黒天編 外伝 その3
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黒天編 外伝 その3

 

 

 

「はっ?何言ってやがんだ?」

 

「将軍・・・殺し?茂富様が殺されたのですか!?」

 

子来は動揺した様子で成明の方へと駆けて行った。

 

しかし、その途中で成明の部下がその道を遮り、子来を思い切り突き飛ばす。

 

「ッ!?貴様!?」

 

草薙は突き飛ばされた子来を抱きかかえると、怒りに身を任せて刀を構える。

 

「演技がうまいことだな。まるで初めて聞いたかのようだ・・・」

 

「当たり前ではないですか!?」

 

「先ほどおぬし達を送り出した後、侍女が将軍様のもとへ伺うと心臓を刀で一突きされている茂富様が発見された。今日、将軍様と面会する機会があったのは直由とお前だけだからな。いくらでも機会があったろう?それにその刀は子来の刀というではないか」

 

「えっ・・・あっ」

 

子来は将軍と面会した時の状況を思い出した。

 

確かに将軍と面会をする際、部屋の前で侍女に刀を預けたことを思い出した。

 

「そういえば・・・返してもらってない」

 

いつもはそのようなミスをしない子来だったが、初めて将軍に会うという緊張感と、話をうまくできたという達成感がこのミスを引き起こしてしまったのだろう。

 

「返してもらっていないのではなく、刺し殺した後、抜くと返り血がつくのを嫌ってそのままにしたのではないか?」

 

「そっ、そんなことしていません!!それにその刀は父様が私のために作ってくれた世に二本とないものです。そんなものを残して行ってはすぐに私だと分かってしまいます!!もし、私が殺していたのなら、その刀は必ず持ち帰ります!!そんなバカなことは私ならしませんっ!!」

 

「むっ・・・・・・」

 

子来は少し動揺した様子が伺えるものの、すぐに頭を回転させて自分が犯人ではないという論拠を示してくる。

 

「誰かが私に罪を着せるためにその刀を使ったに違いありません!!成明様!!もう一度考え直してください!!」

 

成明は手に持たれたキセルを起用に指でクルクルと回しながら何かを考えているようだ。

 

「ちっ・・・本当に余計に頭が回るガキは扱いにくいな・・・」

 

「えっ・・・」

 

「正直、誰が茂富を殺したなどはどうでもいいのだ。直由とお前が失脚する理由さえ作ればな!!」

 

成明の怒声が大広間一面に広がると、刀を構えた成明の部下がじりじりと子来と草薙に近づいていく。

 

「お前と直由が死に、将軍までもが死んだ今!!時期将軍になるのは私の息子麻呂だ!!そしてその後ろで私が操ってやれば、この国は私の思うがままよっ!!バカは使いやすいからなっ!!ぐふふふふっぐふっ」

 

成明は下卑た笑みをこぼしながら、成明は子来を見下している。

 

「もう話はいいだろう。さっさと殺せ」

 

そして、笑みはそのままで再びキセルを子来に向けると、部下達は一気に刀を構える。

 

 

 

 

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「こんな下郎が居やがるとはな・・・」

 

草薙は一言そうつぶやくと子来の前に立ち、刀を上段に構える。

 

「若・・・絶対にそこから動くな・・・あと・・・眼と耳も塞いでな」

 

「えっ・・・なんで?」

 

子来は草薙の背後から顔を見上げる。

 

草薙の顔は今まで見たことがないほどの怒りの表情を浮かび上がらせており、血管が浮き出るほど顔を深紅に染め上げていた。

 

「今からの光景は若に見せたかねぇんだ。すぐに済む・・・」

 

「・・・うん。僕は草を信じてるから」

 

子来も素直に頷き、しゃがみ込んで顔を覆い、両手で耳を塞いだ。

 

「・・・・・・・・・貴様らには地獄に行くよりも苦しい末路を用意してやる。ありがたく思え・・・うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

初めは小さな声で呟きながら、そして最後は空気を振るわせる咆哮を相手に浴びせかけた。

 

そして、今まで持っていた刀を捨て、袋に包まれた自分の刀に手をかける。

 

「刀を捨てるとはバカな奴め!!そのまま一緒に串刺しにしてやらぁぁぁ」

 

