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………暇ですよね、と綱吉はソファでコーヒーを啜っていたGとジョットに恐る恐る話掛けた。引退した人達とはいえ、まだまだ頼りたいのが本音。怪訝そうな二人の前に、数枚の写真を差し出した。

「んん?」

「実はお願いしたい事がありまして。」

綱吉が見せたのは、ボンゴレファミリーに在籍する数人の人間達の写真。よく知っている人間もいれば、話した事もない人間もいた。盗撮なのか視線が合っていない。

すぐにジョットの隣に座った綱吉は、小声で話し出す。

「……変な噂があるんです。」

「あ?」

「その写真の人達には、何か特別な能力があるんじゃないか、って。」

「は?お前が言うか?」

綱吉にもボンゴレの血による並外れた能力がある。そんな人間が特別、など言い出すものだからGからすればおかしいったらない。

「俺は、初代の血を持ってるから超直感がある。けど、この人達は"理由"のない力なんです。」

「理由が無い超人的能力、か。で、それをどうしろと。」

綱吉はその数枚の写真をめくりながら、ぽつぽつ言い出した。ただならぬ空気を出している。

「──…今まで、こんな事無かったじゃないですか。この人が瞬間移動能力を持ってるとか、この人が時を止めれるとか。おかしいんですよ。誰かが彼等にその"理由無き能力"を、唐突に授けてるにしか思えない。能力の実態、黒幕を調べて欲しいんです。」

それ、暇だから頼める案件か──?ジョットは苦笑いをしたが、可愛い子孫の頼みは断れまい。綱吉から写真を奪い取り、ソファからいきり立つ。

「よかろう。ボンゴレ十代目の願いならば誰が断れようか。行くぞG。"我が家"に入り込んだ虫を追い払うぞ。」

「わーったよ………。」

「お願いします!」

Gもやっと立ち上がり、煙草に火を付ける。

早速部屋のドアに向かい、Gが出た所で、ジョットが何かに気付いたように立ち止まる。ドアノブに手を掛けたまま、綱吉へと顔を向けた。

「ところで綱吉。」

「はい?」

「"噂だったもの"を、この写真の数人まで調べ上げたのは誰だ?」

「ああ、獄寺くんです。彼が頑張ってくれました。」

「そうか………。」

それだけを確認した後、ジョットも部屋から出て行った。

 

ボンゴレに根を張る何か。

巨悪と呼ぶべきそれの計画に触れる事になる二人。

これをきっかけに大きな事件に巻き込まれていくのをまだ知らない。

 

 

 

 

「まず一人目……あれ?なんだっけこの子。ほら、門外顧問の。香辛料。」

「バジルじゃなかったか。」

「そうだ!バジリコン!」

二人が最初に向かったのは、門外顧問の部屋であった。今や長となっているバジルが調査対象になっているとは……。一枚一枚の写真の裏には、心優しい事にその人物が持っているであろう特殊能力が書いてあった。

バジルの写真の裏に書いてあるのは──「瞬間移動」。

「手品師かよ、おい。」

「何が怖いって、これを本気で調査しなければならない事だな。」

程なくして到着、ジョットは写真の束を上着の内ポケットに隠してからドアをノックした。

返事はすぐに返って来て、ジョットとGだと言えばすぐに扉は開く。

迎えてくれたのは、やはりバジルであった。室内には、彼一人しかいなかったようである。

「どうしたんですか?何かトラブルでも?」

中性的な美貌、滲み出る性格から作られる笑みは最高だ。悪童と呼ばれて来た二人にとってそれは眩しく、眼を閉じ手をバジルにかざす格好をしてみる。

「何をしておられるんです?」

「いやなんでもない。単刀直入で悪いが、バジルよお前に聞きたい事がある。」

「はい。」

「おい、唐突過ぎだろ。」

まどろっこしいのは嫌いな彼だ、この流れは仕方が無い。かざしていた手でバジルを指差して言った。

「私達はお前が持つ特殊能力、瞬間移動について調べに来た。出来れば目の前で見せよ、そしてその能力を誰から授かったか教えて欲しい。」

バジルは一度驚いたような表情をしたが、すぐに険しい顔になった。それもジョットを見つめているうちに柔らかくなり、微笑まで漏れ出す。

「ん?何かおかしいか?」

「いえ─……正直だなって思いまして。」

「私は身内に付かなくていい嘘は付かない。」

「でしょうね。………いいですよ、お見せします。」

どうぞ、と二人は部屋の奥へと迎え入れられる。ゆっくりドアが閉まり、自動的に鍵が掛けられた。

この部屋には、三人だけ。窓も締め切り密室状態だ。

会議室のような円卓に、それに準じ並べられた椅子。その中の一つにジョットは勝手に、そして堂々座り足を組んだ。Gは不測の事態の為にかどうか、立ったまま壁に寄りかかる。

