検索エンジンは犯人(ホシ)を知っている
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検索エンジンは犯人(ホシ)を知っている

 

 ポーン。

「今日も始まりました。日曜の正午からはカンナの満腹中枢大爆破!」

 FMラジオ局【FM上箕島】のスタジオ。俺、如月神那(きさらぎかんな)のやや自暴自棄な声と共にラジオの生放送が始まった。

 毎度毎度、この番組名を叫ぶのにはかなりの労力を要する。だがしかし、この珍番組名のおかげで視聴率がいいので我慢我慢。

「どうも、こんにちは。番組MCのカンナでございます。いよいよ四月に突入。新生活の季節到来だねぇ〜。このラジオを初めて聞いてくれた、リスナーさんもいるんじゃないかなぁ?

 今日もリスナーの皆からの質問、リクエスト、番組に対するメッセージにバンバン答えますよぉ。新人さんや古参さんまでバシバシとメール頂戴! メールアドレスは……」

 フリートークを織り交ぜつつ、台本どおりに番組を進めていく。

「早速、四月一発目のメールいってみよう! ラジオネーム【みりん干し好き】さんからの質問」

 俺は、葉書を読み始める。

「『カンナさんこんにちは! 春らしい天気が続いていますね。こんな日は何処か遊びに行きたいなと友達数人で計画しているのですが、なかなか決められません。カンナさんのオススメスポットは何処ですか? 教えてください。』

 春の行楽シーズンだねぇ。俺もこんな小春日和には何処かに出かけたいもんだね。そんな俺のオススメスポットは……」

 俺は即座に隣にあるノートパソコンを開き、俺自作の検索エンジンの【テリトリー】を起動させ、検索キーワードに行楽スポットと目にも止まらぬ早業で入力した。

「この時期なら、上箕島市郊外にある山島(やまじま)公園の桜祭りがオススメ! 祭りに毎年出店している屋台の焼きそばが濃厚なソースと共に、青海苔の風味が口全体に広がって……」

 検索エンジン【テリトリー】の検索結果画面に出ている、焼きソバについてのページを見ながら、あたかも俺自身が体験したように話す。

 こう見えて根っからのインドア派の俺にとって、行楽の話なんて未知の領域。だが、情報番組のMCをやっている以上仕方が無いこと。リスナーからたくさん質問来るからね。

 そこで大活躍するのが、俺がその場の気分とノリで作った検索エンジン【テリトリー】。

 日々起きた出来事やニュース、ネットでの情報、各種イベント情報の全てが【テリトリー】の中に蓄積されているので、俺が検索するだけで、【テリトリー】自身で俺が何を求めているのかを考え検索結果を表示するという、なんとも賢いプログラムが組まれている。

 

「さて、あっという間の一時間でしたが、如何だったかな? この番組では、これからも質問、リクエスト、なんでも募集しちゃうからバシバシ葉書やメール送っちゃってください。では、カンナの満腹中枢大爆破はこの辺で。また来週!」

 あれよあれよと言う間にラジオは終了し、スタジオ内に設置してある、ONAIRの灯りが消える。

「ん〜、終わった! では、お先に失礼します。お疲れ様でした」

 俺は椅子に座りながら背伸びをすると、隣に置いてあったノートパソコンの電源を切りスタジオ出ようとすると、カンナの満腹中枢大爆破担当の放送作家である今和(いまわ)ちゃんがやってきた。

「お疲れ様です。カンナさんにお客様ですよ」

 今和ちゃんがそう言って背後を示すと、今和ちゃんの後ろからひょっこりとスーツ姿の男が顔を出した。

「げっ、史。また来たのか」

 スーツの男、長月史(ながつき)の登場に嫌な予感しかしていなかった。

「幼馴染にその顔と態度はねぇだろ。そんな顔しているとしょっぴいちゃうぞ?」

 史はそう言うと、懐から警察手帳を俺に見せ付ける。

 史とは、家が隣同士という理由で物心付いた時から一緒に遊んでいた幼馴染である。

 俺がインドア派代表だとしたら、アイツはアウトドア派代表。天性のスポーツ馬鹿が高じて警察に入り、今は刑事として日々悪と戦っていると自負しているような奴だ。

 俺に会う度、警察手帳を見せ付けて権力を主張している奴に正義を自負して欲しくないけどな。

「神那、今から暇? 茶でもしばき倒しちゃおうぜ」

 史はニコニコとした顔つきで俺に迫ってきた。

 アイツがニコニコとした態度で茶に誘うのは、決まって俺にお願いがある時だ。しかも、俺に拒否権というものはい。

「カンちゃん連れて行っちゃいますけどいいですよね?」

 史は一応今和ちゃんに俺を連れ去る許可を請う。

「今日の番組も終わりましたし、明日の夜番組に間に合うなら、何処へでも連れて行っちゃって下さい。カンナさんも楽しんで来て下さいね」

 今和ちゃんは俺の心配事を知らず、笑顔で手を振って俺と史を見送った。

「よーし、いざ喫茶店へ参らん!」

 威勢の良い掛け声と共に、史は俺の襟首を掴み、強引に局内にある喫茶店へと連れ去っていくのであった。

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***

 

