に了解するなよ。
俺がメシに毒を盛り込むという
発想はないのか。
お前、一応、俺の敵なんだぞ」
「ハブに毒が効くとでも?」
「なるほど…」
白雪は感心しつつ、
じゃあ睡眠薬はどうだと思いつつも、
空気を呼んで、言葉に出すのをやめた。
【いい加減に忘れ物を探してくださいでありますです】
「おや? 風乃様?」
紳士は、風乃の様子が変わったことに気づいた。
目があいている。
「おはよう!」
それが風乃の第一声だった。
「お前…おはようと言うなら
羽毛布団から出ろ。
声だけおはようと
言っても、起きたようには見えんぞ」
「羽毛布団が気持ちよすぎて、出られないの」
「お前なぁ…
コタツじゃあるまいし。
早く出ろ」
白雪は大きなため息をついた。
「ねぇ、白雪。紳士さん。
この羽毛布団、気持ちいいんだよ」
「わかったわかった。
二度も言うな」
「気持ちいいんだよ」
風乃は、羽毛布団にくるまりながら、
器用にすくりと立ち上がった。
「一緒に気持ちよくなろう!」
風乃は、布団をがばっと広げると、
白雪と紳士に向かって突撃した。
布団は、正義のヒーローのマントのごとく
ひるがえり、白雪と紳士を覆い隠していく。
突然のことに対応しきれなかった
白雪と紳士は、羽毛布団の衝撃にまきこまれ、
あっという間に、風乃の横に寝転がる形になってしまった。
風乃をはさんだ形で、右に白雪。左に紳士。
3人並んで、庭のうえで、羽毛布団に入っていた。
「な、何をする!?
風乃、気はたしかか!」
「気はたしかだよ。
羽毛布団が気持ちいいってことだけは
わかるくらいにね!」
「だめだ、こいつ! 気がたしかじゃない!
おい、紳士。
紳士も何とか言ってやれ!」
「この羽毛布団は風乃様のものではありません。
これ以上、他人の布団を汚すマネはおやめください」
紳士は、横になった状態で、いたって真面目な表情で、
隣で寝ている風乃に注意する。
目を合わせて、注意する。
「ツッコむところが違うだろ!」
白雪は、横で寝ている風乃ごしに、紳士を怒鳴りつける。
「2人とも、落ち着いて。
スリープスリープ!」
風乃は、珍しく、白雪と紳士をおさめようとする。
ストップとスリープをかけているのか、
かけていないのか、微妙な発言だったので、
白雪はあえて突っ込まなかった。
次回に続く!
説明 | ||
【あらすじ】 雪女である白雪は、故郷を脱走し、沖縄まで逃げてきた。 他の雪女たちは、脱走した白雪を許さず、 沖縄の妖怪たちに「白雪をつかまえろ」と要請する。 早朝、南国紳士が「忘れ物を取りにきた」と風乃の家を訪れた。 風乃は、紳士が白雪を捕まえにきたと勘違いし、勝負を挑み、広い庭へ出る。 庭で風乃が大声をあげてしまったせいか、隣の家から羽毛布団(50万円)がふっとんできて、風乃に覆いかぶさるのだった。 |
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