魔術師志願3 |
入った場所は広いロビーだった。外からの光はわずかに入るだけで、かなり暗くて視界は悪い。だがオーラは明るい時と変わらず見えていた。これならばみんなを見失うことはないだろう。
雪沢達は懐中電灯を照らして辺りの様子を確かめた。ロビーにはソファーがいくつか置いてあった。元はきちんと並んでいただろうけれども、今はバラバラの向きになっていた。右手には複数の窓口がある受付のカウンターが見えた。正面には上へのエスカレーターがあり、エスカレーターの奥には診察室があるようだった。床には埃がつもりゴミが散らかっていた。
「なるほど、これはいてもおかしくなさそうだな。」
雪沢がつぶやく。
「しおりちゃん、どの辺で見たかわかるかな?」
「三階らしいです。」
「あそこのエスカレーターを登って三階にいってみるか。」
「雪沢さん、ちょっと待ってもらっていいですか?しおり、このあたりの写真を撮りたいです。」
「ああ、もちろん。」
瀬野はカメラを構えて付近の写真を撮りはじめた。フラッシュが光り、暗闇に慣れてきた目に眩しく感じた。
その時、ガタッという音が奥の方から聞こえてきた。一瞬全員の身体が固まった。
「今何か聞こえましたよね?」
小声で斉藤が言った。
「ああ、奥の方から聞こえてきたな。」
雪沢はそう答えると、音のしたエレベーター奥を照らしてみたがそこには何もなかった。だがちょっと安心した雪沢が懐中電灯を下ろそうとすると、今度は別の音が聞こえてきた。コツンと乾いた音が連続して室内に反響しており、どうやら足音のようだ。
「雪沢先輩、まさか出ちゃったんですね?」
「あ、ああ。」
「そんな訳ないでしょ、多分廃墟見学に来ている別の人よ。」
うろたえている雪沢を尻目に、成嶋がそう答えた。その間にも足音は段々と大きくなってきていた。そしてエレベーター奥を照らしている懐中電灯の明かりの中に人影が現れた。
「わっ。」
幽霊かと思った斎藤は小声で驚きの声をあげた。だが向こうからは
「なんだよ、眩しいな。」
と怒鳴り声が返ってきた。あわてて雪沢は懐中電灯の明かりを下に向ける。成嶋の言った通り、幽霊ではなく人間のようだ。同時に雪沢はその周りに青のオーラを確認した。
その男はどんどんと雪沢達に近づいてきた。近づいてくるにつれて、段々と姿がはっきりしてきた。雪沢達と同じく高校生のようで、ブレザーの制服を崩して着ていた。背は高く細身で、制服から出ている手足は骨ばっていた。顔も頬がこけており、目が細く表情は硬く不機嫌そうに見えた。
「お前たち、何?」
そばまで来ると男はそう言った。
「えーと、オレ達ここの病院に廃墟見学に。あなたもですか?」
「知らねーよ、ここは俺たちの場所だから勝手に入ってもらっちゃ困るんだよ。」
雪沢が言い終わるのを待たずに男は言った。
「えっ、俺たちの場所って?」
「そうだよ。まあ知らなかったのはしょうがないとして、入ってきたからには入場料をもらわないとな〜」
「なんだそれ?」
理不尽な要求に斉藤が思わず声をあげる。男は斉藤をみると
「なんだもなにも、それがヒトとしての常識だろが?」
と言って睨みつけてきた。斉藤も負けじと睨み返す。雪沢は睨み合っている二人を呆気に取られて見つめていた。二人ともオーラは濃い青だった。斉藤は先ほどの怯えた状態ではないのを知って、雪沢はすこし安心した。
ふと視界の端に、青いオーラが動くのが見えた。雪沢がそちらに顔を向けると、奥から別の男がやってくるのが見えた。
「よう、どうだった?」
奥の男が細身の男に声をかけた。細身の男は斉藤を睨んだまま少し下がり、奥の男のほうを向くと
「ああ、客みたいだ。」
と答えた。
奥からくる男は最初の男と違いかなり太っており、ドスドスという足音をたててこちらに近づいてきた。丸顔で首が身体に埋まっているように見える。最初の男と同じ制服を着ていたが、サイズがあっていないのか前が大きく開いていて別の服のように思えた。
「ふーん。」
最初の男の隣までやってくると、辺りを見回した。
「なんだ、女もいるじゃん。」
太った男はそう言うと、雪沢の脇を抜けて瀬野の方へ向かった。身体のわりに動きは素早かった。そして瀬野の隣まで来ると腕を掴んだ。
「きゃっ。」
瀬野が悲鳴をあげる。
「せっかく来てくれたんだし、俺たちと遊ぼうぜ。」
太った男は瀬野に顔を近づけて言った。瀬野は必死に顔を遠ざけようとするが、腕を掴まれているため思うように動けなかった。
「やめろっ!」
斉藤が太った男の腕を掴み、瀬野から離そうとした。
「うるせーよ。」
太った男はもう片方の手で拳を作ると斉藤の顔めがけて振り上げ、斉藤は地面に倒れてしまった。だがその隙に瀬野は掴まれてる腕を振りほどいて逃げる事ができた。
「斉藤くんっ!」
逃げてきた瀬野をかばうようにしつつ、成嶋が叫ぶ。
「あーあ、せっかく女おいてけば入場料チャラにしようと思ったのに。余計なことすっから殴られちゃったな。」
細身の男がにやけながら言った。
この間、雪沢はなにも行動する事ができずに、ただ起っている事を見ているしかなかった。ただ一連のオーラの変化は観察していた。太った男が拳を振り上げる時にはその辺りの色が赤く変化していた。初めて見る色だったが、攻撃の際にそう変化するのだろうと推測出来た。瀬野のオーラは紫に近く、おそらく怯えているのだろう。成嶋は特に変化はないようだった。そして倒れている斉藤のオーラも青いままだった。
「よっ。」
軽い掛け声と共に斉藤が起き上がって雪沢のそばに立った。
「大丈夫かサトシ?」
「はい、不意をつかれたのでバランス崩してこけはしたもの、避けましたから。」