一人の男がそう叫びながら草薙目掛けて突きを放つ。

 

しかし、次の瞬間、その突きを放った刀の剣先がなくなっていることに気が付いた。

 

「えっ?」

 

その刀は折れたというよりも何か刃物で綺麗に切り落とされたという感じだった。

 

そして、草薙の手元を見てみるとそこには極薄の刃が青白く輝く日本刀が振り切られていた。

 

そして、それを確認した後、初めて自分も斬られていたことに気付き、そこで絶命した。

 

その日本刀に包まれていた袋はビリビリに破れて大広間の畳の上に落ちた

 

「なっ・・・あの袋を破ったというのかっ!絶対に破れないよう細工がしてあるとの話だったはず・・・」

 

「やっぱりこの袋も貴様の仕業か」

 

成明はしまったというふうに自分の口を押さえる。

 

そして、改めて草薙は確信した。

 

「きさまが・・・皆を・・・・・・」

 

草薙は相手に恐怖心を与えるようなギロッとした視線で成明をにらみつける。

 

「ひっ・・・・・・は・・・早くそ奴らを殺せっ!!!」

 

その視線に体を一度震わせた後、キセルをブンブンと振って部下達をけしかける。

 

その後、成明は大広間の奥の方へと逃げていった。

 

「追いたいとこだが・・・まずは貴様らだ。いくぞ・・・」

 

草薙は手に持たれた刀を一撫でした。

 

そして、飛び掛ってきた敵一人ひとりを斬り伏せていった。

 

 

 

 

 

それ以降の草薙の戦いぶりはまさに修羅さながらだった。

 

はじめの方は成明の部下も数の有利から、余裕で終わらせることができると思っていた。

 

しかし、刻々と時間が過ぎていく中でその安易な考えは吹っ飛んでいく。

 

誰一人、草薙の体に触れることができない。

 

斬りかかろうものならすぐにそれ以上の剣速で返り討ちにあい、複数で襲い掛かっても一太刀で全ての者の体が吹っ飛んだ。

 

草薙が刀を一振り振れば必ず一人の命が散っていく。

 

草薙の攻撃を防ごうにもなす術がない。

 

なぜなら、防御するために刀を合わせたとしても、その刀もろとも斬り伏せられるのだ。

 

だから、この闘いにおいて鍔迫り合いなどというものは存在しない。

 

草薙の刀に触れた全ての物は無慈悲にまっふたつに斬り分けられた。

 

草薙の放つ殺気に戦慄を感じ、身の毛がよだつ。

 

成明の部下の心は徐々に恐怖感が支配していく。

 

「も・・・もう駄目だ」

 

成明の部下の一人が刀を放り投げ、両手を挙げる。

 

「降参する・・・だから、命だけは・・・」

 

そして、恐怖で顔が引きつったまま命乞いをおこなう。

 

そうすれば助けてくれる。

 

そんな安易な考えが思考を支配する。

 

最後には両膝をついて手を合わせ、拝むように必死に「命だけは」と繰り返す。

 

しかし、草薙はその祈りすら否定する。

 

「お前らは人間じゃねぇ。“ゲス”が・・・」

 

そう相手に死の宣告を告げると、容赦なく首を吹き飛ばす。

 

一人の犠牲により、周りの者はすべてを悟る。

 

駄目だ。殺されると

 

悟った瞬間、全ての成明の部下は様々な行動を起こす。

 

どうせ殺されるならせめて一太刀でも浴びせて華々しく散ろうと打って出る者

 

もはや無駄だと全てを投げ捨て、座して死を待つ者

 

修羅にやられて死ぬよりも、自らの刃で散ろうとする者

 

数百、数千、数万、数億の確立で逃げ切れるかもしれないと全力で大広間から逃げ出ようとする者

 

以上あげた様々な行動に出るものの、全て同じ末路に辿りつく。

 

皆に等しく死を与えていったのだった

 

そして、大広間から草薙と子来を含む人間が姿を消し、“人間だった物”が辺りに散らばっていた。

 

 

 

 

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「若、今終わった」

 

耳を塞いでいる子来の耳元で辛うじて聞こえる大きさで話しかける。

 

「・・・どうなったの?」

 

