雪景 色 |
その日は午後から急に冷え込んできて、彼と彼女は公園を歩きながらマフラを少しきつめに巻き直した。
「寒いわね」
手に息をほぅと当てて、さすりながら彼女が言う。
「今日は曇りだからね」
コートのポケットに手を突っ込んで縮こまるようにし、空を仰ぎながら彼が言う。
「少し座ろうか」
彼がそう提案すると、彼女は微笑んで首を少しだけ斜めにした。彼は彼女の手を取って、近くにあったベンチに彼女を導いて座らせる。握った彼女の手はとても冷たかった。
「ちょっとここで待ってて」
彼がそう言うと、彼女は不思議そうに首を少しだけ斜めにした。彼の足音が遠ざかっているのを耳で感じながら、彼女は冷たくなった手に息をほぅと当てた。
静寂。
しばらくして、彼の足音が近づいてくるのが分かった。
「っちっち、はいこれ」
彼は持っていた物を「熱いから気をつけてね」と言い加えながら彼女に手渡した。
「何?」
彼が言うほど熱くはないその温もりを両手で感じつつ、彼女は尋ねた。
「缶コーヒー」
「あら、気が利くじゃない」
「そんな顔をしてた」
「そう?」
「そう」
「お砂糖とミルクは?」
「ブラックだよ」
「合格」
「そりゃ良かった」
それから彼と彼女はしばらく無言で、ベンチに座りながら温かい時間を楽しんだ。
静寂。
「ほんと、寒いなぁ」
と、昼間だというのに薄暗い曇天を恨めしそうに見上げた彼が「あ」と言うのと、ベンチの近くに生えている枯れ草が「カサリ」といったのは同時だった。
「何の音?」
彼女が尋ねる。
「雪だ」
彼女の問いに応えたわけではなく、呆けたように彼は空を仰ぎながら呟いた。
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やがて、公園中の植物の葉が「カサリカサリ」と喋りだした。
ベンチから見える景色はあっという間に白く染まってしまった。
彼と彼女はというと、公園を立ち去ろうとはせずに、彼女が鞄から取り出した折りたたみ傘を差してベンチに座ったまま、木々たちの会話をひっそりと聞いていた。
耳を澄まして、
「これが雪の音なのね」
彼女が言う。
聞くことで感じる彼女の世界。
「意外とおしゃべり」
手を傘の外へ出して、
「これが雪の温かさ」
彼女が言う。
触れることで感じる彼女の世界。
「柔らかい」
鼻をスンと鳴らして、
「これが雪の匂い」
彼女が言う。
嗅ぐことで感じる彼女の世界。
「少し鼻の奥がツンとする」
「ねぇ」
彼女が言う。
「雪ってどんな色をしているの?」
彼女は前を向きながら静かに言った。
「雨が固まったものだから水色かしら。それとも空の色を含んだ青色?雲のかけらだからって、まさか白ってことはないわよね?」
彼女はあごに人差し指を当てて思案する。
「どれもはずれ」
彼は冷たくなった缶コーヒーの空き缶を手の中で転がしながら言う。
「雪はね、七色に輝いてるんだよ」
「え、七色?」
前を向いたまま、口に手を当てて彼女は驚いた表情をする。
そんな彼女の横顔を見つめながら、彼は少しだけ口を斜めにした。
「虹っていうのがさ、君も聞いたことはあるとは思うんだけど、あるんだ。空にかかる橋みたいなもの」
「ええ、話には聞いたことがある」
「虹もそうなんだけれど、空には七つの色があるんだ。雪もそう。それらがまざりあって降ってくるんだよ」
「そっか、七色……かぁ」
彼女は眉根を少しゆがめて、小さく息を吐いた。
「やだ、そんなにたくさんの色なんて思い浮かべられないわ」
残念そうに首を振り、それから困ったようにして微笑んだ。
彼は一瞬バツの悪そうな顔をしたけれど、すぐに気を取り直して彼女と同じように微笑んでから立ち上がり、
「そろそろ行こうか」
と、彼女の手を取った。
「残りの色は歩きながら一緒に考えよう」
彼女が立ち上がった弾みで、彼の持つ傘に積もった雪が「スラリ」と落ちた。
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彼と彼女の世界はこれからもゆっくりと、けれども確かに広がっていくことだろう。
ただ彼が彼女の手を少し引いてあげるだけで、ただ彼が彼女に雪の色を教えてあげるだけですむ話。
ただ、それだけの話。
説明 | ||
「ねぇ」 彼女が言う。 「雪ってどんな色をしているの?」 |
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