STEINS;GATE-After Days Les Preludes- 3
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「そういえばあの日は、日が暮れるまでずっと一緒に話をして。それでも全然話足りなくて、結局ホテルに戻ってからも今度は電話で朝まで話したっけ」

 

岡部の話は、何も知らない人間が聞けばそれはもう痛々しい厨二病全開の内容だった。

 

全てを受け入れると言った私でさえ、懐疑心を持たざるを得ない、まるでゲームや小説のような物語。

 

それを受け入れることが出来てしまったのは、『受け入れられない理性的な私』よりも突拍子もないこ

の話を『理解できてしまう私』の存在の方が大きく勝っていたから。

 

証明できるものがあるわけでもなく、論理のカケラも見当たらないような、この荒唐無稽な話を私は理解できてしまったのだ。

 

某有名映画の名台詞『考えるんじゃない、感じるんだ』を私はこの日、身をもって体験した。

 

品川で山手線に乗り換え、電車に揺られること約十五分。やっと秋葉原に到着した。

 

改札口を抜けると、そこに懐かしい姿を見つけた。いくらオタク文化の街秋葉原といえど、白衣を着て出歩く男なんてそういるものではないし、何よりも私がアイツを見間違えるはずがない。

 

「岡部!」

 

私の声に反応し、岡部も私に気づき、こちらに歩み寄ってくる。

 

「フゥーハハハ! 我が未来ガジェット研究所のさらなる発展のための海外での研究、実にご苦労だったな。ラボメンNo.004、クリスティーナよ! 貴様の偉業を称えるために、研究所の所長にして、ラボメンNo.001でもあるこの鳳凰院凶真が直々に出迎えに来てやったぞ」

 

こいつ、たかだか二カ月ちょっとで厨二病がさらに悪化している気がするのは気のせいだろうか。

 

「はぁ……。もうどこから突っ込んでいいのかわからないわ。とりあえず、ティーナは禁止」

 

「ならば助手よ、よくぞ――」

 

「助手でもないと言っとろうが。久しぶりの再会なのに、全くアンタってやつは……」

 

すると岡部は、少しバツが悪そうに背中を向けてしまった。

 

しかし、はっきりとした声で一言。

 

 

「……おかえり、紅莉栖」

 

全く素直じゃないんだから。

 

欲を言えば、ちゃんと面と向かって言って欲しかったが、でもその一言が一番聞きたかった言葉だった。

 

私もはっきりとした声で返事を返す。

 

「ただいま、岡部」

 

久しぶりに心の底から笑顔になれた気がした。

 

 

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迎えに来てくれていたのは岡部だけらしく、二人でそのままラボへと向かって歩きだす。

 

「橋田やまゆりは? ラボで待っているの?」

 

「ばか者。今日は何月何日だ?」

 

今日は12月31日で大晦日……。

 

「あ、そうか! コミマ!」

 

コミマとは東京ビッグサイトで開催されている、コミックギガマーケットのことだ。

 

夏と冬の年二回行われているこのオタクの祭典に、まゆりと橋田は毎回欠かさずに参加している。

 

「そうだ。ダルもまゆりも夕方を過ぎないと帰ってこないぞ」

 

ということは……それまで岡部と二人きり!?あの狭いラボで!? 

 

夕方ということは、少なく見積もっても軽く五時間以上ある。そんなに長時間岡部と……。

 

「時間もあることだし、どうだ? 久しぶりに秋葉原のジャンクショップを散策でも……」

 

こいつに乙女心の理解を求めた私がバカだった。

 

「悪いけどノーサンキュー。長旅で疲れているし、ラボで少し休む。少し休んだら、まゆりたちが帰ってくる前にホテルのチェックインだけ済ませに行ってくるわ」

 

自分でもびっくりするほどの低いテンションで喋っていた。

 

「そ、そうか」

 

残念そうな岡部を残してさっさと歩きだすと、岡部も慌てて私の横に並んで歩きだす。

 

しばしの沈黙のままのラボへの道中、先に口を開いたのは岡部だった。

 

「……助手よ」

 

おずおずと私のことを呼ぶ。

 

「……何?」

 

「何か怒っているのか?」

 

「別に何も怒ってないわよ」

 

実際怒っているわけではない。

 

どちらかというと、怒っているというよりは落胆に近い。

 

別に何かを期待していたわけではないけど、それでも私一人が浮かれていたみたいで少し寂しい気持ちになった。

 

「なぁ、クリスティーナ」

 

「だから何よ!?」

 

「今からホテルへ行かないか?」

 

二人の足が同時に止まる。そして私はそれと同時に、思考も一時停止する。

 

ななななな……今なんと言いましたか岡部さん!?

