キャメル艦隊 |
「ドレン大尉、モンゴメリィ、帰還します」
アルバユーリヤ・ドレンは、短く頷くと近距離通信モニターを一瞥して、また手元の手紙を広げた。
「ご家族からで、ありますか?」
副官のカスダヴィッチ・スコー少尉が、席のすぐ後ろにいるドレンに、座ったまま身をよじらせながら訊いた。
「ああ・・・、お前は、来てないのか?」
「はあ、この前出したのですが・・・」
ドレンは低く頷いて、手紙を読みながらゆっくりとブリッジの前へ歩きだした。
「艦長、物資搬入完了しました」
オペレーター席の下士官の声に、ドレンは弾かれたように顔を上げた。
「ようし、総員で仕分け作業を急がせろ」
パプアタイプの補給艦モンゴメリィから最後の補給を受け、ドレン大尉率いるキャメル・パトロール艦隊の巡視任務は最終クールに入った。
元上官であるシャア・アズナブル少佐の左遷により、一度本国へ戻ったドレンは、キシリア・ザビ少将の計らいにより、衛星軌道上の巡視任務を主としたパトロール艦隊を任された。
確かに聞こえはいいが、要するに厄介払いであることは、ドレンも承知していた。三ヵ月の任期を終えれば、一ヵ月の休暇がもらえる。このまま何事もなければ、楽な任務だ。
「おい、カス」
MSパイロットのユーリ・フランシィ少尉が、ノーマルスーツのままブリッジに上がってきた。
「俺んとこに紛れ込んでたよ、これお前んだろ?」
フランシィが渡したのは、スコー宛ての手紙だった。
「あ、ありがとう、ユーリ」
スコーは、一際大きな声を上げると、慌てて手紙を受け取った。
「これか?」
シートの背もたれに肘を置いて、フランシィが小指を立てた。スコーはまるで無視しながら、満面の笑みを浮かべて手紙を読み耽っていた。
「ちぇっ、この幸せ者が」
フランシィは、悪態をついて踵を返した。
「おい、フランシィ、ドムは届いてるか?」
「来てますよ、グラナダのお古が」
「・・・わかった、あとで下りる」
お互いに肩をすくめると、フランシィは敬礼をして出ていった。
「・・・キシリアらしいぜ・・・ったく」
ドレンは、大きく溜息をつくと、手紙を上着のポケットにしまった。
ブリッジ下のハンガーは、補給物資でごった返していた。既にエアは注入されていたが、ほとんどの兵士がまだノーマルスーツのままで作業していた。
二機のドムは、メカマンが張り付いて整備を進めていたが、清掃すら行き届いておらず、関節部分などは汚れたまま送られてきたようだ。
ドレンは舌打ちをしながら、フランシィのところへ向かった。
「艦長、これなら前のリック・ザクのほうがましですよ」
姿を見るなり、コクピットに座っていたフランシィが愚痴った。ドレンは小刻みに頷きながら、コクピットの縁を掴んで身体を固定した。
「整備にどれくらいかかる?」
「動かせるようになるまで、二三時間ってとこですかね。一応、制御系までチェックを入れるつもりですから」
「了解だ」
機体を蹴って、ドレンはもう一機のドムへ向かった。
コンテナが積まれている陰から、罵声が聞こえた。ドレンは途中のクレーンに掴まると、罵声のした方へ向きを変えた。
ヘルメットをとったノーマルスーツ姿のメカニックと、一般兵装の下士官が、互いに掴みあって喧嘩をしていた。周りを数人が取り囲んで、止めに入るどころか囃し立てていた。
「貴様ら! そこで何をしとるか!」
ドレンの姿を認めた一団は、当事者の二人を残してあっという間に散らばっていった。その二人は、ドレンが床面に下り着くまで互いの胸倉を掴んでいた。
「二人とも離れろ。・・・何が原因だ?」
ドレンの問いに、二人は憎らしそうに顔を見合わせたが返答はどちらからもなかった。
「・・・わかった。行ってよし」
二人は敬礼をすると、再び作業を続けた。
今までの任務期間中、敵艦と接触するどころか姿さえなかったが、かといって気を抜くわけにもいかず、兵士の疲労度もかなり増してきているようだ。
サブ・ブリッジで索敵を念入りに行なったあと、ドレンはブリッジに戻り、トクメル、スワメルの艦長を呼び出した。
「はあ? 模擬戦闘でありますか?」
トクメル艦長アンドレイ・カスタフ中尉が、怪訝そうな顔つきで訊き返した。
「ああ、シミュレーションを使うが、ただの模擬戦闘ではないぞ」
「大尉殿、もしかして・・・」
スワメル艦長セルゲイ・マカロフスキ中尉は、頬を緩めてにやつきながらドレンの言葉を伺った。
「そうだ、セルゲイ。あれをやるぞ」
二人の艦長は、待ってましたとばかりに通信を切った。
ドレンの提案したレクリエーションは、各艦からMSパイロットを一人選出し、シミュレーションで戦わせて兵士達に賭けさせるというものだった。無論、本国にばれればただでは済まないが、いつどこの軍隊でもすることは同じであった。
