真・恋姫無双〜君を忘れない〜 三十九話
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朱里視点

 

――出陣前夜

 

 私は雛里ちゃんと共に戦略の最終調整を行っていました。曹操さんが南征するというのが、あの人が意図的に作りだした情報であると見抜いたのは雛里ちゃんでした。

 

 曹孟徳――覇王と称するあの人が、少しだけ水軍の調練をしただけで南征を決行するということを疑問視し、細作から上がった、張遼さんが苛烈な調練を騎馬隊に課しているという事実から、曹操さんが馬騰さんと戦うのではないかという結論に至りました。

 

 おそらくその事実に気付いたのはまだ私たちだけでしょう。常識的に考えれば、この時期に馬騰さんと敵対して討伐に向かうなんてことはありえないのです。

 

 曹操さんにとっては大陸を手中に納める好機。ここで荊州を制圧することに成功すれば、否応なく天下は曹操さんの許に転がり込んできます。時間をかければ、それだけ相手の準備も整ってしまう。普通に考えれば、今を逃すことはないでしょう。

 

 でも、私たちは曹操さんに直接会ったことがあります。噂でも、報告における情報でもなく、この目であの人の姿を捉えたのです。圧倒されるほどの凄まじい覇気を纏い、正に王と称するに相応しい人物でした。

 

 彼女は王だからこそ馬騰さんに挑む必要があったのです。王としての矜持を守るため、彼女がもっとも評価する西涼の王――馬騰さんと戦い、彼女を従えてこそ、曹操さんは名実共に王となると考えたのでしょう。

 

 劉表さんは勿論のこと、孫策さんや益州にいる天の御遣い――北郷一刀さんも、その事実には気付かないはずです。彼らは私たちと異なり、曹操さんとの接点が明らかに少ないのですから。

 

 唯一孫策さんだけは反董卓連合の際に会っていますが、それだけであの人の本質を見抜くことは出来ないでしょう。況してや、孫策さんは直接曹操さんに狙われている立場にある以上、そのような冷静な分析を行うのは容易ではないはずです。

 

 おそらく曹操さんの臣下の方々も直前までこの事実を知らせていなかったはずです。味方にすら伏せてまで、馬騰さんと決着を付けたかったのは、誰にも邪魔をされたくなかったからでしょう。

 

 どこの陣営にも各国の細作は放たれています。既に大陸には限られた人しか残っておらず、情報をきちんと掴むことは戦略的に重要になってきます。

 

 そう考えると、ここまで馬騰さん討伐のことを隠しきった曹操さんの手腕には唸らされます。どんなに隠そうとも、戦の準備なんて隠せるものではありません。

 

 水軍の調練も、おそらくは孫策さんとの戦への備えという意味合いもあるのでしょうが、時期を考えれば、南征を示唆するとしか思えません。

 

 おそらく各陣営も曹操さんの南征に備えていたに違いありません。実際、劉表さんも私たちがこの事実を告げるまで、曹操さんの侵攻を恐れて震えあがっていたみたいですし、孫策さんも対曹操さんを前提に戦略を練っていたはずです。

 

 従って私たちが動く機会はここしかないのです。誰もが曹操さんを注目している中、少しずつ兵を襄陽の東に終結させました。

 

 益州への出兵に際し、私たちだけの兵力では太刀打ちできませんでしたが、劉表さんから三万の兵を借り受けたので、私たちの軍勢はおよそ五万です。

 

 本来、益州を攻略するのならば、この倍程度の兵力が望ましいのですが、反乱に疲弊し、また今回の出兵に気付いていない虚を突けば、永安を陥落させることは出来ます。

 

 永安は反乱軍の本拠地であり、現在は成都に代わり州都の役割をしているそうです。この地さえ落としてしまえば、益州全土を手中に得ることは容易でしょう。

 

 益州の地を手に入れさえすれば、私が描く情勢――天下三分の計も成ります。曹操さんや孫策さんに対抗するには、必ずこの地を得なくてはなりません。

 

 桃香様はどうお思いになるかは分かりませんが、益州の地を得ることが出来れば、劉表さんから独立することも可能です。私たちは劉表さんの客将という立場ですから、制圧した益州は劉表さんに献上すべきなのでしょうが、今は乱世です。

 

 益州を拠点に、荊州さえ手中に納めれば、曹操さんとも対等に渡り合うことが出来ます。中原、河北は長い戦乱から民は疲弊し、南へと流れ始めています。

 

