少女の航跡 短編集05「彼女の事情」-2
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 3日後、ルッジェーロとフレアーは、《ハルピュイア》の港町へとやって来ていた。今日はフレ

アーの使い魔であるシルアも一緒にやって来ている。やって来たのは2人と1匹だけではもち

ろんなく、『セルティオン』国内から精鋭騎士達も集ってきたのだった。

 

 その総勢はおよそ1200人。さらに《ハルピュイア》に駐屯している『リキテインブルグ』の騎

士達。そして、《ハルピュイア》ギルドの自警団も合わせ、革命軍と真っ向勝負をしようという心

構えだった。

 

 皆、先日の《リベルタ・ドール》襲撃で、革命軍がどれほどの戦力を持っているのか、身に染

みて理解できたに違いない。

 

 彼らは数万というゴブリン兵と、巨大なやぐら、ドラゴンやグリフォンといった巨大生物までを

も味方につけていた。

 

「何も、こんなに物々しい様子で構えなくても、よかったんじゃあない?」

 

 フレアーがルッジェーロに尋ねた。彼女とルッジェーロは、《ハルピュイア》の中でも最も要所

となる巨大港と言われる港へとやってきていた。

 

「うーむ。ここには、私の大好きなものの匂いが漂っていますな…」

 

 そう呟くように言ったのは、フレアーの足元でうろうろしている黒猫だ。この猫、シルアは、あ

のメリアと違って人の姿になる事はできない。でも、フレアーの身辺を守る使い魔としていなくて

はならない存在でもあった。

 

 そこには、この大陸でも最大級となる大型船が停泊しており、まだ荷詰めのされていない荷

物も多くあった。

 

 それらは全て『リキテインブルグ』『セルティオン』に向けてやって来た貿易品であり、また諸

外国に輸出される品でもあるのだ。

 

 ここに革命軍が襲撃してくるのならば、西域大陸は大打撃を受ける事になるだろう。ルッジェ

ーロはそれが気が気でなかったのだが、

 

 だから今回の任務ではルッジェーロも、マントの下に銀色の、『セルティオン』近衛騎士団の

甲冑を身につけ、剣を吊るす。いつでも戦いが起こって良い構えを見せていた。

 

 だがフレアーは呑気に構えていた。彼女はいつもながらの魔法使いの装束にとんがり帽子を

被っているだけ。しかし、それらが魔法使いの正規の衣装だという事は、フレアーが身に付け

ているのも立派な戦闘服なのだ。

 

 しかもそれは、シルアがいる事でより強固なものになる。フレアーにとってシルアという使い魔

の存在は、自分の魔力を増幅させるためにいなくてはならない存在なのだ。

 

「ルッジェーロ様。『リキテインブルグ』の海上艦隊は配備を完了しました」

 

 港を任された騎士の一人がルッジェーロに報告した。

 

「よし。これで海の防備も完了、だな。あとは革命軍がどこから攻めてくるか、なんだが…」

 

 そう呟き、ルッジェーロは周囲を見渡した。

 

 あのメリアは、革命軍が《ハルピュイア》を狙っていると言っただけであって、いつ狙われると

は言っていなかった。だが、革命軍のゴブリン達にその命令が下されていた事だけは確かな

のだ。

 

 そしてメリアは、この港から西域大陸の外へと旅立つと言っていた。

 

 という事はメリアはすでにこの街にやって来ているのではないのか? ルッジェーロはそう直

感して周囲を見回した。

 

「なーに、見回しているのよ?」

 

 フレアーがルッジェーロを見上げてそう言ってきた。いつもの、悪戯っぽい子供のような顔を

したフレアーではない。

 

 疑惑の目を向けたフレアーだった。

 

「いや、何でもないぜ。きちんと配置完了したか、確認していただけさ」

 

 ルッジェーロはそう言って誤魔化そうとした。

 

「そう言って、分かっているんだよ。メリアがどこにいないかって、探していたんでしょう?」

 

