真恋姫無双〜天帝の夢想〜(董卓包囲網 其の九 終戦)
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(董卓包囲網 其の九 終戦)

 

 連合軍本隊が洛陽に到着すると桃香と白蓮は董卓を発見したが逃亡を図りやむおえず討ち取ったと報告をした。

 また勝手ながら埋葬もしたので董卓討伐の目的は達成したと付け加えた。

 

「私達の正義の前に悪は滅ぶのは当然ですわ」

 

 さしたる功績もない麗羽だが総大将であるというだけで諸侯の功績は自分の功績と勘違いしていた。

 念のために董卓の死を確認した方がいいのではという諸侯もいたが、

 

「そんな必要はありませんわ。それとも貴方達は死んだ者をわざわざ晒すという趣味があるのですか?」

 

 これだから名門出のない者はと言いたげな麗羽に華琳も賛成した。

 

「そうね。死人の墓を暴いて自らの功績を誇ろうという者はどこまでいっても笑い者にしからならないわね。総大将の言うようにこれ以後、董卓の墓を探して荒らす者は連合軍から除外して一兵残らず討ち取ることにする」

 

 華琳の言葉に諸侯は沈黙してしまった。

 ここまできた以上、自分勝手なことをして処断されたでは何のために参加したのかすべてが無駄になってしまう。

 麗羽と華琳によって董卓に関することは一区切りをつけると、桃香と白蓮はお互いの顔を見てほっと一安心した。

 

「それともうひとつ。董卓軍の残党はどうもこの都にはいないらしいんだ」

 

 宮殿を除くすべての場所を探したが残党の姿はどこにもなかった。

 それが意味するところは都に入らず西に逃亡したのではないかというものだった。

 しかしそれでは主君の董卓がなぜ洛陽に留まっていたのかという疑問も浮かんでいたが、討ち取った以上、その真相を知ることは麗羽達にはできなかった。

 

「まぁ今更、残党がいたとしても主力を失っている以上、反撃もしてこないでしょうね。お二人とも私のためによく働きましたわ」

 

 高笑いをする麗羽に二人はそれぞれ違った表情を浮かべた。

 

「水関に向かった孫策からも補給部隊を襲った連中が誰なのかわかったわ」

 

 その部隊は密かに一刀が大きく迂回させていた遊撃隊で、その構成は騎兵三千だった。

 機動力に富んでおり後方撹乱をして連合軍を撤退に追い込むのが一刀の策だったが、それよりも早く主力が崩壊してしまったために今度は逆にその遊撃隊が孤立してしまった。

 孫策軍の襲来によって戦端が開いたが、雪蓮達の流言と的確な攻撃によって数に勝ってはいたものの、敗走していった。

 その時に捕縛した者からそれらの事情を聞きだして雪蓮は麗羽達に報告をしてきたのだった。

 

「虎牢関が落ちなかったら我々の敗北であったわけね」

 

 そう思うと完勝でありながらも実は紙一重の勝利でしかなかったことが伺えた。

 これが董卓軍、いや天の御遣いが施した策であればこちらの動きを完全に把握しての行動ということになる。

 それだけに勝ったというよりも不可思議な行動に疑問が浮かんでならなかった。

 

(凪の話では関内にはいなかったというけど、前線に出てきていたということになるわね)

 

 知略だけではなく武も備えているのかと思ったが、それだと行方不明になるのもおかしなはなしだった。

 なんにせよ、勝利したのは自分達だが勝った気分になれなかった。

 

「それでこれからどうするわけ?」

 

 目標である董卓がいなくなったからといって解散というわけにはいかなかった。

 少なくとも皇帝に謁見し此度の大義を示さなければならない。

 

「もちろん皇帝陛下に御会い致しますわ。そうして私達の華麗な勝利の報告を申し上げるまでですわ」

「そうね。逆賊を討伐したのだから恩賞ぐらいはいただけるでしょう」

 

 恩賞という言葉に諸侯も沸き立った。

 華琳は恩賞ではなくこの連合軍に参加した諸侯全員にいきなり逆賊という不名誉なものを浴びせられる可能性もあるのに、呑気なものだと苦笑していた。

 

「もちろん、この私は功績第一としてそれ相応の恩賞がいただけますわ」

 

 責任もまとめて背負ってもらえればこちらとしては楽なものはないと華琳は思ったが、そんなことまで言う義理はどこにもなかったためあえて黙っていた。

 

「それにしてもあっけないものね」

 

