祖母の紅葉
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 うちの庭には一本の楓の木があった。私が物心ついた頃にはもうあった。私の母が物心ついた頃にも既にあったらしい。そして、それを育ててきたのは、私の祖母だった。 

 祖母は静かな人だったけれど、とても優しくて少しお茶目でもあった。

 私がまだ小学校に上がる前のある秋の日、祖母は木から零れ落ちた楓の葉をひとひら拾い上げて「紅葉はなんで紅いのだと思う?」と私に訊ねたことがあった。もちろん幼い私はそんなことわからなくって「わからない」とそのまま答えたところ、「それはね、紅い葉っぱと書いてモミジと読むからだよ」と返ってきた。当時は漢字の一つも解らなかったからそういうものかと思っていたが、今にして思えばどないやねんとツッコミを入れるべきエピソードだ。それが、たぶん私が思いだせる、一番古い祖母のいたずらっぽいしわくちゃの笑顔だった。

 小学校に上がってからも中学で数学に苦しむようになってからも、祖母はあんまり変わらなかった。相変わらずよく解らないボケを突発的に繰り出すお茶目さんだったし、その時に見せるしわくちゃの笑顔も、やっぱりいつ見ても何の変化も見られないように思えた。

 たぶんこれから先もずっと変わらないのだろうなと、楓の葉を箒で掃き集める祖母の小さな姿をぼうっと見ながらなんとなく思った。中学三年の、秋のことだった。

 

 そして、果たしてそれは正しかった。

 同じ年の、冬のことだった。

 

 もくもくと煙が立ち上るのを仰ぎ見る。夕方の紅が映って紅葉を巻き込んだみたいな色になっている。なんだかちょっと綺麗だと思った。

 まだ泣きやまない母のすすり泣く声を耳だけで聞きながら家に帰り、適当に靴を脱いで客間に入る。よく祖母と坊主めくりをして遊んだ場所だった。その思い出の場所の奥、飾られたモノクロの写真の中、祖母は永遠に変わらない姿で、しわくちゃの笑顔を浮かべていた。

 写真には、ひとひらの紅葉が添えられていた。

 

 

説明
コラボレーション参加作品のSSSです。2、3分くらいでサクリと読めると思います。こういうのも楽しいものですね。
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