うそつきはどろぼうのはじまり 13 |
エリーゼは屋敷の中庭にいた。
一面を芝生で覆われたシャール家の庭園では、千年の時を経て巡り出した四季に併せ、美しい花が咲くようになった。園芸に興味を持った領主自らが土いじりを愉しむだけあって評判は上々であり、天気の良い日など茶会が催される程だ。
だがこの日の庭の主は花ではない。秋桜の淡い桃色より数倍存在感を持つワイバーンが、窮屈そうにその巨体を丸めていた。中庭に現れた少女が手のひらを翳すと、頭をもたげて匂いを嗅ぎ、低く喉を鳴らした。巨大で、表面が硬い鱗で覆われた魔物であっても、こういう仕草は犬猫に似ているとエリーゼは思う。
このワイバーンが屋敷に降り立っているということは、アルヴィンが訪れているということだ。だが彼女は会いに行こうとはしなかった。なんとなく会うのがためらわれて、居場所をなくし、ここにいる。
あの縁談話か、既に数週間が過ようとしている。ドロッセルは自分の思うようにして構わないと言ったが、答えを待ち構えているのは明白だった。食事の席などで顔を合わせる度、彼女の困ったような表情に期待が垣間見え。エリーゼは接触を避けるようになってしまっていた。
ただドロッセル自身にも立場という問題がある。どのような思惑であれ、待つ、と言ってくれただけでも本来は感謝すべきなのだろう。
エリーゼは何度目か知れない溜息をついた。
返答する日を、せめて十七の誕生日まで引き伸ばすことはできないものだろうか。
何故なら、誕生日が来れば訊ねることができる。男に、五年前の約束を覚えているかと聞くことができるのだ。
その返事さえ聞けたなら、と少女が仮定の未来を想像した時、背後で草を踏む音がした。
「よう」
「アルヴィン・・・」
振り返ると、軽やかに片手を挙げた男がいた。何の因果か、彼は少女の生年月日について言及し始める。
「そういや、もうじき誕生日だな」
「覚えてて、くれてたんですか?」
驚きを一杯にしたような少女の問い掛けに、元傭兵はにやりと笑う。
「俺が一度でもお前の誕生日を忘れたことがあったか?」
エリーゼは、途端に半眼になった。
「一昨年は一カ月遅れ、去年は二週間前に贈り物が届きました」
「あー・・・」
墓穴を掘ったとばかりにアルヴィンは頭を掻いた。
「忘れちゃいました?」
「悪かったよ。――じゃあ今年は、ちゃんと祝わないとな」
エリーゼは言葉に詰まった。祝われたいと思った。十七才の誕生日を、この人に祝って欲しいと、心の底から思った。
けれど。
「どうした?」
カラハ・シャールの領主の屋敷に、秋風が吹いた。植え込みに咲く薄桃や白の、愛らしく可憐な菊弁が、涼やかな風で左右に揺れる。
「アルヴィン。わたし、結婚を申し込まれました」
男の顔を正面からみつめ、エリーゼは静かに言い切った。
「いつ?」
「この間アルヴィンが来てから、すぐ。ドロッセルが話してくれたんです」
かすかに首を傾け、アルヴィンは、そうか、とだけ言った。
「わたしがお嫁に行けば、リーゼ・マクシアとエレンピオスが、今以上に親密になれると。確かに、今の2つの世界は、まだ交流もそれ程すすんでいなくて、ぎくしゃくすることも多いと聞いています。だってまだ、あれからたった五年しか経っていないんですから、仕方のないことです。でも、もう五年も経ってしまった。今のマナが、あとどれくらい持つのか。なくなってしまうまでに源黒匣が広まるように、黒匣と置き換わるように。わたしの結婚が、そのための力になるなら。・・・でも・・・」
エリーゼは項垂れた。
理屈は分かっているのだ。自分がどうすれば丸く収まるのか、そんなことは話を聞いた瞬間から理解している。要は頷きさえすればいいのだ。謹んで縁談を受け入れると、結婚すると一言言えば、それで済む話なのだ。
だが少女は、未だに感情を持て余していた。煮え切らない、未練があるといってもいいかもしれない。幸か不幸か、この時のエリーゼは心中を吐き出し相手にぶつけるだけの蛮勇を、持ち合わせていなかったのである。
完全に俯いてしまった少女の頭上に、男の静かな声が降った。
「迷ってるのか」
「当たり前です!」
エリーゼは猛然と顔を上げ、むきになって喚いた。だがアルヴィンの方といえば、妙だとばかりに首を捻っている。
「それ、そんなに迷うようなことか?」
「え・・・?」
思わず握り締めていた拳から力が抜けた。予想外の男の反応に、エリーゼは目をしばたたく。
「めでたいことじゃないか。おめでとう」
彼は白い歯を見せて祝福した。だからエリーゼも笑うしかなかった。呆然とした表情から、崩れるように微笑みを作る。
「ありがとう、ございます」
わかっていたことだった。心のどこかで、こうなることをあらかじめ予感していた。彼が立場上、そう言わざるを得ないことぐらい、エリーゼにはわかっていることだった。
自分達は、もはや旅仲間だった頃の関係ではない。互いの背中を預け、共にその術技で道を切り開いていたのは、もう過去の話だ。今の男は運び屋であり、自分は令嬢扱いを受ける身の上。到底釣り合う身分ではない。
エリーゼはすっかり忘れてしまっていた。この人が嘘つきだということを、決して忘れてはならなかったのに。
あれだけ息をするように虚言を吐くくせに、どうして肝心な時に嘘をついてくれないのだろう。
嘘をついて欲しかった。
嘘でも良いから、言って欲しい言葉があった。
だが二度と聞けることはない。何故言わなかったのかと問い質すことも、言ってくれと頼み込むことも、もう決してできない。
額にかかる金髪に、煽られた秋桜の花弁が吹き付けた。煽られるままに見上げた空は、既に赤く染まっている。
いわし雲の浮かぶ、黄昏を迎えた空に、季節はずれの桃色の雪が、吸い込まるように消えた。
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