少女の航跡 第3章「ルナシメント」 21節「呼応」
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 カテリーナは、自分の甲冑の左肩の部分が砕かれ、白い肩の部分が鎧の中から剥き出しになっている事に気が付いていたが、それを構わなかった。

 一手前、ガルガトンの巨大な杭による攻撃を真正面から立ち向かったせいで、それが肩を掠ったのだ。巨大な衝撃は、彼女を遥か後方まで吹き飛ばすのに十分だった。草原の大地は抉れ、彼女が飛ばされた線には、黒い土が剥き出しになっている。

 カテリーナは立ち上がり、大剣を構えなおす。

 目の前に迫るガルガトンなど、その剣の一刀の元に両断する事が出来ていたが、さすがのカテリーナも息を切らせていた。

 ガルガトンの数が一向に減らない。だが、彼女の味方である大勢の騎士、兵士達の数は一気に減っていた。

 五千という兵達の数が大幅に激減。現在は千程度も残っていない。

 しかしながら、ガルガトン達の数は少しも減っていない。打ち倒したガルガトンが数体はいたはずなのに。ガルガトンの数が減っていないのだ。

 草原の草の一部が盛り上がった。そこから、巨大な杭の姿が現れ、黒い金属に覆われた生命体が再びその姿を見せた。

 それは新たに土の中から誕生したガルガトンだった。彼らは、無尽蔵に増えているのだ。

 それを理解した騎士達、そして兵士達は絶望していた。自分達を圧倒するほどの悪魔の生命体が、最初に現れただけでも相当の脅威であったと言うのに、倒しても、倒しても、幾らでも地中から出現しているのだ。

 最初は希望を持つ者もいた。全てを更に大きな力で圧倒する存在、カテリーナ・フォルトゥーナが先陣を切り、次々とガルガトン達を倒していたからだ。

 だが、今では彼女でさえ、ガルガトン達に太刀打ちできなかった。

 兵士達はその数を大きく減らし、中には戦場から逃げ出す兵士までいる状態であった。

 ガルガトンの攻撃を受け、何とかその状態を立てなおしてカテリーナは、再び剣を構えなおし、相手の様子を伺う。

 相手のガルガトンも、じっとカテリーナを見つめているかのようだ。さながら物言わぬ鉄の塊であるかのような姿をしており、顔という顔も見えなかったが、カテリーナははっきりと理解していた、彼らは、自分達を見ている。

 ガルガトンの無いはずの顔が、カテリーナを見つめ、そして隙を狙ってくる。カテリーナは、決して隙は見せぬようにと、構えをより完璧なものへとしていく。

「カテリーナ! 大丈夫!」

 背中合わせの姿勢になり、互いに逆の方向を向く姿勢で、ルージェラが背後から言って来た。

 ルージェラは斧を構え、逆からやってくるガルガトンを迎え撃とうとしていた。ルージェラは、細かい傷こそ負い、その身につけた甲冑にも破損が見られたが、大きな怪我は負っていない。

 カテリーナにとっては心強い存在である彼女は、まだ戦える。

「私は大丈夫さ。それよりも心配なのはあんたの方だ」

 と、カテリーナは言った。するとルージェラは背中を向けながら、鼻で笑った。

「あたし? あたしは大丈夫に決まっているじゃない。何心配してんのさ?」

 平気な声をして言ってくるルージェラ。しかしその心境は不安でいっぱいである事は明らかだった。

 カテリーナ、ルージェラの向く双方から、ガルガトン達が突っ込んできた。二人は挟み撃ちにされようとしている。

 だが、ガルガトンの巨大な杭が、二人に接触しようかという寸前、彼女達は真横に飛び避けた。双方から突撃してきたガルガトン達は真正面から激突し、お互いの杭で突き合ってしまった。

「馬鹿ねぇ…」

 ルージェラは身を起こし、ガルガトン達のあり様を見てそのように呟いていた。確かにガルガトン達は、仲間の事など考えていないかのように、ただ目の前の敵を粉砕する事しか考えていないようだ。

