お値段据え置き九万両
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 これは、生真面目な馬鹿の最初で最後の羽目外しの物語。

 

 

 

 

 あの人……我が家の七代目当主。名を吉継という。

 俺の叔父にあたる方だ。

 もっとも、俺の初陣の後に亡くなっちまったがね。

 この刀はその人が特注で作ってもらったもんらしいんだが、まぁ……刀の価値なんざ教えてもらわなかったからな。好き放題ブン回して、好き放題に斬りまくった。

 よく斬れる刀だとは思ったが、そんだけだったな。

 まさか、好き放題に粗雑に使ってた刀がお値段九万両……当時の我が家のほぼ全財産をかけてた刀だなんて思いも寄らなかったよ。

 いや、叶姉から聞いた時は心臓が口から飛び出るかと思ったね。

 本気で馬鹿だったんだと思ったが……ま、あの叔父貴のやることだしな。

 ってなわけで、一郎太。二重。加世のことを頼む。

 ああ、次代の当主は加世にする。お前らは加世をしっかり補佐してくれ。

 嫌なら辞めてもいい。倉庫に腐るほど使ってない壺やら花瓶やら、俺たちには必要のないモノが腐るほどあるからな。家出して恋をするのも悪くねぇと俺は思うぜ。

 ……いや、そこで即座に首を横に振るな。馬鹿じゃねーか。

 まぁ……俺も人のこたぁ言えんか。

 

 

 

 

 生後二ヶ月の娘を当主に据えようとする俺も、叔父貴に劣らず馬鹿野郎だ。

 

 

 

 

 鬼の呪いで運命を絶たれた一族がいた。

 神の支援を受けて運命を繋いだ一族ではあるが、その命はあまりに儚く散る定めとなったが、彼らは強く、今でも命を繋ぎ続けている。

 七代目当主の名を、吉継という。

 生活態度は勤勉かつ実直。弓を引けば天下一品。年齢が1歳だからというテキトーな理由で当主になったとは思えない人物で、周囲の信望もわりと厚かった。

 厚かった。……まぁ、過去の話である。

 三日ほど前から彼の株は大暴落している。

「まったく……産まれた時から手間のかからん子だと思ってたが、前線を退いた途端に放蕩三昧。こんなことなら戦の時に見捨てておけばよかったよ」

「いや、さくら姉に助けられた記憶はあんまりないが……」

 姉とは言いつつも姉ではない。実際には従姉の血筋に当たる。

 名をさくらという。大和撫子とは真逆の立場にある姉御肌の女で、槍使いとしては非力ではあったし術も吉継と比べれば不得手であったが、それでも一年と数ヶ月を戦い抜いた一族の精鋭である。

 もっとも、今は吉継と同じく前線を退き、今は日がな将棋を指す日々であるが。

 さくらの愚痴を聞きながら、吉継は溜息を吐いた。

「放蕩三昧とは言うが、さくら姉の釣りもどうかと思うぞ? 先日は新しい釣り竿を買ったとかなんとか言ってたじゃないか」

「アレはあたしのへそくりだよ。まぁ……報奨金をこっそりちょろまかしたりしたのは否定しないけどね」

「いや、ちょろまかしてたのは知ってたけどさ」

「可愛げのない弟だこと」

「王手。桂打ちから七手で詰みだな」

「ホンっと可愛げない弟だねぇ、アンタは!」

 将棋盤が宙に舞う。まぁ、これはいつものことなので特に気にしない。

 ひっくり返った将棋盤を元に戻し、駒を拾い集めていると、不意にさくらは今までの愚痴とは違う、柔らかな微笑を浮かべた。

「ま、今はアンタが当主だからね。好きなようにやりな」

「……さくら姉」

「ただ、あたしが愚痴ってないと他の子に示しがつかないからね。沙織や織江はまだアンタと年が離れてるからなんにも言わないけど、叶あたりはイライラしてるんじゃないかねぇ。叶の親父さんが叶を当主に指名しなかったのもあるし、宗近とも年が近いから」