 局内一階の喫茶店。俺と史は案内された席に着き、適当にメニューを注文する。

「俺はアイスミルクティー」

「じゃあ俺は、オムライスと豚汁とキムチ炒飯と烏龍茶で」

 楽しそうに大量のメニューを注文する史に俺は呆れるばかりだ。

 数十分後、注文した料理がテーブルに並べられ、史はキムチ炒飯をがっつく。

「よく食べるなぁ」

「刑事は体力勝負の仕事だからねぇ。あっ、今回は俺の奢りだから神那もたくさん食べたらいいのに。

 それか俺のオムライス半分食べる?」

 史はオムライスをスプーンですくい俺に差し出す。

「いらん。俺は、家へ帰って食べるからいいんだよ。

 それより、今回も手助け欲しいからわざわざ此処まで来たんだろ? さっさと話を進めろ」

 俺の言葉に史はいそいそと内ポケットから一枚の写真を取り出す。

 それはバラバラに切断されて地面にばら撒かれた肉片を写した写真だった。

「うっ」

 あまりにもグロテスクな写真に思わず俺は口を手で押さえ、吐き気を抑えるためにミルクティーを流し込む。

 そんな俺をよそに史はケロリとした表情でオムライスを食べていた。

「こんなショッキングな写真を見てもよくそんな食べられるなぁ」

「時に食欲は何者にも勝るのだよ、神那くん」

 烏龍茶を飲んで偉そうに胸を張る史の頭に、鉄拳を言う名のチョップを食らわせる。

「それにしても、これ人間だよなぁ……」

 俺は口を押さえつつも写真をまじまじと見つめる。

「うん、人間。しかも女性だったかなぁ。昨日郊外の山の中で発見された仏さんさ」

 豚汁を美味しそうに食べている史の話によると、仏さんの身元は宮内暁子、二十六歳。上箕島市にある出版社【天柳社(てんりゅうしゃ)】に勤める編集者らしい。

「で、今回は俺にこの事件の犯人を捜して欲しいってか? 警察で何人か目星はついているはずだろ? 俺のような一般人に頼らず事情聴取をすればすぐに見つかるって」

 史は俺に犯人捜しを依頼するのはこれが最初ではない。しかし、大体は警察が目をつけている奴が犯人だったというパターンが多く、俺の出る幕はなかった。

「今回に至っては警察もお手上げ状態なんだよ。だから上箕島警察署一同は、如月神那が持っている検索エンジン【テリトリー】に頼ることに決めたという次第でござい。

 ちゃんと捜査協力依頼書も持ってきたから」

 そう言って史は一枚の紙切れをヒラヒラと示した。

 史が俺に事件の犯人捜しやその他様々な手助けを依頼するのは、俺の作った【テリトリー】が意外な本性を発揮するからである。

 俺個人が俺自身のために作ったこの【テリトリー】は、ネット内の奥底からも情報を拾ってくる。その情報は時に警察が欲しがっている証拠へと繋がっている場合があって、史を始め上箕島警察署全体が俺に頼るようになった。

「その【テリトリー】をそろそろ俺にも使わせてくれよぅ。いっつも神那の許可無しじゃないと使えないし」

「自分のために作ったもんだ。簡単に使わせて堪るかよ。パスワードもちゃんとかけているからな」

 【テリトリー】は普通にネット空間に漂っているのでページはアクセス出来るが、検索エンジンとしての機能を果たすには俺が設定したユーザーコードと英数字255文字のパスワードが必要となるため、誰も俺なしでは【テリトリー】で検索することは出来ない。

「ちぇっ、神那って昔からケチだったよなぁ……。小学生の時だって教室違うから忘れた教科書を借りようと思ったのに貸してくれなかったし」

 史はいじけながら烏龍茶を飲み干す。

「ケチで結構。別に俺は協力しなくても一向に構わないからな」

「それは困るんだよぉ、神那ぁ。俺とお前の好だろ? 協力してくれよぉ」

 史は涙と鼻水交じりで俺に擦り寄ってきた。

「分かった、分かったから。とりあえず此処では不特定多数に聞かれるから俺の家に来い」

 俺と史は会計を済ませて、ラジオ局を出た。

 

