魔術師志願4
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「思った通りだったわ。これはホムンクルスね。」

「ホムンクルス?」

「そうよ。このソフトはね、画像から魔法が働いている箇所を抽出してくれるの。ある程度画質がよくないとうまくいかないんだけどね。この画像はかなり画質がいいみたいで、綺麗に抽出できたわ。」

「亜崎さんは一体そんなソフトをどうやって手に入れたんだ?」

「それはまだ言えないわ。」

亜崎は微笑んで雪沢を見つめると、話を続けた。

「彼が転んだのは偶然なんかじゃないの。ホムンクルスが転ばせたのよ。そしてホムンクルスがここにいたと言う事は、なんらかの魔力が働いたに違いないの。雪沢くん、思い出して。この時になにか特別な事はなかった?」

「えっ、そんな事はなかったと思うよ。」

そう言いながらも雪沢はそのときの事を思い返していた。

(あの時は男の足のオーラが赤く変わるのが見えたんだっけ。瀬野が蹴られると思ったけど、オレは男に届かないからなにか止める手段があればと思ってたかな……)

「あっ?」

ふと雪沢の頭にある考えが浮かび、思わず声が漏れた。

「なに?なにか思い出した?」

亜崎が聞いてきた。

(もしかするとこのタリスマンの能力はオーラを見るだけじゃなかったのかもしれない。あの時オレはなんとかしてアイツを止めようと必死だった。その思いがなに新しい能力を生み出したんじゃないだろうか。前にホムンクルスの作成を試してたから,その時のことが深層意識にあって、この小人を生み出したとか。)

雪沢は亜崎の問いかけには答えず、しばらくうつむいて考えていた。その間、亜崎は雪沢を見つめてじっと待っていた。

「いや、ちょっと突拍子もない考えだし。」

こんな話をしても信じてくれないかもしれないという思いがして、雪沢は話すのをためらってしまった。

「雪沢くん、それでもいいわ、話してみてもらえないかしら。あなたとわたしには不思議な縁があるように感じているの。普通だったら、わたしは知り合ったばかりの人を家に上げたりはしないし、このソフトを使うのを見せたりはしないと思うの。なにかのごまかしだと言われるのではないかと不安になるし。でもあなたは信じてくれた。だからわたしも雪沢くんの言うことを信じるわ。だから心配せずに話してほしいの。」

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亜崎がゆったりとそう言った。

「わかった。信じられないかとは思うけど、オレ、人のオーラが見えるんだ。」

雪沢は決心してそうつぶやいた。

「すごいわ。そしてわたしはその言葉、信じるわよ。」

亜崎が言った通り,彼女は雪沢の言葉を信じてくれた。一呼吸置いて雪沢は話を続けた。

「オーラを見れるようになったのは、ある魔術書にあったタリスマンを作ってからなんだ。今まではその能力しかないと思ってた。でも他の?つまりホムンクルスを操るみたいな力も?あったのかもしれない。あの時、オレは写真の男が瀬野に襲いかかるのをなんとか止めようと必死だった。その思いがタリスマンの別の能力を発動させたんじゃないかと考えたんだ。」

亜崎はその話を黙って聞いていた。雪沢はオーラを見ていたが特に変化する様子はなかった。

「興味深いわ。」

話を聞き終わるとすぐに、亜崎はこう答えた。

「雪沢くん、よかったらそのタリスマンを見せてもらえないかしら?」

「ああ。」

雪沢はポケットからタリスマンを取り出すと、掌にのせて見せた。亜崎はそれを回りこんで眺め、じっくりと観察した。

「ありがとう。このことを知っている人は他にいるの?」

「いや、このことを話したのは亜崎さんが初めてだよ。」

「そうなの。じゃあこのことは二人の秘密なのね。」

微笑みながら亜崎はそうささやいた。そして一瞬沈黙し

「わたしも雪沢くんに秘密を言うわ。わたしにもそういった力があるの。わたしはね、写真に写った魔力がわかるの。」

と告白した。

「えっ?」

いきなりの言葉に雪沢は衝撃を受けた。

「わたしもさっき、雪沢くんが言ってくれた時、すごくびっくりしたの。でも同時にね、『この人は仲間』、そう思うと嬉しくなったの。」

「そうか、仲間か。」

雪沢は亜崎の言葉を繰り返した。

「それじゃさっきのソフトは?」、

「これはわたしが作ったものよ。自分がなぜ魔力を見る事ができるのか、それを知りたくて魔力が写っている画像をたくさん調べたの。そうしたら魔力がある場所では特定の法則に従って、わずかに色が変化している事を発見したの。多分わたしはその変化を感じ取っているのだと思うわ。ソフトはそれを強調して、わたしが見ているのに近い画像にするものなの。」

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亜崎はここまで言うといったん口を閉じ、話題を変えた。

「雪沢くん、さっきのオーラの話だけど、もしかして私のも見えているの?」

「ああ、亜崎さんのオーラは他の人より厚かったんだ。だからオレも最初みたときから亜崎さんはなにか特別なんじゃないかと思っていた。」

「そうなのね。雪沢くんからすると、わたしが変わっているのはわかっていたのね。」

亜崎は軽く笑うと話を続けた。

「雪沢くん、さっきの推測が正しければ、もう一度ホムンクルスを出すことが出来るのではないかしら?」

「そうか。そうだね。」

「ちょっと試してみてもらえないかしら?」

亜崎は勉強机の上からシャープペンシルを取ると、部屋の端に立てた。

「これを動かしてみて?」

「わかった、どうやったのか分からないけど,やってみるよ。」

そう言うと雪沢はシャープペンシルを見て、倒れるように念じてみた。しかしなにも起こらなかった。

「ああ、あのときは叫んでいたな。」

そう言うと今度は叫びながらやってみたが、やはりなにも起こらなかった。雪沢はしばらくいろいろと試してみたが、シャープペンシルが動いたりホムンクルスが出たりする気配は感じられなかった。

