天馬†行空 十二話目【或いは】始まりに至る天命 
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「へっへっへ、嬢ちゃん達。大人しく持ってるモン――うげっ!?」

 

「またお前達か。……どうやら懲りぬと見える」

 

「あの時の縄、結構きつめに縛ったつもりだったんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 頴川での一件の後、街での戦闘に加わっていた星と稟さんに県令からしつこく仕官の要請があった為、((辟易|へきえき))した二人の意見もあってすぐに街を離れることに。

 先日の事件の顛末だけど県令と街の人達が雪崩れ込んだ時点で殆ど大勢は決していたらしい。

 反乱を起こした県丞の軍は守備兵に抑えられていたようで、戦っていたその背後から前述の一団が雪崩れ込み、最後尾に居た県丞は一般の人が投げた石に当たって死亡。

 残った兵は投降、或いは逃走を始め、星が槍を振るう機会は抵抗を続ける敵兵から一般の人達を守るのが主だったとか。

 あ、それからあの時山頂に立てた旗は豫州を縄張りとしている山賊の旗(の偽物)で、反乱が起こった直後、策の為に二人で用意した物だそうだ。

 手早く用意できたのはあの酒家の店主の協力が有ったからだとかで、風さんと稟さんは店主に礼を言っていた。

 

 

 ――閑話休題。

 

 ちなみに風さんと稟さんも見聞の旅を始めたばかりだった様で、一緒に行く事になった。

 で、その時に稟さんの本当の名前と、二人の真名を教えて貰っている。

 姓を((郭|かく))、名を((嘉|か))、字を((奉考|ほうこう))。聞いて吃驚、(後に)有名人(になるだろう)だった。

 偽名を名乗っていた理由も話して貰えたのだけど、女性だけで旅をする場合の用心の為だとか。

 真名はお互いに呼び合っていたときに聞いていたので見当は付いていたけど仲徳さんが風、奉考さんが稟と言うそうだ。

 竜胆さんの時ほどじゃないけど、出会って間もないのに何で? と思ったが、

 

「初対面でぶしつけなお願いをしても、お兄さんは嫌な顔ひとつせずに風を信じてくれましたしー」

 

「星殿から話は伺っていますし、聞けば成功後とはいえ風の策を看破したという((慧眼|けいがん))、加えて風が初対面の殿方に気を許したと言うだけで真名を預けるのに不足は無いと判断しました」 

 

 風さんからはこちらも眠くなってしまいそうなのんびりした口調で、稟さんからは歯切れのよい実直な印象を受けるはきはきとした口調で返された。

 星共々、真名は交換したんだけど風さんは「お兄さん」という呼称はそのままだった、稟さんは「一刀殿」に変わったのだが。

 ……後、風さんの頭の上に鎮座しているぬいぐるみは((宝ャ|ほうけい))という名前で彼女のれっきとした相棒なんだとか。

 兎も角、旅の道連れが増えて賑やかになった。二人の提案でいざ河北へ……と思っていた矢先に聞き覚えのある声と台詞が掛けられた次の瞬間、これまた見覚えのある三人組が街道の脇から姿を現したのだった。

 

 

「ん? ……へ、へへっ! あの大木男は居ねえじゃねーか! よし、チビ、デク! 二人であの女を抑えとけ!」

 

 きょろきょろと辺りを見回していたちょび髭は、おやっさんの姿が無いことに安心したのかいきなり態度が強気になった……いやあんた、前は星に瞬殺されてただろうに。

 それにチビとデクの二人も頷いて星の方に歩いていくけど……明らかに腰が引けてるじゃないか。

 

「さて兄ちゃん……前はよくもやってくれたな。礼はたっぷりと返してやる、よっ!!」

 

「別に要らないんだけど……」

 

 ちょび髭はやたらと強気のまま俺の方を向くと、いきなり腰の剣を抜いて斬り掛かって……斬り掛かって……、

 

「いや、遅いよ!?」

 

 ちょび髭が無造作に上段に振りかぶってからのその斬撃はあまりにも遅く感じた。

 

 ――威彦さんの棍みたく気付かないほど緩やかに軌道が変わる訳でもない。

 

 ――体がばらばらになるかと思った張任さんの一閃とは比べようも無い。

 

 ――ましてや未だに動作すら見えるかも怪しい星の刺突にすら。

 

 ここまでの道中で手に馴染んできた環首刀を抜くと、その一撃を横目で見ながら右手に持った刀の上を滑らせるように受け流す。

 

「――うおっ!?」

 

 と同時に前進し空いている左手で男の上着の裾を掴み後方(男からすれば前方)へ引っ張る。

 つんのめる様に前へと体が泳ぐ男の懐に潜り込みながら俺は右手を引き戻し――

 

 ごづっ!!