 鋭くフレアーが言ってくる。そんな表情にはどことなく嫉妬が感じられた。

 

 この、童女にしか見えない女は、確かに自分の事を想っているのだと、ルッジェーロは感じ

る。

 

 外見は幼くとも、確かに人を恋するような気持ちは持っているのかもしれない。

 

「心配するなって、どっちにしろ、あいつは遠い所に行っちまう。それであいつとの関係はおしま

いなんだ…」

 

 ルッジェーロは目の前にある大型船を見上げてそう言った。

 

「じゃあ、この街が、革命軍の連中に襲われて、船も何もかも壊されて、奪われちゃったら、ま

た面倒なことになるね?」

 

 フレアーもルッジェーロと同じく船を見上げて言った。

 

「ああ…、だから革命軍の奇襲は俺達が食い止めるんだ。それで、メリアを出発させてやろう

ぜ」

 

 とルッジェーロは答えるのだった。船を見上げる彼らの足元、港の海面に、すでに無数の影

が現れてきている事など知らずに。

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 火の手は別の船から上がっていた。濛々とした煙が船から現れ、次いで真っ赤な炎が船の

窓を突き破って姿を現していた。

 

 港に配備された兵士達や騎士達は、そんな火の手が上がっている事など、更に続いて起こ

った爆発が起こるまでは気が付かなかった。

 

 爆炎と爆風が、港に停泊していた一隻の船を吹き飛ばしたとき、ルッジェーロとフレアーは爆

風に煽られて、港の波止場に押し倒された。

 

「何だッ!? 何が起こった!?」

 

 ルッジェーロは叫ぶ。そして、急いでフレアーの無事を確認しようとした。

 

「おいフレアー、大丈夫かよ!」

 

 彼女はルッジェーロより小柄で軽い分、余計に吹き飛ばされてしまったようだ。

 

「フレアー様は、大丈夫でございます」

 

「だ、大丈夫だ、よ…」

 

 先に答えたのはシルアの方だったが、震えた声でフレアーは答えてきた。今の突然の爆発で

酷く驚かされたのだろう。

 

「ルッジェーロ様! ルッジェーロ様!」

 

 駆けてくる兵士の声がルッジェーロに聞えて来る。

 

「今のは何だ? 何が起こった?」

 

 兵士は酷く慌てた様子でルッジェーロの元までやって来ていた。

 

「か、革命軍です! どこからともなく現れて、『エカロニア』国籍の船に火を放ちました! 中に

は火薬が積み込まれていたそうで…!」

 

「何だと…!」

 

 突然の襲撃にルッジェーロは身構えた。腰に吊るしていた剣を抜き放って構えるのだった。

 

「街の防備は完璧なはずだよ! 一体どこから!」

 

 フレアーは被っている帽子を手で押さえつけながら言い放った。

 

「海です! 海面下からゴブリンが現れてきています!」

 

 その兵士の言葉に、素早くルッジェーロは、港の波止場、その海の方向へと目をやった。す

ると、港の桟橋に次々とゴブリンが上陸してきているではないか。

 

 ゴブリン達は、『D』マークが付いた剣やら槍やらを持ち、体を海水で濡らしている。海の中に

潜っていて、今、這い上がってきたばかりなのだ。

 

 まだ桟橋に上陸してくるゴブリンとは距離がある。ルッジェーロは自分にそう言い聞かせつ

つ、兵士に尋ねた。

 

「おい! 敵の数はどれくらいだ? どれくらいいるんだ?」

 

 そう質問している間にも、ゴブリンはルッジェーロとフレアー達の方へとどんどん近付いて来

ていた。

 

「ざっと、1000という所かと…、全て海中から現れてきています!」

 

 兵士は叫ぶ。ゴブリンは、港中の海面から現れて来ているようだった。既に港で兵士と戦闘

を開始している所もある。

 