 益州は反乱こそありましたが、その肥沃な土地は民に潤いを与え、荊州の地は劉表さんの統治下で名士が集まり、人材に富んでいます。この二州を併せることが出来れば、桃香様の天下も近づくでしょう。

 

 桃香様が望む世界――争いが無く誰もが笑顔で暮らせる世界の実現。それはまるで子供の夢物語のようではありますが、私たちは桃香様の願いに己を託すことにしました。

 

 水鏡女学院を出てから、雛里ちゃんと二人で自分たちの理想の主を探すために各地を転々としました。勿論その道中で馬騰さんや曹操さんの噂を聞いていたのですが、あの人たちにはそもそも軍師は必要ありません。

 

 馬騰さんは武力による統治をしています。力で抑えつけるというまるで暴君にも似た行為を、あの人は自らの器で完全に御し、暴力と平和という相反する事柄を同一にしています。そこに私たちのような軍師が介入する余地はありません。

 

 曹操さんは人材を広く集めることで有名です。ときには無理矢理にでも連れ去る程、才能というものを愛しています。ですが、曹操さんは才能を、その持ち主を愛しているだけで、人材そのものを求めているわけではないと思うのです。

 

 私たちは自分たちの理念に共感できて、私たちの実力を如何なく発揮できる場所を求めました。あのとき、白蓮さんの許で桃香様に出会えたのは、正しく奇跡と言って良かったでしょう。

 

 私たちはどんな手を使ってでも桃香様を大陸の王にします。大陸に住まう全ての民が幸せにすることが出来るのはあの御方をおいて他にいません。

 

「朱里ちゃん、桃香様はまだ部屋にいるのかな?」

 

 そこで私の思考を断ち切るように雛里ちゃんが声をかけてきました。

 

「そうみたいね。まだ曹操さんに言われたことを気にしているみたいだよ」

 

 私たちは袁術軍に敗走し、逃げ場を失っていました。犠牲者を出さずに皆で逃走するために桃香様が為された決断が、曹操さんの領地を通って荊州まで逃げるというものでした。

 

 愛紗さんが単騎で曹操さんの許まで使者として向かいました。曹操さんは主のために危険を顧みずに行動した愛紗さんの行動を評価し、私たちが曹操さんの領地を通過することを許諾してくれました。

 

 ――愛紗さんを通行料して渡すことを条件に。

 

 桃香様はその条件を拒絶しました。いくら全軍が無事でいられても大切な義妹がいなくなるのでは意味がない――それが桃香様の意志でした。

 

『劉備、甘えるのもいい加減になさい!』

 

 曹操さんは桃香様に向かって一喝しました。王たらんとする人間が、大陸の民を救おうと言う人間が、自分の家臣と数万の将兵を天秤にかけ、家臣を選ぶなんてことはあり得ない、そう言ったのです。

 

『皆が笑顔で暮らせる世の中――そんな理想を語るのは良いでしょう。だけどね、綺麗事だけでは人は生きられないのよ。実際、貴女がそんなことばかり言っているから、見てみなさい、貴女を慕って従ってきた兵士たちを。袁術なんて愚物に敗北し、傷つき、明日を生きていけるかどうかも定かではないのよ。貴女は彼らに何て言うのかしら?』

 

 曹操さんの言葉を受けて、桃香様は何も言うことが出来ませんでした。結局、曹操さんの温情を受ける形で領内を通過することは許され、私たちは荊州まで落ち延びることが出来ました。

 

『劉玄徳、貴女が私同様に大陸の覇者を目指すのであれば、次に相見えるときは王として正々堂々と決着をつけるわ。それまでに精々自分が王の器かどうかを見定めることね』

 

 去り際に曹操さんはそう言われました。

 

 それからというもの、桃香様は塞ぎがちになることが多くなりました。曹操さんの言葉がかなり堪えたのでしょう。浮かない表情をしていることが多々ありました。

 

 私と雛里ちゃんが政を、愛紗さん、鈴々ちゃん、星さんが軍事を主に担当することで、少しずつでありましたが、力を溜めこむことにしました。

 

 桃香様は傷つく必要なんてありません。私たちは桃香様の手足であり、桃香様は私たちの王なのですから。

 

「朱里ちゃん……」

 

「何? 雛里ちゃん?」

 

