黒天編 外伝 その1 |
黒天編 外伝 その1
草薙が正式に直由の家来として働くようになってから、数日が経過したある時
直由は定期的に行われている将軍や政府の重鎮達が集まる会議に出席していた。
そこではこの国の政治や経済などのこれからの話や、近頃急速に国交と通商を求めてくる海外の国についての意見が交わされていた。
そして、それらの話が一段落した時、次の議題へと話が進む。
その議題は『将軍継嗣問題』
つまり、現将軍茂富の後継者を誰にするのかという話だ。
この議題は常に真っ向から意見が対立している。
まず一つは将軍家の血筋を重んじようとする意見であり、現将軍家の遠縁に当たる老中成明(なりあき)の息子『麻呂』を擁立しようとする通称「麻呂派」
もう一つは、血筋よりも実力のある者が指導者になるべきであるという意見であり、頭脳明晰な子来を擁立すべきという『子来派』である。
麻呂派を押すのは成明を筆頭にした古来より将軍家に仕えてきた古株の者達が中心であり、子来派は直由を中心とする現行体制では限界があると感じている比較的若い者達が中心となっている。
「子来様は勉強熱心で努力家でいらっしゃる。きっとこの国を変えるための起爆剤となってくれることでしょう」
「しかし、将軍は代々世襲制によりその栄光を保ってきたのだ。それにいまは外国の対応にも慎重にならないといけない時期でもある。国内での大きな変革は避けるべきだ。ここは順当に遠縁に当たる麻呂様を薦めるべきだ」
外国の対応というのは最近になって頻繁に港へと通商、開港要求を迫ってくる問題のことを指す。
数年前、とある外国人が軍事力を背景にこの国に開国を求めてくるという事件が起こり、対処に困った幕僚が渋々承諾したことをきっかけに、その他の外国も同じく開港を求めてきたのである。
それを次々と容認していくと、次は通商条約の締結を迫ってきたのである。
将軍継嗣の問題の前に話されていた議題が正しくこれだった。
つまり、通商条約を結ぶか結ばないかということだ。
「それらの問題に立ち向かうためにも、神童という二つ名を持ち合わせている子来様がよろしいのではないですか?」
「外国の相手は直由殿がうまくやってくれてると思いますし」
「麻呂様はこう言ってはなんですが・・・少々・・・ねぇ・・・」
「っ!!貴様!!麻呂様を愚弄するきかっ!!」
麻呂派の男が子来派へと食って掛かろうと立ち上がり、拳を振り上げようとしたその時
「やめんか」
ずっしりと重く、それながらも部屋中に響き渡る声が聞こえてきた。
「・・・・・・申し訳ありません・・・将軍様」
その威圧感に押され立ち上がった男はそそくさと元の位置へと座りなおす。
「今日は皆、頭に血がのぼっている様子・・・時間も少々掛かりすぎた。本日はこれにて終いとする・・・よいな?」
将軍茂富の言葉を聞くと皆がひれ伏し、ははぁと頭を垂れるのだった。
皆が粛々とした様子で立ち去ろうとした時
「成明、直由。話がある・・・残れ」
「「御意に」」
立ち上がろうとした二人であったが、茂富の言葉を聞いて再び座りなおす。
そして、その他の者が立ち去った後、茂富から話し始めた。
「先ほどの我の後継についての話だが・・・子来にしようと思う」
「ッ!?何故でございますか!?」
成明は座りこんだまま上半身だけをグッと茂富のほうへ突き出す。
「お主達には秘密で子来、麻呂の二人に少しばかり監査役を付けさせてもらったのだが・・・麻呂の行動には眼に余る物がある」
茂富が話す内容を二人はジッとしながら聞き入る。
その際、すっと直由は成明のほうを見ると、両手はフルフルと振るえ、下唇を噛み締めているようだった
