新世代の英雄譚 三話 |
三話「出立初夜と交易都市」
整備された街道に出ると、一気に視界が開けた心地がした。
まだ町の影が見える距離ではないが、今までの無人の砂漠を行く様な感覚は薄れて、余裕が生まれて来る。
尤も、これは旅慣れていないルイスだけが感じているものなのかもしれない。
一番前を行くビルと、その後ろで馬を歩かせながら地図を手にしているロレッタは、相変わらずの様子だ。
傍から見れば、若い行商人の一団の様に見えるのだろうか。
いや、明らかに身分の高そうな女性が居る時点で、そうは思われないか。
ルイスは後ろから二人を見ながら、ふと考えてみた。
現在、彼の腰にはロレッタから渡された剣が佩かれている。
前のより長く、更に重い剣。それは、地位も名誉もある騎士が使っていたものだ。
平民の、しかも新米剣士が使うには、あまりに不釣合いで、正直に言えば持て余す。
それでも、どこかうきうきとしているのも事実だった。
この剣を手にしただけで、自分も騎士になった様な気がして来る。ロレッタの戦闘技術は知っているが、それに引けを取らない様な。
「お、前に何か影が見えるな。ありゃ馬車か?」
大きな声でビルは全員に知らせると、一度立ち止まった。
馬車で来るのは、貴族か商人。こんな田舎を貴族が旅しているとは思えないので、ここでは前者だろう。
「まだ食料も余裕があるし、何か買うまでもないわね。このまますれ違いましょう?」
馬に乗せた荷物を確認して、ロレッタが迅速に決断を下す。
国を遍歴していたなんて話は聞かなかったが、手際が良いのは偏に騎士であるが故だろうか。
夕食の席ででも聞こう。ルイスは一先ず、このことを心に留めておくことにして、馬車とすれ違った。
引いていた馬がピューリよりも大きいのは、年の差だろうか。
真っ黒な毛並みの、逞しい雄馬が大きな車を引いていた。
商人の馬車は村にも来たのでよく知っているが、これはそれよりも大きい。
運ぶ商品の数が違うのだろう。では、中々に裕福な商人なのだろうか。
村に来ていたのは、三十がらみの苦労しているらしい商人だった。
商人だって、家柄や所属する商会によってその収入は違って来る。
年を取っても行商であちこちを飛び回らないといけない商人も居れば、若くして商店の主人になる商人も居る。
また、馬車の上で生活しているかといって、取るに足らない商人という訳でもない。畑で育てる野菜が色々とあるのと同じように、それを売る人間にも色々居るのだ。
その後は、夕暮れまで平凡な旅が続いた。
予定よりいくらか早く進んでいるらしく、町には明日の夕方には着けるという話だ。
今思えば、あの馬車は目的地である町から来たのだろうか。
「……妙ね」
ピューリに飼葉を与えて、ロレッタが切り出した。
「何がだ?」
一方、ビルは自分達の食料を取り出してきている。
ルイスも地面に腰を下ろして、会話に参加する意思を見せる。
「あまりに馬車の数が少ない。加えて、昼間のあの時間帯に、あの地点で馬車を見るなんて。計算が合わないのよ」
「ふん?夕方や夜に馬車が出るってのが、そこまでおかしな話だとは思えないけどな。急ぎかもしれねぇし」
「いいえ」
自身も腰を下ろして続ける。
「あの馬車はどう見ても早荷用のものではないわ。しかも、かなりスピードが出ていた。恐らく、積荷は空同然でしょうね」
「よく見ていたね……」
ルイスは、大きな馬車とそれを引く馬に見とれて、その速度や考えられる用途にまでは関心が行っていなかった。
「何かこの先であった、そう考えられるって訳か?確か、この辺りの一大勢力は……コンウォル商会か。確かに、この辺りをそいつ等が駆け回っている姿をあんまり見ないのはおかしいな」
ビルの頭の中には、普通の地図と共に、商会の勢力図もあるらしい。
元々は商人の護衛等をしていた傭兵だと聞いたが、そんなに長い期間ではなかった筈だ。彼の傭兵としての期間の多くは、最後の大戦が占めているのだから。
「かといって、コンウォルの息のかかった町が他商会や、賊に攻め落とされるとも思えない。多分、武力で起こった事件ではないわね」
