方向オンチ少年シリーズ@〜桜〜
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道−sakura−

 

 

 

 

城ヶ埼徹は方向オンチだ。

ただし、世の中の方向オンチな人が皆この男のように世界を見ているのだと

すればである。

私たち人間が見る一般的な世界といえば動かない無機物。

工事でもしないかぎり変わらない道路。

ここまで上げたものは当たり前ではあるが、城ヶ埼徹にとってだけは

常識ではなかった。

つまり、ファンタジーやミステリー、果てはホラーな世界こそが常識であり

私たちの住む世界が非常識なファンタジー世界なのだ。

 

そんな城ヶ埼徹が桜を見つけたのは

“見た目がむかつくから”という理不尽な理由から上級生に殴られた日。

毎日通う道をなんとなく通りたくなくて曲がる道を一本変えた。

案の定帰れるはずもなく見たことのある景色を探し、元の道を戻るという

選択肢を忘れていた。

「また、迷ったの?」

ふいににシャガレ声の猫のみみが徹へと声をかけた。

もちろん他に人が通ったとしてもみみは、にゃ〜と鳴いてるだけだ。

「いや、新たな道を発見したくてね。」

“新たな発見"そう言ってしまえばカッコはつくがそれならば

目的の家に着く前に迷っても「新たな発見をしたくてね。」

で通るということになる。

 

「ばか言ってんじゃないわよ。」

みみがガラガラの嗄れ声を一層ガラガラにして笑った。

徹はもちろん冗談で言ったのでつられて笑った。

「でもほら、こんな綺麗な桜を見れた。」

この言葉はあながち嘘ではなかった。

「綺麗な桜は人を狂わすのよ」

みみはついておいでと徹の右前にある塀を歩き出した。

「ああ。じゃあ、あの木の下には死体?」

徹はちらっと桜の木を振り返るとみみの後ろを追いかけた。

「あんたね、方向オンチだって自覚してるなら適当な道通らないこと。」

みみは徹の母親っぽい口調で言った。

まあ、みみは半分妖怪化しているらしく

徹よりもずっと長い年月を生きてきたらしい。

「わかってるさ、ただ今日は・・・。」

言いかけて徹は人が前から歩いて来るのに気づき口を閉じた。

「ここまで来れば後は分かるでしょ?」

そう言ってみみはわざとっぽくにゃ〜と鳴いて塀の反対側へと消えた。

「おせっかい・・・。」

徹はみみの姿が消えたのを確認すると呟いた。

 

みみと別れて少し歩くと極普通の一軒家が現れる。

そこが徹の家だ。

徹は家に帰ると顔を洗う癖というか習慣があった。

「イタ。」

上級生に殴られた傷が水でしみる。

そもそもなぜ徹があの道を通ることになった理由を思い出した。

「忘れてたな・・・。」

赤く切れている口端を痛いのでそっと触れる。

徹は元来、後ろ向き思考の人間であった。

例えば小学生のときクラスに一人はいるガキ大将に足を引っ掛けられ

転んだとき、言い返すこともできないのにいまでも根に持っている。

そんな徹が桜を見ただけでそのことを忘れることが出来た。

それだけで奇跡的なことだった。

 

次の日の帰り道、徹はみみへの言い訳に「昨日通った道だろ。」

なんて言い訳を考えながら桜の木へ向かった。

方向オンチな徹にしてはなぜか道を間違えなかった。

徹自身も不思議に思ったがなぜかみみの後ろを歩いている時のような

導かれた感じがあったのでさほど気にしなかった。

徹には日常茶飯事なことなのだ。

桜の木の前に着いた時、徹は昨日と違う景色を見た。

桜の下に男が座っていたのだ。

「ここはあなたの場所ですか?」

徹に気づいた男が突然声をかけてきた。

「いえ、呼ばれてきただけです。」

徹は抵抗もなく思うことを言った。

「そうですか、じゃあ一緒だ。」

目じりにあるシワを一層しわくちゃにして男は微笑んだ。

「座ってもいいですか?」

徹は「隣に」と付け足して男の横を指差した。

「ええ、もちろん。」

男はまた微笑んだ。

徹は男と他愛もない会話を楽しんだ。

学校の嫌いな先生だとか、近所に住むお節介猫の話。

この男には話してもいいと思った。

あまり人との会話を好まない徹だったが聞いて貰える嬉しさに浮かれていた。

男は自分からは話さず徹の話しを微笑みながら相槌を打った。

日が暮れるまで徹と男は話続けた。

 

それから毎日のように徹は桜の木の下に通った。

男はあの日からずっとそこに現れつづけた。

やっぱり、男は何も話はしなかったけれど徹は聞いてくれるだけで

嬉しかった。

一つの季節が終わる頃、男は徹に別れを告げた。

「もう、会えなくなる。」

ただ一言男は告げた。

「そっか、もう春も終わるしね。」

徹は寂しそうに男に返事した。

「気づいていたの?」

男は申し訳なさそうに言った。。

「だてに生まれたときからこの体質やってないよ。」

何も話さなかった男がその日はいつもの徹以上に話した。

自分がこの桜の木で、春に形を貰ったこと。

もうすぐ切られてしまうこと。最後の願いだと頼んだと言う。

話の途中悲しくはないのと徹が聞いた。

「もう枯れるのは決まっていたから」

と男は、いや桜は言った。

最後にたくさん話しをしたかったから徹を呼んでもらったとも言った。

みみとも初めから知り合いだったらしい。

全ての話しを聞いたとき、辺りは真っ暗だった。

「もう帰らなくちゃ。」

徹はぶっきらぼうな笑い方をした。涙を堪えていた。

「さよなら、徹君」

桜は初めに見せた笑顔で微笑んだ。

口を開くと泣きそうで徹はただ手を振った。

 

後日、徹は切られた桜の前にいた。

切り株を背もたれに地べたに座った。

次の季節を暗示する青空を見上げ徹は涙を流した。

爽やかな風に吹かれて徹は目をつぶる。

 

プライドの高いみみがあの後謝りに来た。

みみも桜の木を好きだったんだろう、どこか寂しげだった。

もう少し経って暑い日ざしが続くようになったらあの上級生達に

言いに行こう。

どうせ殴られるなら言いたいことを言った方がいいと思う。

徹は少し大人になった、そんな気分に肩をすくめた。

 

 

 

 

 

END

 

説明
方向オンチな上ヶ崎透の日常を描いた
不思議系小説。

@とAは6年ほど前に書いたものです

現在Bを新たに執筆中。
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