けいおん!大切なモノを見つける方法 第11話 澪先輩の壁を作ってしまう方法
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 第11話 澪先輩の壁を作ってしまう方法

 

 

 

 

 

「このリア充め、爆発しろ」

 

 代わり映えの無いいつもの昼休み、気怠い午前の授業から解放された生徒たちがこれまた気怠い午後の授業を耐えきるために昼食というエネルギーを補充しようと学校は一気に騒がしくなる。学校の食堂に走る者、購買で調達する者、持参の弁当を開く者、様々だ。

 多分に漏れず、俺も昼食をとっていた。普段は憂、純、梓といったいつものメンツで教室にて自炊した弁当をつつくのが日課だが、本日は学食で昼メシを食っていた。昨日の夕飯の残り具合や冷蔵庫の食材や朝の時間の余裕との兼ね合いで、たまに学食や購買で昼食を済ますコトがある。まさに今日はその日で、学食組の友達に混ぜてもらいながら比較的空いているテラスでメシを貪り食っているワケだが、いきなり仲の良い友人であるポッチャリくんからそんなコトを言われた。

 

「……ポッチャリくんよぉ、白いカッター着てカレーうどん食うっつう大冒険してるときに、アホなコト言うなや」

 

 どうでもいいが、俺は地味に人気が無いカレーうどんを神経削って食している。日常でネクタイを締めている人ならわかるだろうが、ネクタイは食事中に非常に邪魔な存在である。胸ポケットに捩じり込んでも邪魔なモンは邪魔だ。

 

「うるせぇフユ、もう僕は我慢ならんゾ……っ」

 

 この目の前で今にも卓袱台ひっくり返しそうなテンションの男はポッチャリくんというアダ名の高校で初めて出来た愛すべき友達である。何故だか怒りに震えながら、ラーメンと日替わり定食を貪っている。

 

「あ?我慢ってナニがよ?」

 

「高校入学して数ヶ月……、テメーは次から次へと女の子誑かしやがって、この女ったらしがっ」

 

 また始まった、と俺はうんざりしながらそう思った。コイツは何かにつけて俺を女たらしにしてくるのだ。確かに女友達は多い方だと思うが、別に女たらしではないコトを断言しておく。ちなみに俺が梓の金魚のフンよろしく軽音部に入部したと言ったとき、普通に殴られたコトはまだ記憶に新しい。羨ましいぞコノヤロウ!と泣きながら迫ってくるポッチャリくんは普通に怖かった。

 いつもならハイハイソーデスカと流せる話題なのだが、今日はポッチャリくんを助長するようなコトを言う輩がいるのだ。

 

「いんや、コイツの言うコトもわかるよ!フユっていっつも平沢さんたちといっしょにいるもんね」

 

 B定食をつつきながらしみじみと言う男は、クラスメイトのナカミっちゃんだった。

 中道という名の男子生徒はポッチャリくんや俺とは違い、かなりのイケメンである。それも、残念なタイプのイケメンである。なぜなら……

 

「で、フユどうなんだい?実際のトコ、中野さんあたり食ってんじゃないの?あんな可愛い子とズコバコヤるなんて本当にフユは手が早いなー」

 

 ……ナカミっちゃんはいつか会話しているだけマジでわいせつ罪で捕まる、と俺は思う。

 そう、すげぇ下品なのである。中高生男子と下ネタは結構関連性が高いと思っているので俺自身は聞いていてそんなに気にならないのだが、TPOは弁えてほしいと切に思う。そう思う反面、女性相手でもデリカシーの欠片もないセクシャルハラスな下ネタをぶっ放すナカミっちゃんを、俺とポッチャリくんは密かに尊敬していたりする。

 

「ナカミっちゃん、もう100回以上聞かれてる気ぃするけど、俺ダレとも付き合ってねぇよ。だから、梓に今の聞かれたら殺されるからやめてください」

 

「そうだね、彼女ロリ体型だからラブホテルとか入りづらいよね。わかるわかる」

 

「いや、ひとっつもわかってねえ!」

 

