うそつきはどろぼうのはじまり 21 |
街道から少し奥に入った木立の中にワイバーンを隠し、二人は徒歩で港町に入った。
無事に門を潜った後も、自分の手配書が回っているかもしれないと、エリーゼは周囲への警戒を怠らない。
「兵士の姿は・・・なさそうですね」
対する男の方は飄々としたものだ。お尋ね者になった経験でもあるのか、普段通りの足取りで露店に向かっている。
「まだ時間もそんなに経ってないんだ。大丈夫、堂々としてろって。変におどおどしていると、逆に怪しまれるぞ」
それでもエリーゼはきょろきょろと、周囲を見回し続けた。道行く人や物売りの掛け声、船員達の忙しそうな様はいつまで見ても、見飽きるということがない。彼女にとって、ここは生まれて初めて訪れる場所だった。だがリーゼ・マクシアの港は大体同じ造りをしており、それはここも例外ではない。
入り口から向かって左手に並ぶ露店には案の定、武器や防具、雑貨が売られている。二人は真っ先に武器防具の類を購入し、その足で宿屋へ直行した。
エリーゼは早速部屋で、買い求めたばかりの服を纏う。
彼女が選んだのは深緑色の衣装だ。寝台の上に改めて広げてみると、まるで聖職者が纏う法衣に見えなくもない。裾は長く、ゆったりとして余裕があった。
この服には同じく無地の紺色の紗がついていた。目的を考えた末、胸元で巻き留めることにする。首周りに縫い付けられている頭巾は、おそらく日差しと土埃を避けるためだろう。彼女はそれを、丁寧に後ろへ払った。
後は履物を頑丈な革靴へと替えれば完成、とエリーゼは姿見に己を映した。時間と手間を惜しみ適当に見繕ったにしては、意外と似合っている。旅人向けの商店だけあって、縫製はしっかりしているのかもしれない。
しばらく裾を摘みあげてくるくると半身を捻っていたエリーゼだったが、ふいに髪に触れた。
落ち着いた色身の金の髪は、無造作に背中へ流している。間に合わせの変装と、街へ入る前に編み込みを解き、作り結い上げていた髪を降ろしたのだ。
彼女の名と顔は、この間の婚約報道でリーゼ・マクシア中に知れ渡ってしまっている。この先も最低限の変装は必要だろう。
エリーゼは辛うじて屋敷から持ってこれた荷物を解き、中から裁縫道具を取り出した。
「着替え、終わったか?」
黙々と作業の後片付けをしていたエリーゼは、控えめな訪問に裾を払う。
「あ、はい。お待たせしました、どうぞ」
少女は小さな覗き窓から外を確認してから二つの鍵を外し、男を部屋へ入れた。
「とりあえずこっちで話するか。――ってお前・・・!」
何の気なしに彼女の顔を見て、アルヴィンは絶句する。
無残に切られた金の髪。それまで確かに腰元まであったはずの金色が、肩口で不揃いに断ち切られていた。耳元の房だけは辛うじて面影が残るものの、それも随分短くなってしまっている。
「これですか? だって変装は必要でしょう?」
頭が軽くなった、とばかりに毛先をつまみあげる少女とは対照的に、男は狼狽の極みにあった。
「いや、そりゃそうだけどよ・・・でもだからって・・・!」
エリーゼは俯き、少しだけはにかむ。
「五年前は、このくらいでしたっけ・・・」
五年前。あの旅の最中、踊るように大地を駆けていた金髪の少女。
指摘されるまでもないことだった。髪型が当時のものを模倣しているということなど、一目見てわかっていた。これではまるで――まるで当時の姿がそのまま、自分の傍らで成長したかのようではないか。
そんなはずはないのに。運び屋と六家の養女との間でそんなこと、起こり得るわけがないのに。
「昔に・・・戻ったみたいだな」
辛うじてそんな感想を言う。
エリーゼは少しだけ肩を竦めた。
「ティポも、皆もいませんけどね。なるべく早く、戦いの勘を取り戻しますから、戦力として数えてもらって構わないです」
「期待してるわ」
二人は敷物の上に車座になった。真ん中には使い込まれた地図が広げられている。
「ここは、どの辺りです?」
「カラハ・シャールから東にある港だ。この前の旅では来なかった地域だな」
「へえ・・・」
男の指差した場所を見て、エリーゼは目をまん丸にする。
「こうして見ると、世界って随分広いんですね。あの頃もだいぶ長い距離を移動していたと思っていたんですけど」
「そりゃエレンピオスと繋がったからな。――ここがトリグラフ。結構距離があるから、いくらワイバーンでも一昼夜は無理だ。だから途中の街で休みを取りながら移動することになる」
魔物とはいえ、その実態は生き物だ。疲弊させて潰してしまっては商売上がったりである。
「分かりました。その辺はお任せします。あ、あと思ったんですけど・・・」
「なんだ?」
行程を確認し、地図を仕舞いかけていた手が止まる。
「わたしたち、一応指名手配されてますよね?」
「まだ張り紙の確認はできていないが、手配されるのも時間の問題だろうな」
今更確認する案件でもないだろうに、とアルヴィンは疑問の目をエリーゼに向けてしまう。
少女は僅かに身を縮こませながら、思い切って言った。
「あの・・・偽名とか名乗らなくていいんでしょうか?」
男は思わず腕組みをした。名前の件を失念していた。ここに来るまで道中、彼女の名を口にしなかった自信は全くない。
「迂闊だったな・・・」
アルヴィンは苦笑した。外見のことばかりに気を回してしまった己の盲目っぷりを恥じた。
「今更かもしれないが、やっておくに越したことはないな。――何て呼べばいい?」
希望があるかと訊ねると、少女は一度口を閉ざした。こちらの意向を確認するかのような静かな眼差しを向けた後、徐に口を開いた。
「では、エリーと」
「・・・・・・」
それは、友にのみ許された呼び名だった。少なくともアルヴィンが知る限りではそうだった。
だから思わず、確認してしまった。
「いいん、だな?」
金髪の頭が首肯する。
「勿論です。じゃあアルヴィンのことは――」
「アルでいい」
男は即座に言い放った。今度はエリーゼがまじまじと相手の顔を眺める番だった。
「いいん・・・ですか・・・? 本当に・・・?」
彼女の、まるで信じられないものを見るような視線に、少しだけ腹が立った。言い方が自然とつっけんどんになる。
「当たり前だ。――じゃ、武器でも揃えるとするか」
男は腰を上げた。それを見て、少女も慌てて立ち上がる。
「行くぞ、エリー」
男は発音に腐心した。なるべく自然に聞こえるように。あたかも以前から、愛称で呼んでいたかのように。
うまく呼べたかどうか自信はなかったが、相手からの返答は、まるで木霊のように返ってきた。
「はい、アル」
その弾むような声を聞いて、男の緊張は少しだけ和らいだ。
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