 

「がふっ!!?」

 

 ――柄に備えられた鋼の環で、男の顎を打ち付けた。

 (自分でも吃驚したが)どうも思った以上に衝撃が有ったらしく、ちょび髭の身体は五メートルくらい吹き飛んだ(!)。

 

「「ア、アニキーー!!??」」

 

「ぶふっ!?」

 

 前回の襲撃の時にはノーマーク(だと思う)だった男に一撃で――あ、ちょび髭白目剥いてる――のされた兄貴分を見てチビとデクが悲鳴を上げる。

 ? 二人と対峙している星は何故か突然噴き出して…………あ! ひょっとして『アニキ』か! そうなんだな!

 少し睨むように星を見ると、星は口元を緩ませたまま親指をぐっ! と立てて……やっぱりかコンチクショー!!

 

「に、逃げるんだなー!」

 

「あ、こら……ぷっ、くく……待て貴様ら……ふ、ふふふ」

 

「うわ逃げ足速っ!? …………さて星? ちょっと話をしようか?」

 

 笑いを堪え切れていない星に気を取られていた僅かな間にチビ、デクの二人はちょび髭を担いで脱兎の勢いで遠ざかって行く。

 

「逃がさん……く、ははははは!!」

 

「あっ、こら待て星! 逃げるなっ! ――って足速っ!?」

 

 そして星も笑いながら三人を追いかけて行った。……はぁ、まったく。

 

「お兄さん、お知り合いですかー?」

 

「あ、うん……以前にも同じように現れて――」

 

「――星殿や一刀殿、それに髭の男が言っていた『大木男』にあっさりとやられたと?」

 

「稟さん正解。ちなみに大木男って言うのは――」

 

 おやっさんについて説明していると、しばらくしてから星が一人で戻ってきた。

 

「いやいや、まんまと逃げられた」

 

「おやー、星ちゃんでも追い付けなかったのですかー?」

 

「うむ、流石に人の足では馬には敵わんよ」

 

「…………」

 

「一刀殿、先程の件はもう宜しいのですか?」

 

「止めとくよ。……今言ったら、絶対星の笑いがぶり返す。賭けても良いけど?」

 

「ふふ、止めておきましょう。初めから負けると判っている戦はしない主義ですので」

 

 稟さんと話していると袖を引っ張られ、振り向くと風さんがこちらを見上げていた。

 

「ところでお兄さん、星ちゃんは何でいきなり笑い出したのですかー?」

 

「……! 実はね、星は何でもないのに突然笑い出してしまう病――」

 

「――なにを、吹き込んでいるのかな、ん? 一刀?」

 

 さっきの仕返しとばかりに風さんへ嘘を吹き込もうとしていた俺の首にひやりとした鉄の感触が当たる。

 

「ええい! 元はと言えば星が突然笑い出すからいらん事聞かれるんだろうに!」

 

「いや、あれは仕方なかろう? なにせ……くくく、ぷっ……あはははははははははははは!!」

 

 首筋の槍をどかしながら星に詰め寄ると、さっきの事を思い返したようで再び星の腹筋が崩壊したようだ……なにも涙まで流しながら爆笑せんでも。

 

「む〜……二人だけで…………お? 稟ちゃん、あれを」

 

「おや?……ふむ。星殿、一刀殿、ゆっくりしている暇は無さそうですよ?」

 

「む? 向こうに見えるのは――」

 

「――騎馬隊? ……もしかして((陳留|ちんりゅう))の?」

 

「ええ、ひょっとすると先程の賊の件かも知れませんね。……兎も角、頴川での事も有りますし軍に関わるとなにかと面倒です。この場を離れましょう」

 

 稟さん、それに星も頴川を出る時にはなんだかほっとしてたみたいだったからなあ。

 確かに今、アレと出くわすと事情聴取みたいなのはされそうだし、最悪街まで連れて行かれて数日は足止めを食らいかねない。

 ここは稟さんの言う通り、立ち去った方が無難だろう……って、

 