「自らの権威を無駄に振るい、人を使うことだけを覚え、自ら動くことを全くしない・・・。勉学や武術においても、自ら率先してということもないらしいではないか」
「・・・・・・」
成明は自分の息子の行動については十分承知している。
正直、将軍に向いていないとまで思ってはいる。
しかし、自分が後ろから息子を操ればこの国を牛耳ることができる。
傀儡にすることでこの国を意のままに操れる。
これが成明の思惑だったが、将軍が言葉を発するたびにその計画が音をたてて崩れていく。
「一方、子来は勉学に励みながらも武術の鍛錬も怠らず、自ら動き、人の心をつかむこと、引き付けることに非常に長けているように思える。・・・さすがは直由・・・お主の子だ」
「恐れ入ります・・・」
直由は深々と頭を下げる。
「監察官は偏見をなくすために多くの者を派遣したが、全ての者が子来に対して高評価だ。その報告を見るにつれて、子来に我が全てを教えたくなった。国を背負う者としての覚悟やその他もろもろを・・・な」
「ありがたき幸せ・・・」
「また追って、使者を遣わす。子来に伝えておくよう」
「ははっ」
「ちょ・・・ちょっとお待ち願いたいっ!!」
いままで黙っていた成明が急に声は発する。
「何事か。成明」
「な・・・納得がいきませぬっ!!人を使う力というのは・・・まさに上に立つべきものに必要な力であるはず!!」
「確かに・・・じゃが、それに従っておる者は麻呂であるからこそ従っておるというようには思えぬ。麻呂の後ろにある金や権力・・・それらにあやかろうとして従っているのではないか?」
「くっ・・・将軍様は・・・今までのっ・・・崇高な血筋をっ・・・途絶えさせるおつもりですかっ?」
成明はさらにグッと体を前に突き出しながらそう言う。
しかし、将軍はそれに応えることはない。
「将軍様!!」
「黙らぬかっ!」 「ッ!?」
広い広間に低い声が反響すると、成明は前のめりの体をビクッと震わせる。
「これは我が決めたこと。・・・こういえば主も分かるな?」
将軍の言葉は絶対
成明と直由の頭にこの言葉がよぎる。
「も・・・もうしわけ・・・ありません」
「では、下がれ」
「はっ」
直由は最後に深々と頭を下げた後、慎ましやかにその場を後にする。
成明もそれに続いて広間から出て行くのであった。
「直由っ!!!貴様!!!!」
広間から少し離れた廊下で成明は直由の肩を力いっぱい引き寄せる。
しかし、それを知っていたかのようにフッと避わしたあと、成明のほうへと向きなおす。
「何用か?成明殿」
「貴様っ!!どんな工作をして将軍様のお心を惑わしたのだ?」
「ほほっ、面白いことを言いなさるな。まるであなたのやりそうなことを私がしたようではないか」
「ッ!?きさま・・・」
「私は何もしとらん。ただ、息子の子来が努力して勝ち取ったものだ。親としては鼻が高いよ」
「くっ・・・」
「お話は終わりですかな?では、これにて・・・この後、用がございましてな」
直由はクルリと体を返した後、すたすたと廊下を歩いていく。
その後姿をジッと成明は見つめるのであった。
成明の屋敷
「くそっ!!!このままでは私の今までの計画が水の泡だ!」
机の上においてある資料をなぎ払い、椅子を持ち上げてはそれを投げつける。
直由は怒りと悔しさのぶつけどころが分からず、ただただ荒れていた。
「失礼します」
その声と同時に黒い着物を身に纏った女が部屋へと入ってきた。
「ずいぶんと荒れていらっしゃる・・・ふふっ」
「これが荒れずにおれるかっ!!!あの老いぼれが・・・もうじき天に召されると思っておったからこそ、大人しく従っておったもののっ!!!えぇぇい!!クソっ!!」