 ラジオ局から車で三十分、俺の家に着いた。

「ただいま」

「おじゃましますー」

 俺達が家に上がると、居間の方からお袋が顔を覗かす。

「おかえり。あら、史ちゃん久しぶりね。まぁ、こんなにも立派になって……」

 お袋は史の顔を見るなり駆け寄ってきて、史の頭を撫でる。

 ちなみに、お袋が史を見かけなくなってから一カ月しか経過していない。それで立派もないだろうにと俺はお袋に悪態をつく。

「松子おばさんお久しぶりです。おばさんはいつ見てもお綺麗ですね」

 一方の史が放つ社交辞令には砂を通り越して砂糖が出そうである。

「まぁ、史ちゃんったら冗談が上手いんだから。

 そうだ、ウチはこれから昼ご飯なんだけど、良かったら史ちゃんも一緒にご飯どう? 刑事の職は忙しくて栄養が偏っているとか寿美子(すみこ)おばさんも心配していたし。おばさん、張り切ってなんでも作っちゃうわよ」

「マジですか! ありがとうございます。やったぁ、久々に松子おばさんの美味しい手料理が食べられる」

 喫茶店でアレだけ食べたというのにまだ食べるのかコイツは。

「刑事は体力勝負の……」

「はいはい、それは分かったから。とりあえずお袋、これから俺達作戦会議するからご飯は俺の部屋に持ってきておいて」

「あら、また史ちゃんのお手伝い? 分かったわ、史ちゃんも神那もお仕事頑張るのよ。そういうことなら、今日の昼ご飯は二人の好きなコロッケね」

 そう言ってお袋は台所へ戻っていき、俺達は俺の部屋へと向かった。

 

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***

 