子来は立ち上がりあたりを見回そうとしたが、草薙は子来の両頬に両手を置いてその行動を制した。

 

草薙は自分の背後の無残な光景を子来に見せないために、自分の体で子来の見える範囲をできるだけ狭めようとしていた。

 

「終わったぞ。ここにいても危険が及ぶかもしれねぇし・・・。とりあえず、この大広間からは出るぞ」

 

「えっ・・・うん・・・」

 

両頬においていた手を両肩に移してクルリと子来の体を半回転させた後、そのまま押し出すようにして二人は大広間を出て行く。

 

 

 

 

 

大広間を出た後、二人は倉庫として使っている小部屋に身を潜めた。

 

「さて、ここからどうするか・・・だ」

 

もともと大戸城へは子来の保護と救援を求めるためにやってきた。

 

しかし、今の城ではそのどちらも期待することができない。

 

「・・・・・・それにしても静かだね」

 

「確かに・・・もっと頭の固そうな奴らがぞろぞろといる印象だったんだがな。大広間であんな立ち回りをやったって誰もきやしねぇ」

 

城の中は静寂に包まれており、音も外の雪が落ちるドサッという物しか聞こえてこない。

 

だれかが話している声も、廊下を歩いて軋む音も何も聞こえてこない。

 

ここは本当にこの国の中心なのかと思ってしまう。

 

「将軍様も・・・ほんとに殺されちゃったのかな?」

 

「成明のあの様子じゃあ間違いねぇな。あの強気な態度・・・けっ、考えただけで虫唾が走ってくるぜ」

 

草薙の言葉のあと、子来は悲しそうに顔を伏せる。

 

「ついさっきまで僕は茂富様と話してたんだよ?笑ってたんだよ?・・・信じられないよ・・・」

 

子来は言葉を紡いでいくたびに、眼に涙がたまっていく。

 

「これから・・・いろいろ教えてくれるって・・・言ってたんだよ?なのに・・・」

 

そして、そのたまった涙がゆっくりと頬を伝う。

 

「成明様も・・・なんで・・・なんでなの?」

 

「・・・・・・オレにはわかんねぇ。だけどな、今泣いてる場合じゃねぇってことはオレにも分かるぞ」

 

「うん・・・僕も・・・分かってるんだよ?でも・・・」

 

「若はこれからこの国の頂点に立つべきお方だ。そんな人が簡単に泣いたり、弱音吐いてんと、下っ端の・・・庶民の俺達はどうすればいいのよ?」

 

子来は俯いたまま頬を伝う涙を拭い、草薙の話を聞いている。

 

「民は先に前を歩いてくれる先導者がいねぇとどうしたらいいか分かんねぇんだよ。茂富様っていう先導者が死んじまった今、次の先導者になんのは若なんだ。少なくとも成明と・・・麻呂だったか?そんな奴らに先導者の座を渡しちゃいけねぇ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

まだ幼い子来には重すぎる話なのかもしれない。

 

しかし、草薙はなぜかこう言わなければいけない気がした。

 

きっと吉之助や直由様がいたらこう言っていたような気がするから

 

草薙はあまり良くない頭を振り絞って言葉を選んでいく。

 

「若の目指す国は・・・どんな国よ?この国をどうしたいのよ?」

 

「僕は・・・この国を変えたい。皆が笑えて、安心して過ごせるようなそんな国をつくりたいっ!」

 

「なら、これからどうすんよ?」

 

「・・・生き残る!生き残って・・・父様と吉之助を助けに行く!!成明の思う通りにはさせない!!」

 

今まで俯いていた子来が顔を上げ、しっかりした目線で草薙を見る。

 

「そのために・・・オレは何をすればいい?」

 

「・・・・・・一緒に父様と吉之助を助けに行ってくれる?」

 

「ちがうだろ」

 

「えっ?」

 

「“くれる?”じゃなくて“直由様を助けろ”って命令でいいじゃねぇか。オレは若の部下なんだからな」

 

「う・・・うんっ!!」

 

「なら、もう一度だ」

 

「・・・・・・“父様と吉之助を助けて”」

 

「ん〜〜まぁいいかっ!ヨシっ!なら、直由様の元へ行くぞ!!」

 

「行こうっ!草っ」

 

(これで・・・よかったんだよな?)

