ダンジョンキーパー(二)
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「では7日後の日没までには戻ってきてください。お気をつけて」

白衣の袖をまくって札を渡す。

受け取った男は「わかってるよ」と威勢のいい声を上げて仲間たちと共に大鳥居まで歩いていった。

すでに日は高く昇り、セノミの境内は冒険者たちであふれかえっていた。

その多くはこれからダンジョンへのアタックを目的としているが、中には情報収集のみが目的だったり、冒険者へのインタビューを試みる新聞記者も混ざっている。

 ごったがえす境内の脇、社務所にて冒険者たちはダンジョンの入場や冒険者としての登録を行う。そこではナルサワとコマ、カラの三人が並んで窓口を受けつけていた。

「これで登録はおわりじゃ。がんばってこい」

「……お気をつけて」

 一組の冒険者の処理が終わり一息ついたところで、コマとカラのところに再び新たな冒険者がやってくる。

両者に挟まれた位置にいるナルサワの前にはいまのところ並ぶものはいない。脇に用意した竹筒の水を一口飲み、やはり対応されるなら若い女の子の方がいいのかな、と苦笑を浮かべた。

 こうして横から観察すると、二人とも違う魅力を持っていることにあらためて気づかされる。

コマは幼い外見に鈴のような丸い瞳をし、さらに口元から見える犬歯が可愛らしいの言葉を誘っている。逆にカラは眠そうな垂れ目に艶のある黒髪、そして着飾らないその姿から清楚な印象を抱かせる。

そして極めつけは顔の両側に付く犬の耳とおしりから生えるふさふさのしっぽなのであろう。初めて見る冒険者の中には気味が悪いと思う人もいるらしいが、慣れてくると語りかける言葉に反応してピクリと動く耳や、感情に合わせて動くしっぽに魅了されてしまう。

そういった普通の人間には無い点で冒険者に人気があるのだろうなと文机に肘を付いて考えるナルサワの前に、不意に人影が覆いかぶさってきた。

「よう、ナルサワ。ずいぶんと暇そうじゃねえか」

「カワグチさん?」

 無精髭をはやした壮年の男で、色黒でがっしりとした体を青い甚平で包み、左手には木刀をつかんでいる。

カワグチと呼ばれた男は目線をナルサワに合わせ、そのあと冒険者の対応をしているコマとカラに目を移した後、ささやくようにつぶやいた。

「両手に花とはこのことだな」

「な、なんのことですか」

「とぼけんなや。見惚れてたくせに」

「そんなこと……」

「ま、相手は神様だ。見目麗しいのは当然だろうな」

 にやついた顔をするカワグチに声を上げようとするも、さっと体を上げて逃げられてしまう。出かかった言葉を飲み込み、ナルサワは平静を装ってカワグチへと視線を向けた。

「で、今日はどんなご用向きで?もしかしてダンジョンに行く気なんですか」

「まさか。この怪我で何年前に冒険者を引退したと思ってんだ」

 カワグチはククク、と低く笑いながら左肩から袈裟懸けにえぐられた様な傷を見せる。そして左手の木刀をナルサワに見せるように持ち上げた。

「なに、そろそろ昼時だろ?みんな昼飯にでていくから暇ができる。その間にお前に剣の稽古でもつけてやろうかとな」

「はぁ」

「昼飯は奢ってやるからよ。腹ごなしにもなって一石二鳥だろうが」

「いえ、まだ仕事があるので遠慮しておきます」

「おいおい、つれないやつだな」

 素っ気無い返事にカワグチは苦笑いを浮かべた。ナルサワもどうしたものかと頬を掻くと、遠くから「カワグチさーん」と呼ぶ声が聞こえた。

見てみるとカワグチと同じような大人たちが数人集まっている。カワグチも振り返ると「げっ」と一声上げて固まってしまった。

「めんどくさいのに見つかったちまったなぁ。ありゃ一緒にどこか飯食いに行きましょうかって顔じゃねえか。逃げるか」

「いいんですか。冒険者組合の組長なんでしょう」

 ここぞとばかりに反撃にでるナルサワに、心底悔しそうな顔を向けたカワグチは溜息をついた。

冒険者組合とは引退した冒険者が自主的に集まってダンジョンキーパーの活動を補佐する寄り合いであり、主に冒険者達の長老衆のような存在となっている。

数年前に起きたナルサワの両親の事件の後に若いダンジョンキーパーを助け、ダンジョン再開までこぎつけることができたのもこの冒険者組合の存在が大きかった。

そして当時からもカワグチが組合の長を務めており、ナルサワにとっては親代わりと言える存在なのである。

「組長だから嫌なんじゃねえか。上のものとしては飯の一つも奢ってやらなきゃならねぇ。だがあれだけの人数はさすがにキツイぞ」

 見れば5,6人は集まっている。こちらに向かって手を挙げてやってくるのを見てあきらめたらしく、再び溜息をついてからカワグチは窓口を離れた。

「しゃあない、行ってくるか。じゃあなナルサワ。また今度稽古つけてやるわ」

「はい、また今度」

「ふん、急に元気な声だしやがって……おっと」

 後ろ向きに右手をひらひら振って集団に向かっていったカワグチだが、次の瞬間には脇からやってきた冒険者にぶつかってしまいよろめいてしまっていた。

「すまねえな……!?」

「……」

 ふわりと広がる異質の髪に、カワグチだけでなく待っていた集団も、ナルサワも息を詰めた。

ぶつかってきたのは周囲から見ても明らかに浮く、金髪碧眼をした――それはナルサワたちの暮らす「イースト」とはまた違った文明をもつ「ウェスト」から来たことをあらわす――少女だった。

金属の鎧を縫いこんだ青い服を身につけ、腰には同じく金属でできた棍棒――メイスを付けている。総じて重そうではあるが、鎧が必要最低限の箇所にしか着いていないのでさほど苦でなさそうである。

周囲が時間を止めた中、彼女一人だけがまるで当たり前のように「こちらこそ」と言うと、颯爽と歩みを進めていった。

初めて見るウェストの人間、それも自分と同じくらいの年齢の少女にナルサワは呆然としていたが、すぐに彼女が歩いていった方向を見てぎょっと席を立った。

彼女はまっすぐに大鳥居を目指していったのだ。

「ちょ、ちょっとまってください!あなた冒険者ですよね」

 その声に少女は振り向くと、だからなんだと言いたげな目をナルサワに向けた。

意図に気づいたカワグチがすぐに少女のそばによると、2,3ほど話をして少女を社務所に連れてきた。案外物分りがいい性分らしくてナルサワはほっと胸をなでおろした。

ナルサワの目の前に来た少女は胡乱な目で見つめ、「ここで冒険者登録をしなければならないのか?」と言った。

「そうなんです。勝手に入られるとダンジョンキーパーが冒険者を管理できなくなってしまいますからね」

「管理、ということは金をださなければならないのか」

「え、い、いや、それはないですけど」

「そうか」

 急に穏やかな表情で微笑む少女に戸惑いを覚えながらも、ナルサワは机から用紙と筆を取り出した。

「ここに名前と、常備している武器、あと仲間がいればその人達の名前と人数を書いてください」

「わかった」

 予想に反し手馴れた様子で筆を扱う少女をナルサワはついじっと見つめてしまう。

日の光を受けて稲穂のような輝きを見せる髪に青い空のような瞳は、見慣れていないというだけではなく、その少女の美しさを際立たせる一種の武器とも思えるのだった。

あまり見つめるのも失礼だな、とふと思い、視線を下にさげる。そこには綺麗な字で「ポウ」と書かれていた。

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ダンジョンキーパー本編の2です。
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