変態小悪魔半生を語る
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 どうも、みなさんこんばんは、

 静かな夜を如何お過ごしでしょうか?

 

 小悪魔です。

 

 あくまでこれは通称であって本名は明かせない事になっておりますので多くの人にはそう呼ばれております。悪魔なだけに……

 本日は私の個人的なお話にお付き合い願いますでしょうか?

 

 私の主人、パチュリー・ノーレッジ様との付き合いはもうかれこれ百年ほどになりますでしょうか?

 長いようでいて短い、短いようでいて長い、元々そこまで人付き合いが得意なほうではない私ですが、最近では主人であるパチュリー様のお考えになっている事が分かるようになって参りました。

 そう、いろんな意味で、

 

 そもそも私がパチュリー様の従者としてお仕えしたのには様々な理由がございます。

 私、通称から分かる通り悪魔ですが、悪魔の中でもあまり上等な血筋ではない者でした。

 魔界とはある意味人間以上に徹底した格差社会です。

 生まれの悪い悪魔はどんなに努力しても報われない。

 その怨み辛みが溜まり、格の低い悪魔達は人間達を使い鬱憤を晴らす、時としてその悪行がばれ、人間に血祭りに上げられる悪魔もおりました。

 まぁ他人の不幸になんて構っていては悪魔なんてやっていられません。

 加えて私、実は抜きん出た才も無く、おまけに学歴も三流の大学出で、家族から独り立ちする時もさっさとくたばってしまえと散々罵倒されたものです。

 悪魔の家族での絆なんてそんなものです。

 

 上流階級に行くほどそういう傾向が強いらしく、貴族の方々は良く家督争い等で、血で血を洗うような争いを繰り返していたようです。

 まぁそんな雲の上の殿上人のような方々の話もこの際どうでもいいんです。

 どうせ誰が権力を握ったところで明日のパンも買えない様な三流悪魔の日常に影響が何かしらあるとはとても思えないのですから、

 実家から盗んできたお金で裏路地の苔むしたような所にある小汚いアパルトメントと職業斡旋所を毎日のように往復して、私は職を探しました。

 当然ながら身なりを整えるようなお金なんて手元にはありません、そしてそんな悪魔に仕事なんて草々入って来る訳が無いのですから、門前払いを喰らうのは日常になっておりました。

 代わりに個人情報を売らないかと持ちかけてくる悪質な業者は多く紹介されましたね。

 一度騙されて行きそうになって酷い目に合いましたよ。

 そんな生活が続く中、遂に手元の財産が底をついたんですよ。

 まぁ両親が稼いでいた金の半分くらいじゃあこの程度が潮時か、とほんの少し苦笑いを浮かべながら、インスマス面した大家から部屋を追い出されて途方に暮れていました。

 悔しくは有ったけれども正直な話、当然の結果かな、などと納得している自分もいました。

 私は、数日は風呂すら入ってない体でそのまままた職業斡旋所に行きました。

 丁度その時人身売買の業者が出入りしていたので、保証人も何も無しでいいうえ三食付だったので私はうっかりその業者に自分を売ってしまいました。

 当時私は相当頭が弱かったようで、その自分で自分を売るのはいいけれどそのお金の受け取りを結局私自身がしていなかったんですよ。

 まぁつまりは、自分から進んで騙されに行ったっていう大ばか者ここに極まれって所でしたね。

 さて、私は果たしてどこに連れて行かれるのでしょうか?

 極寒の氷結地獄で重労働をさせられるのか、もうちょっと良くていいとこの貴族のメイドにでもされるのでしょうか?

 ……実は私人にはあまり言い難い性癖がありまして、その、なんていうか……

 同性にしか興味が持てないんですよね。

 いいところのお坊ちゃんの夜の相手でもされようものなら正直苦痛以外何者でもないし、しかもそういう血気盛んな年頃だと丁度親を蹴落として権力を手中に収めよう企む年頃じゃないですか、そうなったら勝てばいいですが負けたら最後、その使用人は皆首ちょんぱですよ?

