新世代の英雄譚 九話 Day7
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Day 7「彼女との奇術観賞」

 

 

 

 人間の適応力とは侮れないもので、一週間もすれば大体の環境の変化にもついて行ける。

 ルイスは、腰のベルトにある金の重みにも、毎朝見ることになるベレンの可愛らしい寝顔にも、ある程度免疫力を形成することが出来ていた。

 もう、ちょっとしたことであたふたとしたり、必要以上にどきどきすることもない。

 ここに来て、いよいよルイスは女性との交流がまともに出来る様になって来たといえるだろう。

「ベレン、おはよう」

 だからもう、どもらずにベレンに朝の挨拶をすることが出来る。

「ふぁ……ルイスサン、おはようございます……」

 だからもう、何とも艶めかしい声を上げて伸びをしながら起きるベレンを見ても、過剰に反応しない。

「はは、ベレン、まだ寝惚けてるね」

 だからもう、余裕の表情で意地悪を言うことも、正に朝飯前だ。

「うぅ……起こすのがちょっと早くありませんか……?いつもより、太陽が低い位置にある気が……」

 目を擦りながらベレンが言ったことは、事実だ。

 二日目以降、ルイスが決まった時間に起こすことになっていたのだが、その時間を一時間だけルイスは早めていた。

 といっても、無意味に女の子を早起きさせるほど、ルイスは人に対して厳しい人間ではない。

 むしろ、殊女性相手では、甘過ぎるぐらいだ。

 では、何故そうしたかといえば。

「今日はね、お祭りがあるんだ。朝からね」

 毎晩やっていた剣の鍛練は、宿に泊まる様になってからは早朝にすることになっている。

 何故かといえば、夜間、宿屋は出入り禁止となる。今までの小さな町では、そんなこともなかったのだが、流石に都ともなると違って来るらしい。

 この日も、早朝鍛練をルイスはしていたのだが、その時に都の商店の人々から聞いた話だ。

 普通、祭りというのは一月以上前から開催が決まっており、告知もされているべきものだが、今回のそれは突発的なものになっている。

 その理由はといえば、絡んで来ているのは件の貴族、フェルミ伯爵らしい。

 何か良い事でもあったのか、金をばらまくから祭りをしよう、と言い出したというのだ。

 支度金は本当に都中の商店や職人に渡されたというが、金はあっても時間はない。仕方がないので、いつもより少しだけ商売の規模を大きくした店が大半らしいが、中には徹夜で出し物を用意した商魂逞しい連中も居るという話もあった。

 そんなゲリラ的祝祭は、三日間開催されることとなる。

 これにベレンを誘わないというのは、冗談でも有り得ないだろう。

 ロレッタの指令に、祭りに連れ出せなどというものはなかったが、ルイスは自分の意思でこれを決めた。

「お祭り……デスカ」

 まだ寝惚けているのか、ベレンは少し不思議そうな顔をした。

 祭りというものを全く知らない訳はないと思うが、家事は出来ても、相当な箱入り娘であったことは変わりないベレンのことだ。まさかの事態は十二分にあり得る。

 思わず、ルイスは身構えた。

「馬車からじゃなく、自分の足で歩いてお祭りに行くのは初めてデス……すごく、楽しそう……」

 身構えていて、正解だったかもしれない。

 ルイスが想定していたのは、祭りの様な人の多い場に出してもらえない、という事態だったが、ある意味でそれ以上の話だ。

 貴族と一口にいっても、爵位には色々とあり、ランクがある訳だし、ベレンがどの程度のランクの貴族なのかはまだ訊いていなかったが……これで相当に高い身分だったということがわかった。