「うまく行かないな。タリスマンの新しい能力って推測は違ってたんだな。」

「でも雪沢くん、話を聞いているとそのタリスマンがなにかしら影響していると考えるのは間違っていないと思うの。」

亜崎は人差し指をあごに当てて斜め上を見て考えをまとめているようだった。

「なにか別の条件があるのではないかしら?例えば他の誰かがいなくちゃいけないとか。」

「うーん、そうかなぁ?」

「雪沢くん、ホムクルスのことがはっきりしたのも、あなたとわたしの縁があったからだと思うの。だからこの事をもっとはっきりさせたいのよ。それにはホムクルスが出現したときの状況になるべく近づけるのが一番だと思うの。そのときは第二新聞部の後輩を救おうとしていたのでしょ?ならその人がいたほうがいいと思うし,その場にいた他の人もいた方がいいのではないかしら?もっとも相手の男は無理でしょうから、集めることが出来るのは第二新聞部の人達になるかしらね。」

「言われてみれば、そうかもしれないな。」

雪沢は亜崎の熱意に圧倒されていたが、あの時と近い条件にすれば、ホムンクルスが出てくるかもしれないという説には説得力を感じているのも事実だった。

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「じゃあ第二新聞部の人達を集めてもらえるかしら?ホムンクルスの事は言わない方がいいでしょうね。もし集まったところでホムンクルスが出現したら、そのときにはみんなに教えればいいのではないかしら。」

「わかった。」

「わたしも早く知りたいから、なるべく早いと嬉しいな。たとえば明日の土曜とか、明後日の日曜とか。」

「聞いてみるよ。どこに集めるのがいいかな?再現するとすればあの病院なんだろうけど、ちょっとあそこに呼ぶのは難しい気がするよ。」

「そうね。じゃあ学校でいいのではないかしら?グラウンドと校舎の間の雑木林とか、あの病院の写真と似ている気がするし。」

亜崎は新聞をめくりながらそう言った。

「そうかな?まあ学校ならなにかしら理由を付けて集まりやすいけど。」

「決まりね。あ、わたしは最初隠れて見ているわね。出て行くと説明大変になりそうだし,当時の状況とも違ってしまいそうだから。」

「わかったよ。じゃあ詳細が決まったら連絡するよ。えーと……」

雪沢は連絡先を聞いていいものかどうか分からず、その先の言葉を言えないでいた。

「わたしの連絡先って教えてなかったわね。交換しましょう。」

亜崎は気にしたようすもなく、ケータイを取り出すと番号を交換した。

「じゃあ正一くん、連絡待っているわ。」

「えっ、ああ、うん。」

苗字ではなく名前を呼ばれたことに焦った雪沢は、しどろもどろな返答をして立ち上がった。

「あ、待って、正一くん。」

亜崎は雪沢の頭に手を伸ばした。直後、雪沢は頭にチクっとした痛みを感じた。

「いてっ。」

「ごめんなさい。髪の毛にゴミがついていたので取ろうと思ったのだけれど、間違って髪の毛まで引っ張ってしまったみたい。」

亜崎は謝ると、ドアを開けて雪沢を誘導するように下に降りていった。

「じゃあね、正一くん。今日はいろいろなことがわかって嬉しかったわ。またね。」

「オレもうれしかったよ。まさか他に力を持っている人がいて、こんなに早く会えるなんて。」

「そうね、すごく縁を感じるわ。」

 

雪沢は亜崎の家から帰る途中、魔術書にある言葉を思いだしていた。

「『魔術を正しく志せば、かならずいつか導きが訪れる。それは師となる魔術師との出会いかもしれないし、有用な魔術書との遭遇かもしれない。すべては魔術を志すもの同士の縁によって決定される』か。あの本に書いてある事は間違っていなかったんだな。そしてまたタリスマンの能力が増えるかもしれないわけだ。」

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雪沢はタリスマンを手にとって見てみた。最初はオーラを見るだけだったが、このおかげで病院において男たちとの戦闘に勝利することができた。そしてそれがあったから亜崎とも知り合えた。さらにはホムンクルスを呼び出す能力があるのかもしれないと考えると、雪沢にとって魔術の世界への道標だった。そして雪沢は第二新聞部のみんなを呼び出す口実を考え始めた。だがあまりうまい嘘は考えつかず、『明日魔術に関する画期的な実験をしたいが、第二新聞部の全員いないと出来ない。』という話をしてみることにした。時間は先週の病院探検と同じく19時から始めることにしておいた。

「サトシとしおりちゃんは来てくれると思うけど、成嶋はどうかなぁ。」

やや心配しながらみんなにメールを送った。すぐにサトシから参加するとの返事があった。しばらくして成嶋からの返事があった。文句がいろいろと書いてあったが、参加はしてくれるらしい。瀬野からの返事が来たのは雪沢が家に着いた頃だったが、参加できるということだった。

雪沢はこの結果を早速亜崎に連絡した。返事はすぐ来て、彼女はあらかじめ学校にいるので始める前に連絡して欲しいと伝えて来た。

翌日の土曜日、雪沢は一時間前の18時に部室に来ていた。端においてあるバケツを見て、以前ここでホムンクルスを作ろうとしていたのを思い出した。

「あれからまだ二週間も経っていないんだよな。」

あの時失敗から信じられないほど、雪沢の周りでは魔術絡みの事が起こっていた。そしてもしかすれば今日は、そのホムンクルスも出現させる事ができるかもしれないのだった。雪沢は亜崎にメールをしてみた。すぐに返事が来て、亜崎もすでに学校に来ているらしかった。まだ他の部員が来るまでは時間があると思った雪沢は、事前にあって打ち合わせをしようかとメールしたが、亜崎からは条件をなるべく揃えるためにもやめたほうがいいという返事がきた。

