超空の恋姫04 |
『人は石垣、人は城』
かの甲斐の虎、武田信玄入道晴信の残した言葉である
才能のある人材を多数持つ事は、多数の城を持つのと同義であるという事だ
これは個人の武略は戦局に大きな影響を与えていた時代の話、という訳ではない
解きようによってはもう一つの意味が見えてくる
仮に敵対する2国があり、両国とも経済力・軍事力・工業力が全く同じであったと仮定する
その場合、勝利を決定する要素は何になるだろうか?
答えは人的資源である
人口が多い方が、余剰人員を他の場所にまわす事が出来る
そうすればどんな分野でも成長を加速させる事が可能だ
或いは単純に兵士の数を増やすという手段も取り得るだろう
人が多い、という事はそれだけで強力な外交カードに成り得るのだ
(ただし、それには相応の国力が必要ではあるが)
だから先ず、新たに漢中太守となった北郷一刀が政策は単純な物であった
税率の半減である
超空の恋姫〜4・新機軸都市発展理論〜
「しかし、最初に聞いた時は驚きましたよ」
「あ、やっぱり?」
朝議の合間、小休止をしている稟がそう言うと、一刀はそちらに顔を向けた
広い会議室には一刀を上座に、稟、風、椿と4人しか居ない
ここは言うなれば北郷軍(或いは自治政府だろうか)の最高意思決定の場である
ここで大まかな方針が決定され、更に下部組織によってその方針を具体的に実行していく
いうなれば、ここは「小さな政府」である訳だ
「税率を半減するという事は、即ち税収が半減するということです。驚かない訳がありません」
「そりゃあそうだよなぁ」
「小粒金も大分減ったのですよ」
税率の半減は税収の半減を意味する、これは当然だ
その上に(名目とはいえ)漢王朝から信任されている以上は収めるべきものは収めねばならない
これには『時空積乱雲』の小粒金を充てたが、その所為で残りは大分少なくなった
しかし、それを理解したうえで税率を半分まで引き下げた事には理由がある
「……しかし、お陰で人口はここ1か月で2割増、周辺地域も含めれば2倍になっております」
椿が指摘した通り、周辺人口は増加を続けており、これが一刀の狙いであった
他の州や街より税率が低ければ、当然人は自然とそちらへと流れる
『公社』に命じてあちこちで漢中の税率の話を流した結果、今の漢中は人でごった返していた
流民や農民は言うに及ばず、関税を下げた事によって商いの為に商人も集まってくる
或いは北郷軍の徴集に応じ、各地から腕自慢や武芸者、知略に自信を持つものもやってくる
これは支払われる俸給の額が幾割か高いという理由もある(これも『公社』によって流された話だ)
人が多くなれば経済活動も活発化する
元々流通の要所であった漢中は、経済活動をより巨大化させていった
今では1日に動く貨幣は膨大な金額に上るようになっている
経済が活性化して人が増えれば、税収は上がる
税率が半分になったら、人口を倍にすればいいという聊か単純な理屈だ
しかし人口が倍になれば総合的な税収は倍以上になる
一時的に税収が減っても、長期期間で見れば結果的な収入は増加していると言えるのだ
「その通りです。ですから北郷殿にはこれまで以上に、内政にも努力していただき……」
稟がそう言って横目で一刀を見る
思わず身を硬くして苦笑をもらす一刀を、風は面白そうな表情で見ていた
「あのさ、稟」
「何ですか、か……北郷殿」
朝議を終えて中庭で少し休憩をしていた稟に、通りかかった一刀が声をかけた
これから使うであろう資料を小脇に抱えた稟は、不思議そうな顔で振り向く
「たまにさ、俺の事、「一刀」って呼びそうになるよね」
「うっ……き、気のせいではないですか?」
「気のせいって……」
つい今しがた言い掛けておいて、説得力もない
目が泳いでいる稟を見ながら、一刀が溜息を吐く
「俺は、稟に「一刀」って呼んで欲しいんだけどな」
「……え?」
不意に呟いた一刀の言葉に、稟の目が点になる
その反応に一刀は、鳩が豆鉄砲喰らった顔っていうのはこういう顔の事を言うんだなぁ、と感心する
「その方がさ、何か……信頼しあってるって感じがするし」
「北郷殿……」