「で、どうして警察がお手上げ状態なんだよ」

 部屋に入り、小さなテーブルを囲み、捜査の要である【テリトリー】を起動してからミニ捜査会議を開始する。

「それが殺害された女性の勤め先である天柳社が、捜査に協力しないんだよ。こんなこと前代未聞だよ」

 確かに、例え後ろめたいことがあったとしても、警察の捜査に協力するのが普通だ。

 気になって【テリトリー】で天柳社を検索する。

 検索結果には天柳社のホームページからはたまた噂情報までが表示された。

「天柳社って、あのミステリー作家、阿化紀李(あけきり)氏が本を出している会社か」

「神那、阿化紀李氏を知っているの?」

 阿化紀李氏は俺と同い年の二十五歳だという若さで、今話題のミステリー小説『そして理想は失脚した』を出しているベストセラー作家だ。

 たまらないドキドキ感やリアルな描写に引き込まれる読者も多く、処女作の『籠の眼』から絶大な人気を誇っている。

 彼とは、一度だけラジオで一緒に仕事をしたことがある。

「そんな阿化紀李氏で儲けている会社が捜査に協力しないと言うのはおかしい。何か裏があるか?」

 俺はキーボードでコマンド入力すると、【テリトリー】が検索画面から機密文書のページだけを抽出する。

 俺が抽出されたページを順番に見ていくと、気になる一文を発見した。

「阿化紀李先生担当の編集者リストアップ? なんで作家の担当ごときで社外秘にしなくちゃいけないんだ?」

 そう思って俺がページを開くと、さすが社外秘のことだけあって頑丈なプロテクトがかかっていた。

「さて、【テリトリー】の本気を見せてやろう」

 俺がコマンドを高速で打つと、画面に愛想のないウサ耳青年が出てきた。

 点火された爆弾を持ったウサ耳青年は画面上の吹き出しで『イナバテトル障壁破壊演算プログラムを発動します』と喋る。

 【テリトリー】には検索用の人工知能が搭載されていて、そいつの名前がイナバテトルだ。

 イナバテトルは検索用に止まらず、相手方のセキュリティプログラムの破壊や相手からのサイバー攻撃を絶対防御で守りとおすことが出来る。

 バコーンという爆発音と共に、イナバテトルが吹き出しで『演算終了しました』と喋り、ページをクリックすると、今度はすんなりとページが開いた。

「コイツ、ハッキングまで出来るのか! やっぱ、神那の作った検索エンジン凄いよ」

 刑事の前で堂々と犯罪まがいのこと(いや、犯罪行為)をしているというのに、史は【テリトリー】の自動演算に興奮していた。

 そんな史に呆れながらも、俺はプロテクトが掛かっていたページを見ると、そこには編集者らしき名前が五人書かれていた。

 その五人の中に宮内暁子の名前も書かれていた。

「あーっ!」

 五人の名前を見て、史が大声を出す。

「どうしたんだよ、急に大声を出して」

 史は、微かに震えながらリストの中の藤原後代(こうだい)という名前を指差した。

「コイツ、宮内暁子が殺された一週間前に変死体で発見されてる。同じ天柳社の編集者だから関連性があるだろうと思って捜査本部が今調べてるんだけど……」

「リストの内2人も同一の事件に関わったと予測すると、このリストかなり臭うよなぁ、けどもこの証拠は証拠として認められないだろうし、どうすっかなぁ」

 これはネットで拾った情報であって、出版社が提出した証拠ではないため、相手側が違うと言えば、裏づけがないため証拠としては不適合だ。

「脅せば何とかなるんじゃない?」

「私もそう思うわ」

 史の次にお袋の声がして振り向くと、お袋は俺の目の前に湯気の立つ皿を突き出していた。

 皿の中には出来たてほやほやのコロッケが乗っていた。

「お袋、あのなぁ……」

「ノックしたけど返事が無かったから勝手に入っちゃった。ごめんね」

 年甲斐も無く無邪気な笑顔を振りまくお袋に、俺は怒る事が出来ない。

「神那は松子おばさんには本当に弱いなぁ。さて、とりあえずアツアツの内に松子おばさんの特製コロッケ食べちゃおうぜ」

 史は右手に箸、左手には茶碗を持って既に臨戦態勢だった。

「じゃ、ゆっくりしていってね。おばさんは邪魔しちゃ悪いからお暇するわね」

 そういってお袋は部屋から出て行った。

「さて、腹ごなしでもするかな?」

「あー、美味しかった。ご馳走様でした」

 俺がコロッケに手を付けると同時に史は食べ終わっていた。お前はどれだけ早食いなんだ。

「おっと、そろそろ署に戻らないと。このリスト借りるね。天柳社を脅してくるから」

 史は腕時計を見ると、すかさず身支度を整え、俺が引っ張ってきた例のリストを鞄の中に入れた。

「おい、まだ脅すという案を俺は賛成してな……」

「大丈夫、大丈夫。脅しのプロフェッショナルに頼むから。じゃあね!」

 史は、勢いよく俺の部屋から出て行った。

「全く俺の話も少しは聞けよなぁ」

 そういって、俺は昼食のコロッケを食べ始めた。

 

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***

 

 午後六時、FM上箕島内の会議室。ここで平日夜八時からやっている『ナイトレディオを聴かんな』の打ち合わせが行われる。

「おはようございます」

 俺は意気揚々と会議室に入り、自分の定位置に座るといそいそと寝る準備を始める。

「寝るんじゃねぇ! 打ち合わせくらいには素直に参加しろ」

 ナイトレディオを聴かんな月曜日担当の作家である、白樺(しらかば)改め鬼軍曹が俺の頭を台本でスパコーンと殴る。

「他曜日の作家は優しいのに、なんで月曜だけはこんな鬼軍曹なんだろうねぇ」

「何か言ったか? カンナ君?」

 俺の小言に鬼軍曹は睨みをきかす。

「はいはい、鬼軍曹の言うことは素直に聞きますよっと。ちゃっちゃと打ち合わせ始めちゃおうぜ」

 俺は殴られた頭を擦りながら、鬼軍曹に打ち合わせの開始を促す。

「本日のゲストさん入られまーす」

 番組ADの木場ちゃんが会議室にゲストを連れて来た。そのゲストはなんと、

 渦中の人物、阿化紀李氏その人だった。

「おはようございます、阿化紀李です。久々の出演で緊張していますが、よろしくおねがいします」

 阿化紀李氏は恭しく一礼してから、俺の横の席に腰掛ける。

「カンナさんお久しぶりです。どうしました? 私の顔に何か付いています?」

 俺が唖然とした顔で阿化紀李氏見つめていたのを不思議に思ってか、彼は俺に問いかけた。

「阿化紀李さんお久しぶりです。まさか二回も仕事を御一緒出来るとは思ってなくて、吃驚しただけですよ」

 俺は苦笑いを浮かべながら彼に答えると、安心したのか彼は安堵の表情を浮かべた。

「打ち合わせ始めるぞ。今日の『ナイトレディオを聴かんな』はゲストに人気作家の阿化紀李さんが来て下さっているから、小説の制作秘話なんかを織り交ぜつつ、リスナーの新生活に関するメールで話を広げていくという構成で行こうと思っている。あらかじめ……」

 鬼軍曹の長い番組構成の話を聞いていると、お経を聞いているみたいで次第に俺の瞼は塞がっていく。

「だから寝るんじゃねぇ!」

 スパコーン。

 俺の頭に鬼軍曹のニ発目がジャストミートした。

 この攻防がこの後も何度も続き、結局打ち合わせ終了間際まで、俺は鬼軍曹に計二十五発殴られることとなった。

 

