リヴストライブ:第1話「囲われた世界の中で」part1 |
リヴストライブ
→挿絵入りは公式サイトにて →公式サイトhttp://levstolive.comから一週遅れでチナミに掲載(公式サイトと同じく毎週金曜更新)
〜プロローグ〜
「ねえ父さん、この世界以外にも世界っていうのはあるのかな?」
子供は、赤みを帯びた頬を転がして無邪気に質問を投げかけた。
茜色に染まる開けた水路――そこで父と子が都市の全景を眺めながら、やりとりをしていた。いつもと変わらぬ、この子供らしい哲学的疑問。父親はこういうとき決まって、煙に巻くような憮然とした表情で答えを返した。
「さあね。可能性はなくはないんじゃないか」
「……研究者だろ。それぐらいわからないの?」
「父さんの仕事は、分かることと分からないことを分かるようにする仕事だからね。それは分からない、というのを知ってるってだけさ。そこからようやく分からないことを解明するんだ」
子供は眉をひそめ、困惑した表情を浮かべた。
「……。何言ってんのか、よくわからないよ」
「ほら、お前もできたじゃないか。分からないことが分かったんだ」
「ちょっと待ってよ。それって引っかけ問題みたいじゃん!」
「いや、父さんの仕事は、その引っかけ問題を認識することが大事なんだ。そこからすべてが始まるのさ」
「父さん自身はどう思ってるのさ。研究者じゃない父さんは」
「ん、父さんか……。父さんは、目で見たことしか信じてこなかった。それは今でも変わらないし、今後もまた変わらないだろう」
子供にとって、この父親との会話は当惑の連続である。しかし、不思議と不快な気持ちは起こらなかった。
「わかんないよ、それ。どういうこと?」
「父さんの世界はな、目に見える範囲でしかないんだ。例えば、こんな昔話がある。昔々、世界の平和を願った一人のお姫様がいました。お姫様はひたすらお城に閉じこもり、そのことを考え続けました。どうしたら世界は平和になるのでしょう、と。でも、まるでその答えは分かりませんでした。栄児、これは何でだと思う?」
「えっと……、何で?」
「それは、お城の中は平和だったからさ。平和の中で、平和を考えても平和じゃないものは分からなかったんだ。だから、お姫様は死ぬまでお城に閉じこもり、平和についてを考え続けたっていうお話だ」
「ふーん」
「父さんもお姫様と一緒だ。お城の中ばかり見て、外がどうなっているかまるで分かっていなかった。でも父さんにとっては、やっぱり見えていない部分よりも見えている部分の方が現実だったんだ」
「じゃあ父さんも、お城で死んじゃうの?」
「どうだろう。けどな栄児、そんなお姫様でも、友人に恵まれれば、そうはならなかったんだと父さんは思う。家来でも両親でも王子様でもいい。誰かが手を引いて外の世界を見せてあげるだけで、お姫様は自分が何をすればいいのか理解できたはずなんだ」
「そういうもんなのかな」
「ああ、きっとそうだ。そうそう、栄児はいつも、俺がこの世界を守るんだって言ってるけど、まずはこの世界を理解しなくちゃな。何からどう守ればいいのか分かってないと、途方に暮れて、引きこもりのお姫様になっちゃうぞ」
「なんだよそれ、俺は一人でもやっていけるし、大丈夫なの!」
子供はほっぺを膨らませて、心外だと言わんばかりに父親に反論する。
「そう言う意味じゃ、お前に世界は救えないな」
「ちょっとストップ! そんな風に言わなくたっていいだろ、子供の夢壊すのが本当に好きだなー、父さんは」
「……夢、か。これでもなあ、子供の夢はできるなら守ってやりたいとは思ってはいるんだぞ」
そう言うと、父親は遠い目をして視界に広がる摩天楼を見つめた。
「ねえ。父さんは、この世界に終わりが来ると思う?」
「さてね、たぶんそのときには父さんはいないだろうから、考えてもしょうがないことだな」
彼がこう言うならば、それは本当にしょがないことなのだろうと子供は思った。
「ちょっとー、父さんって本当に研究者なの? 分からないことと分かることを分けたら、次は分からないことの解明をするんじゃかったのかよ」
「そうだったな。うーん、たぶん終わりが来るとすれば、それは人間が人間を辞めるときなんだろうな」
「はあ、父さんは、また変なこと言いだして……」
「変なことじゃないさ。昔の哲学者はこんなことを言っていたんだぞ。我思う故に我あり≠ニね。この意味は分かるか?」
「んー、俺が思えば、なんかあるよってことかな」