「あわわ……やっぱり何でもない………」

 

「何か戦略的に不安な点でもあった?」

 

「ううん、そういうことじゃないんだけど……」

 

 雛里ちゃんはそのまま帽子を目深に被ってしまい、何も話してくれませんでした。私と雛里ちゃんが練った策に、今のところ穴は見当たらないと思います。

 

 この戦に私たちは全てを賭けます。桃香様を大陸の王にするために。この戦には決して敗北は許されません。

 

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雛里視点

 

「朱里ちゃん……」

 

「何? 雛里ちゃん?」

 

「あわわ……やっぱり何でもない………」

 

「何か戦略的に不安な点でもあった?」

 

「ううん、そういうことじゃないんだけど……」

 

 ――この戦を桃香様は望んでいるのかな?

 

 その台詞をとうとう口にすることは出来ませんでした。そんなことを言ってしまえば、きっと朱里ちゃんは困惑してしまうし、将兵の皆さんの耳に届けば、収拾がつかない事態になってしまいます。

 

 朱里ちゃんとの話し合いも終わり、私も自分の部屋へ戻ろうとしました。

 

「お、雛里ではないか。朱里との軍議は終わったのか?」

 

「あわわ……星さんですか。驚きました」

 

 既に夜更けという時間に、急に中庭から声をかけられ驚いてしまいましたが、声の正体は星さんでした。月を見ながら晩酌をしているようです。

 

「どうしたのだ? そんなに浮かない顔をして……」

 

「あの……実は……」

 

 私は勇気を振り絞って星さんに打ち明けることにしました。雛里ちゃんには言えなかった私の気持ちを。星さんだったら、きちんと私の考えを、感情論を挟まずに受け入れてくれると思いました。

 

 曹操さんから厳しい言葉を受けた桃香様は酷く傷ついていました。自分の考えを全面的に否定されたのです――証拠まで提示されて。桃香様の気持ちは私には分かりませんが、あんなに悲しそうな顔をする桃香様を見るのは初めてでした。

 

 しかし、残念なことに誰も桃香様を慰めようとはしなかったのです。曹操さんの非難をしても、桃香様の傷を癒そうと、桃香様に寄り添おうとする人はいませんでした。

 

 私は一度桃香様の居室を訪れて、桃香様の気持ちを聞きました。桃香様は悲しそうな、自嘲的な笑みをしながらただこう言ったのです。

 

『もう分からなくなっちゃった。どうすれば皆が笑って過ごせる国に出来るのか』

 

 その表情にはあの眩しい笑顔の面影ありませんでした。何度か泣いたか分からないその瞳は赤く腫れあがり、きっと誰かに助けを求めたくて仕方がなかったのでしょう。

 

 私を含め、桃香様の許には桃香様を王にしようと尽力している人が多くいます。桃香様はきっと私たちを失望させたくなくて、がっかりさせたくなくて、たった一人で痛みを堪えていたのでしょう。

 

 私があのとき居室を訪ねたとき、とうとう我慢できずに自分の本音を吐露してしまったのだと思います。桃香様はこのことを誰にも言わないで欲しいと、私にお願いしました。

 

 しかし、益州侵攻が決定し、あれよあれよという間に軍備が整う中、私だけはそれを奇異の眼差しで見つめていました。

 

 その進撃にはまるで桃香様の意志が組み込まれていなかったのです。策を立案したのは朱里ちゃんでした。私の発言がきっかけだったみたいですけど、見事なまでに仕上げたのです。

 

 愛紗さんと鈴々ちゃんが、桃香様の名代として劉表さんに謁見して兵の借り受けの交渉をしたようです。曹操さんを異常に恐れている劉表さんからすれば、益州という地を確保し、曹操さんとも対等に渡り合えると説かれれば、首肯せざるを得なかったでしょう。

 

 愛紗さんはそれを――結論のみを桃香様に確認したようです。桃香様は承諾したみたいですが、今さらそれを拒絶することなんて桃香様に出来るわけがありません。

 

 誰もそのことに口を挟みませんでしたが、桃香様はこの争いを望んでいるのでしょうか。桃香様は元々、戦ではなく、話し合いで平和を造り上げることを理想としていました。

 

 しかし今回の戦――そうこれは話し合いではなく、戦なのです。そのことに誰も疑問を感じることはなかったのでしょうか。

 

