猫屋敷家の交神事情2
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 空が澄み渡り日差しが暖かな、とある冬の日。とある屋敷の軒下にて、二人の男が足を庭に投げ出して話をしていた。

 男の内、年長の方は背が高く、体格もかなりしっかりとしていて風格がある。もう一人は、彼に比べるとかなり背が低い。筋肉も背の高い方に比べるとあまりついていないが、しなやかな筋肉が全身を覆っており、身振りも俊敏そうに感じられる。

 彼らの一族は日々を鬼と呼ばれる異形との戦いの中に生きており、二人とも実戦経験はかなりのものである。都で、彼らに勝てる者は彼ら一族の者以外、そうはいない筈だ。

 普通の人間とは違う、鮮やかな緑の髪をしているという以外共通点のない者達であるが、この二人は兄弟である。

 父親は彼ら一族の当主の補佐を努めており、もうずいぶんと前に逝去した。今現在は背の高い兄の方が、当主として一族を纏めている。

「それで、何方にするのか、もう決めたのか」

 兄の方が弟に顔を向けて声を掛けた。考え深い、真剣な声である。声を向けられた方は、口端の片端のみを皮肉そうに上げてみせると、足下を見遣る。

「前に言ったのと、変わらないよ」

 足を揺らしながら返答をする弟に、肩を小さく兄は竦めてみせる。

 彼らの属する一族に掛けられている呪いは二つあり、その内の一つ「種絶」の呪いにより彼らは人間との間に子供を作ることが出来ない。その代わり、彼らは神々との間に子供を作ることを許されている。その為の儀式を交神の儀という。

 彼ら一族は呪いを掛けた者を倒す事を悲願としており、交神の儀は、その為の力を一族に交わらせる為の重要な儀式であった。

 二人とも神々と一族の間に生まれた子供であり、一族に属する以上、神々と子供を作るのは義務であった。既に兄の方は交神の儀を済ませ子を成しているが、弟の方はまだであった。

「……そうか」

 兄の方は頷くと、腕を軽く組んだ。

「しかし、あの御方は、我らの母君でもあらせられるのだがな」

「俺ら一族は、他の人とは子供が残せないんだから、血が近くなるのは仕方ないだろう?」

 反射的に弟は言い返し、その後黙り込んだ。

 彼らの性質上確かに血が濃くなるのは仕方がない事ではあった。だが、同じ神の血が期間をあまり経ずに混じり合えば、良き所も悪き所もはっきりと出てくるし、当然近親婚の弊害も出てくる。彼らが生きているこの時代、近親相姦というのはさほど禁忌とはされておらず、またこの一族にとっては禁忌ではない。しかし、それでもあまり褒められた事ではないのは事実だった。

「それに、当主としては」

 淡々と声を紡ぎながら、兄は庭の方を見遣る。日だまりの中で、この屋敷の軒下に住む猫の親子が毛繕いをしている。

「我ら一族を呪縛にて縛りし鬼朱天。彼を倒す力を手に入れる為には、強き神の血を我ら血統に取り入れる必要がある。我ら母君は、確かに優れた所もあるが」

 彼らの母親は福招き美也と呼ばれる神である。猫と少女が混じった姿をした風の神であるが、天界での実力はそう高い訳ではない。

 板に拳を打ち付ける、大きな音が響いた。

 唇の両端を曲げて話を聞いていた弟が、その時両手で板の間を叩いたのだ。

「関係ない!」

「他の者が心配して見に来るだろう? それに、拳を痛めるぞ」

「……ごめん」

 自分の拳をさすりながら弟は視線を流す。猫たちは驚いた様子だが、それで逃げる事はなく、すぐに毛繕いを続けている。

「それに、今の意見は当主としての理想論でしかない。実際は、相手はお前自身が選ぶべきだ。あくまで、今回儀式を受けるのはお前なのだから」

「……うん」

 己を肯定してくれる兄の言葉に大きく頷いて、弟は空を見上げた。

「しかし、何故かの女神なのだ?」

日差しがまぶしくて弟は瞳を細め、猫たちに目線を向けた。のどかな光景にまた瞳を細めて、言葉を続ける。

「……絵を、見たんだ」

「絵?」

 眉を顰める兄に、猫から目線を外さない侭に弟は頷く。

「父さんは、死ぬ少し前に絵を習っていた、というのは知っている?」

 兄は考え込んだが、そのような話は聞いた覚えはなかった。彼らの父親は放浪癖があり、訓練、鬼を倒すために戦いに出る時、重要な儀式や会議があるとき以外は家にいない方が多く、家族の者達も普段彼が何をしているのかを把握できていない事も多かった。