「あ、いや、別に稟の事を信頼してないって訳じゃないぞ?」
この人は何時もこうだ
自分をドキドキさせる様な科白を平気で吐く癖に、それを自覚していない
かと思えば無垢な子供の様に、自分の言葉に踊らされる
「全く……ご自分の言葉には、もっと理解を持つべきです」
「あ、うん、御免」
あれ、何で俺怒られてるんだろう――と言わんばかりの表情になる一刀
その表情を見て、稟は胸の奥が暖かくなるのを感じた
とても心地よい気持ちに、思わず口元に笑みが浮かぶ
「それでは私は行きますから。しっかりして下さいね、「一刀」殿」
「うん、それじゃあ――って、稟?」
不意に下の名前で呼ばれた事に気付かなかった一刀が稟の方を振り向く
しかし稟は聞こえていないのか、振りなのか、足早に去っていく
苦笑しながら頭をかく一刀には、嬉しそうに微笑む稟の表情は見る事が出来なかった
城の一角、何の変哲もない区画だが、そこは漢中でも最重要区画とされている
それもその筈、ここは『公社』の本部としての役割を担っている為だ
大陸全土から集められた情報を集積し、その中から有益な情報を見つけ出す
或いは解析して、その裏にある意味を見つけ出す
地味で膨大で一見すると無意味な作業こそが、『公社』が大陸で最も優秀な情報機関である理由だった
「へぇ、黄巾の3姉妹は曹操軍に降って、今は徴兵を担当か」
「……数え役満姉妹と名乗っている様ですが、間違いありません」
椿の執務室を訪れた一刀は、差し出された竹簡を見ながら感想を漏らす
その内容は、意味を知る者にとっては驚愕すべきモノだった
先日までの『黄巾の乱』の中心人物、つまり張角を頂点とする張3姉妹
その彼女等が名を変えて今は曹操軍に協力しているという事だった
当然ながらこの事実を知る者は、曹操軍においても少数だ
「そこまで潜り込めたって訳か?」
「……そういう訳ではありませんが、情報解析によって」
「成る程」
感心しながら竹簡に目を通す
元はといえば、彼女等の強烈な支持者が暴走したのが『黄巾の乱』の始まりである
彼女達の意図した事ではないにしろ、その責任の一端はあるだろう
しかし、あえて曹操はその彼女達に徴兵を命じた
才能のある者を愛する、と噂の曹操らしいやり方だ
「ところでさ、頼んでた物は出来たかな?」
「……少々お待ちを」
そういうと執務室の壁に作られた棚へと歩み寄る
膨大な数の資料が収められたその棚から、幾つかの竹簡と紙を取り出した
小さな両手にそれらを持って、椅子に腰掛ける一刀の前へ置く
「……これらが、それになります」
「有難う――で、情報の専門家から見て、どう思う」
「……忌憚ない意見で宜しいですか?」
「構わないよ」
「……将としては有能です」
「そっか」
「……ですが、政治的には微妙な立ち位置におられるかと」
「まぁ、そうだろうなぁ……何進将軍は」
困ったような顔付きで首を捻る一刀の横顔を、椿は黙って見つめる
一刀が椿に命じて集めさせていたもの、それは漢の大将軍何進に関する情報だ
この後、歴史通りならば何進と十常侍筆頭である張譲との権力闘争が始まるはずだ
一刀はその前に、出来る限りこの2人の周辺の情報を集めたかった
そこで『公社』に命じ、洛陽で2人の身辺調査を開始していたのだ
「ところで、張譲の方は?」
「……現在まとめている最中ですが――」
「ですが?」
「……好き好んで調べる類ではないかと」
「あー、はいはい」
つまりはろくでもない、と言う事だ
ここまで心底嫌そうな顔をする椿は滅多に見れない
そんな椿の様子に、一刀は苦笑しつつ手元の資料に目を通す
かなり仔細な情報まで集めている事に軽い驚嘆を示しつつ、読み進める
その横顔をじっと見つめていた椿が、ほぅと小さく息を吐く
何時もは緊張感など微塵も感じさせない笑顔を振りまき、今は真剣な表情で文を読む
どちらが本当の一刀なのだろうと考えて、頭を振る
多分どちらも一刀、本当の北郷一刀なのだろう
どちらでもいい、ただ自分は一刀の為にその智を振るえばいいのだ
一刀の夢に共感し、共にその夢を追いかけると決めたのだから
それを邪魔する者がいるのなら、その時は――
「……椿、また頼みがある」
