狩猟者
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 息を潜める。周囲の空気に自身を同化させ、神経を張り巡らす。まるで自分が電波塔のようになったかの如く、視覚や嗅覚では拾えない情報を体全体で掬い上げる。情報を最大限に利用すること、それが勝利の絶対条件。自身についての情報、相手についての情報、そして環境についての情報。じっと息を潜めて待つのは、けして受動的な行動ではない。貪欲なまでに情報を集めるその姿は、むしろ能動的である。そこまでして何をしたいのか……決まっている、私の視線の彼方にいる、奴を仕留める為だ。

 壁に身体を寄せ、顔だけ覗かせて奴の様子を確認する。いまだ私には気づいていないようで、のうのうと奴は道を闊歩していた。その油断が命取りとなることを、奴はまだ知らない。私は思わずほくそえんでしまう。とはいえここでの気の緩みは私自身にとっても命取りだ、この時点で気づかれて奴に逃げられたことを思い出すと、そんな笑みもすぐに消え去る。

 チャンスは刻一刻と迫ってくる。次に奴が私の方から首を背けた瞬間がそれだ。奴の行動を半ば未来予知の様に察知した私は、全身に力を溜める。硬く、鋼のように強張る筋肉。それとは対称的に氷のように研ぎ澄まされる感覚。静と動の融合。理性と本能の合致。

 私は壁から躍り出た。限界まで力を溜め込んだ足は地面を暴力的なまでに蹴り上げ、私の体を急加速させる。体に絡みつく風の壁を破り、私は弾丸の如く奴に迫る。もちろん奴も馬鹿ではない、私の殺気に反応して踵を返す。だが奴の退路を防ぐかのように私は孤を描きながら奴に飛びかかった。

 右腕を振り上げ、奴の首筋めがけて打ち込む。最高速度では私の方に分があるが、初速はやはり奴のほうが速い。私の拳は奴の首を狙ったつもりだが、刹那の差で奴が動いた。そのまま勢いがついた拳は代わりに奴の脇腹付近に深々と刺さる。衝撃で転がる奴に私は追撃の手を緩めない。奴も最後の力を振り絞ってこの場からの脱走を試みるが、やはりダメージが効いているのだろう、明らかにそのスピードは落ちていた。

 私は勝利を確信した。死の匂いを漂わせながら、私はゆっくりと奴に近づき、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 「ニャー」

 

 「あ、タマったらまたネズミ捕ってきてる! お母さん、お母さーん!」

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