新世代の英雄譚 二話 |
二話「騎士の過去と出立」
少女騎士、ロレッタは静かに、切ない口ぶりで過去を語り始めた。
「あたしの家、ブラフォード家は代々、王族の近衛騎士を務めている家系なの。父も、兄もそうで、当然の様にあたしも、時の第三王女付きの騎士になった」
「第三って言うと……ああ、そうか」
平民だが、都を知るビル。ウィリアムは、その説明だけでおおよその合点が行った様子だ。
第三王女は、亡くなったと公に発表されている。
つまり、この話はその事へと。王女の絶命へと向かっていくに違いない。
「十五で騎士叙勲を受けて、当時十六だから、騎士二年目。まだ未熟だったけど、あたしは良い師匠。当時の近衛隊長の指導の下、乗馬と槍の腕を磨いているところだった。王女様も同い年なのもあって、親しくして下さったわ」
ルイスやビルには、いまいちイメージの湧かない話だが、騎士道物語はいくつか知っている。
その中の話と同じ、宮廷劇に少なからず心を躍らせた。
「そんな中、舞踏会が行われることがあってね。あたしと師匠は、その時の王女様の護衛に就いていた。勿論、会場にも騎士は何人も居て、道中にだって、警備はいくらでも居る。ほとんど権威付けみたいな護衛ね。それから、王女様に付き従う騎士は装備を軽装にするのが礼儀だから、兜もなし。多分、師匠は最近の成長株として、あたしみたいな騎士が居ることを社交界にアピールしようとしてくれたんだと思う」
「王女様以上に、目立ったりしなかったのか?」
ビルがある一点を見ながら、茶化す様に言う。
注目しているのは、彼女の豊満な胸。
何故かルイスは親友のそんなやらしさに、赤面してしまう。
「当時のあたしは、まだ子供っぽかったわ。ここ二年の事よ。鎧を特注しないといけない様になったのは」
やっぱり、それ程なのか……。
呟き、改めてしげしげとロレッタの胸を見るビル。
「でも、そうね……王女様を食ってしまうことはなかったけど、同じぐらい目立ってしまったのは確かよ。いきなり、パーティに出席していた貴公子の一人から求婚されて、それをあたし自身が断る前に、王女様が割って入ってしまったのだから」
「いきなり求婚かよ……やっぱり、美人だったんじゃねぇか」
「不細工だったとは言っていないわ。ただ、胸はまだ普通だっただけよ」
ルイスは正直、頭がくらくらとしていた。
下ネタ、というほどではないが、十六の少年を赤面させ、のぼせさせるには十分な刺激的な話題だ。
ほとんど話が頭に入って来ない。
「それで、その帰り。襲撃があったの」
「警備が居たのに、賊か?」
「いいえ。貴族の私兵。警備をしていた者達よ。初めから、王女様をかどわかす目的で配置されていたみたい」
王女を、さらう。
何だかよくわからない話だと、ルイスはぼーっとした頭で思った。
敵国の人間ならまだしも、自国の王女をさらうなんて。
首謀者が貴族であるのなら、自分の立場を失くす結果にしか繋がらない気がする。
「王女様は、美貌で有名だったわ。だけど、上に王子が二人、王女が二人居るから、王位継承は絶望的。だから……」
「自分の嫁にしたい、ってか。ゲスい話だ。……だが、欲に目が眩んだ貴族がやりそうな事ではある」
ロレッタは当時のことを思い出して、溜め息も出ないという様子だ。
しかし、貴族というものの心理がルイスはよくわからない。
地位もお金もあるのに、どうして王族を妻に迎えたい、などといった不遜な考えを起こすのだろうか。
今の立場に甘んじていれば、一生安泰で暮らせるというのに。
「何はともあれ、そいつ等は無事に撃退したわ。数でこそ大きく劣っていたけれど、練度では勝負にならないから。だけど、あたしと師匠はそれで安心しきってしまった。師匠は多少お酒が回っていたのもあったでしょうね。気付いたらあたしも師匠も数時間の意識が飛んでいて、次の瞬間には裁判の被告人席」
「火事場誘拐ってことか?そのバカ貴族はどうせ失敗するだろうと踏んで、別の奴が刺客を送り込んだっていう」