二人の向かい、円卓を挟んでバジルが立った。

「どれ、拝見しよう。」

「はい。では、今から拙者が合図をします。それに合わせて、瞬きをして頂けますか。」

「いいだろう。」

「では………。」

さん、に、いち……ジョットとGは、バジルの声に合わせ、刹那の間眼を閉じる。ほんの一瞬、一秒も無い間。

「……!」

円卓の向こうに、誰もいない。文字通り消えた。そして──。

「ここです。」

ぽん、とGの肩が叩かれる。隣に姿を表したバジルに、二人は声も出せなくなった。

「如何でしょうか。」

「………これは………驚いた。」

「すみません。」

驚かせて、と彼は謝る。

二人は今まで、どこか半信半疑であった。特殊能力を持つ人間などいるわけがないと。

されど今の彼を見ては何も疑う所は無い。ここは密室、時間は一瞬、走り寄ってきたと仮定しても足音に気付かない筈が無いのだ。

「………悔しいが、認めよう。」

そんなそぶりはまったくない。ジョットが重要視しているのは、「誰にそれを授けられたか」だ。ボンゴレに巣くう何か。それを探る為に来たのだから。

「言わなきゃ、駄目でしょうか………。」

「そうして貰えると助かるのだが。」

「…………。」

不意にバジルが黙り込む。言うなと命じられているのか、それとも言いにくい人物なのか……。彼の状態だけで判断しにくい。

そこでジョットは考えた。

「ではバジル。その能力を貰った時の様子を教えてくれ。"そいつ"に触れない程度でいい。」

「………それなら………。」

Gの隣から離れ、バジルとジョットは向かい合った。

「本当に、突然だったんです。その人がすれ違いざまに、肩にぶつかって……その瞬間、ものすごい頭痛に襲われたんです。持っていた書類を落として、拾おうとしたら、その人も手伝ってくれて………。」

「それから?」

「"面白いやつだから、楽しめよ"と………。そう言って、去って行きました。拙者は何が何だか解らなくて……、頭痛が治ったと思って、顔を上げたら……。自分の部屋にいたんです。」

「その時に、というわけか。」

ジョットを見れば椅子をぐるぐる回し出し、天井を見上げ何かを考えている。

変わりにGがバジルを更に問う。

「能力に制限や代償は?その後、能力をくれた人間と接触したのか?」

「能力に制限も代償も多分……無いと思います。言うなら、最近睡眠を多くなったと思います。その人との接触は、たまに……。」

「………うむ。よし。ありがとうバジルよ。G、そろそろおいとましよう。まだまだ行かねばならぬとこがあるしな。」

「おい……。」

椅子を止め、立ち上がりさっさとドアへ向かうジョットにGは呆れた。まだまだ聞ける事はある筈なのに。

がちゃっと鍵を開け、彼は去って行く。追い掛けるGにバジルは一言、言った。小さな声で。

「お気をつけて………。」

 

 

 

「ジョット!何考えてんだ。まだまだ聞ける事があったんじゃねえのか。」

「いや。十分だ。先に誠実なバジルの元を訪れて正解だったよ、G。」

廊下を早足で歩きながら、ジョットは写真達を取り出す。

「少しだが解ってきた。」

「何を。」

「奴は能力を授けたのではなく、目覚めさせたのだ。」

「は。」

突然、ジョットが止まりGを見上げる。それから、右の人差し指で自分の頭に触れた。

「人の脳は、生きている間十パーセントしか使われないそうだ。残り九十パーセントには、無限の可能性が秘められている。」

「じゃあその人間は……。」

「そう。目覚めさせた。今のバジルは脳をフル活用している状態なのだ。だから余計に脳が疲れて睡眠を欲する。」

それが特殊能力の正体。人間、誰しもが秘めている能力。無限の可能性だ。

これを踏まえ、写真を再び眺め、ジョットは次に行くべき人間を定める。

「そして能力を目覚めさせる人間が黒幕。バジルの様子を見るに、ファミリーの中にいる。口調からして男。仕事でよく合うような人間で、バジルが庇い立てするような奴。」

「大分絞られたな。」

「私はもう解ったぞ。」

えへ、と笑う相棒に、Gは一瞬だか苛立つ。こういうのはいらねえ、と。

「………言えよ。」

「この写真の人間達の所へ行けば自然に解るさ。さあゆくぞG!」

「もう解ったならいいんじゃねえのか………?」

妙に興奮している彼に呆れつつも追い掛ける。

バジルの特殊能力に助けて貰えば一瞬で行けるんじゃないのかと、突っ込む気も失せたGであった。

 

 

**

 

 

「ドアノブが………。」

二人目の部屋を訪れると、奇妙な現象が既に起こっていた。

ゴシック調で丸みを帯びたドアノブがぐるぐる捻られ、床に落ちている。

「怪力か?」

「念力だな。」

ジョットは流儀に沿いノックをする。……返事は無い。仕方無し、勝手に入る事を決めた。

ドアノブも無しに開くのか?と思われたが、押すだけでそれは動いてしまう。ノブだけでなく、中にあるだろう、ドアを動かすに必要な金属もダメになっているようだ。

「はひ!」

「こんにちは……えーと……?」

「コハル、だろう。行く前に名前ぐらい確認しろよ。」

そう。部屋の中にいたのは、三浦小春。通称ハルと呼ばれる女性だ。ジョットとはすれ違う程度で初対面と言っても間違いではない。

普段彼女は一般企業に勤めているが、ビアンキの誘いでここ最近はボンゴレの屋敷に宿泊していた。その期間中に能力が目覚めたと思われる。

「コハルよ怯えるな。私の名はジョット。こっちはG。お前に話を聞きに来たのだ。」

「は、話って………。」

ベッドで枕を抱いている彼女。部屋の中は物が乱雑に転がっている──形を変形させて。

「コハル、最近妙な力が自分に………。」

「寄らないで下さい!」

「ジョット!」

バキ………と木を根元から折り曲げたような音がする。Gはジョットを抱き「それ」が折れた事により飛んでくる破片から彼を守った。それ、とは二人の後ろ、今開けたドアであった。真っ二つに折れ、轟音を立てて廊下側へと倒れる。

