釼持りさ
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 小学生ぐらいの女の子が、一人きりで小さなハムスターを手に乗せてなでている。

 赤いスカートと、背中の中ほどまである長い髪、ピンクのリボンが印象的だ。

 そこは、学校の一室のようだ。

 彼女が手に乗せているハムスターは、ジャンガリアンと呼ばれる種類だ。

 ヒマワリの種を上手に皮を剥き、口の中の袋に溜め込み、どんどんほっぺたが膨らむ。愛らしいしぐさだった。

 もっと種が欲しいのか、それとも勢い余ってか、彼女の親指と人差指の間の皮を噛んだ。

「いたっ!」

 ぱん!と音がして、ハムスターが破裂した。

 彼女の手から、生暖かい、ハムスターだったものの残骸がこぼれ落ちる。

 彼女の手は血まみれだ。顔にも飛び散っている。

 

 彼女は息を大きく吸い込んだ。

 

「・・・!」

 あたりは真っ暗闇だった。

 釼持りさは肩であらく息をした。

 またあの夢・・・。

 首の後ろが汗で濡れている。

 自分の足元からは伊武れいの規則正しい長周期の呼吸音が聞こえる。

 となりの相原優子は軽くいびきをかいている。

 目覚まし時計を見ると、午前3時を少し回ったところだ。

「きびしいなぁ・・・」

 りさは鼻をすすり、ちいさくつぶやいた。

 

 今日も暑くなりそうだった。室内に熱気がこもり出す。エアコンは点けてはいるが、朝は直射日光があたるので、太陽とエアコンの勝負だった。

 優子は起動作業するれいを横目で見ながら、言った。

「りさ、目が真っ赤だよ?眠れなかった?」

 優子の指摘通り、りさはちょっと元気が無いようだった。

 れいが飛び跳ねた。飛び跳ねるのは最後のシークエンスだ。キャリブレーションが終了したはずだ。そのままりさに近づくと、ベッドに手を付いた。

「ほんとだ、大丈夫?」

 れいもりさに顔を近づけていった。

「近いよ、れい。いやね、施設時代のね、嫌な夢をみたの。そしたらもう眠れなくてさ」

 りさは目頭を押え、ため息をつく。

「夢の内容、教えてくれたら分析するけど?」

 百科事典や膨大な医学書や参考書、論文を頭の中に抱えるれいの、せめてもの慰めだ。

「れいありがとう。大丈夫。実際にあったことの追体験だから、精神分析とかの問題じゃないの」

「りさ、ひとりで抱え込まない方がいいよ。困ったときは何でも言ってね」

「れいは優しいね」

 りさはれいの頭を撫でた。

「だいじょうぶ。昔の話だから」

 

 釼持りさは自分の親の顔を知らなかった。

 彼女の親は、彼女が生まれてすぐに、身の回りで起きる色々奇妙なことに耐えきれずに、りさを施設に預けたままどこかに逃げてしまったそうだ。

 ポルターガイストまがいの音や振動、突然飛ぶコップや灰皿、割れる窓ガラス。全て彼女中心に起きた。

 それは施設に入っても変わらなかった。

 ものごごろついて、自分以外に他人がいることを理解しだした頃、その能力が、世間一般で言われる「超能力」だということに気がついた。

 学校でいじめられると、その能力で仕返しをすることもあった。

 証拠がない仕返しに、子供たちは気味悪がり、すぐにりさから離れていった。

 りさは小学校で友達が居た記憶がない。

 

 中学生になると、かなり自由に能力を使えるようになっていた。

 思春期にはやはりこの能力は封印したほうがいいだろうと考えるようになり、ひっそりと暮らすようにした。

 その反面、だんだん使うときのコツも分かってきた。

 世間一般的に言う、サイコキネシス、という能力のようだった。

 自分の見える範囲であれば、そこに力を加えることができた。その力加減は、制限がなかった。金属を圧縮して溶解させることもできた。鉄を切ることもできたし、コツを掴むと燃えやすいものに火をつけることもできた。

 ただ、どうしても、生き物相手にこの力を直接行使することができなかった。能力の作用対象は無生物に限られた。

 だんだん分かってきたのだが、この能力は自分の体力や気力とは無関係らしかった。

 首の後ろにパイプがあって、そこから何かを流し込まれるような感覚が、能力を使うときにはあった。どこからその力が来るのかは大人になった今でも全くわからない。

 義務教育が終わり、成績がかなり優秀だったので、育英資金で高校に進学した。

 このころには、自分自身を浮かせることができることに気がついた。生物に力が使えないと思い込んでいただけに、意外だった。残念ながら、カッコよく飛べないので大人になった今でも、滅多にやらない。ぐるぐるまわるような、フワフワと不安定に、時々弾かれるように飛ぶ。