確かにそう答える斉藤の顔はなんの傷もあざもなかった。雪沢と斉藤は、奥に細身の男、入口側には太った男かいて挟まれていた。成嶋と瀬野は太った男の向こうにいた。
「ちっ、運のいいやつだな。」
太った男が立ち上がった斉藤を見るとイラついた声で言った。同時に成嶋達の様子もうかがっている。
「雪沢先輩、どうしましょう?」
小声で斉藤が尋ねてきた。
「なんとか逃げないとな。でもこいつらをどうにかしないと難しそうだな。」
「俺、どちらか一人の相手なら出来ると思います。」
「そうなのか?」
「幽霊はダメですけど、こいつらみたいに掴めるやつならなんとか。」
「わかった。オレも一人をなんとかしてみる。」
雪沢には武道の経験も無ければ喧嘩をしたこともなかった。しかし“オーラを見て相手の行動を予測すれば自分も相手ができる”、そんな自信があった。
「そう、この力をいま使わなくてどうするんだ。」
雪沢は自分に言い聞かせるように小声でつぶやくと、太った男の向こうにいる成嶋と瀬野を探した。ちょうど成嶋もこちらを見ていたらしく視線があった。二人ともオーラの色は落ち着いていた。
「逃げろっ!」
雪沢が成嶋に叫んだ。それを聞いた成嶋と瀬野は入り口に向かって走り出した。だが瀬野は靴のせいもあって速くは走れていなかった。
「ちっ、逃げるなよ。」
太った男は二人を追いかけようと振り返って走り出そうとしたが、斉藤が肩をつかんで動きを止めた。
「またお前かよ。」
斉藤の腕を振りほどくと、太った男の右手が赤いオーラに包まれた。次の瞬間、男は斉藤の顔面めがけて殴りかかった。だが斉藤は男の腕に自分の腕を押し当てて、回すようにして払いのけた。軌道を変えられた太った男は目標を失い、止まる事ができずにそのまま床に倒れこんでしまった。
「さっきのお返しだ。」
斉藤が言い放った。
「てめぇ?」
太った男は起き上がると、斉藤を睨んでそう怒鳴った。二人は相手の出方をうかがい、互いに次の行動を起こすタイミングを図っていた。
斉藤が太った男の相手をするようなので、雪沢は細身の男の相手をするため振り向いた。男も斉藤と太った男の戦いを見ていたようだが、今は視線を雪沢に向けじっと睨んでいた。そして不意ににやけて
「どけや、女追いかけたいからさ。」
と言った。
「やだね。」
雪沢は男のオーラの変化に注意しながら答えた。
「そうかよ。じゃあ、ちょっと痛い体験してみるか?」
そう言うと細身の男は拳を構えて雪沢の方へ踏み込んできた。雪沢は男のオーラ見て、前方がやや緑になっていたものの、その他の変化はなかったので殴ってはこないと思ってその場とどまった。細身の男は足で地面を叩いて大きな音を出したが、雪沢の予想通り殴ってはこなかった。まずはフェイントをしてきたのだろう。細身の男は足を戻すと何度か同じ事を繰り返したが、雪沢もオーラを見て、攻撃の予兆がないのを確認していた。
「お前、余裕かましてるな?」
細身の男は雪沢がフェイントにかからなかったのが予想外だったようで、焦っているようだ。雪沢はそう言っている男の右手のオーラが赤く変色していくのに気がついた。
「…ふっ!」
叫びながら細身の男が右の拳で殴りかかってきた。オーラの変化で右手の攻撃があると予想していた雪沢だったが、反射的に両手で頭をガードしながら右手から遠ざかろうと右に動いた。男はフック気味に軌道を変えてきて、雪沢の肩を強打した。
「っ!」
肩から広がった衝撃は身体の中を通り抜け、痛みに雪沢は顔をしかめた。そんな中細身の男を見ると、今度は左手のオーラが赤く変色していった。男の左拳はまっすぐ伸びて雪沢のガードを捉えた。雪沢は殴られながらもとっさに後ずさって距離を取る事は出来たが、腕と肩に殴られた痛みが残った。
「お前みたいな奴をやるのは弱いものイジメになっちまうな。」
打撃を当てて落ち着いてきたのか、細身の男は雪沢をみつつしゃべり出した。
「俺はそういうの、大好きだよ!」
再び男は雪沢に対して踏み込みつつ殴りかかってきた。雪沢はオーラの変化を見て、その行動の予測ができた。
(右手のオーラが赤い。さっきは反対側に逃げたけど、それじゃダメだ。殴ってくる腕の方向に逃げなくちゃ。)
さらには痛みによる防衛本能で思考速度が上がっていたのか、雪沢は瞬時に前回の失敗を踏まえた対応策を思いついた。そして相手が右手で殴りかかってくるのに合わせて、左方向に移動して避けた。細身の男は雪沢を見失い、大きくバランスを崩した。細身の男の右側に回り込む事になった雪沢は、そのタイミングを逃さず男を力一杯右から押した。細身の男は立っていることが出来ずに、そのまま地面に倒れこんだ。
「クソッ、てめえ?」
細身の男は立ち上がりながらそう叫んだ。雪沢は男と距離をとり、次の攻撃に備えて態勢を整えようとした。
「うおりゃっ!」
その時横からそんな叫び声が聞こえ、続けて太った男が投げ飛ばされてきた。太った男は細身の男に突っ込み、細身の男は跳ね飛ばされて柱に激しくぶつかった。そして二人とも呻き声をあげて地面に横たわってしまった。
「雪沢先輩、だいじょうぶですか?」
斉藤が駆け寄ってきて聞いた。
「ああ、なんとかな。あいつはサトシがやったんだよな?」
雪沢は太った男を指差して聞いた。
「はい、ちょっと手こずりましたけどなんとか勝てました。投げたあいつが雪沢先輩の相手にぶつかったのは偶然ですけど、ラッキーでした。」
「すごいな。なにか武術やってるんだっけ?」
「以前に少しだけ。今回はそれが役に立ちました。」
「頼もしいな、助かったよ。」
雪沢は地面の二人のオーラを見て、薄い青であることを確かめた。これならばしばらくは起き上がってこないだろう。