 最後の抵抗として洛陽に篭られたらどうしたものかと考えていた華琳だったが、無血開城とはいささか興がそがれていた。

 

「きっと我々の大軍に怖気ついたのでしょうな」

「間違いない」

 

 自分達の団結力で無血の勝利に酔っている諸侯に華琳は表情も変えることなく受け流した。

 自軍を消耗させたくないという理由で積極的に戦おうとしなかった者ほど勝利した時には一番貢献したのだということを口にするような者など自分の覇道には何も益をもたらさない存在でしかなかった。

 

(この連合の中で見るべき人物は孫策ぐらいかしら)

 

 似たり寄ったりの二流軍閥。

 麗羽は袁術などは名門であるというだけで実力もそれに比例しているわけでもない。

 劉備軍に関しては桃香よりも愛紗や鈴々の武勇のみ興味を刺激するだけ。

 雪蓮は少数ながらも激戦を戦い抜き、それでも兵力の損耗率は他の軍よりも低いのは主君たる孫策とその臣下の実力を知るには十分だった。

 

(いずれ一大勢力となって私の前に立ち塞がるわね)

 

 そのとき、初めて天下をかけての一大決戦ができる。

 華琳はぜひとも雪蓮には強大となって自分の敵になってもらいたかった。

 

「とにかく皇帝陛下に報告にいきますわよ」

 

 麗羽に命令されて諸侯もそれに習った。

 洛陽も連合軍の手に落ちたと報告を受けた百花は玉座に座ったまま目を閉じていた。

 董卓軍の兵士は洛陽から脱出して西に敗走しており、それを率いているのは魏続と侯成達で命令があるまで故郷に戻るよう百花から命令を受けていた。

 そのため、董卓軍の将兵は華雄を除き誰もいなかった。

 

「月達は無事に逃げ出せたでしょうか」

 

 本当は偽装以外に何か守れる手段があったのではないだろうかと何度も考えたが、それ以外に何も思いつかなかった自分が情けなかった。

 ましてや無実の罪で討伐されるようなことは皇帝としても許しがたいことだったが、一刀達がいないだけでそれを頑として反論する勇気がもてなかった。

 

(情けないですね)

 

 これでは一刀達に笑われてしまう。

 皇帝として成すべきこともせず、ただ誰かに守られている自分ができる精一杯の策が成功することを今は祈るしかなかった。

 だが、すでに月達が桃香達によって保護されておりある意味では百花が無事にいてほしいという願いはある意味で達成できていたが、そんなことを知る由もなかった。

 

「申し上げます。連合軍の諸将らが陛下にお目通りを願い出ております」

 

 きましたか、と百花は瞼をゆっくりと開けた。

 一刀達がいない玉座の間を見回すとこんなにも広かったのかと思うほど寂しさを感じさせていた。

 

「ほんの少しの間にこんなにも風景が変わってしまうものなのですね」

 

 昔に戻っただけなのだ。

 そう思うと笑みがこぼれていく。

 一刀も月もいない中でどうやって前に進んでいこうかと考えると、皇帝という存在は本当に飾りにしかならないものだと思った。

 その皇帝を利用する者がおそらく連合軍の中にも存在する。

 ならばその者を逆に利用して自分の立場を強固なものにしてみてはどうか。

 そして擁護する者の力を利用して全土に渡って一刀を探し出す。

 戦に次ぐ戦になり、多くの民が嘆き苦しむことになる。

 最後には利用していた者に裏切られて帝位を簒奪され、何もかもを失ってしまいただの女として一刀とささやかな幸せの中に生きるのも悪くはなかった。

 

(どちらにしても私を待っている未来は血塗られたものになるでしょうね)

 

 誰もが皇帝である自分を憎むならそれでもかまわなかった。

 自分よりも優れた者が皇帝となりこの国をまとめてあげてくれるなら喜んで帝位を差し出すだろうと。

 甘い誘惑に駆られる百花だが、それではダメだとその考えを否定した。

 

(私は一刀や月達と約束したのです。この国を立て直していくと)

 

 たとえ一人になろうともその約束だけは破ってはならない。

 それが今、ここで生きている自分に対する生きるための理由。

 

(負けてなるものですか)

 

 いかに武力をもっていなくても自分は漢王朝の皇帝である。

 それを大いに利用して道を切り開いていく。

 一刀には一刀の、月には月の、そして自分には自分のやるべきものがある。

 

(一刀や月が再び戻ってくるまで私は誰のも屈しません)

 