 

ホ、ホテルに行く? 

 

私と?

 

岡部が?

 

いやいやいや、たしかにさっき少しは残念だと思ったのは事実だけど、だからと言ってここでいきなり

そんなステップ飛ばしをしてくるだなんて! 

 

私にだって心の準備というのが必要であって、というかどうしていきなりそういう発想に至ったというのだ?

 

「い、いきなり何を言い出すかこのHENTAI!」

 

すると、岡部が慌てて反論する。

 

「な!? お前こそ何を言い出す! 俺は、ラボに寄らずに直接ホテルにチェックインを済ませて、そのままホテルで少し休んでからラボに向かった方が効率が良いのではないかと思っただけだというのに!」

 

な……なんだ、ホテルに行くっていうのは、そういう意味か。

 

よかったような、残念なような。

 

「貴様はいったい何を想像していたと言うのだ! ふふん、口に出来るものなら、してるみるがいい! この妄想HENTAI天才少女が!」

 

くっ……悔しいが反論できない。岡部の何とも言えないドヤ顔が、無性に腹ただしい。

 

「う、うるさい! 岡部が紛らわしい言い方をするからよ!」

 

「実に苦しい言い訳だなぁ、妄想HENTAI少女よ。それでどうするのだ、ホテルでいいのか?」

 

「その呼び方は止めろ。……そうね、たしかにその方がいいかも」

 

「で、相変わらずホテルは御茶ノ水なのか? セレブ・セブンティーンよ」

 

ネーミングセンスもさることながら、せめて呼び方くらい安定させてほしい。

 

しかも私はセブンティーンではなくエイティーンである。

 

「……そろそろ怒るわよ?」

 

低めの声で少々脅し気味に威圧する。

 

「紅莉栖さんは、今回も御茶ノ水の高級ホテルにご宿泊でしょうか?」

 

全く、チキンなくせにすぐに調子に乗るんだから。

「違うわ。今回は秋葉原のホテルよ。どうせほとんどラボで過ごすことになるんだろうし、変にホテルにこだわる必要もないかと思って」

 

「なんだ、目と鼻の先ではないか。秋葉原でホテルというと、ああいうタイプのか?」

 

岡部はすぐそこにあるカプセルホテルを指さす。

 

「さすがにそれはないわよ。私だって、仮にも年頃の女の子なのよ? こっちよ、ついてきて」

 そう言って私は岡部とホテルのある方へ歩き出した。

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 *         *

 

「き、貴様! 一泊二万円以上で十七階にあるツインルームのどこが「ほとんどラボで過ごすから変にこだわってない」だ! このセレセブめ!」

 

ホテルにチェックインをして、部屋に入った岡部の第一声がこれだった。

 

私としては、前回滞在していた御茶ノ水のホテルに比べれば全然こだわったつもりはないのだが、岡部にとってはこれでも不満のようだ。

 

「文句があるのなら、岡部はフロントで過ごしてくれても全然構わないわけだが?」

 

「ぐ……足元を見おって」

 

ぶつぶつと文句を言いながらもソファに腰を下ろす岡部。私も荷物を一通り片付けて、ベッドに腰掛ける。よやく一息といったところか。

 

さて、このあとの予定はどうしようか。

 

まゆりたちは夕方過ぎまで帰ってこないわけだし、このまま岡部と二人でホテ――

 

ちょっとまって。

 

現在の状況をもう一度よく考えてみましょう。現在、私と岡部は二人きりでホテルの一室……。

 

 

なななな……なんぞこの状況ぉぉぉおおおっ!?

 

 

あ……ありのまま今起こった事を話すわ。

 

『一度は崩れたはずのフラグが、結局は岡部と二人きりでの密室状態が見事に出来上がっていた!』 

 

しかも、まゆりや橋田が帰ってこないとはいえ、他に来客の可能性のあるラボとは違い、ここには他に誰か来る可能性は皆無。より強固な密室が完成している!

 

な……なにを言っているかわからないかもしれないけど、私もよくわからない。

 

少し落ち着こう。私だけが意識したところでしょうがないのだ。

 

気づかれないように、チラッと岡部の方を見てみる。

 

……あれ? ひょっとして寝ている?

