少女の航跡 第3章「ルナシメント」 16節「嵐の予感」
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 城の外部では、敵襲に備えた準備が進められていた。

 避難民の避難は次々と完了していく。まだ、路地裏などに残っている者達もいたが、上流階級の者達から、浮浪者に至るまで、《シレーナ・フォート》に住む者は一人残らず避難をせよとの、ピュリアーナ女王の命令だった。

 そして、戦うことのできる王家に仕える騎士達、兵士達、いつもは《シレーナ・フォート》を守るべく活動する警備兵達や、辺境警備隊からも兵士達が呼び寄せられた。

「『セルティオン』へは?すでに伝令は向かったのか?」

 部隊の一部を指揮する指揮官が、すでに武装した姿で歩きながら、部下に向かって言い放った。彼らはまだ王宮にいる。しかしすぐにも、《シレーナ・フォート》の街の外へ出て、平原での戦いが始まるだろう。

「『セルティオン』への伝令は3時間前に飛びました。しかし、どんなに早くとも、『セルティオン』から本隊がやって来るのは、1日後になるでしょう。国内にいる部隊はすぐにもやって来れますが…。その他、周辺各国へも知らせは飛びました。ですが、最も早い増援が来るまでは数時間かかります。それまでは我々が食い止めるしかありません」

 と、指揮官の補佐につく騎士が言った。

「何、我々、《シレーナ・フォート》だけでも集まる兵は1万はあるのだぞ。たかが50ほどの敵襲。簡単に蹴散らしてみせるわ。そしてこの街は要塞も同然。そう簡単に踏み込む事もできまい」

「だと、良いのですが…」

 自信のなさそうな声で騎士のひとりが言った。

「何だと、貴様。我々がそんなに無能だと言うのか?『ベスティア』無勢のような軟弱な国だとでも言うのか?」

 指揮官がそのように言い放ち、これから戦いに赴こうと言う騎士たちの間に、気まずい空気が流れたそこへ、姿を現す二人の姿があった。

 即座に指揮官達は敬礼の姿勢を見せ、王宮の廊下の道を開いた。やって来たのはカテリーナとルージェラ。

 『フェティーネ騎士団』の団長と副団長という、若くしても、階級が上の騎士達だった。すでに、カテリーナもルージェラも戦支度を完了しており、凛々しい甲冑を身にまとっていた。

「兵は揃っているのか?」

 敬礼し、道を開けた指揮官の前を通るなり、カテリーナが言い放った。

「はっ。街を守る防衛隊の数五千。すでに配備に付きつつあります。敵襲までに配備を完了するでしょう。敵を迎え撃つ兵の数五千が、中庭にて、あなたの指示を待っております」

 その指揮官の言葉に、カテリーナは素早く答えた。

「ああ、分かった」

 ただ一言発するだけだったが、カテリーナにはさっきのような迷いは一切ない。女王から最も信頼されている騎士団の騎士団長としての、威厳もたっぷりに答えることができている。

 この数分間でどのような心境の変化がカテリーナにあったのか、ルージェラは少し疑問の眼差しでカテリーナを見ていた。

 カテリーナとルージェラは王宮内を歩いて行き、ある、バルコニーの前までやって来た。

 その王宮のバルコニーは非常に高い位置に位置しており、《シレーナ・フォート》の街の半分を見渡すことができる。そして、バルコニーから見下ろせば、そこには王宮の敷地内に設けられた、大きな中庭があった。

 中庭は非常に広く、これから戦いに赴こうと言う兵士、一万いるという《シレーナ・フォート》の兵の半数をそこに待機させていた。

 しかもその内の更に半数は馬に乗った騎士達であり、ピュリアーナ女王の配下にある精鋭の騎士達だ。シレーナの兵もいる。彼女達も彼女達なりの武装を完了し、王宮の城壁の上で整列している。