 何度もそう思うことで目の前の危機を回避するのではなく立ち向かっていく勇気を持っていく百花。

 

「徐栄、これより連合軍の謁見を行います。衛兵を左右に配置して堂々と出迎える準備を今すぐに整えなさい」

「はっ」

 

 徐栄は言われるままに準備に取り掛かり、その様子を生気を宿した瞳で見守る百花は静かに見守っていた。

 

 しばらくて連合軍の兵士によって宮殿は囲まれ、主だった諸将は麗羽を先頭に皇帝に謁見をした。

 玉座の間に入ると衛兵が左右に槍を掲げて立っており、前には姿勢を正して玉座にすわっている皇帝とその後ろに鞘に入れた剣を握って仁王立ちしている将軍が一人立っていた。

 

(まるで処刑場ね)

 

 華琳でもそう思わせるほど玉座の間は殺気に満ちていた。

 

「陛下、ご尊顔を拝しまことに恐悦でございますわ」

 

 その殺気を気にならないのか麗羽はいつもどおりの口調で挨拶をし両膝をついて礼をとった。

 諸侯もそれにならって皇帝に挨拶を次ぎ次ぐとしていく。

 

「袁紹、それに他の者達、遠路ご苦労様です」

 

 まずは参内したことへの労いの言葉を発する百花。

 

「此度の参内はいかなるものですか?」

「皇帝陛下を蔑ろにする逆賊を討伐に参りましたわ」

 

 百花からの先制攻撃に麗羽は顔を上げて堂々と返答をした。

 

「逆賊?それは誰のことを言っているのかよくわかりませんが?」

「陛下がご存知ないとはおかしな話ですわ。私達は陛下を蔑ろにする逆賊、董卓を討ちに参ったのです。陛下の案じての挙兵ですわ」

 

 臆することなく問答をする麗羽に華琳は珍しく感心していた。

 さすがは名門の袁家だと他の諸侯は思っていた。

 

「その董卓が私を蔑ろにしたと、都にいなかった貴女は言うのですか?」

「も、もちろんですわ」

「ではその証拠を見せなさい」

 

 百花は今回の原因となったものを見せるようにと要求をすると、麗羽は華琳の方を見て助けを求めた。

 それなら堂々と問答をしないでよと呆れた華琳だったが、こうなることを予想していたのか手に持っている全土にばら撒かれたその『証拠』を持って前に進み出た。

 

「ここに董卓がいかに陛下を蔑ろにしているか書かれております」

 

 恭しく掲げている折りたたまれている『証拠』を徐栄が受け取りそれを百花に差し出した。

 折りたたまれた『証拠』を広げてそこに書かれているものを一字一句、時間をかけて何度も読み返した。

 そこに書かれているのはどれも嘘だらけであり、真実とはまったく違うものだった。

 読み返していくたびに怒りが内側から噴出してきそうになるが、それを必死に抑えて冷静さを失わないようにした。

 

「なるほど。ここに書かれている董卓なる者はよほどの悪人ですね」

 

 徐栄にもそれを読ませると、徐栄の表情から怒りが溢れていた。

 本来であれば麗羽達をすぐにでも斬り伏せたいという願望があったが、百花の前でそのようなことはしたくなかったため、拳を強く握り締めて怒りに衝動に耐えていた。

 

「すでに董卓は討ち取り、陛下に御心を騒がした逆賊はおりません」

 

 麗羽の代わりに華琳がそう告げると、百花は玉座から立ち上がり彼女達を睨みつけた。

 

「今、何と言いました?」

「逆賊董卓はすでに討ち取ったとご報告したまでです」

「討ち取った……?」

 

 自分の考えが裏目に出てしまったと百花は強い衝撃を受けた。

 逃がしたことで危険度を上げてしまい、討ち取られてしまったのでは何のために月を守ろうとしたのかわからなかった。

 二、三歩ほど後ろによろめきながら玉座に力なく座り込んだ。

 

「陛下?」

「……いえ、何でもありません」

 

 打ち震える悲しみと自分に対する後悔の中で百花はなんとか声を発することができた。

 月を討ち取られてはもはや守るべきものがなくなり、ここで行うべき演技もすべてが無駄になった。

 そばで見守っている徐栄も諸侯の前では黙っているしかなかった。

 

「では董卓を討伐したという功績を認め、貴女達にそれ相応の恩賞を与えます」

 

 皇帝からの言葉に連合軍の諸侯の表情はとたんに明るくなった。

 自分達の活躍で董卓を討伐し、それに対する恩賞を皇帝の口から発せられたことで自分達の正義は正しかった、これで安心して戻れると思っていた。

 