「よし、成嶋達を追いかけよう。」
「はい。」
そして雪沢と斉藤は入口へと走って行った。
「きゃあ!」
雪沢と斉藤が外に出た時に、あたりに女の子の悲鳴が響いた。悲鳴は病室の建物の方から聞こえてきた。二人は急いでそちらに向かった。本館の前の道を曲がると、20メートル程先に三人の人影が見えた。成嶋と瀬野以外にもう一人いる。
「仲間がいたのか。」
雪沢はそう言うと、そちらに走って行った。近づいていくにつれ、三人の姿がはっきりしてきた。成嶋と瀬野の後ろから男が後を追っていた。近づいた事でオーラも見えるようになり、男の足のあたりが赤く変化していっているのが分かった。
「やめろっ!」
男まではまだ距離があって蹴るのを止めるのは物理的には出来そうもないが、なんとか止めたいというせめてもの思いで雪沢は叫んだ。
次の瞬間、あたりに閃光がきらめいた。反射的に雪沢は顔を背けその場に止まった。前に視線を戻すと男が倒れていた。その奥にはカメラを構えた瀬野が立っていた。
「動くな。」
斉藤が倒れている男に素早く近づいて、腕を固めながら起き上がれないように馬乗りになった。
「大丈夫か?」
雪沢は成嶋に尋ねた。
「ええ、大丈夫よ。瀬野さんの機転でたすかったわ。」
「フラッシュで目くらましとは、よく思いついたね。」
「こないだ見た映画でやっていたのを思い出したんです。うまくいくかわかりませんでしたけど、雪沢さんたちがきてくれたので、失敗しても何とかなると思いました。」
瀬野はやや興奮気味にそう話した。
雪沢は斉藤が押さえつけている男を見た。先ほどの二人と同じ制服のようだ。足元を見ると草が足に絡まっていた。フラッシュをたかれた時に足元が見えずに転んでしまったんだろうか。
「こいつはどうしようか?」
「そうだ、その子に聞きたいことがあるのよ。」
成嶋が男に近づいていくと、横にしゃがんで質問を始めた。
「あなたは病院の中にいた二人の仲間ね?」
「さあね。」
その答えを聞いた斉藤は男の腕を締め上げた。
「痛てぇ。わかった、言うよ、仲間だよ。」
「他にもいるの?」
「いない、三人だよ。」
斉藤は締め付けを緩めていないのか、男は苦痛に耐えながら言った。
「ここでなにをしていたの?」
「廃墟見学にくる奴らを襲って金を奪ったり、女をさらったり…」
「ここに幽霊が出るって話を広めたりした?」
「その話は元々あったんだ。俺たちはやってない。」
「でもあなた達を見て、幽霊だと勘違いした人はいたんじゃない?」
「…ああ、確かに。前はきた奴らを脅かしてたな。今は面倒になってやってないけど。」
「わかったわ、ありがとう。」
質問が終わったのか成嶋は立ち上がった。
「そうそう。さっきの襲った話だけど犯罪の証拠になるわ。会話は録音してあるし顔も写真に撮ってるから、あまり変な事は考えないようにしてね。」
そして静かにこう付け加えた。男は地面に押し付けられたまま頷いた。
「さて、病院の中にいた二人がやってこないうちに帰りましょうか。」
成嶋は男から離れると、雪沢にそう言った。
「そうだな、そうした方がいいな。」
雪沢は斉藤に身振りで帰ることを伝えた。斉藤はそれを見ると
「ちょっと待ってください。」
と言うと男の首筋に素早く手刀をあてた。軽くうめきをあげると、男は動かなくなった。
「念のため、気絶させときました。」
成嶋と瀬野は驚きの表情で見ていた。
「斉藤くんて、すごいわね。」
「まったくだ。サトシがいなかったらさっきもやばかったと思うよ。」
雪沢は男のオーラが薄くなっていくのを確認しながらそう答えた。
病院から外に出ると、バス停まで会話もなく早足で戻っていった。途中何度か後ろを見たが、男達が追ってくる様子はなかった。バス停に着くとすぐにバスがやってきた。車内には他の乗客はおらず、雪沢たちは後ろの席に座った。バスが動き出すとようやっと安心したのか、雪沢が口を開いた。
「今回は大変なことになってごめん。」
「すいません、しおりが提案したばっかりに。」
「いや、オレも事前に下見とか調査しとくべきだったよ。」
「でも幸い誰も怪我せずに戻ってこれたのはよかったわ。」
「サトシのおかげだな。まさかあんなに強かったなんて、知らなかったよ。」
「いや、そんな。前にちょっとだけやってましたけど、たまたまですよ。」
そう謙遜しているが、斉藤はちょっと嬉しそうだ。
「あと幽霊の正体もあいつらだってわかったしね。取材の目的はなんとか達成できたわ。」
「そっちの目的は達成したんだろうけど、そもそもの目的の廃墟見学はほとんどできなかったから、大成功とは言いがたいな。」
「雪沢さん大丈夫です。しおりは結構楽しめましたし、写真もたくさん撮りましたから。」
「そう言ってもらえると、助かるけれど。」
「実は、本館から出た後ちょっとだけ裏に回ってみたんです。すぐもどったんですけど、その時さっきの男にみつかっちゃったみたいで…すいません。」
「しおりちゃんって結構行動的なんだな。」
「瀬野さん、結果無事だったからいいけど、雪沢先輩が逃げろっていったんだからそれに従わないとダメだよ。」
「ごめんなさい、斉藤君。」
斉藤が瀬野に対して意見し、瀬野はしょげながら謝った。そうしているとバスは七王子の駅についていた。
「とにかく色々あったけれども、無事に終わってよかった。明日はゆっくり休んで、月曜に今日の取材を元に新しい新聞をつくることにしよう。」
最後に雪沢が今後の予定を決めて、廃墟見学は終了となった。
帰りの電車の方向はみな一緒だった。雪沢と成嶋は七王子の隣の豊山で降り、斉藤と瀬野と別れた。
「今日の雪沢は頼もしかったわ。」
歩きながら、成嶋がそう話しかけてきた。