10分前になると斉藤がやって来た。今日も先週と同じくジャージ姿だった。

「こんばんわっす。雪沢先輩さすが早いですね。」

「おう、サトシ!急に呼び出しかけてすまなかったな。」

「それは大丈夫ですよ。今日やる実験てのはどんなやつんですか?」

「それはもうちょっと秘密にさせといてくれ。うまくいかないかもしれないんでね。」

「わかりました。」

5分前には成嶋がやって来た。服は違うようだか、やはり先週と同じくショートパンツにレギンスだった。

「雪沢、今日はまたなにをやるつもり?」

「まあちょっと待ってくれよ。準備が整ったら話すから。」

「いいけど画期的って言って、また失敗しても落ち込まないでよ。」

成嶋は一息つくと

「そういえば、昨日は女の子と帰ったんだって?」

と聞いてきた。

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「えっ、なんで知ってるんだ?」

「斎藤くんが見たのよ。」

それを聞いた雪沢は斉藤をふざけて恨めしそうな表情で見つめた。

「すいません、つい。」

斉藤はすまなそうに言った。

「こんばんわ。」

その時、ドアが開いて瀬野がやってきた。彼女は先週とは違い、制服を着ていた。時計をみるとちょうど19時になったところだった。

「みんな揃ったね。じゃあグラウンドに移動するから。」

「ここでやるんじゃないのね?」

「ああ、土の上のほうがいいんでね。」

雪沢たちは部室を出てグラウンドに移動した。部室を出る時に雪沢はあらかじめ用意していた亜崎へのメールを送信した。グラウンドに出るとすでに陽は落ちており、空は夕焼けから夜空へと変わりはじめていた。昼間は部活で使っていたようだが、今は誰もいなかった。雪沢はあたりを見て亜崎がいるかどうかを探してみたが、見つからなかった。

「そろそろどんな事をやるのか教えてくれない?」

成嶋が聞いてきた。

「ああ。」

雪沢は最後にもう一度あたりを確認した。亜崎の姿を見つける事はできなったが、そろそろみんなを待たせている事も難しくなったので説明をする事にした。

「これからちょっとした魔術の実験をしたい。実験と言うよりは検証かもしれないな。まだどういう状態でその現象が発生するのか、はっきりしたことはわらないんだ。」

「なんだか言ってることがよくわからないんだけど?」

成嶋が問い詰めるような口調で聞いてきた。

「すまない、これが上手く言ったら説明するよ。」

「ちょっと雪沢!あたしたち、あなたの実験に付き合ってるのよ!そんな秘密にしないで教えてくれてもいいじゃない?」

「え、いや、失敗したらその、あれだしな。がっかりさせるし。」

「あたしどれだけあなたの失敗を見てきたと思っているの?今更一つ二つ増えてたところで気にしないわよ。」

成嶋はなだめるように言ってきた。雪沢はおもわず『もう成功している!』と言いそうになったが、慌てて口をつぐんだ。タリスマンのことは成嶋にはあまり言いたくはなかった。

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「そうですよ、雪沢先輩。俺たちを信じてください。失敗しようが俺はずっと雪沢先輩を信じますから。」

斉藤も雪沢に頼んできた。瀬野は何も言わなかったが、斉藤の発言に合わせてうなずいていた。

「わかったよ。そうだな、みんなに隠しているのは悪かったよ。」

雪沢は観念してみんなに何を行うかを話し始めた。ただタリスマンと亜崎の写真については省いて説明を行った。

 

「じゃあしおりに向かってきた人が転んだのは、ホムンクルスさんが出てきてくれたから、ということなんですか?」

説明を聞き終わった瀬野が聞いてきた。

「それは確実だと思う。なぜ出たかを考えたんだけど、あの時オレたちは必死にあの男を何とかしようと思っていただろ?みんなの思いがひとつになったからだと思ったのさ。」

「俺たちの思いでそんなものが出るかもしれないんですね。早速やってみましょうよ。」

「じゃああの時みたいに、成嶋と瀬野、オレとサトシの組で五メートルほど離れてみようか。」

雪沢の指示によって二組にわかれ、間をおいて離れた。雪沢は全員のオーラを見ていたが、斉藤と瀬野はやや色が濃くなっていてこの実験に興味を持っているようだったが、成嶋のオーラはいつもと変わっていなかった。やはりこの手の実験に興味を持たないのだろうと雪沢は考えていた。

「次はどうすればいいですか?」

斉藤が聞いてきた。

「そうだなぁ。じゃあみんな、合図をするからあの時の気持ちを思い出してみようか。」

雪沢は成嶋と瀬野にも聞こえるよう、大きめな声で話した。雪沢はタリスマンがホムンクルス出現の重要な要素であると信じていたので、それが関係するとはあまり思っていなかった。だが亜崎が指摘した『当時の状況に近いほうがいい』という条件を考えると、そうは思ってみてもやってみて損ではないぐらいには考えていた。

「じゃあ、いいかな。五、四、三、二、一……。」

雪沢のカウントダウンが終わると、みな当時の気持ちを思い出そうとしているのか、目をつぶって集中していた。雪沢は瀬野の手前の、男がいたあたりを睨み、『止まれ』という気持ちで意識を集中させていた。

「なにかおこりましたか?」

30秒ほど経って、瀬野が雪沢にたずねてきた。

「残念だけど、なにも……。」

雪沢がそう答えようとした時だった。雪沢達と成嶋達の間あたりに、50cmほどの人型の灰色のオーラが現れた。人型のオーラは雪沢たちからゆっくりとどこかへと動き出した。

「出た、成功だ!」

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雪沢はそう叫ぶと動いていく人影を視線で追った。人影はグランドの中央にむかってゆっくりと移動していっていた。

「あっ?」

成嶋がグラウンドの中央を見て軽く声を上げた。雪沢がそこに視線を向けると、黒いロングドレスをまとった亜崎がそこにいた。オーラの人影は亜崎の横まで移動すると消失した。

「正一くん、ちゃんと全員集めてくれたのね。」

亜崎は雪沢にこう語りかけてきた。

「亜崎さんの言った通りだったよ。出来たよ。ホムンクルスが出現したよ。まだどういう条件なのかわからないけど。」

「残念だけど、それは違うのよ。」

亜崎は興奮気味の雪沢に落ち着いて返事をした。

「さっきのはちょっとした事を確認するためにやらせてもらったの。」

そう言うと手のひらを地面に向けて広げ、そのまま引き上げるような動作をした。すると地面から灰色のオーラの人影が、まるで手に引っ張られたかのようにせり出してきた。彼女が手を閉じると人影は霧散した。

「わかったかしら?」

「亜崎さん、一体なにを?」

亜崎はその言葉に答える事は無かった。雪沢は彼女の全身のオーラが赤く変色していくのに気がついた。オーラは人型のまま亜崎の身体から前面に分離すると、高速で成嶋と瀬野のほうに移動しはじめた。