その間にGはジョットに耳打ちした。

「錯乱してやがる。」

「おそらく……突然目覚めさせられた能力からによる混乱だろう。自分に起きている事を解っていない。」

「出てって下さい!」

次に窓ガラスが割れ、落ちていたコップやペン、椅子などがめきめき捻れその形を崩して行く。ハルは落ち着く様子が無く泣きじゃくる。このままでは部屋が破壊されかねない。

ジョットはGの腕の中から跳ねるように出ては、ハルがいるベッドにふわりと着地した。

目の前に迫る美形に、ハルは息を詰める。まるで空想上の中で生きている王子様に見えた。

「落ち着けコハルよ。私達はお前に何かしようと来たのではない。」

「はひ………。」

頬を優しく撫でてやれば、ハルの呼吸はようやく整ってくる。それを記すように、非現実的な力を受けていた物達は捻れたまま静かになった。

綱吉に似ているせいか安心したのか、今度は自然と流れて来る涙を堪えきれず零し、枕で顔を隠してしまう。

「ごめんなさい………。ハル、変なんです。物を沢山壊しちゃうんです。」

「うむ。」

「何にもしてないのに、ぐちゃぐちゃになっちゃって。こんな変なハル、ハルじゃないんです。」

「………コハルは優しい子なのだな。皆を傷付けてしまうかもしれないから、部屋に籠もっていたのだろう。」

「う………。」

ジョットの理解ある言葉に、ハルはまたえんえん泣き出す。それをいい事にGは散らかった部屋を物色していた。

Gにもなんとなく黒幕の正体が解りだして来ていたが、確証が無い。彼女が滞在中のこの部屋。何もないと思われたが……。

「コハルは情の深い子だ。さあ私に吐き出すがいい。この能力はいつから現れ始めた?」

「……………このお屋敷に来た時です。ビアンキさんが迎えてくれて、部屋に行こうとして、誰かにぶつかって……、ハル、携帯落としちゃって。拾っているうちに………。」

「その人間はどこかへ去った?」

「はい。謝ろうとしたんですけど。………それで携帯を拾ったら、もう、さっきのドアノブみたいに捻れてて、わけが解らなくなっちゃって……。それから、ビアンキさんと新しく覚えたお菓子を作ろうとしたら、包丁もナイフもフォークも………。」

「………壊れる、と。」

不意にベッドから立ち上がり、辺りを見渡すジョット。天井を見上げ、一度深呼吸をしてから、再びベッドにいるハルに眼をやった。

「ありがとう、コハル。苦しかったろう。………私からのアドバイスだ、あまりびっくりしないように、怒らないように過ごしなさい。緊張はよくない。その力はお前の感情で動くのだよ。」

「はひ………。」

最後にハルの頭を撫で、Gに引き上げの合図をする。すっかり落ち着いた彼女は、静かに、ただ二人を見送ったのだった。

 

 

壊れたドアを素通りし再び廊下に出る二人。

大分ハルの部屋から離れた所で、Gがさっきの事を聞いた。

「なんで能力が緊張状態からなるものって解ったんだ?」

「コハルが"能力を目覚めさせられた"時は驚いて、料理は初めて作るもので、あげくここは他人の家。緊張状態が続くばかりだ、G。おまけに能力が緊張に作動して動くものだから脳が疲れて眠くなる。だからベッドから離れられない……。どうやら何かしらの感情が引き金になる場合もあるようだ。」

ハルの能力は念力に近いものだと言う。だからジョットは最初に精神を安定させる事だけを考えた。

「しかしG、コハルはぶつかった人間が解らなかった。ちょっと不都合が出てくるぞ………。ビアンキやらがいたのなら、屋敷内にいる人間の誰かと解る筈。しかし何も言わない、知らなかった、という事は。」

「下っ端の部下か、ボンゴレ以外の人間か……。」

「または、ビアンキが口を濁す相手………。ところでG、何か得たようだな?」

「おうよ。」

Gがズボンのポケットから取り出したのは、一つの小さな球。ジョットの手に渡してやると、予想外の重さに思わず落としそうになってしまう。鉛玉だ。

「鉛は念を通しにくいとか言うが………。どこで?」

「ベッドの下。転がってたぜ。」

「ただの鉛玉ではあるまい。見た所何かしら仕込まれていそうだ。………次はこいつだし、丁度いい調べて貰おう。」

鉛玉を仕舞うついでに、再び取り出される写真達。ジョットが一番上にしたのは、一人の技術者。不可解な物事を否定、証明するべき人間がこのような事に巻き込まれてしまったのは可哀想としか言いようがない。

「あ?、ちょっと疲れたぞぉ、G。」

「お前、人に優しくすると疲れるよな。」

「だからお前が私に優しくせよ。さあおぶれ。」

「お断りだ。」

 

 

***

 

 

その鉛玉は、直径二センチもない小さな球体。しかしずしりと意味深な重さがあった。

ジョットはそれを握り、技術室の扉を蹴り開ける。「たのもう!」と。

驚いた研究者達であったが、かのボンゴレ一世だと解ると文句も言えない。精密機械の中、ずかずか埃を立てて進む二人の目当ては──入江正一であった。パソコンのでパチパチやってる彼の背後に立てば、すぐになんだと振り返ってくれた。

