【東方】過ぎる時の一片に |
「小悪魔! ちょっと来てくれるかしら」
「なんでしょう、パチュリー様?」
紅魔館の一室に構える大図書館。その膨大な書物を司る魔法使い、パチュリー・ノーレッジは司書である小悪魔を呼び出した。
「今から出かけるわ。あなたも準備をしてちょうだい」
「はい、分かりました。って……えええええええぇぇぇ!!?」
パチュリーの指示に、小悪魔は驚いて抱えていた本を全て落としてしまう。
「ど、どうしたんですか!? あのパチュリー様が外出なんて! あの引きこもりでコミュニケーション能力皆無のパチュリー様が!」
「死にたいようね……?」
「あわわごめんなさいごめんなさい! すみませんでしたパチュリー様ー!!」
お手製の魔導書を開き、魔力を練り始めたのを見て、小悪魔が平謝りする。
「仕方ないわね……自覚がないわけではないし、今回は許してあげるわ」
「ありがとうございます……」
パタリと魔導書を閉じ、パチュリーは小さくため息をついた。
「それで、どうして急に外出することにしたんですか?」
「急じゃないわ。元々出かける予定だったのだけど、どうせならあなたも連れて行こうとさっき思い立ったの」
「さっきですか……」
それまではわたしを一人置いていくつもりだったのかな、と小悪魔は少し寂しくなる。
「それで、どこに行くのですか?」
「魔理沙の家よ」
「げっ……」
パチュリーが示した行き先に、小悪魔は露骨に嫌そうな反応を見せた。
「はぁ……小悪魔、やっぱり魔理沙といるのは嫌かしら?」
「嫌、というわけではないですけど……」
口ではそう言っていても、やはり歯切れが悪い。その理由を、パチュリーは薄々感じ取っていた。
「あなたの気持ちは嬉しいわ。だけど、それと同じように私は魔理沙のことも大切に思っているの」
「それは、まあ……」
小悪魔も自分では分かっている。それでも思わずにはいられない。自分の望みが叶ってほしい、と。
「それで、普段全く外に出ないパチュリー様が今日に限って外に出ようとするほどの用事って何なんですか?」
不満を隠そうとはしているものの、やはり隠しきれていない。パチュリーはそんな小悪魔の様子に少しだけ肩を落としたが、その点を追及しようとはしなかった。
「誕生日よ」
「えっ?」
「今日は魔理沙の誕生日なの。これからそれを祝いに行くのよ」
「誕生日って、そんなに重要なことでは……あっ」
小悪魔はその言葉の重みに気付いた。いや、正確にはその重みが人によって違うものなのだということに思い至ったのだ。
パチュリーや小悪魔は数百年の時を生きている。もはや一年が過ぎることになんの感慨も抱かなくなっていた。
しかし、魔理沙は人間である。せいぜいが百年ほどしか生きられない人間は、その一年の重みが彼女らとははるかに異なる。パチュリーはそのことを知っていた。
「そうでしたね、魔理沙さんは……」
「ええ。私たちと同じ時間を生き続けることはできない。その命は、はるかに脆い」
でも、だからこそ……とパチュリーは小悪魔に微笑みかける。
「私は、魔理沙のかけがえのない一日を祝ってあげたい。そのためなら外に出ることくらい大したことではないわ」
「パチュリー様……」
小悪魔はその言葉を受け入れつつも、心の隅に小さな嫉妬心を芽生えさせていた。どうして魔理沙さんばかりがこんなに大切にされるのだろうか、と。
「なんだなんだまたケンカか? お前らホント懲りないなー」
突然扉の方から声が聞こえ、パチュリーと小悪魔は揃ってそちらを見やる。そこには件の人物、霧雨魔理沙が箒を担いで立っていた。
「魔理沙!? なんでここに?」
「いやー、やることなくてさ。小悪魔、飲み物もらえるか?」
「え、あ、はい。分かりました」
混乱する頭で小悪魔は紅茶を用意する。
「ちょうどよかったわ。今からあなたの家に行こうと思っていたところなの」
「へえ、そいつはラッキーだった……なんだって!!?」
魔理沙は担いでいた箒をとり落とした。慌てて拾い上げるその姿は普段の強気さが薄れていて、パチュリーは思わずクスリと笑みをこぼす。
「あのパチュリーが外出だって!? どうした、熱でもあるのか?」
魔理沙はつかつかと歩み寄ってパチュリーに顔を近づけようとする。