 

草薙と若の二人は勢い良く小部屋から飛び出して、一直線に桃園門へと向かっていった。

 

 

 

 

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二人は一気に階段を駆け下りては、一直線の廊下を走りぬいている。

 

「若、大丈夫か?もう少し休みを取ればよかったか?」

 

先ほどから精神的なショックはもちろん、走りっぱなしのため肉体的にもかなりきついだろう。

 

「大丈夫だよ。草と吉之助の二人に訓練してもらってるんだもん」

 

「へっ!なら大丈夫だな!!もう少し飛ばすぞ!!ついて来い」

 

軽快なリズムを刻みながら、二人は大戸城の階段を勢い良く次々と下っていく。

 

それに遅れることなく子来も軽い足並みで草薙のあとをついていく。

 

そしてあっという間に大戸城の玄関口の広間へとたどり着く。

 

「ホントにいまさらだがこの広間は無駄に広いよな。どっちから来たんだっけな?」

 

「こっちだよ!急ごうっ!」

 

広間を見回していた草薙の前に立って、子来は一つの大きな扉を指差した。

 

「おおっ、そうだっ・・・・・・た」

 

草薙は指差された扉に目をやると、一つの人影が扉の影に隠れていることに気がついた。

 

「若、俺の後ろへ・・・」

 

「えっ?」

 

「いいから俺の後ろにいてくれ・・・・・・・・・そこに居んのは分かってんだ。出てこいや」

 

草薙は扉に隠れている人影に声を低くして脅しかけるように声をかける。

 

その人影は少し出ることに躊躇したそぶりを見せたものの、その姿を現した。

 

「成明・・・・・・」

 

「うまく隠れていたつもりだったのだがな」

 

のらりくらりと歩きながら成明は扉の中央より少し前まで歩みを進める。

 

その手には西欧式の小型の拳銃が握られている。

 

「あれでうまく隠れていたつもりだったのか?子供のかくれんぼの相手もできねぇな」

 

草薙は話しながら腰を少し落とし、愛刀の月白を引き抜く。

 

「尻尾を巻いて逃げたと思ってたが、オレに斬られる為に残ってたのか?ああん?」

 

「やれやれ・・・口の聞き方がなっておらんな。これだから野蛮な者は・・・」

 

「あそこで隠れて俺らを狙撃する手はずだったんじゃねぇのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「図星か?それで今度は道を阻もうとしてんのか。だが・・・お前にオレが止められるとでも?」

 

「それはやってみんと分からんだろう・・・」

 

そう言った後、開け放たれた門から凍えるような風が吹き込んでくる。

 

成明はその銃口を草薙のほうへと向け、草薙は剣先を成明のほうへと向けている。

 

その場は風が吹き込む音しかしない。

 

静寂に包まれる。

 

「・・・・・・成明、あなたに聞きたいことがあります」

 

その静寂を破るのは草薙の後ろに立っていた子来だった。

 

「目上で地位のある者には“様”をつけろと習わなかったか?子来よ?」

 

「いえ、私は自分が尊敬すべき人に“様”を付けろと学びましたので・・・・・・茂富様は本当にお前が殺したのですか?」

 

「いいや、子来。お前が殺したのだろう?」

 

「・・・・・・、答えるつもりはないということですか」

 

「どうだろうな?」

 

成明は嫌味な笑みを浮かべている。

 

しかし、その銃口はぶれずに草薙に向いていた。

 

「若、もう少し後ろに下がってろ。そこの柱の後ろがいい・・・銃弾が届かない」

 

「・・・・・・はい」

 

草薙は子来が二、三歩下がったところにあった柱の後ろへと身を隠す。

 

「いくぜ・・・・・・・・・ふっ」

 

草薙は短く息を吐いたあと、ゆっくりと大きく息を吸い込む

 

そして、ギギッと床が軋む音が聞こえると同時に成明に向かって一直線に飛び掛っていく。

 

成明は草薙が進行してくる方向を予想しながら、草薙の足元に向かって銃弾を一発放った。

 

しかし、その分かりやすい弾道を草薙は軽いフットワークで躱していく。

 

次々と成明は草薙に向かって銃弾を放っていくものの、その全てを草薙は躱していく。

 