 尚、かつての話となるが、ロレッタは騎士の身分で、その父親は準男爵の爵位を持っているらしい。これは、貴族の中でも下位に属する。

 そのロレッタが、平民から見れば素晴らしい教育を受け、教養人に育っているのだから、貴族というものは末恐ろしい。

「そ、そう。じゃあもう、お店も出てるみたいだし、行こう」

「はい。では、着替えますね……」

 ――もう一度、この事実を確認しておく。

 ルイスはこの一週間で、女性に対する免疫を。具体的には、何気ないベレンの仕草にも、大きく心を乱されなくなった。

 だが、その免疫力は、あくまでちょっとした、何気ない仕草にのみ、効果を持つ。

 それ以上の事態には、対応しきることができない。

 たとえば、寝惚けたベレンが、男性であるルイスの目の前でその寝巻を脱ぐなどという。

「ば、あばっ!?ベ、ベレン、何して……うわあああ!!」

 美しくてターンをして、ルイスは部屋を転がり出た。

 ドアはほとんど蹴る様にして開けてしまったので、少し建て付けが悪くなってしまったかもしれない。

「……あれ、ルイスサン、どうして……ふ、ふぇ!?ワ、ワタクシ、何をっ!?」

 ドアを挟んで、ベレンが耳まで真っ赤にしている姿が見える様だったが、ルイスは多分、それ以上に赤面している。

 せめてもの救いは、彼女が寝巻の下にも、ちゃんと下着を付けてくれていることだ。勿論、上にも。

 もしそれがなければ、ルイスはその場で古典的に鼻血を噴き出し、そのまま失神していたかもしれない。

 今だって、軽く意識が飛びそうになっているのだ。これでもし、一糸まとわぬ姿を見ていれば、どうにかなっていてもおかしくはないだろう。

「やっぱり、ベレンは危険だ……もっと、慎重に触れ合わないと……」

 反省を胸に、ルイスは彼女がちゃんと着替えて出て来るのを待った。

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 宿を出ると、早くも都の至る所には簡易のものながら装飾が施され、すっかり祭りの雰囲気になっていた。

 ルイス達の様に、祭りを楽しむ為に各々の宿や家から出て来た人々も、ぽつぽつと見える。

 とはいえ、何千人という人間が暮らし、その数倍の人間が訪れる都だ。すぐに群衆の数は増えるだろう。そうなれば、いくら目立つベレンといえども、その姿を見失ってしまいかねない。

 最近ではすっかり当たり前になったことだが、ルイスは彼女の華奢な手を取った。

 あんなやりとりの後だが、ベレンは嫌がったり過剰に恥ずかしがったりすることなく、それを受け入れてくれる。

「ベレン、似合ってるよ」

 唐突に言われて、しばらく意味がわからず頭の上に疑問符を飛ばしていたベレンだが、自分の服のことを言われているのだと気付くと、少し顔を赤くする。

「えっと……派手過ぎたり、しませんか?」

 今日、ベレンが着て来たのはいつもの奇術師の服ではない。

 ビルとロレッタが仕事に行った初日、ルイスが一緒に選んで買った新しい服だ。

「ううん。ベレンにはこれぐらいが丁度良いよ。勿論、いつもの服も可愛いけどね」

「はぅ……そうデスカ?」

 二人が選んだのは、水色を基調とした夏らしい薄手のワンピースだ。

 ワンピースといっても都で扱われているものだけあって相応に高級な品で、襟元やスカートの部分、二の腕辺りで切られた袖にはフリルがあしらわれ、可愛らしく仕上がっている。

