十六夜咲夜は花粉症
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永遠亭、それは迷いの竹林の奥に居を構えている屋敷。永夜異変よりその存在を幻想郷に現し、パワーバランスの一角となった。

当初は迷いの竹林の中という立地条件もあり、誰も近寄らなかったが、月の兎が広めた常備薬の効力と医師の腕前、滅多にお目にかかれない幸運の白兎と絶世の美女、そして月都万象展による呼びこみにより、晴れて幻想郷の一員となれた。

現在では永遠亭の一部を診療所として開放しており、往診以外の時でも診察を行っている。

そんな永遠亭にまた一人、治療を希望する者がやって来た。

 

「さて、次の方は……あら」

 

八意永琳は患者の顔を見て、少しだけ驚いた声を出した。

患者の姿は見覚えがある、永夜異変の時に目の前に立ちはだかった相手の一人、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜であった。

どうしたのかと訪ねようと彼女の顔を見て、今度は大いに驚いた。あの彼女が涙を流しているのである。

十六夜咲夜と言えば、博麗霊夢や霧雨魔理沙に続き、人間の身でありながら妖怪以上の能力を有しており、異変を何度か解決したことがある実力者である。また、紅魔館でのメイドの仕事ぶりは「完璧で瀟洒なメイド長」という二つ名で呼ばれるほどであり、主人以外の相手には不敵な態度を崩さず、誰に対しても弱みを見せない人間であった。

そんな彼女が、今無防備に泣いている。これは驚くに値する出来事であった。

 

「落ち着いて、何があったの?」

 

永琳は咲夜に近づき、彼女の顔を覗き込んだ。患者の気持ちを落ち着かせる意味もあるが、一番は相手の症状を見極めるためである。

永琳は咲夜の顔を改めて良く見る。紅く充血して潤んだ瞳、流れ出さないように啜る鼻、何かを言おうとゆっくりと動く唇、花咲く季節、温かい日差しと風。これらの要因から導きだされる答えは一つ。

 

「涙と……鼻水が……止まらないの」

 

花粉症である。

 

 

 

 

 

 

十六夜咲夜は花粉症

 

 

 

 

 

「その程度のことで安心したわ」

 

「その程度とは失礼ね、私にとっては一大事なのよ?」

 

「それはそうなのだけどね……」

 

永琳から貰ったティッシュと薬で落ち着いた咲夜は、永琳に現状を説明した。

発症し始めたのは先週のこと、今まではなんとも無かったのだが、突然クシャミが多くなったと思ったら、涙や鼻水も出始めた。レミリアの紅茶を零してしまったり、図書館の本を崩してしまったり、フランドールのオヤツを作り間違えたり、門番に向かって大きなクシャミをしてしまったりと、症状は日に日に強くなっていき、メイドとしての仕事が全う出来なくなるほどになってしまった。

肉体的な病気等には無縁な紅魔館の面々では、症状以外は健康体であるため、理由は分からず、本日永遠亭へ行くことを命じられた。

あの紅魔のメイドが大泣きしていたため何事かと焦っていた永琳としては、花粉症程度であったことに安心するのは仕方が無いという物だ。

 

「それで、これはどうすれば治るのかしら」

 

痒む目をまぶた越しに擦りながら尋ねる。勿論、そんな事をすれば逆効果ではあるのだが、花粉症が広まっていない幻想郷で正しい対処を期待する方がおかしい。

永琳は小さくため息を吐いて、咲夜と向き合った。

 

「先ず、今みたいに目を擦っては駄目よ。眼球が傷ついて余計酷くなるから」

 

「そうは言っても、痒いのは痒いのよ」

 

「まあ、気持ちは分からなくもないけどね。これを使いなさい」

 

そう言って目薬が入った容器を手渡した。在庫がなかったので、この場でササッと作った物である。

咲夜は永琳から薬を受け取るが、それを首を傾げながら眺めた。

 

「これはどういった薬なのかしら?」

 

「……ああ、そうね」

 

一瞬呆気に取られたが、先に言った通り幻想郷では花粉症という病気は流行していない。それ故、目を酷使するほど使用することがない彼等にとっては、目薬という物は馴染みがないのだ。咲夜がそれを知らないのも頷ける。

 

「これは目薬と言ってね……ちょっとコッチに来てもらえるかしら?」

「?ええ」

 

永琳に促されて、近場のベッドに腰掛ける。何かわからず油断していた咲夜は、呆気無く一瞬で頭を隣に座る永琳の膝の上に落とされた。目の前に急に天井と永琳の顔が映り込み、少なからず咲夜は慌てた。

 

「え?」

 