キャメル、スワメル、トクメルの艦内は、一気に色めきたった。こんなことで兵士の士気が上がれば、安いものである。
全ての作業を中断して、早速レクリエーションが開始された。サブ・ブリッジでは、コンピュータの空きバンクを利用して、ベッティングのプログラムが組まれた。
賭けは、各艦のシミュレーションユニットを繋いで、選ばれたパイロットが一対一で戦闘を行ない、二連勝したパイロットがウィナーとなる。もちろん、パイロットの能力に応じてオッズも組まれる。
ブリッジやサブ・ブリッジには、大勢の兵士が詰め掛けていた。持ち場を離れられない者のために、艦内の全モニターに戦闘は中継される。この間に敵が現われればまずいのは当たり前だが、出来る限り兵達を楽しませてやろうとドレンは思っていた。
早速パイロットが選出された。キャメルからは、ユーリ・フランシィ少尉。搭乗時間15000時間、作戦行動時間120時間のベテランである。
スワメルからは、ボゾック・ユスチノフ准尉。搭乗時間8200時間、作戦行動時間30時間。接近戦を得意としている。
トクメルは新兵を出してきた。ウーリャ・スラボロフ曹長。搭乗時間2100時間、作戦行動時間5時間。経験は少ないが、シミュレーションの模擬戦闘では無敗を誇っている。
試合開始は一時間後と決まった。この歓声と怒号が探知されなければいいのだが。
設定されるバトルフィールドは、市街戦と宇宙空間で一試合ごとに変更される。MSは、ザクとドムから自由に選択。使用火器は、ザクがマシンガンとヒートホーク、ドムがバズーカとヒート剣と決められている。オッズは、最有力候補のフランシィが2、ユスチノフが5、スラボロフは10となっている。
ブリッジは、さながらカーニヴァルのように盛り上がっていた。酒こそないが、急ごしらえのフードバーもあって、試合開始を今や遅しと待ち構えていた。
第一試合は、フランシィとユスチノフの対戦となった。メインスクリーンに市街戦のフィールドが映しだされると、歓声が一層大きくなった。メカマンが仕掛けたのか、コクピット内のパイロットの様子も、ブリッジの左右のモニターに映しだされた。これには、さすがにドレンも苦笑いを浮かべていた。
フランシィは、慣れているザクを選んだ。ユスチノフは、フランシイが選んだのをみて、ザクを選んだ。試合時間は5分、自損を含めた損傷係数の少ないほうが勝ちとなる。もちろん、撃破すれば文句なしである。
「よーし、試合開始だ!」
ドレンの合図で、二機のザクがハンガーから発進した。
メインスクリーンには、まるでスポーツ中継のように画面が切り替わって、戦闘の様子を映しだしていた。
ユスチノフは、なんとか得意な接近戦に持ち込もうとじりじりと攻め入っていく。一方フランシィは、あまりその場を動かずに巧妙なバリケードシューティングで、相手の損傷係数を増やしていった。時間切れ間際、形勢不利とみたユスチノフが、ヒートホークを振り上げ突撃をかけた。最後まで冷静なフランシィは、マシンガン全弾を叩き込み、ベテランの意地を示して圧勝した。
キャメルだけでなく、他の二艦でも大歓声が沸き起こった。やはり本命はフランシィだろう。終始攻めの姿勢を貫いたユスチノフにも、惜しみない拍手が送られた。
第二試合から実況がついた。ドレンはただただ苦笑いを浮かべていた。フランシィはこれに勝てばウィナーである。相手は新兵のスラボロフだ。
フランシィは引き続きザク、スラボロフはドムを選んだ。今度はフィールドを宇宙空間に移して、第二試合が開始された。
当初、フランシィの圧勝かと思われたが、スラボロフはドムの機動性を生かしてフランシィの攻撃を巧みに回避。目にも留まらぬ攻防戦が繰り広げられた。このまま引き分けるかに見えた試合終了二十秒前、スラボロフの放ったバズーカが、フランシィの左肩を直撃した。
一番驚いたのはフランシィだろう。コクピットの映像は、大騒ぎのスラボロフとは対照的に、呆気にとられているフランシィの姿を映しだしていた。間があって、各艦内は歓声と怒号に包まれた。さぞトクメルは盛り上がっていることだろう。ドレンは、艦長席で深く大きく頷いた。
大穴を賭けた第三試合、スラボロフとユスチノフ。フィールドは再び市街戦に戻り、双方ザクを選んだ。
試合開始直後、何を思ったかユスチノフは、マシンガンを捨ててヒートホークを振りかざして突進していった。慌てたスラボロフは、照準が定まらず接近戦に持ち込まれてしまった。こうなれば、ユスチノフの独壇場である。一分も経たないうちに、ユスチノフのヒートホークは、スラボロフのザクを切り裂いていた。
これで勝負の行方は混沌としてきた。共に一勝一敗、まさに三すくみの状況である。ここで、インターバルが採られた。ドレンは、フランシィをブリッジに呼んだ。