溜め息と共に頷くロレッタ。
騎士道精神には背くことなのかもしれないが、ルイスはそれがまだ誘拐目的の刺客で良かった、と心底思った。
そうでなければ、今こうしてロレッタと会うことも出来ていない。
と、そこまで考えたところで、疑問を感じた。
そこで死んだり、大怪我をしたりした訳ではないのに、何故彼女はこの辺境に居るのか。
貴族として、優秀な騎士として、何故王に仕えていないのか。
その疑問は、まもなく氷解した。
「で、なんであんたは生きてる?」
ルイスの思考中、ビルはある意味で同一。最終的には反対のことを考えていた。
「王女様は結局、さらわれたんだろ?だが、あんた達は命を賭して戦ったんじゃない、薬でぐうすか眠らされてた。完全に有罪判決が出るだろ。即刻死罪か、さもなくば獄死させられている筈だ。それに、あんたが強攻策や賄賂で脱獄して来るとも思えないしな」
「ええ。そうなるべきだったし、そうなりたいとも思ったわ。だけど、死んだのは師匠一人だった。師匠は頑なに自分の非だけを訴え続けて、あたしの命を助けて下さった。勿論、あたしは近衛騎士の職を奪われ、家にも勘当され、利き腕だった左腕の筋を傷つけられて、もう片手で槍を振るえない体になったり、色々なものを失ったけれど」
ビルの疑問に早口で答えると、急にロレッタは脱力した様に、顔と姿勢を崩した。
「今でもあたしは、この村の人に『騎士様』って呼ばれてるし、そう名乗る様にしている。だけど、もう二度と都に上がることは許されない身。自由騎士なんて言葉を使っているけれど、その正体はちょっと礼儀作法と乗馬を知っているだけの平民の娘。おかしな話よね」
貴族は都を追われた時点で、その位を剥奪される。
それは本人だけではなく、親兄弟の身分にも少なからず傷を付ける。
貴族社会に疎い二人でも、一般教養的にそれだけは知っていた。
自嘲気味に笑ったロレッタは、二人の気まずそうな顔を見て、慌てて無理に笑顔を作った。
「ああ、安心して。もう二年も前なんだから、あたしからしても風化した記憶よ。本当に沈んでいたら、人に話せたりしないわ。あなた達と同じよ」
嘘ではないのだろう。騎士とはおよそ虚言を吐かず、実直であるものだから。
そして、今尚、彼女が騎士を名乗り続けるのは、そういった騎士の道に共感、感動しているからなのだろうとも思った。
また、もしかしたら彼女の中の「師匠」の存在が大き過ぎる程に大きいからなのかもしれない。
彼に教わった戦いの技法を捨てたくない、だからまだ武人であり続けようとしているのか。
それからはまた、ちょっとした話を交わして夜を更かした。
食べ物の好みだとか、乗馬に関する面白い話だとか。
ロレッタは更に、王都での話も二、三してくれた。
村暮らしの身では考えられないほどの、煌びやかな生活ぶりを暴露されたが、そこに彼女の皮肉的な見解が入っているのも面白かった。
二年、村人と交流した賜物か、当初から彼女が平民的な視点でものを見ることが出来ていたのかはわからないが、やっぱり彼女に貴族にありがちな、いやみっぽさは感じなかった。
彼の中の貴族観とは、村の財を根こそぎ奪っていく悪徳領主であり、邸宅でタバコをふかしているだけの国会議員のそれだから。
そして、最後には旅をすることへの期待へと移って行った。
様々な村や町を巡っていれば、ロレッタの様に感じの良い貴族や、賢者と呼ばれる様な、学識ある市井の人に会うことも出来るのだろうか。
未知への好奇心に旺盛な少年は、その期待だけで胸をいっぱいにして、ベッドに入る時間になっても、直ぐには眠れなかった。ビルは布団に入って五秒で、大いびきを立てていたが。
ちなみに、ベッドはロレッタの寝室のものとは別に、三台あった。
ルイス達は少人数だったが、隊商がこの村を訪れることもあるらしい。その時は村の宿屋だけでは部屋の数が足りないので、この家や、村長の家の空き部屋も使うそうだ。