「マーレの小僧の件では世話になったな、い、いり─……。」

「イリエ。」

「イリエよ!」

ヘッドホンを外し、あんぐり口を開ける事しか出来ないボンゴレの中で最高に位置する技術者。

彼の顔の前に例の鉛玉を突き出し、「あえてジョットは言わなかった」。

「…………僕達の事を、調べているんですね。」

「おお!そうだ。本当に私の考えている事を悟ってしまうのだな。」

入江の写真の裏に書いてあったのは「悟り」の文字。相手の人間が考えている事を、触らずとも読み取ってしまうという。

「僕も、二人と同じです。ある人にぶつかってからこの変な力が。もう最悪ですよ。ふとした時に頭に入って来るから……。」

「イリエよ、そのぶつかった男は?」

「獄寺くんさ。」

さらっと出てきた黒幕の名に、二人は「早すぎ」と突っ込む。

「僕はバジルくんみたいに遠慮する理由もないしね……。」

鉛玉を受け取り、椅子から立って色んな方向からそれを眺める。更に叩いたり手のひらの上で転がしながら、入江は続けた。

「脳を百パーセント使う事で、類い希なる能力を得る、なんて本当に創作の世界の話ですよ。」

「しかしお前はそれを得た。」

「ちょっと変な感じです。」

「それで、お前が能力に目覚めてから獄寺との接触は?」

「僕から。………聞いてみましたよ。なんでこんな事を、って。」

気になるのはその先なのに、入江は急に口をつぐんでしまった。

「……何か不都合な事があるのか?」

入江が「それ」を暴露する事により、何かが被害を被る可能性を考えた。脅されているか、または………。

「僕はあまり言えません。けれどあっちが特別な事情を持っている事だけは確かです。」

「そうか。ではイリエよ、お前は獄寺に協力者がいると思うか?」

特に変な質問でも無かった。けれど入江は驚き、黙って首を振る。疑ってくれと言っているような行動であった。

ジョットはほくそ笑み、Gの方へ向き直しはきはきと言いだす…………。

「Gよ、ビアンキやらは共犯者だと思わないか。そう考えれば、ハルとぶつかった時黙っていた事と合点が行く。姉弟なのだからな、可能性は捨て切れまい。」

「そうだな。」

「しかしそうするとバジルの問題が残る。獄寺にぶつかっただけで口を噤むか?」

「なわけねえな。」

Gも彼の意図を感じ取ったのか、大げさにうんうん頷く。

「では獄寺が"誰かに動かされている"と仮定しよう。バジルはそいつの存在に怯えているのだ。」

「獄寺より、エライ誰かに。」

「そうだよG?!獄寺よりエライ奴と言ったら?そして"動かされている人間が一人である"事は決まっていない!………なあ、イリエ?」

「…………。」

釣り餌を大分垂らしたが、入江はまだ何も言わない。

だが二人がじっと見つめて来れば、虎に睨まれた状態になり、追いつめられるばかりであった。

緊張に弱い彼がそんな空気に耐えられるわけもなく、あっけなく口を開く。

「………そんな事言わなくても………、さっきあなたの頭の中を覗いて……解っていましたよ。」

「だろうな。さあ、知っている事を────。」

「……ジョット!」

入江の唇が開いたと同時に、耳鳴りに似た音が響いた。

そして照明が落とされ、バリバリと電気という電気が空間を走り回っている轟音、電球、ガラス、強度が弱いものは全て壊れていった。

破片が飛び散る中、ジョットは閉じそうになる眼で何が起きているのか確認しようとする。

「G!」

先程まで隣に立っていたGが床に倒れていた。信じられない。何が、何をして、こうなったのか。

慌ててしゃがみ体に触れた時、ジョットの頭に鈍痛が走る。殴られた、という事にも気付けない程であった。

耳ざわりな音が鳴り続ける空間。二人は状況が掴めぬまま意識を無くした。

 

 

****

 

 

Gがふと眼を冷ます。まず、冷たい。

意識を浮上させ、身を起こすと自分が牢屋の中のような場所にいる事を理解した。四畳もないこの空間。鉄格子。

「なんだこれ………。」

格子に触れ、外を見渡すがただ長い廊下が続いているだけ。誰もいなかった。よくよく見れば窓一つないし、地下だというのに気付ける。屋敷にこんな場所があったのか……、鉄格子に付いているのは南京錠ではなく、電子機器である事から最近作られたのだろう。さて何の為に……?

とりあえず出なければ、とGは自らの服のポケットを探るが指輪一つ無かった。牢に入るにあたって奪われたのか。愛銃もホルダーも無い。

「ちっ……。」

仕方無く鉄格子を乱暴に揺らしてみるが壊れる筈もない。

大きな音が響くこの空間。それを聞きつけたかどうか、遠くから靴音が鳴る。

段々と近付いて、そして、止まった。

「隼人………!」

「うるせえ。」

「……黒幕のお出ましか。」

鉄格子越しにGと向き合ったのは、獄寺その人であった。綱吉と同じく、ボンゴレに起きている異変を探って欲しいと思っている側の。

「てめえ、ジョットはどうした!」

「初代様は連れてきていない。」

隼人は一つのファイルを持っていた。それを格子を通してGに渡し、少しずつ話し始める。

「………発端は、二カ月前。」

Gがファイルを開くと、最初に綱吉の写真と「何か」がつらつら書かれた書類が視界に入った。

「十代目があまりミスをしなくなった。」

「は?」

「いつもなら一日一度零すコーヒーを零さなくなり、書類における文章の間違いもなくなった。取引もすんなりうまく行くようになった………。」

獄寺の話を聞きながら書類を読むと「時間の巻き戻し」という言葉に眼が止まる。

綱吉も能力を持っていたようだ。

「そして十代目は無理に笑うようになった。」

「……………。」

「………人の脳が持つ無限の可能性。それは俺も知っている。全人類が特異なる能力を持っていても不思議じゃない。……俺は気付いた。」

渡されたファイルは、最後までびっしり写真と書類が入れられている。ボンゴレに関わり、能力に目覚めた人間達の。

「十代目は、小さな時間の巻き戻しだけではなく、きっと一年や二年、いやもっと大きな単位で巻き戻しを行っている。……何故か……?………何か、特別な能力を探しているんだろうと、俺は仮定した。」

「特別?」

「その特別な能力を使い、他の目的を果たそうとしている。」

「目的ってなんだ!」

解らないのか、もう知っているのか。それ以上獄寺は語ろうとしなかった。出し惜しみをするような態度に、更にGは苛立った。

「とりあえず出せ!俺が綱吉を捕まえて自分で聞く!」

再び鉄格子を揺らすも、虚しく音が響くだけ。獄寺も首を振り口を閉ざした。

そもそも、こんな檻に入れられたのか。その疑問が浮かんだ時、はっとGは気付いた。

「まさか。」

「…………。」

獄寺が綱吉の真意、求めている能力、全てを理解しているのなら。

「………綱吉が求める能力を持ってるのが、俺だって言うのか?」

否定も肯定もしない獄寺。

Gはファイルを床に叩き付ける。挟まれていた写真、書類が衝撃で床に散らばった。

Gの声、そして落ちた音が地下じゅうに反響する。

「…………お前。」

「あ?」

「ここに連れられて来るにあたって………、殴られたり………色んな傷を負っただろ……。その傷が治っている事、気付いてねえのかよ……。」

 