「……何でしょう、一刀様」
一刀が真剣な顔でこちらを覗き込んでくる
内心に湧き上がった黒い炎を悟られない様にしながら、何時もの平坦な声音で椿は答える
この人は、きっとそれを悲しむだろう、だから言わない
心の奥深く、確実に生まれた仄暗い感情を静め、椿は一刀の言葉に耳を傾けた
現在、漢中の周辺では大規模な土木工事が行われている
太守が主導する、いわゆる公共事業の一環だ
失業対策に各種インフラ整備、公共事業にはマイナスイメージが多いが、こういったメリットもある
現在は街道の拡張と、河川の堤防「改造」に主眼が置かれて工事が進んでいる
城壁の上から郊外の工事を眺めていると、まるで無数の蟻が働いているようで奇妙な感覚がする
元の世界の様に土木用重機の存在しない以上、全ては人力に頼るしかない
大変な筈の作業だが、それに従事する人々の顔は一様に明るい
「何せ『天の御使い』様からのお仕事ですから、皆さん張り切ってますね〜」
「……人の心を読むのは止めてくれよ、風」
「……ぐぅ」
「寝るなっ」
ちょっとしたコントの様な光景に、少し離れた場所にいた巡回の兵士が小さな笑い声をもらす
バツが悪そうに頭をかく一刀の横で、風は眼下の風景を眺めた
「しかし思い切った事をしますね〜」
「スルーかよ……で、何が?」
「城壁の多重化と複数の城の建設の事なのです」
「あぁ、その事か」
それも無理はない、と思った
一刀が提案し、工事が進められているこの計画は『真田丸』計画と言われている
それは漢中の街を守る城壁を多重化し、水堀・空堀を新設、防御力を飛躍的に高める『甲』案
そして、漢中よりやや離れた各所に中規模の城を建設する『乙』案
この2つから成る『真田丸』計画は、今はまだ始まったばかりだ
「漢中を本陣として、複数の城に兵を入れる。侵攻軍に対してとれる戦略は広がると思うよ」
「確かにそうですね〜。漢中に囚われれば周辺の城の戦術性も高まりますから」
「逆も然り、だしな」
つまり漢中を攻めようとすれば周辺の城から軍勢を出して背後を脅かす
逆に周辺の城を攻めようとすれば、漢中の主力軍が出てくる
複数の拠点に戦力を置く事で、防衛戦闘における戦略の幅は広がる
戦国時代の『付け城』をモデルにして一刀が考えた防衛計画の1つである
尤も、兵器と戦術次第では無力化される事もあるが、暫くその心配はない
「で?」
「で、と言いますと?」
「それだけを言いに来たんじゃないだろ?」
「……ぐぅ」
「寝るなっ」
「おぉ、つい日差しが柔らかなのでうとうとしまったのです」
悪びれた様子もない風に、一刀は軽い溜息を吐く
つい、と差し出された紙片を横目で見て、それを手に取る
「ようやく、市中警備隊の方も軌道に乗ってきたのです」
「そりゃ何よりだ」
嬉しそうな笑顔を浮かべる一刀に、風の顔も思わず綻ぶ
これも一刀の提案した策の1つであり、要は警察機構を作った訳だ
漢中の街を巡回し、犯罪の芽を摘み取り、住人に安心・安全を提供する
安全な街であれば人々は住みたがり、人口も増える
それに伴って治安も悪化するが、それを市中警備隊が防ぐ
正に現代警察機構と同じだが、唯一違うのは兵士であるという事だろう
これには軍の人員プールとしての役割がある為だ
現在の北郷軍は公称80000、だが市中警備隊や各種予備を集めれば10万に届く
これは他の諸侯が気付いていない、北郷軍だけのやり方だ
もし何かあれば直ぐに予備戦力として運用できる市中警備隊は、しかし今は治安維持に没頭していた
「駐屯所はどうかな」
「親切にしてもらったと、評判ですよ〜」
これは所謂派出所や交番の事である
やっている事も変わりないが、この時代では相当珍しいらしい
「やはり天の国は凄いですね〜、こういった方式で街を守っているとは」
「うん、今になって思うと、本当にそうだよな」
風に続いて、感慨深げに一刀も頷く
人口の増加に対して治安の悪化は現れず、街は平穏そのものだ
今更ながらに先人の知恵に感嘆する一刀だが、いずれは市中警備隊を独立させたいとも考えている
ゆくゆくは軍と並ぶ治安維持組織としての警察を作るのが夢だ
それまで、自分は生きているだろうか?