「じゃあ、平沢さんか。実際フユがイチバン仲良くて一緒にいるのって平沢さんだもんね。ああいう大人しい清純そうな女の子もいいよね。なんか……縛りたくなるよね」

 

「全力でならねぇよっ!そろそろ俺も付いていけなくなってっからレベル下げてくれ、ナカミっちゃん!」

 

「この程度の話、小学生レベルだよ?」

 

「お前の小学生時代はどんなカオスな小学生だったんだよ……。つーかさ、別に触れてほしいワケじゃねんだけど、純は?俺、かなりアイツのコト好きなんだけど」

 

「鈴木さんは友達って感じでしょうよ、……いや待てよ、彼女みたいなボーイッシュな娘に男装をさせてだな」

 

「いや、ごめん、もう許して、ヤメテ」

 

 ポッチャリくんも変態だが、ナカミっちゃんはガチの変態である。俺の男友達は変態が多いようだ。一瞬、類は友を呼ぶというコトバが頭をよぎったが深く考えないようにする。

 

「ナカミチよ……確かにウチのクラスの中野たちは可愛い、認めよう。だがしかし!僕が本当にキレてるのはそれじゃねえんだヨ!」

 

 もうひとりの変態であるポッチャリくんは肩をいからせながらそう切り出した。

 

「フユ、……テメェあの桜ヶ丘高校のアイドル、秋山澪先輩と親密になってんじゃねえよぉ!」

 

 ……そう来たか。

 

「あの秋山先輩?軽音部の?……フユ、まさか放課後の部室で秋山先輩のあの豊かな胸を―――」

 

「ナカミっちゃん、ちょっと黙ってて。……えーと、でポッチャリくん、なんでいきなりそんなコトを?」

 

「すっトボケんじゃねえゾ、フユっ。テメェこないだ秋山先輩とイチャイチャしてただろうがっ!」

 

「イチャイチャだぁ?ンなコトしたくてもできねーよ」

 

「忘れたとはいわさんゾ、一昨日のコトだ」

 

 一昨日……?記憶の網を手繰る作業開始だ。

 

「あ、ひょっとしてあのときのコト言ってんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレは一昨日、理科室へ移動しようと2年生の校舎の前を通ったときのコトだった。

 

「あ、澪先輩。おいっす」

 

 偶然、部活の先輩である秋山澪先輩に出くわしたのである。

 彼女はよく目立つ。ルックスに秀でいているせいか、性別問わず多くの生徒から視線を集めている。そんな彼女に気兼ねなく話しかけられるので少し鼻が高くなったが、澪先輩は俺をとがめるような視線を寄越してきた。近づいてきて、こちらに向かって指を指す。正確には、暑苦しさを少しでも軽減しようと緩めている俺のネクタイを指しているようだ。

 

「フユ、ネクタイちゃんと締めろよ。だらしがないぞ?」

 

「えー、律先輩とかいっつもリボン適当じゃんか」

 

「律みたいになるなって言ってんの!……ホラ、こっち来て」

 

 澪先輩はまったく仕方ないな、といった風にだらしなく緩んだ俺のネクタイを結び直してくれる。1年生は赤のネクタイの着用を原則とされているが、学校についてから息苦しいと外す生徒もけっこういたりする。校則とかイイ意味で緩い学校なのだ。

 澪先輩は気付いていないが、俺と一緒に移動していたポッチャリくんたちや周りの上級生からすげぇ注目されていて、なんか気恥ずかしい。それを誤魔化すために、俺はいつものように軽口を叩く。

 

「なんかアレだね」

 

「うん?どうかした?」

 

「今の澪先輩って、俺のお祖母ちゃんみたい―――ぐえぇ……っ!」

 

 丁寧な手つきでネクタイを締めてくれていた澪先輩の両手によって、カツアゲよろしく限界までネクタイで首を絞められて、カエルみたいな呻き声をあげてしまう。

 氷のような笑顔で澪先輩は締め上げてくる。

 

「よく聞こえなかったけどなんか言ったか、フユ?」

 

「い、いえ……、なんかお姉ちゃんみたいだね、って言おうとしました。こ、これホントです」

 