そして、六発目の乾いた音が広間に鳴り響いたのを最後に銃口から銃弾が発射されることはなくなった。

 

「弾切れか?なら!」

 

その六発目の銃弾を小さく前方宙返りをして大袈裟に躱して見せると、また一直線に成明の下へと走っていく。

 

成明は何度も草薙に向けて引き金を引いているが、弾が発射されることはなく最後には手に持っていた銃を床に投げ捨てる。

 

しかし、その顔に焦りの色は見えず一直線に向かってくる草薙を見つめている。

 

そして、あと少しで草薙が成明を切り込める範囲に近づいた瞬間

 

 

 

成明は“にやっ”と小さく笑った。

 

 

 

「っ!?」

 

その時、草薙は不意に上の方から人の気配がするのを感じた。

 

いままでそんな気配は全く感じず、人っ子ひとり居ないはずの城内からだ。

 

草薙はその気配がする方を見上げると、二階の会談から一人の少年が銃を片手に子来に狙いを定めていた。

 

そのことに子来は気付いていないようで、ジッと草薙と成明のいる方を柱から顔だけを出して見ている。

 

「わかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!しゃがめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

「いまじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

草薙と成明が同時に叫ぶと子来と銃を片手に持つ少年は一斉に行動に移る。

 

子来は意味もわからず、ただただ草薙の言葉の通りに身をかがめ、少年は成明の言葉の通りに銃の引き金に指をかける。

 

草薙は床を強く踏みしめると、成明の方から無理やり反対方向へと体を転換させ子来のもとへと向かう。

 

しかし、銃弾を避けながら成明のほうへと向かっていたため、子来との距離がかなり離れてしまっていた。

 

流れ弾が子来に向かないように離れたことが裏目に出てしまった。

 

草薙が子来に向かっての最初の一歩を踏みしめた時、パァァンと一発、乾いた音が鳴り響いた。

 

 

 

 

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「わかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!」

 

草薙は叫びながら子来のいる方へと走っていく。

 

銃弾が外れたのかどうかは柱が邪魔で草薙の位置からは見ることができなかった。

 

今は一刻も早く子来の無事を確認したい。

 

その思いが草薙の心を支配し、成明に無防備な背中をさらしてしまっている。

 

しかし、成明はその不意を突くことはしない。

 

なぜなら、その柱の裏の光景を予測することができたから

 

上階に居る少年“麻呂”の顔がそれを物語っていたのだから

 

草薙が柱にたどり着いた時、子来はうつ伏せになって倒れていた。

 

柱の裏の床は鮮血で真っ赤に染まっており、柱には鮮血の斑模様ができていた。

 

「わかっ!!おいっ!!若っ!!しっかりしろ!!どこを撃たれた!!!」

 

草薙は倒れている子来を仰向きに変えて抱きかかえた。

 

「ッ!?」

 

銃弾はちょうど子来の胸に直撃しており、小さな穴からドクドクと血が流れてくる。

 

「く・・・さ・・・」

 

「若っ!!すぐ医者に行ってやるからなっ!!助けてやるからなっ!!死ぬんじゃねぇぞっ!!」

 

「ご・・・めんね。ゆだ・・・んしちゃっ・・・た。常に・・・まわりに・・・きをくばるって・・・おしえ・・・て・・・」

 

「もう喋んなっ!!」

 

子来の顔色はどんどん悪くなっていき、青白くなっていく。

 

眼の光もなくなってきて、だんだんと冷たくなっていく。

 

外が雪だからじゃなく、今にも生命の灯火が消えかけそうなそんな感じだった。

 

「くさ・・・のかっこい・・・いところ、もっとみた・・・かった」

 

「諦めんなよ!!気をしっかり持てっ!!もう喋んじゃねぇ!!!」

 

「もっと・・・なが・・・く・・・いっしょに・・・いたかった」

 

「言うこと聞きやがれっ!!」

 

「きちのすけに・・・べんきょ・・・う・・・とおさまに・・・」

 

「わかぁぁぁ!!」

 

子来はしゃべることを止めようとはいない。

 

「しょうぐ・・・んに・・・なって・・・みんなを・・・」

 