(私達は負けてしまいました)

 

 月の無実を晴らすために戦ってきたのに、一刀を始めとする多くの者達の犠牲をもってしてもすべてが無駄なことと化していた。

 

(なんと情けない……)

 

 皇帝なのだからその権威で月を守ればよかった。

 誰の反論を許さず、私情をもって彼女を守れたのではないか。

 そうすれば皇帝の権威の前にいかな連合軍でも大義を失い、そして無益な戦いに対する贖罪を求めることができたのではないだろうか。

 だが、それを一番に嫌うのはおそらく月本人だろうと思った。

 自分のために百花にこれ以上の迷惑をかけたくないと自ら無実の罪を背負い、そして罰を受けただろう。

 結局、百花はどちらにしても月を守るのではなく月に守られたとだけだった。

 

(一刀、ごめんなさい。月を守れませんでした)

 

 口惜しいという言葉では足りなかった。

 すべてを失った責任は自分にある。

 一人では何もできない皇帝などただのお飾りでしかない。

 張譲達がそれを教えていたのではないかと百花は思った。

 沈黙するそんな皇帝に諸侯は少しずつ不安になってきた。

 

(董卓を討ったと聞いただけなのに喜びもせず、力なく玉座に座っているとは)

 

 どう考えてもおかしなことだった。

 そして、そのおかしなことの中で本当に董卓は悪人だったのだろうかと思い始めた者も出てきだした。

 それを察した華琳は余計なことが起きるより早く手を打った。

 

「陛下。我々はいかがいたしましょうか?」

 

 その言葉に現実に連れ戻された百花はまっすぐ華琳の方を見た。

 徐栄も彼女の方を見たが、明らかに他の諸侯とは違う余裕のようなものを感じさせていた。

 返答を待っている華琳は視線に百花はしばし考え込んだ。

 

「後日、皆に恩賞を与えます。今日は戻ってゆっくりと休みなさい」

 

 それ以外に答えが出てこなかった。

 ここで月の無実を証明したとしても諸侯がそれを信じるとは限らない。

 逆に皇帝が悪人を重用して国を乱れさせたと言われれば、今の百花には反論する力が残っていなかった。

 

「恩賞などで不服がある者は遠慮なく言ってください」

 

 ありがたい言葉に聞こえた諸侯だが、百花は今すぐにでも目の前の諸侯がいなくなってほしかった。

 このままだらだらと謁見を受けていると衛兵達に命じて捕縛せよと無茶なことをしでかしてしまいそうだった。

 そんなことをしてしまっては私情で大義のために軍を興した連合軍を誰もが認め、皇帝に対して落胆させることしかなかった。

 

「これで私達の大義は皇帝陛下にお伝えできましたわ」

 

 麗羽の一言で諸侯は百花に対して万々歳を繰り返した。

 玉座の間は連合軍に参加した諸侯に活気を、百花達からは落胆をそれぞれ産み落としていった。

 ここに董卓討伐の完了がされたのだったが、百花達からすれば何一つ得ることもなく失うばかりの戦だった。

 

 洛陽でそうしている頃、水関では残敵の掃討を終えて一息ついている孫策軍がいた。

 数では一対三と三倍の敵、それも騎兵で構成させている部隊と互角の戦いをした雪蓮は比較的被害の少ない天幕の中にいた。

 そしてその後ろには意識を取り戻した一刀が座っていた。

 

「残念だったわね」

 

 それは戦のことなのかそれとも洛陽まで連合軍が進撃したことを言っているのか一刀はわかっていた。

 意識を取り戻して一番に見た光景が水関の戦場跡で、様子を見に来た雪蓮からすぐに今どうなっているか説明をされた。

 何よりも彼を愕然とさせたのは月が討ち取られたと聞いた時であり、全身から力が抜けていき雪蓮に支えられなければ地面に倒れていた。

 それから人払いをと雪蓮は一刀をつれて天幕の中に入っているのだった。

 

「俺が戦場のど真ん中にいたせいでこうなったんだな」

 

 自分でも軽はずみな行動だと思った。

 しかし、あの時はそこまで考えることができなかった。

 黄巾や宦官達の追跡とは違った本当の戦というものを目の前にして一刀は全身が沸騰するほど興奮していた。

 そのために無茶な行動を起こして、それが結果的に敗北へと繋がったのだ。

 冷静に考えればそれが事実なのだと、力なく座り込んだ

 