「お静かに・・・誰かに聴かれてはお終いですよ」
「ちっ・・・」
最後に成明は手に持った資料をびりびりに破り捨てると、ぶっきらぼうに椅子へと腰掛ける。
「どうすればよいのだ・・・」
「私に良い考えがあります」
「なにっ・・・」
「少しお耳を拝借・・・」
女は成明の耳へと顔を寄せるとぼそぼそと何かをつぶやいている。
その言葉を聞いて成明はニヤッと悪辣な笑みを浮かべるのであった。
直由は会議から屋敷に帰るとすぐさま息子子来に話をしてやった。
子来は心の底からその喜びを感じ、いつもの様子とは打って変わって飛び跳ねながら喜びを表現している。
傍に控えている草薙は子来の両手を取るとグルグルと子来を回して、その喜びを共感する。
吉之助はそんな子来と草薙の様子を見てニッコリと微笑むのであった。
そしてその日の夜は直由の屋敷では宴が開かれ、喜びいっぱいの長い夜を過ごした。
そしてその日から三日が経ったある日、正式に将軍から登城するよう直由のもとに連絡が入った。
「緊張するか?子来?」
「は・・・はい。お城は初めてですので・・・」
「お前はいつもどおりにしておればよい」
「はい・・・」
直由の言葉に子来は大きく深呼吸をおこなう。
それを二回、三回繰り返すが、あまり落ち着いた感じがしない子来はどこかそわそわとしてしまっている。
「どうした、若?緊張してんのか?」
草薙は突然、子来の肩をポンと叩いて顔を覗き込む
「ええ・・・」
「いつもの若らしくねぇな。何をそんなに緊張してんだ?」
「それは・・・初めてのお城だし・・・将軍様とか、偉い人の前で話すのって緊張しませんか?」
「でも、同じただの人間だぜ?」
「ちょっ!!そんな言い方将軍様に失礼ですよ。もし誰かに聞かれてたら大変です!!」
「心配ねぇよ。誰も聞いちゃいねぇし・・・それに器のでかさなら若も引けをとらねぇとおもうぜ?」
「そんな・・・僕は・・・」
「大丈夫だって!!いいか?若以外の人間は皆、若の好きな食べ物だと思えばいい」
「??」
子来は草薙の言っている意味が分からず、首を傾げてしまう。
「そう思えば若はそいつらを喰いたいって思うだろ?なっ?どうだ?」
「・・・ぷっ、くっくっ、こんな時に何を言ってるのですか?草〜〜」
草薙のわけの分からない言葉に可笑しくなったのか子来の表情に笑みが浮かぶ
「おっ、笑ったな・・・。そんな感じで軽く行けばいいのよ」
「若はそんなに食い意地ははっておられません。あなたと違ってね」
二人が話をしていると後ろから吉之助の声が聞こえる。
「ったく・・これから大事な話し合いがあるというのにあなたは本当に・・・」
「なんだよ。若が固くなってちゃいつもの若の良さがでねぇと思ってだな・・・」
「でも、若。本当にその場の雰囲気や空気を喰ってやれば良いのです。若ならできますよ」
「・・・・・・・・・はいっ!!少し気持ちが落ち着きました。ありがとう。草、吉之助」
「応よっ!!」 「はい」
「では、そろそろ参ろうか?」
直由は部下が予め用意しておいた駕籠(かご)に乗り込んで、子来を手招きする。
「はいっ!」
子来もいつものニッコリ笑顔を浮かべながら、駕籠へと乗り込む。
「では、行きましょう」
吉之助は駕籠を担ぐ駕籠者に声をかけ左に吉之助、右に草薙が一度って大戸城へと出発する。
「あん?こんな記念日なのに雲行きが怪しいな・・・」
空を見上げると暗く重い印象を受けるほどの曇天だった。
「こんな時期ですし・・・雪でも降るのでしょうか?」
「そんなの降ってきちまう前にさっさと向かおうぜ」
直由一行は天候を怪しみながらも大戸城へと歩みを進めるのであった