 奇術師の服を着ていると、“ちょっと容姿の良い芸人”程度の認識しか持たれないであろうベレンだが、こういう服を着ていると貴族令嬢にしか見えない。

 そして、そんな「らしい」格好の方が、彼女は魅力的に見えた。

「ルイスサンは、お祭りって慣れているのデスカ?」

 適当な筋を選び、左右の店を見ていると、ベレンがそんな質問をした。

「う、うーん。どうだろ」

 ルイスの村でも、一応祭りというものは開催されたが、いわゆる町の祭りとは違い、儀式的な色の強いものだった。

 今回の様な祭りはたまに近くの町に行き、参加したことがあった程度の経験で、ベレンに大きな顔を出来るほどではない。

「ここまで大きな街のは初めてだから、僕達そんな変わらないね。むしろ、馬車から見ていたベレンの方が知ってる、かな」

「――では、ワタクシがエスコートをしないと、デスネ」

 ウィンクをしたベレンは、少し強くルイスの腕を引っ張った。

「そうだね。いつもは僕が先を歩いていたけど、今日はその方が良いかも」

「え、えと、冗談のつもりだったのデスガ……」

「ううん。このままで良いよ。ほら、レディファースト、って言うの?」

 赤面して慌てるベレンを、ルイスはほとんど無理矢理に先を歩かせた。

 ――実はこれも、指令の一つだ。

 ベレンは控えめだから、どうしても周りに合わせる様にしてしまう。だから、先を歩いてもらって、彼女の速度、彼女の趣味に合わせて、街を歩くべし。

 ロレッタから言われて気付いたことだが、ルイス自身も彼女の自己主張の少なさは気になっていた。

 初めに指令書を渡された時は、ロレッタの悪い冗談かと思ったが、彼女は未だに完全には一行に溶け込めていなかったベレンを一番気にかけていて、彼女を馴染ませる役目を、ルイスに任せたようだった。

 同性では、どうしても説教臭い方法になってしまうから、異性であり、年も近いルイスを抜擢したのだろう。

 そういう辺りからして、やはりロレッタは深く物事を考えている。

 ルイスの中でまた、彼女の評価が上がったが、指令の中にはどう考えてもベレンの為にはならないものもあった。

「(ハグ、もしくはお姫様だっこって……どういう状況でそんなこと、できるんだよ……)」

 完全にロレッタの趣味だ。一応、無理矢理肯定的に解釈すれば、彼女もやはり、年頃の女の子だという証だが、とても実行出来そうにはない。

 しかし、これを完遂することが出来なければ、自分はヘタレ扱いされるのだろうか?

 髪から甘い香りを振りまくベレンにエスコートされながら、ルイスは頭の中でシミュレートしてみた。

 まずは、ハグの場合。

 一般的にいえば、恥ずかしがらずして然るべき行為だが、ルイスにとってはハードルが高い。

 ベレンがもし、標準か、それ以下の体付きの少女であれば、あまり怖気づくことなく出来たかもしれないが、彼女と正面から抱き合う。それは即ち、彼女の胸を自分の胸に押し付けるということになる。