 ああ、でも奴隷の人生なんてそんなもの、自らを奴隷に貶めたのは私自身、何が楽しみで生きているのやら、

 と、周囲を見てみるとどいつもこいつも皆私みたいにぶつぶつ独り言を言いながら死んだ魚の様な目をしているじゃないですか。

 まぁ、こう地獄を見れば心が乾く一歩手前ですよ。魔界で地獄なんてナンセンスの極みですね。

 でも一日一回お風呂に入れてもらって、三食ありつけるのは正直ありがたかったですけど、でもこれだって私達を家畜みたいに養って早く売れるようにするっていう努力じゃないですか。

 最初はちょっと嫌な気持ちはしましたけど、でも自業自得だったのでそれもなんか色々諦めました。

 周りにいた悪魔達はどんどんいなくなりました。

 一人は氷結地獄の作業員として買われて、次は娼婦宿、その次が名家の使用人へと、大体私が考えていたとおりでした。

 そして、なんといいますか、私ってばどうも要領が色々と悪いのか、買われる気配が無いんですよね。

 多分オーラ力とかが足りないんでしょう。まぁ体の方は健康そのものですけど、なんか魅力に欠けるというか、奴隷商人もてんで売れない私を罵倒しましたが、私自身それは彼らの当然の権利だと思っていました。

 だって私ってば商品なのに何時までも売れ残って在庫として、ただ飯を食らってる身分なんですから、食品売り場の食材だって食べられない位になったら在庫処理として捨てられるのに、私ったら費用だけかかっていって、売れ残るたびに単価が上がっていくんだし……

 いっそ同情したくもなります。

 奴隷商人達もそろそろ限界か、と思ったある日、人間界のとあるキャラバンに紛れていた私達の所に、一人の女性がやってきました。

 

“売り物を拝見させていただいても宜しいかしら?”

 

 彼女はこの世界の言語で奴隷商人達に語りかけました。

 愚かな、三下とはいえ悪魔なんかに声をかければ人間なんて簡単に殺されるのに、ましてやここの所私の存在でいつも以上に苛立っている彼らがそんな言葉に耳を貸すだろうか?

 私が予想したように奴隷商人たちは勢い良く立ち上がりました。

 彼らは人間の女性を良く好みます。いろいろな意味で、

 因みにこの時商品と言うのは私しか居ませんでした。

 と言うことは彼女って私のために死ぬわけです。

 こんな行き遅れにその命を捧げるなんて……

 良く見ればその女性は私好みの姿をしていました。

 色白くて、長くてすらりと伸びた薄紫色の髪の毛は月光を浴びて天使の輪というか金糸のように光っていました。

 私よりも小柄で、けれども女性としての肉付きはきちんとしていて、なんというか非常にそそられる人物でした。

 こんな人が私の為に命を捧げてくれるなら、なんていいますか悪い気もしませんでしたよ。本当に! でもですね! 現実なんてものは理想の実現なんてそう簡単に実現させてはくれないものなんですよ。

 

「豚共が荒い鼻息を立てるな! 鬱陶しい!」

 

 その一言と同時に彼女が手に持っていた本から何かが飛んできました。

 私は檻の中から目を見張るばかり、その本の中から火やら水やら、鋭い金属片やらが飛び出し、奴隷商人達を叩きのめしてしまいました。

 その姿でもう私の心はときめきメモリアルでしたね。自分より身長の高い野郎共をばっさばっさと叩きのめす姿なんて物語の中だけだと思いましたよ。

 散々叩きのめした後、彼女は少しだけ荒い息を吐きながら、彼らに言いました。

 

「危害を加えるつもりは無かったわ。ただ、言葉が通じない家畜を躾けるには暴力以外のものを私は知らなくて……これも自らの無知を恥じる次第だわ」

 

 なんともまた荒唐無稽な事を言うのでしょうこの方は、もう体中傷だらけの奴隷商人にとってそれは脅し文句にしか聞こえないじゃないじゃないですか。

 

 なんですかそれ、格好いい!

 

「さて、商売の話をしましょうか。私は使用人を一人探しているの。人間では永くは生きられない。永く生きられて、そう簡単には使い潰されない様な悪魔は取り扱っているかしら?」

 

 気がつけば彼女ったら私達の言葉を喋っているじゃあないですか、そういえば聞いたことがあります。この世界では悪魔と交流を持っていて、人の条理から外れている存在がいる事を、魔女だとかそういう存在でしたっけ?