怪しい雲行きの中、直由一行は無事に城へ到着し、城内に入ると将軍の使いという者が目の前に現れる。
「直由様」
「おお、そなたか」
その使いと直由は顔見知りのようだったらしく、他愛もない世間話を少しする。
「では・・・そろそろ・・・」
「そうだな。子来、一緒に来なさい」
「はい!!」
直由の呼びかけに子来は元気よく返事を返す。
屋敷での緊張した様子は全くなく、堂々と直由の後をついていく
「俺らはどうすりゃいいんだ?」
「はい、こちらにお部屋を用意しておりますのでそちらでお待ちいただければと」
「さすがに若についていくのは無理か」
「当たり前です!・・・では、案内を頼めますか?」
「承知しました」
使いの者がそう言った後、別の者が後方から現れ、軽くお辞儀をする。
「連れの皆様はこちらです」
「若っ!!気張ってけよ!!!」
「若なら大丈夫ですよ」
「うんっ!」
若の元気の良い返事を聞いた二人はその他の部下も引き連れて、使いの者の後についていく。
草薙と吉之助らは待機する部屋へと案内され、各々時間を潰していた。
用意された部屋は広い部屋で、芸術も展示されたいかにも客人用といった感じだった。
吉之助はそれら芸術品を一つ一つ吟味しながら、“すばらしい”と言葉をこぼす。
それらに全く興味のない草薙は部屋の端っこの方で、刀を振るっていた。
「展示品を壊さないでくださいよ」
「わぁーてるよ。それにしても長いな・・・退屈だぜ」
そんな話をしていると扉からコンコンとノックの音が聞こえてくる。
「失礼します」
その声と共に扉がゆっくりと開いていくと、美しい女性が姿を現す。
(うおっほぉぉ〜〜)
草薙はその女性の姿を見て感嘆の声を心の中で漏らす。
それは他の者も動揺だったらしく、その女性に見惚れてしまっている。
その女性は音を立てないように静かに扉を閉めた後、美しい笑みと共にお辞儀をする。
「お部屋は寒くありませんか?」
「いっ、いや!!大丈夫だ!!お気遣いなく・・・それよりお名前は?」
草薙はジリジリと近づきながら、そっとその女性の手をとった。
「こらっ!・・・失礼しました。ウチのバカ者が・・・どうかしましたか?」
吉之助が草薙の体をその女性から遠ざけるように袖を引っ張った。
「あっ・・・はい。外は雪が降っております。刀が雪でぬれてしまっては大変でしょうと思いまして・・・この袋を是非、鞘へと被せてください」
女性は草薙が取っていた手と逆の手から人数分の細長い袋を差し出した。
「それはまた、お気遣いをどうも。使わせていただきます」
「刀は武士の命だかんな。濡らすわけにはいかん。あんがとな!!それと・・・お名前は・・・」
「うふふっ、面白い方ですね。あっ、あと一緒に雨合羽を用意させていただきました。こちらもお使いくださいませ。では、これで失礼します。まだお時間がかかるようですので、おくつろぎください」
草薙の言葉をたくみに交わすと優雅に女性はその部屋を後にした。
「・・・綺麗な女だった。名前は聞きそびれたが・・・」
「何を一人でブツブツといっているのです?早くあなたも着けたらどうですか?」
「おっ、おぅ」
草薙は机の上に置かれた刀に被せる細長い袋を手に取る。
「かなり上等なもんだぜ、これ・・・。もらっていいのか?」
「気遣う必要はないと思いますよ。是非にと言ってくれている訳ですし」
「そ、そか・・・」
草薙は高級な品物に少し気後れをしながら、刀に袋を覆い被せるのであった。
それからまた少しの時間が経過した
子来と将軍との謁見が終了したと知らせを受けて吉之助、草薙、他の部下達も帰りの支度を行っていた。
「直由様がここまで来るんじゃないのか?」