村長についてだが、既にロレッタに連れられ、挨拶に伺った。
村人総出で歓迎してくれることに感謝した二人だが、賊退治に協力した功績を逆に褒め称えられてしまう結果に終わった。
それから、ロレッタの良き友人である男女三人とも談笑を交わした。
ロレッタが字や学問を教えている為、この村の識字率は十割であるらしく、その男女も驚くほどの知恵者だった。
知識だけではなく、道徳、哲学的思考もかなり高度なものなのだから、ビルは頭を抱えていた。戦については頭が回る彼だが、人間についての話となると、途端に弱くなるのだった。
結局、寝付けないルイスは、ベッドを出た。
夜風にでも当たりながら、軽く剣を振れば、疲れて眠ってしまうだろうと考えたからだ。
素朴だが、丈夫な作りの扉を開けて、夜の村に出る。
途中、まだロレッタの寝室からランプの灯りが漏れているのが気になったが、きっちりと日記を付けたりしているのだろうかと思って、特には気にしなかった。
まだ初夏には入らないほど。冷たい風が頬に当たるのが気持ち良い。
腰に佩いた剣を抜き、虚空に敵の影を見出して、振るった。
払い、返し、斬り下ろし、斬り上げ、突く。
幼い頃、父に基本の型は教えられたが、それ以上を父は教えなかった。
最低限の護身さえ出来れば、自分やビルが居るのだから、彼の安全は守れると考えたのだろうか。
だがそんな父の考慮は今、ルイスにとっては重荷になっていた。
ビルとは開き過ぎてしまった実力の差。それを埋めようと、彼は我流でひたすらに剣を振るっている。
闇の中の仮想の敵とは、ビルだろうか?それとも父親?あるいは、昼間に圧倒的な実力を見せ、それでもそれが利き腕の自由の利かなくなった不完全なものだと言うロレッタか。
彼等を妬むなんて浅はかな考えはしない。羨望ともまた違う。
かといって、憧れと言うには、ルイスは必死過ぎた。
「まだ起きてたの?」
不意に後ろから声がかかり、反射的にルイスは剣を向けた。
それがロレッタだとわかると、直ぐにそれも下ろしたが、声で判別出来なかったのには驚いた。
見ると、昼間とは違う軽装の、胸部と腹部の一部、それから二の腕までを覆う鎧を付け、彼女は右手に一本の槍を持っている。
「今でもね、やっぱり鎧を着て、槍を握ると、自然と気が張り詰めるの。あたしなんだってわからないぐらい、可愛げのない声だったかな」
「う……うう、ん」
あまりにロレッタの声が、感情を押し殺した様な、低いものだったので、素直に頷きかけたが、女性に対して失礼に当たると思い、慌てて首を振った。
ロレッタはそんなルイスの心理を見透かしたのか、小さく笑った。
「その装備、昼のとは違うよね」
こんな時は、話題を逸らすに限る。
ルイスは全然違うことを言い出した。
「ええ、アレは賊への牽制の意味合いが強いの。あそこまでのフルプレートなんて、今時騎士だってそうそう着込まないわ。それに、必要以上に防具をしっかりとするのは、逆に臆病者だと揶揄されるのよ?」
何より、暑くて重いし、着るの面倒だし。
ロレッタはおどけて付け足した。
それを聞きながらルイスは、内心ほっとする。
「一応、これが今のあたしの普通の装備かな。槍もね、両手でないと持てないランスよりは、片手で持てるこれぐらいの細さの方が良いの。馬上だと、左手で盾を構えるしね」
言われてみて、改めて彼女の槍を詳しく観察する。
まず柄の部分は、比較的軽い金属が使われている様で、丈夫さと軽さを両立させている。
槍先は、普通の刃ではなく、大きな片刃ナイフのブレードをそのまま移植した様な、槍というよりは矛の様な刃に仕上がっている。
更にその刃の左右には垂直に、今度は諸刃のナイフの様な刃。こちらは片刃より幾分か小さい。
薙ぎ払う使い方は勿論、剣の様に振り下ろしても、強力な刺突武器になりそうだ。
刃の根元には、彼女の頭のリボンと同じ淡い水色のスカーフの様な布が巻かれており、これで刃を拭ったり、壁に打ち付けた釘にぶら下げて保管したりするのだろう。