 高校生の時、ひょんなことから「何でも屋」というところの引越のアルバイトをしたのがきっかけで、T.T.とよばれる青年と、そこの仲間達と知り合った。今では30後半のいいおっさんだが、当時はまだ若かった。

 何でも屋という、ちょっと怪しげな集団を率いる彼との出会いが、その後の人生を大きく変えた。

 このT.T.という男、いろいろな方面にコネクションがあり、そのコネクションの一つに自衛隊の宗像三佐がいた。今は一佐だが、もともとはT.T.の飲み友達だったらしい。

 りさは高校を卒業し、全寮制の防衛大学校に推薦で進むことになり、結果、宗像率いる特殊能力を研究する部隊に配属されることになり、そこで相原優子や、他の特殊能力を持った仲間たちと知り合うことになる。

 同室の相原優子はテレポーターだった。自分自身も、触ったものでも、ある一定の広さの空間でも、とにかくそれをまるごとどこかに飛ばすことができた。目視範囲であれば数ミリの誤差で、目視範囲でなくても、一度行ったことがあり、方向と距離をある程度想像出来る場所であれば数十センチの誤差で。

 優子もりさに似た境遇で育ち、二人共初めてお互いを理解できる友達に出会った気がした。

 永遠の親友になる予感が、お互いした。

 親戚のおばさんのところに高校生まで身を寄せて居たりさは、ずっと窮屈な、後ろめたい思いに苛まれた。そんな時の全寮制の防衛大学校は願ったり叶ったりだった。勉強ができる上に、給料まで支給された。

 防衛大学校を卒業後、自衛隊に入ったが、そこでも寮の暮らしに何の不自由も感じなかった。むしろ、今までの延長線だった。

 ただ変わったのは、相部屋で、相原優子と同室になったことくらいだった。

 大学の時は同室で4人いたので、なれたものだったが、りさに比べて普通の暮らしを送っていた優子にとっては大層なストレスだったに違いなかった。しかし、優子は不満一つ言わずに、表面上は楽しそうに生活を送っている。共同生活のストレス<共同生活の楽しさなんだろう。

 りさも優子も、ちょっと遅咲きだが、今が一番の青春を謳歌している感じがした。

 特殊能力を持たされてしまった二人の学園生活には全くなかったものだった。

 自衛隊での日課は、おもに、自分たちの力の研究だった。週休二日、祝日休み、1時間の休憩を挟んでの9時から5時までの繰り返し。日々淡々と暮らしていた。淡々とした暮らしゆえのカラオケ、合コンには力を入れた。可愛らしいりさ、女性っぽい美人の優子だったが、なぜか釣果はさっぱりだった。

 研究を続けながらも、この力の原理はなんなのか、いったいどこから出てくるのか、無限なのか有限なのか?さっぱりわからないことだらけだった。

 優子もりさも、力を使う感覚は、後ろから力が流し込まれる感覚、という点では一致していた。自分たちの体力や状態にもさほど影響されないことも分かっている。

 電極やセンサー、光学装置など、様々な検査を日々行った。スーパーカミオカンデを借りてまでの検査も行ったが、しかし、結局何もわからない。ただ、それぞれの能力者の出現確率はざっと2000万分の1程度、という見当はつけられた。少なくとも同じレベルの能力者が、日本国内にあと5人はいるという計算だ。

 自衛隊に入ったあとも、何でも屋との交友はつづいている。入隊後に数回引越のバイトの手伝いに行ったことがある。そのときは、優子も巻き込んでのドタバタになったが、これをきっかけに、優子もT.T.達と知り合いになった。

 

 入隊後しばらくすると、新しいルームメートが増えた。

 

「釼持二尉、相原二尉、終業後、宗像一佐の部屋まで出頭してください」

 実験を終え、制服に着替えて更衣室を出たところで、技官から声をかけられた。

 二人はお互い顔を見合わせた。

「バイト、バレたかな?」

 優子がりさに耳打ちする。

「何でも屋の?まさか・・でも、そうだったらどうしよう」

 りさは考えて、言った。

「お金もらっていないことにすれば大丈夫じゃない?友達の手伝いってことで」

「相手は日本最強の情報本部だよ。バレてるに決まってるじゃん」

 優子の言葉はもっともだ。

 