 

岡部はソファに深く腰掛けた状態で俯いている。

 

しかしよく見てみると、口元がわずかに動いている。

 

何か独り言を言っているようで、寝ているわけではないらしい。

 

何を言っているのかと耳を澄ましてみる。

 

 

「……7、41、43、47、53、59、61、67、71……」

 

そ、素数を数えて平常心を保とうとしている!?

 

人のことを散々HENTAI呼ばわりしていたくせにこのヘタレ!

 

このままじゃマズイ。

 

だって私と岡部はまだ恋人同士というわけじゃないし、そもそも岡部が私のことをどう思っているのかちゃんと聞いたこともないわけであって、私だって岡部に自分の気持ちをちゃんと伝えたこともないわけだし……というか私の気持ちってなんだ!? 

 

とにかく落ち着け、落ち着くんだ私。

 

何か過ちが起きてしまう前にこの流れを変えないと!

 

「ね、ねぇ岡部」

 

「なな……なんだクリスティーナ!?」

 

名前を呼んだだけで、そこまでキョドらなくても……。

 

「いっぱい歩いたし、なんだか喉が乾かない? 何か飲む?」

 

そう言って、私は備部屋の備え付けの冷蔵庫に手を掛ける。

 

「そうだな! 俺もあんなに歩いたのは久しぶりなので、実はもう喉がカラカラなのだ!」

 

あんなに歩いたもなにも、実際は秋葉原駅から徒歩一分のこの場所まで歩いただけである。

 

おのれは日頃どれだけ歩いていないというのか。

 

「何がいい?先に言っておくけど、ドクペは無いわよ」

 

「なん……だと?」

 

「ホテルの備え付け冷蔵庫に、ドクペなんて入っているわけがなかろうが」

 

どうやら本気でドクペがあると思っていたらしい。

 

「秋葉原のホテルでさえドクペを常備しておらんとは……。これはフェイリスに『秋葉原ドクペ常備計画』を進言せねばなるまい」

 

「こらそこ、友人をそういう使い方をするんじゃないの」

 

ラボメンNo.007でもあり、秋葉原にあるメイド喫茶『メイクィーン・ニャンニャン』のNo.1メイドでもあるフェイリスさんの本名は『秋葉留美穂』といって、この秋葉原の大地主なんだというのを以前岡部に教えてもらった。

 

「ふん、冗談だ。ラボメンNo.007はフェイリス・ニャンニャンであり、それ以上でもそれ以下でもない」

 

「どうだか。岡部は実行しそうで怖いのよ」

 

口ではそう言ったが、岡部がそういうのを利用するのを好まないというのはよく知っているので、もち

ろん冗談というのも最初からわかっていた。

 

 

このあとも他愛ないやりとりをいくつか交わし、お互いおかしな緊張も次第に解けていき、結局雑談だけで夕方を迎えることとなった。

 

「そろそろダルたちがコミマから帰ってくるころだな。そろそろラボに向かうとするか」

 

時計を見た岡部が、そう言ってソファから腰を上げる。

 

「もうそんなに時間が経ってたんだ。あっという間だったわね」

 

時間の流れは常に一定。しかし、楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。

 

人間の感覚というのも不思議なものである。同じ時間の流れでこうも体感が違うのだから。

 

「そういえば忘れるところだった。ほれ」

 

岡部がポケットから何かを取り出して私に向って差し出す。携帯電話だった。

 

「ありがとう。使わせてもらうわ」

 

長期海外滞在になるため、予め私は前回日本を発つ前に自分の持っていた携帯を解約して、代わりに海外用のレンタル携帯を使用していた。

 

この携帯は海外で利用する分には安くて便利なのだが、日本国内では利用ができないため、今回の日本滞在中に皆と連絡を取れるようにと、帰国の前日に岡部に携帯を一台お願いしておいたのだ。

 

「言っておくが、俺の名義で契約しているのだからな。使いすぎるなよ」

 

「失礼ね。ちゃんと私が払うわよ」

 

そういって岡部から携帯を受け取る。

 

「あら?これ私が前に使ってたのと同じ機種?」

 

「そうだ。古い機種の方が料金が格安だったのでな」

 

岡部はあんなことを言っているが、きっとわざわざ同じのを探してきてくれたのだろう。

 

「ふふ、そういうことにしときますか」

 