「バカを言わないでください・・・、少し城の中を子来さまとご見学された後、桃園門の前でおちあうことになっています。早く支度してください」
「へいへい」
吉之助に促されながら草薙もいそいそと帰り支度を整える。
そして、草薙の準備が整うとそのまま部屋を後にした。
「メッチャ雪降ってんじゃねぇかよ!!」
二人は城外に出た瞬間に目の前の景色が薄っすらと白く化粧されていることに驚いた。
「ここまで積もるなんて珍しいですね。ここに長年住んでいますがこんなことは初めてです」
「通りで寒いわけだぜ・・・。雨合羽ももらってきておいて正解だったな」
草薙は肩をがくがくと震わせながら、用意してもらった雨合羽を羽織る。
それにならって他の者も次々と羽織っていく。
「おい、お前は着けねぇのか?」
「私は刀が守れればそれで大丈夫です。雪なんて滅多に拝める物じゃありませんし、愛でながら帰ろうかと」
「子供かよ」
「なんとでもいってください」
そう話している間に桃園門へと到着する。
「若と直由様はまだ来てねぇみたいだな」
「主君を待たせる家臣がどこにいるというのです?でも、もうそろそろだと思います」
「そりゃそうか・・・へっ・・・へっぶし!!!」
草薙は豪快にくしゃみをしながら身を震わせている。
吉之助はその様子を一瞥したあと、部下に向かって駕籠の準備をするよう指示を出す。
それを受けて部下達は直ちにその準備へと向かう。
その指示とほぼ同時に吉之助は城から数人の人間が出てきたことに気がついた。
目を凝らしてよくみると、そこには紛れもなく直由と若の姿もあった。
「いらっしゃられたぞ」
吉之助は草薙にそう言ったあと、ゆっくりとした足取りで二人の下へと歩いていく。
その後をつられるように草薙も歩を進める。
草薙は吉之助の手に持たれている物を何気なくみると、それは先ほど身につけなかった雨合羽であった。
「お疲れ様でございます。若様、外は寒くなっておりますのでこちらも羽織ってください」
子来も城の者が用意した雨合羽を羽織っていたが、まだ寒そうにしているのが見てとれる。
「えっ、でも、吉之助は寒くないの?」
「私は大丈夫ですので・・・さぁ」
吉之助は子来の背後に回ると、肩から優しくそれをかけてやる。
「ありがと、吉之助」
「いえいえ・・・」
若の言葉に吉之助は笑みで返す。
「てめぇ・・・抜け駆けを・・・若、オレのも着るか?」
「いや、さすがに三枚目はいいよ・・・草」
「そ、そうか・・・」
草薙は視線を落としてがっくりとしたそぶりを見せたあと、ジト目で吉之助を睨む。
吉之助は草薙のその態度に鼻で笑って返すのであった。
「待たせたな。二人とも・・・では帰ろうか」
話に区切りがついたのを見計らって、直由が駕籠へと歩みを進める。
その横に吉之助が着き、後方に子来と草薙がついていく。
「どうだったよ、若。うまくいったか?」
「う〜ん、それはわかんないけど、茂富様と楽しくお話はできたよ。勉強のこととか、剣術のこととか。お話してたらいっぱい褒めてくれたしね」
「そりゃ良かったな。将軍も若の良さをちゃんと理解してるんだな。なかなかの奴よ」
「ふふっ、そんな風に言っちゃ駄目だよ」
若は顔を草薙のほうへ屈託のない笑顔を向ける。
草薙はその笑顔を見ると、なぜか心が温かくなった。
4人で桃園門の前へ向かうと、駕籠の準備はすでに整っていた。
吉之助は駕籠に手を掛け、扉を開く。
「さぁ、お寒いので早く中へ」
「ふむ」
直由はそのまま腰をかがめ、駕籠の中へと入る。
「若も早く乗りな。熱くなってきたらいつでも言えよ?合羽を預かるからな」
「うん」
子来は駕籠に足をかけると、少しだけ後ろを向いて草薙に向かって手を振った。