 ゴブリンたちは、海の中にずっと隠れていたという事か。ルッジェーロが配備した兵士達に気

付かれることなく、海の中で機会を狙っていたのだ。

 

 ゴブリン達が水の中でもどれだけ息が続くのか、それはルッジェーロには分からなかった。

 

「ハルピュイアの海の底には、かつて、鍾乳洞のようなものがあったとか言う話を聞きます。多

分、ゴブリン達はそこにいたのでしょう」

 

 物知りなシルアがそう言った時だった。

 

 一匹のゴブリンがフレアーとシルアに急接近してくる。武器を振りかざし、彼女に襲いかかろ

うとする。

 

 ルッジェーロは思わず舌打ちをし、フレアー達に襲い掛かってくるゴブリンを素早く切り伏せ

た。

 

「おいおい、よそ見しているんじゃあないぜ…」

 

 剣を振り下ろしたままの姿勢でルッジェーロはフレアーに言った。

 

「わ、分かっているよ…、でもこの数…」

 

 フレアーはルッジェーロと背中合わせの姿勢を取り、お互いに全く死角の無い姿勢へと持っ

ていく。

 

 2人の視界に映っていたのはゴブリンの大群だった。この港に上陸してきているゴブリンは1

000はいるだろう。もしかしたらそれ以上かもしれない。

 

 ゴブリンたちは、港の桟橋や岸壁から、まるで沸きあがってくるかのように次々と出現してき

ていた。港の上で兵士たちとの交戦を繰り広げているゴブリンたち。だが、背後から登ってきて

いるゴブリンは、全くその数を減らしていない。

 

「メリアの言っていた事は確かだったな…。しかしこの数…、まずいな、一向に勢いが収まろう

としていない…」

 

 ルッジェーロがそう言いかけたとき、彼らを取り囲んでいたゴブリンが、一気にその距離を詰

めてきた。

 

 ルッジェーロは手にした長い剣を振り回し、先に迫っていたゴブリンを切り伏せる。ゴブリン一

匹一匹の力は大したものではない。人間を相手にするほうがよほど手ごわい相手だ。

 

 しかし、その数も多くなれば、やはりゴブリン相手でも不利になる。

 

 ルッジェーロは何無く数体のゴブリンを切り伏せることができた。しかし、桟橋に登ってきたば

かりのゴブリンが、一斉にルッジェーロ達に向って弓矢を引こうとしていた。

 

 逃げ場は無い。一斉に矢を放たれたら、動きに制限のある桟橋では、海に飛び込むしかな

い。

 

 だが、そんなゴブリン達をなぎ倒すかのようにして、一気に炎の球のようなものが、桟橋を疾

走して行った。

 

「さすがはフレアー様。まるでゴブリン達が小石であるかのようです」

 

 シルアがそうフレアーを褒めたのもつかの間、桟橋には更に大勢のゴブリン達が姿を見せて

いた。

 

「参ったな。これじゃあ次から次へとキリが無い。こっちが参ってしまうぜ…」

 

 ルッジェーロは更に一体のゴブリンを切り捨てながらそう言った。

 

 その時、別の方で大型の船が一隻、爆発を起こした。凄まじい爆風が《ハルピュイア》の港を

吹き荒れ、その勢いでルッジェーロは薙ぎ倒される。

 

 フレアーの悲鳴が聞えてきた。彼女はとりあえず無事な様だが、今の爆発で驚かされている

のだろう。

 

「全くよォ! 奴らは船を奪いたいんじゃあなかったのか?」

 

 再び体勢を起こしたルッジェーロが見たのは、船体の中ほどが半分くらい抉られ、もうもうと

炎を上げている船だった。

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 メリアと一匹のゴブリンは、洞窟の中を進んでいた。

 

 メリアは盗賊として以前から《ハルピュイア》にも足を延ばしていたしていたし、地元の盗賊か

らこの鍾乳洞の存在は聞かされていたのだ。

 

 『ディオクレアヌ』の革命軍が、《ハルピュイア》を襲撃する時、鍾乳洞を使うという事はゴブリ

ンから聞かされた。

 