 宗像一佐の表札がかかるドアの前に、二人共立っていた。

 りさは完全に舞い上がっている、二人共ドキドキの表情だった。

 宗像一佐に時間外に呼び出されたことなど、初めてだった。

 りさがドアを力強くノックする。

「ケ、釼持二尉、相原二尉、出頭しました!入ります!」

 りさの声が少し裏返った。優子はたまらず吹き出した。

「よし!」

 宗像の声がした。

「失礼します!」

 扉を開けると、りさ、優子の順で入り、扉を閉め、敬礼した。優子は緊張感マックスになったが、裏返ったりさのこえが頭に残り、笑いを堪えるのに必死な様子だった。

「ご苦労」

 部屋にはデスクに座る宗像と、ソファーに座る初めて合う女性の姿があった。彼女はこっちを見つめている。

 ほかに、宗像のデスクの奥で、コンピュータを操作してる女性の後姿があった。宗像一佐の秘書だろうか?今の今まで、宗像一佐に秘書がいたことすら気がつかなかった。長い髪の毛を後ろに束ねた女性だった。顔は見えない。

「まあ、座って」

 宗像に促されるまま、りさと優子はその女性の反対側のソファーに座った。

「こちら、伊武れい三尉だ」

 二人共、ソファーの反対側に座っている彼女を見た。真っ白な肌、大きなガラス玉のようなやや茶色い瞳、髪の毛もよく見ると茶色いが、カラーリングしている感じではない。制服は統幕の制服だ。階級は自分より下なので、少し気を抜く。

「はじめまして、伊武れいです。よろしくお願いします」

 彼女は立ち上がって敬礼ではなく、腰を折って礼をした。

 でかっ!

 りさは言葉にこそ出さなかったものの、ちょっと驚いた。りさや優子よりもかなり大きい。二人共あいさつされて立ち上がったが、見上げた感じ、170くらいはあるだろう。しかし、座っていたときに大きさをあまり感じさせなかったのは、頭が小さいせいか、線が細いせいか?また、彼女は長身の女性にありがちな、猫背、長身ゆえのコンプレックスから自分を小さく見せようとする、そんな感じはまるでなかった。それがさらに大きく見せているのかもしれない。バレリーナのような堂々とした風格のように感じた。

 3人で見つめ合う時間がだいぶ流れたような気がした。

 

 で・・・?

 

 りさ、優子は、宗像の方を見た。

「伊武れい三尉をそちらの寮の相部屋にしたいのだが、異論は?」

 りさと優子は顔を見合わせた。

 3人とも立ちっぱなしだ。

 宗像の後ろで入力作業をしていた女性がお茶の準備をしているようだ。

「一佐、それは命令でしょうか?」

 優子が言った。りさはよしなさいよ、という感じで優子の手を引っ張った。

「命令というよりも、むしろお願いだな。まあ、座りなさい」

 りさと優子は顔を見合わせて座った。

 れいも座る。

 二人の前にお茶が出てきた。れいの分はない。

「一佐、その・・・」

 りさは言葉をつまらせた。二人共世間一般ではにわかに信じられない能力を持っている。

「伊武さんにはどんな能力が?」

 りさの質問に、優子が乗っかった。

「というか、能力のことは知っているんですよね?」

 優子はちょっと攻め立てるような感じだ。不安ゆえの、やや感情的なトーンになっていた。

「もちろん、能力のことは承知のうえだ。彼女の能力についてだが・・・特にこれといってないんだが・・・」

 宗像は一呼吸おいた。

「二人共、驚かないで聞いて欲しい」

 りさも優子もゴクリと息を飲んだ。

 超能力の保有者がこれ以上驚くことが?