「そうかお姉ちゃんか……。まったく、しょうがない弟だなぁ」

 

 そう言って彼女は何故か嬉しそうにニコニコ笑いながら締めすぎたネクタイを緩める。

 なーんて、澪先輩と仲良くこんな小芝居打てる日が来るなんて入部当初は夢にも思わなかっただろう。最初は目も合わせてくれなかった人が、今や立派な頼れる先輩である。

 

「あと今日のフユ、微妙に髪が寝癖みたくなってるぞ」

 

「放っといてくださいよ、こりゃただのくせ毛です」

 

「どっちだっていいでしょ、ホラじっとしときなさい」

 

 そう言って、澪先輩は手櫛ですくように俺のハネたくせっ毛を直してくれる。

 ……うーん、周りの視線が痛ぇなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら、新婚かっつうの!羨ましすぎんゾ、コラァ!」

 

 声を荒げるポッチャリくん。

 そうか、あの後ポッチャリくんが凄い形相で俺のコト睨んできたのはそういう意味があったのか。

 

「……別に、イチャイチャとは言わねぇだろ。ただ、単純に部の後輩としてよく構ってもらってるダケだよ」

 

「確かに恋愛感情とは関係なく、フユみたいなだらしのない駄目な男の世話を焼きたがる年上の女の人ってけっこういるよね」

 

「ナカミっちゃん、本人のいないトコで言ってくれ……」

 

 ナカミっちゃんの言う通り、澪先輩は面倒見がいいから俺のコトが心配なだけだろう。

 

「いや、まだまだあるゼ。フユ、お前こないだ秋山先輩の弁当奪ってドヤ顔で食ってたろう?あれはどう説明してくれんだヨ?」

 

「あーあーあー、アレね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確か、先週あたりの出来事だったように思う。

 その日もまた、俺は弁当を作らずに学校に来ていた。単純に面倒だったので妹にお願いして買い弁で勘弁してもらった。俺も購買で適当に買うつもりだったのだが、いかんせん出遅れた。体育の授業の後、急いで購買に行っても売れ残りの菓子パンひとつしか得るコトができなかったのである。残り物には福来ると言うが、実際問題こんなちっこいパンひとつで男子高校生の空腹を満たせるワケがない。

 小さな菓子パンをバスケットボールよろしく手の中で遊ばせながら、杖をカコカコいわせて自分の教室に帰っていると、例によって例のごとく澪先輩と遭遇した。数人の友達と一緒に弁当を提げて歩いている。今日は天気がいいので、外で食べようというハラだろう。

 

「フユ……、お前ゴハンそれだけか?」

 

 開口一番、澪先輩は驚いたように俺の持っている小さなパンを見てそう言った。

 

「あはは、もうこんなんしか残ってなかったんスよ。いやはや、男子校じゃねんだから桜校の生徒諸君にはもうちょい食い意地を抑えてもらいたいモンですな」

 

「ちゃんと食べなきゃ、ダメだろ?大きくなれないぞ」

 

「もう身長170あるし、コレ以上いらないかなぁ」

 

 澪先輩よりチビかったらヘコみますけどね、と冗談めかしてそう言った。

 バスケットをやっていた頃には考えられない発言だったと思う。あの頃は身長がわずかに伸びただけで一喜一憂してたもんな、俺。

 澪先輩は自分の弁当を見て、俺を見て、自分の友達を見て、少し迷った感じだったけど、こう言った。なんか予想できるぜ。

 

「フユ、私のお弁当とそのパン交換な。はい!」

 

 澪先輩は大きさ色共々可愛い感じの弁当をこちらにズイ、と突き出してくる。やっぱり気を遣わせてしまった。

 以前の俺なら間違いなく断るんだろうけど、今更こんな遠慮するような仲でもないのだ。

 

「……こーゆーのって一応礼儀として『そんな悪いですよ』とか言って1回くらい遠慮しとくモンですかね?」

 

「バッカなコト言ってないで……ホラ、味わって食べなさい」

 

 少し怒ったように澪先輩は自分の弁当を強引に俺に押し付け、パンを奪い取る。その乱暴な仕草が、照れ隠しだというコトを俺はしっかりとわかっている。友達の前で自分の弁当を異性にくれてやるなんて、澪先輩じゃなくても恥ずかしいだろう。