「まあ、たまにはね。」
「でも、幽霊はいなくて残念だったわね?」
「ああ。」
成嶋の言葉を聞きつつ、雪沢は今日の出来事を思い返していた。タリスマンの力でオーラを見ることで行動を読み、格闘経験のない雪沢でもなんとか相手をすることが出来た。魔法の力で危機を脱したことに雪沢はとても感激していた。幽霊の噂が嘘かどうかなどよりも、よっぽど重要なことだった。
「なんか変ね。幽霊を人がやってたとか、いつもならもっと残念そうなのに。」
「そうか?気のせいだろ。」
「結構本気で感謝してるのよ。ありがとう。」
「成嶋こそ素直すぎておかしくないか?」
「まあ、たまには。」
成嶋は笑ってそう答えると
「じゃ、私帰るわね。」
と言って走って行った。走っていく成嶋を見たが、オーラはいつもと変わらないようだった。
「成嶋はやっぱり度胸すわってるんだな。」
雪沢は誰ともなく言うと家への道へと向かった。
雪沢が月曜日に学校にきてみると、いつにも増して教室が騒がしかった。
「隣クラスに転校生くるってホント?」
「へー、男女どっち?」
「女子らしいよ。」
「よしっ、後で見に行こうぜ。」
「お前すきだなー、そういうの。」
聞こえてくる会話から、どうやら転校生がやってくるらしく盛り上がっているようだ。横目でオーラを確認してみると、気のせいかもしれないがいつもよりは濃い気がした。最近では雪沢はオーラが見えるのが当たり前になってきており、最初の頃ほど人々のオーラに注意を払わなくなっていた。
「雪沢、おはよう。」
席に行く途中、先に来ていた成嶋が声をかけてきた。
「おう、おはよう。転校生がくるの?みんな話してるけど。」
「そうみたい、この時期に転校なんて珍しいわね。それより今日の放課後、部活だよね?土曜のやつを簡単にまとめてみたから、部活の前に目を通しておいてくれない?」
「わかった、みとくよ。」
雪沢は原稿を受け取ると席についた。その後すぐに先生がやってきたので、雪沢は休み時間に読むことにして原稿をしまった。
放課後になったので雪沢と成嶋は教室を出て部室へと向かった。授業中や休み時間に見た成嶋のまとめは、出来事と場所が的確にまとめられており,土曜の事件を再確認するのに非常に役に立った。幽霊の噂についても、彼らの証言を元に人がやっていたということを理解しやすくまとめてあった。
「朝もらった奴を見たけど、わかりやすいな。」
「そう?よかったわ。」
「この幽霊の解説って、そのままトップ記事に使えそうだし。」
「ふーん、珍しい。いつもならこういう超常現象を否定する話は避けるのに。」
「土曜の病院についてはしょうがないな。実際に幽霊をやってたって証言があるんだし。」
雪沢は以前超常現象の証拠が見つかっていないときには,記事にすることで少しでも真実に近づけるのではないかとの思いで新聞を作っていた。だがいまや雪沢はタリスマンを自作しており、これは間違いのない超常現象の証拠であると確信していた。なので新聞で無理に超常現象の肯定をする気分でもなかった。
部室前までくると、反対側から斉藤と瀬野がやってきた。全員そろって部室に入った。
「土曜日はおつかれさま。今日からは取材をもとに新聞を作っていくからよろしくな。まずは成嶋が土曜のまとめを作ってくれたから、目を通してもらえるかな。」
そう言ってまとめを一年生二人に渡した。二人はしばらく黙々と資料を読んでいた。読み終わった頃合いを見計らって、雪沢が再度口を開く。
「それで今回の新聞だけれども、廃墟探検とそこの幽霊の噂についての二つでいきたい。残念ながら幽霊に関してはあいつらがやっていて本物はいなかったけれど、それはそれで記事にしたい。この記事については成嶋に書いてもらおうと思う。」
「わかったわ。」
「廃墟探検に関してはオレが書く。サトシとしおりちゃんは書きあがった記事を読んで、おかしなところがないかを確認して欲しい。」
「わかりました。」
「はい。あの雪沢さん。」
返事をするタイミングで、瀬野が問いかけてきた。
「なんだい、しおりちゃん?」
「しおり、土曜日の写真を持ってきたんですけど、見てもらえますか?メモリーで持ってきたんで、パソコンが必要なんですけど。」
「おお、ありがとう。ぜひ見てみたいよ。それならコンピューター室で見よう。」
山水学園のコンピューター室には授業で使用するためにパソコンが50台ほど設置してある。授業時間中の一般使用はできないが、放課後は生徒に開放されていた。四人がコンピューター室に到着すると、すでに他の生徒が何人かいた。画面が他人に見られることがないように、一番後ろの席を使いたかったが、皆考えることは同じなようで、すでに全て使われていた。逆に前方には人がいなかったので、雪沢達は一番前の席を使うことにした。瀬野が椅子に座るとパソコンを起動した。残りの三人は椅子を囲むように左右と後ろに立った。瀬野がメモリーを差し込むと、画面に多数のファイルが現れた。
「瀬野さん、かなりあるみたいだけど、どの位撮ってたの?」
「だいたい200枚ぐらいです。」
そう言いながら、瀬野は画像ファイルを表示していった。まず出てきたのは正門の集合写真だった。
「やっぱり俺、変な顔してますね……」
斉藤が残念そうにつぶやいた。
瀬野は今度は写真を画面上に16枚ほど並べて表示した。一枚あたりのサイズは小さくなったが、それでもなにが写っているかはわかった。瀬野は少しの間を置いて、次々に写真を切り替えていった。通用門から中に入ったあたりの写真がしばらく続き、次第に通路、本館の写真に切り替わって行った。
「かなり撮ったんだな。」
「それにちゃんと必要になりそうな場面を抑えてあるわ。」.