「危ないっ!」

オーラの色から危険を感じた雪沢は叫びながら成嶋達へ駆け寄った。成嶋はとっさに瀬野を押し倒すようにして地面に伏せ、その上を赤い人型が通り過ぎた。

「大丈夫か?」

「ええ。」

雪沢は成嶋のそばにくると二人の様子を確認した。どうやら二人とも平気のようだ。

「雪沢先輩!」

斉藤が雪沢達の方へ駆け寄ってきた。だが通りすぎた人型も再度雪沢達の方へ向ってきていた。

「サトシっ、危ない!」

雪沢達のところにやってきた斉藤に、人型が高速で突進してきた。雪沢の声で斉藤はとっさにまわりを見渡したが、人型は見えないようだった。人型は斉藤とぶつかって炸裂し、斉藤を押し飛ばした。彼は雪沢達の上を飛び越えて反対側の地面に打ち付けられた。

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「斉藤くん!」

成嶋が斉藤のそばに駆け寄って様子をみた。気を失っているようだが、軽い擦り傷がある程度で命に別条はないようだった。

「雪沢さん、一体何が起こったんです?いきなり斉藤君が吹き飛ばされましたよね?」

瀬野が聞いてきた。雪沢はその言葉を聞いて気がついた。オーラが見えなければ、ホムンクルスらしきものも、亜崎から分離した人型もわからないのだ。

「なかなかしぶといわね。」

亜崎はそう言い、両手を頭の左右にそえると後ろに動かした。手の動きに会わせて髪全体が後ろに動き、そのまま頭から離れ後ろに落ちた。

「あの人かつらだったんですね。しおり、スキンヘッドの女の人初めて見ました。」

瀬野がこの場には似つかわしくない素直な感想をつぶやいた。その言葉通りグラウンドに立つ亜崎はスキンヘッドだった。だが雪沢には亜崎の頭から出ている無数の細いオーラが見えた。そのオーラはまるでそれが本当の髪の毛のように頭皮を覆っていた。

「本気出さないと駄目みたいだから。」

亜崎がそう喋ると、再度彼女のオーラが赤く変色した。そして今度は二つの人型に分離しようとしていた。

「成嶋、しおりちゃん。」

雪沢は意を決して話しはじめた。

「信じられないかもしれないけれど,オレ、人のオーラが見えるんだ。そしてあそこにいる女子は何故だかわからないけれど、オレたちを攻撃してきている。自分のオーラを飛ばしてきてるみたいなんだ。斉藤はそれにやられた。」

成嶋と瀬野は雪沢をまっすぐ見つめて話を聞いていた。

「ホムンクルス、さっき話した先週あの男を転ばしてくれたものだけど、それはオレのその力が発展して出来たものじゃないかと思ってる。でもどうやったらまた出てくるのかわからなかったんだ。今日集まってもらったのも、本当はその条件を探るものだったんだ。実際起こった時と同じ方がいいだろうって。」

「その考えはあの子が思いついたのね?」

成嶋が聞いてきた。

「なんでそれを?」

「さっきあの子に話しかけていたじゃない、『言った通りだった』って。その時は何を言っているのか分からなかったけれど,今の話を聞いてわかったわ。昨日一緒に帰ったのはあの子で、あの子と魔術の話をしたんじゃない?そのときに今の考えを聞いたのね。」

「……ああ、その通りだよ。そのときにあの子、亜崎さんも特殊な力をもっているといっていたけど、こんな力を持っているとはいっていなかった。」

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雪沢は亜崎を見た。すでに左右に赤いオーラの人型が分離していた。あれが突進してきたら,オーラが見える雪沢は避ける事が出来るかもしれないが、成嶋と瀬野が避けられる保証はなかった。

(昨日話したときの印象とは全く違う。なぜ彼女はこんなことを?)

雪沢は亜崎の行動が理解出来なかった。なぜこんな事をするのかを考えて、昨日の会話を思い出していた。そしてふとある事を思いついた

「亜崎さん!」

雪沢は二つのオーラの人型を従え、オーラの髪をまとった亜崎に叫んだ。

「もしかして、あの時の状況を再現するために、わざとオレたちを襲っているの?だとしたらやり過ぎだよ。サトシにけがさせる事はないだろ?そのやり方はやめてくれよ。」

「正一くんは、純粋なのね。それとも現実が受け入れられないタイプかしらね?」

亜崎のオーラの髪が振動すると、左右にいた赤いオーラの人型が雪沢達に突進してきた。とっさの事に成嶋たちに声をかけることは出来なかった。『危機を回避するためになにかしらの新しい能力が発揮される』、雪沢はそんな奇跡が起こることにわずかな期待をして、タリスマンに意識を集中した。すると突進してきた人型オーラは雪沢の目前で止まった。

「やった?」

雪沢が喜んだのもつかの間,二つの人型オーラは左右に猛スピードで分かれ、両側から雪沢たちを挟み込むように突進してきた。ぶつかると思った瞬間、雪沢は思わず目を閉じた。

 

だがなにも起こらなかった。予想した衝撃もなく、何の物音もしなかった。ゆっくりと雪沢が目を開けると、そこに両手を広げて仁王立ちしている成嶋の背中が目に飛び込んできた。彼女の身体の周りのオーラは、亜崎と同様に他の人よりも厚くなっており、今まで見た事のないほど明るく光り輝いていた。

「なる……しま?」

雪沢は顔を上げ、成嶋の頭に視線を移した。そこでは成嶋のショートカットの頭髪が青い炎に包まれて燃え消えていった。その変わりに、成嶋の頭からも細い髪状のオーラが無数に生えてきていた。

「成嶋さんもスキンヘッドだったんですね。しおり、まったく気がつかなかったです。」

瀬野はまた場違いな事を言っていた。

「ようやっと本気だしてくれたのね。<螺旋の閃光>の魔術師さん。」

亜崎はこういうと、また赤い人型のオーラを突進させてきた。成嶋が手を広げて前に突き出すと、手の周りから輪郭を拡大するように黄色いオーラが広がっていき、突進してきた人型に覆い被さって両方とも消失した。