「何故に風さんは俺の背中に登ろうとしているのですか?」

 

「急ぐのなら、こうした方が速いですからー」

 

「……おや、疲れているのなら私が背負おうか? ……風?」

 

「いえいえ星ちゃん、……それには及ばないのですよー」

 

「ほう、そうかそうか。……ははははは」

 

「……ふふふふふー」

 

 これは言っても聞かないだろうなー、と思いつつもおんぶするかどうか逡巡する俺を挟んで星と風さんがにこにこと笑い合っているのだが……背筋に鳥肌が立つのは何故だろうか?

 

「急ぎますよ!」

 

「おっと、了解稟さん。星、風さん? 先に行くよー?」

 

「ああ〜、稟ちゃん、お兄さん、先に行かないで下さい!」

 

「む、私とした事が……らしくなかったか?」

 

 彼方に見える騎馬(馬の嘶きがかすかに聞こえた)の一団からはこちらの姿を視認出来なかったらしく、立ち去りながら後ろを度々振り返って見たが付いて来る様な気配は無かった。

 

 

 

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 そんなこんなで旅は続き、頴川を発ってから十五日目の朝。

 俺達は陳留を通り過ぎて青州の((北海|ほっかい))を経由、黄河を渡って((冀州|きしゅう))は((渤海|ぼっかい))郡の中心都市、((南皮|なんぴ))に到着していた。

 

「では一刀殿、星殿。私達は((袁本初|えんほんしょ))殿を訪ねてみますので」

 

「良ければお兄さん達も一緒に行きませんかー?」

 

 街の中心にあった宿の二階に部屋を二つ取って(女性人三人で大部屋、俺が一人部屋)荷物を置き、一階の食堂に集まって今日の予定を話し合う。

 稟さんと風さんはどうやら城に行くみたいだ。う〜ん、そっちも興味が無い訳じゃないけど……先に市場や郊外の農家、城郭周りを見ておきたいなあ。

『三国志』が好きな自分としては確かに有名人に会いたいとは思うけど、どうも新しい街に着くと真っ先に人が集まる所とかを見て回る癖がついてしまったみたいだ。

 

「ゴメン、先に見ておきたい所があるんだ。お城の方は三人で行って来たらどうかな?」

 

「む、街の見聞か、一刀? それなら私も同行するが?」

 

「あ、分かった? うん、じゃあ一緒に行こうか」

 

 一人よりは誰かと一緒に歩く方が色々と気が付くこともあるので星に頷く。

 

「分かりました、では我々は行って来ます。夕方にでもお互い今日の成果を話し合いましょう」

 

「……じゃあ行って来ますねー。お兄さん、お土産よろしく」

 

 別に観光しに行くわけじゃあ……いや、似たようなものか?

 

「そっちもね、風さん?」

 

 はいー、と返事をして踵を返す風さん。

 さてっと、こっちも出掛けるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――南皮の城、玉座の間

 

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

 

 目の前で高笑いを上げるくるくる巻きの金髪の女性を半眼で見ていた風はふと横に立っている友人へ視線を向ける。

 眼鏡の友人はいつも通りに冷静な物腰で金髪の女性――袁本初――に視線を向けているが、付き合いの長さから風は友人のその表情から今にも堪忍袋の緒が切れそうなのを察していた。

 ちらり、と左右に目を走らせると自分達と同じ様に謁見を申し出た者達が頷きながら口を開こうとしている。

 

「いやいや、流石は袁紹殿! 素晴らしい城下街ですな!」

 

「左様、大陸中を回ったとてこれほどの栄華を極める地はありますまい!」

 

「都でもかほどの――」

 

 案の定、集まった者達は袁紹を頻りに褒めそやして取り入ろうとしているようだ。

 必死におべっかを使うのも無理も無いと風は思った。なにせ袁家は後漢王朝の元、四代に渡って三公(軍事、政治、監査の各部署における常設の最高官職)を輩出している家系、今最も力を有する勢力である。

 ――仕官が叶えば自分もその栄華のお((零|こぼ))れに預かることが出来るやも知れない――彼らの表情からはそんな内心が透けて見えていた。

 