 そして、正しく、彼女は魔女でした。

 奴隷商人達は、彼女の物静かだけれど鋭い眼光に射抜かれ、硬直してしまいました。

 

「あの、それでしたら、あちらに特上のが一人」

 

 一人が私の方を正に示す、それはとても嬉しい事だったけれども、彼らはその口で私を売れ残りだとつい先ほどまで言ってた口が今度は掌を返したように特上ときたか、彼らにしてみれば命が関わる問題だから仕方が無いし、ここで私が居ないってなったら多分彼らこのまま八つ裂きになってただろうね。

 私に感謝して貰いたいわ。

 などと有頂天になっていると、彼女は私の傍まで寄ってくると、私の顔をまじまじと見つめてくる。

 こんな綺麗な女性に見られると若干緊張してしまう。

 いやさ、凄く嬉しいんだけどさ。

 

「あなた、言葉は喋れる?」

「ええ、この世界の言葉ですと……全く喋れませんが」

「少々間抜け面ね」

 

 がーん、最後の言葉はちょっと傷つきましたよ。

 確かにBad apple! 的な悪魔生送ってきましたけど初対面で間抜け面なんていわれるなんて……

 いや、発想を変えてみれば彼女の罵倒に快感を覚えるというMプレイも悪くは無いかもしれない。

 私の思考をよそに、彼女はすぐに私の値段交渉を奴隷商人達と始めてしまった。

 行き遅れの私がこんな好条件の人の下に仕えるなんて許されるのだろうか? と半ば笑いそうになるが、しかし今変な所を見せて彼女の気持ちを変えてしまったら元も子もない。

 なんとか笑いを押し殺していると、彼女が檻の鍵を外してくれる。

 

「出なさい。今日からあなたは私の物よ。ついてらっしゃい」

 

 それはなんか、告白されたような時の気持ち似ていた。

 大学に通っていた頃異性に告白された時にはそんなに心ときめかなかったけれども、一度だけ同性から告白された時は本当に嬉しかった。

 まさかあの感動をもう一度、と行くとは、私はどうやら人生本番っていうのはこれからなのかもしれない。

 などと甘い夢を見るのもつかの間だった。

 

「さて、1ヶ月かけて私の普段話している言葉を使いこなしなさい。出来なければ先ほどの奴隷商人の様になってもらうわよ?」

 

 その言葉で、確かに私は固まってしまった。

 

 人間関係って付き合う時間が長くなるほどその人の欠点って見えていくものだと、それから数年で理解しました。

 私は魔法図書館と呼ばれる場所に案内されてそこの司書をしろと、言われました。

 当然私には司書の資格なんてありません。

 モグリです。でもなんかモグリって結構格好いい印象がありますよね。

 モグリの医者は顔に傷があって法外な金銭を要求しますが手術は必ず成功させますし、モグリの借金取りは魔王になって世界を救いますし、

 けどモグリの図書館司書とかってあまり強そうな肩書きじゃないですよね。

 医者だったらメスをチラつかせてたりとか、金貸しだったら、こうヤクザキックとか大規模破壊魔術とか繰り出しそうですし、

 司書の特徴ってなんだろう?

 ネクタイ解いてそれを本に巻きつけて投擲するとか、そんな事したらあのご主人様に思いっきり殴られるだろうけれど……

 あとは万年筆で相手の目を潰したりとか? インクと血が飛び散ってまたご主人様に怒られるような気がしてならない。

 こう、紙を一瞬だけ硬化させて鋼鉄の剣を引き裂いたり、矢を防いだり出来ないかなぁ。

 漁ればそういう魔法も有りそうだけれども、ここの魔道書の殆どが私には読めない。

 なんで悪魔の癖に読めないのよ。とあの主人に何度も頭を箒で突かれましたが、生憎私は実践的な学科を出たわけでもないし、魔法だって日常的に使う程度のものしか憶えていない。

 ……ぶっちゃけ遊び呆けていたから知識の殆どが身についていないっていう言い訳できない理由もあるんですし、

 それをあの主人に指摘されたら確かに痛いんですけどね。

 そうそう、あの主人ったらもうなんというか同じ女としてあんな外見を持っていながら勿体無いと思いました。

 あんなに綺麗な髪をしているのに彼女ったら研究の事しか頭に無いらしく、風呂に平気で1ヶ月入らなくても気にしないんですから、

 最初こそ言葉が通じないって言う弱みがあったからその辺り口にしなかったんですけど、言葉が通じるようになったので私は彼女に言いました。

 

「ご主人様、いい加減お風呂に入ってください。それとお洋服も着替えましょう」

 

 けれどもご主人様ったらまずそれの何が問題なのかすら理解してなくて、物凄いそっけなく、

 

「面倒くさいから後で入るわ」

 