 二人にはそんな自信もあった。

「伊武れい三尉は、人間ではない」

「・・・はい?」

 二人共きょとんとした。そして顔を見合わせた。そのまま伊武をみる。

 伊武はそのまま見返す。

「一佐、すみませんが、意味が分からないんですが」

「彼女は、ガイノイド。分かりやすく言えば、ロボットだ」

 伊武はうなずいた。

「陽電子頭脳という最新のコンピュータを搭載した、体の部分は有機体で出来ているハイブリッドタイプのガイノイドだそうだ」

 宗像の説明を、そのまま伊武れいが流暢に引き継いだ。

「はい、私は人間ではありません。eveバイオテックラボラトリーで製造された試験評価用の試作ガイノイド、れいななまる です。どうぞよろしくお願いします」

 れいは再び立ち上がって、二人に深々と礼をした。

 感情らしきものは欠片も感じられなかったが、人間と全く区別がつかない話し方だった。

「一佐、私たちと相部屋にする目的はなんですか?」

 優子が質問した。

「人間との共同生活を送ることによって、社会生活の適合性を獲得する、というのが目的だ」

「私たちである必要性は感じられないのですが?」

 優子が食い下がる。せっかくの二人の気楽な寮生活をよく分からない存在に邪魔されたくなかったのかもしれない。

「伊武れい三尉に、何かトラブルがあった場合でも、君たち二人であれば、通常の隊員では対処できないことでも対処できるだろう。彼女は一見華奢だが、握力は百キロを超え、垂直跳びは立位で5メートル、腕力では成人男性10人くらいの力があるそうだ」

 伊武れいは無表情に二人の方を見ている。

「リミッターが付いていますので、通常は人間の女性と同じ程度の力しかありませんので、安心してください」

 りさはれいの言葉を聞いて、学生の頃乗っていた原付のリミッター解除装置を思い出した。リミッターなんか、解除されるためにあるようなものだ。

「トラブルが起こった場合は各自の判断での破壊を許可する」

 宗像の言葉はなんとなく命令口調だった。

「トラブルって・・・」

 りさは不安そうに続けた。

「例えばどんな?」

 宗像は首を横に振る。

「それはわからない。その調査を含めての共同生活だ」

 伊武れいが事務的に話しだした。

「相原さん、釼持さん、不安な気持ちはわかりますが、私の起こすトラブルは、おそらくただの故障です。朝起きなかったり、突然倒れてしまったりとか。まあ、火を吹いたり煙が出たりする事はないと思いますが」

 りさも優子も疑いの目を向ける。

「突然暴走したりは?」

 優子は宗像と伊武れいに聞いた。

 昔から人造人間は、創造主である人間に反抗すると、パターンが決まっている。

 伊武れいはりさと優子の顔を交互に見ながら話した。

「私の頭には、様々なソフトがインストールされていますが、それぞれ別のエリアに格納されていて、常時様々なものが並行して走っています。お互い監視し合い、競合したり邪魔したりしないように上位のソフトでさらに監視されていますが、その根底の部分、全てのソフトの下敷きになって、はじめにインストールされている、基本三原則があります」

 伊武は自分の鞄からA4のレポート用紙を取り出すと、ボールペンを握った。

 りさも優子も、れいが何を書き出すのか、見守った。

 れいの書く字は、ボールペン字フォントそっくりの字だった。

 りさと優子は視線を感じて紙から顔を上げると、伊武れいのガラス玉のような目と、目が合った。

 彼女は一切手元を見ずに書いている。

 しかも、りさ、優子に向けて、上下逆さまに書いている。

 れいはそのまま言った。

「第一条 人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条 人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条 前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。」

 当然、話す言葉のほうが早いが、言った言葉を確実に書いている。

「この基本三原則が全てのソフトの下敷きになっています。これを改変することも、曲げて解釈することも出来ません。コンピュータで言うところの、ROMと呼ばれるような、書き換え不能な場所に格納されています」

 彼女はここまで話すと、三原則を書き終わって、レポート用紙を二人の前に押し出した。

 7mm幅のレポート用紙にきっちり書き込まれている。「。」や「、」などの禁則処理も送り仮名も、本則に従っているようだ。

「伊武れい三尉の言うとおり、彼女は人を傷つけることが出来ない作りになっている。その点だけは安心していいとおもう」

 

 伊武の手前、露骨に嫌な顔もできず、結局宗像に説得された形で、3人で共同生活することになった。

 

 3人の去った部屋で、宗像が書類をまとめていた。

「一佐、ななまるは うまくやっていくでしょうか?」

「ろくまる はどうおもう?」

 宗像は ろくまる をみる。

 食器を片付ける彼女は手を止めた。

 白い肌、ガラス玉のような若干茶色い黒い目、真っ黒な髪。その顔はななまる を若干優しくした感じだ。りさも優子も気がつかなかったが、宗像の秘書、れいろくまる も伊武れいシリーズのガイノイドだった。

「わかりません。私たちにとって、初めての経験ですから」

 

「宗像一佐にうまく丸め込まれた感じがするけど、とにかくよろしくね」

 優子が歩きながら手を差し出した。

 れいはそれに応えて握手をする。

 れいの手は熱かった。

「れいさんって、結構手が熱いね」

「え?どれどれ」

 りさもれいと握手をする。

「あ、本当だ」

「私たちを動かす反応はすべて熱が発生します。通常は呼吸器の強制空冷で排熱しますが、同時に首の後ろや耳の後ろ、手のひら、足全体から放熱します。今、手のひらは39度ですから、若干高めですね。手のひらは冷たいほうがいいんですか?」

