友達以上、◯◯未満 |
真・恋姫夢想SS
友達以上、◯◯未満
とある昼下がりのこと。書類仕事も一段落して、さてこれからお昼でも食べに行こうか、と考えていたときだ。
「北郷、いるか!?」
バカでかい、それこそ戦場で号令でもかけるような怒鳴り声が聞こえた次の瞬間すごい勢いで部屋の扉が開き赤い影が飛び込んできた。勢い余って壁にぶつかった戸が跳ね返ってくるのを片手で防ぎながら中を確認した彼女は、さっきと変わらないスピードで俺の方へ突進してくる――――正直、嫌な予感しかしないがもう逃げ隠れするような時間の余裕はない。
「おお、いたか北郷」
「そりゃ居るさ、ここは俺の部屋なんだから。それよりも春蘭、扉の開け閉めはもうちょっと静かにやってくれよ……この前直したばっかりなのにまた壊れただろ」
大剣を自在に振り回す腕力を手加減抜きでぶつけられた結果、到底元の位置には収まりそうもないくらい傾いてしまった扉を見ると思わずため息が出てしまう。言っても無駄だということはわかっているけど、言わずに済ますわけにもいかない。
「たかが扉の一枚くらい、良いではないか。私は気にしないぞ」
「俺が気にするんだよ!」
もっと言えば、気にするのは俺じゃなくて桂花だったりする。自分で壊したわけでもないのに修理を頼むたびに嫌味と皮肉と毒舌にさらされるのは勘弁して欲しい。かといって自腹を切るのも嫌だしなあ。
そんな俺の事情などまるで気にすることもなく、せっかちな春蘭はさっさと自分の用件に入っていた。
「そんなことよりもだ、貴様に聞きたいことがある」
「聞きたいこと?買い物に付き合えとか一緒にメシ行こうとかじゃなくて?」
今回はなんだかいつもと違うパターンだな。春蘭の用事と言えば大抵は華琳がらみの買い物だったり、食事の誘いだったりなので、なんだか意表を突かれた感じだ。
「そうだ……実は先日のことなんだがな、華琳様が――――」
「――――ちょっと待て……もしかして何か相談ごとか?だったら俺よりも秋蘭の方がいいだろ」
「仕方ないではないか、秋蘭は流琉と国境の警備に行っていてしばらく戻らんのだ。私だってどうせ話を聞いてもらうなら貴様なぞより秋蘭の方がいいに決まっている」
……それはそのとおりだろうけど、これから相談を持ちかける相手に向かってその言い草はどうなんだ。まあ、春蘭のこういうもの言いをいちいち気にしてたらそれこそキリがない。
「秋蘭がダメなら華琳はどうなんだ?」
「か、華琳様に相談できるわけがなかろう!貴様、私を馬鹿にしているのか」
「華琳もダメ、と。あとはそうだな……魏には優秀な軍師がいるんだし――――」
「桂花に相談するくらいなら死んだ方がマシだ!」
軍師という言葉が出た途端、春蘭は血相を変えて食ってかかってくる。まったく、これだもんな。日頃いがみ合っているから桂花のことを真っ先に思い浮かべるのはある意味仕方がないけどさ、こっちとしても元より桂花に相談しろなんていうつもりもないっていうのに。
「……わざわざ桂花のところに行かなくても、軍師は他に二人もいるじゃないか。風や稟なら問題ないだろ」
「風?稟?……ああ、あのなんかふわふわしたのと鼻血眼鏡か」
戦場で生死を共にする仲間のことがすぐに出てこないのも問題だけど、曹魏の誇る頭脳をつかまえてふわふわだの鼻血だのとは……。春蘭に名前を覚えてもらうのってやっぱり大変なことなんだな。
「あの二人ならなにやら忙しいらしくてな。『華琳様に頼まれた緊急かつ重要な案件の取りまとめがある』とかなんとか言っておったぞ。華琳様の頼みであれば邪魔するわけにはいかないだろう」
「……二人とも適当なこと言って逃げたな」
「そういうわけで気は進まぬが貴様のところに来たのだ」
ちょっと見下ろすような感じで言う春蘭はこれから誰かに相談ごとをするようにはとても見えない。でも、それを指摘したところで話が長くなるだけなんだよな。つきあいもそれなりに長いし、さすがにそれくらいのことはわかる。
「春蘭が俺のとこに来た理由はわかった。それで、話したいことっていうのは?」