「全軍を指揮する者は軽はずみ最前線になんて出たらダメよ。守る方も大変なんだから」

 

 自分のことを棚上げして話す雪蓮だがその表情は声ほど穏やかなものではなかった。

 

「天の御遣いは行方不明ってことになっているわ。討ち取ったって嘘の報告をしてもいいんだけど、それだと何かとややっこしくなるからこのままにしておくわ」

「それで俺に何をさせるんだ?」

 

 捕まっている以上、下手に逃げ出しても逃げ切れる自信などどこにもない一刀は不機嫌な声で雪蓮に質問を投げつけた。

 

「あら、なぜそう思うの?」

「それ以外に生きたまま俺を捕まえたりしないだろう?しかも帰してくれないっていうのだから他に何かに利用させようとしているって考えるのが普通じゃないか?」

 

 生きていれば戻れる可能性だってあると信じて弱っている自分の喝を入れて目の前の武将に言葉を投げつける。

 

「なんだ、思ったより頭はいいのね」

 

 振り返る雪蓮の表情は笑顔で染まっていたが、瞳は笑っていなかった。

 

「私はね母様の夢を叶えたいの」

「母様って雪蓮の?」

「そう。その夢を叶えるために私は貴方を利用するの。それが生け捕りにした理由」

 

 髪をかきあげる仕草はどことなく妖艶さを感じさせていた。

 

「その夢ってなんだ?」

「今は教えない。教えてもきっと理解されないから」

 

 雪蓮はそれだけを言って一刀にゆっくりと近寄っていく。

 逃げることをしない一刀を見下ろしながら細く微笑み、間近くにくるとしゃがみこんだ。

 

「一刀、貴方は皇帝のことをどう思う?」

「どう思うって」

 

 皇帝として見る以前に一人の女の子としか一刀には見えなかった。

 気心の知れた者達だけの場合の百花は他人がいる前とは違って明るく怒ったり笑ったりよくしていた。

 そんな彼女を助けたい、支えたいという気持ちがあるからこそ大切に想えそして抱きしめた。

 

「俺はどんなことをしてでも彼女のもとに戻る。たとえ雪蓮に斬られても生きて戻って傍にいる。それが俺の彼女をどう思っているかの答えだよ」

 

 一刀の言葉は何一つ嘘をついていなかった。

 それは真っ直ぐ彼の瞳を見つめている雪蓮にもわかっていた。

 この男はきっと私のもとには留まらない。

 今、ここで解放すると間違いなく帰っていく。

 誰もが皇帝に失望し利用するだけのお飾りとしか考えていない中で一刀だけは皇帝をしっかりと守ろうとしている。

 

(なんだかなあ)

 

 そう思うと妙に胸がモヤモヤしてくる雪蓮。

 親しい仲でもないのに皇帝のことばかりを考える一刀の言葉に苛立ちを覚えていた。

 

「ねぇ、一刀」

「何?」

「もしよ。もし私の出す条件を果たしてくれたら皇帝のもとに無事に戻してあげるといえばどうする?」

「条件?」

 

 どうせ無茶な条件なんだろうと一刀は呆れながらも雪蓮の次の言葉を待った。

 

「今は袁術のおチビちゃんのところにいるけど、いずれ離れて一大勢力を築く。そして天下を取る」

 

 武将ならば誰もが望む天下。

 それを叶えるために一刀に協力をしろという。

 ふと一刀は気づいたことがあった。

 それは雪蓮が天下を取るという言葉だった。

 

「天下をとるって……それは皇帝を廃するってことなのか?」

 

 天下を取るならば最終的には皇帝を廃することにも繋がる。

 それは百花を廃して自分が皇帝となりこの国を統治するということなら、一刀は協力ができるわけがなかった。

 

「皇帝を廃したら俺のやろうとしていることができないじゃないか」

「どうして?私は天下を取るとは言ったけど皇帝を廃するなんて言ったかしら?」

「いや……。でも、結局はそうなるんだろう?」

「力ない者を皇帝に据えるほど私は甘くないわ。でも、私が膝を屈して守り立てる人物であればいくらでもそうしてあげる。ただそれだけよ」

 

 雪蓮は皇帝がいようがいまいが関係なかった。

 彼女の夢が叶えられるのであれば些細なことでしかなかった。

 

「どう?悪くはない条件だけど」

 

 雪蓮の突き刺すような視線からそらすことの出来ない一刀は真っ直ぐに見つめ返した。

 お互いの瞳にはお互いの顔を写している。

 

