少女の航跡 第3章「ルナシメント」 13節「父」
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 カテリーナは森の賢者に案内された通りに、森の更に奥地へと足を踏み入れていった。カテリーナが足を踏み入れていく森の奥地はけもの道のようになっており、長くその場に足を踏み入れた者はいないかのようだった。

 カテリーナを案内するかのように、2、3羽のフクロウが飛び去っていった。そのフクロウ達は森の奥地にある、広場のような場所へとカテリーナを招いていく。

 やがてカテリーナは、森の奥地にある広場のような場所に足を踏み入れた。

 森の広場は木々に囲まれる形になって、湖ともとれるほど広い池が広がっていた。池の水は奇妙な反射をしており、水は透き通っているというのに底を見ることができない。そしてどこかから音が反響して響いてきている。

 カテリーナは周囲を見回した。だがそこにいるのは、静かにたたずんでいるフクロウ達ばかりで人の気配は全くなかった。

 カテリーナは、確かめるかのように湖面の水に触れてみた。

 その水は水のように透き通っているが、普通の水では無いと言う事はすぐに分かった。肌に触れている感覚が普通の水とは明らかに違う。

 それは水の粘性なのか、いや水の中を流れている奇妙なものだ。

 とにかく、森の賢者が案内してくれたものなのだから、カテリーナが入っても問題の無いものだろう。

 カテリーナは自分を落ち着かせて、水の中に足を踏み入れていく事にした。

 

 

 カテリーナが森の奥地へと足を踏み入れていってしまった後、私とフレアー、そしてシルアは二人と一匹でエルフの森へと戻っていった。

 先ほどはカテリーナが案内してくれたエルフの森だったが、今はたった二人と一匹で戻っていくしかない。それはとても恐ろしいような事のように思えた。エルフ達は私達の事を好んでいない。むしろ嫌悪感を抱いているようだから、戻る事には抵抗さえ感じた。

 エルフ達の森へと戻っていく私達。だが、思った以上にエルフ達は私達に無関心で、アリッサの館にいるエルフ達も、その周辺にいるエルフ達も、簡単に私達を通してくれた。

 だがカテリーナが戻ってくるまで、私達にはやることがなかった。

 ただ、エルフの森の中をぶらぶらと歩いていることしかできない。

 私はとりあえず森の中を見回してみたが、そこには、私達が理解できないような事をしているエルフ達の姿しかいない。

 エルフ達は、私とフレアー達の事などまるで構っていない様子で、それぞれが自分達の事をしていた。

 そう、この森の中に私達が入ってこようと何をしようとも、彼らにとっては全く意味の無い事でしかないのだ。

 私達はただ森の中を歩いて行く。すると突然、森を歩いて行く私達を呼び掛けてくる声があった。

「これはこれは。このエルフの森の中に珍しいお嬢さん方が来たものだ」

 それは男の声だった。私が聞いたことの無い男の声。私達は呼びかけてきた声の方を振り向いた。

 するとそこには帽子を眼深くかぶった男が一人いた。

 エルフの森の木の一つに寄り掛かって、私の達の方を向いている男がいた。

 その男はエルフでは無い。耳が尖っていなかったし、普通の人間の男でしかない。ただの男だ。

 何故こんな男がここにいるのだろう?エルフ達は確か人間達を嫌っているはずだ。

「あなたは…?」

 私は警戒心も露わにして尋ねた。

 すると男の方は眼深くかぶっていた帽子を少し上げ、その顔をちらりと見せると私達の方へと近付いてきた。

 その男は鋭い目をしていたが、冷たい目をしているというわけではない。ただ、ロベルトのように長い間旅をしているらしく、服装はどことなく薄汚れている。

 エルフの森は非常に清潔な雰囲気を持っている場所だったから、私達にとっては彼のような人間がいる事が、非常に不自然にさえ見えていた。

「わたしは、クロノスという者だ。旅をしていて、この場所に辿り着いた。この森はエルフしかいなくてな。人間や…、ええっと…、魔法使いのお嬢さんたちを見ることができるのは久しぶりだ」