全体の長さとしては、二メートルもない。彼女の身長が百七十センチ弱だと推測されるので、それより十センチほど長い、一点八メートルだろうか。柄の太さは、半径二センチもないだろう。
あまり力のないルイスでも持てそうなほどに軽く見えるが、剣しか扱ったことのない彼では、間違いなく長過ぎるその得物を持て余してしまうだろう。
「それにしても、立派な槍だね。これはやっぱり、王都の人の仕事?」
「基本はね。元々は権威の象徴、というか、観賞用の槍だったんだけど、ここに来てから鍛冶屋さんにちゃんと使えるように刃を鍛え直してもらったの。扱いづらいランスだけで戦う訳にもいかないからね」
ロレッタは説明を終えると、腰に佩いていたもう一本の得物を取り出した。
分厚い鋼の刃を持った、長剣だ。
とてもではないが、この辺りで手に入る剣ではない。
「それは……?」
「奪(ギッ)て来たもの」
どうやら十八番らしい、小悪魔笑いをして言うのだから、ルイスは腰を抜かしそうになった。
誇り高い騎士の精神を持っているはずの彼女が泥棒行為をした、というだけならまだしも、奪うことをギるなんていう、俗っぽい言葉遣いをしたものだから。
そこまでやくざな言葉は、二年田舎で暮らした程度なら、普通身につかないだろう。
「……本当に?」
「正しくは、人を使ったんだけどね。家を出る時、侍女の一人にあたしの荷物をまとめてもらったんだけど、その時についでに、騎士でも要職に就いていた、兄上の剣を奪って来てもらったの。どうせ沢山ある内の一振りだし、気付かれないとは思ったんだけど、態々その侍女を国外に亡命させる手回しもしてからね」
ちょっとした悪戯にしては、壮大過ぎる計画だ。
裏にある意味を勘繰ってしまうほどに。
「それで、この剣を見る度に、心の中で王都に唾を吐いている訳。まあ、あの事件の非があたしにあるのは間違いない訳だし、家族を恨んでいる訳じゃないんだけどね。でも、師匠も失って、失意のどん底に居た頃は、それだけが救いだったなーって」
洗練された刃を、月に掲げて見せる。
今夜の月はあまり大きくはない、半月になりきれていないものだが、銀色の刃にその光がよく映えた。
「この剣、欲しい?」
「うえっ!?」
唐突な切り出しに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
しかも、ぬっとロレッタが顔を直ぐ傍にまで近付けて来ていたのだから、尚更だ。
萌黄色の瞳で、こちらの目をじっと見られてしまうと、諸々の思考が全て吹っ飛び、ある一つの欲望に支配されそうになってしまう。
「い、いや。大事なものでしょ」
「ううん。もうあたしには必要ないわ。剣よりは槍が好みだし、騎馬で使うなら、少し長さも不足しているし」
「それでも……」
もう彼女が家に帰れないのであれば、これは唯一の彼女の実家との接点になる。
ということは、これはそのまま兄の形見の品ともなる。
それを、いくらお互いの身の上話をした仲とはいえ、出会ってすぐの人間が受け取ってしまうのは、悪いことな気がした。
「本当に、もういいの。もらってくれないなら、ここに捨てて行くわ」
「ええっ!?」
初めは、欲しいかと質問していた筈なのに、いつの間にかに受け取れと言われてしまっている。
しかも、ロレッタは本当に抜き身で地面に放り出してしまった。
「……あ、預かっておくよ。うん。貸してもらう」
立派なこの剣を土で汚してしまうのは、悪徳な気がして、慌ててそれを取り上げる。
剣の手入れ布で、軽く刃を拭ってみると、幸いそんなに砂は付いていなかった。そればかりか、つい最近手入れしたらしい、油の光沢があった。
どうやら、さっきの部屋の灯りは、これを手入れする為だったらしい。
「タダじゃないわよ」
「え゛」
にたりと悪い笑顔で言われて、二回目の変な声。