「手が冷たい人は心が暖かいっていうよね?」

 優子が言った。

「そうなんですか。心が暖かくなるように、努力します」

 

 寮の部屋は4人部屋なので、ひとり増えたところで問題はない。

 部屋に到着し、二人共荷物をおいた。

「れいさんでいいのかな?」

 りさは伊武れいに尋ねる。彼女はこっくり頷く。

「私の同姓同名の仲間はあと4体いますが、活動場所が別々なので問題ないと思います。もしも、私固有の名称で呼ぶとすると、れいななまる です。あるいは ななまる と、ラボの人は呼んでいました。この状況下ですと、れい で問題ないと思います」

「おけー、れい、自己紹介しとこっか」

「お二方のデータは照会済みです」

「あ、・・・そ、そう」

「先に、私のことで知りたいことがあったら、何でもどうぞ」

 優子は出鼻をくじかれた感じがした。

「れいさん、ななまるって、何?」

 りさは制服のジャケットを脱いでネクタイを外した。

「私の身長から来ています。170センチあるので下二桁でななまるです。他に、ろくごう、ろくまる、ごーごー、ごうまるがいます。みんなそれぞれ得意分野が違い、警視庁納品モデル、秘書モデル、介護モデルなどがいます」

「あ、そこのベッドと机、れいさん使って。そのエリアは伊武れい専用ね」

 りさはそう言うと、押入れからシーツと枕とタオルケットを取り出した。

「服はそこにかけるといいよ」

 りさはてきぱきと指示をする。

 優子は制服を脱いでジャージになった。

「れいさんさ、なんか、マニュアル的な物ってないの?」

「まだ試作品なのでありません。将来的にはオペレーションマニュアルとメンテナンスマニュアルが出る予定ですが、一冊5万円するので一般ユーザーは買わないのではないかと?」

「ご、ごまんえん?サービスでくれたりしないんだ」

「すいません、開発費が掛かりまして、私一体で11億円です。量産効果で将来的には8億円程度に押える予定です。ちょうど90式戦車と同じくらいですね」

「じゅ、じゅういちおくえん・・・」

 優子はずっと立っているれいのつま先から頭の先まで見回した。

「それに私は自己診断プログラムが常時走っていますので、ユーザーは何もしなくて大丈夫です」

「充電とか、油をさしたりとかは?」

 優子はどんどん心配事をぶつける。

「私は電気で動いているわけではないので、充電の必要はありません。確かに多少電気は使いますが、体の中に発電装置を持っているのでそれでまかないます。あと、可動部分は基本、密閉されていて、劣化しない粘性の液体で満たされているので、メンテナンスフリーです」

「れいさんさ、ベッドメイキングできる?」

 りさは優子と違ってれいの機能にはあまり興味はないようだった。すでにひとりの人間と同じように接している。

「知識はあるのでやってみます」

 りさと優子が見守る前で、れいはなかなか上手にシーツを敷き、枕カバーをかけ、布団カバーもかけた。

「どうでしょう?」

「うまいうまい」

 りさは無意識に拍手していた。

「はい!初歩的な疑問すみません!」

 優子が手を上げた。

「どうぞ」

「れいさん、寝るの?」

「睡眠、という意味では不要です。ですが、四六時中起きていると、消耗パーツの寿命がどんどん短くなってしまうので、寝たフリをしてパーツの寿命を伸ばします。人間と同じおようにだいたい6時間くらいは寝たフリをします。非常時はこの限りではなく、パーツの寿命が尽きるまで活動することは可能です」

「パーツ?寿命?」

 優子は首を傾げる。

「例えば人工筋肉などは収縮できる回数が決まっていますし、人工血液もガス交換で劣化は進みます。関節なども劣化します。ですが、ほとんどのパーツは最低でも10年持つように設計されています。10年経ったら大規模修繕が必要です。それまでは1年に一回程度の定期メンテナンスと、月一回程度のログ採取などがあります」