 と、クロノスと名乗った男は私達に向かって言って来た。

「旅人が、エルフの森の中に入れるの? あんた。勝手に入ってきたんじゃあないの?」

 フレアーが小さい体ながらも警戒心を露わにして言った。

 クロノスと言う男はそんなフレアーの言葉を、少しにっこりとして受け流した。小さい魔法使いにそのような態度を取られても、特に怒りを覚える事もないようだ。

 私が見た所、そのにっこりとした顔にはどことなく、温厚な性格を伺うことができた。

「わたしは特別なんだ。特別な許可があって、ここにやってきている。だから、自由に出入りすることができる許可もある」

 クロノスと名乗った男は当然のことのように私に言ってくる。

「それとな…、ある人物に会うために、ここに来ているんだ」

 と、クロノスは付け加えるかのように言った。彼が会いたい人物とは一体誰なのであろうか? 私は彼がエルフの誰かに会いたいのだろうと思った。

 

 

 カテリーナは、全ての身につけていた衣服を脱ぎ去り、泉の中へと足を踏み入れた。

 泉は全ての光を反射しているようで、まるで底が無いかのように見えた。しかしながら、カテリーナが脚を踏み入れていくと、その泉の面は優しく彼女の体を受け入れた。

 水に触れるだけで、温かみが体の上へと登って来るかのような感覚。それを感じることができた。

 カテリーナは、この泉にある水が、本当に自分にかけられてしまっている呪いを解く事ができるかどうか、不安に感じていたが、試してみる価値はあるようだった。

 体へとかけられてしまっている見えない鎖が、泉の中でゆっくりとほどかれようとしていた。

 カテリーナは水の中に入って行く。水は冷たくもなく、熱くもない。しかしながら、カテリーナはその泉に、まるで意志のようなものがある事を感じられた。

 泉の中に入っていると、カテリーナははっきりとその意志を感じることができそうだった。

 泉の水から、ゆっくりとカテリーナの体の中へと何かが入り込んでくるかのような感覚。彼女はそれをはっきりと感じた。

 その意志のようなものは、カテリーナの体の中に染み込み、彼女に森の姿、大地の姿、そして、この森の中に住む全ての命の姿を教えていた。

 カテリーナは、体を包み込んでいく水から感じることのできる意志を、はっきりとその身で感じていこうとした。

 ただ、カテリーナがどのような構えでいようと、その泉の意志は、彼女の肉体の中へとどんどん入り込んでいったのだった。

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「ほら、これを見てごらん」

 私達が出会った、クロノスという男は、使い込んだ手袋をしたままの手で、私達の前に、宝石のようなものを差し出してきた。

 しかしそれは宝石と言うよりもどことなくくすんでいて、あまり綺麗とは言えない。多分、磨かれていない石か何かなのだろう。

「この石が…、何か?」

 私は、クロノスという男が差し出してきた石を、間近でじっと見つめて尋ねた。

「その石はだね…。エルフ達がこの森の中から探し出してくる石なんだ。その石には、精霊の意志が宿っている。つまり魔力を秘めていると言う事なんだ」

 クロノスは私達に説明してくる。

「つまりその石は、精霊石という事ですな。はっきりと魔力を感じます」

 私達の足元からシルアが言った。

「その通り。魔法使いにとってみれば、こんな事は基本的な事だったかな? この精霊石は、例え魔力が無い者が呼び掛けたとしても、はっきりとした魔法を使う事ができる。残念ながら一度限りしか使う事は出来ないがね」

 と言って、クロノスは私達にその石を掲げて見せてみた。

「これは、私がエルフからもらった、簡単な精霊石だ。この森のエルフの子供達が、よく遊びなんかに使っている…」

 と言って、クロノスはその石を掌から地面に落とした。

「ボーン」

 クロノスがそのように言うと、地面に落ちた精霊石からは、突然、木の根のようなものが生え出してきた。それもあっという間に精霊石からは何本もの木の根が突き出して来て、それが、どんどん地面に根を張って行く。

 あっという間に一つの精霊石からは、私のひざ丈ほどもある木が出来上がってしまった。

「これは…」

 精霊石から出来上がった木を触ってみる私。だがそれは確かな木だった。偽物でも何でもない。きちんと葉を付けた木で、生命を感じられる。木の温かみを感じることができる。

「せっかく、エルフの森に来ても、何も持って帰らないんじゃあ、君達も来た意味がないだろう?これはおみやげだ。わたしがエルフ達からもらったものだ」

 と言って、クロノスは私の手に1つの精霊石を握らせた。

 それはただ色のついた石ころでしかないようなものだったが、私はその石から、はっきりとした温かみを感じた。

 不思議だ。まるで石自体が生きているかのように感じられる。

「い、いいんですか? 勝手にエルフ達の者を私に渡して…」

 と、私はクロノスに向かって言ったが、

「いいんだよ。どうせエルフ達は精霊石一つくらいは、ただのおもちゃにしか思っちゃあいない」

 彼はどうと言う事は無い様子で私に言って来た。

 私はクロノスから受け取った石を大切に物入れの中にしまった。物入れの中に入れても、石はどことなく温かみを感じることができ、はっきりと、持っているんだという意志を私に感じさせてくれた。