 あの大ボリュームの胸を、その体で受け止める……彼女の下着姿の時点で沸騰しそうになるルイスには、不可能ともいえる話だ。

 かといって、まさか後ろから抱きつく訳にもいかないし、むしろそちらの方が恥ずかしさは倍増しそうだ。

 では、お姫様だっこ。

 ルイスは身長こそ高くはないが、少年として標準的な筋力は持っているし、まさかベレンの様な小柄な少女をまともに抱えられないほど力がないということは有り得ない筈だ。

 実行可能かどうかという点では、十分出来る。

 ただ、問題はその結果、作り出されるシチュエーションだ。

 顔が近くなる。足に直接触れることになる。そして恐らく、ベレンの胸は抱こうとしただけでも、ルイスの体のどこかしらに接触してしまうだろう。

 これでは、顔を正面から見なくて済むハグの方が、まだ現実的に思えて来てしまう。

「(駄目だ……絶対、出来ない。出来る筈がない。出来たら僕は僕自身に、何かご褒美を買ってあげたいくらいだ)」

 ルイスが絶望しか見えない未来を悲観している間も、ベレンは彼の手を引き、祭りの雑踏の中へと積極的に進んで行く。

 誰かの後ろについて歩く時とは違って、活き活きとした笑顔が光っている。

 今までルイスは、何度か彼女の愛らしい笑顔を見て来たが、これはその中でも格別に見えた。

「あちらの広場で、奇術師がショーをしているそうなのデスガ、行きませんか?」

「同業者さんが居るんだ?」

 今は奇術師の格好ではないし、最近はあまりその練習をしていない様だから忘れそうになるが、一応ベレンは奇術師を名乗っている。

 その成功率は限りなくゼロに近く、逆に失敗する姿が面白いという有様だが、やはり興味はあるようだ。

「はい。その、ワタクシ、やっぱり奇術は好きなので……技を盗みたい、というのもありますし……」

「僕も、奇術は好きだよ。行こう?」

 そわそわと、早く行きたそうにしているベレンが可愛らしかったが、このまま焦らしていては泣き出してしまいそうなので、ルイスの方から歩き出した。

 それにつられて、ベレンも早足で駆け出す。

 手を離してしまわない様に、ルイスは懸命にそれについて行くが、一度情熱に駆られたベレンは、驚くほどの積極性を見せた。

 もう人通りも多くなって来ているのに、それを器用にも全て避け、狭い合間を縫ってすいすいと前進して行く。

 時にはルイスの通れない様な隙間も行くので、人の背中に当たってしまったりして、ルイスは常に謝りっぱなしだ。

「ちょっ、ベレン、そんなに急がなくても奇術は……」

「一個でも多く、見たいんデス!ごめんなさい!」

「い、いや、謝られるほどじゃ……っと、ごめんなさい!」

 ベレンはルイスに、ルイスは接触してしまう人々に謝りまくりながらの疾走。

 祭りによって都に充満した熱気は、少なからずベレンにも作用し、彼女の隠れた本性(?)を露わにさせているようだった。

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「それでは、お次の奇術は――」

 二人が辿り着いた時、既に奇術の観客は何十人と居て、それぞれが椅子に座って奇天烈なパフォーマンスを観賞していた。

 どうやら、近くの店が椅子を屋外に運び出し、ついでに飲み物も売り出すという便乗商売をしているらしい。

 もう前列の席は埋まっていて、身長の低い二人ではその後ろの席に座っていては、まともに見れないので、立って見るしかない。

 ベレンはそれでも、都で営業をする程の奇術師の技が見れるということで満足そうだが、ルイスとしてはちょっと不満だ。

 ただ、次の奇術の始まりを待つベレンの顔は、きらきらと輝いていて、それを見ているだけで、少し幸せな気持ちになれるのだから、ルイスも黙って見ている。

 それに、都に集まる人間を、これだけ集めるほどの奇術師なのだ。腕前も本物なのだろう。

「そうですね……おっと、可憐なお嬢さんがやって来られた辺りで、本日のメインと行きましょうか。大脱出劇です!」

 観客を見ていた奇術師の目が、ベレンのところで止まった。

 大勢の人が居る中でも、やはり彼女は埋もれない。それが、自分のことではないのにルイスは少し誇りに感じた。

 少なくとも、今は自分だけが彼女の騎士なのだ、という意識がそう思わせたのかもしれない。

「ここに用意しましたは、頑丈な箱。枠組みは鉄で作られ、張られた板はこんなにも分厚い」

 奇術師は黒塗りの箱を取り出し、かけられた鍵を開け、空っぽの中身を見せた。

 人一人は入る、長方形の大きな箱だ。そして、“大脱出劇”という奇術の名前。

 あまり詳しくないルイスでも、今から行われる奇術がどういったもんなのか、予想が出来た。

 そして、数多くの奇術師のそれを見て来ているのであろうベレンの顔は、もう奇術師に釘付けだ。

「もし、もしも、ですよ?鍵をかけたこの箱の中に入った人が、鍵を開けずに箱の外に出れたとしたら、どうでしょう?――今からそれを、お見せしましょう。成功しましたら、拍手喝采をお願いします!」