 だが、お互いの体に深々と杭を突き立てたガルガトン達は、まだ動いていた。この物言わぬ鉄の塊の生命体が恐ろしいのは、正にそこにあった。

 彼らは、いくら剣で突こうが、槍で薙ごうが、いかに致命的な損害を与えたとしても、まるで何事も無かったかのように襲いかかってくる。不死身。そう形容するのがふさわしいほどの存在と言えた。

 お互いを突き刺し合ったガルガトン達も、自分達のおかれた状況を理解しながらも、お互いから杭を抜くように後退し、再び、カテリーナ達の元に迫って来た。

「しつこいわね! さっさとやられなさいよ!」

 ルージェラはそう言い放ち、自分を奮い立たせる。

 だが、真正面から立ち向かって叶うような相手では無かった。

 ガルガトンが接近する。砂埃を激しく巻き上げ、草原をえぐりながら、二体のガルガトン達が、カテリーナの元へと接近した。

 と、その時、突然黒い何かが空より降り注ぎ、ガルガトン達に激突する。直後、爆発が起こり、二体のガルガトンは吹き飛ばされた。

 続いて、幾つもの黒い塊のようなものが、次々と空から降り注いできて、その着弾点では次々と爆発が発生した。

 その爆発は、極力、兵士、騎士達のいる場所を避け、ガルガトン達を狙っていた。この爆発が何であるか、カテリーナはすぐに理解した。

「応援が!」

 カテリーナは、黒い塊が飛んでくる、草原の高台の方へと目をやった。そこにはずらりと数十はあろうかという大筒が並び、兵士達が構えていた。『リキテインブルグ』の旗印とは異なる旗を豪雨の中で靡かせた隊列。

 それは隣国『セルティオン』の兵士達だった。それも、大筒の扱いに長けた部隊の兵士達だ。ガルガトン達に向け、次々と砲弾を発射する。

 更に、『セルティオン』の大筒隊の前方から、一気に草原を駆けてくる隊列の姿があった。はためかせている旗が、雨の中でもはっきりと分かる。

 白い獅子と盾をかたどった旗の模様は、カテリーナも良く知っていた。

「カテリーナッ!」

 まるで彼女を探し求めてやって来たかのような声が、戦場に響き渡る。その声の主についても、カテリーナは良く知っていた。

「やれやれ、やっと来たか…」

 彼女はそのように呟くと、口の端の緊張を少し緩ませた。

 やがて、カテリーナとルージェラの前に、騎馬に跨った騎士達が到着した。彼らは雨に打たれながらも堂々とした様子を見せ、疲弊しきっていた『リキテインブルグ』の兵士達に比べると、幾分も頼りがいがありそうだった。

「大丈夫か? カテリーナ!」

 そのように真っ先にカテリーナが言って来たのは、銀髪で銀色の甲冑を身につけ、白いマントを羽織った長身の男だった。

 それは、『リキテインブルグ』の精鋭騎士団、“白き盾”の騎士団長である、ルッジェーロ・C・ランベルディだった。

「ルッジェーロ。あんたの方こそ…」

 カテリーナは、すでに敗北の感が漂っている騎士達の中でも堂々とした姿を見せ、ルッジェーロの騎馬に近寄った。

「こいつらか! 例のガルガトンとかいう奴らは! 皮肉なものだ。こいつらのせいで、『ベスティア』の《ミスティルテイン》が陥落するのを俺は見た。だがお陰で俺はクローネに囚われていた地下牢から脱出でき、『セルティオン』に戻れたんだからな!」

 カテリーナの無事を確認したルッジェーロ率いる騎士達は、すぐに、地中から新たに這い上がってきたガルガトン達の方を向き直るなり、そのように言うのだった。

「奴らは無限に地中から出てくるわ! 何とかする方法は無い?」

 頼もしい味方がやってきたとばかりに、表情が明るくなったルージェラが言った。

 しかし、ルッジェーロは、

「な、何だと…、こんな奴らが無限に…」

 目の前に迫る圧倒的な存在に驚愕せざるを得ないようだった。ガルガトン達は、倒れ去った騎士達の体を跳ね飛ばしつつも、更にカテリーナ達に近づいてきていた。その姿は、新たに現れた『セルティオン』の大筒隊よりも圧倒的な姿で接近してくる。