「あー。私も欲しいな。その精霊石!」

 そんな私の様子を見ていたフレアーが声を上げた。しかしクロノスは、

「君は魔法使いだろう? そんな精霊石なんて持っていなくても、自分で自在に魔法を使う事ができるんじゃあないのか?」

 と指摘をする。だが、それであってもフレアーは私がもらった精霊石をとても物珍しいように見ていた。

「そうだけどさ…。あたしもあんまりそういったもので遊んだことないし…」

 まるで子供がくれ騙しを食らった時のような口調で答えるのだった。

「ところで、あなたは何者なんです?」

 私はクロノスに向き直ると尋ねた。彼は帽子を眼深くかぶったまま、私達の方を見下ろしてくる。

 彼の年齢は何歳くらいだろうか? あのロベルトは40歳ほどだと言っていたが、それよりも明らかに若い事は分かる。だが、決して若者と言うわけではなく、少なくとも30歳は超えて見えていた。

 しかし、目の前の男、クロノスはその30という年月よりも、更に長くの時を生きているようにも見えた。顔立ち、物腰の全てが、そう見せている。

 少なくとも私やカテリーナと同じく、北方の人間の血を引き継いでいるという事だけは分かる。

 だがそれでもクロノスと名乗ったこの男の正体には、分からない所があった。突然会った私達に対して、有効的に接してきてくれてはいるが、それさえも、まるで計画していたかのようである。

「わたしか、わたしはな、さすらいの旅人という奴さ…」

 と、先ほどと全く同じ答えを返してくるクロノス。だが、クロノスと言う名前。私はどこかで聞いたことがあった。

 どこで聞いたことがあったのか、私は上手く思い出せない。何年も前に聴いた名前では無かったはず。

 と、私がクロノスの顔をじっと見つめ、誰かの顔の面影を感じた時、私達の元へとカテリーナがやってきた。

 彼女はまるで気配を押し殺していたかのように、突然現れて私達を驚かせた。

「カ、カテリーナ」

 私は思わず驚いて彼女を見た。確か森の賢者の案内で、清めの水とかいうものを使っているはずだった彼女。こんなに早く戻ってきてしまうとは。

「あの? カテリーナ?」

 私はカテリーナの体を、まるで物色するかのように上から下まで見つめた。だが、特に変わったような様子は無い。水を使ったと言う事は、水浴びでもしたのだろうか?

 確かに良く見てみれば、彼女の銀色の髪が水に濡れている。

 どうやら、本当に水浴びをしてきたようだ。

 そんなカテリーナは、私達の方はちらりと見ただけで、木に寄りかかって立っている、クロノスと言う男の方を見つめていた。

 クロノスの方も、じっとカテリーナの方を見つめ返している。

「久しぶりだな…、カテリーナ。2年ぶりくらいか…?」

 クロノスという男がカテリーナに向かって呟いた。二人は知り合いなのだろうか?

 カテリーナの方も頷き、そのクロノスという男の方へと向き直る。

 一体、どのような関係なのか?私が疑問を持つよりも前に、カテリーナはクロノスというその男の正面に立ち、背の高い彼の顔を見上げた。

 そして、私達が想像もつかなかったような言葉を発するのだった。

「父さん…。久しぶり」

 まさかとも思わないような出来事だった。私とフレアーの前に現れた、クロノスと名乗った男は、カテリーナの父親だったのだ。

 良く見れば似ていなくもない。確かにカテリーナの父親のようにも見える。髪の色こそ違っていたが、クロノスとカテリーナの肌の色は同じだったし、醸し出している雰囲気が似ていた。

 以前に会った、カテリーナの母、シェルリーナの方がカテリーナには似ているが、クロノスが父親だと言われれば確かに納得できる。

 だが、クロノスにはカテリーナの父親としては少し不思議なところがあった。

 それは、私が口に出して言うよりも前に、まずフレアーが指摘した。

「あれが、カテリーナのお父さんかあ…。でも、不思議だよね…。カテリーナのお父さんにしては少し若すぎない?」

 私達が見る、クロノスという男は、30代前半くらいの男に見えていた。カテリーナは今年で確か19歳になるはずだったから、一体、いつの時にカテリーナは生まれたのかと思ってしまう。