「………………」

 叶の父親は六代目当主であるが、当時叶が若かったのもあってか、あるいはなにも考えていなかったのか、七代目は吉継に任されることになった。

 吉継としては当主だろうがなんだろうがやることな同じなので流されるままに、なにも考えずに当主を請け負ったので、そういう考え方は思い付きもしなかった。

 真面目で勤勉ではあるが、そういう人物が人の心に聡いとは限らない。

「そうか……それは知らなかったな」

「今更っちゃ今更の話だけどね。あたしもアンタも、残りの命は少ない」

 あと少し。一ヶ月か二ヶ月か。

 分からないが……自分たちは死ぬ。

「あたしが先でアンタが後になるけど、それまでになんとかしておきな」

「……難しいな」

「難しくてもなんでもだよ。女の恨みは七代祟るんだ」

「………………」

 不意に、吉継は気付く。

 なんのことはない。本当に単純で当たり前のこと。

 この人当たりが良くていつもいつでも他人のことばっかり考えて生きてきた従姉は、己の命が燃え尽きようとする今に至っても、家族の心配ばかりしている。

(まったく……俺はいい姉を持ったもんだ)

 そんな風に心の中で呟いて、吉継は口元を緩めた。

「さくら姉」

「なんだい?」

「ありがとう」

「はン。礼なら今度釣りに付き合いな。いい穴場を教えてやろう」

「いや、それはいい」

「………………ふッ」

 笑顔のままさくらは蹴りを放つ。

 それはあまりにもはしたない上段蹴り。着物がめくれるのを注意しようとした吉継の顔に蹴りが決まり、信じられない距離を吹き飛んだ。

 で、茶を持ってきたイツ花にぶつかり、あまりの熱さに転げ回る。

 それは、いつもの光景だった。

 

 

 

 

 今度が果たされることはなかった。

 それでも、思ったよりは長く生きた。

 これより三ヶ月後にさくらは亡くなった。

 

 

 

 

「ここか」

 釣り竿に仕込まれた地図を頼りに、家から歩くこと数時間。

 さくらが言っていた穴場とは……特に綺麗でもなんでもない、開墾しようとして結局諦めたのか、井戸を掘ろうとして諦めたのか……とにかくなんらかの理由で諦めたのであろう、打ち捨てられた溜池だった。