 

 

*****

 

 

壊れ点滅する電灯。漏電しぱちぱち鳴っている。

その音でジョットが意識を取り戻すと、まず頭に鈍痛を覚えた。

「G………?」

頭を押さえつつ上半身を起こしぐるりと見渡せば、半壊した空間に愕然とする。場所は変わっていない。確かにここはまだ入江の研究室だ。だがGが隣にいない。そして入江も。

ジョットはただ事ではない空気を感じ取り立ち上がる。同じくして、背後にいる人間に気付いた。見渡した、先程にはいなかった人間。

「おはようございます。」

「………。」

振り向けば、一人の少年。入江の椅子に、背もたれを抱くように座っている。

「綱吉の雷か。」

「はい。」

部屋中に散らばっているガラスや鉄の破片。これ等が飛んできたのに、ジョットには傷一つ無い。

がしゃがしゃ雑多な音を立てつつ、彼はランボの側に寄った。

「Gはどこだ。お前も…………………奴の回し者か。」

少しだけ、口にするのを躊躇った。出来れば、可愛い孫が黒幕ではない事を願っていたのだろう。

されど自分の最愛の人間がいないとあれば、それが黒幕の手によるものだと思えば、声を荒げるもやむなしだ。

「おち、落ち着いて下さい。Gさんは生きています。無事です。」

胸倉を掴まんと手を伸ばして来るジョットを制止しつつ、ランボは必死に釈明をし始めた。

「あの、鉛玉、みたいなの持ってましたよね。」

「ああ。」

「あれ盗聴器なんです。」

「……そうだとは思っていたさ。コハルの部屋にあるには浮きすぎて、まるで見つけてくれと言っていたようなもの。」

「それで………。」

「それでなんだ!」

声を荒げ、ランボを揺さぶる。異常なる能力達を探していた時には見せなかった表情。

「隠すな、綱吉の雷!私が何も知らずと思うてか?狙いは私かGであろう!世界で唯一、"力が目覚めなかった"私達が!」

「そ、そこまで……。」

……綱吉が何故能力を持ち、何度も世界を巻き戻しているのか。ジョットはこの調査を彼に持ち掛けられていた時から綱吉を怪しんでいた。

不思議な能力を持っていると断定し、写真を渡され、固定された調査対象。あげく「獄寺くんが頑張ってくれた」。

綱吉を疑わなければならない要素が揃っている。初めは、その言葉を信じ獄寺が黒幕なのではないかと思った。

けれど綱吉は、調査対象を絞った事で自分が能力者だという事を教えてしまっていたのである。「持っているだろう」、つまり先が見えていた。

綱吉には未来に何が起こるか知っていたのだ。更に自分達が唯一能力が目覚めず、いつか目覚める日をずっと待っていた。時間を何度も戻して。

「本当の目的はなんだ?私達を盗聴器まで付けて行動を限定したからには、それ程の……!」

ランボはぶるぶると首を横に振る。本当に解らないようだ。彼は主に命じられ、Gを連れ去るだけが仕事だったのか。

「…………すみません、獄寺氏の考えは俺にも解りません……!」

「………今、何と?……獄寺?」

掴んでいた胸倉から手を離す。ジョットの驚愕とした表情にランボも眼を点にする。てっきりジョットは黒幕は綱吉だと思っていたのだから。だがランボの口から出てきた名前は獄寺。最初からお互い食い違った会話をしていたのだ。

「Gを攫えと命じたのは獄寺なのか?!」

「え………最初から解ってたんじゃ……。」

彼の頭脳に、今までの事が蘇る。綱吉が考えていた事を、獄寺が知っていたとしたら?

知っていたからこそ、能力者に接触──……そうだ、あいつ等は獄寺が体に触れたから能力が目覚めた人間達。

───"面白いやつだから、楽しめよ"

「…………く、そ………、やられた………。」

全てが繋がる。入江が事情を話したがらない理由も。

獄寺の能力は「覚醒」。脳の内使われていない九十パーセントを目覚めさせ能力者にさせる。更に入江の悟る能力を使い、綱吉の思考を読みとった。

されどGとジョットだけは触れても目覚めない。そしらぬ顔で、二人が能力に目覚めるのを待つ綱吉に協力しながら、裏で暗躍していたのだろう。

綱吉より、先にその能力者を手に入れる為に。

ジョットの考える、裏の裏を掛かれてしまったのだ。獄寺か綱吉か、どちらかが黒幕ではなく、どちらも、別の形での黒幕だった……。

「G…………!!」

ランボを放り、ジョットは血相を変え研究室を飛び出した。行く先は決まっている。

Gは、その「目当ての能力者」だったのだ。目覚めたきっかけはまだ解らない。だが綱吉が何度も時間を巻き戻し、やっと目覚めた力。

獄寺も綱吉も、何を仕出かすか予想がつかない。

 

 

******

 

 