「・・・油断したな、フランシィ」
沸き立つ歓声の中、フランシィの肩はがっくりと落ちていた。
「奴は、・・・ウーリャはいいパイロットになりますよ」
「ああ、俺もそう思う」
ドレンは、フランシィの肩を叩いた。
「精々、ベテランの底力を見せてやれ」
フランシィは、力なく笑って頷いた。
第四試合、スラボロフを退けたユスチノフは、フランシィと対戦する。フィールドは宇宙空間、ユスチノフはドム、フランシィはザクを選んだ。
思い切った戦法で勝ちを納めたユスチノフだったが、ドムの有利な機動性をもってしても、フランシィの懐に入ることは出来なかった。正確な射撃で、ユスチノフの損傷係数を削り取ったフランシィが判定で勝利した。
あと二試合で決着が着かなければ、ドローとなって賭け金は払い戻される。たとえそうなったとしても、兵士達はもう十分に盛り上がっていた。
第五試合、雪辱とは言いたくないだろうが、フランシィはスラボロフと再びあいまみえる。フィールドは市街戦、双方ザクを選んだ。
最初の市街戦とは異なり、フランシィは動き回った。逆にスラボロフが先のフランシィのような戦法をとった。
「ベテランの底力、見せてやるぜ・・・」
バリケードを巧みに利用して、フランシィはスラボロフに接近していった。スラボロフは一向に動こうとしない。自損も判定の対象になるため、スラボロフは相手の自滅を待っているようだ。ベテランが相手では、まともにやり合っても勝ち目はないと踏んだのだろう。明らかにスラボロフは勝ちにいっていた。
ある程度距離を置いたところで、銃撃戦に入った。フランシィは正確な単射で、スラボロフの周りのバリケードを崩していく。たまらずスラボロフが動いたところで、フランシィは連射をかけた。バリケードは完全に破壊され、スラボロフの右足が吹き飛んだ。
試合終了。勝利の栄冠は、フランシィの頭上に輝いた。歓声に包まれるキャメル艦内。ブリッジに上がってきたフランシィを、階級の別なく兵士達が称えた。スラボロフやユスチノフにも、大きな拍手と称賛が送られた。
艦隊に、再び静寂が戻ってきた。ドレンの提案したレクリエーションは、大成功のうちに終了した。兵士達には活気が蘇り、物資の仕分け作業も全て完了、引き続き第三戦闘配置での待機がとられた。
ドレンは、眼下の地球を眺めていた。重力に引き込まれそうで、あまり見るのは好きではなかったが、ぼんやりと白い雲と青い海を腕組みしながら見つめていた。
「ドレン大尉、ドム二機の整備完了、いつでも出撃できるそうです」
いつもより覇気のないスコーの報告に短く返事をすると、ドレンは踵を返してスコーの許へ歩み寄った。
「どうした、少尉。さてはお前、フランシィに賭けなかったのか?」
スコーは、何も言わずに手紙を差し出した。
「これは、先刻フランシィが届けた手紙じゃないか」
「読んでください」
「いいのか?」
几帳面に書かれた文字を、ドレンは目で追った。かなり周りくどい言い方だが、要するに別れてくれということだった。彼の妻の署名は、旧姓で書かれてあった。
ドレンは、スコーに手紙を返すと、自分の懐からも手紙を出して渡した。
「読んでみろ」
「よ、よろしいので?」
ドレンは、手紙を受け取らせると、再び地球を眺めにいった。手紙を読むスコーの表情が、次第に深刻になっていった。
「・・・た、大尉!?」
「・・・女なんてものはそういうもんさ。戦争も同じだ。いちいち気にしてたら、勝てるものも勝てなくなる。・・・今を精一杯生きようじゃないか。どうせそれくらいしかできねえんだからよ」
ドレンの妻も、同様のことを手紙で知らせてきたのだった。スコーは、ドレンの言葉を噛みしめるように頷いた。
レーザー通信の呼び出しが鳴った。スコーは、オペレーター席に滑り込んだ。
「ドレン大尉、ザンジバルのシャア大佐からです」
copyright (c)crescent works 1995
説明 | ||
1995年作品。 当時対戦格闘ゲームが流行っていて、なんとなくそんな展開になりました。 ドレンはたぶん部下思いな上官だと思うんですよ。 パトロール艦隊のような警戒任務は士気維持にも苦労すると思うので、きっとこんな調子でモチベーションを保っていたのでしょう。 そして、本編へとリンクしていきます。 |
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コメント | ||
>だが男ださん シャアの副官時代はそうでしたが、シャアと共に左遷されたと解釈しています。キャメル艦隊がどこの所属かは不明なので、こちらで勝手に設定しています。(みかつう) | ||
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