「む……。何がおかしいのだ」

 

「なんでもないわよ。さぁ、ラボに行きましょ」

 

岡部のこういうちょっとした優しさ、私はけっこう好きよ。もちろん口には出さないけどね。

 

そんなことを考えながら、貰ったばかりの携帯の電源を入れて、岡部とともに部屋を後にした。

 

 

エレベーターの前まで行った時点で、自分が財布を持っていないことに気付いた。

 

「ごめん岡部、財布忘れてきちゃったみたい。ちょっとそこで待ってて。すぐに取ってくる」

 

「まったく、ドジっ子属性なぞ誰も求めておらんぞ。さっさと取ってくるがいい」

 

「私だってそんな属性求めとらんわ」

 

岡部をその場に残し、私は足早に部屋へと戻った。

 

 

「これでよし、と。あとは忘れ物はないわよね……」

 

念のため再度持ち物をチェックし、今度こそ大丈夫なのを確認して部屋を出ようとした。

 

その瞬間、先ほど貰ったばかりの携帯がポケットでブルブルと震えた。どうせ岡部の「まだか」という

催促メールだろう。岡部め、少しくらい待てないのか。

 

しぶしぶと携帯を開けてみる。

 

 

 

 

Date 12/31 16:29

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「何このメール……」

 

相手のアドレスに見覚えはない。

 

そもそもこの携帯自体、昨日岡部が契約してきたばかりのものだ。

 

内容も文字化けしたかのような意味不明な文字の羅列と添付ファイルが一つ。

 

ファイルはデータが壊れているのか開くことができない。

 

ただの迷惑メールだろうか。

 

たしかに普段私が使っているパソコンのメールにも稀にこんなようなメールが届いたりする。

 

これもその部類なのだろう。

 

岡部め、よりにもよってクリスだなんてわかりやすいアドレスなんかに設定して。

 

簡単なアドレスにするものだから、こうったメールがくるのだ。あとでちゃんと変更しておこう。

 

とりあえず携帯設定は後にして、ひとまず岡部の元へと戻ることにした。

 

 

「遅いぞ助手よ」

 

予想通り岡部がエレベーターの前で待ちくたびれていた。

 

時間的に五分程度しか掛かっていないだろうが、それでも待たせたことには変わりがない。

 

「ごめん、これでも急いだんだからね?」

 

「まぁいい、行くぞ。ひょっとしたらもうダルたちの方が先にラボに戻っているかもしれんな」

 

そうして私たちは今度こそエレベーターに乗って、エントランスへと向かう。

 

階が階なだけにエレベーターの時間もそれなりに長い。ゆっくりと十七階から一階層ずつ下がっていく。

 

 

そういえば。

 

岡部は私のいないこの数ヶ月間、どうだったのだろう。私がいなくて寂しかったのかな? 

 

でも岡部には他のラボメンもいるし、何といってもまゆりがいる。

 

私一人が欠けているところで、きっと些細なことなんだろうな……。

 

ふと、そんなことを考えてしまう。どうしたんだろ、急にこんな事を思うだなんて。

 

さっきの変な迷惑メールのせいで、気持ちがナーバスになっているのだろうか。

 

向こうにいた時は、こんなこと考えたこともなかったのに。

 

『ねぇ岡部? あなたは私がいない間、寂しかった?』

 

私の少し斜め前に立っている岡部の背中に、心の中でそっとそうつぶやいてみた。

 

そんな私の心の声に答えたのは、岡部ではなく一階に到着したことを知らせるエレベーターの無機質な

 

アナウンスであった。

 

もちろん実際に言葉にしたわけではないので、岡部が何か答えてくれるはずもないのだが。

 

フロントに鍵を預け、二人でそのままエントランスを通り抜けて外に出ようとしたところで、岡部が不

意に立ち止まった。

 

先ほどのアンニュイな考え事を続けながら歩いていたものだから、反応が遅れて思わず岡部の背中にぶつかりそうになる。

 

「ちょっと、急に立ち止まらないでよ」

 

「なぁ、紅莉栖」

 

岡部がこちらに振り返る。

 

「な……何よ突然」

 

いきなり名前で呼ぶものだから、一瞬ドキッとしてしまった。

 

しかもぶつかりかけた距離のままなので、岡部の顔が目と鼻の先にある。

 

ちょっと私が背伸びをすれば、キスができてしまいそうな距離……

 

数秒間の沈黙。そして、岡部から驚くべき言葉が口にされる。

 

「お前はこの三ヶ月余りの間、寂しくなかったか?」

 

心臓が止まるんじゃないかと思った。それくらいに衝撃的な一言。

 

つい数分前に私が考えていたことをそのままに質問されているのだ。

 

既視感とか正夢とかそんなチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わっている気がする。

 

「ハ……ハァ!?なんで私が寂しがらないといけない! むしろ寂しかったのは岡部のほうでしょ!?」

 

あまりの唐突な質問に、思わずそうまくし立てて顔を背ける。

 

orz

 

何を言ってるんだ私はぁぁああ!!