「……で?俺はどうなるんだ。」

鉄格子を揺らすのも飽きたか、Gは隼人から貰った煙草を吸い始める。吐いた煙は換気扇に飲み込まれ、地下に止まる事は無い。

己の能力は理解したが、獄寺と綱吉はそれをどうしたいのか。何にせよ、獄寺が綱吉より一歩先に出たのは事実だ。

「………二週間だけ、ここで暮らして欲しい。」

「は?」

「あんたがここにいる事は俺しか知らない。だから───。」

声の勢いは無くなり、獄寺は突然土下座をし出した。額を冷たい床に擦り付ける程に。流石のGも、普段の彼からは想像も出来ない所行に驚く。

「な、何してんだお前!」

「………頼む。二週間だけ。二週間だけこの牢で暮らしてくれ。二週間過ぎたら、何でもする…………!!」

彼が、綱吉やリボーン以外の人間に土下座をするなんて。それ程に彼を追い詰めるものは何か、いや考えれば解る。これは紛れもなく懇願。

「……俺がここにいるという事と、綱吉と関係が……。」

「十代目が………っ。」

獄寺が掠れた声を出した。

「………入江の能力で、俺は、十代目の考えを知った。」

「それは解ったから。どんな頭ん中だったんだよ?」

「………。」

意を決したか、ゆっくりと頭が上がる。そしてその眼で、真っ直ぐ見つめて来た。寄せられた眉間の皺が、彼の感情を表しているようだ。

「………未知の伝染病が流行り、白蘭によってワクチンが広まる話は知っているだろう。」

かつて名のある剣士が掛かった伝染病。特効薬の開発が間に合わず、世界が終わらんとした時、パラレルワールドにおける、存在する全ての自分と意識が共用出来る白蘭によりワクチンがもたらされた。それにより、世界は救われた──が、白蘭のパラレルワールド支配は綱吉に阻止される。

未来が変わった為、白蘭は現れないが……。

「その伝染病が、二週間後、世界中で流行り出す。この世界に白蘭はいないから、ワクチンの開発は間に合わない………!」

「おい、まさか。」

獄寺の体が崩れ、顔を隠すように、再び土下座の格好を取る。Gにも段々と彼の考え、綱吉の思考を読み取れて来た。

「俺がッ、その伝染病に掛かるんだ!そして死ぬ!………だから、あんたを、あんたの能力を探してたんだ。」

獄寺が、伝染病に掛かり、死ぬ。それは決定事項。綱吉はそんな未来を認めず、何度も時間を巻き戻していたのだろう。

永遠と、この悪魔の「二週間」を過ごしていたのだ。Gの能力が目覚めた今まで。

「解った、だが俺を監禁する必要はねえだろ?その伝染病を俺が治してやりゃいいんだからよ。」

「………治って、終わりじゃねんだよ………。俺が治った事で………、初代様が、初代様が………ッ、死ぬ…………。」

「…………は?」

煙草が、指と指の間からほろりと落ちる。冷たい床で燃える事も叶わず次第に熱を失って行った。Gは眼もくれず、再度鉄格子を握る。

「お前を治す事でジョットが死ぬ?なんだ、その伝染病か?俺がこの能力を持っている限り誰も死なねーだろ!」

「………。」

ぽそり、獄寺が呟く。声が小さすぎて聞こえない。Gが脅すように「なんだ」と言えば、少し大きな声で再び息は声になった。

「………あんた………、能力の代償は知ってんだろ………?」

「眠くなるってやつか。」

普通に生きていれば使わない脳を使うせいか、負担が大きく能力者は力を行使した後睡魔に襲われる。だが、Gの能力の代償は別だ、と獄寺は言った。

「命の………輪廻を乱す事は許されない。誰かが生きるならば、誰かが死ぬ。」

それは昔から決まっていた事。誰もが、口には出さないが知っていた。暗黙の約束。

「……G、お前の能力は治癒だの、人を生き返らせる能力じゃねえ。命の個数を守る、運命の力。」

「意味が………。」

「解れよ!誰かが生きたら、誰かが死ぬ!誰かが治ったら誰かが病気になる、それだけの力って事なんだよ!」

Gの能力は、「命の移動」。

一人、生き返れば変わりに誰か死ぬ。一人、病気が治れば変わりに誰かが病気になる。増えすぎず、減らし過ぎず。命の螺旋を守る能力なのだ。

「限にあんたは、自分の傷を勝手に癒やした事で初代様を傷付けた……。」

「?!」

「自分の体にはオートで働いてる事に気付けよ。あんたはこれから、死ぬ事も傷付く事もない。寿命を迎えるまでな。」

ジョットの傷も気になるが、大事なのはその先。二週間後。

伝染病で死ぬ予定だった獄寺を治す事で、変わりにジョットが…………死ぬ。

「………生かす人間はあんたが選べるが、死なせる人間は選べない。十代目はそこまで解っていらした!………だから、…………俺は恐ろしい。初代様を、死に追いやってでも………。」

「自分を生かそうとする綱吉、か。胸糞悪い話だ。…………だがよ、隼人。お前、俺を二週間閉じ込めて何をしたい。まさか、運命通り死んでジョットを助けるとか言うんじゃねえだろうな?」

黙る彼を見て、図星を射抜いてしまった事に呆れる。面倒な男だ。しかしそれが獄寺隼人という男。

「あんたはここで暮らしているだけでいい。俺がちゃんと死んでから牢から出すように遺言は残すつもりだ。」

「ちゃんと死ぬって、おい。」

もう口は開かず、付いていた膝を上げて獄寺は立ち上がる。もう彼は決めていたのだ。Gの考えなど関係なしに。

「待て、隼人!おい!出せ!」

無言で立ち去る彼に浴びせる声も、ただ地下に反響するだけ。靴音は遠のき、やがて消えた。

最早Gに出来る事はない。この牢の中で獄寺が死ぬのを待つのみ。

誰の為にこの能力は存在するのか………。もどかしさに耐えきれず、Gは頭を鉄格子に叩き付けた。

「二週間過ぎたら何でもするって………。死んだら無理だろうが………。」

 

 

******

 

 