「成嶋がこんな力を?どういうことだよ?」

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雪沢は驚き混乱して成嶋に詰め寄った。

「あぶないから下がっていて。斉藤くんを頼むわね。」

成嶋は視線を亜崎からそらさずこう答えた。雪沢は今度は亜崎に質問をした。

「亜崎さん、いったいどういうことなんだ?なんでオレ達を攻撃するんだよ!オレと亜崎さんは力を持っている秘密を共有した仲間だったんじゃないのか?」

「正一くん、ごめんなさい。わたしあなたにいろいろと嘘をついていたわ。」

「雪沢!あいつの話聞いちゃダメよ。」

成嶋が叫んだが、亜崎は続けた。

「わたしの力、写真の魔力を感じるって言ったでしょ。でもあなたも今見てわかるように、もっといろいろな事が出来るのよ。」

こう言いながらまた人型のオーラを飛ばしてきた。成嶋はそれをオーラで包んで消滅させた。

「あなたに仲間を集めて欲しいと言ったけど、それは再現のためじゃないのよ。そこにいる魔術師を呼び出してもらいたかったの。」

そう言って視線を成嶋に向けた。

「魔術師……。」

雪沢は亜崎が言った単語を繰り返した。それは雪沢が目標としていたものだった。魔術を探していけば、いつかはそこに続く道があるに違いないと思っていた。だがまさかこんなに近くに存在していたとは思いもよらなかった。

「あなたの新聞にホムンクルスが写っていたのは本当よ。<螺旋の閃光>って連中がよくつかっている型。あいつらは害悪だから排除するために協力してもらったの。あなたには魔力がないので、仲間の誰かが<螺旋の閃光>でしょうから、ここに呼んでもらったのよ。」

「おしゃべりはそのぐらいにして、アザキさん。害悪とは言ってくれるわね。あなたたちみたいな邪悪な集団こそ、社会にとっての害悪よ。」

成嶋の右手に赤い球状のオーラが形成されたかと思ったら、亜崎に向かって飛んでいった。亜崎が手を振ると、そばに黒い人型のオーラが出現してオーラ球を受け止めた。

「意外にやるわね、ナルシマさん?」

予想より強い攻撃に亜崎は驚いたようだ。亜崎は赤い人型のオーラを突進させてきた。成嶋は手を前に出して、その手首まわりと手首を横切る平面上の上下左右二メートル四方に赤いオーラの球体を無数に形成した。球体は高速で赤い人型とすれ違うと亜崎を包囲した。

「まさか、こんな数を?」

亜崎はとっさに黒い人型のオーラを複数出し防御しようとした。だが襲いかかる球体をすべて受け止めることは出来ずに、大多数は亜崎に命中した。悲鳴をあげて亜崎は倒れた。同時に突進してくる赤い人型も消滅した。倒れた亜崎はオーラの色が薄くなっており、おそらく気を失ったのだろう。成嶋は息があがっていて、呼吸を整えようとしていた。

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「成嶋、お前は一体?まさか魔術が使えるのか?」

しばらくの沈黙の後,雪沢が成嶋に質問した。

「そうよ。」

成嶋は小さくそう答えた。

「あたしは<螺旋の閃光>という魔術結社に所属する魔術師。あの子はあたしのところと対立している別の魔術結社の魔術師。」

「まさかこんなに近くに魔術師がいるなんてな。成嶋、なんで教えてくれなかったんだよ、オレが魔術に興味あるの知っていただろ?あ、そうか魔術結社の決まりで教えちゃいけないとかあるんだっけ。」

「雪沢、あなたが魔術に憧れているのはもちろん知っているわ。でも無理なの。あなたには魔力がないもの。」

成嶋は雪沢にそう告げた。

「魔力がないって……。」

「よくわかってはいないけれど,魔力は皮膚から毛穴を通って出てくるようなの。だから魔術師は、魔術師の素質を持っている人は、毛髪が極端に少ないのよ。」

「まだわかってないんだったら、突然変異の可能性は?だってオレはタリスマンの作成にも成功して,実際にオーラが見えてるんだぜ?」

そういうとタリスマンを取り出して成嶋に見せた。成嶋はタリスマンを見て、何かに納得がいった顔をした。

「これにはあたしの体液を使っているんじゃないかしら?思い出したわ、体育で雪沢にぶつかったとき怪我したっけ。そのときの血液を使ったのね。」

「そうだよ。魔術書に、その、処女の血が必要だってあったから。」

雪沢は勢いで言ってしまって少し後悔した。

「残念だけど,成功したのはこれが『処女の血』だったからではないわ。これが『魔術師の血』だったからよ。あたしはあの時、ボールが誰かに当たらないかを調べるため、オーラを見る魔術を使用していたの。そうしたらあなたがボールに当たる可能性がかなり高くて、ぶつかるしか回避が出来そうになかった。その時の活性化している『魔術師の血』の影響で、あなたにもオーラを見る力が与えられたの。」

「じゃあオレは…。」

雪沢はその説明をなんどか繰り返し考えて、ようやっと自分がなにも成し遂げていなかった事を理解した。タリスマンの作成も、オーラを見る力も、すべて成嶋の血のおかげだった事を。

「ずっと、ずっと見てて楽しかったか?僕が、魔術に憧れてるのを知ってるのに。何度も何度も、沢山失敗するのを見て、さぞかし優越感に浸っていたんだろうな。お前は僕に魔術師の素質がないって分かってたんだからっ!」

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雪沢は喪失感から成嶋に感情のまま怒鳴りちらした。

「違うわ,雪沢。そんなことはないわ。あたしはあなたを……。」

だが雪沢はその言葉を聞かず、校舎の方へと走っていった。

「……うーん!?」

騒ぎを聞いてか斉藤が目を覚ました。成嶋は雪沢を追いかけようとしたが、斉藤に気を取られている間に見失ってしまった。

「斉藤くん、気がついたのね。大丈夫?」

「ああ、成嶋先輩。俺どうしちゃったんですか?雪沢先輩を追いかけてたら、いきなりなにかに吹き飛ばされたとこまでは覚えてるんですが。それに頭どうしたんです?」

「あなたは魔術の攻撃によって気絶させられたの。やったのはさっきグラウンドにいた黒い服の女の子。今は気を失っているから大丈夫だけれど……。」

「成嶋さん、あの人、いなくなっています。」

成嶋は瀬野にそう告げられたので、急いでグラウンドを見た。先ほど倒したはずの亜崎はどこにもいなくなっていた。オーラの痕跡を見ると、校舎の方に移動しているのがわかった。