(う〜むむむむむむ……眠いですね〜)

 

 気を抜くと漏れそうになる欠伸を堪えながら風は長々と続く彼らのお世辞を右から左に聞き流して袁紹の左右に立っている少女たちに視線を移す。

 右に立つ((紺青|こんじょう))色の綺麗に切り揃えられた短い髪の少女――((顔良|がんりょう))と言った――はおべっかを遣う者達に((胡乱|うろん))な視線を向けてはいるが、もう一人の少女と、おだてられて高笑いが止まらない主の様子が気になるようで先程からそわそわと視線をさまよわせていた。

 もう一人の少女――((文醜|ぶんしゅう))と言う――は、所々はねた青緑色の短髪を顔良の髪と同じ色の布で纏めている(それでも纏め切れていない様だが)。こちらは仕官志望者達の長話を聞いてもいないようで、口元に度々手を遣り欠伸を隠そうともせずに漏らしている。

 

 先程からこの調子の謁見が続き風はそろそろ友人などの前でするものとは違い、本当に眠ってしまいそうになっていた。

 まともだったのは謁見の最初に顔良が語った軍と渤海郡についての概要ぐらいだ。

 

「あらあら、皆さん本当にお世辞が上手いことですわね!」

 

「いえいえ、私は真実を述べて――」

 

「左様、袁紹殿は――」

 

「((然|しか))るに――」

 

 ――眠い、そして退屈だ。

 

(はぁ……こんなことならお兄さん達と一緒に行くべきでしたねー)

 間違いなく友人もそう思っているだろう、風がふと横に目を遣ると彼女は眼鏡をくい、と上げてすっ、と顔を上げた。

 

「袁紹殿の((高邁|こうまい))な志をお聞かせ頂き、またお集まりの皆様の見識を拝聴するにつけ、私の様な無知な田舎者ではとてもお力になれないと痛感致しました。この上は恥を重ねぬよう、ここで退席させて頂いても宜しいでしょうか?」

 

(おおっ、稟ちゃん上手いですねー)

 

「あらあら! これは、きちんと身の程を((弁|わきま))えられた方ですわね! ……宜しいですわ! 研鑽なさってまたいらして下さいな」

 

 袁紹を持ち上げ、自分を卑下したこの断りは好印象を与えたようで、上機嫌の城の主は友人と自分を見て退席を許可する。

 周りに居た他の者達は友人の言を聞き、ある者は得意げに胸を反らし、またある者は鼻を鳴らし露骨に見下したような視線を自分達に向けた。

 

「有り難う御座います。……では、失礼致します」

 

「失礼しましたー」

 

 それらの視線に眉一つ動かさないまま、友人は頭を下げて踵を返す。

 心中、煮えくり返っているであろう友人の後を風は足早に付いて行く。去り際、顔良が詫びる様に小さく頭を下げていたのが印象に残った。

 

 

 

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「出発しましょう。今、すぐに」

 

 ((街中|まちなか))と城郭の外にあった農耕地を一通り見て回り、色々と話を聞いて宿に戻って来た俺達を迎えたのは据わった目の稟さんだった。

 一見して判るほどに体全体から怒気が溢れていて、さっきの声も固かったが……。

 

「……何があったの?」

 

 十中八九、城で何かあったみたいだけど……少し声を掛けづらいが、思い切って尋ねてみる。

 

「それは……っ! 思い出すのも忌々しいっ!」

 

 うわ、これはまたえらい剣幕だな。どうやら今の稟さんに話を聞くのは得策じゃないみたいだ。

 

「何があったのだ、風?」

 

「そですねー……稟ちゃん、ちょっと席を外しますね?」

 

「ええ、私はここで待ってるわ。……一緒にいると怒鳴ってしまいそうだし」

 

「星ちゃん、お兄さん、部屋に上がりましょう」

 

 依然目が据わったままの稟さんを階下に残し、風さんの後に着いて彼女達の部屋に向かう。

 何か……話を聞く前から嫌な予感が……。

 

 

 

 ――一刻(約十五分)後。

 

「……はぁ、それで稟さんはあんなに機嫌悪かったのか」

 

「何ともはや……開いた口が塞がらぬ、と言うヤツだな」

 

 風さんの話を聞き終わると三人一緒に溜息を吐く。

 話の大半が自慢話とお世辞の応酬って……。

 

「あー……元々袁家に仕官する気は無かったけど、今回の一件で((金輪際|こんりんざい))そんな気は無くなった、と?」

 

「はいー。風もそうですが、稟ちゃんはあの人がここを治めている間は近づくのも嫌がるでしょうねー」

 

 えらい嫌われようだな、袁紹さん。

 

「それで、お兄さん達の方はどうでしたかー?」

 

「ああ……っと、稟さんは? 今は止めとく?」

 

 街や農地の様子やそこに居た人達の話だけど、今の稟さんの状態じゃあこの話も逆効果かな?