「ええ、俺は知っていました。Gさんの持つ無限の可能性を。……俺、色々やってみたんです。ワクチンの開発が早まるように金を撒いたり、彼が伝染病に掛からないように監禁したり。でも駄目だった。魂の運命は変えられないみたいです。………だからお願いです。Gさんしかいないんです。俺は獄寺くんを失いたくない。本当は誰も失いたくない!でも、でも、でも…………。自分の事、最低だって、鬼だって、屑だって思ってます。出来る事なら俺が変わりたい。俺が彼の命の代わりになりたい。………そんな事………出来ないんですけどね…………。」

「綱吉…………。」

全てを知った上で、私は綱吉に問うた。何故こんな事を、と。

……なんと残酷な質問をしたのだろう。予想出来た筈だ、綱吉がこんなにも思い詰めてたぐらい。わざわざ言葉にさせるなど私は最低だ。

「……他の方法を探そう。きっと何かが……。」

「何か、ってなんですか?俺はずっとそうやってきた。何か、何か、何か、何か、って……。でももう、限界です。Gさんの力が目覚めたこの世界で、………終わりにします。」

今まで巻き戻した記憶がある綱吉と今の私を比べてはいけない。同じ事を繰り返しているとしても、記憶があるかないかは大違いだ。

だからどんな事を言えばいいのか解らない。その場しのぎの慰めなど更に綱吉を、獄寺を惨めにするだけだ。

「……獄寺くんは今Gさんを監禁して、それを阻止しようとしてます。なんと見つけないと……。」

「本気か?」

「………はい。」

二人が争うような事だけは何としても避けたい。だが私には何の力もないのだ。せめて私にも、力があったのなら。

「綱吉、……教えてくれ。私は何の能力も目覚めないのか?」

「はい。あなたは何もありません。ずっとそうでした。」

嘘を付いてる眼ではなかった。というか、綱吉が私に嘘をつく筈が無い。絶望的だ……。こんな時に何も出来ないだなんて。私はなんて小さな存在なのだろう。

「では。」

綱吉が私の横を通り過ぎ、執務室から出て行こうとする。無力。可愛い血の繋がった人間すら助けられずに何がボスだ。唇を噛み締め拳を握る。自分がいかに矮小で短絡的だったか。今になってよく解った。

この問題は、私一人……獄寺の為に死ねばいい事。答えなどとうに出ているではないか。

「………!獄寺くん………。」

綱吉の声にはっとし、振り向けば、ちょうど執務室のドアを開けた彼がいた。

「如何なされました、十代目?」

いつも通り、微笑み掛ける姿に背筋が凍る。「自分は何も知らない、何も無かった、Gの事も教えない」と無言で諭されているようだ。

「……いい所に、獄寺くん。Gさんは?」

「G?さあ、知りません。」

獄寺は自分が死ぬまでGの居場所を教える気は無いのだろう。白々しい態度に、沸点を通り過ぎたのはやはり綱吉だった。

愛する右腕の胸倉を掴み咆哮する。

「教えるんだ、獄寺くん。ボスとしての命令だよ。"Gさんの場所はどこ"?」

「解りません。」

「俺の命令に逆らうのかい?」

「何を仰います十代目。俺があなたに嘘を付く理由などありません。」

「白々しいよ。」

「綱吉!」

走り寄り獄寺から手を離させ、私の方へ体を向かせた。鬼というべきか、この表情は。静かな顔ではあるものの、自身の目的を果たそうと揺らぎない炎を燃やしている。

「……初代には、関係無いでしょう。」

「私をこれから殺す癖にひどい言い草だな。」

獄寺の為に私を変わりに死なせる事に躊躇いは無いようだ。それでいいさ、綱吉。私がお前の立場でもそうしただろう。

愛する者が生き延びて、最低な選択をした自分を軽蔑し離れていくと知っていても、生きているならそれでいい。生きているだけでいいのだ。

……冷静になってみれば、私はどちらかといえば綱吉の考えに賛成する事に気付いた。私が死ねば丸く収まるのなら……いいではないか。

綱吉はそんな私の自己犠牲精神をよく解っている。利用している。獄寺の為に、本当の鬼と化したか綱吉。

「………十代目。」

緊張の糸を切るように、獄寺が観念して唇を開く。

「俺には出来ません。耐えられません……。」

「……何がさ。」

「……俺の命の為に、鬼になってしまう貴方が。十代目の意にそぐわない選択をさせてしまうなど………。」

「違う。これは俺が望んで決めた事だ。」

「いいえ違います。こんな事、貴方は望んでいない。」

「違う!!」

痛い所を突かれ、表情が曇る綱吉。二人は泣きそうになりながら言い争う。

答えがない事態。状況。関係。言葉。何が正しいのかも解らない。どちらが譲歩しなければ、答えに近い結末を迎えられない。

……いいや、正解は私が死ぬ事。

「……獄寺よ、綱吉の考えを汲んではくれまいか。」

「………何を仰います……、初代様、残されたあいつの事を考えて下さい!貴方に死なれたら、Gはずっと一人です!」

脳天に雷。

私にはGがいる。Gは私が死んだら、ちゃんと幸せになれるだろうか?生きていけるのか?……なあに大丈夫さ。だってGだぞ?私なんか……。

「俺がGの立場だったら、最愛の人を他人の為に無くしたなんて耐えられない。きっと、原因になった奴を殺します。」

「獄寺くん!」

「だってそうじゃないですか……。自然死ならまだしも、故意に死んだなんて。他人の為に。自分じゃない、誰かの為に……。気が狂っちまいそうです……!」

獄寺は両眼を手のひらで覆い隠す。今にも涙を零してしまいそうに違いない。今の言葉は、深く私に突き刺さった。私が死ねばいい、なんて簡単な話ではなかったのだ……。

「……だから、Gの場所は教えません。絶対に。」

「獄寺……。」

自然と獄寺の顔に手が伸びる。涙を拭けと、頬を撫でた刹那であった。

私の頭が痛んだのは。

「………!」

「初代?!」

膝を床に落としてしまう程の痛み、二人が慌てている。

頭の中で、今までの全てが駆け巡った。綱吉、獄寺、そしてG。

沢山の事が繋がって離れ、離れては繋がり、私の脳裏に焼き付いていった………。

私、今になって獄寺に触れた事で………?