草薙はそれに照れながらも手を振って返すのだった。
「それでは、帰ろうか」
吉之助の言葉に周囲の者が“応ッ”と答えると、屋敷への帰路に着くのであった。
二人が駕籠に乗り込んだのを見届けた後、吉之助は駕籠者に合図を送る。
それに応じて駕籠が担がれると四方を護衛の者が囲み城を出発する。
「ちっ、少し吹雪いてんじゃねえか・・・前が良く見えねえな」
「足元に気をつけてくださいよ」
草薙は顔を手で覆うことによって冷たい風から身を守っている。
吉之助は駕籠者の行く道を確保するようにゆっくりと歩く。
雨合羽を身に着けていない為、もう袴や着物は濡れて重くなってしまっている。
すると、吉之助よりもずっと前のほうにいた護衛の者二人が前方から人が歩いてきたのを見つけた。
視界が悪いので目を凝らしてみてみると、服装や身なりからどうやら観光者であろうと護衛の者は判断した。
「駕籠が参られる!!道を開けよ!!!」
そのうちの一人が大声でこう叫ぶと、その声を聞いて観光者二人はそそくさと道をあける。
一番先頭を歩いている護衛がそれらの横を通り過ぎようとしたその時
「キエーーーーーッ!!!!!!」
「ぐはああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「「ッ!!!!」」
その観光者が甲高い雄たけびをあげながら護衛の者を斬りつけたのだ。
「でりゃああああっ!!!!!」
「ぐわぁぁ!!」
それを合図にもう一人の者も同じように護衛の者の首を跳ね飛ばす。
「何事ですかっ!!!」
その異様な叫び声を聞いて吉之助が前方へと走りながら叫ぶ。
「しゅ・・・襲撃です!!!」
「なっ!!!人数は!?」
吉之助がそう問いただそうとした瞬間
パァーーーーーンッ パァーーーーーーーーン
何かが弾けとび、乾いた音が辺りに鳴り響く。
「ぐおっ・・・が・・・」
そしてその音が鳴り響いて次に草薙の耳に入ってきたのは駕籠の中から聞こえる直由の声だった。
吉之助ら他のものは一斉に駕籠のほうへと目をやると、駕籠に合計2つの穴が開いていた。
「直由様ッ!!!!」 「わかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
吉之助と草薙はすぐさま駕籠へと駆け寄り、駕籠の扉を乱暴に開ける。
駕籠の中は鮮血の斑で彩られており、直由は苦痛で顔を歪めながら太ももを押さえていた。
「あ・・・ああっ・・・」
直由の目の前では何が起こったのかわからないといった風に子来がボーッと直由を見つめている。
「直由様っ!!」
「心配するな・・・一発は・・・外れたが・・・もう一つ・・・足に当たっただけじゃ・・・それ・・・より・・・子来を・・・」
「だがっ!!!」
吉之助が直由の両肩を抱えるようにしてケガの状態を確認していると・・・
「隊長っ!!!囲まれています!!!」
「なっ!!」
吉之助と草薙はその報告を受けてバッと辺りを見回す。
吹雪のため詳細に把握はできないが、あちらこちらで怒声が上がっている。
そして、ドサッ、ドサッと人が地面に伏す音も聞こえてくる。
こちら側の隊列は乱れに乱れきっていた。
「いきなりのこととは言え、我が精鋭が何故ここまで容易く・・・」
吉之助は腰に携えている刀の柄に手を掛けようとした。
すると刀の柄に袋が被せられていることに気付く。
「これのせいかっ!!!!」
直由の持つ私兵たちは大戸の中でもトップクラスの実力を誇る精鋭達の集まりで、例えそこらの賊がまとめてかかっていっても傷ひとつ付けられない強兵ばかりである。
もちろん最初の悲鳴が聞こえた瞬間、護衛の者達は咄嗟に刀の柄に手を掛けようとした。