 

「ん〜……そですねー、今は――」

 

「――大丈夫よ風。やっと頭が冷えたから……星殿、一刀殿、お話を聞かせて貰えますか?」

 

 静かに戸が開いて稟さんが入って来た。

 さっきまでの怒気は霧散していて、声の調子もいつも通りだ。

 

「よいのか? 何も無理をしてまで聞くような話でもないが?」

 

「いえ、お気遣いは無用です星殿。どんな些細な事であろうと出来得る限りの情報は得ておきたいので」

 

「分かった。では街の様子だが――」

 

 風さんの隣に稟さんが座ると、星が話し始める。

 ……まあ、街の中で聞けた話は世間話や愚痴が多く、思っていた程の収穫は無かった。

 襄陽以来の大都市だったからもうちょっと、こう……整備された街並みとか、おっちゃんやおばちゃん達などの声が((木霊|こだま))する活気に溢れる市場、珍しい商品や書物とかを扱う店、区画ごとに配置された屯所とかが有るのを期待してたんだけど……。

 

「……うむ、市を専ら利用するのは街に住む者であって、ごく一部の貴族達では無いのだがな……」

 

「……袁紹は派手好きのようでしたからね。街の様相も自分好みにしたいのでしょう……下々の民の生活の事を考えているとは思えません」

 

 星と稟さんの会話から判るように、先ず大通りの市場はやけに嗜好品(しかも値段が張る物が多い)を扱う店が多かった。

 じゃあ街の人達が普段利用している市はどこにあるのかと探してみると街の東の下町の更に隅っこの方に発見。

 通りを挟んで住居区画は東と西に分かれているので西の方に住んでいる人達は毎日そちらまで行かないといけないので大変だ、と零していた。

(西の区画の方は高級料亭などが点在している為、景観にそぐわない日用品を扱う市を立ててはいけないらしい)

 あ、ちなみに珍しい物(宝飾品や西の方から取り寄せたお酒など)のお店はあったけれど目玉が飛び出るような額だったのを付け加えておく。

 

「治安の方はどうでしたー?」

 

「うむ、大通りに面した区域や貴族連中が通うような店が有る所は万全のようだったが……」

 

「一般の人達が住む所はそうでは無かった、ですかー?」

 

「ああ、屯所はあるにはあったが……どうも兵にやる気が感じられん」

 

 風さんの質問に答える星。これがもう一点。

 屯所は前述の三区画にちゃんと設置されてたんだけど、下町の方は星の言った通り、名目上は屯所と言う建物が建っているだけでそこの人達は治安に関しては自治に近い状態だった。

 兵士達は城の武官が見回りに来るときだけは仕事をするらしい。……何の為に屯所があるんだか。

 

「――と言ったところだな。……面白い話では無かったであろう?」

 

「……最悪ですね。先程伺っていたら憤死してしまいそうな位には」

 

 苦笑しながら言う星に、稟さんは苦虫を噛み潰したような顔で感想を口にした。

 

「…………んー……さっきからお兄さんは喋ってませんけど、なにか気が付いたことは無かったのですかー?」

 

 世間話と愚痴交じりだった街の人の話の中から的確に要点を選んで話す星に感心していると、寝台に座っていた風さんに話しかけられ、顔を上げてそちらに向き直る。

 

「ん……そうだな。農家の人から一つだけ面白い話が聞けたよ」

 

「何です?」

 

「面白い、と言う事は不快な内容では無さそうですね」

 

「う〜ん……ちょっとどう判断して良いか判り難い話なんだけど。……袁紹さんが渤海に赴任してからは街や農地が洪水やイナゴとかの大きな天災に見舞われた事は一度も無いんだって」

 

「ふむふむ…………はぁ!!?」

 