「そうだろ!!若は将軍になってこの国を変えんだろっ!!生き残ってみせんだろっ!!絶対に助けてやるから・・・だから・・・」

 

「く・・・さ・・・」

 

子来はフルフルと震わせながら、最後の力を振り絞って右手をあげる。

 

その手を草薙はしっかりと両の手で握り締める。

 

「ごめ・・・んね。それと・・・とおさま・・・にあやまっておいて・・・ご・・・めんって・・・」

 

草薙の握る子来の手から力がだんだんと抜けていくのがわかる。

 

そして、確信してしまう。

 

もう・・・たすからない

 

「さいご・・・に・・・あ・・・り・・・」

 

そして、その手から完全に力がなくなってしまった。

 

 

 

 

<pf

 

 

 

自分の守るべき者を守れなかった

 

生まれて初めて守りたいと思った者を守れなかった。

 

一生ついていきたいと思った人を守れなかった。

 

自分の役目はなんだったろう

 

この人を守ることじゃなかったのか

 

でも、守れなかった

 

じゃあ・・・

 

オレは何をしてたんだ?

 

「オレ・・・が・・・なぜ・・・?生きてんだ?なぜ・・・この人が・・・」

 

死なないといけないんだ

 

こんなにこの世のことを考えてる奴なんていねぇんだぞ?

 

こんなにいいひとはいねぇんだぞ?

 

なぜ、まもれなかったんだ?

 

オレの・・・せいだ

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

城中に男の雄たけびがこだまする。

 

もう、動くことのない人を抱えながら

 

自分の無力さを嘆く。

 

自分を・・・責める

 

 

 

 

 

 

 

 

「フン・・・無様なものだな」

 

「うまくいきましたね・・・」

 

成明の横には麻呂がおり、草薙を眺めている。

 

「ほんとに・・・“あの人”の言うとおりになりましたね」

 

「ああっ、なかなかの者よ・・・是非、召抱えることにしよう」

 

「これ以上、あのような醜い姿を見る必要はありません・・・参りましょう」

 

「だな・・・」

 

成明と麻呂は悠然とした態度で桃園門のほうへと歩いていく。

 

そのことに草薙は気付かない。

 

ただただ・・・泣き叫んでいた。

 

 

 

 

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いくらかの時間が経った後

 

草薙は子来を抱きかかえながら城外へと歩みを進めていた。

 

その様子はもはや魂が抜けてしまっている。

 

その場で自害することも考えた。

 

いや、そうすべきだとも思った。

 

しかし、直由や吉之助に会い、謝罪を述べてから死のうと考えた。

 

武士の誇り?

 

いや違う。

 

みすぼらしい自分を見てもらって死のうと考えた。

 

主君すら守れない

 

凡愚であると罵られながら死にたい。

 

そして歩きながら考える。

 

どんな死に方が一番惨めだろうかと・・・

 

そう考えているうちに襲われた場所にまでたどり着いた。

 

そこは深紅に染まった雪の上に新しい雪が積もっていて、この世の光景とは思えないほどの美しさと凄惨さを物語っていた。

 

そして、直由が乗っていた籠を見つける。

 

近くに見覚えのある顔がいくつも転がっている。

 

そう、転がっているのだ。

 

その中を歩いていくと、駕籠の前で誰かが立っていることに気がついた。

 

草薙はその人物に近づいていく。

 

その人物は体中のいたるところに刀が刺されており、その数はゆうに十は超えている。

 

絶命しているのだろう。

 

しかし、その人物は倒れることがなくその駕籠を守っているようだった。

 

自分の体を盾にして

 

その顔を見てみると、眼を見開いたままじっと自分の真正面を見続けている。

 

その表情はこの者が死んだ時の最後の表情だったのだろう。

 

勇ましく、雄雄しい表情だった。

 

決して倒れはしない。

 

死んでも守る。

 

その思いがひしひしと伝わってくる。

 

「吉之助・・・」

 

お前は役目を果たそうとしてたんだな。

 

でも・・・オレは・・・

 

なにしてんだろな・・・

 

草薙は吉之助の後ろにある駕籠へと眼をやる。

 

美しい装飾の駕籠のはずなのに、いまは血が乾いてどす黒く変色してしまっている。

 

無残に壊されており、辛うじて骨組みだけが残っているようだった。

 

その中に・・・人が倒れていた。

 

服装で分かる。

 

直由様だ。

 

でも・・・

 

もう息はない。

 

なぜここまでする・・・

 

「結局オレは・・・何をしてんだ?」

 

守るべき者も守れなかった。

 

親友も・・・死んでしまった。

 

オレに未来をくれた人も・・・生きる意味をくれた人も・・・いなくなった。

 

なら、何故オレは生きている?

