笑顔の源
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「我らが主の御心のまま全てを捧げよ」

何十。何百。何千と聴いてきた言葉だ。いい加減反吐が出る。

「我らが主の御心のまま、我ら聖なる使徒は全てを捧げる」

数え切れない程の人間がその言葉を言い終わる時、俺は吐き気と頭痛で泣き出しそうになっていた。

「どうしたの守君。気分悪いの?」

小声で彼女が声をかけてきてくれた。複雑な気分だ。

「大丈夫だよ。」

短い言葉で必死に否定しても体に嘘はつけない。目は泳いでいるし顔は引きつっている。ムリをして笑顔を作ろうとしても歪な表情を成しているのが自分でもわかる。

「ムリしないでね。主はドコでも見ていらっしゃるから、他の部屋でもお祈りは届くからね。」

彼女の的が外れた気遣いは一層気分を悪くした。

「大丈夫だよ」

俺はさっきと同じセリフを言いって急いで顔を元に戻した。彼女は半ば不安そうな顔をしたが、すぐにホールに響くノイズに耳を傾けた。

 

幸福の想像教会・大乗天理予言の使途。体育館程度の広さがあるホールの上方にデカデカと掲げてある看板を見るとため息を吐かずにはいられない。この教団の集会は本当にいつ来てもなれないものだ。

 

 

一年前。子供の頃から好きだった娘に告白をした。

返事は期待に沿えるもので俺は有頂天にったていた。

その後何度かデートなどもし、本当に幸せな毎日を送っていたのだが、ある日彼女からこんな誘いがあったのだった。

「一緒に来て欲しいところがあるの・・・守君としか一緒に行けない場所なんだけど・・・」

勿論承諾した。今まで女性経験のない俺は必要以上に興奮しており、まるで思春期の少年のような面持ちだったのだが、その期待は見事に裏切られることとなる。

 

その週の土曜日。俺は悟りの場・学生使途交流会というものに出席させられた。

そこでの集団討論はキチガイの妄言発表会といっても差し支えなく、自分の頭がイカレそうになったことを今でも鮮明に思い出せる。

「今の日本は異教徒が作り上げた悪魔的虚像文化だ。それを破壊し我らが主の示す未来を全国民にしらせることこそが我々使途の使命であり生きがいである!」

「もはや形骸化した日本の外交などまったくの愚劣!すぐにでも軍事力を強化し、世界の平和を我々が作り上げねば地球の未来がない!」

「欧米の耶蘇教も許せんが、共産主義国家の唯物論社会も許せん!我らが主に対しての侮辱だ!」

「世界平和を前提にした争いならば仕方がない。全ての元凶はユダヤ人なんだから、やつらは粛清しなければ平和は訪れない」

「現在の格差社会はすべてアメリカと中国のせいだ。それに従事する日本ももはや悪だ!朝鮮人は国へ帰れ!」

 

同じ学生がこうまでおかしな思考に走ってしまう原因はなんなのか俺にはまったく理解できなかった。

宗教と右翼が融合し手が付けられなくなっている。後から聞いた話だが、彼らは皆社会的弱者の家庭らしい。右翼思想はルサンチマンから発生すると聞いた事があるが、あながち間違ってもいないような気がした。

「今日は付き合ってくれてありがとう。明日は大使途様のお説教を一緒に聞きこうね!」

屈託のない笑みに俺は断る事ができなかった。

 

それから一年、俺は毎週欠かさずこの説教会を聞きに聞きにきている。となりに彼女がいなければ自爆テロを起こしても不思議ではない。昔は宗教間争いなど無意味で無益なものだと思っていたが、絶対的な価値観の相違が人に異常な殺意をもたらすということを知って以来、俺は考えを改めるようになった。

 

集会が終り、近所の喫茶店で彼女と珈琲を飲む。

「いいお話しだったね!大使途様のお言葉はいつも私に元気を与えてくれるの!」

さっきのノイズのどこがいいお話しで、どこに元気をもらえる部分があるのかは分らない。ただ、彼女の笑顔が見られるだけで俺は十分だ。だからこれからも俺は吐き気と頭痛と圧倒的殺戮願望を抑えてこのノイズを聞きにくるだろう。

彼女の笑顔には全人生を賭ける価値がある。

 

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