黒天編 外伝 その2 |
黒天編 外伝 その2
草薙は自分が駆けてきた道を全速力で引き返す。
道のあちこちには自分が斬ってきた賊がゴロゴロと転がっている。
子来たちがいる駕籠からそんなに離れていないはずなのに、その距離はなぜか長く感じる。
そのため、頭の中は余計な考えが次々と浮かんでくる。
なぜ直由様と若が狙われているのか
いったい何故今日なのか
いったい誰が計画したのか
前々から決まっていたことなのか・・・
(オレの頭じゃ考えてもしゃーねぇってことは分かってんだがな・・・くそがッ!)
草薙は頭の小ざかしい考えを払拭するためにもさらに速度を加速させた。
そして駕籠のある元の場所へ戻った草薙の目の前にはまさに地獄絵図が広がっていた。
あたり一面踏み場がないほどに死体で埋め尽くされており、早くも独特の臭気が漂っていた。
その死体の大部分は黒布を身に付けてはいたが、ちらほらと見知った顔を見つけてしまう。
草薙はその様子にしばし眼を奪われていたが、少し先の方から血が迸る音が聞こえてきた。
そして視界が悪い中、目を凝らしてみると直由たちが乗っている駕籠と吉之助の姿を見つけることができた。
そして、それを大人数で取り囲むようにして徐々にその距離を縮めていた。
「きさまらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
草薙がその吹雪も吹き飛ばす勢いの咆哮を上げる。
その声に意表を付かれたのか囲んでいる者の数人が草薙へと眼を向ける。
その視線を受けながら、草薙はその円陣に向かって突撃を仕掛ける。
「まだ他に生きているものがいたか。迎え撃て!!」
指揮官らしい男の号令によって円陣を組んでいたうちの三人が綺麗に横一列の隊列を組んで草薙に向かって飛び掛る。
「邪魔だぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああああ!!!」
草薙は走りながら刀を構え右から左へとよこ薙ぎの一閃を放つ。
草薙の方向を基準に右側にいた賊はその一閃を受け止めるために刀を合わせようとした。
すると、賊の刀は草薙の一閃に耐え切れず、バキンッという軽快な音と共に折れてしまった。
しかし、草薙の一閃の威力は衰えることなく、そのまま横一列に並んでいた敵三人の胴を上下に分断した。
そして、草薙はまるで何もなかったかのように後ろも振り返らず円陣へと突撃していく。
草薙の通った後にドサッと六つの物体が地面に落ちる音がした。
その後、草薙は円陣を組んでいた賊二人を容易く切り伏せた後、吉之助の横へと位置取り賊のほうへ剣先を向ける。
「若っ!!直由様!!無事かっ!?」
「ひっぐ・・・うん・・・でも・・・うっぐっ・・・えっぐっ、父様が・・・皆が、吉之助が・・・」
駕籠の中から泣きじゃくりながらも草薙の声に応える子来の言葉が聞こえてきた。
草薙はひとまずそのことに安堵する。
「心配すんな。すぐここから出してやるから・・・それまでジッとしてな」
「ひっぐ・・・うん・・・」
「大丈夫か?他の奴はどうした?」
そう一言、吉之助に声を掛けながら一瞥する。
吉之助の体にはいたるところに傷が付いており、左手はブランと垂れ下げていた。
明らかに立っているのもやっとという感じである。
「皆、殺られました。直由様の出血も止まらないようです・・・。早く医者へ行きたいのですが・・・私一人はどうにもできず・・・すまない」
「その左腕はどうした?」
「情けない限りなのですが・・・動きそうにありません」
草薙が活路を開くために飛び出していった直後、駕籠の警護についていた他の味方は早々に切り伏せられていた。
それ以後は吉之助一人で直由と子来を守っていたのだ。
駕籠を動かすこともできず、二人を誘導しながら守るということはリスクが高すぎる。
それに直由の足は銃弾によって動かせる状態ではなかったのだ。