その後も写真は切り替わっていき、最後の写真はフラッシュの中、転んでいる途中の男の姿だった。腕が前に伸びて見ようによっては襲いかかっているようにも見えた。
「これいいな、インパクトあって。」
「そう?でも顔も制服も写ってるわよ?」
「そこはボカしてわからないようにするよ。決めた、これを中心に使おう。」
「即決ね。じゃああたしも今使うのきめちゃおうかな。瀬野さん、もう一度最初から見せてもらえる?」
「はい。」
成嶋はその後30分ほどかけて、自分の記事に使う写真を選んだ。
「お待たせ。終わったわ。」
写真の選別が終わって成嶋がこう言った。雪沢にはどこが違うのかわからなかったが、成嶋と瀬野はなにか細かい違いについて話し合いながらどれを使うのかを検討していた。
「次はオレと成嶋で原稿を書くか番か。今日中に書き終わるのが目標でいいか?」
雪沢は成嶋に尋ねた。
「かまわないわ、大体出来てるし。」
「それじゃあ、書き終わるまで時間あるから、サトシとしおりちゃんは今日は帰ってもいいよ。」
「わかりました。しおり、うちに帰って写真の編集してます。」
「俺は部室にいきますよ。とくに用事ないんで。」
「あ、あたしこのままここでパソコン使って書いちゃうね。」
「わかった。しおりちゃん、編集よろしくね。成嶋も頼むな。」
雪沢はそう言って二人と分かれると、斉藤と一緒に部室に戻って原稿の執筆を始めた。
「雪沢先輩はパソコン使って書かないんですか?」
原稿用紙を取り出してきた雪沢に斉藤が聞いた。
「ああ。やっぱり原稿は紙に鉛筆で書くのがいいかなと思う。結局はこの原稿をパソコンに打ち込むんで、最初からパソコンでやればいいのにと言われてるけどな。修正するたびにどんどん汚れていくのが、なんか原稿が成長してるって感じがするんだよ。」
「なるほど。」
「まあ自己満足だとは思うけどな。」
雪沢は原稿をある程度書くと斎藤に見せ、感想を元に修正を加えていった。
「よしこれで完成だ。」
下校時刻ギリギリまでかかったが、なんとかその日のうちに原稿は完成した。雪沢が言ったとおり、原稿用紙はかなり見づらくなっていたが、内容に関しては自信があった。
「サトシ、ありがとな。修正意見が参考になって、かなり良い出来になったと思う。」
「いえ、好きに言わせてもらっただけですので。」
「そういうのが大事なんだよ。」
そう話しているときに下校時刻を知らせるチャイムがなり、それに続いて下校を促す放送が流れた。
「もうこんな時間か。帰るとするか。」
「はい。」
雪沢と斉藤は部室の戸締りをすると学校を出て駅へと向かった。
「そうだ、明日も臨時で活動するから、しおりちゃんに伝えてもらえるかな?」
雪沢は駅で斎藤にそう言って別れ、家へと帰った。
翌日雪沢が教室に入ると、みんなは引き続き転校生の話題をしていた。
「転校生見た?」
「ああ、見た。すごい可愛いな。」
「また男子はそういう…。」
そんな会話の中、雪沢は自分の席へと向かった。今日も成嶋が声をかけてきた。
「おはよう、雪沢。原稿は出来た?」
「もちろん。成嶋は?」
「あたしもなんとか出来たわ。」
「今日臨時で活動するけど、大丈夫か?」
「平気よ。」
「じゃあ読み合わせ用として三部コピーしとこう。部活前に。」
「わかったわ。」
授業が終わり、雪沢と成嶋は教室を出た。今日はコピーを取るために一旦図書室に寄った後、部室に向かった。部室にいくと先に斉藤と瀬野が来ていた。中にはいると早速雪沢が口を開いた。
「オレと成嶋の原稿が仕上がったので、これからみんなに読んでおかしなところがあったら指摘してくれ。」
雪沢はコピーしたそれぞれの原稿を渡し、全員で原稿の確認を始めた。雪沢の原稿は斉藤と一緒に書いたのであまり指摘はないと思っていたが、表現が大げさすぎるところをいくつか成嶋に指摘されて修正することになった。成嶋の原稿には変換ミスが何個かあったが、それ以外にはとくに修正するところも見当たらなかった。全部が終わると一時間ほど経過していた。
「あの雪沢さん、しおり、昨日の写真を修正してきたので見てくれますか?」
原稿の確認が完了したところで、瀬野が聞いてきた。
「もうやってくれたんだ。じゃあまたコンピューター室に行こうか。」
「メモリーでも持ってきましたけど、使うのは少なかったので印刷してきましたから、ここで見れます。」
そう言って瀬野はカバンから写真の入ったクリアファイルを取り出した。中には雪沢と成嶋が選んだ写真を印刷したものが入っていた。雪沢が選んだ男が襲ってきている写真は、男の顔と制服にモザイクをかけてあった。誰だかはわからないが、襲いかかっているようには見えるのは変わっていなかった。
「すごいね、しおりちゃん。誰だかわからなくなってるけど、もとの写真の勢いはそのままだよ。」
成嶋の選んだ写真の方も細かい修正がしてあるようで、成嶋が一枚ずつ確認していた。
「ほんと、丁寧に修正してくれてありがとう。昨日、ちょっと気になってると言ったところがよくなってるわ。」
写真の確認を終え、成嶋がそう感心していた。
「写真の方も大丈夫そうだな。それじゃあ、オレはコンピューター室で原稿の入力とレイアウトをやるよ。他のみんなは今日はもう帰ってもらって構わないよ。ただ明日も活動するからよろしくね。」