「まあ、だいたいそんなところだ。彼の言葉を勝手に解釈するなら、世界を認識しているのは多分、人間だけのはずなんだ。だから人間が人間を辞めるとき、同時に人間の世界も終わるのさ」
「へー…………、意味分かんね」
子供は潮が引くように興味が失せたようで、プイっと顔を父親から背けた。
「まだ小さいお前に分かられても困るけどな。でもな、お前は人を辞めるなよ、栄児」
「だからー、俺は敵から、この世界を守るヒーローだって言ってるだろー」
からかわれるのには慣れている。それでも、子供はこうして反論しないといけない気がした。それは、もう彼らのお約束のようなものだから――。
父親は、そんな息子を愛しいと感じていた。だから、ここはおどけて見せて、
「ははっ! そうだったな」
「信じてないなー、もう」
という感じで、締めくくった。
いつものことのように。いつまでもこんな日が続くと信じて――。
「いいや、信じてるさ。この世界はお前たちのものだ。無事に受け取ってもらえると嬉しいよ」
第一話「囲われた世界の中で」
ウィーン、ウィーン――都市には警戒警報が鳴り響いていた。
市民は、これも都市の恒例行事の一つだと言わんばかりの態度で、それぞれの避難場所へと先を急いでいる。
住宅という住宅から人がなだれ込むようにして溢れ、ある者は愚痴をこぼしふざけあい、ある者は生真面目に軍の人間が誘導する方へと歩を進めた。
そんな中、一台のバイクが、避難する群衆とは真逆の方向へと向う。
丁度それは、鯉が滝登りに挑戦するような光景だった。
「おい、栄児。本当に大丈夫なんだろうな」
やや切れ長の目をした青年、東雲巽が後ろに乗車する青年に問いかけた。
後部座席に乗る黒髪の青年、台場栄児はその質問に対し事務的に答える。
「問題ない。軍の無線を傍受した。自衛軍は北西地区の戦闘警戒レベルを3から4へ上げたみたいだ。もしかしたらヤツらを拝むことができるかもしれない」
長髪の青年、巽はそんな栄児の事務的応答に対し、どこか噛み合わない歯がゆさを感じた。だから、あえて一歩突っ込んだ物言いで、
「いや、そうじゃなくて、アクアフロンティアの避難命令を聞かずに、こんな勝手しちまっていいのかって言ってんだよ。このままいきゃあ、お前、来年にはあの防衛学校を首席で卒業できんだぜ。こういう汚点ってのは、マズイんじゃねーのかって」
と栄児に問うのだが、彼は意に介さずといった様子で涼しい顔をしている。
「顔が割れなければ汚点にはならない。そのためのフルフェイスヘルメットだ、抜かりはない。それに、敵を知らずして何が主席だ。俺はヤツらを見ておく必要がある」
「ま、俺はいいんだけど。こういうのって楽しいじゃん? でもよ、今回も例のごとく防壁の外で迎撃されるのがオチなんじゃねーか。ここ数十年、アクアフロンティアの防衛は鉄壁だぜ。無駄足踏みそうで気が重いわ」
「無駄なことはないさ。ここへの侵入を許すことがないというのは、それはそれでいいことだ。防壁の外で迎撃するにこしたことはない」
「でも見たいんだろ?」
「まあな」
「素直なやつ」
青年らは、これから危険区域に向かうというのに、まるでピクニックにでも行くかのように楽しげに語らった。
「んじゃ、先を急ぎますか。祭りに乗り遅れちまうかもしれねえからよ」
「ああ頼む」
動力源をフルスロットルまで回転させ、青年たちは一気に北西地区へと向う。
都市内部は、非常警戒態勢に入り、上空のブラインドが封鎖された。
内部は電力を戦闘に回しているために暗闇に覆われている。
そして、最小限の電力によってされた道が赤く照らされていた。
内部には避難勧告が響き渡るも、それは青年たちの不安を煽るどころか、彼らの心を高揚させるだけだった。
「そろそろだ、栄児」
「どうやらそうらしいな」
市街地から橋を渡って、防壁へと向かう。
都市内部には環状を描く二つの大きな水路がある。
栄児らの位置からは、そのうち外側の水路を渡らなければならない。
だが、橋を渡り終える手前で巽はバイクの速度を落とした。というのも彼らの目前には軍による危険区域の封鎖措置が取られていたからだ。ここを突破しなければ目的地には行くことができない。
行く手には武装した兵が、十数人で立ち並び封鎖している。
「おい、栄児。ちゃんと対策はあるんだろうな?」
「当然だ。から拝借したスタングレネードで視界を奪った隙に封鎖線を突っ切る」
「お前って意外と大胆だよね」
もちろん悪い意味で、と嘲笑気味に巽が付け足した。
ギアを変えて、再度、加速するバイク。
“ピィー!”