「ほー?」

 

「おお、あの話か!」

 

 目を白黒させる稟さん、表情は殆ど変らないものの宝ャが頭からずり落ちかけている風さん、ぽんと手を打つ星。

 うん、大体思った通りのリアクション。

 

「……一刀殿、すみませんが、もう一度お願い出来ますか?」

 

「袁紹さんがここに赴任して来てからは一度も大きな天災の被害は無かった――」

 

「――有り得ないでしょうそんな事!! 一刀殿! いい加減な噂を――」

 

「――いや稟、私もこの耳で確かに聞いたのだよ。しかも街の古老から子供まで大半の者から同じ話が聞けた」

 

 そしてこれまた予想通り、稟さんに迫られる俺に星が助け舟を出す。

 

「あ、有り得ない……非常識だわ、そんなの……ぶつぶつ」

 

「……これは確かにお兄さんの言う通り、面白い話ですねー」

 

「俺もこの話を聞いた時は今の稟さんと同じようになったけどね」

 

 思った以上に衝撃的だったみたいで少し上擦った声で感想を口にする風さんに、苦笑しながら返す。

 いや、流石にこれは信じられないよなあ。かくいう俺も詳しい話を聞くまでは本当だとはとても信じられなかったから。

 

 曰く、街の目前まで迫っていたイナゴの群れが直角に進行方向を変えた。

 曰く、河(黄河)の水が氾濫した時、街に届く前に戻って行った。

 曰く、或る時は押し寄せる波が二つに分かれて街を避けて行った。

 

 等々、どう考えてもおかしいだろ! と叫びたくなる様な事態があったらしい。

 ……目撃者が一人二人ではなく何百、下手したら何千人(全員に聞いた訳じゃないけれど)もいる為、信じざるを得なかったのだけれども。

 

「ふむ、世の中には面妖なことがあるものだ」

 

 星が締め、話は終了となった。

 

 

 

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 稟さんの強い希望で翌日(もう夕方だったので)に南皮を出発してから北へと進路を取って四日、((幽州|ゆうしゅう))の((北平|ほくへい))に到着。

 ここの太守は((公孫賛|こうそんさん))さんだそうだ。

 

「ほう、思ったよりも人手がありますね」

 

「稟ちゃん、お城の方はどうしますか?」

 

「……前の((轍|てつ))は踏みたくないわね。先ずは街を回ってみましょう?」

 

 お、今回は皆で街中を回るのか。

 

「――むう」

 

 ふと、少し後ろを歩いていた星が歩みを止め、小さく唸り声を上げた。

 

 

 

 

 

 ――((?州|えんしゅう))、陳留の政庁。

 

 質素ではあるがしっかりとした造りの部屋の中、机を挟んで二人の女性が向かい合っている。

 机の前に直立不動の姿勢で立ち、座っている人物に向けて報告を行っているのは水色の短髪、しかしながら前髪は右目を覆っている女性。

 青と紫を基調とした裾の短い旗袍(チャイナドレス)を纏っており、特に目を引くのは左の肩に((面頬|めんぼお))を着けた髑髏を模した金属製の肩当て。

 ((鳶色|とびいろ))の瞳は真っ直ぐにもう一人の女性に向けられている。

 椅子に座るのは金色の髪を左右対称に髑髏を模した髪留めで留めており、螺旋を描く特徴的な髪形の少女。

 こちらは((鉄紺|てつこん))を基調とした上着(肩は露出している)と紫のスカート、帯の代わりなのだろうか鬼か何かの面を模したベルト(先程の女性の肩当てと同じ材質のようだ)を身に着けていた。

 竹簡や紙の書簡が所狭しと並ぶ大きな机に比べるとその主の背丈はいかにも小さく映るが、

 

「――以上が報告となります」

 

「そう。……書を盗んだ賊の足取りは掴めないのね」

 

「……申し訳ありません、((華琳|かりん))様」

 

「貴女を責めている訳ではないわ((秋蘭|しゅうらん))。責められるべきは刺史である私よ」

 

 華琳と呼ばれた小柄な少女の言に恭しく頭を下げる秋蘭と言う名の女性の態度を見れば、少女が他を圧する強い気、或いはカリスマと呼ばれるものを纏っている事が解る。

 