 しかもすでに数千を超えるゴブリン兵達が、この鍾乳洞へと送り込まれているという事も。

 

 この一緒に付いてきているゴブリンがいたからこそ、メリアは、鍾乳洞から襲撃して来る作戦

を知る事ができた。早くルッジェーロに伝えてあげなければならない。

 

 メリアの後からは、一匹のゴブリンが付いてくる。のらりくらりとした性格のゴブリン達だった

が、このゴブリンはメリアと共に行動している間に、大分彼女のペースに合わせて行動すること

ができるようになったようだった。

 

 ゴブリンは時として、人間にも捉えることができないほどすばしっこい動きをすることができる

という。

 

「メリアさま。本当に、ここは、街に続いているんでしょうかぁ?」

 

 ゴブリンが質問してきた。だが、メリアの聴覚は、はっきりと街の音、人の足が踏み鳴らす音

を頭上に感じていた。だから彼女には確信がある。

 

「ええ、そうよ。間違いない」

 

 そう言ったところでメリアは突然、足を止めた。背後からやってきていたゴブリンもすぐに足を

止める。

 

 そこで洞窟は丁度横に折れ曲がっていた。メリアは、暗い洞窟でもはっきりと物を見ることが

できる猫の瞳を持っていたから、はっきりとその先の光景を見ることができる。

 

 ゴブリン達がいた。それも、何十匹も狭い洞窟に集っている。彼らは松明を持ち、なにやら会

話をしていた。

 

「おい、火を近づけるんじゃあねえ! この樽に火をつけたら、どういう事になるか、分かってい

るんだろ?」

 

 一匹の大柄なゴブリンが言った。彼らゴブリン達は、背中に樽をしょっていて、大柄なゴブリン

はそれに指を指して言っていた。

 

「はい〜。分かりました」

 

 大柄なゴブリンに言われた一匹が、眠たそうな声でそう答えているのだった。

 

 その光景を、曲がり角から見ていたメリアは、すぐにある事を思いつくのだった。

 

 

 

 

 

 そのゴブリンにとっては、メリアの言った言葉の意味が良く分からなかった。何で自分がそん

な事をしなければならないのか、それを理解することがまず出来なかったのだ。

 

「でも、いいからするの。いい?」

 

 メリアは、ひそひそ声でそういったかと思うと、突然、にんげんの姿から小さな猫の姿へと変

身した。

 

 メリアと知り合ってから、彼女がにんげんの姿から猫へ、猫からにんげんの姿へと変わるの

は、このゴブリンは何度も見てきたのだが、未だにどうやっているのか理解することが出来な

かった。

 

 小さな猫の姿になったかと思うと、メリアは、ゴブリンの懐に飛び込んでくる。ゴブリンはメリア

から貰ったバッグを肩から提げていたから、その中へと飛び込んだ。

 

「いい? 突っ走りなさい。多分、奥の方でこの洞窟は海へと出るから、そこに飛び込んでいけ

ばいいの。あなたがするのはそれだけよ、いい?」

 

 メリアは、ゴブリンのバッグから、そのように言ってくる。

 

「はいぃぃ、分かりましたぁ」

 

 するとゴブリンは駆け出した。ゴブリンは、にんげん達からは、とろくて、のろまだと言われて

いる。だけれども違った。

 

 ゴブリン達が一度足を使って本気で駆け出すと、それは、人間の速さをも凌ぐ時がある。小

柄な体を生かして、にんげんには捉まえる事のできないスピードで走るのだ。

 

「うわああああ」

 

 ゴブリンは、メリアに急き立てられ、革命軍のゴブリンの中へと突っ込んでいった。大柄なゴ

ブリンの脇を押しのけ、とにかく走っていく。革命軍のゴブリン達は、何事かと思って彼らを見

やった。

 