「つまり、俺等が出来ることはないな」
「そうね。あいにく、あたしも商売の知識はほとんどないわ。出来るのは、値切りぐらいね」
あの小悪魔の笑みを使って。
ルイスは心の中で付け足しておいた。
「じゃあ、僕達がこれから行っても、大丈夫なのかな?」
「多分な。多少は物価が上がったり、取り扱ってる商品が変わってるかもしれないが……向こうも客あっての商売だ。旅人に物を売らないとか、そんな訳のわからないことはしないだろ」
「ただ」一つの可能性をビルが示す。
「万が一、戦闘態勢にあったりしたら、市壁は閉じていると考えるべきだな。しばらくは補給出来そうな所はないし、最悪、村に戻って進路を別に取らないといけないかもしれねぇ。こういうのは、一番悪い場合の可能性も見ておかないとな」
水は小川の一つも流れていれば、心配ないが、食料となると別だ。
よく食べる男が二人も居るのだから、腹八分目に抑えておくとしても、そう長くは持たないだろう。
それは馬の飼葉もだ。まだまだ若い雄馬であるピューリは、よく走るがそれと同じぐらいよく食べる。
「でも、一先ず進路は変えないのでしょう?だって、いずれにしても中々お目にかかれない光景だわ。決して明るい場面ではないかもしれないけど、ルイス。それもまた、あなたの見たい『世界』だもの」
ロレッタは、ウィンクを飛ばした。
それに思わずどきっとしながらも、首を縦に振る。
もう暗い現実は見て来た。それに、見たくないものを見ないままでは、いつまで経っても子供のままだ。
野次馬根性の様な気がしたのも事実だが、それを見ておきたいという気持ちが勝った。
「ま、何かあってもお前は、頼れる兄貴分と、美人の姉貴分に守ってもらえるんだからな。これからもどんどん、遠慮せずに冒険しろよ。面白ぇことに、俺は一度、戦場で命を捨てて、ロレッタも死罪になる様なことやらかしてる、怖いもの知らずなんだからな」
まるで悪戯をしたかの様な自分の説明に、ロレッタは苦笑して、ビルも続いて笑った。
「その言い方は失敬ね。あたしが生きる死体(リビング・デッド)みたいじゃない」
「はは、リビング・デッドか。そいつはある意味当たってるかもな」
「あなたは兎も角、あたしは新鮮よ!」
ロレッタはムキになって反論し、ビルの横腹に肘鉄を入れる。
花も恥らう乙女としては、そこは譲ってはならないところらしい。
「てて……割と真剣に痛いんだからな?それ」
「当然の罰よ。粗相をした動物には痛い目を遭わせておかないと、いつまでも進歩がないでしょう?」
「俺は犬か猫かよ……」
ビルは情けない顔で腹を擦ったが、ルイスにはどちらも同じぐらい頼もしく見えた。
三枚目といった印象を受けるビルだが、ここまでの旅路と、幼い頃からの交流の中で、どれだけ彼が頼りになるかは知っている。
乱暴に見えて、人に気を回すことも出来るし、先程のロレッタの考察にいきなり首を縦に振らなかった辺り、慎重な性格も伺える。
それがもうわかっているのか、ロレッタも彼をこの一団のリーダーとして認めているらしい。
一番前を歩かせるのもそうだし、ルイスの意見を大事にしながらも、彼女は常にビルの顔色を見ている様だった。
「しかし……暑いわね」
ぺたんと地面に座り、手でぱたぱたと扇ぎながら、ロレッタが呟いた。
「そうかな?僕には適温ぐらいだけど」
六月の初頭だ。
これからどんどん暑くなって行くところだが、まだ暑いという程ではない。
時々吹く風も、ほどよく冷たくて気持ちが良い。
そう思っている内にも、一つ風が吹いて、街道を外れたところに生えている背の高い草達をさらさらと揺らした。
「脂肪が厚いからか?」
ビルが茶化して言う。やはり彼女の存在感のある胸を見ながら。
「むっ……あなた達に比べて、あたしは厚着だからね。このベストを脱げば、多少はマシかしら」
きつい視線をビルに向けてから、厚手のベストを示して見せる。
ロレッタは今、半袖のブラウスの上に、やけに厚いベストを重ねて着ている。