 そう言ってから、奇術師は真紅のカーテンを取り出した。

 これで箱を隠すのだろう。その内側で、どんなトリックが使われているのかは永遠の謎だ。

 ベレンは奇術師の端くれとして、やり方を既に知っているのかもしれないが、今日の観客の中では一番熱くなっている。

「いつもは、こちらで用意した女性に入ってもらうのですが……今日はお祭りということもあります。特別に観客の皆様からお一人、協力して頂く方を選ばせてもらおうかと思います。そして、その幸運な方は、ついさっき来て下さった、そこの金髪のお嬢さん、ということでよろしいでしょうか?」

 観客を見回していた奇術師の目は、再びベレンのところで止まった。

 そして、嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になる彼女の目の前まで歩いて来て、その手を差し伸べた。

「ワ、ワタクシで本当に良いのデスカ……?」

「はい!一番ショーを熱心に見て下さろうとした、あなたこそ相応しい。そう私は感じております」

 それでも、手を出して良いものか、決心の付かなそうにしているベレンは、そっとルイスを見た。

 何故かその目は潤んでしまっていて、少年ながらも持ち合わせている父性や、保護欲を刺激されてしまう。

「え、えっと、ベレンとしては、間近で奇術が見れるなんて、嬉しいでしょ?なら、行くべきじゃないかな。折角選んでもらったんだし」

 あんまりにベレンの表情が刺激的なものだから、強く背中を押す言葉は出て来なかった。

 そんな、頼りない後押しだったが効果はあった様で、ベレンは奇術師の手を取った。

「そちらは、彼氏の方でしょうか?でしたら、あなたもどうぞこちらへ」

「あ、はい……ええっ!?」

 何となく流れで頷いてしまったルイスだが、何気なく言われた言葉が、訳のわからないものだったことに気付き、一瞬にして茹で上がった。

 ベレンも同じで、奇術師の手を取ったまま硬直してしまっている。

「そ、そうじゃなくて、その……僕はベレンの、ほ、ほ……保護者的な?」

 絶対違うが、ベレンも頭をぶんぶん縦に振って、とりあえず誤解を解こうと必死だ。

「はい!それでは、本日の大脱出ショーを体験して頂ける幸運なお客様は、こちらの金髪美男美女カップルのお二人です!」

「あ、え、ばっ、違っ……」

「カ、カッ、カップル……」

 ルイスの必死の弁明を、奇術師は照れ隠しとでも取ったのか、勝手にカップル扱いされたまま進行してしまう。

 しかも、観客はそんな二人を微笑ましく思ったのか、盛大な拍手の波が起きた。

「それでは、お嬢さんはこちらへ」

 ルイスもベレンも、沸騰した様に真っ赤だが、ショーはどんどん進んで行く。

 ベレンが箱の中に入り、カーテンの中からベレンが出て来る、という演出らしい。

 なんと、箱を隠すことはしないというのだから、高いレベルの奇術だというのが素人にもわかる。

 そして、カーテンの中のベレンを連れて来るのが、“彼氏”であるルイスの役目ということだ。

「えっと、普通に立ち上がらせてあげたら良いんですか?」

「いやいや、それではいまいち劇的ではないでしょう。ここはやはり、こう、アレですよ。アレ」

「……アレ?」

 ジェスチャーで奇術師は示すが、いまいちよく伝わらない。

 ただ、手を引くのではなく、抱きかかえることを指示している様に見える。

「ストレートな表現をしてもらって、大丈夫ですよ」

「お姫様だっことか、劇的でしょう!」

「ええっ!?」

 世界とは、かくも都合よく回っているのか……。

 軽くふら付きそうになりながら、ルイスはこの世の偶然というものの非情さを知った。

 ある意味では好都合。だが、「ショーの一環」という大義名分があったとしても、その行為は、ルイスがするには困難だ。

 まだ、ベレンと二人きりの時にした方が、恥ずかしさは少なかったかもしれないのに、この大勢の前だ。足がすくみ、手にも力がちゃんと入らない。

 だが、ショーの進行は決して止まらない。

 奇術師からベレンへの説明は終わり、いよいよ脱出劇を取り行われようとしていた。