「初代様?まさか………。」

「……解ったよ、綱吉、獄寺。」

私の隠された、力の正体。

何故、獄寺にGの能力を発動させた際の代償に都合よく選ばれたか……。今解った。

全部私の能力のせいだったのだろう。

 

 

*******

 

 

俺とジョットはいつだって一緒だった。何をするにもやるにも。

 

友達と言うには寂し過ぎる。相棒と言うには高尚過ぎる。恋人と言うには陳腐過ぎる。家族という関係が一番最適だ。

俺はジョットの一部でジョットは俺の一部。お互いがお互いに依存しあい生きてきた。

 

「……無事だったか、G。」

「あ。」

鉄柵越し、眼前に現れたジョットには流石に驚いた。だって獄寺、お前ここに俺がいる事は誰にも教えないんじゃなかったのか。もうバレたのか?

「今出してやる。」

呆気なく牢も開かれ、俺は何時間かぶりに自由になった。監禁には何の意味があったんだよ。

「どういうこった?」

「"他の方法"が見つかったんだよ。」

牢から出た途端、ジョットが抱き付いて来た。背伸びして、俺に顔を近付けて。数時間会えないだけでこんな可愛くなるんだ、ま、監禁ぐらい忘れてやるか。

抱き返してやれば、ジョットの腕の力が更に強まった。手が頭に掛かり、キスでもしたくしょうがないみたいだな。

「なあ、ジョット、獄寺達は─……。」

「……G、想像してくれ。私が死んだら、悲しんでくれるか?」

「何言って……。」

「想像して。今。」

何を言っているんだ、こいつは。

俺の人生はジョットの為にあると言っても過言ではない。ジョットは俺の全てだ。

それを無くすだと?悲しみで済ませてたまるか。

「………悲しい、つーか……自分自身に苛立って来る。お前を死なせた俺によ。」

「……そうか。」

この答えでジョットが満足するかは知らねえ。だがこれが俺の本心だ。

ジョットの為に生きて、ジョットと共に生きて、ジョットを守る為に生きる。それが──…………。

「ありがとう、G。」

ジョットの両手が、俺の頭の両脇に置かれる。

 

その時、俺の視界は闇に包まれた。

 

 

 

 

「伝染病、収束宣言出されたそうです。」

「そりゃよかったな。」

世界を揺るがせた例の伝染病は、わりと早くワクチンが作られ被害を最小限に収めたようだ。まあ俺には関係ないが。

綱吉に話を振られても大した興味が沸かず、昨日の任務の報告書を投げて執務室を出る。獄寺が何か言っていたが無視した。さて煙草でも吸いに行くか。

「あ!Gさん!」

何かを言い忘れたらしい綱吉がドアから顔を出す。面倒くせえが振り向いて「なんだ」と返す。

「国の慰霊式典、護衛お願いしていいですか。獄寺くん他の仕事入っちゃって。」

「わかったわかった。」

俺はボンゴレに仕える男だ、ボスの命令なら何だってやる。

 

俺自身がボンゴレにいるきっかけは、先代のボスに拾われたから。居場所をくれたボンゴレの為に俺は生きている。誰であろうと、このファミリーを脅かす奴は許さない。その為には何だってする覚悟だってあった。

ボンゴレの為に。

 

 

 

(………G、思い出したか?)

 

 

 

私の能力は、記憶の操作。

対象に触れれば、記憶を消したり、新たな記憶を埋め込んだり出来る。

私は全てに気付いた。いや、あの瞬間、蘇ったんだ。

この繰り返す世界を操っていたのは綱吉ではない。私だ。時を戻す綱吉を利用し、記憶をすり替えて私が望む未来が来るまで拷問を強いていたのだ。

綱吉は「Gの能力が目覚めたのはこの世界が初めて」と言っておきながら、その能力の実態を知っていた。おかしいではないか。他にも、致命的な矛盾、いや記憶の誤差がある。都合のいい「もの」だけを綱吉達に埋えつけ、私の思い通りになるように動かしていた。

そして最後には、私自身を忘れさせる。

獄寺の変わりに死なねばならぬ私の運命。変えられぬならば、それを取り囲む人間の記憶を変えればいいだけの事。

つまり、私がいたこと、私がGを愛したこと、私が死んだこと、全てを消し他の記憶を与えた。そうすれば私が死んで悲しむ人間はいなくなる。

Gも後悔し誰かを憎んだり殺したりもしなくなるだろう。

 

………あの後すぐに綱吉と獄寺、いや私を知る人間達の所へ向かい記憶を操作した。忘れさせた。

最後のGの場所へ行って終わりにしたのだ。

私を知らぬGは、伝染病に掛かった獄寺を躊躇い無く助けるだろう。人知れず私は死ぬ。

誰も悲しまない。これぞ大団円。

 

だが私は、どこかで、Gだけは、思い出して欲しい、悲しんで暮らして欲しい気持ちがあったのだろう。

それがこの事態の正体。

まったく同じ事を繰り返し「Gが死んだ私を思い出して」くれる事を望み、全ての人間に拷問を強いている。

でも今回も駄目だった。

もう一度だ、G。次の時こそ思い出してくれるよな?

そうやってもう、この世界の単位では数えられない程繰り返してしまった。

でも、次こそ。次こそ。次こそ。私自身も記憶を消去して始めようではないか。

 

さあ、もう一度。最後だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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