 打ち合わせが終わり、俺は番組が始まるまで二階の局スタッフ専用ドリンクバーの机に腰掛け、スマートフォンをいじる。

 パソコンだけじゃなく、スマートフォンなどのネットに繋げられる機器であれば、なんでも【テリトリー】にアクセスすることが出来る。つまり、コードがない所でも即座にアクセスが出来るって訳だ。

 まぁ、これもこれで電池残量との戦いなんだが。

 ユーザーコードとパスワードを入力して【テリトリー】を本格稼動。ちまちまとネタ探しをしていると、

「カンナさん、打ち合わせ終わってから居ないと思ったら、こんなところで何しているのですか?」

 湯気のあがる紙コップを大事そうに持った阿化紀李氏がやって来た。

「ラジオで喋るネタ集めですよ。今日は特に天下のミステリー作家の阿化紀李さんがいますから、俺がネタ切れでもしたら阿化紀李さんの番組になりそうで」

 俺の冗談に、彼はクスッと笑った。

「いえいえ、私なんて最近スランプで困っているところで、ここはカンナさんに一つご教授して欲しいものですよ」

 彼は恐縮そうに頭を掻いた。

「俺なんかで良かったらいつでもお手伝いしますよ。とはいってもやっぱりお邪魔虫ですよねぇ」

「いえいえ、大歓迎ですよ! ちょうど次回作はラジオ局で起こった話を考えていて、今回のラジオ出演もそれの取材も兼ねているんですよ。あっ、そうだ……」

 彼はごそごそとポケットから名刺入れを取り出し、俺に名刺を差し出す。

「私の携帯番号とメールアドレスが書いてあるので、もし良かったらDJの裏話とか聞かせてください。ここでは話にくいこともあるでしょうから」

 阿化紀李氏はニコリと微笑んで見せた。

「じゃあ、家に帰宅してから連絡しますね。それにしても、まだ新作が発売されて一ヶ月しか経っていないのに、もう次回作構想だなんて凄いですね」

 俺の言葉に彼は照れ笑いをする。

「私に想像という概念があるうちは作品を作り上げていかなければと思っていますし、私の作品を心待ちにして下さっているファンの方もいらっしゃいますから。

 しかし、作品の味である“リアルさの追求”に躍起になってしまいまして、先ほど言ったとおりどうもスランプ気味なんですよ。担当さんには私のスランプ解消に一役買っていただいているのですが、なかなか解消できなくて……」

「そうなんですか。そうとなったら何でも協力しますよ。

 おっと、友人に電話を掛けないといけない用事が出来たので、別室に移動しますね。それでは、またスタジオで」

「では、また。話を聞いてくれてありがとうございました。カンナさん」

「いえいえ、俺でよければいつでも聴きますよ」

 俺は阿化紀李氏にひらひらと手を振ると自分の楽屋へと赴く。

 

 楽屋。急いで俺は史に電話を掛けた。

「神那だが、例の作戦は実行したのか?」

『お、ナイスタイミング。今、連絡しようと思っていたところ』

 史は、掛けようとした時に電話掛かってくるなんて俺達運命の赤い糸で繋がっているのかもねと冗談を言ったが、俺はそんな言葉を完全スルー。

『ボケをスルーかよ! まぁ、結果を申し上げると、どんなに脅しても駄目だったよ。そこまでして隠し通したいことって何かあるのかねぇ』

 史は電話先で不思議そうな声を出す。

「さぁな。それより、“あとしろ”の検体資料見せて欲しいなぁ、新種の生き物ネタをラジオでやろうと思っているんだけども」

『は? “あとしろ”? いきなり何言っちゃっているの?』

 突拍子もない俺からの言葉に史は電話の先で困惑していた。

「前に見せてくれるって言ったじゃないか。月うさぎと俺との仲だろ?」

『……! あー、そういうことね。これからメールで送るよ。やっぱり【テリトリー】経由がいい?』

 ようやく状況が飲み込めたのか、史は話を進める。

「そっちで構わない。宜しく頼んだぞ、月うさぎ君」

 そう言って俺は電話を切った。切ったと同時に外の通路でパタパタという音が響き遠のいていった。

「やっぱり、そう来ると思った」

 俺は呆れ半分で扉を見ていると、『メールが来たぞ』とイナバテトルが喋る。

 届いたメールを開くと史から藤原後代の死体検分資料が添付されていた。

 メール本文には、人気者はつらいねぇと書いてあった。

 俺は誰が巻き込んだと思っているんだと史にメールを返信して送られてきた資料を見る。

「まぁ、そーいうことだろうとは思った」

 検分資料を見て俺の考えが一つに繋がった。やっぱり動機は……

「カンナさん、そろそろ本番ですよ」

 ADの木場ちゃんがノックをして楽屋に入ってきた。俺はスタジオに持ち込み用のノートパソコンを持って、スタジオに向かった。

 