 彼らは、今か今かと戦いへの出陣を待ち構えていたが、今だ現れぬ最高司令官でもあるカテリーナの姿を待っていたのだ。

 カテリーナは彼らの前に堂々たる姿で現れた。皆、彼女が現れると、一斉にその姿勢をカテリーナの方へと向ける。

 皆が押し黙った。言葉を発しようとする者はいない。皆が待ち望んでいた存在を前にし、誰もが注目した。

 カテリーナはバルコニーの最も目立つ位置に立つ。そこにはすでに一人のシレーナがいた。彼女は簡素な胸当てだけをつけたシレーナであり、兵士では無い。だが、彼女はこれからカテリーナがしようとしている事に、そして時には戦場で、無ければならない存在だった。

 ピュリアーナ女王もそこにいた。やって来たカテリーナの姿をじっと見つめている。彼女は今までカテリーナを待っていたのだ。

 カテリーナはピュリアーナ女王の目の前までやって来ると、敬礼の姿勢を取った。お互いが見合わせる。彼女らは口を開く事は無かったが、お互いが見合わせる事によって、暗黙の内に言葉を交わしたかのようだった。

 そのやり取りを終えたカテリーナは騎士と兵士達の方に向き直り、堂々たる姿勢を見せた。皆が、そんなカテリーナに対して敬礼の姿を見せる。

 そして、上位の騎士達の中央に立つピュリアーナ女王が、全ての兵が揃った事を確認し、堂々とバルコニーの台に立ち上がった。

 そして、注目する兵士達を一瞥し、その口を開き始める。

「この私に仕える者達よ…」

 ピュリアーナ女王の堂々たる口調、そして大きな声量を持って話し始めていたが、彼女の声は巨大な王宮のどこにいてもはっきり聞こえる事ができるものほど大きくなって響き渡った。

 それは、ピュリアーナ女王の傍にいるシレーナが、音の魔法を使っているためであった。彼女はピュリアーナ女王の発する声を魔法によって、巨大なものとして発する事ができる。

 歌や音などを自在に操ることができる、シレーナだからこそできる芸当だった。

「お前達がこれから赴く戦場で出会う相手…。その正体については知らぬ者の方が多いだろう。その事に対して、恐れを抱いている者も多いだろう」

 ピュリアーナ女王の口調は堂々たるものであり、威厳さえ感じられる。その威厳の感情こそが、騎士達皆を戦いへと駆り立てる。

 ピュリアーナ女王は臆する事も、動揺する事も無く、ただ冷静な口調のまま話し始める。

「そのような事はありません!」

「誰も恐れてなどおりませんぞ!」

 と、自信ありげな声を誰かが発してきた。彼らの意気込みははっきりと伝わって来る。

 しかしピュリアーナ女王は話し続けた。

「これからお前達が出会う者達。それはすでに幾つもの街を破壊してきた者達だ。それは我々の理解を大きく上回るものであり、そのような意気込みがある者であっても、目の前に直面した瞬間に恐れを感じるだろう…」

 ピュリアーナ女王は、今、この都市へと迫ってきているガルガトン達の存在を知らないはずだった。しかし、まるですでにその存在を見てきたかのような口調で話し始める。

「それは耐え難い物であるかもしれない。私もそうかも知れぬ。

 だが私はすでに覚悟を決めた。恐れを抱かない覚悟や、死を恐れぬ覚悟ではない。戦う覚悟だ。私はこの国と、そして民を守る。その覚悟を私は決めてきた。お前達にも同じような覚悟があるか?目の前に迫る恐怖と対峙し、それと戦う覚悟があるか?」

 と、発したピュリアーナ女王の声に従うかのように、兵士達の声が発せられる。

「ありますぞ!」

「この命に替えてでも!」

 ピュリアーナ女王はその兵士達の言葉に満足したようだった。次々と発せられる様々な兵士達の声に、ピュリアーナ女王は両手を上げ、その声を静めさせる。

「良いぞ。お前達の覚悟は伝わった。この私にも、この《シレーナ・フォート》の民にも伝わるだろう。

 そして、その覚悟を、迫りくる敵共にぶつけて来い。お前達の持つ覚悟は、この世のどのような武器や脅威よりも凄まじいものとなり、敵を打ち砕く事ができるだろう!