 だが、ゴブリンは同族達の脇をすり抜けながら、とにかく走り続けた。すると、彼が走ってきた

方から突然、爆発が起こる。

 

 突然起こった爆発に、鍾乳洞は大きく揺らいだ。そして、天井からは瓦礫が降り注いでくる。

 

 爆発は一度だけではなかった。次々と新たな爆発が起こり、鍾乳洞は揺らぎ、爆発が起こり

続ける。

 

 それでもゴブリンは走り抜けていった。背後では、ゴブリンの悲鳴とは似ても似つかないよう

な叫び声が上がっているが構わなかった。

 

 メリアが、火を起こし、それをゴブリン達が背負っている火薬入りの樽へと点していく。そうし

て革命軍のゴブリン達を大混乱へと陥れるという作戦だった。

 

 もし上手く行けば、この鍾乳洞さえも破壊でき、革命軍のゴブリン達をまとめて倒すことが出

来る。それがメリアの作戦だった。

 

 メリアを連れて、ゴブリンは走り続ける。しかし、いくら走っても出口は見えてこないし、今では

メリアが火薬に火を点けて爆発を起こさずとも、次々と火薬が引火し続けていっていた。

 

「メリア様ぁ〜! 何とかしてくだせえ!」

 

 ゴブリンは、自分の直ぐ背後で起こる爆発に恐怖を覚え、叫び声を上げる。

 

「あんたは黙って走っていなさい!」

 

 メリアがそんなゴブリンを一喝した。

 

 爆発がゴブリンのすぐ背後で起こった。メリアを抱えたゴブリンは、鍾乳洞を走っていき、目

の前に水溜りのような所がある場所で、洞窟が終わっている事をしった。

 

「メリア様、行き止まりです!」

 

 ゴブリンは行き止まりがあることなど信じていなかったかのように慌てた声を上げた。

 

「そこの水溜りに飛び込みなさい! そのまま港の方へとつながって言っているから!」

 

 メリアがゴブリンに指示を飛ばす。

 

「は、はいいぃ〜!」

 

 ゴブリンの背後で起こる爆発。もう鍾乳洞は爆発によって半壊していっており、いつ洞窟全体

が崩落していっても不思議ではなかった。

 

 だが、もうメリアとゴブリンの目の前には、水溜りがあった。そこは水溜りではなく、洞窟に水

が浸食してきている所だった。洞窟はずっと奥へと伸びているが、そこに辿り着くには、水の中

に潜らなくてはならない。

 

 しかし、その洞窟に飛び込もうとしたゴブリンの手を掴む、何者かの手があった。

 

「な、何をするですだ? おいらは、メリア様を連れてここに飛び込んでいかなければならない

ですだ!」

 

 と言って、ゴブリンが振り返った先にいたのは、大柄な体躯のゴブリンだった。

 

「何だァ〜? てめーは? どこの奴だ?」

 

 それは、どうやら、今までゴブリン達を統率していた、巨躯のゴブリンであるらしい。メリアを

連れたゴブリンが手を振り払おうとしても、その強い力によって掴まれてしまっていては、離さ

せることさえも出来ない。

 

「は…、離してくだせえ! おいらは、おいらは!」

 

 そうゴブリンは叫んだが、洞窟の崩落はどんどん進んで行く。もう脱出に間に合わなくなって

しまいそうだ。

 

 しかしその時、ゴブリンの荷物入れの中から、猫の姿のままのメリアが飛び出し、巨躯のゴブ

リンに向って体当たりを仕掛けていた。

 

 巨躯のゴブリンは怯み、思わず手を離した。

 

「メ…、メリア様…?」

 

 ゴブリンは思わずそう叫んでいた。

 

 目の前でメリアは、猫からにんげんの姿へと変貌していく。今まで懐にメリアを隠していたゴブ

リンよりも、さらに大きな体、にんげんの姿へと成り代わっていく。

 

「あと、少しだったのにな…。あんたは、さっさと行きなさい! あたしの事は、自分で何とかで

きるからさ…」

 

