被疑者魔理沙 |
秋のある日、殺人事件が起こった。
人間の里の郊外、有名な彫刻家、光太郎のアトリエで、その主が胸を彫刻刀で刺され、土間で横たわっていたのだ。
死体を発見したのは霧雨魔理沙(数えで十四歳)。
彼女は今日の正午に、被害者のアトリエに立ち寄ったということだ。
彼女の証言によると、玄関を開けるとすぐある土間に、被害者が腹ばいに倒れていた。
彼女は被害者を抱え起こし、胸に刺さっている彫刻刀を引き抜いた。
魔理沙が被害者を抱え、胸の彫刻刀を掴んでいるところを、たまたま通りかかった博麗神社の巫女、博麗霊夢(数えで十五歳)、が目撃した。
巫女はすぐさま人間の里の番所に駆け、この事件が発覚した。
番所の警備がやってくるまでに被害者は絶命した。
二間ほどもある広い詰め所の長机の前で、魔理沙は深刻な顔をして黙っていた。
警備はとんとんとんと、落ち着かなげに、人差し指で机を叩き続けている。
咥えたキセルの火は、既に消えていた。
魔理沙は時々口を開いて何か喋ろうとした、が、その度に目を伏せて、思い直したようにまた口をつぐんだ。
警備はそんな様子を何度も見せられ、疲れていた。
「正直に言いなさい。魔理沙、あなたは何を隠しているの?」
我慢の限界に達した霊夢が、二人の間から無遠慮に詰問する。
魔理沙はまた黙った。
「言わないならあんたが犯人になるわよ。けど、あんたには人間の胸にそこまで深く彫刻刀を指し込めるほどの腕力は無い。だから他に犯人がいる。そうでしょ? そうって言ってよ」
「しかし、魔理沙の行動が不審といえば不審なのも確かだ。なぜ彫刻刀を引き抜いたのか」
ずっと沈黙していた慧音が口を挟んだ。
慧音は、自分の手に余ると考えた警備に、先ほど連れて来られた。
「そんなの、痛そうだし、そのままにするのはかわいそうだからでしょ」
「大きな出血は、凶器を引き抜いたときに起こる。それくらい、魔理沙も知っているだろう」
慧音は重い口調だった。
「魔理沙、何か言いなさいよ」
霊夢は魔理沙を睨んだ。
「動転していたんだ。先生はあの時、息があった。とても痛がって苦しそうだった。でも、私が引き抜くと……」
魔理沙は言葉を一旦止めた。
「そのまま医者に診せれば助かったかも知れない」
魔理沙はふるふる震え、涙を零した。
「……高瀬舟みたいな話ね。別に魔理沙が悪いわけじゃないわよ。悪いのは最初に刺した奴よ」
「とにかく、魔理沙は犯人じゃないってことでいいわね?」
「悪いが霊夢、そうはいかない。魔理沙が嘘をついているかもしれない」
「酷いわね! 魔理沙が人殺しなんてするわけないでしょ!」
魔理沙は、人殺しという言葉に、怯えた顔をした。
霊夢は、しまった、という顔をした。
「えーと、そうだ。私が真犯人を捕まえるわよ。それなら魔理沙の潔白が証明されるわよね」
「その辺の人間を恫喝して連れてきても通らんぞ。証拠を見つけなければ」
「もちろんよ。慧音も協力してくれるわよね?」
「ああ、里の一大事だし、何より、友人の一大事だ」
魔理沙は声を出さずに泣いていた。
夏の夕方。
霊夢と慧音は被害者のアトリエに向かった。
日没までは、まだ時間があった。
「犯人は本当に許せないわ。魔理沙に罪をかぶせようとするなんて。あれで結構繊細なのよ」
「人を殺して己は逃げよう、なんてことは断じて阻止せねば」
アトリエに着いた。
被害者の遺体はすでに詰め所に安置してある。
遺体があった場所には蝋石で印があった。
赤黒い血が、水溜りのように土間に溢れていた。
二人は血を避けつつ中に入った。
部屋の中央には、製作途中の仏像と思われる彫刻があった。
しなやかで、柔らかい物腰の如来らしかった。
その顔は、どこと無く魔理沙に似ていると二人とも思ったが、口に出さなかった。
二人は作業場や部屋の脇の机の引き出しなど、当ても無く調べた。
収穫は無かった。
二人は作業場の二つの椅子に腰掛けた。
「氏は一体誰に殺された…… 動機は何だ」
「動機、動機ねえ。親族関係はどうなの?」