 私たちの兵の士気はかなり高かったのです。皆、曹操さんから桃香様を侮辱されたと聞き、曹操さんを見返すために、いずれ曹操さんを討ち果たすために、この戦で勝利し、桃香様の天下を願っています。

 

 ですが、桃香様の意志はどこにあるのでしょう。桃香様は望まない争いを強いられているとは思わないのでしょうか。

 

「ふむ……成程、それでそのような表情をしていたのか……」

 

 星さんは黙って私の話を聞いてくれました。

 

「私はな、雛里。桃香様の笑顔が大好きなのだよ。この――人が人を喰らい、強者のみが全てを得る、乱世において、あの方だけは笑顔を絶やすことがなかった。目の前で困っている一人の民のためにわざわざ駆け寄り、笑顔でそれを助けようとするあの姿がな」

 

「でしたら……」

 

「だがな、それと同時に私は愛紗の桃香様を純粋に想う姿や、鈴々の無邪気な姿、朱里の必死に知恵を出そうとする姿――そして、お主の健気に皆の力になりたいと努力する姿も大好きなのだよ。それは私にとって掛け替えないのものなのだよ」

 

 妖艶に微笑みながら私の頭を優しく撫でる星さん。

 

「私は皆を信じたい。正直、此度の戦は過ちだと思う。皆、曹孟徳に対して恨みを募らせている。私怨から興される戦いなど邪道にして無益――成功するはずがない」

 

「失敗するのを黙って見過ごすのですか!」

 

「まぁ、落ち着け。失敗は成功の母と言う。この失敗が皆の犯した過ちを反省させ、成長の大きな要因になると思うのだ。だから、雛里、お主には私に協力して欲しい。この無益な戦いで無駄な犠牲など出ないように」

 

 星さんは私の耳元に口を寄せ、ある考えを伝えてくれました。願わくは、星さんの言う通り、この戦で皆が目覚め、また以前のように桃香様の笑顔が戻られることを。

 

 ――翌日

 

 桃香様は久しぶりに皆の前に姿を見せました。しかし、その表情は陰鬱と沈んでいて、兵士たちの喝采の声もどうやら届いていないように見えます。

 

「諸将たちよ! よく聞いてくれ! 此度の戦は桃香様の夢を叶えるための重要な戦である! 私は桃香様の夢を邪魔する者には容赦しない! ここに揃った精兵たちは、桃香様の理想に己の命を託した誇り高き者のみだ! 皆、私に――桃香様に命を託してくれ! その勇猛果敢な武を、桃香様のために存分に振るってくれ!」

 

「突撃! 粉砕! 勝利なのだ!」

 

「全軍、進軍開始!」

 

 愛紗さんと鈴々ちゃんの号令で、私たちは益州に向かって行軍を開始しました。誰の目にも勝利への誓いと、桃香様に命を捧げる覚悟が爛々と宿っています。

 

 天の御遣い――北郷一刀さん、それがどのような人物であるのかは詳細には分かりませんが、星さんの言うような人物であることを願っています。

 

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一刀視点

 

 劉備襲来の知らせに、俺は動揺を隠すことが出来なかった。宴の席で、無様に盃を落としてしまい、酒が俺を濡らしたことにすら気付けないでいたのだから。

 

 それはそのはずだった。この知らせは俺の知る歴史には存在していないのだから。曹操が河北を制圧した後に西涼に向かい、その間に劉備が益州を制圧するなんてありえない。何かの間違いではないかと、何度も雅に確認してしまったが、どうやらそれは事実であるらしい。

 

 皆が一様に心配してくれる中、俺は桔梗さんだけを残して退出してもらった。これを相談できるのは桔梗さんしかいなかった。

 

「ふむ……では、お主は曹操が南征に失敗し、中原へと撤退した後で、劉備は初めて益州に攻めてくると申すのか?」

 

 俺の言葉に桔梗さんは眉を顰めた。それも当然の反応で、時期や状況は違うにしろ、自分が劉備に負けると言われているのだから、不快に思っているのだ。

 

「まぁ、あくまで俺の歴史で、ですけどね。でも、管路は俺の知る歴史通りに進むって言っていたんです」

 

「成程の……。まぁ儂の感情論はさて置き、そうなると不可思議な話だの。管路が嘘を述べていたという可能性はないのか?」

 

「ええ、それも考慮してみたんですけど、ああまでして俺に嘘を言うメリット――利益が分からないんです」

 