「わかったわ。じゃあこれがあたしの原稿が入ったメモリー。『廃墟の病院』ってファイルがそうだから。」
成嶋はそう言ってメモリーを渡した。
「しおりのはこれです。今回使う写真しか入ってません。」
瀬野も雪沢にメモリーを渡した。
「俺も一緒に行っていいですか?やり方覚えたいですし。」
「ああもちろん。」
斉藤の申し出を雪沢は受け入れ、二人はコンピューター室へと向かった。雪沢は斉藤と協力して、自分の原稿の入力と新聞のレイアウトを行い、なんとか下校時刻ギリギリで完了する事が出来た。
水曜日、雪沢はいつものように学校に行き教室に入った。転校生の話はもう落ち着いたのか、今日はあまり聞こえてこなかった。
「おはよう、雪沢。昨日はあれから進んだ?」
成嶋が話しかけてきた。
「ああ、サトシの助けもあって一応完成まで持っていけた。」
「頑張ったわねー。じゃあ今日配布できるわね。」
「そうだな。あ、借りてたメモリー返すわ。」
雪沢はメモリーを成嶋に手渡すと席につき、放課後がくるのを待った。
放課後になり、雪沢と成嶋は部室へと向かった。途中で斉藤と瀬野と合流したので、そのままコンピューター室に向かい完成させた新聞を見てもらうことにした。コンピューター室には今日もそれなりに人がいて、前回同様後ろの席は埋まっていた。そこでまた最前列の席のパソコンを使用して、前日完成させた新聞を表示した。新聞は四ページ構成になっていた。これをA3用紙の両面に印刷して、二つ折にするのがいつもの形式だった。
「へー、なかなかよく出来てるじゃない。」
成嶋が画面をみて言う。
「そうだろ?しおりちゃんも見て大丈夫そうかな?」
画面を覗き込んでいた瀬野に雪沢は尋ねた。
「あ、はい!素敵です。」
「それじゃ一部印刷してみるか。」
コンピューター室のプリンターは、教室後ろにあった。そこから出力された新聞を斉藤が取ってきてみんなに見せた。
「大丈夫そうね。」
「それじゃ、配布用に五十部印刷するぞ。」
配布用の印刷も滞りなく終わり、雪沢たちは新聞を部室に持って帰った。部室では最後の工程として手分けして新聞を半分に折った。
「みんなお疲れ。これで今回の新聞作りは終了だ。」
「お疲れ様。」
「おつかれさまでした。」
「お疲れさまっす。」
みんな新聞の完成を喜んでいた。
「オレはこれから生徒会室に行って配布申請出してくる。みんなは出来た新聞を持って行ってもらえるかな?それが終わったら今日は解散で。」
第二新聞部は新聞を図書室と学内にある掲示板で配布していた。山水学園でそれらの場所を使用するには生徒会の許可がいるため、雪沢は毎回許可をもらいにいっていた。ただ形式上のもので、これまでに許可が降りない事はなかった。
「わかったわ、いつものとこにおいておくわ。」
成嶋はそう答えた。
「よろしく頼むよ。」
雪沢はそう告げると生徒会室へと早足で移動していった。残った三人は出来上がったばかりの新聞を持って校内に配布にいった。
雪沢が木曜の朝教室に入ると、あいかわらず室内は話し声でうるさかった。
「雪沢,おはよう。許可はとれた?」
成嶋が声をかけてくる。
「もちろん。あれは生徒会が仕事をしてるって証拠のためのもんだし。」
「まあ、そうだけどね。こっちも配布場所に置いておいたから。」
「ありがとな。」
「反応が楽しみね。」
そしてこの反応は意外に早くやってきた。
授業が終わった。成嶋はこのところ部活で忙しかったので、遊べなかった友達が待ち構えていて、手を引っ張られるようにして教室から出て行ってしまった。雪沢は帰る前に今日どの程度新聞が出たのかを調べよるため、配布場所を見て回って行く事にした。まずは図書室へと向かった。
図書室について在庫を確かめると、いつもと変わらず五部ほど出ているようだった。雪沢は念のためなにか変わったことがなかったか、司書に尋ねてみることにした。
「すいません、第二新聞部ですけど。」
「あー、第二新聞部さん?ちょっと前に質問した人がいたわよ。」
「えっ?」
「なにか書いた人に会いたいとか言っていたわね。」
「どんな人でした?」
「女子生徒だったわ。待っていたらくるかもと言ったんだけど、行ってしまったみたいね。」
「そうなんですか。ありがとうございます。」
雪沢は次に掲示板に行ってみた。掲示板では厚紙で配布用のラックを作って取り付け,ラックの中に新聞を入れるようにしていた。ラックの中の新聞は減っているようには見えなかった。予想通りとはいえ、雪沢はすこし落ち込んだ。ラックの背の、新聞が入っているときは見えない部分には書「品切れです」の文字が書いてあったが、それが見えた事はいままで一度もなかった。
「もしかして、あなたが雪沢正一くん?」
掲示板の前に立っていた雪沢の耳に、女性の声が飛び込んできた。雪沢が声の方向を向くと、そこには黒くストレートなロングヘアーの少女が立っていた。彼女の細く長い手足と顔は髪と対照的に雪のように白く、黒目の部分が広い目は顔の中で存在感を主張していた。そしてその目はじっと雪沢のことを見つめていた。
「えっ、君は?」
「わたしは亜崎、亜崎鈴。あなたと同じ二年よ。今週、この学校に転校してきたの。」