しかし、刀が袋に納まってしまっていたため、すぐに抜刀できなかったのだ。
その隙を襲撃者に突かれてしまったのである。
多くの者が刀を抜くことさえ許されずに、切り伏せられてしまっていた。
吉之助はすぐさま刀の袋をはがそうとヒモに手を掛け、解こうとする。
「くそっ!!取れろっ!!!」
吹雪のせいで手が悴んでしまっていること、直由が傷つけられて焦っていることも要因しているのかうまくヒモを解くことができない。
「おいっ!!これ、取れねぇぞ!!!どうなってんだ!!!!」
「そんなにきつく縛ってないのに・・・なんでっ・・・なんでだ!!!!!」
しかし、どうやらそれだけが要因ではないようだ。
そんなに固く縛っていないはずなのに、ヒモが取れる気配が全くない。
「くそっ!!!取れやがれ!!!!」
草薙がイライラしながらヒモと格闘していると、数人が駕籠を囲んでいるのに気がついた。
その者達は自分の顔を黒布で覆っており、眼だけを出している状態だった。
「直由!!ここで消えてもらうぞ!!!」
賊の一人が抜き身の刀を握りながら、駕籠に向かって飛び掛る。
それを合図に次々と駕籠へと賊が飛び掛っていく。
「ちっ!!!若ッ!!!絶対駕籠から顔出すんじゃねえぞ!!!!」
草薙は咄嗟に袋の被ったままの状態で刀を構え、飛び掛ってくる刃を次々と弾いていく。
吉之助も見習って仕方なく袋のまま賊との応戦に入った。
草薙から見て敵の数はザッと20人といったところ
それ以外にも人の気配がすることから、おそらく後ろにも賊がいるのだろうと判断する。
草薙は先ほど白刃を受け止めたことで、袋が破れたのではと思い、袋の様子を確認していく。
「ちっ、ちっとも破れてねぇじゃねぇか・・・どんだけ頑丈な袋だよこれっ!」
吉之助は自分達の仲間が何人生き残っているのか確認するため辺りを見回している。
自分と草薙を含め、多くいた仲間達はわずか6人となってしまっていた。
「駕籠を囲んで応戦なさい!!なんとしてでもお二人を守り抜く!!」
生き残った味方は吉之助の言葉にすかさず反応し、駕籠を囲むように隊列を組む。
「おいっ!オレに行かせろ!!活路を開いてやる!!その隙に二人を!!」
「大丈夫ですか?」
「俺を誰だと思ってる?大戸剣術大会15連覇の覇者を負かした男だぞ?」
そういいながら、草薙は襲い掛かる賊二人を殴り飛ばし、後方にいる敵を袋が被った刀で殴りつけた。
その後、吉之助にニッとした笑みをむける。
「・・・ふふっ、そうですね。なら、頼みますっ!!」
「おうよっ!!」
草薙は殴り飛ばした2人の賊の刀を瞬時に奪い取り、敵の中へと飛び込んでいく。
「ほらよっ!!」
少しだけ後方へと振り返りそのうちの一本を吉之助へと放り投げた。
そして、目に付いた奴から有無も言わさずに切り捨てていく。
草薙がたった3歩進んだだけで賊の首が4つもとんだ。
「道の確保は草薙に任せます!!私達は命を呈して駕籠を守り抜く!!」
吉之助は刀を受け取り、剣先を敵方へと向ける。
「直由様、若様、もう少しのご辛抱を・・・ふぅ・・・」
吉之助は駕籠に向かった小さく言葉を紡ぎ、小さく息を吐いた。
「さぁ!!今より私は修羅と化します!!死にたい人からかかってきなさい!!!」
いつもの吉之助からは感じ取ることができないほどの殺気が体からあふれ出る。
駕籠を取り囲んでいる敵はそれを感じ取ると、少しだけ動くのを渋ったように感じたが、それは一瞬の事で次々と駕籠へと襲い掛かってきたのだった。
「ぐはぁぁ!!」 「ぎゃあああ!!」
黒布に身を包んだ男の首が二つ飛ぶ。
「ひっ・・・あああっ!!(ザシュッ)」
一呼吸おく前にまた新しい首が一つ地面に転がっていく。