 例え、炎と爆風の嵐を浴びせられたとしても、ガルガトン達はカテリーナ達の方へと、恐れも知らぬ様子で突進してきた。

 その有様に圧倒されていたルッジェーロであったが、すぐに向き直り、彼の配下である騎士達に向かって命じた。

「無闇に突っ込むな! 距離を置け! こいつらには大筒しか効かん!」

 颯爽と登場した割には、消極的な命令だった。

「あんた達! 随分と臆病じゃないの!」

 と、肩すかしをくらったらしいルージェラが言うのだった。

「いや、ルージェラ…。彼の判断は正しい。このガルガトン達に、正面から挑もうとしても無駄だ。逆にやられる。ルッジェーロの言うように、逃げながら大筒で戦うしか方法は無いだろう…」

 カテリーナは冷静にルージェラに耳打ちした。

「ふん! あらそ!」

 と言うようにルージェラはぶっきらぼうに答えた。ルージェラは正面から切り込んでいく戦い方が好きだから、逃げながら戦うなど、負け犬のする事だとと考えているのだろう。

 正面からはガルガトンが迫って来ていた。その走行の速さは、馬が走るのとほぼ同じ程度だった。

「カテリーナ! 俺の馬に乗れ! ルージェラは、シスの馬に乗れ!」

 ルージェラはすでに落馬しているカテリーナとルージェラに向かってそう言い放った。

「だけど! カテリーナ! 逃げながら戦うのでは、こいつらを、都へと入れてしまうわよ!」

 そのようにルージェラは言う。

「ああ、分かっているさ。だが、正面から突っ込んでいってもやられるだけだ。全滅してしまえば、誰も都を守る事ができる人物がいなくなる!」

 カテリーナはそう言い放つなり、ルッジェーロの馬に素早く飛び乗った。甲冑を身に纏って、所々負傷している姿でも、その身のこなしは軽やかだった。

「ええ、だけど…!」

 ルージェラも渋々、ルッジェーロのすぐ横の男の騎士の馬の後ろの方に跨った。

「それに、このガルガトン達は、どうやら都を狙っているわけではないようだ。不思議と、私の方に向かってきているかのようにも思える…」

 カテリーナはそう呟いた。

「そら行け!」

 同時にルッジェーロが自分の馬に命じ、彼らはガルガトンに背を向け、豪雨の中の草原を駆けだした。

「本当!それ?」

 ルージェラが、カテリーナの方に向かって言い放つ。豪雨と雷鳴が瞬き、彼女の声はかき消されそうになった。それだけ、雨は激しくなっていたのだ。

「お前の言う事が本当なら、逃げ回れば、奴らを引き付ける事ができるかもしれないな…。その隙に大筒で攻撃できる。それに、無限にわいてくる兵士なんているわけない。奴らも、いずれは品切れするはずだ」

 そう響いたルッジェーロの言葉。しかしカテリーナはそれに反論するかのように、

「ああ、だといいんだがな」

 と、周囲を不安にさせそうな言葉を放っていた。

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 だが、カテリーナの言う通り、地中から出現してきたガルガトン達はカテリーナの方へと接近してくる。その速さは、速すぎも無く、遅すぎも無く。常に一定だ。

 同時に、ガルガトンの上へは、大筒からの攻撃がひっきりなしに降り注いでいた。その度に炎と爆発が、ガルガトン達に襲いかかり、その巨体を横転させ、跳ね飛ばし、空中へと舞い上げた。

 これだけ砲弾を打ちこまれれば、並みの軍隊だったら怯みを見せるだろう。

 しかしながらガルガトン達は、いくら砲弾を撃ち込まれようと、全く怯んでいない。物言わないまま、ただカテリーナ達の後を追った。

「どこまでついて来る! やはりこいつら、無限に増えていくぞ…」

 ルッジェーロは背後から迫ってくる、ガルガトン達の迫力に思わずそのように言い放った。事実、ガルガトン達はいくら大筒部隊の砲弾を食らっても、その身を破壊されても、どんどんその数を増やしてさえいた。