「俺からも条件を出していいかな」

「いいわよ」

「できれば文を一つ届けて欲しい」

 

 誰にとは雪蓮は聞かなかった。

 一刀が文を出す相手は間違いなく皇帝だと思っていたからだった。

 

「中身次第でっていうのであればいいわよ?」

「とりあえず俺が生きているってことだけは知らせたいんだ。どこにいるかまでは言わないから」

 

 本当は言いたかったが言ったところで握りつぶされるだけであり、今の自分ができる精一杯の生存情報を百花に伝えたかった。

 

「まぁ私のところにいるってことを書かないのであればいいわ。適任の者がいるからその者に持って行ってもらうわ」

「ありがとう、雪蓮」

 

 そこだけは素直に感謝する嬉しそうな一刀に雪蓮は視線を外して表情を隠すように背を向けながら立ち上がった。

 

「まったく、こんな男が天の御遣いだなんてなんだか信じてくれって言われても疑いたくなる時があるわ」

「それは今更言うことなのかな。自分で言うのもなんだけどね」

 

 天の御遣いだというはこの時になってもどうしても馴染めないものだと一刀自身は思っていた。

 どちらにしても一刀は雪蓮との約束を交わしたことで身の安全は確保されることになった。

 

 しばらくして諸侯が下がって自室に戻り寝台の上にその身体を沈めた百花はいつの間にか眠っていた。

 目を覚まし身体を起こしながら一刀を呼んだが何も反応が返ってこなかった。

 

「一刀……」

 

 一刀ばかりか月も詠もいない。

 ただ一人でいる部屋が広く感じていた。

 

「あ、あの」

 

 部屋の外から声が聞こえてきた。

 その声の主が誰なのか百花はすぐにわかり、入ってくるように言った。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのはメイド服に身を包んだ人和だった。

 

「どうかしましたか?」

 

 何か問題でも起こったのだろうかと思ったが、人和は申し訳なさそうに声を発した。

 

「さっき徐栄さんがやってきて陛下にお伝えしたいことが会ったみたいですけど、眠っていたので起きたら伝えて欲しいって言われて」

「そうですか。それでなんと言っていたのですか?」

「それが」

 

 人和は徐栄から聞いた言葉どおりに話した。

 それは華雄が姿をくらませたというものだった。

 月の死が華雄の心身を大いに蝕み、傷ついた身体のままどこかに行ってしまったというのだが、宮殿を連合軍が取り囲んでいるのではと百花は思ったが、一度諸侯を引き下がらせたあと、麗羽達は洛陽の外まで兵を下げていくつか離れた場所で休息のための陣を張ったため宮殿からは出やすくなっていた。

 

「華雄までもいなくなってしまいましたか」

 

 華雄がいなくなるのは仕方ないことだった。

 彼女が忠誠を誓うのは百花ではなく月であり、その行動をどうこう言えるのは月だけだった。

 

「人和達もここから逃げますか?」

 

 ふと心にもないことを口にする百花。

 もはや自分には誰も守れないという諦めがあり天和達も逃げたければ逃げても構わないと思った。

 

「私達は逃げません」

「どうしてです?」

「私や姉さん達は何一つ恩返しをしていませんから」

 

 命を救ってくれた一刀や百花に対してどれだけ恩返しをしても足りない。

 それならばせめて生きている間は近くにして二人のために何か手伝えることがあれば手伝おうと、それは天和達三人が決めたことだった。

 特に一刀に対しては恩を返したいという気持ちだけではなかった。

 

「せめて一刀さんが戻ってくるまでは陛下をお一人にできませんから。それにこの服も可愛いですし」

 

 メイド服姿の自分を見るたびに嬉しい気持ちになる人和。

 その気持ちは天和や地和を見ていても伝わってくるものだった。

 

「だから私達はどんなことがあってもここからいなくなりはしません」

 

 固い決意。

 人和の気持ちは百花にはもったいなかった。

 自分を見捨てる者もいれば、最後までいてくれると言ってくれる者もいることのありがたさ。

「ありがとうございます、人和」

 

 まだ自分には守らなければならない者達がいる。

 彼女達が自分を慕ってくれるのであればせめて彼女達だけはどんなことがあってもまもらなければならない。

 それが一刀や月に対する償いでもあった。

 

「執務室にいらっしてください。そこで皆さんでお茶にしましょう」

 

 危険に満ち溢れている中であっても余裕のあるところを見せなければならないこともある。

 人和の提案に百花は溢れそうになる涙を袖口で拭い笑顔を浮かべようとした。

 