なので、吉之助は四方八方から飛び掛ってくる賊を駕籠には近寄らせまいと孤立奮闘していたのだ。
はじめの方は一つ一つの攻撃を丁寧に捌ききっていたのだが、多勢に無勢というのもあって徐々に押されていき、刀が間に合わない時は自らの体や腕で敵の攻撃を防いでいた。
その結果が現在の吉之助の姿である。
吉之助はどれだけの敵を切り伏せたのだろうか
辺りは二重三重に敵が重なり合うように倒れており、雪で覆われた地面など見えもしなかった。
「そうか・・・あんがとな」
「突然なんですか・・・気持ちの悪い・・・」
「若を守ってくれてよ」
「そんなの当然のことではないですか・・・礼を言うことではありません」
「そうだな。もうお前は休んでろ・・・オレがこいつらを殺す!!」
その言葉を発すると同時に草薙の殺気が辺りを支配する。
「いえ・・・休んでなどいられません。私も・・・」
その殺気に臆することなく、吉之助は足を引きづりながらも一歩前へと進み出る。
「お前、そんな体で役に立つとでも・・・」
草薙が言葉を紡いでいるちょうどその時、吉之助に向かって賊が飛び掛ってくる。
その賊を吉之助は右手に持たれた刀で正確に首元を突きあげる。
そして、賊が刺さった刀を片手でブンッと振るって敵円陣の方へと投げ飛ばした。
「何か・・・言いましたか・・・」
「へっ、余計な心配だったか」
「ふふっ・・・」
吉之助のくぐもった笑い声を合図に敵は次々と二人へと襲い掛かっていった。
「戦いながら聞いてください」
吉之助は駕籠にぴったりとついて、駕籠を攻撃しようとしてきた賊を問答無用に切りつける。
「なん・・・だよっ!!」
草薙は少し駕籠から離れ、敵と認識すれば問答無用に刀を振るう。
「この襲撃・・・おかしすぎます」
「襲撃者に正常な思考を持つ奴なんていねぇだろ」
「ちがいます!数が・・・多すぎはしませんか?」
「数?」
「はい、私だけでももう既に20は斬っていると思います。それなのに、まだこんなにも数がいる」
「確かに・・・オレもそんぐらいは斬ったかな」
そういわれて草薙はザッと目の前の敵の数を数えながら、気配の数も数える。
見えないところにいる者も合わせてあと30以上はいることを確信する
「それに私が雇われた襲撃者なら、こんなに時間をかけて目標を殺すなんてことはしません。一撃を防がれた時点で撤退します。長い時間いれば身元が割れる証拠を残すかもしれません。それに、敵には狙撃手もいることが予想されます。遠距離から狙うことも可能だったはず・・・」
「そんなの考えてたってわかんねぇだろが!!今はこの状況を何とかするのに頭を使え!!」
「それにまだあるんですっ!!大老であらせられる直由様が襲われているのになぜ城からの援軍が来ないのですかっ!!」
今までの冷静な口調から一転、急に大きな声をあげる。
「気付いてねぇだけだろっ!?こっちから要請してねぇんだかんな」
「ここから城の距離を考えてください!!まだ桃園門を出て少ししか移動してないのに!!それにもうどれほどの時間をこの場所で過ごしてると思っているのですか!!剣戟の音に銃声音!!鬨の声と全ての音がこの吹雪で掻き消されているというつもりですか!!吹雪の日は見回りすらしないのですかっ!!将軍のお膝元直下のこの場所がっ!!」
いつもの冷静沈着な吉之助とは思えないような言葉が次々と出てきていた。
早く何とかしなければという焦りと思うとおりに体が動かせない苛立ちから来るものがどんどんと吉之助を追い詰めていた。
「落ち着けっ!!お前が頭に血ぃのぼっちまったら誰がこの状況を打開すんだ!!ボケがっ!!」
「っ・・・」
草薙の言葉にはっとした表情を見せた後、吉之助は後ろの駕籠の子来のほうを一瞥する。
そこには寒さからなのか、恐怖からなのか、体をがくがくと震わせながらも傷ついた直由に先ほど吉之助からもらった合羽を掛け、寒くないように腕をこする子来の姿があった。
「すみません。私としたことが・・・あなたの言うとおり今はこの状況を打開するのが先決・・・あなたに気付かされるとは・・・情けない」