「ルッジェーロ様! 一体、どうしたら良いのですか!」

 と、ルッジェーロと共に騎馬で走る騎士の一人が叫んだ。来たばかりの頃は冷静だった彼らも、接近してくる迫力の前には、どんどんと冷静さを欠いてしまっていた。

「分からん! 俺に聞くな!」

 ルッジェーロから思わず口に出た言葉も、かなり無責任なものになってしまっていた。それだけ、彼の落ち着きは失われていたのだ。

 むしろ、先ほどから戦い続けているカテリーナの方が落ち着いているくらいだ。

「ルッジェーロ様!」

 また、別の方向から声が響き渡る。

「何だ! 今度は何が起こった!」

 もはや動揺も隠せないままにルッジェーロが叫ぶ。すると、

「前方からも敵が!」

 その声とほぼ同時に、ルッジェーロ達よりも前方を走行していた騎兵が、一気に空中へと巻き上げられた。彼らを、まるで障害物か何かであるかのように空中に巻き上げているのは黒い塊。それはガルガトン達だった。

 今まで、背後にそのガルガトンを向けていたルッジェーロ達であったが、前方の地中からも、ガルガトンは出現していたのだ。

「これは、まずいぜ…」

 ルッジェーロは目の前で起こっている出来事に、思わずそのように呟くしかなかった。

「挟み撃ちにされたか!」

 カテリーナはそう言うなりルッジェーロの馬から降りた。

 ルッジェーロ達の部隊は、ガルガトンに前方、そして背後から襲撃を受けていた。豪雨の中で、銀色の甲冑が輝く彼らの部隊は、一気に襲撃を受けた。前方からのガルガトン達の出現は、ほとんど奇襲とも言って良いくらいで、圧倒的な存在の、恐ろしいまでの機動力に、彼らは成す術を無くしていた。

 そんな中、カテリーナは雨の打ちつける草原の血に降り立つ。

 彼女の甲冑のブーツは草を踏みしめ、その場に堂々と立った。雨に打たれながらも、剣を構え、迫りくるガルガトン達に圧倒的なまでの姿を見せつける。

「何やってんの! あんたは!」

 ルージェラがそんなカテリーナの姿を見るなり叫んだ。逃げようにも、戦おうにも、騎乗にいる方が有利なのに、カテリーナはわざわざ地面へと降り立っていた。

「後ろにも、前にも敵がいる。逃げ場は無い。だったら、やる事は一つだろう?」

 カテリーナは静かに言った。

 『セルティオン』の騎士達の体を、その巨大な体で巻き上げ、巻き込みながら、黒い塊のようなガルガトンは接近する。カテリーナの前からも、後ろからもだった。

 両者のガルガトンは衝突する事に恐れを抱いていない。先ほどもだったが、ガルガトンはその巨大な杭でお互いを突き合う事にためらいも見せない。

 巨大なガルガトンの間にいれば、その衝撃に挟み込まれ、ひとたまりもない。

 しかし、カテリーナはその手に持つ大剣を中空へと向けた。豪雨が降り注ぐ草原の上空には黒い雲が浮かんでいたが、カテリーナはそこへと剣を突き上げていた。

「何、やってんだ…」

 ルッジェーロはカテリーナの行動に意味も分からなかった。何故、剣を上空に向ける。敵は前方と後方から迫って来ているのに。

 カテリーナは目さえ閉じていた。その雨に打たれても長い睫毛を持つ目を塞ぎ、ガラスのような水色の瞳を敵の方に向けてさえいない。

 このままではカテリーナがガルガトン達に、双方から衝突されてしまう。

 そう思った時、ルッジェーロは、上空から響き渡った巨大な音と、ついでやってきた光、そして衝撃に思わず馬から落とされそうになってしまっていた。

 何が起こったのか。あまりに突然やってきた強烈な光のせいで、ルッジェーロは目もくらんだ。ようやく目が開けるようになった時、彼の眼には、変わらず雨降りしきる草原の大地に立つカテリーナの姿があった。剣を下ろし、再び目を開いている。

 だが、さっきと違っていた事があった。カテリーナを挟み撃ちにしようと双方から接近していたガルガトンが、黒焦げの塊にされていたのだ。

 元々が黒いガルガトン達だったが、今では真っ黒焦げにされている。しかもその頭上には、彼らよりも更に巨大な鉄球でも打ちつけられたかのように、大きな陥没の跡があった。

 今、起きた出来事は落雷なのか。これだけの豪雨だから、落雷くらい起こっても不思議ではないが、都合よくガルガトン達の頭上に雷が落ちてくるものなのか。

 もしかしたら、カテリーナがやったのではないのか?