 多分、カテリーナの父であるクロノスが、実年齢より若く見えるから、なのだろう。私はそれで納得する事にした。

 ただ、以前にカテリーナの母、シェルリーナの住んでいる家で、カテリーナの父がいるという話は聞かされていた。あちこちを旅してまわっていて、歴史書を書いているという話を聞き、あの時、カテリーナの口から想像した人物像では、もっと年老いた人物を想像したものだ。

 だが人は分からないものだ。あんなに若い人物がカテリーナの父親なのだと思うと、フレアーのように疑いの目を持ってしまう。

 クロノスとカテリーナは、私達から離れた場所に二人で行き、何かを話しているようだ。カテリーナより頭一つ分くらいはクロノスの方が背が高く、並んで歩いている姿は親子というよりも年の離れた兄妹のように見えなくもない。

 そんな奇妙な親子。カテリーナとは知りあって2年も経っているが、彼女とその父の存在は初めて見る事になる。

 カテリーナと、その父クロノスにとっては2年ぶりの再会だと言うから、ここは邪魔してしまってはまずいと思い、私はカテリーナとクロノスの2人を遠くから見守る事にした。

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「母さんは、元気にしているよ…」

 クロノスはカテリーナと二人きりになり、真っ先にそのように告げる。カテリーナは特にほっとしたようなそぶりも見せずに、ただ淡々と答えた。

 二人は人気の無いエルフの森の中の、小さな広場にいた。そこには木を変形させて作られたと思われる椅子とテーブルがあったが、二人はそこに腰かける事をせず、一つの木の近くで立ったまま会話を始めていた。

「そう…、それは良かった…」

 そんな、淡々としたカテリーナの口調に慣れきっているのか、クロノスは特にどうとも思わない様子で更に言葉を続けた。

「お前が、1年もの間、行方不明だと言う事を知って、心配していたぞ」

 カテリーナの方を向き、彼女と目線を合わせてクロノスは言った。カテリーナは父の顔を見返し、その冷たく濡れたガラスであるかのような瞳を彼の方へと向ける。

「それを、誰から?」

 カテリーナは尋ねる。ただ表情は崩さず、とても淡々とした声で。

「ピュリアーナ女王に会っていたんだ。そこで聞かされた。お前が謎の勢力によって連れ去られてしまっていたとな…。わたしも、お前を捜そうとした…」

 クロノスの方も表情を変えず、まるでカテリーナそのものであるかのように、淡々とした口調で言いのけてしまうのだった。

「それは、心配をかけてしまってごめん…」

 謝罪の言葉を述べるカテリーナ。少し顔をうつむかせ、クロノスの表情を伺うかのように見上げる。

「まあ、わたしは、お前が戻ってきただけで安心した。何しろ、お前は騎士なんだからな。果たすべき目的がある上は、そのために命を捨てる覚悟もあるんだろう?」

 と、クロノスは、確認を取るかのようにカテリーナに尋ねる。いつものカテリーナならば、そこで堂々とした口調で、当然だと答えるだろう。しかし今のカテリーナは違った。

「その事で、父さんに少し相談が…」

 カテリーナの言葉に、クロノスは意外な言葉であるかのように彼女を見返した。

「何だ? お前から相談なんて、珍しい事だな…?」

 だがカテリーナは言葉を続けた。父が聞かんとしても、カテリーナは言葉を押し通すつもりだった。

「私は、今の私がどうしたら良いか分からない」

 カテリーナは父に向かって、まずはその言葉を発した。父親の顔を見上げ、その表情から探りを入れるかのようなカテリーナ。

 だがクロノスは、

「続けてごらん。お前の心配ごとなんて珍しいから、幾らでも聞いてやろう」

 と言い、カテリーナはその言葉に安心したかのように、話を続けた。

「私は、国を守らなければならない。今までは、私自身が持つ力によって、それはできるもの。できて当たり前のもの、そしてすべきものだと思っていた。だけれども、今は正直迷っている…」

「お前を連れ去った連中と出会ったからか…?」

 クロノスはカテリーナに尋ねる。カテリーナは口には出さずに、まるで認めたくないものを認めるかのように、ゆっくりと頷いた。

「私は、その連中の前では何もすることができなかった。せいぜい逃げ出す事しかできなかった…。その時、私は思った。私も何か、特別な存在にあるんじゃあなく、結局のところ、ただの人間の一人に過ぎないんだって。