雪沢はとなりのクラスに転校してきた女子生徒が教室で話題になっていたことを思いだした。誰かが言っていたように可愛く、肌の白さからか透明感のある美少女だった。
「でもなんでオレの名前を?」
「これよ。」
そう言うと亜崎は昨日作ったばかりの第二新聞部の新聞を見せた。そこにはもちろん発行人として雪沢の名前が書いてあった。
「わたし、こういうオカルトの話題に興味があるの。転校する前、山水学園ではオカルトについての新聞が出てるって聞いて期待して、どんな人達が作ってるのか会ってみたかったの。転校してすぐ部室を見に行ったら、ちょうど部屋に入って行く生徒がいて、その中の一人にあなたがいたわ。で、ついさっきこの新聞を見て名前がわかったってわけ。」
「なるほどね。ただオカルトじゃなくて科学的な超常現象の調査だと思ってやっているんだ。ただ今回は超常現象の記事はなくて期待はずれだったかな?」
「そんなことないわ、ほら。」
亜崎は新聞の中の写真を指差した。それは雪沢が選んだ、男が襲いかかっているように見える写真だった。
「これは実際の人間だよ。記事にも書いたと思ったけど。」
「記事には書いてなかったけど、こんなにはっきり写っているから、わざと気がつく人がるかどうか試しているのかと思ったわ。でもその様子だとあなた達も気がついてなかったのね?」
亜崎はちょっと落胆したような,それでいて面白がっているような感じで聞いてきた。
「この写真になにか変わったところがあるってことなのかな?」
「ここを見て、この少年の足のところ。」
そう言って亜崎は写真を指差した。そこには靴に絡まる草が写っていた。この草がなければ瀬野は捕まっていたかもしれない、そんな事を雪沢は思い出していた。
「確かにこの草に絡まってくれたのは幸運だったけど、それが超常現象だとでも?」
「見るとこが違うわ。その草の根元をよく見て。ほら、ここよ。」
亜崎はそう言いながら、指で囲んでその箇所を示した。
「ここ、白い人型のものがいるでしょ。」
「えっ?」
雪沢は亜崎が示したところに顔を近づけて見てみた。言われてみれば、草の根もとにうっすら白い人型の影がいるように見えた。その人型は草を折り曲げているように見える。
「…ああ、人型がいるように見えるな。」
「そしてその人型は草を結んでいる、そう思ったんじゃない?」
亜崎は雪沢の心を見透かしたかのように言ってきた。
「この記事では偶然草に絡まってこの少年が倒れたって書いてあるけど、わたしはそうじゃないと思ったわ。この時何か特別な事が起こったのよ。」
雪沢は亜崎が言うのを黙って聞いていた。
「だからわたしはこの記事を書いた人にあって詳細を聞いてみたかったの。」
「それで探してたのか。」
「そう。わたしは今日の放課後図書館でこの新聞を見て、この事に気がついて話を聞いてみたいと思ったの。そしたらすぐに雪沢正一くんに会えた。
これってちょっとした縁を感じない?」
縁と言う単語を亜崎は強調して言ったように思えた。
「たしかに運がいいな。」
「ねえ雪沢くん?もし良かったらこの写真の元の画像を貰えないかしら?わたしオカルトに興味があるって言ったでしょ?こういう物体が写った画像を分析するソフトを持っているんで、それで調べてみたいのよ。」
「もとの画像は顔が写ってるから難しいな。疑うわけじゃないけど、間違って流出しないとも限らないし。」
「じゃあ雪沢くんも一緒に見てもらうのはどうかしら?終わったら消去するのを確認してもらえるし。」
「まあ、それなら平気かな。」
「良かった。明日とかでも大丈夫?」
「多分大丈夫だと思うぜ。」
「それじゃあ明日の放課後、通用門のところで待っているわ。それじゃあまた明日ね、雪沢くん。会えて良かったわ。さようなら。」
「さようなら、亜崎さん。」
雪沢は彼女を見たときになにか違和感を覚えていたが、去って行く彼女を見ていてその違和感の正体に気がついた。彼女のオーラは厚いのだ。身体の周りに見えるオーラの層が他の人と比べて厚い、そう雪沢には感じられた。
金曜日の放課後、雪沢が部室に行くと瀬野がすでにおり、なにかを読んでいた。
「雪沢さん、こんにちは。前の新聞読ませてもらってます。成嶋さんは一緒じゃないんですか?」
「しおりちゃん、こんにちは。成嶋は教室で友達と話してたから、ちょっと後でくるんじゃないかな。」
挨拶がすんだところで、雪沢は写真の事を聞いてみる事にした。
「しおりちゃん、こないだの新聞でオレの記事に使った写真、元の画像って今持ってるかな?」
「はい、持ってますよ。」
「ちょっとコピーさせて欲しいんだけど、いいかな?」
「はい。」
瀬野はカバンを開けてカメラを取り出すと、カバーを開けて中からメモリーを取り出した。
「コピー終わったら返してもらえますか?しおり、今日カメラ使おうと思ってるので。」
「ありがとう、すぐ返すから。」
雪沢は瀬野からメモリーを受け取ると、すぐにコンピューター室へと向かった。
コンピューター室から戻ってくると、部室には成嶋がきていた。雪沢は瀬野にメモリーを返し荷物を取ると
「今日は先に帰るわ。」
と言って部室から出ていった。
「珍しいわね。」