 って答えてくるんですよ。

 一度や二度ならまだしも、八千回過ぎたころからもっと我慢できなくなり、仕方が無いので半ば強制的に彼女を風呂場へ連れ込みましたよ。

 

「何をするつもりよ?」

 

 あの眠そうな眼で私を思いっきり睨みつけてくるけれど、もうぼろぼろになった服を着ている彼女を見て居たくは無かった。

 

「私が毎回口を酸っぱくして言っている事を忘れましたか?」

 

 私の言葉を一度咀嚼するようにご主人様は空を見上げ、そうしてこう答えやがった。

 

「それは優先される事ではないわ。私はまだ研究するべき事があるの。後で入るから放して頂戴」

「それもう何回目ですか?」

「多分8743回」

「憶えていてそういうんですか? もう! だったら実力行使でいかせて貰います!」

「ちょっと! 使用人が主人のいう事を聞けないっていうの?」

「ええ、聞きません。私の耳は今聞こえなくなりました。ですので強行します」

「それって聞こえてる事自認してるんじゃない!」

「聞〜こ〜え〜ま〜せ〜ん〜!」

 

 私は全力で走り、彼女を抱き上げて風呂場まで走った。

 その時、確かに私は悪の手からお姫様を救出する勇者の快感を味わっていたと思うけれど、後から考えたらこの辺りが彼女に言われた間の抜けた感性なのかもしれません。

 

 バスルームで一気に彼女をひん剥くと、そのまま服は洗濯籠に入れて、彼女を洗う為、ワイシャツの袖を捲る。

 一気にひん剥いたのは自分の中の欲望と義務感を混合させたくなかったからだ。

 下心はあれど、仕事に対する義務感は忘れるつもりは無かった。

 

「分かった! もういい! お風呂位自分で入れるわよ!」

 

 漸くわかって下さったか、これで一安心である。

 私は仕事を終えた達成感に浸っていた。

 けれども彼女は私の顔をじーっと見続けている。

 

「どうしました? ご主人様、何か足りな……」

「風呂はいるんだから出て行きなさいよ馬鹿!」

 

 思いっきりお湯を頭からかけられて私は風呂場から追い出された。

 やれやれ、私とした事が、また間抜けた所を見せてしまった。と反省するも、

 けれどもご主人様の裸は脳裏にしっかりと焼き付けておきましたよ。

 ふふふ、それにご主人様ったら洗濯物と言うこれまた欲望を駆り立ててくれるアイテムを置いていくなんて、私に妄想を駆り立ててくれといっているようなものじゃあないですか、

 装飾についているマジックアイテムを一つ一つ解除していきながら、私はもはや布切れとしか言いようが無いほど汚れきった服を抱きしめる。

 

「ああ、至福……」

「いいからあんたは新しい服を持ってきなさい!」

 

 背後から聞こえる怒声すらも私の中では喜びに変わってしまう。

 ああ、素敵な職場を有難う、

 もう一度頭から水をかけられて漸く私は我に帰る。

 こんな時を待っていた為、バスタオルとご主人の服は一式揃っている。

 けれども彼女のマジックアイテムの換えは無い為、それを一つ一つつけていく、結構隠された所に付けてあった為、取り付けにも色々気を使う。

 勿論誤作動させてしまえば大惨事にもなりかねないから困る。

 全て取り付け、一息つくと、彼女が上がる気配を見せた。

 そんなに長い時間かかったのか、それとも彼女が烏の行水なのか、また早々に立ち去らないとこんなに素敵な職場を失いかねない。

 それが魂ごとだというから気が置けない……

 まぁ、主従関係を親密にするには長い時間を掛ければいいのだから今は立ち去りましょう。

 主人には気付かれないように音も無く立ち去るのにはそれなりに注意力が必要でしたが。

 

 けれどもそれから私はまた彼女の不精さ、と言うかこの際だから図太さをまた思い知ることになった。

 

「ご主人様、何故に髪の毛を乾かしてこなかったんですか?」

「魔力の無駄でしょう? どうせ放っておけば乾くわよ」

「そういう問題じゃあないんです! 折角綺麗な髪を持って生まれたんですから――あーもーお肌のケアまでしてないじゃないですか!」

「……じゃああなたに任せるわ」

「え?」

「私はそういうの面倒くさくて適わないわ。私が本を読んでいる間にやってくれるっていうならあなたに全部任せるわ。それでいいかしら? 口煩い従者さん?」

 

 そりゃあもう! 喜んでって言いたかったですよ!