「そうですね。では天和達にも声をかけておいてください。少ししたら私もいきますから」

「わかりました」

 

 百花に頭を下げて部屋を出て扉を閉めると、徐栄が歩いてきているをの見つけた。

 

「徐栄さん」

「陛下は起きられたのか?」

「ええ。華雄さんのことも話したけど、やはり堪えているみたいで」

「そうだろうな。私でさえ董卓様が討ち取られたことはいまだに信じられない。華雄将軍がいなくなるのもわかる気がする」

「徐栄さんはいなくなったりはしないですよね?」

 

 人和はそれが不安だった。

 徐栄は元は董卓軍の将軍であり、華雄と同じく董卓に忠誠を誓っていた者の一人だった。

 だから百花から離れてしまうのではないかと思ったが、徐栄にはそんな気はまったくなかった。

 

「私は陛下にお仕えした時から陛下をお守りすることが一番だと思っている。だから董卓様を失ったからといって離れるわけにはいかない。いや、離れたら誰が陛下をお守りするのだ」

 

 宦官の暴走の時には守れなかった大切な人をまた同じ過ちで一人になどさせたくなかった。

 どんなに苦しくても悲しくても、今ここで見放してしまえば一刀にも申し訳が立たなかった。

 百花を守れなかった自分に何一つ罪を背負わすことなく許してくれた恩義には報いなければならない。

 それが徐栄の忠誠というものだった。

 

「最後まで陛下をお守りする」

 

 力強く答える徐栄に人和は安心して頷く。

 

「私もです。残っている皆で陛下をお守りしましょう」

「そうだな」

 

 どこまでできるかわからないが、最後まで付き従っていく。

 それが大切な人であるならばなおさらのことだった。

 

「しかし妙なことだ」

「何がです?」

「つい先日までお前達と戦っていたのに今では協力して陛下を守り立てようとしている」

「そうですね。これも一刀さんのおかげです」

 

 それを結びつけたのは間違いなく一刀の存在があってのことだった。

 人和は一刀に命を救われた時から彼のことを考えていた。

 常識にとらわれることなく、また悪巧みに利用することなく自分達を純粋に助けてくれたことが不思議に思ってならなかった。

 ましてや皇帝の私的侍女になってほしいと言われた時は何か裏があるとも思った。

 何度となくそれを注意深く観察していたが、一刀が何かをしようとしている姿は一度も見つけられなかった。

 気軽に声をかけて談笑をしたり、お茶を一緒に飲んだりと国中を騒がした自分達を普通の女の子として見てくれている。

 そのことに気づいたのは人和だけではなかった。

 天和も地和も気づけば一刀のことばかりを話していた。

 彼と話をすればするほど心の中が暖かなもので包まれていくような気分になる。

 そして彼を通じていろんな人と知り合っていく喜びを感じていた。

 

「でも今は徐栄さんが頼りですね」

「私が頼り?どういことだ?」

「だって一刀さんはいないし華雄さんだっていなくなったんですから」

 

 武に通じている徐栄だからこそできることがある。

 それに対して自分達は剣で戦うことなどできないほど非力だった。

 

「だから一刀さん達は戻ってくるまで頑張ってください」

「そのつもりだ。しかし本当に一刀様は戻ってくるのか?」

 

 行方不明というだけで討ち死にをしたわけではないため、生きている確立は低くても存在していた。

 徐栄も死んだなどと信じてはいなかったが、月を討ち取られたと聞かされては心中穏やかなものではなかった。

 

「大丈夫ですよ。きっと生きています」

「私もそう言い切れたらどんなに楽だろうな」

 

 いかんいかんと頭を左右に振る徐栄。

 自分がこんなことで生きていると信じなければ百花に対して失礼でしかなかった。

 百花の隣には何があっても一刀がいてほしい。

 二人が幸せになれるのであれば自分はその幸せを守る義務がある。

 

「今は信じて待つか」

「そうですね」

「すまないな、いろいろ心配かけて」

「いえ。それじゃあ私はお茶の準備をしてきますからよろしくお願いします」

「心得た」

 

 去っていく人和を見送り、徐栄は百花の部屋の前で仁王立ちになり腰に下げている剣を掴んでしっかりと握り締めた。

 せめて一刀が戻ってくるまでは自分が百花を守ろうと改めて堅く誓う徐栄だった。

 