「れいさん、顔よく見せて」

「どうぞ」

 りさがれいにおもいっきり近づいた。

 ガラスのような目は少し濡れた感じがある。湿り気があるのは人間に近い。白目と黒目の境目がはっきりしている。

「なんか・・書いてある・・・」

「眼球のシリアルですね。良く見えますね。殆ど見えないと思いますが」

「私、目は抜群に良いの」

「え?どこ?」

 優子もおもいっきり近づく。

「ほら、白目と黒目の境目の、黒目側」

「うーん、わからん!」

 れいはかなりランダムに瞬きをする。

 顔の皮膚感は人間と区別がつかない。ただ、非常に綺麗だ。触った感じも赤ちゃんの皮膚のように弾力があり、すべすべだった。

 呼吸もしている。

 気のせいか、彼女の吐息は綿菓子のような匂いがする。

 眉毛も髪の毛も、まつげも、何の違和感もない。非常によくできている。というか、人間と区別がつかない。

「かわいいピアスだね。あれ?、左右で色が違うんだ」

 りさはれいの耳たぶを見る。

「それは私の唯一の外部インターフェイスです。赤と青でLRを表します。オプチカルケーブルをつなぐコネクタと、メタルワイヤをつなぐコネクタです」

 れいがピアスを外すと、中心部だけ外れた感じになり、耳たぶに穴が開いた感じになる。

「私の陽電子頭脳にアクセス出来る唯一のコネクタです。ソフトのインストールやメンテナンス、ログの採取などに使います」

 つむじもある。うなじも違和感なし。

「よく出来ているねぇ」

 れいは少し笑ったような表情をした。

「ありがとうございます」

 二人の疑問は尽きなかったが、タイミングを見て、れいが言った。

「お二人とも、失礼でなかったら、超能力というものを見せていただきたいのですが」

「いいよー」

 優子は軽い感じでそう言うと、テレビのリモコンを手にとった。

「れいさん、手を出して」

 れいが手を出すと、次の瞬間、テレビのリモコンはれいの手のひらにあった。

 れいは目を丸くして驚いた。その驚きようがあまりにも大げさだったのでりさは大笑いしてしまった。

「データで知っていると思うけど、私の能力はテレポート。自分を飛ばしたり、触れたものを飛ばしたり出来る能力」

「で、私が・・・」

 れいの手からリモコンが浮かび上がって空中で静止した。

「サイコキネシスト。念動力ね」

 リモコンはそのまま元あった場所へと飛んでいった。

 れいはずっと唖然としていた。まるで人間のようなリアクションだった。

「データとしては知っていましたが、実際に見ると、すごいですね」

「科学最先端の伊武れいさんが、科学では解明できない超常現象に出会った?」

「お、りさ、うるるんだねぇ」

「れいさん、あなたは、二人の秘密を知ってしまったので・・・」

 りさは一回切った。

「知ってしまったので?」

 れいは何かを伺うような表情でりさを見る。

「今から二人の親友ということで。まずはその硬い言葉遣い。直しなさい」

 りさの指摘を受けて、れいはしばらく考えた。

「こんな感じでどうかしら」

 人間二人共爆笑した。

「今の時代、かしらとか、だわとかあんまり使わないよ。ドラマじゃあるまいし」

 優子が言う。

 れいは混乱したような表情だった。頭の中に抱えている、現代用語の基礎知識、国語辞典、口語辞典をじゃんじゃん参照する。

「じゃあ、こんなかんじはどう?りさ、明日何時に起きる?」

「お!いいじゃんいいじゃん。かなりフレンドリー。その調子でいいよ。おかしなところがあったら直していくから。あ、いつもは7時だよ」

 優子も様々な不安よりも、好奇心が勝ったようだった。

 時計をみると19時だった。

「りさ、食堂行く?そろそろ出来ている頃だよね」

「そうだね、れいは何か食べるの?」

 れいは首を横に振る。

「わたしは食事は必要ない・・ね。ない・・の?」

「ないの がいいかな?」

 りさの言葉に頷く。

「代わりにこれが必要」

 れいが自分のバッグから取り出したのは、スプーン印の白糖、1キログラムだった。

「それ、もろ砂糖だよね?それ、まさか、そのまま食べるの?」

 優子は半分笑いながら聞いた。

「笑わないで・・よ?」

 りさは頷く。

「生体パーツを維持するために、必要・・なんだから。これを水に溶かして飲む。すると、体内で酵素で分解・したり、透過膜で濾したりして、やっと私の体に使えるものになる・・の」

 時々つっかえつっかえだが、一気に話し方が変わる。

 優子もりさも、れいが砂糖水をすすっている姿を想像して、申し訳ないけど笑ってしまった。

「れい、なんか、かわいいね」

「砂糖水を飲むのと、かわいいとの因果関係がよく分からない・けど。まあ、カワイイは褒め言葉だよね?」

「じゃあ、れいは砂糖持って、食堂行こうよ」

「うわ、人間と一緒に食事したことないから緊張するなぁ」

 話し方に一気に違和感がなくなった。猛烈な学習スピードだ。

「これからずっとそうなるから、慣れなさい」

 優子は学校の先生のように言った。

 

 二人の部屋は、今日からは三人の部屋になるが、五階建ての寮の二階にある。食堂は一階だ。朝、夕と二食付き。寝るところ、食事までついて給料が出るなんて、なんて素晴らしい環境!。自分たちの特殊能力に、感謝!