「だ、大丈夫よ!? 心配はいらないわ」
魔理沙がおでことおでこをくっつけて熱を測ろうとしているのは明らかだった。恥ずかしさからパチュリーはそれを先回りして断る。
「そういう魔理沙の方こそ、今日が何の日か忘れているんじゃないでしょうね?」
「何の日って……何の日だ?」
パチュリーと小悪魔が揃って肩を落とし、大きなため息をついた。
「魔理沙……あなたねえ」
そこでパチュリーは気付く。魔理沙もまた、時間の感覚が自分とは違っているのだと。
魔理沙は自分の命が妖怪や魔法使いに比べて長いものではないと分かっている。だからこそ、パチュリーほどその時間が大切なものだとは思っていないのかもしれない。
「仕方ないわね……はい、これ」
「ん、これは?」
パチュリーが魔理沙に手渡したのは、白紙の洋書二冊だった。どちらも丁寧な装丁で、色が異なっている。
「あなた、魔法の研究に没頭する時は一気に本を使い切るんでしょう? その時にでも使いなさい。もちろん、魔導書にしても使えるわ」
「私は魔導書を作る気はないから、ノートとしてありがたくいただくぜ。でもなんで急に?」
「急じゃないわよ。私が理由もなく本をあげることなんてなかったでしょう?」
「だから、今日が何の日だからパチュリーは本をくれたんだ?」
「今日があなたの誕生日だからですよ、魔理沙さん」
小悪魔が紅茶を魔理沙の前に置きながらパチュリーの言葉を遮った。
「あ……あー、そういえばそうだったな。すっかり忘れてたぜ」
「まったく……わたしとパチュリー様が真剣に考えていたというのにあなたは……」
「いやー悪い悪い。そうか、二人とも祝ってくれるのか……ありがとな」
グッと魔理沙が帽子を深く被る。それを問い詰めることは二人にはできなかった。
「そうだ、パチュリー。新しい研究のためにここの本で読みたいのがいくつかあるんだが、借りていってもいいか?」
ようやく魔理沙が落ち着き、しばしのティータイムを堪能してから、ふと魔理沙が聞いた。
「仕方ないわね……今日だから特別に許すけど、ちゃんと返しなさいよ?」
「あー……善処するぜ」
いつもどおりな魔理沙の返事にパチュリーは追及を諦めた……かに思えた。
「研究なら、わたしたちも協力してはいかがでしょう?」
「へっ?」
思わぬパチュリーの提案に、魔理沙とパチュリーは揃って間の抜けた声を上げた。
「パチュリー様が手伝えば一人でやるよりも効率がいいし、わたしはお二人の生活をサポートできます。いかがでしょう?」
「へえ……でもいいのか? 私は小悪魔に嫌われてるような気がしてるんだが……?」
「ええ、正直あまりいい気はしません。ですが、パチュリー様が魔理沙さんを大切にしようとする気持ちを、わたしは大切にしたい。つまり、あなたも大切なんです、魔理沙さん」
魔理沙は予想外の小悪魔の提案に驚くも、すぐにその表情が明るくなった。
「よし、乗った!」
「きゃっ!?」
小悪魔の肩を抱き、頬を擦り寄せる。小悪魔は驚きこそするもののそれを拒む様子はない。
「まったく、仲良くしてくれちゃって……私の意思はどうでもいいのかしら?」
「あ、す、すみませんパチュリー様! わたしできることは何でもします。だからお願いです、協力して下さい!」
「ふう……あなたにここまで強く頼まれるのは初めてね。その気持ちに免じて、魔理沙と協力することにしましょう」
「助かるぜパチュリー! 私一人じゃ不安だったんだ!」
こうして三人は今後の予定を相談し、魔理沙は帰路に着いた。
一緒にいられる時間はそれほど長くはないけれど、願うことならその限られた時間をできるだけ長く共にありたい。
己の過ごす長い時の一片で、パチュリーと小悪魔はその想いを深く胸の内に刻み込んだ。
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TINAMIでの初投稿はアイコンの人・猪瀬りこさんの誕生日記念に書いた短編です。それにちなんだ誕生日ネタを用意しました。他サイトでも公開しているものですが、一度読んでいただければ幸いです。 | ||
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