 ルッジェーロはカテリーナと幼馴染ではあったが、彼女の詳しい事は知らない。特に彼女の人間離れした特別な面に関してはルッジェーロも噂にしか聴いていなかった。

 噂によれば、カテリーナは、人間にはできない魔法を自在に操る事ができる魔法使いや、自然の力を精霊を媒介にして引き出せるエルフ、それさえも超えた力を有しているという。本当か嘘か、ルッジェーロにとっては今まで曖昧だった。

 しかしながら、たった今、ルッジェーロが目撃した光景は、その人知を確かに超えていた。

 カテリーナは、天空から雷を撃ちおとしたのだ。ガルガトン達は、剣で突こうが、砲弾に撃たれようが、平気な姿をして襲いかかってくる。

 だが、絶大な力を持ち、建物一つをも簡単に破壊してしまうと言う落雷で撃たれれば?結果は今、ルッジェーロの目の前にある黒い残骸の塊だ。

 カテリーナは剣を媒介にして、エルフが精霊を媒介にして魔法を引き出すかのように落雷を起こして見せたのだ。

 ルッジェーロは唖然としてその姿を見ていた。

「何してる? 背後から来るぞ!」

 カテリーナの姿に唖然として見とれていたルッジェーロは、後ろから迫っているガルガトンの存在にようやく気付いた。

 素早く馬を翻させ、ガルガトンの突進に備えた。ルッジェーロは、ぎりぎりの所でガルガトンの攻撃をかわした。

 ついでとばかりに彼は抜き放った長い刃を持つ剣でガルガトンへと斬りつける。カテリーナの持つ大剣ほどではないが、ルッジェーロも剣の鋭さなら自慢があった。大抵の行きものならば一刀両断にできる。

 しかしながら、このガルガトンの肉体はそうはいかなかった。鋼の体はルッジェーロの剣を全く受け付けることなく、刃こぼれさえさせてしまった。

 ルッジェーロがかわしたガルガトンは、カテリーナの方に向かって突進していく。

「カテリーナ! 何やってんの!」

 ルージェラが叫ぶ。

 だが、カテリーナはガルガトンの方を見据えながら、剣を横に構えているだけで、避けようともしていない。

 カテリーナはまさか、ガルガトンの突進を受け止めようとしているのだろうか。そんな事ができるはずがない。ガルガトンは、騎乗の騎士を馬ごと巻き上げるほどの威力の突進を仕掛けて来ている。

 カテリーナに、受け止めることなどできるものか。彼女が身につけているのは、チェインメイルとプレートアーマーが融合した甲冑だけで、何も盾になるものも無い。

 まともに正面衝突してしまえばひとたまりもないだろう。

 だが、カテリーナはガルガトンを迎え撃った。

 何を考えているのか。ルッジェーロには理解できなかったが、ガルガトンが突進していくカテリーナは、ルッジェーロの良く知っているカテリーナとは何か違っていた。何かどころではない。決定的に違う。

 カテリーナの姿が、圧倒的なもののように見えた。

 形容するならば、たった今起こった落雷であるかのような迫力だ。彼女の体は青白い光を持っており、その甲冑に覆われた身体から火花さえ散らしていた。

 ルッジェーロは、カテリーナが何か巨大な存在、それも女神のような圧倒的な存在に見えていた。カテリーナが、ガルガトンを止められても不思議ではない。彼女が今、しようとしている行動に何の違和感もない。

 ガルガトンがカテリーナに衝突する瞬間、ルッジェーロは青白い閃光が放たれるのを見ていた。まるで衝撃が光となって放たれたかのようだ。思わず彼らは怯んだ。

 次に彼らが目を開いた時、彼らの目の前には、右腕で剣を持ち、左手をガルガトンの方に向け、その突進を受け止めているカテリーナの姿があった。

 ガルガトンの顔につけられた杭は彼女を掠め、カテリーナはガルガトンの正面部分を手で押さえている。

 巨大な迫力同士がそこでは激突していた。カテリーナは左手を正面に広げ、それだけでガルガトンの攻撃を防いでいる。相手は巨大な質量だと言うのに、人間の体としては普通なくらいのカテリーナがガルガトンを防いでいるのだ。