こちらに気付いた兵士が、必死の形相で笛を鳴らす。
「コラー、止まりなさい! ここから先は戦闘区域に指定されている。直ちに来た道を戻るんだ! 聞いているのか!」
兵士は誘導棒を振り回し、こちらを制止させようとしているが青年たちは聞く耳を持たない。
「巽、メットの偏光フィルターかけとけ」
「オッケー、しっかり掴まってろよ、行くぜぇ」
青年はスタングレネードのピンを引き抜き、前方の封鎖線に放り込んだ。
慌てふためいたのは武装した兵士だ。
この非常事態に、よもやこのような場所で反政府的な過激な行動に出られるなどとは、まったくの想定外だったからだ。
「グワッ!」
「クッ、何が起こったんだ! 視界が!」
「二人乗りのバイクだ! あいつらがスタングレネードを――」
閃光が炸裂した瞬間、周辺にいた兵士たちは視界を奪われ、その場で竦んでしまった。
青年たちは混乱に乗じて封鎖線を突破すると、警戒レベル4の北西地区へと先を急いだ。
「上手くいったな」
脆弱な封鎖線を尻目に、栄児が呟く。
「ああ、ここ数年の安定した戦果で体制自体が緩んでるんだろ。いい薬だな。こんなガキにやられてるようじゃ、このアクアフロンティアも先が思いやられるよ」
「まったく」
栄児は肩をすくめ、何だか物足りないといった表情だ。
そして、防壁の麓が見えてきた。
防壁に近づくにつれて、砲撃やら銃撃やら火薬絡みの物騒な戦闘音が内側にも響く。防壁の外で、都市の防衛軍が戦っているのがわかった。
二人は防壁を左手にして、道なりにバイクを転がした。
「やっこさん、派手にやりあってんなぁ」
防壁一枚を挟んだ向こうで激しい戦闘が行われているというのに、巽は他人ごとのように呑気なことを言っている。
一方で、栄児は外の様子をとても気にしているようで、
「苦戦……しているのか?」
と、眉間にしわを寄せ意識を防壁の外に向けた。
二人は走らせていたバイクを止めて、ヘルメットを取り払い左手にそびえる防壁を見上げた。
すると、絶え間なく続いていた戦闘音が突如として止んだ。
「お、おい栄児。音が止んだぞ……」
「ああ……」
彼らは軽い胸騒ぎに見舞われた――そのときだった。
ひとときの静寂を打ち砕く破壊音が聞こえてきた。壁一枚向こうから、足場を揺らすほどの何かが近づいてくる。
「やっぱり様子がおかしいぜ。ここ離れた方がいいんじゃねーのか?」
防壁からハラハラと降り落ちるコンクリートのが彼らの不安を増長した。
「…………」
栄児は、神妙な顔つきで防壁を凝視する。
「栄児?」
「来る……」
「え?」
「来るぞ、巽! 伏せろ!」
次の瞬間、二人が見ていた光景が消し飛んだ。廃ビルの解体シーンのようで、破壊というにはあまりにも美しく崩れ落ちたのだ。
それはまさしく非日常の光景――スローに見える瓦礫の落下。
今の今まで凝視していた防壁が瓦解し、そこにはいびつなトンネル口が突如として出来上がっていたのだ。
そこから暗がりの都市内部に外界の自然光が、巻き上げられた埃を照らす。
二人は突然の光に目が慣れず、前方で何が起こっているのか確認できずにいた。
「栄児、これは……」
「……リヴス――」
未だに視界の悪さには変わりない。
しかし、目が慣れて来たおかげで、その全容が薄っすらと明らかになってきた。
そして、彼らの目前に存在したのは――ウミウシに姿を模した巨大な生物だった。
その生き物は全長が優に三〇メートルを越えていた。黒いツヤのあるボディに沿うようにして引かれた青白く光るライン。外に飛び出した呼吸器から不気味な重低音が呻きを上げている。
今の衝撃で周辺の工場の五、六棟が一気に全壊したのが見てとれる。栄児らを前にして、その生命体は独特の軟体をにじり喘ぎ、辺りに体液をまき散らすと周囲を溶解させた。
「後鰓類か……」
栄児は危機的な状況の中、冷静に防衛学校で学んだ知識を反芻する。彼らの通う学校は、この敵対する謎の生命と戦うための軍人予備群を育成するための機関なので、そのような基礎的知識は、いやがおうにも叩き込まれている。
そして伏せていた頭を起こし、初めて出会った敵対する生命体を見つめた。