「確かにな……」

 

「もしかしたら、俺が歴史に介入してしまった影響なんじゃ……」

 

「北郷! それ以上は言うな。誰が聞いているか分かったものではない。そうなりそうな兆しはあるのか?」

 

 桔梗さんは俺を気遣ってくれた。確かにもしも紫苑さんに俺が消えるなんてことを聞かれたら、きっと大変な大騒ぎになってしまう。それに今は劉備がここに向かっている。詠を中心に、軍師の皆が戦略を立てているのに、無駄な騒ぎを起こすわけにはいかない。

 

 桔梗さんが言うように、俺の体調には何の異変もなかった。あまりの衝撃で酔いも吹き飛んだようで、自分が消えるなんて想像することも出来ない。

 

 管路も俺がどのように消えるのかは分からないようだから、兆しがあるのかすら分からない。唐突に、何の前触れもなく、煙のように消えるのかもしれない。

 

 自分が消える――そう思った瞬間に、全身を恐怖が走り抜けた。

消えたくない。やっと紫苑さんにも気持ちを伝えて、益州の君主として皆の役に立てるように努力し始めたばかりではないか。

 

 やっと俺はスタート地点に立てたんだ。走り始めた瞬間にドロップアウトするだなんて、あまりにも無情過ぎる。

 

 ――しかし、本来存在しないお前は、世界にとって単なる邪魔ものにしか過ぎない。世界は邪魔ものに対して寛容な態度などしない。

 

 俺の耳に管路の言葉が蘇る。あの無感情で、得体の知れない占い師の言葉――突き付けられた非情な現実が俺の心を激しく食い破る。

 

「……郷、北郷!」

 

「……え?」

 

「大丈夫……なはずもないか。顔色が真っ青だぞ」

 

「ええ、すいません」

 

「…………」

 

「…………」

 

「それにしても曹操もなかなかやるの。まさか、この時期に翡翠を攻めるとはの」

 

 少し重い沈黙の後、話題を変えようと桔梗さんがそんなことを呟いた。

 

 そのとき、俺の脳裏に一つの事柄が閃いた。

 

 ――劉備の入蜀と曹操の涼州制圧の時期は被っている。

 

 そもそも前提としている条件が間違っているではないか。もしも、この世界が俺の知る歴史と同様の流れを汲むのなら、既に俺が反乱を成功させてしまった時点で大きく歴史を歪めたことになっている。

 

 月や恋さんを救った時点で影響してしまっている。麗羽さんが生きている、孫策さんは暗殺されていない。歴史は大きく捻曲がっているではないか。

 

 ――安心しろ。その程度ではお前は消されない。この先あの二人が歴史に関与しなければな。

 

 嘘だ。俺の知る歴史においては暴君、この世界においては名君である月と、どちらの世界でも大陸最強の名を冠する恋さんの存在は、何をしなくても、歴史に多大な影響を与える。

 

 俺は孫策さんが生きていることに疑問を持ったじゃないか。俺の知る歴史において、孫策は曹操と同レベルの英雄として語られるほどの存在。その人が今も孫呉の地を治めているのに、何の影響も出ていないはずがない。

 

 ――お前の知る通りの道筋を辿ろうと歯車は回る。

 

 この言葉が別の意味を含蓄していれば? 道筋を辿ろうとする――終着地点が同じであって、全てが一致しているわけではない、という意味だとしたら。管路がどうしてそれを明言しなかったのかは分からないけど、そう考えると辻褄が合うのではないか。

 

 終着地点――三国鼎立。

 

 もしも俺の考えが正しいのなら、まだ俺は消えずに済むのかもしれない。紫苑さんと、愛しい彼女と離れずに済むのかもしれない。

 

 そう思い始めると、先ほどまで俺を支配していた負の感情が消え去り、前向きな気持ちが芽生え始めた。

 

「桔梗さん、悲観的にならずに済むかもしれません」

 

「何だと?」

 

「そもそも、劉備が俺の知るあの劉備であれば、俺たちは彼を――いや彼女をなのか――受け入れることも悪くないですよ。むしろこれから曹操さんたちと争うのなら、その力は必要になるかもしれません」

 

「ふむ……。まぁ儂はお主に従う。いずれにしろ、このままむざむざ攻撃される訳にもいかんのだろうしの」

 

「はい。まずは劉備たちを迎え撃ちましょう。どんな人物なのかは分かりませんが、一度会ってみて、確かめたいと思います」

 