 それだけ澪先輩も俺に慣れてくれているってコトなんだと思う。……オトコ扱いされてないだけかもしれないけどな。

 

「うん。ありがとう、澪先輩。美味しくいただきまっす」

 

「お弁当箱は部活のとき返してくれればいいから。フユ今日バイトの日じゃないだろ?」

 

「そーですけど、さすがに洗って返しますよ」

 

「いいから、先輩の言うコトに従いなさい」

 

「はーい」

 

 本当に、澪先輩は出会ったころから変わったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、羨ましすぎんゾ、コラァ……!」

 

「フユ、俺今彼女いるけど、コレは普通に羨ましいよ」

 

 ポッチャリくんとナカミっちゃんは、揃って羨ましいと繰り返す。確かに、俺が2人の立場だったら嫉妬で怒り狂っているコト間違いナシだ。

 

「先輩後輩間の仲の良さを超えてるような気がするよ。やっぱりフユに気があるんじゃない?」

 

「そりゃ、絶対ねーよ。……どっちかっつうと、澪先輩は俺のコトいじりがいのあるオモチャぐらいにしか思ってねぇし」

 

「え?俺の秋山先輩のイメージと違うなぁ」

 

「確かに澪先輩は基本的にいじられ体質だけど、たまにすげぇドSな感じになるよ」

 

「ソレに関しても、なんかあったの?」

 

「昨日さ、部活のみんなで楽器店で部の備品買いに行ったんだよ。部室行かずに澪先輩のクラスで集合してそのまま行くっていう流れだったんだけど、そこでさぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムギ先輩と梓が掃除当番なので2人の到着を澪先輩のクラスで待っていると、いきなり声をかけられたのだ。

 

「アレ?りっちゃんじゃん!ナニしてんのー?」

 

「おー、そういやお前このクラスだったっけ」

 

 どうやら律先輩の友人らしい男子の先輩は親しげに律先輩と話し出した。

 それに便乗するように別の男子生徒も近づいてくる。

 

「唯もいるじゃん、俺のコト覚えてる?去年同じクラスだった――」

 

「久しぶりだねぇ!」

 

「ナニナニ?唯、遊びに来たの?」

 

「違うよー、コレは部活の一環なんだよっ」

 

「アハハ、なにそれっ?」

 

 と、これまた親しげに談笑し始める唯先輩たち。

 

「…………」

 

 自分以外のオトコとあんなに楽しそうに話している先輩たちを見るのは初めてだった。そりゃ2人とも可愛いし明るいし、さぞモテるだろう。

 そんな唯先輩たちを見ていると、思春期特有のモヤモヤした感じの感情が発生しているコトに気付く。……あまりにも狭量だと自分でも思うが、早い話がムカついていた。

 

「『りっちゃん』、それに『唯』……だってさ」

 

 俺はつまらなそうにボヤきながら、澪先輩が座っている前の席に乱暴に着席する。

 

「なーんか、馴れ馴れしくないですか?……元クラスメイトだか何だか知らないですけど」

 

 澪先輩の机に頬杖をつきながら、楽しそうに話している先輩たちを眺める。まるで愚痴のように澪先輩にブチブチ喋ってしまう。

 ……唯先輩も律先輩も俺にはあんな風に笑ってくれないじゃんか、ちくしょー。

 

「まぁ、別にどーだってイイですけどねっ。俺にはカンケーねぇし!つーか、そもそもキョーミねぇしっ」

 

 醜い嫉妬心丸出しでガキのようにブツクサ不貞腐れていた俺だが、突如伸びてきた澪先輩の手がふわりと俺の頭に乗った。

 

「かっ、可愛過ぎるだろ……っ。フユ……っ!」

 

 本当にナニを思ったか知らないが、澪先輩はもう我慢できないといった風に目を輝かせながら俺の頭を撫でまくってきた。

 

「あの、澪先輩?恥ずかしいからやめれ」

 

「あ、あと10秒だけっ」

 