「そう思っている暇があんなら、さっさとそのうっとおしい頭で何かいい案考えやがれっ」
草薙のその言葉の後、吉之助はしばらく口を開かず、近寄ってくる敵だけを確実に斬り落としていた。
「もう直由様も・・・子来様も・・・限界か・・・・・・・・・これしか・・・ないのか・・・」
「なんだっ!!いい案があんのかっ!ならさっさと言いやがれっ!!」
さきほどから何人もの賊が襲いかかってくるがまるで数が減る気がしない。
敵の組む円陣が崩れる気配もない。
「・・・・・・草薙・・・あなたの武を・・・信じてもいいですか?親友として・・・」
「いきなり気持ち悪いことぬかすなっ!!さっさと言え!!」
「私が・・・“今”を守ってみせます。だから・・・あなたは・・・“未来”を守ってください」
「はっ?意味わかんねぇよ!!そんな遠回りな言い方なんかすんな!!俺の頭の悪さ分かってんだろがっ!!」
「若様っ!!動けますか!!」
吉之助は草薙の言葉を無視して駕籠にいる子来に声をかける。
「ひっぐ・・・えっ?うん・・・」
「そうですか・・・草薙っ!!こちらに来てください!!」
その言葉に応じて草薙は目の前にいる敵を殺した後、全速力で駕籠の元へと戻る。
「いまから・・・若だけを連れて大戸城へ逃げてください」
「えっ・・・」 「おい・・・何言ってやがる」
子来は小さく声を漏らし、草薙も食って掛かるように吉之助に言葉をかける。
「ここからなら屋敷よりも、大戸城のほうが近い・・・あなたが開いてくれた活路も既に防がれているでしょう。大戸城で若を・・・」
「そんなこときいてんじゃねえ!!どういうつもりだ!!」
「この国はいま“変革”が起きようとしています。若は・・・きっとその先頭に立てるお方です。その方を・・・“未来”を守ってください」
「それじゃ・・・父様に・・・吉之助はどうするの・・・」
「私はこのまま直由様とここに残ります」
「・・・・・・オレに、直由様を見捨てて逃げろってんのか」
その会話の中でも問答無用に敵の攻撃は続いている。
しかし、それを受け流しながら二人の会話は進んでいく。
「あなたの本来の任務は子来様の警護であり、私の正式任務は直由様の警護と身の安全の確保です!!その役割を・・・しっかりと果たしてください!!」
「だがっ!!」
「くさ・・・なぎ・・・よ」
すると、駕籠の中からうめき声のように低い声で、かすれながら名を呼ぶ声が聞こえた。
「い・・・け・・・、わしは・・・うご・・・けん。しらい・・・だけでも・・・」
顔の色は血を失いすぎたため、青白くなっておりがたがたと震えながら直由は草薙の顔を見上げる。
「それは・・・我が主としての命令か・・・」
もう声も出すのも辛そうに顔をしかめながら、直由は首を縦に一回ふる。
「しらいよ・・・つよく・・・生きなさい・・・おまえなら・・・でき・・・」
「でも!!父様っ!!」
「おまえは・・・わしの・・・宝だ。それに・・・きちのすけも・・・おる。あとから・・・な?」
苦しそうな表情から次は慈愛に満ちた表情を浮かべ、子来の頭をなでる。
「絶対ですよ?絶対だからね!!」
子来は撫でられている直由の手を両手でしっかりと握った後、力強くそういった。
先ほどまですすり泣いていた子来の姿はもうここにはない。
「草薙っ!!お願いしますっ!!私が円陣を崩すその隙に!!」
「若っ!行くぜっ!!直由様っ!!後で必ず!!」
子来は駕籠から飛び出して、草薙の後方へと着く。
「絶対、オレから離れるなっ!!」 「はいっ!!」
「行きますよっ!!」
吉之助は一気に敵の円陣へと飛び込んでいき、目の前にいた敵を流れる動作で次々戦闘不能にしていく。
とても体中が傷だらけで片手が動かせない剣士とは思えない動きだった。
そして、その後から草薙と子来が駆けてきて、草薙がさらにその円陣に大穴を明けるように地面に刀を叩きつけ、雪を舞わせる。