そんな咲夜の反応を無視して、永琳は目薬をさした。

想像してみて欲しい。

誰かに目薬をさしてもらう気恥ずかしさを、初めて目薬をさす時に感じる恐怖感を、目が傷ついた時に目薬をさした時の痛みを。

それらが全て同時に咲夜に襲いかかった。

 

「っ〜〜〜〜!!」

「はい、もう片方もやるわよ」

「ちょ、ちょっとま……っ〜〜〜!!」

 

いきなりの事で戸惑い、抗うことが出来ず為す術なくその刺激を受けるしかなかった咲夜。

大きく声を荒げる事は防げたが、手足が反応するのは止めることが出来ず、ジタバタと悶えてしまった。

その様子を見た永琳は、とてもいい笑顔を向けて言った。

 

「こうやって使うのよ、目を擦ると痛みがもっと酷くなるから気を付けるのね」

「……そのようですわね、気をつけますわ」

 

目薬とは違う液体を浮かべた瞳で睨みながら、咲夜は薬を永琳から受け取った。

永琳は珍しいものを見れたというとても楽しそうな表情を、咲夜は自分の失態を見て喜んでいる相手を呪い殺さんとするほど怒気に染まった表情を向けていた。

小言の一つでも言ってやろうかと思ったが、眼の奥まで広がっているような痒みが引いてきているし、彼女は自分が頼んだ治療をしたにすぎない。それに、下手に突っかかればさっきのをダシに使って誂われるのは分かりきっている。

咲夜は嘆息し、仕方なしに矛を収めた。

 

「掃除をする時にはマスクとゴーグルを付けることをお勧めするわ。粘膜が弱まっていて、普段平気な埃でも過剰反応してしまうから」

「確かに最近はすぐにクシャミや涙が出るわね……でも大丈夫、時を止めて掃除しているので問題ないわ」

 

それからは至って真面目な診断となった。花粉症の対処方法、薬の処方法、普段気をつけた方が良いこと等を聞いて、咲夜は薬を貰って紅魔館へと帰っていった。

こうして、永遠亭はまた一人患者を救い、その評価は上がったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

後日、咲夜が永遠亭にクッキーを持って現れた。なんでも先日「十六夜咲夜が花粉症で醜態を晒す」という記事を書こうと射命丸が訪れたらしい。永琳の薬のお陰で醜態を晒さずに済んだので、その御礼にと来たようだ。

 

「別にそんな気を使う必要はないのに。こっちは仕事なんだし、患者さんの笑顔が一番のお返しよ」

「何キャラに合わないことを言っているのよ。それに恩義を返すのは悪魔の従者として当然のことですわ」

 

その台詞こそ悪魔の従者として合わないのではないだろうかと思ったが、悪魔は契約や約束事を順守する種族であり、自分の誇りを重視している。宣言通りに花粉症を治し、紅魔のメイドとしての評価を守ってくれた相手に礼をするのは、当然なのかも知れない。

 

「ありがたいんだけど……ちょっと多くない?」

「あなたの所、大所帯じゃない。それでも少ないくらいよ」

「まあ、確かにそうなんだけどね」

 

机の上には、普段鈴仙が人里へ持っていく薬箱と同程度の大きさをもった容器が4つ程置いてあった。弾幕勝負では妖怪に負けない彼女だが、普通の少女である。あの細腕に、これを一度に持ってくる力があるのだろうか。

 

「今外にウチの門番がいるのよ」

「ああ、なるほどね。」

 

咲夜の返答に、納得する永琳。館のメンバーのせいで霞んで見えるが、彼女も十分に強い妖怪である。この程度の仕事なら朝飯前、むしろ物足りないくらいだろう。もっとも、最近は平和ボケしているせいなのか、そのような素振りを見せようとはしない。そのせいで、駄目門番などとレッテルが貼られているが。

 

「それで、調子はどうかしら?」

「健康よ。お陰でクシャミ一つ出ないわ」

「それなら良かった」

 

永琳の薬の効果は覿面だった。翌日には目の痒みや鼻のムズみが減り、三日後には完全に症状が治まった。今までは胡散臭い宇宙人の薬だと思ってい咲夜だったが、今回の件で多少認識を改めた。

薬の効力、医者としての能力、そして永琳の患者に対する態度。それが咲夜の中での永琳の評価を上げる事になった。

 

「……また何かあった時は、お願いするわね」

「ええ、何時でもいらっしゃい」

 

互いに軽く笑いあい、その場は終わった。永琳は鈴仙に指示を出し、咲夜は兎と戯れていた美鈴を呼び出して紅魔館へと帰った。

こうしてまた、幻想郷の日々は過ぎていった。

 

説明
ぶっちゃけこっちが処女作。酷い内容です。
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