それは、ちょっとした鎧としても機能するらしいのだが、確かに熱が籠りそうだ。
ビルではないが、胸が大きいのも関係しているのかもしれない。
「じゃあ脱いだらどうだ?俺達みたいなショボイ一団を襲おうと思う賊もそう居ないだろうし、騎士なら手早く鎧を着る技術もあるだろ?」
「え、ええ。そうね……このままだと寝苦しいかもしれないし、そうしようかしら」
言うや否や、ロレッタは素早く胸元に手を当て、ベストのボタンを外そうとする。
「わっ」
思わず、ルイスは視線を逸らす。
既に彼女のセクシーな寝間着姿を見ている彼だが、服を脱ぐ様な艶めかしい仕草を直視してしまうのは、ちょっとした恐怖心があった。
対して、ビルはこれぞ眼福とばかりに、凝視している様だが。
「……はぁ。一気に涼しくなった感じね……あら、ビル、ルイス?どうしたのよ」
ベストを取り去ると、ふるっと小さく胸が小さく揺れた。
今まで女っ気のない旅をしていただけあり、ビルの興奮は最高潮だ。
「……あなた達、本当に性欲に忠実ね」
古典的に、鼻血を垂らしそうなビルを見て、ロレッタはジト目になって溜め息を吐く。
「そりゃあ、色々溜まってるからな!」
「ぼ、僕はまだ健全でしょ!?」
「……ルイス、この世にはむっつりすけべという言葉があるのよ。オープンなビルが最悪なら、こそこそしているあなたは最低よ」
「そこは、俺の方がまだ健全って褒めるトコだろぉ!?」
呆れ顔でビルの文句を受け流し、自分の体を抱く様にして胸を隠す。
柔らかな胸に腕が沈み込んで行き、それはそれでまた、欲望を刺激してしまう訳だが……。
「通気性の良い鎧を何とかして手に入れて、守っておかないと心配だわ」
「お、俺の手とかどっ、ぐばぁ!!」
手をわきわきとさせながら近付くビルは、呆気なく革のブーツに迎撃された。しかも顔を。
さっきとは別の意味で鼻血を流し、おいおいと泣く。
ビルが泣くところなど、ルイスは初めて見たかもしれない。
その理由がすけべ心だとは、複雑過ぎる心境だが。
「一応言っとくけど、寝込み襲おうとしたら、容赦なく刺すからね」
「ぼ、僕はそんな……」
まず、そんな度胸がない。発想すらなかった。
鼻血と涙でぐちょぐちょになりながら、土を食べる様に倒れているビルは、もう完全に懲りたことだろう。
――こうして、出立の最初の夜にして、明確な上下関係が作られた。
ビルはあれから、不貞寝の様に眠ってしまった。今ではもう、いびきがうるさい。
ロレッタも、最後にピューリの世話をしてから、眠った。ベストを脱いだことで通気性も確保出来て、快適そうだ。
そして、ルイスはやっぱり起きていた。
体は十分疲れているのに、気持ちが落ち着かないのか、やはり剣を振るいに寝床を出てしまう。
深夜と呼べる時間帯になると、風も止み、静かなものだ。
そこに鉄が空気の上を滑る音と、息使いが響く。
いつもの剣ではなく、その長さと重みに慣れる為、ロレッタにもらった剣を手にしている。
その所為もあって、直ぐに疲れは出て来た。
気持ちはまだ静まっているとはいえないが、この分なら疲労が勝ち過ぎていて、自然と眠ってしまうだろう。
ルイスが踵を返し、寝床に戻ろうとすると、ロレッタが立っていた。
何気なく立っている様なのに、不思議な威圧感がある。見ると槍を手に持ってすらいないのに、今のルイスではどこに撃ち込んでも、巧みに避けられてしまいそうだ。
「あなたって、夜行性?」
昨夜のことがある所為だろう。ロレッタは皮肉っぽく言って、足元にあった槍を片足で蹴り上げ、右手に持った。
ちょっとした動作なのに、蹴り上げる強さまで、完全に計算されていたらしい。
年齢の差はそれほどないのに、圧倒的なほどの実力差を感じてしまう。
「どうも、寝付けなくて」
武器を持つということは、これからどうしようというのか、いくらルイスでも察しが付く。
剣を抜きながら答えた。
「でも、良い汗かいた後みたいね。残念。あたしも起こしてくれたらよかったのに」
「気持ち良さそうに寝てたから……」