 メリアは、巨大なゴブリンの前に立ちはだかっていた。

 

「で、でも、メリア様…」

 

 メリアの背後にいるゴブリンは、怯えたかのような声でそう言ったのだが、

 

「いいからあんたはさっさと行きなさい!」

 

 メリアにそう一喝され、ゴブリンは、どうする事もできなかった。自分にできる事は、背後の水

溜りの中に飛び込んでいくことだけだと判断し、彼は洞窟の水の張られた所へと飛び込んでい

った。

 

 

 

 

 

 

 

 背後から水しぶきが上がった事で、メリアは、ゴブリンがトンネルを通って港へと行ってしまっ

た事を知った。

 

 彼女の目の前には巨大な体躯のゴブリンが立ちはだかっている。だが、自分がこの相手に

手を出す必要は無いだろうと思った。

 

 《ハルピュイア》の地底にある鍾乳洞は、いまや大きな音を立てて崩れていっていた。もう洞

窟全体が崩れていこうとしている。

 

 だが、《ハルピュイア》を奇襲しようとしている無数のゴブリンをまとめて倒すにはこの方法し

かなかったのだ。

 

 崩れていく洞窟が、メリアの目の前にいるゴブリンを直撃した。さすがに巨大な体躯のゴブリ

ンであっても、自分の体の大きさほどの岩に潰されてはしかたないだろう。

 

 更にメリアの頭上にある岩も崩れてこようとしていた。

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 激しい地鳴りと共に、港は大きく揺れた。初め、ルッジェーロは、この地鳴りが、無数のゴブリ

ンが地底から攻めてくる音なのかと思った。それとも、ディオクレアヌ革命軍の何か兵器のよう

なものが動き出そうとする音なのかとも思った。

 

 だが違う。この地鳴りは地震のようなものだし、明らかに大きすぎた。更にこの地鳴りには、

ゴブリン達も少し慌てていた。

 

 激しい揺れに立っている事さえもできない。ルッジェーロでさえも、地面に手を付かずに入ら

れなかった。

 

「何、何、何が起こったの!?」

 

 フレアーも頭を抱えて桟橋に座り込んでしまっていた。彼女の腕の中にはシルアが抱えられ

ている。

 

「これは、地震ですぞ…! それも、まるで大地そのものが、崩れていくかのような…!」

 

 シルアがそう言った直後、《ハルピュイア》の街の方で、激しい地響きが聞えた。大きな物音と

共に、何かが崩れるかのような音。

 

「何だ? 何が起こったんだァ?」

 

 ルッジェーロが叫んだ。すでに彼の周りにいる革命軍のゴブリン達も、地震の揺れに耐える

ことができずに、地面へと手を付いてしまっている。

 

「ルッジェーロ様! 街の方で、地面が陥没しています! 地割れも所々で起こっているようで

…!」

 

 街の方から走ってきた兵士がそう言った。しかしその兵士も激しい地震の揺れに耐えられず

に、地面に転んでしまう。

 

「何? 地面が陥没? この地震、革命軍の仕業では無いようだぞ…! たまたま起こったっ

て言うのか…!」

 

 そのようにルッジェーロが言った矢先だった。ルッジェーロの足元の桟橋から、突然、ゴブリ

ンの手が現れる。とっさに剣を構え、身構えたルッジェーロだったが、海から上がって来たの

は、あのメリアと一緒にいたゴブリンだった。

 

「お、お前は…」

 

 ゴブリンの顔など、皆同じだ。そう思っていたルッジェーロだったが、このゴブリンの顔だけは

判別が付いた。何より、こいつには敵対心が無い。桟橋まで登ってくると、何かを探すかのよう

に海に身を乗り出した。

 

「おい! お前! この地震は何だ? メリアはどうした?」

 

 ルッジェーロは尋ねる。しかしゴブリンには彼の言った言葉を理解することはできないらしく、

海を見下ろしたまま、なにやら唸っているだけだった。

 