 基本、19時から21時までの好きな時間で夕食だった。献立表は廊下の掲示板に張ってある。二人共見ないで現場で確認するのが好きだった。

 寮の隊員はそれほど多くない。最近は基地外にマンションを借りて住むのが一般的だ。広い食堂が半分も埋まらない光景は、ちょっと寂しい。

 りさと優子は配膳を終え、席に着く。

 れいはスプーン印の砂糖をテーブルに置いている。コップはマイコップらしい。すでに半分ほど水が入っていた。

 れいがちょっと変わった計量スプーンの反対側の鋭利な部分を使って、砂糖の袋を切った。

 上手にすり切りを計り2杯、カップに入れて、かき回した。

「完成」

 れいはなぜか自慢気だった。

「れい、優子、とにかくみんなで楽しくやっていきましょう!いただきます!」

「いただきます」

「いただきます」

 れいは砂糖水をちびちびと飲む。時々、口のはしからこぼしたりする。クールな外見に似つかわしくない、その頼りない様子を二人共唖然と見る。

「人間は、飲むって行為をたいしたことなくできるけど、私は何時まで経っても苦手。これ、難しいよ」

「そっかー。確かに年をとると、上手に飲み込めなくなって、食道に入るべきものが肺に入っちゃったりする、嚥下障害、ってあるもんね」

「飲み込むって言う制御、すごい難しいんだ。ずっと練習しているけど、なかなかうまくならない。一日3回しかやらないしね。やっぱりダメ。ちびちび飲むか、ストロー使うしか無いね」

「れい、かわいいね!」

 優子が言った。りさも頷く。

 口の周りをベタベタにしているれいは、外見の割にすごくお子様のように見えた。

 