心に少しだけ感じた引っかかっりは無視して俺は先を促す。もっとも、最初に話に水を差したのも俺だからマッチポンプもいいところなんだけどさ。
幸いと言うべきか、彼女はそこには気づかなかったようで
「今から言うところだ……フン、貴様も少しは話がわかるようになったではないか」
胸を張るようなポーズはそのままに、けれど口調はちょっと怒ったような素っ気ないものになる――――よくわからないけど、何だか春蘭を変な風につっついてしまったらしい。
「先日、お茶の席でのことなんだが……華琳様に最近の私は秋蘭や季衣と過ごしてばかりだと、少しは部下と話をする時間も取るようにと言われたのだ」
至極真っ当な意見だ。秋蘭は秋蘭で一軍を預かる身だし、季衣や流琉は親衛隊の中核として華琳を守るのが本来の役割だ。戦場でずっと一緒っていう訳にはいかない。そういう時に頼りになるのが直属の部下の人達なわけで、きちんと信頼関係を築いておいた方がいいだろう。別に春蘭にしても蔑ろにしてるとか軽く見てるとかじゃないんだろうな。素で忘れていたか、あるいはそこまで気が回らなかったか――――まあ、そんなところか。注意してもそう簡単に直らないだけにある意味余計に性質が悪いとも言える。
「それで昨日の調練の後、奴らを誘って呑みに行ったのだ」
「おおっ」
「……なんだ、そのマヌケ面は。何か言いたいことでもあるのか」
いや、単純にあの春蘭がそんな些細なことを憶えていたのにびっくりしただけなんだが。
「なあ、春蘭。そのとき秋蘭も一緒だったのか」
「一緒のはずなかろう。秋蘭は国境警備に出たとさっき教えたばかりではないか。いつも私のことを馬鹿にしてるくせにもう忘れたのか」
「そうじゃないけどさ……いや、いいんだ。気にしないで続けてくれ」
春蘭の話からはいつ秋蘭が出発したかが抜け落ちていた。だから、俺はそのとき一緒だった秋蘭がこっそり思い出させたんじゃないかと思ったわけだ。春蘭がいつもどんなか知っている人なら理解してもらえるよな?
「貴様……また、私を馬鹿にしてるんじゃないだろうな」
「そんなことないって。ほら、続き続き」
相変わらず妙なところで鋭いな。傍目にはにこやかに話を戻そうとしてる俺は、内心では冷や汗まみれだった。
「まったく、貴様のせいでちっとも話が進まんではないか。少しは大人しく話を聞いたらどうだ」
まさか春蘭に説教される日が来ようとは……しかも内容がまともなだけにダメージも大きい。痛恨の一撃って感じだ。
「……それで春蘭、続きは?」
「……」
「……」
「ああ、もう!ごちゃごちゃ言うからどこまで話したか忘れてしまったではないか。どうしてくれる」
逆ギレ……でもないか。いくらなんでも話の腰を折りすぎだろ、俺。
「えーっと、確か部下の人達を呑みに誘ったところまでだったかな」
「おお、そうだそうだ……そこで私たちは大いに親睦を深めたわけだ」
「よかったじゃないか」
「良いものか!今日になってたまたま奴らの立ち話が耳に入ったんだがな……『夏候惇将軍の話は長い上につまらない』とかなんとか言っておったのだぞ……チッ、貴様に話している間にまた胸がむかむかしてきた。あいつらめ、腕の一本くらいもらっておくんだった」
「さすがにそれはシャレにならないぞ!?」
「おい、北郷。いくら私でも華琳様の兵を無為に傷つけるような真似はしないぞ」
口ではそう言う春蘭だが、ものすごく悔しそうな表情だった――――放っておいたら何かのはずみでバッサリ、なんてこともありそうなくらいに。
「で、結局相談したいことって何なんだよ」
俺は相手の気を逸らすためにもとりあえず適当な話題を振る。
「うむ、それはだな、どうすれば面白い話ができるのか、だ」
「なんだって?」
「だから、奴らが『さすが夏候惇将軍。面白すぎて時が経つのを忘れてしまいましたぞ』というような話はないか、と聞いているのだ」
そうか、聞き違いじゃなかったんだな――――弱ったなぁ。
「急にそんなこと言われてもすぐには思いつかないよ。TPOに合わせた話をしろとか、共通の話題を持ち出すとか一般論なら言えるけど……」
「むう、使えない奴め」