 ナニが楽しいのか、先輩は嬉しそうに笑っている。

 ……くっそー、またやってしまった。どっからどうみても言動が幼すぎた、気をつけよう。顔を赤くして、己の幼稚さを猛省する俺。

 

「ふふっ。今フユがナニ考えてるか、当てたげよっか?『俺子供っぽいなぁ、今度から気を付けよう』……だろ?」

 

 どうやらハッキリ顔に出ていたみたいで、一発で俺の心情が露呈されてしまう。

 ニヤっと笑う澪先輩は、けっこうレアな表情で、なんだかくすぐったく思えた。

 

「大丈夫だよ?私は男子からは『秋山さん』って他人行儀に呼ばれてるから安心しなよ」

 

「安心ってなんスか、安心って!別に俺、そういうんじゃなくって―――」

 

「よしよし。全くヤキモチ焼きな弟だなぁ」

 

「だーかーらーっ、ガキ扱いすんなよ、ちくしょー!」

 

 顔を真っ赤にしてそう叫ぶ俺は間違いなくガキだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……みたいな感じでさ、あの人俺のコトをやっぱりオモチャぐらいにしか思ってねぇよ」

 

「っていうかソレ以前に、お前心狭すぎだろ。先輩には先輩の付き合いってモンがあるだろうヨ」

 

 ポッチャリくんのあまりにも正論過ぎる感想を聞いて、思わず言葉に詰まる。

 

「ま、ソレだけフユが先輩たちのコト好きってだけでしょ。意外とフユって独占欲強い方なんだね?」

 

「別に独占欲とか、そーゆーんじゃねぇよ」

 

 ナカミっちゃんの言い分はわからなくもなかったが、独占欲とかとはまた違う話だと思う。

 

「なるほどナ、お前も僕のようにハーレム築こうって魂胆か。見上げた根性だゼ」

 

「あーあーあー、お前らマジうっせぇっ。さっさとメシ食えや、コラ」

 

 強引にこの話を打ち切って、なんとか澪先輩の話題から抜け出す。

 早く部活いきたいな、とボンヤリと思う。しかし、結論から言ってしまえば、俺は今日部活に行かずにそのまま帰宅するべきだったのだ。数時間後、軽音部の部室で起きる悲劇を俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポッチャリくんめ。あンの野郎、逃げやがったな……」

 

 時は放課後、俺は竹箒を片手に中庭を掃除していた。今日は俺とポッチャリくんが中庭の掃除当番なのだが、どうやら彼はサボタージュらしい。賢い男だ。

 いない人間のコトをヤイヤイ言っても始まらないので、仕方なくひとりで掃除を続ける。

 RADWIMPSのなんちってを聴きながらノリノリでゴミをかき集めていく。

 そうやってさっさと掃除を終わらせて教室に戻ると、教室内には居残って駄弁っている生徒たちが楽しそうにしていた。その中に、肩を寄せ合ってナニかを見ているポッチャリくんとナカミっちゃんを発見した。

 

「おいっす、2人ともナニ見てんのー?……ってかポッチャリくん、てめぇ掃除サボってナニしとんじゃコラ」

 

「お、フユじゃねーか。悪い悪い、ちょっと用事あったもんでナ。……お詫びと言っちゃナンだが、いいモノを見せてやろう」

 

「いいモノ?ナニそれ、写真か?」

 

「あ、バカっ。フユにはコレ見せない方が―――」

 

 ナカミっちゃんがそう言いかけて隠そうとするが、俺はその前にポッチャリくんから手渡された1枚の写真を見せてもらった。

 

 その写真には、スクール水着を着た澪先輩が写っていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 その場の時間が止まったように感じた。

 写真の中の澪先輩は学校のプールサイドらしき場所にて自分が撮られているコトに全く気付いておらず、楽しそうに笑っている。……どっからどう見ても明らかに盗撮である。

 事態を把握した次の瞬間、時間が動き出した。

 

「……て、て、テンメェ!ポッチャリィ!ドコでこんな写真撮りやがった、ゴラァ!!純度100%の盗撮だろコレ!さっさと自首しに警察行ってこいや!」

 