成嶋が出て行く雪沢に声をかけた。第二新聞部の活動は、新聞の発行前以外では特に決まった事はないので、部室にくるかどうか、部室で何をやるのも自由だった。ただ雪沢は活動日には必ずいて、魔術の本を読んだり実験をしたり、または他の第二新聞部の仲間と雑談をしているのが当たり前だった。
雪沢は部室を出ると、グラウンドの奥の通用門へと急いだ。山水学園には正面玄関と通用門があり、生徒はどちらを使っても構わないのだが、大多数は教室から近い正面玄関を使っており、通用門は狭く、また教室とグランドを挟んで反対側にあるのでごく一部の生徒しか使っていなかった。
通用門の近く、塀沿いに植えてある木の影に隠れるようにして亜崎が待っていた。
「雪沢くん、来てくれたのね。」
「約束は守るほうだぜ、オレは。」
「それで画像データはどうだったのかしら?」
「問題ない、ちゃんと持って来たよ。」
「じゃあうちに行きましょう。ちょっと遠いけど、歩いていける距離ではあるから。」
「えっ?ああ、わかった。」
そうして雪沢は亜崎について彼女の家へと向かった。
同じ頃、第二新聞部の部室に斉藤がやって来ていた。
「こんちわーす。あれ雪沢先輩は?」
「今日は帰ったわ。」
「はー、じゃあやっぱりさっきグラウンドから見かけたのは雪沢先輩だったんですね。」
斉藤はバッグをおいて、椅子に座りならそういった。
「えっ、雪沢そっちから帰ったの?」
成嶋が尋ねた。
「俺六限が体育だったんで、終わってからそのまま友達と遊んでたんですよ。そしたら通用門の方に走ってくる雪沢先輩らしき人を見かけて。門のところで誰かと会ってたみたいですね。」
「へえ、どんな人?」
「離れてたんでよくわからないですけど、髪の長い女子でしたね。」
「なるほどなるほど、それで今日は帰っちゃったのね。」
成嶋は納得したように微笑んだ。
15分ほど歩いて、雪沢は亜崎の家についた。駅からは少し遠いが閑静な住宅街の中にある一軒家だった。
「どうぞ上がって。今誰もいないから。」
玄関のドアを開けながら亜崎が言った。
「うん、お邪魔します。」
玄関を入ると廊下と階段があった。
「わたしの部屋は二階だから。」
雪沢にスリッパを出すと、可愛らしい赤いスリッパを履いて亜崎は階段を上がって行った。雪沢はその後についていった。階段は思いのほか急で、階段を登る亜崎の揺れるスカートにドキリとした。階段を上がってすぐの部屋が亜崎の部屋のようだ。
「散らかっているかもしれないけど。」
そう言って雪沢を部屋の中に招いた。そこは薄いピンクで統一された、可愛らしい部屋だった。左にはベッド、右には勉強机と本棚が壁に沿っておいてあった。亜崎はああ言ったものの、雪沢にはどこが散らかっているのかわからないほど整頓された部屋に思えた。
「飲み物持ってくるからちょっと待っていてね。」
折りたたみ式のテーブルを部屋の真ん中に広げて、クッションを雪沢に差し出すと、亜崎は部屋を出て下へと降りて行った。
「へぇ……。」
雪沢はクッションに座ると部屋を見回した。雪沢はこれが女子の部屋に入るのは初めてという事に、今更ながら気がつき緊張してきていた。ベッドを見ると枕元にぬいぐるみが置いてあった。ほんとに女の子はこういったものを置いてるんだと思いながら見ていると、なにかピンクの布のようなものが視界に入った。次の瞬間、雪沢はそれがパジャマだとわかり慌てて視線をそらして、反対側にある本棚を見た。こちらはベッドとは違って厳つい印象を受けた。雪沢も知っているオカルト関係の雑誌や書籍が並んでいた。
「お待たせ。」
亜崎が飲み物を持って戻ってきた。雪沢は飲み物を受け取ると、一口飲んで緊張で乾いた喉を潤した。
「じゃあ早速だけど、画像の分析をしましょう。」
そう言って亜崎は勉強机の上に置いてあったノートパソコンを折りたたみテーブルに移動した。すでに起動したままだったのか、すぐに画面が表示された。
「雪沢くん、画像を貰えるかしら。」
雪沢はカバンの中からメモリーを取り出すと亜崎に渡した。亜崎はノートパソコンにメモリーを装着すると、ソフトを立ち上げ画像ファイルを読み込んだ。
「これが言っていた解析ソフト?」
雪沢は画面を覗き込みながら聞いた。
「そうよ。」
亜崎は画像の足と絡まった草のあたりを拡大した。拡大する事で草の根もとの人型の影がわかりやすくなった。
「確かに人型に見えるな。」
「次の処理でこれが何なのかはっきりするかもしれないわ。」
亜崎がパソコンを操作すると画像が変化した。
「えっ?これは!」
雪沢は声を思わず声をあげた。草の根もとの人影が見えた場所から全身が白い小人が浮かび上がってきた。小人の形は大まかな人型だった。全身滑らかで表面に凹凸は見当たらなかったが、顔にあたる部分には目と口に見える三つの黒い穴があった。
説明 | ||
雪沢正一は魔術に興味をもつ高校生。主にオカルト記事を載せる新聞部に所属し、魔術を極めようと魔術道具の作成について考えている日々をおくっていた。 ある日、古本屋で発見した魔術書によって彼はついに魔法道具を作ることに成功する。彼はそこから魔術への道が開けるものと思ったのだが…… |
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