 俺は桔梗さんと共に皆の許に戻った。これから兵を率いて劉備を迎撃しなくてはいけないのだから。だけど、まだそのときには気付かなかったのだ。どうして管路が俺に嘘をつく必要があったのかも。その嘘が何を意味しているのかも。

 

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あとがき

 

 第三十九話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 今回は非常に難産でした。よくよく見ると、心理描写ばかりで本文の総量に比べて会話文の量があまりにも少ない。要は説明回ってところですね。しかも、上手く伝わっている自信が全くありません。

 

 今回初めて桃香陣営にスポットを当ててみました。

 

 さてここで、前話のコメントに書きましたが、改めてここでもお伝えしようと思います。

 

 この物語は所謂アンチ桃香ではございません。一刀くんが桃香の許にいない話だと、アンチ桃香になり、桃香を貶し、彼女を不幸にする描写がある作品もありますが、作者は桃香をそのような扱いにする気は一切ありません。

 

 しかし、作者よ。今回の話を見る限りでは、どう見てもアンチ桃香臭がするではないか、とそんな疑問を持つとは思います。

 

 しかし、アンチ桃香ではありませんが、別に桃香をスーパーチート設定にするつもりもないということです。

 

 御覧になって頂きたいのは、桃香と華琳が会話をする回想シーンです。これは原作でもありますが、王として未熟な桃香に対し、華琳は厳しい台詞を突き付けます。

 

 その後、何を勘違いしてしまったのか、桃香はこの後、華琳の許へ攻めていき、そこで自分が矛盾している点に気付くのですが、この作品では華琳に詰られる部分までは共通です。

 

 しかし、原作とこの物語の違いは、桃香は華琳に詰られた後、それに傷つき、塞ぎこんでしまい、『どうしたら良いのか分からない』などと言ってしまいます。

 

 まぁ、この時点でもアンチ桃香臭は嗅ぎ取れるかと思いますが、結果的にどうなるかは展開をお待ちください。

 

 他の面子についてはかなり暴走してしまっているようで、星と雛里の二人だけがそれを危惧しているようですが……。

 

 長々と説明してしまいましたが、作者が言いたいことは現段階でアンチ桃香と決めないで下さい、とそれだけです。彼女は決して不幸せになることはありません。

 

 あとがきが長くなってしまい、申し訳ありません。

 

 以上です。従って、桃香を貶すようなコメントは控えて下さると助かります。

 

 あぁ! でも、勿論、他のコメントでしたら、作者は大歓迎なのですよ。むしろ、これでコメントが出なかったら、普通に凹むと思うので……。

 