「家族は無いはずだ。少なくとも里の人間はずっと一人で暮らしているものと思っている」
「それじゃ恋人がいたとか」
「恋人がなぜ氏を殺すんだ」
「魔理沙に嫉妬して」
「それなら魔理沙を殺すだろう」
「自分を裏切った想い人を殺し、想い人を横取りした恋敵に人殺しの嫌疑をかける。筋が通ってるじゃない」
「少し単純すぎやしないか」
「単純な分だけ真実味があるわ。恋愛が絡むと、どんな殺しも有り得るものよ」
「なんにしろ、証拠が無い。それ以前に恋人がいたかどうかも分からない」
「ま、保留って所ね」
二人はアトリエを後にした。
翌日、二人は朝から人間の里で聞き込みをした。
正午に甘味処で結果を話し合った。
「氏は作品も評価されているが、その人となりについても評価されていたようだ」
「私の推測が現実味を帯びてきたわね」
「まだ決まったわけじゃない」
「でも、ある作品を好きになり、その作者を好きになるってのは美術の世界にもよくあることよ。熱狂的なファンが血迷ったのかも」
「しかし、熱狂的なファンというのも、どうやって探せばいいんだ」
「簡単じゃない。彼の作品を一番買っている人物よ」
二人はまた里中を回った。
夕方になって、『光太郎氏のアトリエに押しかけて拒絶された』と里で噂になっている人物の家を突き止めた。
「可哀想と言えば可哀想なのかもね」
「なぜだ?」
「心に巣食う鬼に負け、たった一つしかない答えを、自ら葬り去った。答えを永遠に失った彼女は、一生苦しむことになる」
「だとしても、他人の命を奪うなど、許されるわけが無い」
二人はその家の戸を叩いた。
「いますかー」
と、霊夢。
用心棒などはなかった。
二人はそのまま戸を引いた。
……中には一人の女がいた。
女は首を吊っていた。
その足元には紙切れが置いてあった。
『私はあの人を殺しました』
夜。魔理沙は解放された。
鈴虫の声が高かった。
霊夢が魔理沙を家まで送った。
「少し、お邪魔していい?」
洋風の家の戸の前で、優しく言った。
霊夢は、魔理沙のそばにいたかった。
「私は誰にでも話しかけるし、誰にでも自分のことを話す」
頼りない蝋燭の灯りの中で、熱い山羊のミルクを手に、魔理沙が静かに話し出した。
霊夢は黙って自分のカップに口付けた。
魔理沙はぽつぽつと、ゆっくりと、少しずつ話を続けた。
「友達が増えるのは嬉しいし、楽しい。でもなんだかうまく行かないんだ」
「みんな良い奴だ。アリスもパチュリーも、お前も。みんな、仲も良い。
でも、本当は…… これでいいのか? 私は何か間違ってないか?」
「先生とは、そんなに深い付き合いじゃなかったけど、あんなことになって、本当に悲しい」
「先生のことは尊敬してたし、好きだった。でも、お前やアリスやパチュリーのことも好きだ」
「……先生は、私に出会わなければ、あんなことにならなかったんじゃないか?」
「霊夢。私をかばってくれたよな。すごく嬉しかった」
長い時間が経って、魔理沙が話し終わると、霊夢は魔理沙の隣に座って肩に手を置いた。
「魔理沙の『好き』と、私達の『好き』と、彼女の『好き』は、全部違う。
でも、それでいいのよ。みんな誰かが『好き』なことは変わらない。
愛の形は、人それぞれよ」
「でも、私はお前達に酷いことしてるんじゃないかって、時々思うんだ」
魔理沙は霊夢から目を逸らした。
「いいわよ別に。酷いことなんていっぱいすればいい。魔理沙の心がそうしたいなら、いくらでもそうすればいい」
「なんだか私は、お前達に頼りっぱなしだ」
「いいじゃないそれで。魔理沙がそんな風に考えてくれるだけで、私達はとっても嬉しいよ」
霊夢はにっこり笑った。
魔理沙も、少し笑顔になった。
その夜、霊夢はベッドで魔理沙を優しく抱きしめた。
魔理沙は霊夢の匂いの中で、安らかな眠りに就いた。
霊夢は、鈴虫の声を聞きながら、眠った魔理沙の頭を撫で、額にこっそりキスをした。
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