 今まで私が戦って来た連中は、結局のところ、私が太刀打ちすることができる者達だったというだけだ。ただ、それだけの事であって、私はこれ以上国を守っていく事ができるのかと、不安になっている…」

 とても仲間達の前では言う事ができない言葉。それはカテリーナにもはっきりと分かっている。多分、ルージェラやブラダマンテ達には、最近、塞ぎこんでいると思われているのだろうが、それはこの事を口にしたくなかったためだ。

 カテリーナは再び父の顔をゆっくりと見上げた。

「なるほどな…。お前ぐらいの年頃では、皆、そのように感じることがある。

 自分はすでに完璧だ。何者も恐れるような事は無いと思いこんでしまうが実際は違う。

しかも、お前は特別だったからな…。今までそう感じたことが無いんだろう?

 誰かに力で敵わなかった事や、どうしようも無かった事なんてほとんど無かった。違うか? だから、挫折感を味わった今、お前はその事に対して、とても不安に感じている。そうじゃあないのか?」

 とクロノスは答えた。するとカテリーナは再び頷く。

「そう。そうなんだろうと私は思っている。挙句に私は、自分が持っていた特別な力についても封印されてしまった」

 カテリーナがこのように自信なくつぶやくのは、父の前くらいだった。決して他の者達には見せない姿がある。

「誰にでも、それはある事だ。だからお前はここに来たんだろう? このエルフの森に来たと言う事には理由がある。それは、清めの泉を使う事に他ならない。お前はそれによって、力を再び取り戻すことができたはずだ」

 カテリーナの父、クロノスは彼女にそのように言い、カテリーナは黙ってクロノスに向かって頷いた。

「そう。取り戻す事は出来た。自分でも得体の知れないこの力を」

 カテリーナは右手を広げ、それをぎゅっと握りしめる。彼女はそこにこの1年の間取り戻すことができなかったものを手にしていた。

 カテリーナは右手を握りしめたまま言葉を続ける。

「だけれども、この力を取り戻した所で、今、この世界を覆っている危機に私が太刀打ちする事はできない。私の力は、あくまで壺の中に入れられているものだ。私をこの1年間捕らえていた連中は、その壺の外側の力を持っている…」

 すると、クロノスは、

「だから、お前には仲間がいるだろう? カテリーナ。お前がこの国の、いや、この世界の行く末を案じているように、お前の仲間も同様に考えている。もしお前が立ち止まるような事があれば、お前の仲間が、お前を支えてくれるだろう。もちろん、それはこの私でも良い」

 しっかりとした口調でカテリーナにそう言うのだった。カテリーナはしばし納得したかのような表情を見せる。だがすぐに首を振った。

「これ以上、仲間を犠牲にするわけにはいかない。クラリスの事も…。皆…」

 カテリーナはそのように言うと口をつぐんだ。カテリーナの義姉であった、クラリスの事は、クロノスも良く知っており、まるで自分の娘であるかのように接していた事もある。ただ、クラリスがかなりしっかりとした娘であったために、クロノスにはそれほど甘えるような事は無かったのだが。

 そんなクラリスが、今ではもうこの世にはいない。1年半以上も前のことだったが、その知らせはクロノスの元にも届いていた。

「兵士に犠牲はつきものだと言うのは、お前の方が分かっていると思ったのだがな…。どうやらお前は兵士を越えた何か、なのだろうか?

 ほんの10年前までは、私が抱っこしてあげることもできたお前が、今では『リキテインブルグ』の女王陛下の最も信頼する騎士になっている。それは驚きだ。しかしお前は何か、もっと大きな存在になってしまったような気もする」

 クロノスはカテリーナの瞳を覗きこむようにして言った。

 カテリーナの瞳はガラスのように冷たい輝きを持っており、さらに、1年間ほど伸び放題で切る事もできなかった髪も、刃のように鋭く垂れ下がっている。

 父であるクロノスは、そんなカテリーナの姿を見て一体何を感じ取ったのだろうか?じっと見つめ、まるで、探し求めている物が、本物であるかをじっくりと鑑定するかのようにカテリーナを見つめる。

 クロノスの瞳もカテリーナと同じく青いものだったが、カテリーナの方が若い分、その輝きには差があった。

 しばしの間見つめ合う両者。やがてクロノスが何かを悟ったかのように、カテリーナから目線を離して言った。

「やはり…、な。やはりお前は、私達などは見ていない。いや、見えてはいるが、もっと大きなものへと目を向けている。この1年間、お前は拘束されてどこかに閉じ込められていたと言うが、その間に、何かがお前の中で変わってしまったようだ。