 竹竿に糸を付け、適当な虫を針に突き刺して池に垂らす。

 魚が釣れる気配はなかったが、今日は魚釣りに来たわけではない。

「座らないのか?」

「今座ります」

 そう言って、彼女は吉継の横に腰かけ、形見の竿を振るう。

 彼女の名前は叶。長い赤髪の美少女で術の扱いは当代随一と言われる。

 当代随一ということは、間違いなく歴代随一の使い手である。

 性格は生真面目で実直で涙もろい。

 その辺は、父親によく似ているのかもしれない。

「さくら叔母さまの葬儀の翌日だっていうのに……釣りなんて」

「約束だからな」

「え?」

「一緒に釣りに行こうと約束したんだが……俺も忙しかったからな」

「……嫌味ですか?」

 叶が交神の儀で成した子は双子である。

 そのため、片方の子は叶が、もう片方の子は吉継が指南を行うことになった。

 後進を育てている間に、さくらは亡くなった。

「嫌味と言えば、そうかもしれん。……が、これは俺の後悔だ。一郎太と二重を見た時のさくら姉の顔を見たか? あの人の頭の中には俺との約束なんぞもうなかったさ」

「………………」

「だからこれは、ただの気まぐれみたいなもんだ」

 釣りに行くだけの体力もなくなったさくらだったが、孫のような双子を甘やかすことだけは怠らなかったし、双子もさくらによく懐いた。

 その時のさくらは本当に嬉しそうだった。

「約束なぞ、あの子らを授かったことに比べればへみたいなもんだ」

「じゃあ、どうしてわざわざ私を誘って釣りに来たんですか?」

「釣りはついでだ。ま、鯉でも釣れれば夕飯が豪華になるくらいなもんだ」

 言いながら、吉継は持ってきた布袋から黒塗りの刀を取り出して、叶に渡した。

「やる」

「は?」

「好きに使え」

「………………」

 好きに使えと言われても、どうしたもんだか分からない。

 そもそも叶は凪刀士である。刀なんてもらってもそれこそ売り払うくらいしか使い道がない。

 試しに抜いてみるが、良い品だということは分かるがそれ以上は分からない。

「銘は『近衛宗匡』という。お前の一つ下の宗近から名をもらった」

「いえ……ですから、なんでこれを私に? そういうことなら宗近に授ければいいではありませんか。私には分不相応なものをもらっても困ります」

「家の財布がすっからかんになった原因が、それだよ」

 叶は目を丸くした。

 その顔を見ながら、吉継は苦笑いを浮かべた。

「馬鹿な買い物をしたもんだと思う。……が、宗近が産まれるまでは男は俺だけで、つい嬉しくて羽目を外した」

「いや、いくらなんでも九万両は羽目を外すっていう度合いじゃないような……」

「お前は知らんと思うがな、俺の代の苛烈さは冗談抜きで洒落にならんかった。そりゃもう少数派の俺は肩身の狭い思いをしたもんだよ。さくら姉には毎日怒鳴られるし、由火姉には毎日説教だし、お前はお前でずっと俺のことを睨んでたしな」

「……別に睨んではいません」

「そうなのか?」

「吉継叔父様はなにを考えているのか分かりませんでしたから」

 心を推し量るのが大変でした、と叶は言った。

 頬を掻いて、吉継は苦笑する。

「そうか。俺はなにも考えてなかっただけなんだがなぁ……」

「ええ。それはさくら叔母さまに教わりました。あの子は脇が甘いから注意して見ていなさいとも」

「………………ぶっ」

 思わず吹き出す。

 まったく、あの人は本当に……。

 亡き姉がしてくれたことを思い返し、吉継は口元を緩めた。

 本当に、自分は家族に恵まれた。

「そんなわけで……まぁ、お前らに殴られても仕方のないような代物で、俺も買ったことを後悔するような代物でな。考えたんだが結局お前に委ねることにした。倉庫に腐るほど使ってない壺やら花瓶やら、俺たちには必要のないモノが腐るほどあるし、いっそ家出して恋をするのも悪くねぇと俺は思う」

「分かりました。これを宗近に渡せばいいんですね」

「………………」

「なに弱気になってるんですか。生真面目で馬鹿なのは死ぬまで直らないんですから、せめて死ぬまでは当主らしくどかんと構えていればいいんです。まったく……これだから我が家の男たちは……一郎太と二重もあなたに似たんですかねぇ……」

「……ははっ」

 愚痴っぽさにさくらの面影を見て、口元を緩めて空を仰ぎ見る。

 そうしないと、ちょっと泣いてしまいそうだった。

 まったく……本当に……。

 自分は家族に恵まれた。

 たくさんの不幸があって、今にも死にかけている自分だけれど。

 それだけは本当に幸せなことだと、そんな風に思えた。

 

 

 

 

 この二ヶ月後に吉継は亡くなり、刀は叶から宗近に託された。

 宗近は刀の価値を知らぬまま、はらはらする叶の横で豪快に鬼を両断し続けることになるが、どんなに粗雑に扱おうとも折れず曲がらずよく斬れたという。

 なお、この宗近。吉継によく似たのか生後二ヶ月の愛娘加世を当主に任命するという暴挙に出るのだが、叶の息子である一郎太と二重の補佐を受けつつすくすくと育った加世はとうとう先代が成し得なかった『髪』の討伐を、見事成し遂げたという。

 

 

 

 

 近衛宗匡。このえむねまさと読む。

 中を正し近くを守れという銘を冠した刀。

 生真面目な馬鹿の羽目外しは、今も家族を守り続けている。

説明
俺屍RのSS。刀の銘についての話。
なんだってここまで妄想を膨らませたのか意味が分かりませんが、
書かずにはいられなかったので仕方ない。
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