そして草薙はまた新しい首を落とすために、敵へ向かって突撃をかける。
「はあぁぁっ!!」
眼に入った敵を容赦なく切り落としていく。
できるだけ醜く・・・
恐怖を与えるように・・・
「若には向かう奴には醜い死に様がふさわしいよなぁ・・・ああん!?」
草薙は刀に付いた血を勢いよく払い飛ばしながら、脅しかけるようにそういった。
「相手は一人だ!!一斉にかかれっ!!」
敵の一人がその恐怖を振り払うかのように大きな声を上げると、草薙に向かって斬りかかる。
そしてその声に続いて飛び掛ろうとした瞬間
一番に飛び込んでいった者の頭部と体が別けられていた。
「遅ぇんだよ・・・待ってらんねぇ・・・なっ!!」
そして流れる動作で飛び掛り遅れた奴の懐に入り込むと、首元に一気に刀を突き刺した。
「ぐっ・・・がはっ・・・」
そして、周りにいる奴に見せ付けるかのようにゆっくりと、苦しみが長く続くように、じんわりと刀を抜いていく。
全て抜ききったあと刺された男の体は倒れ、雪に埋もれてしまう。
「ほら、どうした?一斉にかかって来いよ」
草薙は今までの刀の構えを解き、両手を頭の上に挙げながら相手を挑発する。
「そっちの方がお前らも有利だろうし、オレも手間が省けていいんだよなぁ」
「ちっ、なめやがって・・・でりゃぁぁぁぁ!!!」
日折がその挑発に乗って一気に草薙と間合いを詰めると、他の者も後に続き草薙へと襲い掛かるのだった。
それから数分が経った後
「お前で終わりな」
「ぐはぁぁぁぁぁあぁあっっ!!!」
最後の一人の心臓目掛けて刀を突き刺したあと、突き刺したまま刀を切り上げた。
肩口から勢い良く血しぶきを上げながらその男は絶命する。
辺りを見回すとあちこちで黒布の男達が倒れており、積もった雪はその鮮血で真っ赤に染められていた。
また、血の温もりのせいで雪が一部分解けてしまっている部分もある。
しかし、その部分もやがて天から降り注ぐ雪によってその姿を隠す。
「よし、これで道の確保はできたろ。(しかし、思ったよりも敵の数が少ねぇな・・・どういうことだ?)」
草薙は相変わらず吹き止まない吹雪のせいで、視界を遮られながらも辺りを見回す。
浪人時代から多対一の戦闘には慣れているため、眼だけでなく人の気配からも何人いるか分かる草薙であるが、先ほどよりも感じた気配が少なくなっているような気がした。
「・・・・・・・・・ッ!?まさか!!!」
草薙はすぐさま体を反転させ、若や直由の駕籠がある方へと駆け出し始めた。
(若・・・若っ!!)
何か嫌な予感がしたのだ。
吉之助がいるんだ。だから大丈夫だ。
アイツはオレには及ばねぇけども腕は立つ。
だから大丈夫
心配すんな。
そう何度も自分に言い聞かせる。
しかし、それでもその嫌な予感というものは消えてはくれなかった。
END
あとがき
どうもです。
外伝、いかがだったでしょうか?
この外伝はあともう少し続くつもりです。
本編のほうも第一部、二部ともにできる限りの速度で制作しています。
ところで、今回のこの外伝(外史)なのですが、歴史が好きな方ならどの事件をモデルにしたのかわかるのではないかと思います。
もちろん、細かなところは全く違いますが・・・
その辺りもお楽しみいただければと思います。
では、この辺で失礼いたします。
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どうもです。引き続き外伝になります。 恋姫無双 黒天編も鋭意制作中です。 |
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