 残された者達は誰もが絶望に叩き落されたような気分になっていた。

 天の御遣いが行方不明と月が討ち取られたことでただただ気力を失った者、漢王朝の行く末に見切りをつけて離れていく者、それでも忠義を尽くそうという者といろいろとわかれていた。

 数日して百花から正式に連合軍に参加した諸侯に対する恩賞が与えられた。

 ほとんどの者が領地の増加や昇進などで喜んでいたが、その様子を見るたびに百花はため息をついていた。

 

「ところで陛下」

 

 謁見が終わろうとした矢先に華琳が声を発した。

 

「董卓軍なき今、この都を守る軍が必要と思われますがどのようにお考えですか?」

 

 華琳の指摘どおり今の洛陽には二百ほどの守備隊がいるだけで広大な洛陽を守るだけでも人手が足りなかった。

 このままでは大規模な賊が現れたら瞬く間に占領されてしまう恐れもあった。

 

「それに皇帝陛下に弓を引く者を討伐する者が必要かと思われますがいかがでしょうか?」

「たしかにそうですね」

 

 自分達だけでどうにかするとは言わなかった。

 それが困難なことだということを百花は一番わかっていた。

 では代わりの軍を駐屯させて守らせるにしても誰を持ってその任に当てるかという問題があった。

 朝廷を守護することは名誉なことであと同時に命令があれば即座に実行する力を持ち合わせていなければならなかった。

 一同を見回す百花だが、その中で任に耐えられる者がいるだろうか探した。

 

「ではどなたかにお願いしましょう」

 

 自分達が董卓にしたことを繰り返さることを何よりも恐れていたため進んで立候補をしようとはしなかった。

 

「誰もいないのであれば曹操、貴女にその任を任せることになりますがよろしいですか?」

 

 言い出した本人が最終的に都を守ることになる。

 諸侯はそれを望んでいた。

 そして華琳も十分にそれを理解していた。

 何よりも自分の領地として与えられている?州も都からそれほど離れていないため、戦力の分散となるどころか、強化することができると思っていた。

 

「誰もいなければ私が陛下をお守りいたしましょう」

 

 恭しく受け答える華琳。

 彼女はこの瞬間に大きな力を手に入れたと確信した。

 皇帝を擁立することはすなわち自分は官軍であり、その命令に従わない者は逆賊として大義名分を得て討伐することができるようになる。

 

(皇帝を守ることで私の覇道は突き進める)

 

 華琳の心中まで百花や他の諸侯は見通すことができなかった。

 

「では曹操、今後は貴女に任せます」

「承りました」

 

 こうして華琳は誰もが重荷になると思っている皇帝を自分の覇道のために利用できることになった。

 

「それでは今後とも漢王朝のために忠義を尽くしてください」

 

 百花の言葉に諸侯は深々と頭を下げた。

 こうして百花は一刀や月から華琳へと守護者を変えていくことになったが、同時に孤独な戦いをすることになるとも思った。

 

 

(あとがき)

 15、6日の更新でしたが無理でした。

 本当にすいませんでした。

 仕事の合間に作っていたのですが、なかなか時間がなく気づけばGWに突入している有様。

 まぁGWもお仕事なのでもう泣きそうです。

 

 今回で反董卓連合編は終了です。

 なにかと中途半端かなと思いながらもこの辺にしておかないとまた終わらないまま通信が途轍思想なのでこの辺区切りとつけました。

 

 次回からは群雄割拠編です。

 これが終われば天下統一編、そしてラストへとつながる予定です。

 5、6月、長くても7月までには群雄割拠編が終わればなんとか年内は余裕でいけそうです。

(あくまでも予定なので)

 

 では次回から新章突入します。

 またよろしくお願いいたします。

説明
二週間ぶりの更新です。
今回で一応、反董卓編は終了です。
最後まで読んでいただければ幸いです。
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コメント
うあー皇帝を擁した曹操、月達を擁した劉備、一刀を擁した孫策たちそれぞれが引き裂いた張本人たちとなぁなぁになって大事な人たちと合い争うわけだ。その後に割に合うカタルシスが得られるようには思えない・・・これは、どうしたものか・・・(PON)
一刀や月が再び戻ってくるまで私は誰のも屈しませんは誰にもでは?何となく駆け足感がありますね。皇帝側だけでなく、華琳の心情や孫策以外の呉の面子の心情もあるともっと良かったかも。(KU−)
百花と華琳が腹割って話してる姿を見たいな(アルヤ)
タグ
真恋姫無双 反董卓連合 百花 北郷一刀 華琳 麗羽 

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