ふとそんな思いに至って、少しだけ不安な気持ちに襲われた一刀の手を、風の小さな手が握った
「風?」
「大丈夫ですよ、お兄さん」
「……」
「稟ちゃんも椿ちゃんも、勿論風だって、お兄さんを守る為に一生懸命なのです」
「……」
「だから、絶対に大丈夫なのです」
「……ごめんな」
「気にしなくてもいいのです」
風に心配をかけてしまった事を詫びる一刀に、風は変わらない笑顔を向ける
その笑顔を見ていると、不安を感じていた自分が気恥ずかしくなってくる
思わず赤面して顔を背けた一刀の目に、血相を変えた稟の姿が飛び込んできた
『霊帝崩御』
『十常侍と何進将軍の衝突』
『董太后追放』
『宦官への圧力』
『何進将軍の追放』
並べるだけで気が滅入りそうな言葉が並ぶ中で、一刀は執務室の机から顔を上げた
目の前には稟と風がおり、椿は現在漢中にはいない
2人とも僅かに顔が曇っており、事の重大さはそれだけでよく分かった
「一気にきたな」
「洛陽から可能な限りの速さで届いた物です」
「他の方々には届いていない情報もあるのですよ」
『公社』の情報網とスピードでも追い付けないほどの急展開だ
他の諸侯には、まだ霊帝崩御の知らせさえも届いていない者がいるだろう
それを考えれば、そして漢中と洛陽の距離を考えれば『短時間』で『正確』と言えた
「……何進将軍の生死は?」
「そこまでは。しかし生死に関わらず洛陽にはいないようです」
「そうか」
また少し、自分の知っている歴史とは異なっている
確か何進将軍は、この時に殺されている筈だ
それが生死不明で行方不明となっている
勿論死んでいるかもしれないが、生きているかもしれない
実は、椿の製作した資料を見ていて、一刀は気になる点があった
それが魚の骨のように引っ掛かってしょうがない
それを確かめたいと思ったのだが、事態はそれどころではなくなって来ている
「稟、全軍に警戒態勢をとらせてくれ」
「はい」
「風、この話が流れれば治安の悪化も懸念される」
「分かってますよ〜、市中警備隊による巡察を広範囲にして、頻度も増やしましょう」
「うん、そうしてくれ」
自分は『公社』へ行って、更なる情報を集めねばならない
今はこの地にいない椿の事を思いながら、一刀はやや重い足取りで執務室のドアへと歩き出した
深夜、何処かの森の中で音がする
「はぁ……はぁ……」
足が重い、目が霞む、息が荒い……
まるで鉛のようになった脚を引きずりながら、彼女は歩いていた
ここが何処かも分からない、ただただ歩き続けるだけだ
「はぁ……く、そ……」
酸素が不足している、脳が回らない、頭痛がする、吐き気がする、気持ち悪い
不意に彼女はその場に跪き、嘔吐した
胃液だけを吐き出して、口元を手を拭う
涙と泥でぐちゃぐちゃになった顔で空を見上げれば、腹立たしいほどの美しい夜空だった
満天の星と三日月が、涙の所為でぐにゃぐにゃと歪む
「ちくしょう……」
何に対しての言葉なのか
誰にも聞こえる事のない呟きを残し、彼女は再び体に鞭打って歩き出した
十常侍が何進を追放してから数日後、宮中に袁紹らの何進派諸侯が突入した
何進の義妹であった何太后の保護には成功したものの、少帝及び陳留王の姿はなかった
2人を確保したのは、十常侍筆頭である張譲であった
独自の情報網と戦力を要していた張譲は、そのまま洛陽を脱出、西へと向かった
向かった先は天水、月の治める地である
「董卓殿には、ご機嫌麗しく」
「何の、御用でしょうか」
天水の城の一角で、月はあまり見たくない人物との会見に臨んでいた
豪奢な衣装に怜悧そうな瞳、整った顔立ちでありながら、何処か陰惨さを秘めた女性
人のよい月にしては珍しく、言葉の端々に嫌悪感が滲み出ている
「この張譲、いえ真名を凶香、董卓殿にお願いがあって参りました」
そう言うと、凶香はにやりと笑みを浮かべて見せた
月の隣でそれを見ていた詠が、思わず顔を顰めるほどの、禍々しい笑みだった
その日の夜、詠は苦々しい顔つきで城内を歩いていた
あの、凶香のふてぶてしい顔を思い出すだけで腹が立ってくる
憤懣やるかたなし、といった様子の詠が中庭にある休憩用の長椅子に腰掛ける
ひんやりとした夜の空気が詠の頭を覚ましていると、背後から声が聞こえた
「……如何でした?」
「情報通りよ、腹立つくらいにね」
長椅子の後ろに立つ木の陰に、椿が立っていた
どちらもお互いを見ようとはせず、辛うじて聞こえる程度の声音で会話する
