外史異聞譚〜幕ノ六〜 |
≪漢中鎮守府/張公祺視点≫
アタシが太守である一刀の下に来てから7日が過ぎた
仲達ちゃんは色々と物分りのいい、とても良い子なので素直に旅立っていったが、もうちっとオンナゴコロを理解しろ北郷一刀、と尻を蹴り上げてやりたい気持ちでいっぱいだ
あの鉄壁の巨大猫を被っているにも関わらず透けて見える好意を、あのコマシ野郎はどう思っているんだか…
多分、気付いてないんだろうなあ…
とりあえず、仲達ちゃんが旅立つまでに、アタシとあのコマシ野郎が煮詰めたのは、今年の租税に関してだ
前の太守の租税はそりゃあ酷いもんで、収穫その他で平均7割はもってかれてる
この“平均”ってーのが曲者で、上手に賄賂を贈れたり娘や妻を差し出したりしたヤツらはそれなりに低くなっている。とはいっても5割は確実にもってかれてるんだけどな
関税やら特選品目にあたる塩なんかもまあとんでもない暴利で、正直これでよく生きてたよみんな、と褒めてやりたいくらいだ
コマシ野郎が有能なのは、ここまで滅茶苦茶になった管理機構を太守になってから一月足らずで“見れる程度”にまで立て直した事でもはっきりとわかる
そして、少なくとも私欲はあいつにはない事もだ
そんな状態で大まかな資料が出揃ったところでアイツが言ったのは、さすがにアタシもびっくりな一言だった
「うん、これはもうどうにもならないから、今年は至急揃えなきゃならないものと兵隊さんとか官吏さんたちの給料分だけ徴収しよう
それだと3割ももらえればやれるはずだ」
まあ、都の官吏に贈る賄賂の分も含むんだけどね、と苦笑してたけど、それにしたってその程度の徴収でどうにかなるのかと聞かれれば、アタシの見立てじゃ本当にギリギリだ
しかも、商人に対しては関税を撤廃して扱う商品の内容と量で定めた“営業権”を買ってもらう、という手法にしたいと言っている
これはかなりしっかりとした管理体制がないと無理なのだが、このコマシ太守、真先に布告したのが
“官吏・兵に対する賄賂は双方共にこれを極刑とする”
という、これまでの政治手法を無視したかなりやりすぎ感の強いものだ
今現在、草案が組まれている漢中の律なんだが、それに先駆けてこれを徹底したいという事らしい
同様に重罪として極刑に指定されているのが、強盗に強姦に放火で、特に野盗・盗賊の類は理由を問わず助命を許してはいないらしい
スリや無銭飲食といった軽犯罪であってもかなり厳しい内容で、徹底的に労役や苦役を罪科として採用し、ほとんど恐怖政治半歩手前の綱紀を敷いている
一刀に言わせれば
「こういうのに不満が出るのは今だけだよ。生活が向上してくれば、逆に歓迎されると思うしね
それに、医者はともかく警備兵なんてものは親しまれる必要はないんだよ」
とあっさりと言っていた
威圧する必要はないが後ろ暗いところがなければ恐れる必要はない、と理解してくれるように振舞うだけさ、とのこと
まあ、他人に憚るようなことがなきゃ、まことにもっておっしゃる通りなわけで、アタシも苦笑しつつ賛同したんだけどね
この法令を基礎として、商人が商売をしやすい環境を模索したい、と言っていた
そして、アタシの構想にあった休憩所は、段階を踏んで鎮守府の支局のような扱いにするつもりらしい
一刀がいうには
「そこに行けばなんとかなる、とみんなに思ってもらえれば、最終的に手間が減るでしょ?」
ということらしい
それに付随して考えられてる区画整理は天の国にあった国の手法を取り込んで昇華したいな、と呟いていた
ひとつの区画を16の町に分割して、職業や商品等で区分けして町ごとに連座で責任を相互に負わせる、というのが基本構想
こうして整理すれば、防火や防犯、衛生医療や治水などなど、最終的には上から言わなくてもある程度勝手にやるようになる、というのが理由だそうな
これを基準に道路や街道を整備すれば、最後には無駄がなくなるだろうし、とか
他にも色々とやりたいことはあるようなんだけど、現状ではこれが限界、と苦笑してた
アンタどんだけ欲張りなんだよ、と言うと困ったように笑ってたっけな…
全く、コイツが本当にバケモノなんだと思い知らされるばかりだよ
そしてアタシは、果たしてどこまでこの男についていけるのかな、とか思うんだけど、それはアイツが怖いとかそういう理由じゃない
仲達ちゃんみたいな全幅の信頼を今はまだできないけれど、そういう意味じゃなく、アイツの頭の中にしか今はない“太平”に向かって、最後まで一緒に向かっていけるのかという不安があるんだ
コイツや仲達ちゃんに置いていかれるのが怖いだけなのかも知れないな、アタシは…
そんな、アタシにとっては激動の七日間だったんだけど、あのコマシ野郎、仲達ちゃんの旅立ちを一緒に見送った直後に、まーた爆弾発言しやがった
「そうそう
そのうち孤児院というか、身寄りのない子供を世話する施設とかも作りたいから、考えておいてね?」
マジでブっ殺してもいいかな、このヤロウ…
≪???/司馬仲達視点≫
私が漢中を旅立って二日が経ちます
我が君には
「無理に急ぐ必要はないけど、冬の終わりまでには帰ってきてくれると嬉しいかな」
などと云われましたが、私には寝言にしか聞こえません
我が君の前ではとても言えませんが、この私が今更“我が君成分”を補給しないまま、半年近くを生きていけると、本当に思っているのでしょうか
もうなんというか、我が君の笑顔を切り取って額縁にでも入れて毎日愛でたいくらいには、既に私は我が君に飢えています
判っています、これがもう人としてダメな思考だということは…
唯一の支えは、我が君がお預けくだされた、天の国の上着と“腕時計”というカラクリです
これを預けてくださった理由はきちんとありまして
「もし、天の御使いという風評が説得に必要な場合は、これで証明してみてくれるかな?