鉄板でウケるパーティジョークとか言われる類の話だって相手や場の空気次第で外すこともある。逆に漫談の達人たちはそういったものを読んで合わせていくからこその高アベレージなのだ――――それを春蘭に求めたって無理だろうし。
「今までにもこういう場面はあったんだろ?その時はどうしてたんだ」
「その時は秋蘭が話をしていた……それにしても秋蘭もしっかりしているようで意外と抜けているな。ちゃんとそのことも書いておいてくれればこんなことにはならなかったのだ」
「そ、そうか」
いや、秋蘭を責めるのはおかしいだろ。いくらなんでもそこまで事前に予想するのは無理だって。
それにしても謎が解けた――――なるほど、出かける前に秋蘭がアンチョコを作っておいたのか。だから、春蘭も忘れたりしなかったんだな。
「それで、どうだ。何も思いつかんのか」
俺は胸の中のモヤモヤがスッキリしたけど、春蘭の相談ごとはまるで片付いていなかったな。とは言え、どうしたものか――――そうだ!
「そういや、部下の人達とはどんな話をしたんだ?」
問題がアバウトすぎて答えられないならアプローチの仕方を変えればいい。夕べ話したことのどこが悪かったを話しあうっていうのはどうだろうか。
どうせすぐにマスターできるようなものでなし、俺自身にも理解できてない理屈をこねるより実際の話を例にとった方がまだわかりやすいはずだ。
「華琳様の話だが……それがどうした」
「ちょっと思いついたんだけどさ――――」
訝し気だった春蘭も例のプランを説明したら
「貴様にしてはマシな思いつきではないか」
とか言って賛成してくれた。
「で、具体的な話の中身はどんなだったんだよ」
「決まっているだろう、華琳様がいかに素晴らしいかを話して聞かせたのだ」
……あれ?俺、ひょっとして地雷踏んだ?
「よし、ひとつ貴様にも聞かせてやろう……華琳様が美しく可憐で可愛らしくさらには気品もあり優雅かつ繊細だが時に大胆かつ奔放で――――」
どこで息継ぎをしてるのかわからないほどしゃべりまくる春蘭の勢いに止めるどころか口を挟む隙間すら見出せない。以前に聞いた時より語彙が増えてるのはいいんだけど、ただ褒め言葉を並べてるだけじゃ結局どこかでループするのに変わりはないわけで。
待ち受ける苦痛の長さを思うと、早くもため息が出そうになった。
その一刻後。
「――――ということなのだ。わかったか?」
満足したのか、晴れやかな笑顔で春蘭が問いかけてくる。
そう訊かれても、こっちはもう返事をする気力もない。腹は減るし、馬鹿でかい音をずっと聞かされたせいで耳は痛くなるし、散々だ。とはいえ、ここで返事をしないと『じゃあ、もう一回』なんてことにもなりかねない。
「わ、わかったから。もう十分に」
「そうか……」
だから、なんでそこで残念そうな顔をするんだよ。今その話を10回以上はしただろ。
「ならば、どうすればもっと華琳様の素晴らしさを伝えられるようになるのか、答えは出たのか」
「あれ、そんな話だったっけ?」
「おい、北郷……まさか私の話に夢中になって相談の件を忘れてしまったのではなかろうな」
「いや、それだけはないから」
「なんだと。貴様も私の話がつまらなかったと言うつもりか」
もちろん、面白いかつまらないかで言えばつまらないに決まっている。何度も繰り返して意味の消えた褒め言葉なんて――――話してる本人はまた違うんだろうけど――――雑音と大差ないぞ。それに、そもそもつまらない話を面白くする方法を相談しに来たんだよな。
……正直に言うと大剣が唸るから言わないけどさ。
「そうじゃないって。相談のことはちゃんと憶えてるってことだよ」
「むう……」
「思うんだけど、ただ長所をたくさん挙げるよりも何かに例えればもっと伝わりやすいんじゃないか?春蘭は他の物で言えばどんな物に似てるって思うんだよ」
「華琳様は華琳様だ。他と較べるなんて失礼なことができるか」
「そ、そうか……」
「うむ」
春蘭は心からそう思ってるんだろうけど、でも、それだと話が終わってしまう――――このまま話を続けても意味は通じなさそうだし、俺はアプローチを変えてみることにした。