 それはこの世界に対する価値観なのか、何か分からないが、お前が見つめているものは、どうやら、もっと巨大な存在のようだ。

 国を守り、王達の身を案じ、そのために戦うのが、以前までのお前だったが、今は違う。もっと巨大なものに対してその目を向けている。それは一体、何であろうな? 多分、それは私達にとっては理解することができないものなのかもしれないな」

 クロノスはカテリーナの内面を分析するかのようにそのように言った。だが、カテリーナの方は何も答える事はせず、ただ、クロノスが言うに任せた。

 彼の言った言葉に対して、肯定することも否定する事もせずに、ただカテリーナは、黙ってクロノスの言う言葉を聞いていた。

「だが、その視点から一体どのような答えを出すのかについては、お前次第だな。わたしがどうこう言おうと、お前は行動するだろうし、仲間もお前に付いてくるだろう。

 お前はすでにわたしの手を離れて、人を惹き付ける存在になっている。かつてお前の母さんがそうであったような」

 カテリーナはその言葉に対しても何も答える事をしなかった。ただ、じっと父の顔を見つめるだけで、それ以上は何も答えようとはしない。

 父の言って来た言葉を肯定する事も無く、否定する事も無く、ただじっと父の言って来た言葉を受け止めているようだった。

「わたしは、まだ、しばらくこのエルフ達の元に滞在しているつもりだが、お前はどうするつもりなんだ? カテリーナ?」

 クロノスは言ってくる。

 カテリーナにとっては数年ぶりに再会した父親。ほんの数日だけでも一緒に過ごしていたいと言うのが本音だったかもしれない。

 しかし、カテリーナは、

「いや、もうすぐにでも戻らなければならない。この西域大陸に危機が訪れている以上、一刻も早く、ピュリアーナ女王の元に戻って、彼女の身をお守りしなければならない立場に私はある」

 彼女には大切な役目があった。それは命に代えてでも守らなければならない彼女にとっての役割であった。カテリーナにとっては父との再会を喜んでいられるような時間すらなかったのだ。

「そうか。そうだよな。お前には大切な守るべきものがある、と言う事か」

 クロノスはその事に対してはすぐに納得した。クロノスは騎士や兵士などといった枠に囚われない、自由に生きる人間ではあったが、カテリーナの意志をしっかりと受け止める事は出来る。

「次に、あなたに会えるのは、いつごろになる?」

 と、尋ねるカテリーナ。

「そうだな…。この国がこれからどのように動いて行くかもわたしには分からない。だが、なるべくならば、シェルリーナの…。君の母さんのすぐ傍にいてやった方がよさそうだ。次の仕事が入るまでは、一旦帰っているよ。いつでも会いに来なさい」

「そう…」

 カテリーナはそのように言い、父から背をそむけて、離れた所で待っているブラダマンテ、フレアーという仲間の元へと向かおうとした。

 しかしふと足を止め、父の方を振り向いた。

「父さん。最後に聞きたいことが」

 カテリーナはさっさと戻ろうとする私達をよそに、エルフの森に残ろうとする父に言葉を投げかけた。

「何だ? 何でも言ってごらんなさい」

 と、クロノスが言うと、カテリーナは一呼吸を置くようにして尋ねた。

「私の、この特別な力は、一体どこから来たものなんだ?」

 カテリーナとクロノスは見合った。ほんの少しの時間の間があり、続いてクロノスは答える。

「さあ、それはわたしにも分からない。お前が生まれつき持っていた力だ」

「ただの人間である、父さんと母さんから、何故、普通の人間が持っていないような力を持つ、私が生まれるんだ?」

 カテリーナは疑問をぶつけてくる。

「さあ、そんな事を聞かれても、困るな…」

 クロノスはただそのように答えた。それは実際のところ、彼自身も娘から投げられたことの無い質問だった。

「ああ、そう…。じゃあ、自分で答えを見つけるよ」

 と、カテリーナは答え、クロノスに背を向けると仲間達の元へと戻っていった。クロノスはじっとカテリーナの背中を見つめ、去っていく自分の娘の姿を見送った。

説明
泉の力によって封印されていた力を解放する事が出来がカテリーナ。さらに彼女たちは、同地を訪れていた、カテリーナの父、クロノスに出会います
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