 行け!『リキテインブルグ』の子らよ。お前達の勇敢さと力強さを、未知なる脅威にぶつけよ!」

 ピュリアーナ女王の威厳ある言葉に、兵たち皆は一斉に腕を付きあげ、鬨の声を上げた。カテリーナ、ルージェラ、そして、全ての騎士達が拳を突き上げて、その覚悟の意志を見せつけるのだった。

 ピュリアーナ女王は下がり、代わりにカテリーナがバルコニーの目立つ位置に立つ」

「『リキテインブルグ』の兵達よ。お前達は、上官より命じられた通りに動け。先陣はこの私がきる。敵はこの街のすぐ外側にまで近づいてきている。我々が敗北する事はすなわち、この都の、この国の崩壊につながる。良いか」

 そのカテリーナの言葉で、兵士達皆は静まり返った。それは恐れなのか、覚悟なのか。兵士達が思い思いに心に誓った言葉は違った。

 カテリーナの声は、ピュリアーナ女王のものに比べれば、幾分も冷たい響きを持ち、鋭い。だが兵士達は、その言葉が、覚悟を決めさせるものだと言う事を知っていた。

「行くぞ!『リキテインブルグ』の兵士達よ!」

 と発せられたカテリーナの言葉と共に、《シレーナ・フォート》に集結した『リキテインブルグ』の兵士達は、その行動を開始した。

 兵士達の移動は、さながら一つの嵐の様でさえあった。

 一万という兵士達が一斉に動き出し、《シレーナ・フォート》の王宮広場から、市街地の中央通りを通り、城壁を抜け、そして、《シレーナ・フォート》と大陸とを結ぶ橋を渡って行く。

 一万の内半数の兵士達は、街の中に、決められた配置通りに移動していく、そして半数は、街の外で敵を迎え撃つ。

 訓練された『リキテインブルグ』の兵士達の間には大きな混乱も無く、統率を取ったまま素早く行動した。

 そして、《シレーナ・フォート》にはおおよそ五千の兵士達、そして、避難民を地下の巨大な空間に隠し、敵を迎え撃つ事になった。

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 全ての兵士、民、そして王族が、一体になってこそ実現できる戦い。しかしながら、民の数も多ければ、思想の数も多く、ピュリアーナ女王が発した緊急避難命令に従わない民も現れ始めていた。

 そうした者達は、街に敷かれた警備体制に逆らい、密かに集まっていた。《シレーナ・フォート》でも治安の悪いという裏通りに集結し、そこで違法な集会を始めていたのだ。

「ピュリアーナ女王の発した命令に背く者達よ!よくぞ集まってくれた!我々は、権力を手に、この《シレーナ・フォート》を統制しようとする、ピュリアーナ女王の命令に、断固として反対する」

 木箱によって作られた台の上に立ち、さながら自らも王であるかのように口を振るう男がいた。彼らの周りにはすでに100人近くもの者達が集まり、ピュリアーナ女王が出した、民への緊急避難命令に背いている。