「おい! メリアはどうしたんだって、言っているんだよ!」

 

 ルッジェーロはそのゴブリンの体を掴んで尋ねた。

 

「そのゴブリン…、メリアの事を捜しているみたいだよ」

 

 そうフレアーが言った。どうやらフレアーは、ゴブリンの唸るような鳴き声を、ちゃんと言葉とし

て理解しているようだった。

 

「何だって、メリアを…?」

 

 ルッジェーロはゴブリンの方を振り返る。すると、陸へと揚がってきたそのゴブリンは、必死に

なって、メリアを探している様子だった。

 

 地震はまだ収まっていない。どうやら地中深くで何かが起こっているようだった。周囲のゴブ

リン達は、そんな地震に恐れを成しているのか、慌てふためいた様子で、まったく戦おうという

意志を見せていない。今にもこの場から逃げ出しそうな気配だ。

 

 だが、メリアを探すゴブリンだけは違った。地震のことなんて知らないかのように、必死になっ

てメリアを探している。

 

 どうしてゴブリンが、メリアをこんなに必死になって探すのか、ルッジェーロには理解すること

が出来なかった。ゴブリンが、あの人の姿をしたメリアをこんなに必死になって探しているなん

て。

 

 やがてメリアを探すゴブリンも、周囲のゴブリン達と同じように慌てふためくようになって行っ

ていた。逆に周りのゴブリン達は、だんだんと落ち着きをもっていく。地震が少しずつ和らいで

きたせいだろう。

 

「メリアは? どこに行ったの?」

 

 フレアーが叫んだ。

 

「分かるかよ。大体、この街に本当に来ているかどうかさえ…」

 

 そうルッジェーロが答えようとしたときだった。

 

 突然、彼の周りへと集ってきていた、革命軍のゴブリン達が、何かに跳ね飛ばされたかのよ

うに、海へと落ちて行った。あっという間の出来事だ。

 

 まさか、と思って、桟橋に膝を付いているルッジェーロは顔を上げて見上げた。するとそこに

は、緑色のフードを被ったメリアが立っているではないか。

 

「この街に本当に来ているかさえ、怪しい…、ですって? わたしはちゃんとここに来ているわよ

…」

 

 いつもながらの口調、いつもながらの態度でメリアはそこにいた。

 

「メ、メリア…?」

 

 ルッジェーロは呆気にとられたかのように、そう言っていた。

 

「何、ボサッとしているの? 本番はこれからじゃあない?」

 

 まるで何事も無かったかのようにメリアはそう言った。いつもの悪戯っぽい笑みだ。

 

 ルッジェーロはすぐに正気に戻り、剣を桟橋に突き立てながら、その場から立ち上がった。

 

「ああ…、そうだな…、こいつらを、まずは退けないと…。話はそれからってわけだ」

 

 ルッジェーロとメリアは背中合わせに構え、再び襲い掛かってくる革命軍のゴブリン達に対し

て身構えるのだった。

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「ねえ…、さっきの地震は、メリアがやったの?」

 

 革命軍のゴブリン達をほぼ全て打ち倒した後、ようやく落ち着きを取り戻してきた港で、フレ

アーがルッジェーロに尋ねていた。

 

「ああ…、どうやら俺達が倒したのは先発部隊だけらしくて、主力のゴブリン達は、この街の地

下の鍾乳洞にいたらしい。何でも、背中に背負った爆薬を使って、必要な船だけ残して街も港

も全部吹き飛ばそうっていう作戦だったらしいぞ…」

 

 ルッジェーロもフレアーも無事だった。港に上陸してきたばかりの時は、奇襲に恐れを成して

いた兵士達だったが、最終的には、数の上で勝ったのだ。

 

 《ハルピュイア》の街は、革命軍の手から救われたのだった。

 

「じゃあ何? あの地震はメリアが、地下にいるゴブリン達の爆薬を全部爆発させたから起こっ

たって言うの? 街では地盤沈下やら地割れまで起こって、建物が幾つか崩れているって言う

のに?」

 