「じゃあ、そうだな……ただ可愛いとか美しいとか言うんじゃなくて、春蘭がどんなときにそう思うのかっていう話を引き合いに出せば伝わりやすいんじゃないか?」
春蘭の並べた言葉だけじゃ漠然としたイメージしか伝わらない。具体的なエピソードがあればよりわかりやすくなるはず――――華琳のことならいくらでも話せるだろうし、我ながらいいアイディアじゃないかと思う。
だが――――
「華琳様はいつもお可愛いだろう」
「………………」
「………………」
春蘭は不思議そうな顔をして俺の方を見ている。なんで俺が黙り込んだのかわからないんだろうなあ。
「いや、そうじゃなくて……じゃあ、アレだ。特に可愛いって思うのはどういうところなんだ」
「全部だ。華琳様はすべてが特別だ」
だからそれだと話が続かないんだってば。
「……それはそうなんだろうけどさ、その中で春蘭が特に気に入ってるところとか好きなところってあるだろ。そこを教えてくれよ」
なんとかしようと言い方を変えてみると
「貴様、さっきからごちゃごちゃと……まさか華琳様は可愛くないと思っているのか。そこに直れ、地獄で後悔させてやる」
なんだか悪い方に悪い方に向かってるな。
「そんなわけないだろ……俺だって華琳は可愛いって思うよ」
「まさか、貴様……華琳様を欲望の眼差しで眺め回しているのではなかろうな」
「なんでそうなる。俺も男だし、華琳は可愛いからたまにはそういう目で見ちゃうこともあるけどさ、大切な仲間で恩人でもある人に四六時中エッチな目を向けたりはしないぞ……っていうか、それって春蘭のことなんじゃないのか?」
「そ、そんなことはないぞ。一緒に歩いている時に後ろから抱きしめたいとか、お菓子を食べた時に汚れた指を舐めてきれいにしてさしあげたいとか……断じて思ってないぞ!」
……思ってるんじゃないか。しかし、こうなると華琳の話題そのものを避けた方がいいな。何かの拍子に今みたいなのが出てきたら、華琳と春蘭のことをってても――――いや、いくら好きな人の話だからって何時間もぶっ続けでしてる時点でアウトか。
「なあ、どうしても華琳の話じゃなきゃ駄目なのか。春蘭だって秋蘭や季衣たちと一緒の時は他の話もしてるんだろ?」
「だが、人に自分のことを知ってもらうには好きなものの話をするのが一番と言うではないか。私の好きなものといえばもちろん華琳様しかなかろう」
確かに。好きなものにはその人の趣味や嗜好が反映されているし、話しやすい。それはそのとおりなんだけど――――
「限度ってものがあるだろ。相手のことも考えずにしゃべりまくるのは話をするのと違うんだよ」
「貴様……っ」
俺の言葉を聞いた春蘭の顔色が変わる――――しまった、言い過ぎたか。今さら後悔したって一度口から出た声が消えてなくなったりはしない。
出来ることといえば謝ることくらいだけど
「フン、貴様なぞに相談した私が馬鹿だった……もう、いい!」
それすらも言わせてもらえなかった。
大剣が飛んでくるかと思って身体を強ばらせるものの、それもなく――――最後に色々感情の入り混じった複雑な瞳で一瞥くれると春蘭は来た時以上に荒々しく扉を開けて出ていった。
取り残された俺はしばし呆然と開け放たれた扉を――――ボロボロでもう修理でなんとかなるようなレベルを軽く通り越してる――――眺めていた。追いかけようかな、なんて考えも頭に浮かんだものの、今さらそうしたところで追いつく保証もなかった。
思い出したように腹の虫が鳴ったせいで昼飯を食べそこなったことに思い至り、空腹感が情けなさに拍車をかける。
「何にせよ、メシ食ってから考えるか」
気持ちを切り替えようと当座のことをあえて口に出して言ってみた。大して効果はなかったけど、とりあえず目先の目的に向かって動く気にはなれた。
部屋を出てドアを閉めようとした――――けど、そうすんなりとは閉まってくれない。
引退寸前の扉をそれでも一応中が見えなくなる程度には閉めておこうかと四苦八苦していると
「あら、一刀。出かけるところなのかしら。それとも戻ってきたところ?」
そんな声が後ろから聞こえてきた。