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 ポーン。

「さてさて始まりました、平日の夜八時は『ナイトレディオを聴かんな』のお時間ですよー、皆さん。パーソナリティーはいつもどおりカンナでお送りします。

 今日はスペシャルゲストとして、このラジオ二回目の登場! 阿化紀李さんです」

 スタジオ中が拍手で包まれ、阿化紀李氏は自己紹介を始める。

「どうも、阿化紀李です。またまたカンナさんのラジオにお邪魔しちゃいました」

「いやぁ、またゲストで来て頂けるとは思いませんでしたよ。なんせ上箕島市が生んだ天下のミステリー作家ですから」

 俺はここぞとばかりに彼を持ち上げる。

「天下のミステリー作家だなんて、大げさですよ。カンナさんも上箕島のスターじゃないですか」

 彼も負けじと俺を持ち上げ、お互いヨイショ合戦が繰り広げられた。

 ディレクターと鬼軍曹が腕を大きく回し始めたのは言うまでも無かった。

 

「さて、ディレクターが次に進めろと煩いので進めるとしましょう。今日のテーマは四月という事で“新生活・新たなスタート”についてリスナーのメールを阿化紀李さんと一緒に紹介していこうと思います。

 まずは、このラジオの常連さんであるラジオネーム月うさぎさんから。『カンナさんこんばんは、新年度突入ということで小説の執筆に挑戦しています。けれども、人気ミステリー作家である憧れの阿化紀李先生みたいに上手く書けないものですね。カンナさんは何か始めたことはあるんですか? 教えてください』

 おー、まさにこの日を狙ったかのようなメール。どうですか、阿化紀李さん?」

 俺はわざとらしく驚いたフリをして阿化紀李氏に話をふる。

「本当ですね。私のファンの方みたいでとても嬉しいです。

 私は出来るだけ人間観察に重点を置いて書いているので、月うさぎさんも日々の人間関係をよく注視していると、話が自然に浮かんでくるかもしれません。試してみてくださいね」

 俺の振りにも何食わぬ顔ですんなりと答えていく。

「へぇ、様々な人間関係の蓄積から阿化紀李さんの作品は作られているんですね。

 月うさぎさんからの質問だけども、新しく始めたことかぁ……、俺は最近料理に凝っているよ。お袋の味を目指して頑張って作っているけど、なかなかお袋の味には近づけないもんだねぇ。俺のお袋はコロッケを作るのが上手くて、もっぱらお袋の元で修行中だったりするね。

 阿化紀李さんは今年になって始めたことありますか?」

「お袋の味って食べなれているけど、いざ自分で作るとなると味が全く違うんですよねぇ。私も母親の元で修行しようかなぁ?

 私は最近旅行雑誌を買って仮想旅行プランを立てていますかねぇ。いつかはメジャーな時刻表トリックを使った話とか書いてみたいのですが、なかなか取材旅行へ赴く時間がないので妄想で留めていますけど」

 妄想なんですか。と俺が軽くツッコミを入れると、スタジオ内が笑いで包まれる。

「月うさぎさんのみならず、他のリスナーも新たな挑戦をしている人をこの番組はドンドン応援しちゃうぞ。こんなチャレンジをしているというメールもバンバン募集しているので送って頂戴!

 さて、此処で曲紹介。今日の一曲は、ラジカルモデリングスの新曲で『グラップ』!」

 俺の一言で軽快なロックナンバーが掛かる。

「そういえば、ラジオネーム月うさぎさんってカンナさんのお友達さんなんですか?」

 曲が流れ始め俺が原稿をまとめている最中に、阿化紀李氏はとんでもない質問をぶつけてきた。

「どうしてそう思ったんですか?」

 俺は逆に質問を返す。

「いえ、今日のことをまるで見越したようなメールですし、それにカンナさんがさっき電話で月う……」

 彼は言葉の途中で黙りこむ。

「電話がどうしました?」

 俺の問いかけに阿化紀李氏は動揺の顔を見せる。

「いえ、私の思い違いかもしれないですね。変なことを言ってごめんなさい」

 彼の謝罪と同時に曲は終わり、マイクの電源が入った。

「というわけで、『ナイトレディオを聴かんな』今日はもうお別れの時間となりました。阿化紀李さん今日は本当にありがとうございました。またスタジオに遊びに来ちゃってください!」