「な、ナニ怒ってんだヨ、フユ。この写真は僕が撮ったんじゃなくて、写真部の先輩から買い取らせてもらったのサ」

 

「もらったのサ、じゃねんだよっ!澪先輩の、こんなっ………と、とにかく没収だ没収!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!その写真いくらしたと思って―――」

 

「うるっせぇ!没収っつったら没収だ、このド変態野郎!」

 

 後々冷静になって考えてみるとそこまで言う必要はなかった気がする。しかし、この時の俺は完全に自分を見失っていた、澪先輩のこんな姿を誰かに見られているなんて普通に気持ち悪かったのだ。

 

「ほら〜、やっぱこうなったじゃん。フユにだけは見せちゃダメだよ、この写真は」

 

 ナカミっちゃんは、どうやらこうなるコトを予想できていたらしい。さすが下ネタ以外は空気の読める男だ。

 

「写真撮りたきゃ本人に許可撮ってから好きなだけ撮れよ、マッタク」

 

 頭に上っていた血が少しずつ押し戻されていく。……別に俺が潔癖ってワケじゃないよな?

 

「ああああ……せっかく手に入れたのにナ……」

 

「まあまあ、コレはキミが悪いって。あきらめなよ」

 

 ナカミっちゃんが全てを悟ったような表情でポッチャリくんを慰めている。

 

「それにしても、やっぱりフユって独占欲強いと思うよ。もちろんイイ意味でね」

 

「なんだ、そりゃ。……じゃ、俺部活行くから」

 

 とにかくさっさと部室に向かおう。

 俺は変態コンビに別れを告げて、教室から出た。

 まぁ、今度ポッチャリくんにナニか奢ってやるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように部室に行くと、ソコには誰も居なかった。

 

「アレ?みんなドコ行ったんだろ?」

 

 てっきりみんな騒がしくお茶していると思っていたのだが、もぬけの殻である。先輩たちの鞄は置いてあるので、さっきまでいたとは思う。

 テーブルの上に紙が1枚置いてあった。そこには『さわちゃんに呼び出されたから、ちょっと行ってくる!フユ&澪へ。ブチョーより』と書いてある。

 澪先輩も今日は掃除当番らしかった。まだ、彼女は来ていない。

 

「あ、そーいや、この写真どうしたモンかなぁ」

 

 そう呟いて、俺はポケットから先ほどポッチャリくんから没収した澪先輩の写真を取り出す。捨てるのもなんかイヤだしな……。律先輩にでも処理してもらうか。あの人ならちゃんと説明したらそれなりに理解してくれそうだ。

 うんそうしよう、と写真を握りしめながら決意した次の瞬間、渦中の人である澪先輩が部室のドアを開いてやって来た。

 

「…………!?」

 

「あれ、フユだけか?みんなはどうしたの?」

 

 口から心臓が飛び出たかと思った。

 すげぇ嫌な冷や汗が、どっと流れ出す。俺は反射的にその写真を後ろ手に回して、どうにやり過ごそうとする。

 ……っていうか、なんで俺がこんなコソコソしなきゃいけないんだ!?と心の中で悲痛に叫んだが、こんな写真を持っているのを見られたらヒドイ展開になるコトは明白である。

 

「え、えっと……。なんか、さわ子センセイに呼び出されたみたいです、よ?」

 

 俺のバカ、動揺しすぎだろ。

 

「ふーん。……ところでフユ、さっきナニ見てたんだ?」

 

「へ?え?ナニってナニが?なんのコトです?ワケわかんね」

 

「いや、だからさっき急いで隠したじゃないか、ソレ。……あ、さては赤点の答案だなぁ?」

 

 ヤバイ、これはマジでヤバイ。嫌な予感しかしない……。

 

「ち、違いますって。ちょっと近づかないでくださいっ」

 

「まったく、普段から勉強してないからだぞ?ほら、観念して見せなさい」

 

 しかも、SスイッチがONになっている澪先輩だ。

 珍しく意地悪そうに笑いながらにじり寄ってくる澪先輩。

 

「あー……澪先輩、じゃあねっ」

 