その雪が敵の目くらましとなっているうちに草薙と子来はその円陣から脱出した。
「追えっ!!逃がすな!!」
敵の一人が刀で逃げていく二人を指し示し、追うように指示をする。
「追わせませんっ!!」
吉之助は追おうとした敵の足首を斬りつける。
そして、さらに胴を斬りつけた後、天狗のような身のこなしで大きく飛び上がり、駕籠の近くへと着地する。
「私に背を向けた瞬間に命はないと思え!!」
吉之助が放つ殺気がさきほどとは比べ物にならないくらい増大する。
「ちっ・・・先にこちらを片付ける!!一斉にかかれ!!」
応っ!!という掛け声と共に再び駕籠と吉之助に向かって数多くの敵が飛び込んでくる。
「直由様・・・申し訳ありません。このようなことになってしまい・・・」
「いや・・・わしは・・・ほんとうによい・・・部下をもった・・・。わしには・・・みにあまるほどの・・・」
「もったいないお言葉・・・私の命に代えましても・・・必ずやっ!!直由様と子来様を再びお会いさせてみせまする!!」
そして、命を賭した死合が再開された・・・
「もっと速く走れっ!!」
「うんっ!!」
草薙の全速力に子来も辛うじてそれについてくる。
雪によりぬかるんだ地面をしっかりとした足取りで蹴り、滑ることなく翔けて行く。
(若の足も速くなったな。前はオレについて来れなかったのに・・・)
草薙は場違いと感じながらも子来の成長を見て少しだけ笑みがこぼれる。
そういっている間に、つい先ほど出発したばかりの桃園門を潜り抜け、大戸城の城門へとたどり着く。
そして城内への扉は都合よく開門されていた。
「よしっ!ちょうどいい!!入るぞ」
草薙と子来は自分の体に積もった雪を振り落とすことなくそのまま城内へと駆け込んだ。
「おいっ!!誰かいねぇか!!!」
草薙は辺りの空気を震わすほどの大声をあげながら、城内を駆け巡る。
そのあまりの大きさに城内で草薙の声が“こだま”のように何度も反響する。
「おいっ!!!!!誰か!!!!!!聞いてんだろっ!!!!」
初めの声の反響が収まる前に、また先ほどと同じように咆哮をあげる。
「誰だ・・・こんな馬鹿でかい声をあげるバカは・・・」
すると、城内二階の大広間の襖がゆっくりと開くのに気付く。
そしてそこからは直由と同じ年ぐらいの初老の男が顔を出す。
来ている服装や雰囲気を見て、かなりの位の高さが伺い知れた。
「成明様!!」
「子来ではないか・・・」
草薙の後ろをついて走っていた子来が急にかしこまりながらその男に対して礼をする。
「成明?あの吉之助が言ってた老中か?」
「はい!老中筆頭の成明様です」
「何かあったのか?とりあえず中に入れ」
成明は手に持っていたキセルをぷかぷかとふかしながら、大広間へと二人を迎える。
「単刀直入に言う!!直由様が今、賊に襲われている!!この城から数人兵を出しちゃくれねぇかっ!」
「お願いしますっ!!成明様!!父様を助けてください!!!!」
「ほぉ・・・賊に・・・ねぇ・・・」
成明はまたキセルを口につけながら、なにやら気持ち悪い笑みを浮かべている。
「出せんな」
「なっ!!」
二人は予想もしない返答にただただ唖然とするしかなかった。
そんな二人を見ながらも成明はまだ不敵な笑みを続けている。
「何故だっ!!」
「何故・・・とな?それはおぬし達が一番よく知っておろう?」
そして成明は口にくわえていたキセルを頭上高くに掲げた。
すると、大広間の全ての襖がガラッと音を立てながら開いていく。
その向こうからは刀を構えた者達が姿を現した。
そしてぞろぞろと入ってきて、瞬時に草薙と子来を取り囲んだ。
「そやつらが将軍殺しの犯人だ。殺せ」
END
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どうもです。 外伝の二つ目になります。 長編外伝はあと二つで終了します。 |
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