 カテリーナの体は火花を放ち、青白い光を放っている。

 彼女は何とも取れない表情をしていた。それはいつもながらの、涼しく、そして鋭い目つきをもつ表情なのか。だが、ルッジェーロは更に大きな何かを感じていた。

 カテリーナの青い瞳はガルガトンを射抜き、彼女はそれを受け止める。皆、彼女の圧倒的な存在に言葉を失っていた。

 ガルガトンが迫って来ていると言う恐怖。不死とも取れる存在に対しての恐怖も、たった今、起こっている出来ごとの前に消し飛んでいた。

 カテリーナはガルガトンの体を押さえたまま、今度はもう片方の剣を構えなおし、ガルガトンへと突き出した。

 その際にも、また青白い光と火花が放出され、ルッジェーロ達は怯む。

 次の瞬間、カテリーナの突き出した剣は、その大きさよりも更に大きな迫力を見せ、ガルガトンの肉体を彼らの持つ巨大な肉体よりも大きな閃光で覆った。

 閃光で覆われたガルガトンは、カテリーナの剣が突き出された前方の顔の部分から、黒い塊の塵となって消失していく。

 カテリーナの体はガルガトンの姿を突きぬけ、その肉体のほぼ全てを消失させていた。残ったのは黒焦げになった、ガルガトンの破片だけだった。

 再び落雷が起きたかのようだった。

 カテリーナの大剣は、ガルガトンの肉体を横から薙ぐようにして、落雷を発生させ、その巨大な肉体を打ち砕いてしまっていたのだ。

 だが、ガルガトンを倒したカテリーナに、また更に巨大な肉体が迫ろうとしてきていた。その巨大な身体が、再びカテリーナに襲いかかる。

 彼女は再び剣を構えなおし、ガルガトンの攻撃に備えた。

 やはり、ガルガトン達がカテリーナに呼応するかのように迫って来ているというのは本当なのだろうか。カテリーナが、ガルガトン達を引きつけている。

 カテリーナは剣を突き出し、ガルガトンの肉体を、再び両断しようとした。だが、彼女の突き出した剣は、ガルガトンの肉体の半分ほどを切り裂いただけで、そこまでで剣は止まってしまっていた。

 ガルガトンは、肉体の半分ほどまで剣を突きこまれても、何も恐れも、痛みも感じることなく、脚を動かし、更に前方へ、前方へと向かっていこうとしている。彼らを突き動かそうとしているものは、一体何なのか。

 ふと、その時、ルッジェーロは何か豪雨の中を素早く移動する、光を見つけた。それは、カテリーナの身体から放たれている青白い光を反射する何かで、ルッジェーロには何かが瞬いたように見えた。

 次の瞬間、ガルガトンの頭上に、まるで鉄槌が振り下ろされたかのように、何か巨大な迫力のものが落ちてきた。ガルガトンの頭部はそのまま潰されてしまう。先ほどのカテリーナが起こした落雷ほどではないが、巨大な迫力だった。

 潰れたガルガトンの頭部には、誰かがいた。豪雨の中で異様に光る赤い金属の姿だけを見る事ができる。

 ガルガトンの頭の上には槍が突き刺さっていた。その槍は大きく、あたかも鉄柱であるかのようだ。並の人間には扱う事ができないだろう。

 そのガルガトンの頭上に槍を振り下ろした人物は、ガルガトンの頭上で立ち上がり、カテリーナの方を見下ろす。

 真紅の甲冑を身につけた女で、兜を被っているから、女であるかどうかは伺い知れないが、甲冑の体型はどう見ても女のものだった。

 彼女は兜の面頬を上げ、その素顔をカテリーナの方へと向けた。

「カテリーナ・フォルトゥーナ…、お前は一体、何をやっている?」

 そのように言い放たれた女の言葉。この戦場にはふさわしくない響き、そして意味を持っていた。

「お前…、ナジェーニカ…。お前こそこんな所で何をやっている?」

 カテリーナが、ナジェーニカというらしい女を見上げてそのように言い放った。

「私は、お前の後ろをいつも見張っている。いつでもお前の隙を狙っている。だが…、今は話が違う。お前は本来の目的を忘れたのか?カテリーナ?この一年。お前は何を教えられてきたと思う?」