じっくり寝顔を見るのも、なんとなく悪い気がしたので見ていないが、安らかな寝息が聞こえて来ていたので、悪夢は見ていなかったのだろう。
「ルイス。左肩」
「えっ?」
不意に言われて、自分の左肩を見た時には、その五センチ前の地点に槍の先が固定されていた。
自分とロレッタの距離が狭まっていることに気付き、宣言の後、彼女が一瞬にして距離を詰め、槍を突き付けたのだと理解する。
気配も、音も完全に感じられなかった。ルイスとの鍛練で、人の放つ気迫や殺気という類のものを読むことには、それなりに慣れていた筈なのにも関わらず。
「そんなに慌てなくて大丈夫。これは、師匠に教えてもらった動きだから。普通の騎士は従騎士時代にこんな技を叩き込まれたりしない。そもそも、実戦でそんなに役立つものではないわ」
ロレッタは槍を手元に戻し、数度バトンの様に宙を回転させ、持ち直す。
ほんの道楽の様なことだが、自分の身長より長い槍を弄ぶのだから、高度な技術が必要だとわかる。
「ルイス。次は、反応出来る?槍を弾き返せとまでは言わないわ。宣言した部位の五センチ先の場所に、剣を滑り込ませてくれれば良い」
「う、うん。多分、出来るかな……」
ほとんど反射的に言ってしまったことで、実のところあまり自信はない。
それを彼女も汲み取ってか、そうでないか、おかしそうに笑うと、槍を突き出す姿勢を取った。
「股間」
「ええっ!?」
予想外の所を宣言され、驚いてしまうが、男としての生命の終わりを本能的に恐れてか、驚くほどの速度で剣を振るう事が出来た。
槍の先が剣に当たる直前のところで引き戻され、互いの武器を傷付けることなく、一連の攻防が終わる。
「ルイス。次」
「うんっ」
立て続けに訓練は続くそうだが、きちんと宣言してくれるのでやりやすい。
ビルの稽古の付け方は、教えるというよりは、傷め付ける中で何かを学ばせる、というものだった。
その方が危機感を持って臨めるのかもしれないが、そういう意味ではロレッタもギリギリのところで寸止めをするのだし、スリルはきちんとある。
こちらの方が、良い教え方の様な気もする。
「左の足首を薙ぐ」
「はいっ」
突きではなく、薙ぎという宣言に反応して、素早く後ろに飛び退く。
槍はやはり、さっきまでルイスの足のあった地点のギリギリのところで止まった。
咄嗟に回避を優先したが、剣を差し挟んでも良かったかもしれない。
「いいわよ。臨機応変にやれないとね。次、もう大丈夫?」
「うん」
ロレッタがきちんと褒めてくれるのもあり、段々ルイスは得意になって来た。
それでも、気を抜くと危ないかもしれない。ちゃんと緊張感を持って次の攻撃に備える。
「右肘」
意外な場所の宣言に、ルイスは一瞬戸惑ったが、直ぐに腕を体ごと逸らし、さっきまで肘があったところには、剣先を向けた。
そのほぼ直後に槍がやって来て、やはり寸止めする。
「うん。良い動き。次、行くわよ?」
それから、しばらく同じ訓練を繰り返していると、然程激しい運動ではないのにも関わらず、すっかり汗だくになってしまっていた。
だが、心地良い疲れを感じながら、ルイスは気持ち良く眠りに落ちて行くことが出来た。
翌朝。
体を起こそうとしたルイスは、自分自身の体に起きた変化を感じた。
「痛ッ……」
腕も脚も、脇腹も、そこら中が痛い。
「筋肉痛だ……」
昨晩はやっぱり、根を詰め過ぎた様だ。
自分一人でした素振りだけでも、結構な運動量だったのは間違いない。
それに加えて、ロレッタとも三十分は鍛練を続けていたのだろう。
体が悲鳴を上げるのも、おかしくはないことだった。
「お、ルイス、起きたか。ん、どうした?変な動き方して」
早く起きていたビルが、筋肉痛の所為でぎくしゃくとした動きのルイスに気付いてやって来る。
「いや……その、筋肉痛で」
「昨日、そんなに無理に歩いたか?お前でも、十分平気なスピードだった筈だが……」
「う、うん。旅程自体は大丈夫だよ。ただ、夜にロレッタと……」
夜。
ロレッタ。
その二つの単語に、ビルの眉毛がピクピクと動く。
そして、次の瞬間には悪魔の様な形相になった。