「くっ、コイツが俺たち人類の敵か――」
自身の眼で確かめたそれは、想像していたよりも遥かに巨大だった。人間を脅かす存在に、栄児は無条件に憎悪という敵意を向けた。しかし彼は、それとはまた別に、真実を、現実を目の当たりにして、ようやく世界の一端に触れることができた気がした。
(これで――、これで、ようやく俺は何からこの街を救えばいいのか知ることができた、のか――)
そんなリヴスの姿に見蕩れている栄児に、巽が呼びかける。
「もしもーし。感傷に浸ってる場合じゃないみたいよ、栄児。あちらさん、どうやらこっちに向かって来てるように見えるのは気のせいだよね」
決して余裕があるわけではなかったが、巽独特の言い回しが状況の緊迫さを緩和した。
「気のせいなものか。巽、すぐにバイクを起こせ!」
栄児は後ずさりしながら、後ろ手にいる巽に指示を出した。
「おう!」
「俺らを食っても腹下すだけだぞ」
栄児は迫り来るリヴスを前にしてシニカルに呟いた。
「おい、巽。バイクはどうなってる。早いとこ逃げないと、上の連中に身元がバレる以前に、ここで俺らがコイツにバラされるぞ!」
栄児は、急迫するリヴスから目を離すことができない。
「おい巽、聞いてるのか! バイクを早く起こせって言ってるんだ!」
「……マズイ、栄児。最悪の事態だ……。動力源が動かない……」
「何だって? 今何て言った!?」
想定外の状況に、栄児は巽に聞き返した。
「今のショックで動力源がイカれたらしいんだ」
「だから新品を買えとあれほど言っただろ」
「今は、そんなこと言ってる場合じゃねーって、どうするよ栄児!」
「そこらの工場に隠れたところであの巨体……、建物ごと壊されるのがオチか。軍の応援部隊も待っていられないな」
(クソッ、どうする――)
リヴスは獲物に標的を合わせ、うねりを上げながら彼らとの距離を一気に詰める――もはや彼らとの距離は十数メートルもない。
「おい、栄児! とにかく今は逃げ――」
巽が、そう栄児に叫んだときである。
「邪魔です。下がっていてください」
表情がなく、あまり覇気が感じられない声が二人の間、すぐ後方から聞こえてきたのだ。
その声の持ち主は、まるで時間を止めた中を、自分だけが動けるかのように振る舞い、気付けばリヴスの目の前に立ちはだかっていた。その小さな体躯には全く似つかわしくない重厚な銃器を軽々と片手で構え、ほぼゼロ距離から閃光のようなものを放ち目標に一撃を加えた。
激しく怯んだリヴスをよそに、その人物は間髪入れることなく、ひねりを加えた跳躍で標的の上に飛び乗ると、先ほど同様、見慣れぬ銃器の銃口を下方の巨体に向けて慈悲なく数発を撃ち込んだ。
リヴスは悲痛な咆哮を上げて、その生態活動を停止した。
辺りは生物を燃焼したときに発せられる煙と、見慣れぬ巨大な武器の銃口から撒き散らされた煙で覆われ、リヴスを殲滅した人物もそれに紛れてしまった。
「なあ、おい今のって――、……栄児?」
「………………」
二人は突然の出来事に頭の回転が追いついていない。
一つ、分かっているのは薄く白みがかった肌、小柄な体躯に亜麻色の髪をなびかせたシルエット――その少女が、自身の数百倍はあろうかというリヴスを一瞬で殲滅してしまったということだけだった。
徐々に周囲の靄が引いていく。
だがそこに、彼らを助けた人物の姿はどこにもいなかった――。
つづく
説明 | ||
リヴストライブというタイトル、オリジナル作品です。 地球上でただ一つ孤立した居住区、海上都市アクアフロンティア。 そこで展開される海獣リヴスと迎撃部隊の攻防と青春を描く小説です。 青年、少女の葛藤と自立を是非是非ご覧ください。 リヴストライブはアニメ、マンガ、小説等々のメディアミックスコンテンツですが、主に小説を軸にして展開していく予定なので、ついてきてもらえたら幸いです。 公式サイトにおいて毎週金曜日に更新で、チナミには一週遅れで投下していこうと思います。 公式サイト→http://levstolive.com |
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