 それでは今回はこの辺で。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 

説明
第三十九話の投稿です。
これまで全く触れられてこなかった桃香陣営。彼女たちが永安を攻めるまでの経緯とは。
今回は桃香について触れます。ですが、これは一部であり、全てではありません。
また、今回はあとがきまで御覧になって下さると幸いです。それでは、どうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
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コメント
320i様 桃香自体は好きなんですけどねぇ。残念ながら、他√における彼女は矛盾してしまっていますね。さすがは種馬と言ったところでしょう。(マスター)
yoshiyuki様 愛紗のその狂信者的な思考さえ無ければ、一刀がいなくても劉備軍は優れた陣営になっていたのかもしれませんね。(マスター)
「雛里めが、我らが桃香様の意志を無視しているだと。何を言うか、我らは桃香様の意志をちゃんと忖度しておるわ」(by愛紗)(yoshiyuki)
patishin様 さてそのつけを払うために、桃香はどれほどの覚悟をし、何をしなくてはならないのでしょう。展開をお待ちください。(マスター)
敬語を使われていた頃に戻りたいヒトヤ犬様 桃香なりに話し合いで出来ると思っていたのでしょうね。それから作者は敬語を使いますので、安心なさってください。(マスター)
幻想ばかりで信念もなにもなかったからね・・ここにきてつけがまわってきたね。正念場・・・気づいたときが勝負だよ。(patishin)
桃香が「もう分からなくなっちゃった」と言っていますが分かるもなにも最初から漠然としか考えずにここまで来たのだから元から分かってなかったんじゃ・・・(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
↓(続き)これ以上はネタバレになってしまいますので、言うことは出来ません。展開をお待ちくださいとしか言えません。どうか、作者は駄作製造機なので、あまり期待することなく、展開を見守っていただけることを願うばかりです。(マスター)
↓(続き)いくつかのコメントでもお返事しましたが、作者は桃香は優秀な君主であり、悪くない、なんて思っていません。彼女は未熟であり、皆様の仰る行動には責任があります。おそらく、誤解を招いた「過ちを犯していない」というワードが悪かったようなので、それは削除しておきます。(マスター)
皆様へ 大変申し訳ありません。アンチ桃香を言いたいだけが、桃香が悪くないと伝わってしまったようで、文字面で皆様の誤解を招くなど、物書きとして致命的です。深く反省し、またこの場を借りて謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした。(マスター)
↓(続き)情報のなさは痛いでしょうね。関羽、張飛、諸葛亮と黄忠、厳顔、張任……おや、この面子だと史実では因縁ある組み合わせですね。七乃さんのチートに気付いて頂けたのは嬉しいです。(マスター)
砂のお城様 王という立場は凡人では想像すら出来ない立場にあるのでしょうね。桃香がこの先どのような道を選ぶのかは、展開をお待ちください。(マスター)
カズマ様 申し訳ありません。アンチ桃香を強調しすぎて、桃香が悪くないって伝わってしまったようですね。臣下の暴走、まさしくそれは桃香の責任です、とそれだけはお答えさせて頂きます。(マスター)
山県阿波守景勝様 さて劉備と一刀の直接的な出会いはもう少し先になります。しばしの間、妄想を楽しんで頂ければ幸いです。(マスター)
↓(続き)ですので、展開をお待ちください。誤解を招き申し訳ない限りです。もしも展開を見て、それでも作者の物語が受け入れられないときは、そのときこそ作者を見捨ててください。(マスター)
吹風様 あー、作者のあとがきが無益でしたね。作者はアンチ桃香ではない、と言いたかっただけなのですよ。桃香が悪くないなんてことは言っていません。これ以上はネタバレになってしまうのでコメントには答えられません。(マスター)
gotou様 作者の中では、人を成長させる失敗は誰かを巻き込んでしまうものであると認識しています。(マスター)
muro様 桃香と他の二人の君主は、個人的な能力で考えれば、天と地ほどの差がありますからね。既に皆様の期待を裏切るのではないかと気が気でないのですが、頑張ります。(マスター)
通りすがりの名無し様 正しくその通り。今回も桃香の扱いについて非常に困りました。結果的にこの物語が皆様に受け入れられるようなものであることを願うばかりです。(マスター)
M.N.F.様 どこの描写を見てそうお思いになったのかは分かりませんが、この物語は以前にも言ったようにハッピーエンドです。どのような終端を迎えるかは物語が終わるまでお待ちください。(マスター)
うーん、劉備自身がたとえ何の過ちも犯してなかったとしても、臣下が勝手に暴走してそれを止められなければ結局劉備の責任になると思うんだけどな。仮にも彼女達の君主なんだから。(カズマ )
今回のことで何を得、何を失うか……益州はこれから立て直そうという時に攻めてきているから民衆の支持を得られるか、失敗すれば貴重な戦力を失って曹操とまともな勝負にならないし……勝っても負けても成長がメインなら少し割に合わないかも……一刀との出会いがどうなるかに全てが掛かってるのかな?(山県阿波守景勝)
兵や民よりも愛紗を取ろうとしたのは正直過ちを犯したといっていいような…もっと言えば、桃香本人の事情はさておき彼女は王なのですから、今の状況で塞ぎこむこと、愛紗たちを諌めない事自体が過ちというか。いや、これアンチ云々ではなく、桃香擁護しすぎじゃないかなと、本来未熟だから仕方ないですまされない状況ですし(吹風)
失敗すんなら自分らだけでやればいいのになと思ってしまう。(gotou)
劉備に批評が生まれやすいのはどうしても「王」として未熟な為ですかねー。 他二人は最初から優秀、そして間違っても諭す役目を持つ人がいますから。 これからの展開、劉備がどうなるか楽しみにお待ちします。(muro)
一刀と共にいない桃香の描写は悩みます。ただ、彼女は成長する王。一緒に行けなくても、一刀の姿勢なら学び取ってくれる事を信じます。(通り(ry の七篠権兵衛)
この話の終着点は、たとえ何をしようとも途中退場となる一刀・・・な気がします。(M.N.F.)
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