「ところで、((春蘭|しゅんらん))の姿が見えないようだけれど……」

 

「姉者は今しばらく賊の探索に当たると言っていました」

 

「あの子の気性では止めても無駄かもしれないけど……秋蘭、春蘭にあまり根を詰めすぎないようにと」

 

「はっ」

 

 一礼し、退出する秋蘭。部屋に一人残った華琳は手元の竹簡に目を通し終えると、窓から雲一つ無い空をそれよりも尚深い青色の瞳で見上げる。

 

「((官匪|かんぴ))の横行、((匪賊|ひぞく))の((跋扈|ばっこ))。……大陸の各地で近年、特に汚職官吏が治める地で賊が大量に発生する事例が増えて来ている」

 

 少女は空を見上げたまま誰にとも無く呟き、

 

「――始まるわね」

 

 見えない、何か強大なものに挑むかの如く、不敵な笑みを浮かべた。 

 

 

 

 

 

 ――揚州、((寿春|じゅしゅん))、城の中庭。

 

「ああ〜……もう! 腹立つわねー!」

 

 表情だけでなく、体全体で苛立ちを表に出しながら一人の女性が城の中庭へと姿を現す。

 後ろで留められた膝にとどく程長い桃色の髪、日に良く焼けた褐色の豊満な肢体を肩から胸元、脇腹などが大きく露出している扇情的な紅い旗袍に包んでいる。

 苦虫をまとめて何十匹も噛み潰したようなその顔に、中庭に佇んでいた女性は苦笑し、口を開いた。 

 

「その様子では、((袁術|えんじゅつ))にまたつまらぬ用を押し付けられたか? ((雪蓮|しぇれん))」

 

 声の主は艶やかな黒髪を膝程までに伸ばし先の方で一つに縛っていて、先の女性と比べても見劣りしない肢体を前が大きく開いた(乳房は半分が、臍は完全に露出している)同色の旗袍に包んでいる。

 下半分が赤縁の眼鏡の下に、光の加減で若草色にも見える緑色の瞳が静かな光を湛えて雪蓮と呼ばれた女性に注がれていた。

 

「そうよ……全く、偶には自分達で何とかしなさいよ! たかが百や二百の賊でしょう!?」

 

「私に当たるな……それに、今は仕方なかろう?」

 

「解ってるけど……うう〜! 出る前に飲むわよ((冥琳|めいりん))!」

 

「いや、流石に帰ってからにしておけ雪蓮。……兵を招集するのだろう? ((祭|さい))殿と((穏|のん))には声を掛けておくぞ」

 

 つまんな〜い! と不満を口にする雪蓮に背を向けて冥琳は練兵場へと歩いて行く。

 

「いつも通りの雑用、か。はあ、私も勘が鈍ったのかしらね〜」

 

 既に親友の姿が見えなくなった廊下にチラリと目を遣り、雪蓮は空を見上げた。

 

「確か、あれは一年位前だったかしらね。南の方に何かが落ちてきたような気がしたんだけど……」

 

 見上げる空は雪蓮の心中とは真逆の雲一つ無い綺麗な青空で、

 

「――天の御遣い、か。やっぱりただの噂だったのかしら?」

 

 降り注ぐ陽の光に雪蓮は眩しそうに深い青色の目を細め、ぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 ――幽州、((?|たく))郡のとある村。

 

「((桃香|とうか))様、これは……」

 

「うん、((愛紗|あいしゃ))ちゃん……間に合わなかった」

 

「ひどいのだ……」

 

 三人の少女が見下ろす先に焼け跡がくすぶる、半壊した村の姿があった。

 丘の上からでも倒壊した家屋、その側に転がっている黒く焦げた何か、朱に染まる道などがはっきりと判る。

 ……動く者の姿は、見渡す限り認められなかった。

 

 初めに口を開いた少女は差し込む陽の光を受け金に輝く瞳を持ち、足元まで届きそうな艶のある見事な黒髪を横で一つに括り垂らしている。

 右手に携えるのは身の丈を超える龍の((顎|あぎと))を模した見事な装飾が刃をくわえている偃月刀。

 緑と白を基調とした上着、髪と同色のスカートを身に纏い、眉根を寄せ鋭い眼差しで眼下の光景を見つめていた。

 