「出かけるとこだよ、ちょっと遅めの昼飯にね」
ドアをガタガタさせながら背中越しに返事をする。
「それならちょうど良かったわ……一緒に午後のお茶でもどう?」
「点心もつけてくれるか?」
「まあ、それくらいならいいでしょう」
「助かるよ、華琳」
ようやく作業を終わらせて振り返ると、心なし機嫌の良さそうな覇王様が待ちかねていた。
「じゃあ、行こうか……場所はどこなんだ」
「いつもの四阿よ」
俺たちは並んで歩き出した。
別に黙っていて気まずくなるわけじゃないけど、こうして会うのも久しぶりだし少しでも声が聞きたくてこちらから話かける。
「なあ、わざわざ自分で呼びに来なくても人を使えば良かったんじゃないか?」
「別に……政務も一段落したし、気分転換みたいなものよ」
「相変わらず仕事が早いな」
「そうでもないわ。このところ秋蘭が出かけているから、そちらを通って私の方に回ってくる仕事が減ってるのよ」
「そういえば春蘭が言ってたなぁ」
「わかっていたことだけど、あの子がいないだけで随分と不便になるものね。お陰で今日のお茶会もあり合わせのお菓子しか用意できなかったわ」
「確かに、ああいうソツのなさっていうのは他の誰にもないからな……そういえばさ」
誘われた時はお腹が空いていたこともあってすぐに飛びついた俺だけど、ちょっと気にかかることがあった。
華琳がお茶会を開くときはたいてい秋蘭と、あともう一人が参加しているわけで――――
「何かしら」
「春蘭は呼んであるのか?俺だけ呼んで春蘭は呼ばないとなると後で騒ぐんじゃないかな」
俺としては出来るだけさり気なく聞いたつもりだ。
「先に使いを出したけど、部屋には居なかったそうよ。それであなたを呼ぶことにしたわけ。一人でお茶をするのも味気ないし」
「そうか」
内心ほっとする。さすがにさっきの今で春蘭と顔を合わせるのは気まずいなんてもんじゃない。
「それで?春蘭と何があったのかしら」
「な、何のことだ」
「『そんなわけないだろ……俺だって華琳は可愛いって思うよ』」
俺の声マネのつもりか、低い声で華琳が呟いた言葉は確かにさっき自分の口で言ったのと同じものだった。
「まさか……聞いてたのか」
「失礼なことを言わないで頂戴。あれだけ大きな声で怒鳴っていれば聞きたくなくても聞こえてしまうわ。一里先に居る者でもあなた達の話は知っているでしょうよ」
……春蘭のデカイ声に負けまいと自然とこちらの声も大きくなっていたらしい。もちろん長い間近くで大声を聞かされたせいで耳がバカになっていたのもあるだろう。
「うぅ、どっかに穴がないかな……」
「どうあれ詳しく話してもらうわよ……穴に入りたかったらその後になさい」
話しているうちに俺たちは四阿に着いていた。目の前には茶器と色とりどりのお菓子が盛られた皿が並べ立てられている。見るからに平和なんだけど、これからここは俺の取調室となるわけだ。
「一刀は点心がいいのよね?」
「出来ればカツ丼を頼む」
「かつどん?」
「いや、忘れてくれ」
こんな冗句が出てくるあたり、俺もまだまだ余裕があるのかもしれない。
しばらくして――――もちろんカツ丼は無かったけど――――お菓子や追加された点心を摘みながら先ほどの春蘭とのことを話して聞かせていた。華琳が淹れてくれたお茶は秋蘭のともまた違った旨さがあった。味覚にまつわるボキャブラリーの少ない俺にはあまり上手く言葉に出来ないけど、飲み干してしまうのがもったいないような気がするくらいと言えば伝わるだろうか。
「ただ、春蘭と話していて怒らせただけで、別に大した話じゃないよ」
「重要かどうかは私が判断するから、さっさと話しなさい」
「……春蘭が急に部屋に来て、相談を持ちかけてきたんだよ」
「春蘭が?あなたに相談?」
「そ。何の相談かは言わなくてもいいよな……で、俺としても色々助言してみたんだけど春蘭は気に入らなかったみたいでさ」
「それで出ていった?」
「ああ」
実際に話してみてもこんなものだ。複雑な事情なんて入る余地のない、簡潔なエピソード。
でも――――