「倒したと思ったのに。まずいわ。二人ともあたしと一緒に来て。雪沢を探さないと。」

「え、雪沢先輩がどうかしたんですか?」

「どこかにいってしまったのよ。探さないとまずいわ。」

「探すなら手分けして探した方がよくないですか?」

「彼らも自分たちの存在を隠そうとしているから、魔術や自分たちの秘密を知ったものは消去するわ。分かれるのは危険なの。」

三人は校舎に向かって走り出した。

 

雪沢は成嶋から離れようと全力疾走した。だが次第に苦しくなってきて速度が遅くなり,遂には立ち止まった。息が切れ、足りなくなった酸素を取り込もうと大きく息を吸った。気がつくと正面玄関付近までやってきていた。

「くそっ。」

雪沢は持っていきようのない怒りを口に出す事しか出来なかった。魔術の実験を続けていたが失敗続きで、才能がないのかとも思いはじめていた。ようやっとこのタリスマンを作るのに成功して、魔術の世界に踏み出せると思った。だがそれは雪沢の力によるものではなかったこと、そして彼には魔力がないことも断言された。

「僕は、魔術師にはなれないのか……。」

いままで憧れてきたことが実現不可能と分かってしまった。その事実は雪沢の心を失望で覆っていた。この場を立ち去りたい気持ちでいっぱいになり、玄関に向かって歩きはじめた。

「なんだ?」

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雪沢はすぐに異変に気がついた。いくら進んでも正面玄関にたどり着けないのだ。進もうと必死に脚を動かすが、その場で足踏みをしているかのように位置はかわらなかった。逆に遠ざかろうとする場合は問題なく動けるようだった。

「ちっ、これも魔術か。」

雪沢は夜空を見上げ、誰ともなしにつぶやいた。

「そうよ。」

横から返事が聞こえた。声のした方に首を向けると、そこには亜崎がいた。着ている黒いドレスは、成嶋の攻撃のためかあちこちが破けて肌が見えていた。オーラも少し薄くなっているように思えた。

「亜崎さん、君も僕を騙していたんだな。僕には力なんてなかった。ホムンクルスが呼び出せるようになることもなかった。君は出来るようだけど。」

雪沢は恨みを込めてそう言った。

「そういうことになってしまうわね、ごめんなさい。」

「もういいよ。これを解いて早く出してくれないか。僕はもうここには居たくない。」

「それは無理なの。これは向こうがやっていることだから。」

「成嶋がこれを?」

「そうよ。成嶋さんの所属する魔術結社<螺旋の閃光>は魔術を自分たちだけで独占しているところなの。他の人間に知られるのを極度に嫌っていて、魔術の事を知ったら始末するわ。そのために学校に結界を作って、あなたたちが出られないようにしているよ。」

「まさか成嶋が?僕にはそんな人間には思えない。」

信じられないといった表情の雪沢に亜崎はさらに話しかけてきた。

「正一くん、一人称が本来のものに変わってしまうぐらいショックを受けたのね。あの魔術師は本当にひどい事をするわ。」

「えっ?」

「正一くんはずっと自分の事を『オレ』と言っていたでしょ?でも今は『僕』になっているわ。なぜだかわかる?それはね、あなたが思い描く理想の人間は『オレ』と言う、そう思っていたから。理想の人間に近づこうとする気持ちが無意識のうちに一人称を変更していたの。本来の正一くんは『僕』と言うのが普通なのよ。」

雪沢はそんな事を意識したこともなかった。

「なぜ今は『僕』になっているか。それはね、正一くんが思い描いていた理想の人物になれないことに気がついてしまったから。あなたの理想の人物は魔術師だから。」

そう言われると雪沢はまた怒りが湧いてきた。

「そんなことはもう聞きたくないよっ!。」

-15ページ-

「わたしはいろいろ嘘をついていたけど、それはあの魔術師、<螺旋の閃光>の魔術師を特定するために仕方ない事だったのよ。それで言えなかったけれど,成功したらお礼として、正一くんにわたしたちの魔術結社<永劫真理教団>で魔術師になる手段を提供する予定なの。」

「そんな嘘には騙されないよ。だって僕には魔力がないんだろ?」

「魔力がなくても魔術師になる方法はあるわよ。」

「えっ?」

「今だって正一くんに魔力がないけれど、オーラが見えているんでしょ?それと同じようにして、魔術を使えるようにする事は可能よ。わたしたちの魔術結社ならばね。」

諦めたと思った事に可能性が出てきて、雪沢は心揺さぶられていた。

「わたしたちの魔術結社<永劫真理教団>は、魔術をみんなに役立つよう研究しているの。こないだ見せた、画像から魔力を検出するソフトもその成果の一部ね。でもあちらの魔術結社は魔術を世間から隠し通すことに力を注いでいるわ。そのためには何でもするみたいね。」

「成功したらって、なにをするつもりなんだ?」

「話をして、考えを改めてもらうの。彼女の属している魔術結社は危険だから抜けだす手伝いをするのよ。わたしは、彼女はマインドコントロールされているのではないかと思っているわ。」

「マインドコントロール?成嶋が?」

「そうよ。さきほどはその可能性を考えて、暴れられるのを押さえるためにしょうがなく戦うしかなかったの。」

「雪沢っ!」

そのとき成嶋の声が響いた。見ると成嶋達三人が正面玄関近くまでやってきていた。

「その女の子の話を信じないで。その子の魔術結社は魔術を自身の欲望の実現のために使うところよ。そのためには他人が,結社の構成員以外の人がどうなろうとかまわないのよ。」

「それはご挨拶ね。あなたのところは人間から魔術を隠して自分たちだけで独占するのが目的じゃないの。」

「わたしたちの目的は精神の純化よ。人間社会から干渉を受けたくないし、干渉したくないわ。関わりを最小限にしたいの。知らなくていい事は、知らないままの方がいいのよ。」