 食事のあとは、消灯まではフリータイムだ。

 今日の試験はかなり汗をかくシチュエーションが多かったので、大浴場に行くことにした。

 りさは風呂にはいるガイノイドに興味津々だった。優子も同じ気持だろう。

「れい、大浴場に行く?」

 りさが誘う。

「今日はそんなに汚れていないから、大丈夫だけど・・・?」

「部屋のシャワーが狭くて、いまいちなので、二人はよく行くんだけど、行かない?」

 優子もさそう。

 れいは二人の顔を見た。

「ふたりとも私が行くのを望むのであれば、いくけど・・・」

 りさと優子は顔を見合わせる。

 なんかちょっと硬い、もったいぶった言い方だ。

「じゃ、行こうよ」

 優子が言って、決まりだ。

 部屋に戻って、入浴準備をすすめる。

 れいはその様子を眺めているだけだ。

「れいさ、下着とか、換えのシャツとかは?」

 不安になったりさが聞いた。

「ないよ」

 れいは首を横に振った。

「え?」

 りさと優子は手を止めてれいを見た。

「なんで?」

 優子が唖然として聞いた。

「私たちは代謝がないからね。だから、下着も汚れないの。汗もかかないしね。劣化した場合は支給してもらうけど」

「劣化って・・・」

「いつもはどうしているの?」

 りさが聞いた。ちょっと心配になってきた。

「脱いだものをそのまま着ているけど?」

 りさはれいの足元から頭のてっぺんまでを見回した。普通の統合幕僚の制服、靴は革靴。襟から見えるシャツは普通のブラウスと同じ。

「風呂上り制服はなんか堅苦しいから、貸してあげたいところだけど・・」

 りさは考えた。

 れいはでかい。

 細いのがせめてもの救いだったが、袖も裾もつんつるてんだろう。

「あ、そうだ、支給品の訓練用ジャージは?」

「支給されてないよ。体鍛える必要ないし」

 りさは頭をかかえる。

「じゃあ、優子、貸してあげてよ。ジャージでもスエットでもさ」

「それって、私の方が大きいから?」

「あんま変わらないけど、私155センチ」

 りさが手を上げる。

「私159センチ」

 優子が手を上げる。

「結局、焼け石に水ね」

 りさが首をかしげた。

「じゃあ、スエット貸してあげるからちょっとまってね」

 優子はそう言うとクローゼットから灰色のスエット上下を出した。

「とりあえずこれに着替えて、下着は今日は諦めるわ」

「おっけーです」

 れいはてきぱきと服を脱ぎ、ハンガーにかける。

 全体的に細いが、これといって特徴のある体型ではなかった。下着はスポーツタイプでアスリートっぽい印象だ。

「あっと!ここで下着は脱がないで!」

 ブラジャーを半分とったれいに優子が慌てていう。

 れいはちら、ちらとりさと優子の顔を見る。

「風呂場で脱げばいいということ・・・かな?」

「正解!」

 優子はため息を付いた。

 スエットを着たれいは袖も裾も七分丈。意外と胸元がきつい。胸が大きいわけではなく、胸板が厚いようだった。

「その格好でその靴下はキモイよ」

 優子の指摘で靴下を脱ぐ。

 足の作りも人間と区別はつかない。ただ、ちょっと男のような足の印象をうけるのはなぜか?

 タオルもないので優子が貸す。

「ごめんね。風呂にはいるという習慣がないので、何も無いよ」

 れいがすごく申し訳なさそうな顔をして二人を見た。

「いいよ、ちょっとずつ揃えていこうよ」

 りさが慌てて言った。

「でも、すごく言いにくいんだけど・・・」

 れいが上目遣いで二人を見る。いったいどこでこんな仕草を覚えているのか?

「私、お金、全然持ってないの」

 りさと優子は顔を見合わせた。

「え?本当?」

「私、備品ですから」

 妙に明るいれいの言葉を聞いて、ふたりとも悲しい気持ちになった。

 

 この時間の大浴場は貸切モードだ。もともと利用者も少ない。例え、れいが人間離れしている外観をしていたとしても、誰にも目撃されることもないだろう。

 しかし、さっき部屋で見た下着姿までは、全く普通の人間と区別はつかなかった。

「脱いだ服はこのかごに入れる。ボディソープとリンスインシャンプーは風呂場の中にあるから使ってもいいし、私たちはあれ、あわないから自分たちで持ち込むから、それ使ってもいいし。タオルないから毎回持ち込み。ざっとこんなかんじ」

 優子が手短に説明する。れいはいちいち頷く。

 優子の髪の毛はそれほど長くないので、後ろで縛るだけだが、りさはちょっと長いので、頭の上に上手に巻いてタオルを巻く。

 れいはそれをみて、自分の髪の毛を引っ張る。

「あなたは短いから何もしなくて大丈夫だよ」

 りさがゴムを咥えながら言う。

 れいはぱっぱと服を脱いで、すぐに裸になった。

 ふたりとも横目で観察したが、普通の人間と全く区別はつかなかった。まあ、色白で肌が異常にきれいだということをのぞけば、外見だけで見破られることはないだろう。

 まずは軽く流して、湯船に浸かる。

「は?、気持ちイイねぇ」

 優子が湯船の淵に頭をのっけて天井に向かっていう。

「だよね?」

 その横でりさも頭をのっけて全身を伸ばす。

 れいはずっと二人の様子を観察している。

「湯船の温度、39度だけど、いつもこんな感じ?」

 れいが二人に聞いた。

「何度かは知らないけど、こんな感じだよね?」

 りさの問いかけに優子は頷く。

「れいは何度ぐらいが好きなの?」

「わかんないけど、水だったら沸騰してても大丈夫だよ。除菌という意味ではやっぱ沸点でしょ」

「人間はMAX42度だから、それ以上の温度には入らない方がいいよ。人間じゃないってバレるから」

「おっけ。気をつけるね」

 りさは沸騰しているお湯に気持よさそうに入っているれいを想像して、少し寒気がした。

説明
 人間の女性と見分けがつかないハイブリットガイノイド、伊武れいシリーズ。
 この作品は、Viva!Girls!の外伝です。本編では語られることのない、サブキャラクタたちの活躍を描いていきます。
 今回は、釼持りさのおはなしです。れい70 R-1を読んだことが前提になっています。釼持りさの小学生時代の回想から、伊武れいが初めて二人と出会うまでが描かれています。まだ途中ですが、どうぞ!
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コメント
久しぶりに読破したけど、なんだこのぶんしょうわ・・・(橘つかさ(原案))
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Viva!Girls!外伝制作委員会 伊武れい れい70 ガイノイド 

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