「呆きれた……一刀、そこは帽子を被るためだけにあるんじゃないのよ」
うんざりした顔で吐き捨てる華琳。
「あなた、最近春蘭と秋蘭をちゃんと構っているの?政務や他の娘にかまけて放りっぱなしにしてるんじゃないでしょうね」
「もちろん、そんなことは――――」
ない、と言いかけて気がついた。さっき春蘭に言われるまで秋蘭がいないことも知らなかったんだよな。
そういえばこのところ二人と顔を合わせてない。最後に一緒にお昼を食べに行ったのは何時だったろう。懸命に記憶を探ってみる――――つまり、すぐには思い出せないくらい前ってことだ。
「まったく……悩みがあったのは確かでしょうよ。でも、短気なあの子が随分と長い間言い合いをしていたじゃない。いつもはすぐに剣を持ち出すか、怒鳴って話を切り上げるあの子が……我慢をしていたのよ」
居合わせたわけでもないのに見てきたような口ぶりで春蘭を代弁する華琳の瞳には、憂いとも哀れみともつかない光があった。
「話をしたいけどきっかけがない。そのうちいつも仲を取り持ってくれていた妹も行ってしまって……そんなとき、些細なこととはいえ悩みが出来たらきっとこう思ったでしょうね。これであなたと話す口実が出来たって……そんな春蘭にあなたは何をしてあげたの?」
悔しいが何も言い返せなかった。あの時自分ではちゃんと話を聞いていたつもりだったけど、こうして改めて訊かれると何も答えられないのは、結局その程度にしか受け止めてなかったということなんだろうか。
「別にいつも隣にいてほしい、なんて無理を望んでいるんじゃないでしょう。あの子は自分で言いはしないけれど、ふと周囲を見回したときに顔が見られればそれでいいんじゃないかしら……一刀にはそれができると思ってたんだけど、私の見込み違いだったのかしらね」
「いや、それってかなり大変なんだけど……」
「あら、私は簡単だなんて一言も言ってないわよ?」
平然と難題を課す華琳は、言うだけのことをやってのけているんだよな。
「そうだな……でも、やらないと」
華琳と同じようにやれるかはわからないけど、俺なりに向き合っていこう。
「そんなに気負うことはないわ。大変な分、役得も多いしね」
「確かにな……ん、わかった。まずは春蘭のことをなんとかしてみるよ」
そう言いながら俺は席を――――立とうとしたところで呼び止められる。
「ちょっと待ちなさい。せっかくあなたのために用意させたのに残していくつもり?」
卓の上にはまだかなりの食べ物が残っていた。途中からは食べながら話すような空気じゃなくなってたしな。
「私一人でこんなに沢山食べきれるわけないでしょう。食べてからいきなさい……大丈夫よ。春蘭だってあと少しくらいなら待っていてくれる筈だわ」
まあ、確かに華琳ひとりじゃ辛い量だし、残すのももったいないか。
わずかな違和感は無視してまた席に着くと、手早くすませようと口に放り込んではお茶で流し込む。
「今日はありがとうな、華琳」
「別に……誘ったのは他に暇そうな人が居なかったからだし、感謝されるような謂われはないわ」
「それでも、ありがとう」
「ほら、春蘭が待っているのでしょう?さっさと行ってあげなさいな」
まったく。自分で引き留めておいて今度は『さっさと行け』とか。
もともとそのつもりだった俺は、苦笑しつつ席を立った。そして春蘭の姿を求めて歩き出す。
「………………」
後ろで華琳が何かつぶやいたようだったけど、俺の耳に届く前に宙に溶けたように消えてしまった。
なんにせよ、今は春蘭だ。華琳にまで手間ををかけさせた以上、今度こそ上手くやらないとな。
ほどなく春蘭を見つけた俺は宥めすかした末、なんとかもう一度部下の人たちと話しをする場を取り付けた。今度は俺も同席する。秋蘭のかわりが出来るとは思えないけどせいぜい間に立ってみるつもりだった。
彼らも快くとまではいかないものの、引き受けてくれた――――筈だったんだけど。
「おいおい、どういうことだよ。これは……」
手元には三つの伝言が届いている。急な病気、親戚の葬式、親が危篤。理由はそれぞれだけどつまりは三人が三人とも今日は来られないってことだ。