 

自分の受け答えの酷さに、思わず頭の中でガックシと膝をつく。

 

いやもう、叶うのであれば実際にこの場で膝をついてうなだれたいくらいだ。

 

このあとの岡部の反応を見るのが怖い。

 

恐る恐る背けた顔を岡部のほうに再度向ける。

 

すると、岡部はさらに意外な反応を見せた。

 

「そうか。……そうだな。俺は、お前に会えなくて寂しかったぞ」

 

そう言って、岡部は寂しげに笑った。

 

「岡部……」

 

違う。違うよ。私だって岡部に会えなくて本当は寂しかった。

 

そう口にしたいのに、口が上手く動いてくれない。

 

どうして私はこう自分の気持ちを素直に口にすることができないのだろう。我ながら嫌になる。

 

「な!? なぜ泣くのだ!!」

 

「……え?」

 

岡部に言われるまで気づかなかった。私はいつの間にか涙を流していた。

 

自分で勝手に自滅した挙句に涙まで流すなんて、もはや完全にスイーツ(笑)である。本当に最悪だ。

 

「うるさい! 泣いてない……泣いてないからな!」

 

強がってはみせるものの、涙は全く止まってくれない。むしろどんどん流れてくる。

 

止まれ止まれ止ま――

 

「あ……」

 

岡部の腕が私を優しく包み込んだ。

 

そして子どもをあやすように、私の頭をそっと撫でる。

 

以前に抱きしめられた時は、岡部の方が今にも泣き出しそうな顔をしていたのに。

 

 

 

 

――以前ニ抱キシメラレタ?

 

私は岡部に抱きしめられるのなんて初めてのはず――

 

次の瞬間、脳に見たことのないはずの光景がフラッシュバックする。

 

ラジ館の踊り場、雨に濡れた二人、岡部の襟元をつかみあげて何かを言っている私、そして今にも泣き出しそうな岡部……。

 

何? なんなのこの映像は。私が岡部とラジ館で会ったのは、あの発表会の日だけだ。

 

あの日は雨なんて降っていなかった。

 

いや、それ以前に初対面の岡部と抱き合うだなんてことは……。

 

 

「落ち着いたか?」

 

岡部のその一言でフラッシュバックはぶつりと切れ、私を現実へと呼び戻した。

 

「え、ええ。もう大丈夫。なんか……ごめんね」

 

今のは一体なんだったのか。

 

「気にするな」

 

私がもう大丈夫なのを確認し、岡部の手が私から離れる。少しだけ残念だ。

 

でも、今ならきっと素直に言える。

 

「あのね岡部」

 

「ん? なんだ?」

 

「さっきのは嘘。私も、岡部に会えなくて寂しかった」

 

「……そうか」

 

そう言って岡部が再び笑った。先ほどの寂しげな笑いではなく、どこか恥ずかしそうに。

 

「急におかしなことを聞いてしまってすまなかったな。今度こそ行くぞ」

 

岡部が右手を差し出す。私は何も言わずにその手を握り、ホテルの外へと歩き出した。

 

説明
今回で三回目の更新となります。

別件ではございますが、昨日のコミックライブin名古屋今年もヨロシク2011にご参加された皆様、大変お疲れさまでした。
このSTEINS;GATE-After Days Les Preludes-もまさかの完売御礼となり、ご購入いただきました方には、本当に感謝でございます。
製本版の-After Days Les Preludes-は、TINAMIに投稿している1話・2話に関しては、加筆・修正を加えておりますので、内容に若干の差異がございます。
今回と次回投稿予定の物に関しては、製本版のままの予定です(誤字脱字除く)
どこが変更されているのかなどもお楽しみの一つとしていただけたら幸いでございます。1月中には製本版で掲載した分まで投稿する予定です。
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