 ナジェーニカの言っている言葉が、ルッジェーロ達には理解する事が出来なかった。この真紅の甲冑の女は、突然戦場の激戦の真っただ中にやって来て、一体、カテリーナに何を言おうとしているのだ。

「お前の質問の答えならば、今、私が、やっている通りだ。お前達のやろうとしている事に対して、贖おうとしている。お前達が時代を変えると言うならば、私はこの国を守って時代を守る」

 カテリーナはガルガトンの肉体から引き抜いた大剣を、ナジェーニカの方へと突き出した。

「おい!まさか、あの女も敵なんじゃあないだろうな?」

 ルッジェーロはそうルージェラの方に尋ねた。

「あたしにも分からないけど…、カテリーナの事を恨んでいるのは確かよ…」

 ルージェラはそう答えてきた。恨んでいるだと。だったら、敵じゃあないか。

「貴様と、戦っている暇などない。貴様の首を取ってやりたいと、この2年間、ずっと思っていたが、どうやら、あの巨大な力の前では、そのような私の勝手な復讐など、ちっぽけな蠅のような存在でしかないようだ…」

 ナジェーニカは槍の矛先をカテリーナの方へと向け、そう言った。

「何、言ってんのよ、あいつ…」

 ルージェラがそう呟く。

 ナジェーニカは槍の矛先を、突然、横方向へと突き出した。それは、指示棒のように何かを指し示すかのようであった。

「カテリーナ…。貴様も感じないか?あの圧倒的な力を。あたかも、この世の全てを呑みこんでいくかのような、あの圧倒的な力を。

 貴様達は囮の怪物共に、まんまと騙されていたのだ。この怪物共が差し向けられた本来の目的は、より計画を遂行しやすくするよう、貴様達をあの都の外に出す必要があったのだ」

 ナジェーニカは堂々たる声でそのように言い放つのであった。彼女の構えた槍の矛先は、まっすぐに《シレーナ・フォート》の方へと向けられていた。

 豪雨の中、《シレーナ・フォート》の方からは、異様な気配が漂う。その気配は、その場にいた誰もが、はっきりと感じる事が出来ただろう。

「な…、何だあれは!」

 そのように叫んだのはルッジェーロだった。その他の騎士達、ルージェラ、そしてカテリーナも、その方向で起こっている出来ごとには目を疑わずにはいられなかった。

 草原の南方にあるはずの都、《シレーナ・フォート》が、巨大な黒い球体の中に包み込まれていた。

 その球体は、四方が5kmはあるという《シレーナ・フォート》の都を完全に包み込んでおり、全ての周囲の雲も、嵐も吸収しているかのように見えた。

 黒い球体は、都をすっぽりと覆い隠し、光さえも反射していない。光もその中に吸収してしまっているかのようだ。

 草原で起こっている豪雨でさえも、《シレーナ・フォート》の都を包みこんでいる黒い球体は吸収してしまっており、その地点では雨も、黒い雲も吸収しているかのようだ。

「嵐で気が付かなかった…!一体、《シレーナ・フォート》で何が起こっているのよ!」

 ルージェラが叫ぶ。

 ナジェーニカは兜の面頬を上げたまま、ルージェラの方は見ずに答えた。

「カテリーナ・フォルトゥーナよ。あの方が呼んでいる。あの方は、お前を欲している。そして何より、あの都は、お前が今行かなければ滅びる。さあどうする?カテリーナ?」

 カテリーナに迫り、ナジェーニカは言い放つ。彼女の表情は雨に濡れても、全く揺らぐことなく、カテリーナの方を向いていた。

説明
《シレーナ・フォート》の都の外で起きていた戦い。しかしカテリーナ達は自分達が外へとおびき出されたいたことを知ります。一方都は異空間に包まれ、危機的な状況に陥っているのでした。
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