「お前……ロレッタと何してやがったんだ、このマセガキャァ!」
「た、ただの鍛練だよっ!いつもは僕一人でしてる事なんだけどっ」
「自分一人でやっている鍛練かっ!下の鍛練なんだな!?」
「違うよっ!ロレッタ!起きてるんだったら、助けてっ!」
ビルは襟を掴んで、ぶんぶんと体を揺さぶる。
軽く酔いそうな程の勢いなのだから、始末におけない。
「そうね……ルイス、意外と早いからびっくりしちゃった」
「またそんな誤解を生む様なことを言うーっ!!」
「どこだ!?どこで出したんだ!?胸か、手か、足か、まさか……」
「んー、手と、足と、お腹ね。ルイス、本当に早かったのよ」
「腹……なんてマニアックなプレイをキサマはっ!!」
「嘘じゃないけど、言い方が悪過ぎるよっ!」
ロレッタは、いつもの小悪魔の微笑を通り越して、完全に馬鹿笑いしてしまっている。
まさか、ここまでの計算していたのか……?と、ルイスの背筋に冷たいものが走り抜けた。
「で、でも、ロレッタは僕以上に早かったよね!流石、騎士だけあるよ!」
「おま、やる事やったのか!?まさか、騎士だけに馬乗りでーとか。がーっ!!そのドタマかち割ってやらぁ!!」
必死の反撃も、火に油を注ぐだけの結果に終わり、しばらく二人は追いかけっこの形になってしまった。
「朝に下トークは、この三人ではデフォルトなのね……」
と、誤解を加速させた本人は一人、笑いながら呟いた。
時は流れて、夕暮れ。
やはり予定よりは早く、一行は目的地に辿り着いた。
市壁が閉まっている様なことはなかったが、やはり商人の姿はあまり見ない。
「物価の高騰は避けられないだろうな……あんまり長く宿を取るのもきつそうだ」
滞在許可をロレッタが取っている間、ビルはぼやく様に言った。
いつもは同じことをビルが担当しているのだが、より慣れている方が、という人選だ。
ロレッタは村に住んでいた頃から、たまに遠出をすることがあったらしい。
「僕はちょっと町を見て回るだけで良いよ」
路銀は基本的に、大きな町で用心棒をしたり、通りかかった商人の護衛をしたりして稼ぐことにしている。
尤も、今まで大きな町に行くことがなかったので、後者ばかりで稼いで来たのだが。
ロレッタがある程度はお金を持参して来てくれたが、それでも三人となると、頻繁にお金を稼いで行く必要があるだろう。
そう思うと、自然とルイスも倹約を心がける発言をしていた。
「まあ、こういう町はそこまで面白い訳じゃないからな。やっぱり見てて楽しいのは、港町だぜ」
「へぇ、そうなんだ?」
「あの雰囲気は、一度味わうと癖になるからなぁ」
ルイスはまだ一度も、海というものを見たことがない。
当然、港町のその「雰囲気」というものも知らないのだから、今は想いを馳せるだけだ。
「はい、終わったわよ。ついでにちょっと話も訊いたけど、どうやら東の遠国で戦争が起きたみたいなの。その所為で、この町の物流の一端が途絶えたみたいね。あたし達がすれ違った馬車は、その商品の買い付けに来ていたんでしょう。気の毒なことにね」
「じゃあ、物価にはそんなに変動がないのか?」
一番大事なことを、ビルが訊く。
「ええ。変なものを求めなければね。むしろ、他の商人が頑張り出したみたいだから、安くなってるぐらいだって」
「それなら、別に長居しても大丈夫だな。どうする?」
二人が、そっと視線を向けて来る。
どれぐらいの期間滞在するかは、ルイスに一任させてくれるらしい。
「うーん、二、三日で良いかなって、僕は考えてるんだけど」
「ま、そんなデカい町じゃないしな。補給もそんだけあれば十分出来るし」
ロレッタも頷いて、ピューリの手綱を取った。
馬を預けられる宿は、交易都市であれば珍しくはないだろう。それほど宿賃が嵩むこともなさそうだ。
「じゃあ、まずは適当な宿を取るか。……ロレッタ、相部屋で良いよな?」
「襲って来たら、刺すけどね」
やはり、三人の中で上下関係はきちんと出来ている。
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