「はい、是非」

 今さっきの動揺から一転、リスナーに今さっきの出来事を悟られないように楽しそうに答えた。

「では、『ナイトレディオを聴かんな』今日はこの辺で。また明日夜八時にお会いしましょう!」

 俺の締めの言葉でラジオは無事終了。お疲れ様でしたという言葉がスタジオ内に木霊する。

「阿化紀李さんお疲れ様でした。この後空いていますか? 一緒に食事でも……」

 俺は、ノートパソコンを鞄にしまいながら、阿化紀李氏を食事に誘う。

「折角のお誘いですが、今日の取材を纏めなきゃいけないので家に帰らないといけないんです。また誘ってください」

 彼は残念そうに俺に断りを入れてきた。俺はそれなら仕方ないですねと了承した。

「では、お先に失礼します。カンナさんお電話待っていますね」

 そう言って彼は小走りでスタジオを後にした。

「果たして、真実はどうなのかなぁ」

 身支度を整え、ラジオ局の出入り口に向かって歩きながら俺は再び史に電話を掛けた。

『ラジオ聴いたよ、俺、神那の作った茄子の揚げ浸しが食べたい!』

 電話に出るなり、料理のリクエストを出す史。

「誰も料理のリクエストを聴きに電話したんじゃねぇよ。ホシが分かった。あと、出版社が隠し通す訳もな」

『え? どういうこと? 教えてー』

 史は興味津々で俺の話を聞く。

 

「……ということさ。それなら合点が行くだろ?」

 俺の話が一通り終わり、史は納得したような声を出した。

『へぇ、裏にそんなことがねぇ。よし、逮捕状を請求して……』

「待て、俺に案があるんだ。あのな……」

 俺は声を小さめに史に作戦内容を話した。

 

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***

 

 自宅に帰り、いそいそとスマートフォンと阿化紀李氏から貰った名刺を手に、彼に電話を掛ける。

「もしもし、カンナですけども」

『あー、カンナさん。約束どおり電話を掛けてくださったんですね。ありがとうございます。ラジオも終わったばかりでお疲れでしょうに……』

 彼はとても嬉しそうに、家に帰ったばかりの俺を気遣う言葉を投げかける。

「阿化紀李さんの為ならこれくらい大丈夫ですよ。

 そういえば俺、あれから面白い話を思いついたので、是非阿化紀李さんのお耳に入れておこうと思って……」

『ほう、どんな話ですか? ちょ、ちょっと待っていてくださいね、今、ネタ帳を持ってきますので』

 電話先でゴソゴソという物音が数分流れた後、どうぞという彼の声が聞こえたので、俺は話を続ける。

「ラジオ局のDJが、ある編集者の連続殺人事件における、出版社と大人気ミステリー作家の陰謀をパソコン一つで暴いていくって言う話なんですけど、阿化紀李さんから見てこの話どうですかね?」

 俺の話に阿化紀李氏はふむふむと頷きながら、電話先でカリカリとペンを走らせる。

『今までにない発想で面白いですね。主人公のDJに襲いくる大きな陰謀とか、なかなか無い話です。流石カンナさん、私にはとても考えないつかないですよ。もっと詳しい内容とか考えているんですか?』