ここは月の本拠地だが、お互いに「知らない」方が都合の良い時もある
「……それは何より」
今回、椿が天水へと極秘裏にやってきたのは、一刀の命だった
『月に、張譲が君を利用しようとしている、と伝えて欲しい』
椿を指名したのは、こちらの本気を分かって貰う為だろう
密かに詠と連絡を取った椿は一刀からの伝言を伝え、更に顛末を見届ける為に天水に残っている
そして今日、月と凶香が面会をしたという情報を受けて、再び詠と接触したのだ
「……それで、どうなされるおつもりですか?」
「ボクは反対するわ」
「……当然でしょうね」
「でも……月は……」
「……少帝と陳留王の頼みは聞かざるを得ない、ですか」
悔しそうに頷く詠
現在、この天水に少帝及び陳留王は不在だ
凶香の手の者が何処かで保護(軟禁)しているらしいが、無事ではあるそうだ
その2人から、月に対して協力の要請があったようだ
衰退著しいとはいえ、漢王朝は健在である
帝位にある者からの要請とは、即ち命令に等しい
詠としては口惜しくあるのだが、月がそれを否定出来るとは思えない
「それに、月は優しい子だから……」
「……例え利用されるとしても、助けの声を無視する事は出来ない」
「そう、ね……」
彼女の性格を考えれば、例え利用されるだけだとしても、頼ってくれた声を無視は出来ない
自分を頼ってくれる声には何とかして答えたい、それが月の信念でもある
そんな親友を説得する事も出来ない自分に、詠の口から自嘲の笑いがこぼれる
月を守りたいと思っているのに、自分には何も出来ない
それが詠には堪らなく口惜しかった
「……一刀様からはもう1つ、伝言があります」
「……え?」
「……もしも、『最悪の事態』になってしまった場合、伝えるように、と」
「今の状況の事、でしょうね」
「……『俺は、何があっても君達を信じる。だから俺を信じて欲しい』、と」
「っ!……全く、とんだお人好しね」
何処かさばさばした表情で呟く詠に、椿は小さく頷く
行く先に不安はあるが、だからこそ自分は月を1人にしてはならない
しっかりと支えて、共に歩いていかねばならないのだ
「何処かのお人好しも手伝ってくれそうだし、ね」
「……一刀様は、貴方達を助けたいのです」
淡々と答える椿に、詠は黙って頷いた
あの漢中での1ヵ月、月も詠も一刀と沢山の話をした
この時代に見返りを求めず、ただ人の為に何かをしようとする「お人好し」
月と同じような価値観を持つ一刀を、詠は信頼していた
だからこそ――今は椿を逃がさねばならない
「明日中に天水を発ちなさい」
「……何故ですか」
「張譲の手の者が入り込んでいるわ、見つかったら面倒でしょう」
数瞬、会話が途切れて沈黙が舞い降りる
ややあって、椿が口を開いた
「……感謝します」
「気にするような事でもないわよ、ただ口が滑っただけだから」
「…………これは独り言なんですが」
「?」
「……文官に1人、我が方の細作がいるのです」
「さぃ……」
「……細面で背の高い文官です。もしも何かあれば、その文官を利用して下さい」
「……面白い独り言じゃない、朝になったら忘れているわね」
暗黙の了解を双方取り付け、詠は長椅子から腰を上げる
すっかり身体は冷えてしまったが、頭の中もすっきりしている
ここから先は、軍師としての仕事が山の様にある
悩んでいる暇などないのだ
「……ご自愛下さい、詠殿」
「そっちもね」
それだけ言うと、椿の気配は消えた
振り向くこともせずに、詠は自室へと足を進める
その瞳には確固たる意思がしっかりと宿っていた
その翌日の早朝、漢中の城壁の上で一刀は複雑な表情をしていた
周囲に集まっている稟や風、兵士達は不安な表情を隠せず、その光景を眺めていた
「また、現れたか……」
小さく呟いた一刀の視線の先で、『次元積乱雲』は不気味にその姿を見せていた
次回予告
凶香の手により道具として利用される月達
各地で反董卓の声が上がる中、北郷軍は新たな戦力を手に入れる
そして、遂に火種は大きく燃え上がる
次回、超空の恋姫〜5・詐術の戦場〜
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真・恋姫無双のSSになります 某小説との間接的クロスオーバーとなります |
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