そういえば、今まで食事から何まで、ロレッタが全てお金を持ってくれたらしいが、その分を払わされてしまうのだろうかと、財布をまさぐるが、部屋に忘れたらしい。
「思い出と人生には値段を付けられない、って言うでしょう。お金を取るなんて、ヤボな事はしないわ」
「えーと、それじゃあ」
「ちょっと、ビルと交渉してくれたら良いの。安いものでしょ?その剣、お金にしたら五十万はくだらないものだし」
「ご、五十っ!?」
想像できない額だ。
確かにこの剣は、ルイスの持っていたものとは、鉄の鍛え方から、その刃の厚さ。勿論、重さからしてまるで違うが、武器にそこまでの値段が付けられるものがあるとは思っていなかった。
もしかすると、ロレッタの今持っている槍もそれぐらいはするのかと思い、顔が引きつってしまう。
「具体的には、何を話せば良いの?」
「その前に、受けるか断るか言って?」
ウィンク一つ。それから、小悪魔の笑顔を一つ。
「わかったよ!もうどんな無理難題だって、やってみせるから!」
全く、卑怯だ。
ルイスは顔はにやつきながら、心では大粒の涙を流した。
自分では誇り高い騎士だと言っておきながら、普通に色仕掛けを行使して来るのだから、卑怯と言う他ない。
しかも、それにホイホイと乗ってしまう自分も悪いが、そうさせるのに十分な程の美貌と、可愛らしさを彼女が持っているのだから仕様がない。
大人っぽい美人なのに、幼い可愛いさも持ち合わせているなんて、いつかビルから聞いた、剣とボウガンが一つになった武器の様だ。最強過ぎる。
「はい。決まりね。話は簡単。あたしも二人の旅に同行させてもらう様に執り成してもらえば良いから」
「ふぇえ!?」
本日の変な声、その三。
「ぼ、僕達の旅に……?村のこととか、色々あるでしょっ」
「実は、今日の昼の挨拶回りは、あたしがこの村を出ることを伝えて回る意味もあったのよ」
「僕達への紹介の後、こそこそと話していたのはそのことだったのかっ」
にやりと笑って、親指を立てる。
いや、そんなに嬉しそうな顔をされても、と呆れながら、一応ルイスもそれに倣う。
昼間の甲冑姿の時から、次々と彼女のイメージは変わって行っているが、今ではすっかり「変な人」という印象になってしまっている。
後、「ずるい人」。
「でも、僕達の旅は、明確な目的なんてないものだよ?傭兵の件は、決して嘘じゃないけど、半分以上は外の世界を見たいっていう、僕のわがままが通った結果なんだ。ロレッタは多分、この国や他の国のことなんかも、王都の本で知っているだろうし、退屈なものになると思うけど……」
「それで十分よ。それに、本で知ることと、実際に見聞きすることは全然違うのよ?第一次情報と、第二次情報と言ってね。所詮は伝聞でしかない知識よりは、実体験の方がずっと価値があるし、誤解もなくなるの」
「はぁ」
どうやら、ロレッタは完全に同行を決めてしまっているらしい。
それに、ルイス自身としても、悪い話ではないな、と思っていた。
ビルには少し失礼かもしれないが、彼女程の騎士が居れば、戦力に事欠けることはないし、馬には多くの荷物を乗せることも出来る。
そして何よりも、華が欲しくもあった。それにはビルも同意見だろうから、まず断られてしまうことはないだろう。
「わかった。多分、ビルも許してくれるよ。でも、この村は本当に大丈夫なの?また、賊が来たら……」
「それは大丈夫。本当はもう、あたしはいつでも出て行って大丈夫だったほど、この村の軍事力は強大よ?ただ、あまり武力を持ち過ぎると、反乱を企てているだとか、文句言われるから、これ以上自警団を大きくすることもないし、噂を広めることもしなかったの」
「そっか。考えの上で、だったんだ……」
「騎士は馬鹿じゃない職業だから」
尤も、最近の騎士は……と、皮肉めいた言葉を付け足す。
それを苦笑いで流しながら、やっぱり彼女には来てもらいたいな、とルイスは思った。
その願いは無事に翌朝、叶うことになる訳だが。