「コラ逃げるなっ」

 

 杖を放り投げてドアに向かってガチ逃走を試みた俺だったがポンコツな脚の所為で、あっさり澪先輩に捕まってしまう。

 そして、もみ合っているウチに俺の右膝がかくんと抜けて、澪先輩を巻き込んで派手に転倒してしまった。

 

「イテテテ……澪先輩、大丈夫ですか、って―――っ!」

 

「アイタタタ……フユ、ごめんな、っ―――っ!」

 

 自分たちの体勢に気づき、硬直する俺と澪先輩。

 俺と澪先輩の距離はゼロセンチ。距離は存在しなかった。

 早い話、もし第三者が見たら、俺が澪先輩を押し倒しているように見えるコトだろう。

 そして!

 おいおいマンガじゃねんだからよ、と言いたくなるような絶妙な―――絶妙に最悪なタイミングで律先輩たちが部室のドアを開いた。

 …………。

 訪れる静寂、こういうのなんて言うんだっけ?……ああ、嵐の前の静けさだ。

 数瞬後、その嵐が訪れた。

 

「ふ、フユ!お前っ、澪にナニしてんだこのやろーっ!」

 

 顔を真っ赤にして、すげぇ剣幕で怒鳴りこんでくる律先輩。

 

「信っじらんないっ!部室でナニしてんの、フユ!?ホンットあり得ないっ!」

 

 これまた顔を真っ赤にしてブチ切れている梓。怒りのあまり、ツインテールが逆立っている。

 

「フーちゃん……フーちゃんが……」

 

 茫然自失している唯先輩。顔が真っ白である。

 

「あらあらあら、まあまあまあ……っ!」

 

 何故が目をキラキラさせているムギ先輩。ホントになんで嬉しそうなん?

 ややあって、俺と澪先輩ははじかれたように離れる。

 

「い、いやいや、違いますって!これは偶然っていうか……ねえ、澪先輩?」

 

「そ、そうだぞ、みんな誤解だっ。私はフユに……おっ、押し倒されただけでっ」

 

「ちげぇだろ!いや、実際そうだけども!」

 

 ダメだ、澪先輩はテンパっていて役に立たない。そして、俺もテンパっているので同じく役に立たない。

 

「今すぐ澪先輩から離れなさい、この変態!」

 

 梓の言葉のボディブローが遠慮くなく俺を痛めつける。

 ……ポッチャリくん、ナカミっちゃん、変態扱いして悪かった。もう2度としないから、助けてくれ!

 と、とにかく事実を言わなきゃ。

 

「俺がずっこけて澪先輩を下敷きにしちゃっただけですよ。俺ケガしてるの、知ってるでしょう?」

 

 そうだ、実際やましいコトは何もないんだから、ちゃんと説明すればいいんだよ。

 

「フユ、ソレほんと?……本当なんですか、澪先輩」

 

「あ、あぁそうだよ。私がちょっとふざけちゃって、それで……。フユごめんな?」

 

 澪先輩がそう言うと、ようやくみんなも現実を見始めてくれたようだった。

 みんなも口々にヘンに誤解してゴメンな、と謝罪してくれた。

 ふぅ、なんとか救われたようだ。……あれ?そもそもなんでこんなコトになったんだっけか。

 思い出した瞬間、ヒラリと1枚のとある写真が俺のポケットから滑り降り、みんなの前に着地した。

 

 あ、こりゃブッ殺されるな、と他人事のようにそう思った。

 俺が制止するヒマもなく、澪先輩を含んだみんなはその写真を覗き込む。

 次の瞬間、部室が爆発したんじゃないかというぐらいの喧騒が巻き起こった。

 

「……神様、俺ってナニか悪いコトしましたっけ?」

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、誤解が完全に解けるまで、みんなはまるで性犯罪者を見るような目つきで俺を迎えてくれた。その際、俺に人権はなかったとだけ、記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

説明
勢いとノリだけで書いた、けいおん!の二次小説です。
Arcadia、pixivにも投稿させてもらってます。

よかったらお付き合いください。
首を長くしてご感想等お待ちしております。
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