 フレアーは呆れたようにそう言って来た。

 

「安心しろって、街の住民は、俺達が既に避難させていただろ? メリアはそれも計算ずくで爆

発させたんだ」

 

「でも、良かったの? 行かせちゃって?」

 

 フレアーは、港の桟橋から、海の方を見つめてそういった。《ハルピュイア》の港にある幾つ

かの船が被害に遭ったものの、今では爆発の炎も鎮火している。

 

 そしてフレアーとルッジェーロが見つめる海の彼方には、一隻の船が帆を広げていた。

 

「ああ…、いいのさ。俺はやっぱり、あいつとは…」

 

 

 

 

 

 メリアは、革命軍の《ハルピュイア》襲撃に乗じて一隻の船を出港させていた。その船はメリ

ア自身が前々から目を付けていた、あるギルド商会の貿易船だった。

 

 一人でも何とか操っていくことが出来るし、長距離の航海にも対応している。

 

 何よりも、このギルド商会が、悪徳の密売をしているという事もあって、様々な交易品を、船

倉に隠している点が注目だった。

 

 これで数ヶ月に及ぶ航海にも耐えられるだろう。数十人の乗組員が30日以上飲み食いして

も足りるほどの食糧が積んであるのだ。

 

 この悪徳ギルド商会の護衛は、街の外に避難させられていたから、メリアも簡単に奪うことが

出来ていた。舵を握るのも、大海原に出るのも、メリアにとっては久しぶりだったが、潮風を浴

びると、それもすぐに慣れていくだろうな、と思うのだった。

 

「何も、あなたまで付いてくること、なかったのに…」

 

 舵を握り、船の針路をまっすぐ東に取りながら、メリアは、そう言っていた。操舵席の背後に

ゴブリンの気配を感じていたからだ。

 

「メリア様ぁ〜、そんな事、言わないでくだせぇ〜、きっとおいらもお役に立ってあげられます」

 

 間の抜けたようなゴブリンの声。この彼が、メリアと共に《ハルピュイア》を救ったと言っても、

人間達は信じないだろう、そうメリアは思った。

 

「あなたが、役に立たないって言っているんじゃあないの。東の大陸に行って、そこで始まりの

地を探す。1年や2年で帰ってこれるような事をしに行くんじゃあないのよ?」

 

 メリアはゴブリンの方を振り返ってそう言った。

 

「はいぃ〜、分かっていますぅ。ですが、メリア様ぁ〜。おいらはあのまま、あそこにいても、どこ

にもいけませんし、誰にも構ってもらえませんでしたぁ〜。おいらを構ってくれるのは、メリア様

だけですぅ〜」

 

 そう聞いてメリアは笑った。

 

「ああ、そう? まあ良いわよ。私も、何年も誰も話し相手がいないのは、寂しくって嫌だし」

 

 ゴブリンは、メリアの隣までやって来て、一緒に大海原の先を見つめた。

 

「それに、何より、おいらもメリア様と一緒に、始まりの地というところを見てみたいと思いました

ぁ〜」

 

 ゴブリンは、大海原の彼方を見つめ、そう言った。ごつごつとした肌に覆われた、堀の深い顔

の奥に見える眼は、人間のものよりも無垢な姿をしていて、それはメリアと同じような輝きを持

っている。

 

「そう、じゃあ、どこまでもわたしに付いてきなさい」

 

 そのように言ったメリアは、まるでこれから起こる出来事に立ち向かうかのように、力強く船

の舵を回すのだった。

 

 

 

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Episodio06 『ファンタスマ』

説明
少女の航跡の番外編物語。今回は、騎士ルッジェーロと、魔法少女フレアー。そして盗賊の女、メリアから、彼女がルッジェーロに王国襲撃の情報を伝えに来たところから物語が始まります。

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少女の航跡 オリジナル ファンタジー 

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