 少し遅れて走ってきた少女は腰まで届く薄紅色に近い桃色の髪を頭の両側、羽を模した髪留めで留めており、先の少女とよく似た緑と白を基調とした上着と、髪の色より僅かに濃い色のスカートを身に着けている。

 黒髪の少女に返す声は弱弱しく、眼下から僅かに立ち上る煙を見つめる透き通った青色の瞳は悲しみの色に染まっていた。

 

 周りの様子を伺いながら最後に到着した少女――見ようによっては童女ともとられる背格好だ――は二人の横に立ち同様に言葉を無くす。

 最も上背がある黒髪の少女と比べると頭二つ分は低いが、手には身の丈の二倍はあろうかと思われる蛇のようにうねりのある刃が付いた矛を軽々と担いでいる。

 明るい赤色の短髪、群青色の瞳、首元に巻いた赤色の布、肩の部分に((大極図|たいきょくず))が縫い取られた丈の短い上着の下にはこれまた丈の短い身体にピッタリと吸い付くような薄手の黒い短衣。

 下は胡服で言うズボンに近い物だが腿までの長さしかない薄手のズボン、靴は履いておらず足袋(と言っても足先と踵の部分は無い)を履いている。共に先程の短衣と同じ色の素材のようだ。

 

 やがて、立ち竦んでいた少女達の内、桃色の髪の少女――桃香と呼ばれた少女――が眼下の村に向けて一歩踏み出す。

 

「……行こう、愛紗ちゃん! ((鈴々|りんりん))ちゃん! まだ誰か無事な人がいるかもしれない!」

 

「桃香様……はいっ!」

 

「急ぐのだ!!」 

 

 丘を駆け下りて行く三人の少女、それぞれ名を((劉備|りゅうび))、((関羽|かんう))、((張飛|ちょうひ))と言った。

 

 

 

 

 

 ――再び幽州、北平。 

 

「? 星、どうかした?」

 

 袖口を探っていた星の動きがぴたりと止まる。

 ゆっくりと顔を上げた彼女は、

 

「うむ、路銀が尽きた」

 

 あっさりとした口調でそう言った。

 

 

 

-6ページ-

 

 

 あとがき

 

 天馬†行空 十二話目です。今回の話で黄巾の乱直前までほぼ到達した、といったところです。

 次回は影が薄いことに定評のあるあの人の出番ですね。

 

 

 補足

 

 注)この作品での独自設定です

 

 麗羽と天災について

 萌将伝で華琳が言っていましたが麗羽の政は暴政だったそうで。

 じゃあ何で国力が魏と拮抗していたのか? と思い、こうしてみました。

 年貢が高くても、天災に見舞われない土地なら民も我慢して住み続けるのでは、と。

 ちなみに悉く天災を回避している理由は勿論『袁家の幸運力』です(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ、稟が鼻血を吹いていない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。
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コメント
>陸奥守さん 暫くは原作沿いですが、もう少しすると……。(赤糸)
>黒乃真白さん 彼女の言動には毎回えらく気を遣いますw 多分これからもでしょうがw(赤糸)
>summonさん 次の話で少し状況が変る……かも。(赤糸)
>狭乃 狼さん 天は二物を与えず、ですねw まさに天運ww(赤糸)
>量産型骸骨さん 確かにそうですねw 後は軍師を初めとした内政に強い家臣が増えれば或いはww(赤糸)
>アルヤさん 能力値表が有れば6どころじゃ済まないかもしれませんww(赤糸)
>patishinさん 今回は早く書けました。次もこの調子でいきたいですね。(赤糸)
この後白蓮のところで客将かな。もしかすると天の御使いじゃない一刀の蜀ルートになるかも。(陸奥守)
袁紹のLuckや物語の動き、一刀の成長など目に付くところは多くありましたが、何より星が可愛いっていうww 御遣い補正がないことの影響がこんなところにも出ているとは……(黒乃真白)
一刀が結構強くなってる一方で、静かに女の戦いが始まっているような…(summon)
麗羽の幸運というか悪運が凄すぎるwwそうか、だからその代りに麗羽は馬k(ry(狭乃 狼)
麗羽様の幸運すげぇwww これで馬鹿じゃなかったら最強だと思うwwwww(量産型第一次強化式骸骨)
袁家のLuck値はカンストでもしてんのかwww?(アルヤ)
更新乙!(patishin)
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