凪との一日
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「うぅー……〜ん。今日も良い天気な事で…」

「隊長、警邏中です。あまり気を抜かないでください」

 伸びをして心地よい日差しに感謝している俺。

 そして、そんな俺を目で見つつ釘を差す真面目っ娘、凪。

 まあ…確かに今は街の巡回、公務な訳で。伸びなどしてる所を小っさい覇王様にでも見られでもしたら散々嫌味と皮肉を言われるのが割と簡単に想像出来てしまう。

 ついでに桂花もいたら、それはもう表現にモザイクを入れなきゃならん罵詈雑言を浴びせてくるに違いない。

 だが、それを差っ引いても今日の天気は良すぎる。正直、眠い。

「今日は確かに気持ちの良い快晴です。気持ちは分かりますが自重願います」

「凪も俺の心読めるの…? 風でもあるまいに…」

「顔に書いてありました。『眠たいし、適当に巡回して帰ろうぜー』…みたいな」

 凪が俺の口調を真似て軽目のジャブを打ち込んできた。今日の凪は厳しいぜ…。

 ちなみに真桜と紗和は『ウチらはあっちを巡回してくるわー』とか『今日はあっちが気になるのー』とか言って既に戦線離脱。

 凪が止める間もなく疾風の様に逃げ去ってしまった。

 拳を震わす凪を見ながら、後先考えないでそこまでしてサボりたいのか、と思ったのは内緒だ。

 これで俺まで離脱なんて事になったら流石に凪も怒るだろう。この北郷一刀、そこまで空気の読めない男じゃあない。

「仕方なしと言うわけでもないんだけど……平和なものだな」

「何事も起こらないのが一番ですよ、隊長」

「そうだな。平和の御蔭でこうして巡回しながらも凪と一緒に歩けるわけだし」

「な、ななな…何を言われるんですか隊長!」

 俺の何気ない言葉に激しく動揺してる凪。真っ赤っかだ…。

「いや……そう言えばこうやって凪と二人で歩くのは久しぶりだなぁって思ってさ」

 真桜と紗和は逃げていない。更には他の警備兵達も複数のグループに分けて巡回させている。

 正真正銘、今は凪と二人きりなのだ、狙ってなんかいないぞ。

「そ、そそそそそ、その…今はけ、けけ警邏中で…」

「凪は俺と一緒に歩くのは嫌?」

「そんな事ありません! む、むしろ光栄と言うか…本望だと言うか……」

 後半はごにょごにょと聞き取りづらい。だが、それがいい!

 何か天気がいいから眠いとか言ってるのが馬鹿らしくなってきたぞ。隣にこんな可愛い女の子がいるってのに。

「その…た、隊長は私の様な無骨な女と一緒に……な、何でも…な」

「俺は凪みたいな可愛い女の子と一緒に歩けるのは嬉しいよ。例え、任務の最中でもね」 

 凪の言葉を遮って俺は今の気持ちをそのまま告げてやる。

 …あぅぅ、とか呻いて蒸気を上げ始めた。そして上目遣いに俺を見てる…。

 

 ああっ! もう、可愛いなっ!

 

 抱きしめたい衝動に駆り立てられるも、ここは人通りも多い繁華街。

 こんな公衆の面前でそんな行動を起こしてみろ、一刀。忽ち噂は華琳の耳に入るぞ…そしたら、きっと俺の首は着脱可能な部品になるんだぞ…。

 いかん、それだけは断じて避けねば。

 照れ照れな凪と見えない自分と戦ってる俺。

 そんな俺達の耳に突然空気を劈く悲鳴が飛び込んできた。

「引っ手繰りよ! 誰かその男を捕まえて!」

 遠くで倒れこむ女性、それを尻目にこちらに猛然と走ってくる男。

 俺と凪の顔色は即座に臨戦状態に切り替わっていた。

「止まれ! 賊めが、北郷隊の眼前で堂々と盗みとはいい度胸だ!」

 凪が牽制の言葉を男にぶつけ、そして駆け出す。

 だが、そんな凪が視界に入っているであろうはずの男は速度を落とすどころか不敵な笑みさえ浮かべている。

 と、不意に男が道を逸れ民家の庇を跳躍して掴むや否や軽々と屋根の上に上がってしまったのだ。

「な……!」

 男の予想以上に軽快な動きに完全に後れを取ってしまった凪。屋根に上がりこちらに駆けてくる男の動きをただ目で追っていた。

(っ! 拙い! このままでは見失っちまう!)

 逃がしたくなくても相手は屋根の上。こちらが圧倒的に不利だ…。

 俺達が間誤付いてる間にもあの男が逃げちまう…!