「よし、OKだ。というか、断ったら男が廃る」
「……そこに男が云々は関係あるの?」
ロレッタと話した後、ルイスは驚くほどよく眠れた。
そして起き抜けに(ルイスは寝起き直ぐだったが、ビルは早くから起きていた)件の話をしたら、これだ。
「お前、知らないのか?据え膳食わぬは、男の恥ってな」
「誰が据え膳よ。この色魔」
三白眼になって返したのは、朝食に起こしに来たらしいロレッタだ。
寝巻きである薄いネグリジェは既に着替えており、ルイスは心の中で舌打ちをした。
昨晩、ロレッタと共に家に戻ったのだが、寝る直前、彼女の寝巻き姿を見たのだった。
清涼感のある、水色の薄い布地で出来たネグリジェで、後は下着だけを付けて寝るらしいのだが、その姿がたまらなく少年の欲望を刺激したのだ。
薄手であるが故に、彼女の胸がより一層強調されていて、しかもブラジャーが透けて見えるのが何とも官能的。
勿論、下着はパンツの方も見える訳で……。
「ルイス。あなたにも一発入れた方が良いかしら?」
はっと、我に返って見てみると、ビルの脳天には、小さくて綺麗なロレッタの拳が直撃していた。
それが左手なのは、慈悲をかけた結果なのかもしれない。
「そ、そんな。それに、あんなエロ寝巻き着ている方が、ぐばぁ!!」
脳天に、チョップが決まった。しかも、全力で振り下ろすことが出来る右手。
「何!?ルイス、お前今、なんて言った!?俺には、ロレッタが全裸で寝ているって……」
「農家で去勢されて来いっ!性欲絶倫の雄牛共がぁ!!」
ビルの腹に、革靴を履いたロレッタの足が深々と突き刺さり、次いで、二人は首下を掴まれて、部屋の外に放り出された。
そのまま、本当に農家に使いに出されたので、二人は逸物へ一抹の危機を感じたが、牛乳を分けてもらって来るだけの用だとわかって安心した。
ロレッタの焼いたパンと、簡単な野菜だけのサラダを食べ、出立の時間を決めた。
この先にある町を目指すならば、一日半の距離だ。昼ぐらいには出て、一晩を野宿で越して、夜には町で宿を取る様にすれば良い、ということになり、早速ロレッタの荷物を三人でまとめ出した。
彼女が留守の間(彼女と、村人達は飽くまでロレッタの故郷はここであると言った)、この家は宿屋や集会場としての機能を果たすらしい。きちんと手入れはしておいてくれるし、思い出の品などは取っておくという話だった。
そこで、ロレッタは昨日の夜の鍛練(会話だけで終わってしまったが)の時の装備だけを持ち出し、後の武具は全て置いて行くことにした。
いざという時の村人の助けになれば良いし、重い装備は旅には不向きだと考えたからだ。
後は長持ちしそうな服を沢山持っていくことになった。理由は、彼女の体型だった。
身長に合わせて服を選べば、胸がきつくなるかもしれない。かといって大きなサイズでは、丈が合わない恐れがある。
ある程度は裁縫も出来るので、仕立て屋の世話にならなくても大丈夫だと言ったが、それでも彼女の荷物の半分以上は衣装になった。
それらを彼女の愛馬、ピューリに括り付け、顎の下を一撫ですると、主人の考えがわかったのか、利口な栗毛馬は一声嘶いた。
まだ若い為か、あまりその声に貫禄、というか重みは足りないが、すらりと伸びた逞しい足は彼が駿馬であることを証明している。
「じゃあ、行きましょうか」
手綱を持ち、ロレッタは二人を後ろ目で見ながら行った。
「ああ。紅一点を加えて、再出発だ!」
態々それを強調する辺り、ビルらしいなぁ、と呆れながらも、ある意味で感心して、ルイスも歩き出した。
こうして、三人の旅は始まった。
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pixivでも公開している(ry 六話+一話まで完成しているので、一挙に投稿です |
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