 一度始まってしまえば、トリックでベレンがカーテンの中に移り、ルイスの運命の行動の番もすぐにやって来てしまう。

「はい!それでは始めましょう!」

 箱の鍵は再び開けられ、中にベレンが入って行く。

 大きな箱の為、ベレンの様な小柄な少女であれば、二人だって入ることが出来そうだ。

 最大の仕掛け道具であるこの黒塗りの箱に、何か特殊なからくりが隠されているのは間違いない。

 それを作動させるには、大きなスペースがあった方がやりやすいから、ベレンが選ばれたのかもしれない。

 息の合った仲間ではなく、今回は観客を使うのだから、万全に万全を期すだろうから、あながち間違った予想ではないだろう。

 ……と、現実逃避的にルイスは考察をするが、もうベレンの姿は隠れてしまった。

「――今から、奇跡を起こして見せましょう。ワン、ツー、スリー」

 芝居がかった声で言った後、指を鳴らす音が響く。すると、箱の裏がぱかっと開き、中からベレンが抜け出て来た。

「はい、これであのお嬢さんはなんと、こちらのカーテンの方へと移動をしているのです!」

 言いながら、奇術師がゆっくりと左――助手が赤いカーテンを持ち、ルイスが待機している方へと移動する。

 そう、体の小さなベレンを、その体で隠す為に。

「(……これが、大奇術の裏側……?)」

 拍子抜けするほどに、原始的な仕掛けに半ば呆れてしまう。

 しかし、観客席から見れば、間違いなく偉大な奇術に見えてしまうのだろう。

 無事にベレンはカーテンのところまでやって来て、その中に潜り込む。

 それを確認して、助手がカーテンを下ろし、ベレンの姿が現れる、と共に……。

「はい、皆様、盛大な拍手を!」

 ルイスはベレンの背中と、膝の裏に手を回し、彼女を優しく抱き上げた。

 重い荷物を運ぶ時のように、しっかりと腰を入れたのに、拍子抜けする程に体にかかる重量は、軽かった。

 それなのに、ルイスの顔は苦しんでいる様に赤くなってしまう。

 ふと目線を下に……つまり、ベレンの顔に下ろしてみると、彼女の顔もまた、真っ赤に染まっていた。

 ルイスを直視出来ないのか、顔を逸らし、あらぬ方向を見ようとするが、そちらが観客の方向だと気付き、泣きそうになっている。

 それでも、嫌だから泣いているという訳ではなさそうだった。ルイスの自分への好意的解釈が多分に含まれているかもしれないが。

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「あの奇術の仕掛けがあんなだったなんて、びっくりしたよ」

 その後、もういくつか奇術は披露された。

 ベレンは、自分も奇術をやる身だということを明かし、件の奇術師の助手の様に立ち回っていた。

 自分自身が奇術をやるには、いまいち不味い腕の彼女だが助手としては有能で、ショーの後、奇術師に絶賛されていた。

 彼も、もうしばらくはこの都に滞在するということで、機会があればベレンに奇術を伝授してくれるそうだ。

 そして今、二人は食事の為に再び街並みを歩いている。

「奇術は、手先と口先の芸、とよく言うのデス。子供騙しの様な仕掛けでも、巧みな話術で装飾して、大仰な身振りで見せたくないところを隠してしまえば、立派な奇術になるのデスヨ」

 立派な先輩奇術師と出会えて、ベレンの気持ちも高揚しているのだろう。その語り口はどこか得意気で、嬉々としていた。

 彼に褒められたことが、自信に繋がったのかもしれない。

「ねぇ、ベレン」

「はい?何でしょうか」

 そんな彼女に、ルイスは一つ提案をしてみることにした。

「後二週間、奇術の練習をして、帰って来た二人を驚かす、っていうのはどうかな?」

説明
今回も結構な文章量になっています
自分で書いていてアレですが、ベレンは真剣に可愛い娘だと思います
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長編 ファンタジー 新世代の英雄譚 

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