 目線を上から先にいる凪に移した時、俺の頭がこれ以上にないくらい閃いた。

「凪っ!」

 俺は彼女の真名を叫ぶと拳を組んで腰を低く構えた。

 驚いたように俺を見る凪、そして俺が考えている事を理解したのであろう、こちらに全速力で駆けてくる。

 そして、約2m程の距離から俺に向かって跳躍して組んだ拳に着地。

 

「「はあああっっっ!!!」」

 

 俺と凪の呼吸が完全に合致した。

 凪が着地した俺の拳、それを思い切り振り上げる、凪がそれに併せて更に跳躍する。

「うおっと!」

 少々勢い余って俺は尻もちを付いてしまった。

 凪はどうなった…?

 

「な……そ、そんな馬鹿な…」

「盗人が、あまり我々を舐めるな!」

 

 狼狽した男の声と凛とした凪の声。

 屋根の上には引っ手繰りの男と凪の姿があった。

 男の方は信じられない物を見る様な表情で、足を止めてしまっている。

 見事な軽業だったと思うが、それ故の自信だったんだな…あの思い出したら腹の立つ笑いは。

 だが、甘い。俺達の絆を計算に入れてなかったのがお前の敗因だ!

「凪! 頼むぞ!」

「お任せください、隊長!」

 気を纏った拳を振りかぶる凪。

 男の断末魔の悲鳴が街に響いた。

 

 

 

 

 

「やれやれ…やっと報告書が出来たよ」

「お疲れ様です、隊長」

 俺達は詰め所に戻ってきていた。勿論引っ手繰りの男を連行して、だ。

 で、日が傾いてうっすらと肌寒さを感じる時間まで報告書を書いていたと言う訳で…。

 俺は凪が出してくれたお茶を飲みながらやっと一息ついた。

 今日は何か長い一日だったなぁ…。

 あー…でも、忘れられそうにない事もあったな。

「凪と呼吸が合ったからこそ、かな。これこそ愛の為せる技か…」

「た、たた隊長…」

 確信犯的に言った訳ではないが、過剰に反応してくれる凪。

 もじもじとしてるその姿がまた破壊力抜群で…。

 あ、俺、ひょっとしたら獣になっちゃうかも。

「隊長……今日の労いと言っては何ですが…あの、そ、その…今晩隊長の部屋へ窺っても…」

「!!」

 上目遣いに恥じらいのお願いだと…!

 もう駄目だ、辛抱たまらん。

 空気なんて読めなくてもいい。今、俺のリミッターは解除された!

 俺の体は驚くほど自然に目の前の凪を押し倒していた。

 突然の行為に凪も困惑した表情になっている、が抵抗はない。

「た、隊長! こ、こんな所で…」

「大丈夫だって。今は誰も来ないから…」

 制止の声も弱弱しい。これはイケる…。

 俺は顔を近づけ、凪の唇を塞がんとする。

 

 …が

 

「へぇ…一刀は報告書も提出せずに詰め所で部下に襲いかかるのね」

「…へ?」

「随分な御身分な事で。流石は三国一の種馬って所かしら」

 一度聞いたら忘れる事は出来ない、不可視の威圧オーラが滲み出る御声…。

 恐る恐る顔を上げると、そこには我らが覇王、華琳様が素敵な笑顔で立っておられた。

「か、華琳様! こ、これは…その…」

「凪は悪くないわ。そこの種馬が全て悪いの」

 固まる俺を押し退けて慌てて立ち上がる凪。流石にこの状況では青褪めてしまっている。

 そんな凪に優しく笑顔で声を掛ける華琳、でも目は全然笑ってない。

 俺は悟った。今から俺は凄惨な私刑を受けて召されるんだ、と。

 当然、そんな達した境地に立ってる俺に気付かぬ華琳ではない。

「さて、一刀も覚悟が決まったようね。凪、悪いけれどこの部屋に人払いを頼むわ」

「は、はい…。あの、隊長……申し訳ありません…」

 本当に申し訳なさそうに頭を下げて部屋を出ていく凪に俺はイイヨ、キニシナイデと告げる。

 そして右手に絶を持った小さな死神がゆっくりと俺に近づく。

 カウントダウンが始まった…。

 俺は正座してその時を待つしかなかった。

 

 

「一刀、明日の朝日は遠いわよ」

 

「覚悟してます…出来れば気絶すれば解放してください…」

 

「私が何て答えるか分かっているのでしょう?」

 

「…はい」

 

 

 その夜、詰め所から女の怒声と男の悲鳴が響いていたと言う。

 

 中で何が行われていたのか、それを知る者も知ろうと思う者も現れる事はなかった。

 

 

 

説明
一刀と凪の一日を書いてみました。
今回は一刀の一人称で挑戦してみたのですが、割と自信ありません。
前回同様、優しい目で読んであげてください。
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タグ
恋姫無双 北郷一刀  

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