「これじゃ、なんのために集まるんだか」
まいったな。苦労して段取ったのに、俺と春蘭だけでどうしろというのか。
春蘭がきたら事情を説明して――――もちろん怒るだろうけど、ここは覚悟を決めるしかない――――それでどうするか決めるか。
戦々恐々として待っていると
「おう、北郷。待たせたな……貴様一人か。他の奴らはどうした?」
「それがな……みんな急用ができたとかで来られなくなった」
「なんだと!?」
「で、どうする?このまま帰るのもつまらないし、二人で何か食べにいくか?」
俺としては春蘭の怒りを少しでも宥めようとしての提案だったんだけど
「そ、そうだな。急用ならば休むのも仕方がないだろう。よし、今日は特別に貴様と夕食を取ってやる。感謝するがいい」
あれ?そんなに怒ってないんだな。
「はいはい、わかりましたよ。さて、どこに行くか……春蘭は何がいい?」
「旨いものだ」
「…………了解」
春蘭の大雑把なくせに細かい注文に辟易しながら賑やかな夜の街を二人で歩く。
たまにはこんなのもいいか。もし次があるなら、今度は秋蘭も呼んで三人で来るのもいいかもしれない。妙にはしゃいでいる春蘭を見ていると自然とそう思えた。
【あとがき】
本作から読んでくださった方は初めまして。過去のものも読んでくださった方にはお久しぶりでございます。改まって後書きを設けるのも今年の2月以来(ということは9ヶ月ぶり)、恋姫SSだけでみれば去年の年末以来となるわけで、今さらこんなもの作ってどうするんじゃ、というツッコミが入りそうな有様だったりします。
実は前作が終わった段階で後書きを書くつもりはあったんですけども『ただでさえ長い最終話をこれ以上長くしてどうするの、馬鹿なの、死ぬの』という高度な判断(?)により泣く泣くカットする運びとなりました。
で、本作ですが、当初は華琳様が一刀をイジる話だったんですよ。それが書いているうちにいつの間にやら華琳様がハブられる話に。どうしてこうなったのやら。嗚呼、もっと軽い話が書けるようになりたい……。
それにしても書いてみて改めて思ったのは春蘭は秋蘭といて輝くということでしょうか。あるいは単に、ツッコミ役の居ないボケは制御が難しいってことなのかもしれませんがね。たいていのボケ役はツッコまれれば言動を変えるものなんですけど、春蘭の場合ツッコまれてもボケ続けるキャラなので、なかなか動いてくれないわ、動けば動いたですぐ暴走するわ……見ている分には面白いんですけどね、見ている分には。
では、今回はこの辺で失礼させて頂きます。読んでくださった方には尽きせぬ感謝を、感想やコメントを下さった方にはさらに大きな感謝を捧げます。リクとかも大歓迎です。
あと、今さらながらTwitterなんぞはじめてみたので、あまり頻繁には呟きませんがそちらもよろしくお願いします。
乱筆・乱文失礼致しました。
説明 | ||
真・恋姫†無双で春蘭メインのSSです。 ◯の中にはお好きな文字をどうぞ。 例によって例のごとくナチュラルにキャラ崩壊や設定改変してるかもしれませんので気にする方は見ない方が吉です。 ご意見・ご感想等々を頂けると書いてる人が喜びます。 |
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総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
2268 | 2052 | 11 |
コメント | ||
>テスさん 実はいまさら親睦を深める必要なんてなかった、というオチですw(さむ) >yosiさん 春蘭はわかり易すぎる本命が別にいますから。桂花みたいに裏のある性格ならまた違う解釈も生まれるんでしょうけどね。(さむ) 二人を思いやって、一歩身を引く華琳様が素敵すぎる。あと、部下の御三方は良く分かっていらっしゃるw(テス) 本編でも春蘭は恋人というよりも仲のいい友人って感じだったよね(yosi) |
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