 ピュリアーナ女王は、自分の政策に反対する者達がいても、それもまた良しとし、民の意見を尊重する、民主主義を敷いていた。

 そのため、ピュリアーナ女王の命令に背く者達がいたとしても、弾圧を加えられる事無く、野放しにされている。

 女王反対派は一般大衆だけでは無く、兵や王族にまで浸透している。

 今起こりつつある暴動も、一部の反女王派の王族や議会議員が、ピュリアーナ女王の影響力を下げるために行った工作でもあった。

 しかし、暴動を起こしている当の本人たちは、自分達が、政治的策略に乗せられている事を知らない。

 堂々と木箱を答弁の台とし、一部の人民を先導している者にとっては、百人程度とはいえ、まるで王になったかのような気分だった。

「女王は今、この都に戒厳令を敷き、全てを支配しようとしている!民よ!そのような暴力的行為に確固たる意志を見せ、反対して見せよ!」

 と、言い放つ代表者。彼らは都市の警備に回った兵士達によって、直ちに解散を命じられていたが、動じなかった。

 逆に、代表者によって先導される人間はどんどん増え続けており、兵士達よりも圧倒的なものになりつつあった。

「今こそ、民の力を見せつける時だぞ!」

 代表者は拳を突き上げて言い放つ。先ほど、戦いに赴く兵士達の間で行われていた、鬨の叫びに比べれば微々たるものだったが、民は確かに動かされてきていた。

 暴動は都市の一部から始まったものだったが、だんだんと、王宮の方へと近付きつつあった。

 その暴動の波及が広がり、《シレーナ・フォート》の都市が、敵襲を前にして混乱の渦中に呑み込まれつつあった時、新たな動きがあった。

「今こそ、力を民の手に戻す時だぞ!」

 叫ぶ声が上がる。暴動の代表者が一斉に王宮へと向かおうとした時、突然やって来た爆発音によってそれは遮られた。

 次いで、悲鳴とどよめきが上がった。

「あんた達!」

 ついでやって来たのは甲高い女の声だった。その声は、暴動の先導者の声よりも大きなものとして民の耳に響き渡る。

 都市で起こりつつあった、淀みのような暴動は、それによって突然、停止した。

「自分達が、何をしているか、分かっているの?」

 甲高い女の声は続いた。民は、爆発によって吹き飛ばされた先導者に代わり、台の上に上った、小柄な少女のような女に注目した。

「これから血を流して戦う人達がいる!民を守るため、国を守るために、戦おうとしている人達がいる!そんな中、あんた達がしようとしている事は何?手薄になった王宮を奪うのがあんた達のやっている事?」

 甲高い声を上げるその女は、紫色のとんがり帽子を被り、異質なローブを纏っていた。その姿は、人が持つものとは異なる雰囲気を醸し出している。

「そんな事では無い。我らがしている事は、もっと崇高なものだ!」

 暴動の先導者は、経った今起こった爆発で、顔に火傷のようなものを負っていたが、怪我はそれだけで済んでいた。

 しかし、まるで悪魔によって怪我を負わされたかのような目で、壇上に上がった少女を見つめ上げ、耐え難い怒りと共に言い放つ。

 彼はよろめきながらも立ち上がり、自分の主張を言い放った。

「我らは、暴力的行為に走り、この都市を手中に収めようとする権力者たちに立ち向かうのだ!我らは、力を民の元に取り戻すために…」

 そこまで言った所で、女によって言葉は遮られた。彼女は手に持っていた杖を先導者たちの方へと向け、さらなる迫力を持って言い返していた。

「暴力的行為?この国の女王様が?あんた達は踊らされているだけ。この機を利用して、自分達が権力を奪おうとしている、別の権力によって踊らされた、ただの傀儡でしかない!」

 民は一斉に顔を見合わせた。

「暴力的行為は、あんた達でも、女王様がやろうとしているのでもない!さらなる大きな力が動こうとしている。それは、あんた達が想像しているものよりも遥かに強大で、大きな力!

 あんた達は、傀儡師の手の上で踊らされている間は、滅びの道を辿るしかない!

 あんた達に、恐怖に対して命を賭けて立ち向かえとは言わない!しかし!あんた達が今やろうとしている事は、ただの幕間劇でしかない!

 王が!戦える者達が戦って王としている中、民がそんなで、一体どうするの?あんた達は、権力を自分達の手中に収めようとするばかりか!この国さえも滅ぼすつもりでいるの!」

 その女が言い放った言葉は、暴動を起こしていた民の心の奥へと深々と突き刺さった。見えざる力、それも魔法のような力を持ちながら、人民の心を動かそうとする。

 それは先ほどまで、暴動の先導者が並べ立てていた傀儡の言葉よりも強く、大きな力となって民の心を動かそうとしていた。

「もし!あんた達が、何かに対して民の力を誇示させたいというのなら、いいでしょう!あんた達を街の外の、戦いの渦中へと突き落としてあげようかしら!」

 女の声は、経下しい流れとなって次々と民の心の中へと染みわたっていった。彼らは感じていた。その流れが、只物ではないものであるという事を。そして自分達が、それによって、知らず知らずのうちに突き動かされている事を。

 暴動を起こしていた民は、いつしか静寂していた。

 そして彼らはそれ以上、王宮に向かう進軍を止めていた。まるで王宮には、自分達が超える事の出来ぬ、巨大な壁があるかのように悟ったのだ。

 

説明
《シレーナ・フォート》に迫る軍勢を迎え撃つために、カテリーナ達、騎士・兵士団は、一大決戦に挑むのですが―。
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