「てっきり、阿化紀李さんだから思いついているありきたりな話だと思ったのですが、俺の思い違いだったんですね」

 俺はしれっとした態度で彼に問う。

『それは、どういう意味ですか? 今言いました通り、私には流石にそんな発想は……』

 俺の言葉に彼は困惑の色を隠しきれない。

「警察が今懸命に捜査を続けている、天柳社の編集者の殺人事件。編集者を手にかけたのは阿化紀李さん、貴方ですね?」

『……! な、なんの話ですか? カンナさんにしては冗談がキツ過ぎますよ。どうして私が自分の担当を手にかけないといけないのですか?』

 彼はほとほと困り果てた様子で俺に問いかける。

「俺は編集者とは言いましたが、阿化紀李さんの担当とは一言も口に出していないですよ?」

『……っ。そ、それは、出版社から連絡があったので』

 動揺したのか、彼は俺が一言も口に出していなかった、“担当”という口に言葉を出してしまい、苦し紛れの言い訳を始める。

「そこまで反論するのでしたら、どうして俺の電話を盗み聞きしたんですか?」

『……! 知っていたのですね?』

 そう、阿化紀李氏は本番前、俺と史の会話を盗み聞きしていた。

 それを察知した俺は、史と俺の間でしか知られていない、“月うさぎ”という言葉を使ったのだ。

 “月うさぎ”とは史のラジオネームで、そのことは俺と出している史本人しか知らない。

「阿化紀李さんと一緒に来た出版社の社長が聞いているのかと思いましたけど、曲が流れている時に貴方が聞いた一言で確証しました」

 彼はあの時俺と月うさぎの関係性を聞き、俺がはぐらかすと電話していたということまで問いただしてきたのだ、これは楽屋で盗み聞きしていた奴にしか分からない。

『はぁ……、なかなか自分の小説みたいに上手くはいかないモノですね。その通りです。私が編集者二人を手にかけました』

 とうとう観念したらしく、彼は殺害を自供した。

『流石のカンナさんでも、殺害理由までは分からないですよ?』

「作品のネタが欲しかったんですよね? ただ、純粋に」

 俺は彼の質問にズバリと答えた。

『それもお見通しでしたか、カンナさんの方が作家に向いているのかもしれませんね。

 そうです、私は小説にリアリティを求めるがあまり人を殺めてしまいました。ただそれだけの理由です』

 阿化紀李氏の声は何処か憂いを帯びた、そんなような声をしていた。

「俺には知識が渇望することに恐怖を覚えたことはないので貴方の気持ちは理解し難いですが、どうしてそこまでする必要があったのですか?」

『怖かったんです、最初はテレビで見た事件や事故を考察しながら書いていたのですが、だんだんそのストックがなくなることで、私の作品のクオリティが落ちてしまうのじゃないかと怖くなったのです。そして、そのことを出版社の社長に相談したら……』

 クオリティ維持の為に殺人をしろと言われたというわけですねと俺が聞くと、そのとおりですと彼は肯定する。

『社長は私の小説でまだまだ儲けたかったのだと思います。だから、私の本を出版出来るのなら社員を差し出すことも厭わなかったんだと思います。

 社長のことを言っても仕方ないですね。実際、手にかけたのは私なのですから。

 殺人だなんて理性が抑えてくれるから大丈夫だと思っていました。ですが、私の制作意欲は理性より上回っていたらしく、小説が出来るためなら人を殺す事だって簡単に出来てしまったんです。今思うと自分でも恐ろしいことです。

 カンナさん。私、カンナさんに出会えて本当に良かったと思います。こんな馬鹿な私の眼を覚ましてくれた』

 彼は電話先で声を震わせる。彼は自供するにつれて泣いていたのだ。

「俺でよかったらなんでも聴くって、そういう約束ですから。あと数分で俺の幼馴染が逮捕状を持って貴方の家に来ます。警察署で真実を話してください。

 また、阿化紀李さんの話が読める日を楽しみにしていますね」

『はい。その時はカンナさん、貴方をモデルに小説を書きたいと思います。

 では、また会う日まで』

「また、会う日まで」

 俺は彼に別れの言葉を残し、電話を切った。

 

 その後、阿化紀李氏は本名鹿嶋光明(かしまみつあき)として殺人罪の容疑で逮捕された。しかし、ペンネームの阿化紀李としての名前は報道では流れなかった。史のささやかなる配慮の御蔭であった。

 一方の天柳社の社長は殺人教唆の罪で逮捕され、関連事件についての取調べが進んでいるらしい。

 

「あの頑固親父、なかなか口を割らなくて困っているんだよ。何かあればすぐに本が……とかうわ言ばかり、困っちゃうよね」

 局の喫茶店。史はいつもどおり大量に料理を注文していた。

「社長にとって売り上げが第一だったのだろう? どこの会社もそうだが、それがとんでもない事件に発展したのは確かだな。

 それにしても、いつにも増してよく食べるなぁ」

 俺は史の食べっぷりの良さに呆気に取られる。

「これからまたあの頑固親父に対決しないといけないからね。一先ず、神那のご協力感謝だな。神那が居なかったら事件の解決が長引いていたし、新たな被害者が増えていたのかも」

 史には珍しく、ペコペコと頭を下げた。

「珍しいこともあるんだな。これは槍でも降るかもな」

 俺の冗談に史は酷いと怒る。

「まぁ、いいや。神那様、次のお願いなんだけど」

 ニコニコしながら、史はとある資料を取り出す。

「ある秘密結社が怪しい集会を開いているらしんだよ。【テリトリー】で見つけられないかなぁ?」

「そんなもん、自分たちで見つけろよ!」

 俺は我慢しきれず、史のこめかみを拳でグリグリする。

 

 俺の生活は自分の作った検索エンジンで毎回振り回されるわけだが、そんな毎日も悪くないと思っている。だって、その方がネタに困らないから。

 俺はそう思いながら史をいじめ倒したのであった。

 

終幕。

 

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電撃二次落ちなアレ。只今続編を思案中。
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