 

草薙は子来を直由の横に寝かせてやる。

 

そして、空いた手で吉之助の見開いた眼を静かに閉じてやる。

 

そして・・・月白に手をかける。

 

「オレも・・・今行く・・・いや・・・行けねぇな。オレは・・・地獄か」

 

月白の剣先を自分の腹にあて、ゆっくりと息を吐いた後、一気に自分の腹を貫く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった・・・

 

その腕を掴む者がいた。

 

「直由の一味だな?」

 

その男は草薙に向かってそう訊ねる。

 

「成明様の通報により、将軍様暗殺の件で聞きたいことがある。一緒に来てもらおうか?」

 

「離し・・・やがれ」

 

「お前を逮捕する」

 

「離しやがれぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「暴れるなっ!!お前らも手伝えっ!!」

 

そして、草薙は大勢の者達に囲まれて取り抑えられた。

 

そして・・・

 

そこで草薙の意識はなくなった。

 

 

 

 

 

 

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草薙が意識を取り戻した時、そこは奉行所のようだった。

 

いろいろな話を聞かれるが、耳に入ってこない。

 

そして、空虚な日々が過ぎ、遂にその日が訪れる。

 

代官のような者が次々と草薙の罪状を述べていく。

 

その一つ一つが身に覚えはない。

 

だが、反論することはない。

 

やっと・・・死ねるんだから

 

「・・・・・であって、この者を打ち首とする」

 

そして、最後に“罪状 将軍暗殺”と再び罪状が読み上げられた。

 

「さいごに何か言いたいことがあるか?」

 

代官が草薙にそう訊ねる。

 

「こんな世界・・・こんな世の中・・・滅んじまえばいい・・・」

 

聞く者が聞けば、それは将軍暗殺の動機に聞こえただろうか。

 

負け惜しみに聞こえただろうか。

 

しかし、もちろんそんな意味では言ってはいない。

 

若が居ない

 

吉之助が居ない

 

直由様がいない

 

いい人がいい思いをせずに

 

死んでしまうような

 

そんな世界なんか

 

滅んじまえばいい

 

そしてそこで・・・

 

草薙の意識は途絶えるのであった。

 

 

 

 

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その翌日の瓦版は、ある内容のことで持ちきりになっていた。

 

 

 

 

 

大老を勤める直由一味が将軍を暗殺

 

動機は自分の息子子来を将軍後継者にせず、成明様の息子麻呂様を将軍の後継者としたことを恨んでのことらしい

 

将軍が殺されたことにすぐに気付いた成明様が即座に対応し、成明様の軍によりその一味は退治され、一人を取り押さえることに成功した。

 

しかし、そのものは何も語ろうとはせず、本日未明に処刑された。

 

直由は自分の地位を利用して、海外の国と通商条約などを勅許も得ず結ぶなどの暴挙も確認されており、茂富様を言葉巧みに騙して自分の息子を影で推薦するなどの悪事を働いていたことが成明様の調べにより発覚。

 

最後には強行に麻呂派を弾圧して自分の息子を将軍にとまで考えていたらしい。

 

“もう少し早く気付いていれば・・・”と成明様も涙を浮かべながら悔しさ滲ましていた。

 

また、将軍の地位は茂富様が望まれたとおり、麻呂様に引き継がれることが濃厚であり、一月後には戴冠の儀をおこなうそうだ。

 

これでまた再び平和な世の中になることを望む。

 

 

 

 

そして、この事件は人々によって将軍暗殺、ひいては成明の直由討伐も含めてこう呼ばれることになった。

 

桃園門外の変と・・・・・・

 

 

 

END

説明
どうもです。
外伝のその3になります。
続けてエピローグも更新しますので、長編外伝はこれで終了です。
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