「それで、死ぬ前に父さんは一枚の絵を描いた。それをこの前、掃除の時に見つけたんだ」

 そう言うと、弟は目線を落として己の膝のあたりを見遣った。光が紺地の袴に縞模様を作っている。

「それが、かの女神の絵、という訳か」

「そう。正直、絵自体はむちゃくちゃ上手い訳じゃない。普通の街で売っている姿絵と、あんまり変わらないと思う。昔から遣っていれば、もっと上手かったんだろうけれども」

 短命の呪いにより彼ら一族は最長二年しか生きられない。死ぬ前という事は、習った期間は長くて一月二月といった所だろう。短い時間の間にそれだけ上達すれば凄い事なのではないかと兄はちらりと思う。

「その絵は、部屋の奥に、痛まないように保護されて隠されていた。……そこに描かれていたあの御方は」

 片手をきゅ、と軽く握って瞳を閉ざす。

「福招き美也、と言えば福の女神として知られている。世間一般に知られているあの御方は、いつも満面の笑顔を浮かべている無邪気な幼い少女だ。俺もそう思っていた」

 脳裏に浮かんでくる鮮やかな絵の色彩を、はっきりと思い起こそうとしながら弟は言葉を続ける。

「あの絵に描かれていたあの御方は、深い森の中、大木の枝に腰を下ろして遠くを眺めていた。いとけない、けれども悲しい瞳で何かをずっと見続けている様子だった」

「たしかに、あの方の絵で笑っているもの以外は、見たこともない。目も描いてあったのか?」

 福招き美也の姿絵は全て瞳を瞑ったものばかりである。珍しいな、と呟く兄を横目で眺め、弟は頷く。

「翡翠のような、麗しい瞳だったよ。それを見た時に、俺はかの神の、一つの面しか見ていなかったって気付いたんだ」

「お前は確か、天界にいた時の記憶がないんだったな」

 交神の儀で生まれた子供は一月の間を天界で過ごす。その時の記憶が弟にはなかった。幼少の事であるが故、当然なのだが、だから彼は母親とは逢ったことがないといっても言い過ぎではなかった。

「そう。だから逢ったことはない、と言えなくもない。……あ、みかのはら、か」

 弟が、ふと思い出した様子で、家にある歌集に載った歌の一節を呟くと、兄も小さく息を吐いて後を続ける

「わきて流るる 泉川(いづみがわ) いつ見きとてか 恋しかるらむ…だな」

「逢ったこともないのに恋しい、と歌う歌。俺には幼少時の記憶がないから、かの神様は見た覚えなどまるでないのに、絵を見た瞬間に恋しいと思った。

あと、絵の入っていた箱に走り書きがあったんだ。もしこの絵を見つける者が居たら、機会があるならこの絵をかの女神に渡して欲しいと。だから、その絵は交神の儀の時に持って行く積もり。……構わないよな?」

「ああ」

 そうだったのかと納得して兄は庭を見遣った。先ほどまでくつろいでいた猫たちは、そろそろと立ち上がり歩き出している。もうすぐ夕方も近い。手伝いの者の所へ彼らも餌を貰いにいくのかも知れない。

「……俺は、かの神様じゃなければ嫌だ。女神…あの人の事を知りたいんだ。だから、今回俺が交神の儀に望むことが出来て、良かった。あの人に逢う事を許してくれて、本当に…良かった」

 嬉しそうに笑うと、弟は身を引き板の間に正座した。そして当主たる兄に頭を下げる。

「有り難う、当主殿」

 嬉しそうな弟の様子に、そこまで恋いこがれていたのだな、と弟の思いを始めて知った兄は、しかし胸中に浮かんだ言葉を続けることは出来なかった。

――見ただけで恋心を抱けるような絵ならば、やはり父の絵の腕前は相当のものだったのでは?、と。

 

 

 

 

「みかの原 わきて流るる 泉川

   いつ見きとてか 恋しかるらむ」

――新古今和歌集 中納言兼輔

 

 

                    了

 

説明
俺の屍を越えてゆけの二時創作小説です。
福招き美也を親に持つ一族のお話。
ゲーム内で分からない設定は捏造しています。
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俺の屍を越えてゆけ 福招き美也 近親恋愛 

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