「人間と暮らしていくのに、自分たちの技術を還元しないのはおかしいのよ。」

「あなたたちは、自分たちが人間を支配したいだけでしょ。」

「そのほうがうまく行く時はね!」

雪沢には二人の言い合っている事は、よく理解できなかった。ただこの二人が自分とは違う世界にいることだけはよくわかった。

「正一くん、聞いたでしょ?彼女は魔術を開放するつもりはないの。でもわたしについてくればあなたも魔術師になれるわ。」

「そしてあなたの傀儡にするのね。」

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雪沢は迷っていた。亜崎のいう事が本当ならば魔術が使えるようにはなるのだろう。ただその代償がどれほどになるのかわからなかった。二人がどれだけ本当の事を言っているのか判断がつかなかった。

「どうもあなたへのマインドコントロールは強力なようね。あなたを開放してあげるわ。そうしたら正一くんも喜んでくれるでしょう。」

「よくもそんなでまかせを。」

雪沢が悩んでいるうちに、成嶋が戦闘を開始した。腕を差し出すと、まわりにオーラの球体が生成されていく。亜崎は人型のオーラを四体出現させると斜め左右の前後に配置し、防御体制をとった。球体が飛び出し亜崎の周辺を囲む。だが今度は亜崎に襲いかかる前に、人型のオーラが素早く動いて全部排除してしまった。

「さっきは防げなかったのに!」

「手を抜いているのかしら?先程とは比べものにならないわね。さて、こんどはわたしから行かせてもらうわね。」

亜崎がそう言うと、まわりにいた人型のオーラが成嶋に向かってきた。成嶋はオーラの球体を生成して対抗しようとしたが、向かってきた人型のオーラに両手両足をつかまれ、近くの壁に叩きつけられ、そのまま拘束されてしまった。雪沢は生成されていた球体が消滅し、成嶋自身のオーラが薄くなるのがわかった。ぶつかった衝撃で気を失ってしまったのだろう。ぐったりとして頭を垂れている。

「なんだか調子がいいわ。いつも以上の魔術の威力だわ。」

雪沢が亜崎をみると、確かにオーラの輝きが元に戻った、いやグラウンドで見たときよりも強くなっているように思えた。

「正一くん、ありがとう。あなたのおかげでこの魔術師をとらえることができたわ。」

「成嶋はどうなるんだ?」

「残念ながら今のこの子は危険ね。でも大丈夫、マインドコントロールを解除すれば問題ないわ。でもそのためにはこの子の魔術を抜き取らなくてはならないの。魔術とマインドコントロールは密接に関係しているから。そのためにはこの子の魔術の受け皿になる人間が必要なの。」

雪沢の目を射ぬくように見つめながら、亜崎は言う。

「それがあなたというわけ。」

「雪沢先輩!そいつのやろうとしていることは、なんかおかしいです。」

斉藤が雪沢に叫んできた。

「魔力の話は聞きました。すごく無念だと思います。でも、それでも雪沢先輩は誰かを犠牲にして夢を叶えたりはしない、俺はそう信じてます。俺が最初に雪沢先輩にあったとき、先輩は魔術のことを俺の友達に一生懸命説明してくれました。あのとき、俺にとっても魔術のことはどうでもいい話題だったんです。でもあるかどうかすら確証のないものに対して、知り合いでもない年下の人間に半分バカにされながらも、ものすごく真剣に説明してくれている。そんな雪沢先輩を見ているうちに、俺はその純粋な真面目さに惹かれたんです。」

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「サトシ……。」

雪沢は成嶋を代償に魔術を得ようとしている自分を責めるように、斉藤に背を向けた。

「言っていることが汗臭いわね。魔術の事を知らないあなた達に、これからやる事が間違ってるなんてどうやってわかるの?」

「勘だよ。あんたは嘘をついている。」

「勘で断定されてはたまらないわね。わたしが魔術を使えるのは確か、正一くんは見てもいるわよね?そのわたしが出来ると言っているのよ。可能性が零と百の選択を前にして、零のほうを選ぶ人間がいるかしら?」

斉藤にむかって亜崎が言った。

「いますっ!」

今度は瀬野が叫んだ。

「しおり、さっき聞きました。魔術を隠す立場の成嶋さんにとって、どんなに否定しても魔術を信じている雪沢さんは、迷惑だけど嬉しかったと。雪沢さんは魔術に関してはとっても純真で真剣なんです。そんなずるい事で魔術師になりたいなんて思うわけありません。それに可能性は零じゃないと思います!」

「また『思う』?自分の考えのみで判断して、冷静に事実を確認しようとしないのね。それにこれはこの子を救うためでもあるのよ。このままでは、もしかするとマインドコントロールが強すぎて、気が狂ってしまうかもしれないのよ。」

そして亜崎は再び雪沢を見た。

「さあ正一くん、受け入れて。あなたが魔術師になる瞬間を。あなたはわたしを心から信じて、この手を握ってくれればいいの。」

差し出された亜崎の手は白く光るオーラに包まれていた。

「この手を取れば魔術師に?」

「そうよ、わたしを信じて手を取ってくれれば。」

雪沢は成嶋を見た。オーラは薄く、気を失ったままだった。

「わかった。」

そう言って手を差し出すと亜崎を見てニヤリと笑った。

「それはお断りだっ!」

そして亜崎の手をはねのけると、成嶋達の元に駆けよった。

「どうしたの正一くん?魔術師になりたくないの?」

「もちろんなりたいよ。オレの目標だからな。」

雪沢が成嶋を見るとオーラの色が濃くなってきていた。どうやら気がついたようだ。

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「サトシの言葉を聞いた時、オレは恥ずかしくて逃げ出したくて、外に出ようと思ったんだよ。でも封印のせいで無理だった。何でだ?成嶋は気を失っているのに。」

「それはそういうものよ。」

「亜崎さん、さっききみが気を失ったとき、放っていた人型のオーラは消えたよ。だったら成嶋がやっている封印も、気絶したらなくなるのが自然だよな。」

雪沢はそう言って亜崎をじっと見つめた。しばらくその視線を受けとめていた亜崎だったが、不意に笑い出しながらこう答えた。

「正一くん、あなたは魔術の理解は早いようね。この短時間の中で使われた魔術の原理について正確に理解している。やはりわたしが使い魔にしようと思ったのは正解だったわ。さぞかし有用だったでしょうに。」