それでもダメだったら説得の方法はないから任せるよ」
と、そっと手渡してくれました
そして…
※ただいま司馬懿は妄想という名の回想に浸っております
しばらくお待ちください
とにかく、私は我が君の記してくださった名前と予想される居住地域を、一刻でも早く巡らなくてはならないのですから
成都を皮切りに荊州北部を通り、建業から青州をまわって?を通り洛陽から漢中へ
この恐ろしいまでの強行軍ですが、私は可能な限り馬足を早めています
説得にかかる時間も含め、冬の初めには戻るつもりでいるのです
我が君がどなたの名前を挙げたのかは、今ここでは申しません
ですが、あの方の知識を信じて、とりあえずはやってみようと思います
そうすれば必ず、戻ったときに一番の笑顔で出迎えてくださるに違いないのですから
≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫
とりあえず当面はなんとかなるかな?
俺は鎮守府内の自室兼執務室で安堵の溜息をついた
懿の不在は確かに痛いどころの話ではないんだけど、それよりも半年後の人材の充実が絶対に必要だ
そういう状態に今の漢中はなっている
これは、俺が後漢末期の政治状況を甘く見ていたがために発生した事だ
確かに歴史的な知識では後漢は賄賂と縁戚の力がなければ出世どころか仕官も覚束無い、という事は知ってはいたが、こうまで綱紀粛正を徹底しなければいけない状態だとは思っていなかったのだ
多分にこれは、儒教による弊害もある
儒教そのものは非常に立派な考え方であり教えでもあるのだが、封建社会である後漢では支配者層にとってその都合の良い部分だけが伸びている、という事だ
まあ、これは宗教を利用しようとしている場合にはどんな国でも起こりうる事であって、むしろ国民が特定の宗教を持たない現代日本の方が異例だといえる
とりあえずはそこを愚痴ってもはじまらないので、まずは民衆の底上げが急務といえる
ただ、ここで一番の問題となってくるのは、実は堆肥等の肥料を扱わせる事だ
この部分は根強い反発が予想される
これらを確実かつ有効に実施するためにも、優秀な官僚と軍指揮者が必要になってくる、という訳だ
また、後漢は現在のところ“徴兵制度”が存在しない
兵士や武官は、その“家系”から輩出されるのだ
これは光武帝が推し進めた政策の結果で、現在の漢室に実権がなくなった要因でもある
兵馬を持つ諸侯を外戚に持つ事が宮中での重要な要素を占める、という訳だ
これらの事を前提として、公祺さんには当面多大な労苦を強いる事になる
もっとも、本人は自分が構想していた街道整備が現実に可能になる、という事からやる気満々で、そのための下準備に大忙しだ
区画整理は鎮守府を移転するときに行うという構想でまとめているため、現在は貧民街にあたる部分や農村地帯を中心に治安活動を行なっているそうだ
工事のための人員も無償徴発だった以前と違うという事を宣伝してくれている
これも五斗米道の人気が民衆に高いために順調なことであり、俺としては頭があがらない
五斗米道の信者達が俺が思っていた以上に優秀だったのもあり、懿の不在の穴はなんとか埋まりそうである
そんな状況で俺が心配しているのは、やはり旅の下にある懿の事である
俺の我侭で長い旅を強いる事になり、本当に申し訳なく思っている
長江付近では風土病も多いと聞いているし、送り出した今になって心配している訳だ
まあ、俺がいくより懿の声望の方が相手を口説きやすいというのは確かなので、俺としてはもう、そこは甘えきるしかない
オトコノコとしてそれはどうなんだ、と思わなくもないのだが…
今となっては贅沢は言わないので、ただただ無事に帰って来て欲しい
俺は心からそう願うばかりである
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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3221 | 2025 | 45 |
コメント | ||
田吾作さま>税収制度なんて本質的にはどこも同じですからね。どう気持ちよく、しかも高い税金を払ってもらうか、それだけかと(小笠原 樹) 通り(ry の名無しさま>まあ、そう言ってはいられないので何か考えるでしょう、多分…(ぇ(小笠原 樹) あさぎさま>そういっていただけると書き足した甲斐がございます(感涙)(小笠原 樹) やってる事は本質的には他の太守と変わらないけど、百姓や商人は喜んで従うような政治をしてるよねこの主人公……史実で曹操の下に青州黄巾党が転がり込んできたみたいに飢えた人間が押し寄せないといいけど。まぁそれも含めてこんなクソ厳しい律を組んでるんだろうけどね(田吾作) 羅憲とか出てきたらいぶし銀みたくカッコいいなー(ちらっちらっ)・・・とか言ってた時代が俺にもありました。しかし、仲達さんの弱点「一刀が同行しない長期遠征が出来ない」・・・まぁ、全部三月以内に片をつければいいのか(通り(ry の七篠権兵衛) なんだかんだで主人公とヒロインをやっているな、と。そう感じる内容でした。仲達さんには成分補給を夢見て頑張って欲しいです。(あさぎ) |
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