亜崎の瞳孔が縦に長く開いた。

「でも状況把握力は低いようね。そちらに行っても勝ち目はないわ。こうなってしまっては殺さなくちゃならないじゃない。まったく残念だわ。」

そう言いながらも亜崎の顔は笑っていた。

「たしかにきみの言うとおりにしていれば、魔術がつかえるようになったのかもしれないね。でも、しおりちゃんの言葉で気がついたんだよ、それ以外でも可能性はあるって。」

そう言うと雪沢は成嶋にキスをした。

「なーにそれは?大層なことをいったわりには、やってることの意味がわからないわ。」

苦笑いをしながら亜崎が言った。

「亜崎さん、きみは魔術師のくせに理解が遅いようだね。」

亜崎に振り返った雪沢は、唇についた血を舐めながら言った。雪沢が右腕を亜崎のほう、左腕を成嶋のほうへ突き出すと、両手の手首に赤いオーラの球体が生成され始めた。続いて手首を横切る2メートル四方の平面上に、多数の赤いオーラの球体が出現した。

「なるほど、その方法があったのね。でもさっきと一緒の結果になるわよ。」

「やってみるまでわかるもんか。いけっ!」

雪沢の叫びと共に両手の周りに生成した赤いオーラの球体が飛び出した。左手の球体は成嶋を拘束していた四体の人型に襲いかかった。人型は先ほどと同じように球体を排除しようとするが、今度は球体の動きについてこれないようだ。一体、また一体と消滅していった。

「さっきと動きが違う。同じ魔術師の術なのに、ありえないわ。」

右手の球体は亜崎を包囲するように移動していた。亜崎は防御に人型を出現させるが、球体の攻撃の前にあえなく消滅した。人型を消滅させた後も多数残っていた球体は、すべて亜崎本人に降り注いだ。亜崎はぐったりと膝をついて倒れた。

「まさか、こんなやつに。」

そう言って彼女のオーラが薄くなるのがわかった。

 

-19ページ-

「さて、こんどはちゃんと確認しないとね。」

成嶋が倒れている亜崎に近づいていった。上下左右になにか小さな小瓶を置くと、体の上に手をかざして集中した。雪沢がオーラを見ると、小瓶から無数のひも状の白いオーラがでて、亜崎の身体を拘束していた。

「これで大丈夫ね。」

「成嶋、その子はどうなるんだ?」

「わからないわ。あたしがするのは魔術結社にわたすところまで。その後は上の人達の考え方次第ね。」

「そうか。」

そしてしばらくの沈黙の後、雪沢が話しだした。

「成嶋、すまなかった。あんなことを言ってしまって。」

「ううん、雪沢が怒るのも当然だよね。わたしたちが魔術の存在を隠しているのはほんとう。わたしたちは精神を純化していけば、いつかは肉体に関係なく精神体のみで活動するようにできるの。だから人間として生きていくのに必要な関わりはするけれど、それ以上には人間社会にかかわらない。そのためには魔術は隠さなくてはならないと考えているわ。あたしもそのために、この地域で活動しているの。」

雪沢は黙って聞いていた。

「さっき瀬野さんが言ってくれたけど、あたし、どんなに否定しようと雪沢が魔術を信じてくれるのが嬉しかったの。もちろん隠さなきゃいけないんだけど、そうすることで自分の存在も否定している気になることもあったわ。だから雪沢が信じてくれているのは嬉しかった。」

ちょっと成嶋の顔は赤くなっているようだった。

「あと、助けてくれてありがとう。ひとつ借りができちゃったわね。」

「いや、それは……。」

「あーでも勝手にキスしたわよね?それは貸しね。これで貸し借りなしってことで。」

そういって成嶋は微笑んだ。そしてすぐに悲しい顔をして黙り込んだ。

 

「それじゃあ、みんなの今回の魔術に関する記憶を消去するわ。」

しばらくの沈黙の後、成嶋はそう言った。

「えっ、どうしてだよ?」

「ごめんね、これはしょうがないの。説明したとおりわたしたちは人間社会との関わりは最小限にしているの。こんなに魔術に接した人間を、そのままにしておくことは出来ないのよ。」

「そんな、成嶋先輩、ひどいじゃないですか!」

「やめることはできないんですか?」

斉藤と瀬野が抗議した。

-20ページ-

「無理なのよ。もう始めてしまったから。」

雪沢が地面を見ると、三人の足の下にピンクのオーラの円が発生していた。そして身体が硬直し、動けなくなった。オーラは瓶の中に水が溜まっていくように、下からだんだんとせり上がってきていた。

「サトシ、しおりちゃん、大丈夫だよ。」

雪沢が言った。

「たとえ全てを忘れても、必ず思い出してみせる。魔術に関して、オレはしぶといからな。」

「ありがとう、雪沢。気のせいかもしれないけど、雪沢のそばにいると魔力が上がった気がしていたわ。」

「オレが魔術に対して真面目だからだろうな、きっと。」

そうしているとピンクのオーラが顔まで上がってきて、すぐに全身を包まれた。そしていきなりあたりに光が溢れ、雪沢は気を失った。

 

雪沢達三人は気がつくと学校の正面玄関付近に倒れていた。

「サトシ、しおりちゃん、大丈夫か?」

「はい、雪沢先輩。一体どうしたんですかね?」

「斉藤君、なんか全身にすり傷あるけど大丈夫?」

「えっ、あ、ほんとだ。どうしたんだろう。それに一体何で学校にきたんでしたっけ?」

「しおり、思い出せないです。」

なにかを学校にやりにきたはずだったが、みんな全く思い出せなかった。

「わかった!魔術だ!」

突然雪沢が叫び、あたりの空気に緊張が走った。

「いや、わかったというかわかってないというか。でも、こんなことが可能なのは魔術しかないよ。サトシ、しおりちゃん、今度の新聞はこの事を特集するよ!月曜までに今なにが起こったか、考えをまとめておいてくれ。」

そうして三人で話しをしながら駅へと向かっていった。正面玄関を流れる風は、ほっとしたような悲しいような音色をたてて、それを見送っていた。

 

説明
雪沢正一は魔術に興味をもつ高校生。主にオカルト記事を載せる新聞部に所属し、魔術を極めようと魔術道具の作成について考えている日々をおくっていた。
ある日、古本屋で発見した魔術書によって彼はついに魔法道具を作ることに成功する。彼はそこから魔術への道が開けるものと思ったのだが……

これで終わりです
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