 それはだってあれでしょ? このお方を私色に染め上げていいってことでしょう?

 

「私は本来そういうものは必要ないのよ。魔法使いとして捨食の法、捨虫の法を得て、私の肌も変わることはなくなったのよ」

「それは理論上の話でしょう? 実際服だってあんなに汚れてたじゃないですか!」

「多少ってだけでしょう?」

「その多少が積み重なると大きな事になるでしょうが!」

「ええ、まぁそうね、だからあなたに任せるわ。私はそういうところに気が付かないから、そういう事も含めてあなたの仕事よ」

 

 そう言い、彼女はデスクの上のやたらと小難しそうな(恐らく本当に難しいんだろう)本を読み始める。

 私は彼女の為に幾つかの化粧品を買いあさっていたが、いざ使うとなるとどの化粧品を使うかで悩む、

 ご主人様にはこの化粧品を集めるとき毎回あの眠そうな眼でじとーっと睨んできて、小さく「無駄遣い……」といわれてきていたが、こういうときの為にあるんだからいいじゃないですか。

 と、私は自分で試して悪くなかった化粧品(職権乱用ではない。決して)を見繕い、そして、あまりにも飾りっ気の無い彼女に、せめてこのくらいは、と思い、東方で取れる花から抽出された香水を少しだけかけた。

 彼女は一瞬だけ眉を潜めるが、興味をなくしたのか、そのまま読書に没頭してしまった。

 

 

 それから暫くは大した変化も無く、良く怒られもしたし、時々主導権を握ったりしたし、私の行動の自由もある程度認められてきていた頃だったんですよ。

 自分の振りかざせる権力なんてものは一時期で全てを奪える物ではないんです。大切なのはじっくり時間を掛けて着実に自分に必要な権力を握る根回しをすることですよ。

 

 実はそれから私達の運命を大きく変えた存在と対峙することになったのです!

 そうあの永遠に幼い紅い悪魔ことレミリア・スカーレットお嬢様ですよ。

 ご主人様はもうそこらへんにいる雑魚引きこもりがフェザー級引き篭もりだとしたらウルトラヘビー級の引き篭もりですので、え、そんな等級無いって? まぁ私は格闘技とか詳しくないので、その辺はあちらのスポーツ及び格闘技のコーナーをご覧になってください。

 まぁそんな引き篭もりライフを行っていたあのご主人様がある日、何を思ったのか外出するっていい始めたんですよ。

 私は確かにずーーーーーーーーーーっと魔法図書館に閉じこもっている主人に対して偶には外の空気でも吸ってきたらどうですか? って幾度と無く繰り返して言ってきていたんですが、それがまさか叶うときが来るとは露ほどにも思ってなかったんですよね。

 それも強い目的意識を持って、あの時の凛々しさといったら初めて出会ったときのそれ以上でした。

 でも同時に不安だったんです。

 私は実際人を誑かしたりは自己保身以外ではあまり行っていなかったのですが(それをやるくらいならご主人様で遊んだ方が楽しいですし)それでも人の行動原理というものは一通り理解しておりますし、ご主人様にひたすらお仕えしていた身です。

 下心は山ほどあれど、いやだからこそその人物の情緒を鋭く洞察できる。

 彼女の普段の意志力の強さ、

 それはひたむきに本を読むことに費やされてきた。だからその意志力は常に感情としてさざ波を打つように表れるのではなく、その顔の下の心の水面下の部分でのみ動く、

 その意志力が現実世界に映し出された時、彼女がどういった行動に出るのかは今の所予測不可能だったんですよ。

 けれども私には一つだけ理解できる事がありました。

 ご主人様はもしかしたら今日この瞬間を生きる為に生きてきたのであるのだろうと、そう心に強く誓っているように見えました。

 つまり、この瞬間が過ぎ去れば彼女は生きる理由を失うのではないかと、そう曲解できるような雰囲気でした。

 蝋燭の火が燃え尽きる最後に見せるような輝きを見たような、そんな雰囲気に似た物を感じました。

 

「私は暫く留守にするわ。留守を頼むわ」

「いいえ、私もお供させて頂きます」

 

 私は思わずいつもなら是非出掛けて外で散歩でもしてきてくれと開けておく扉を閉め、彼女の行く手を阻みました。

 彼女は数秒私を睨みつけると、再び口を開きました。

 

「主の行く手を邪魔する使い魔がいるかしら?」

「あなたこそ、私を見くびらないで下さい。あなたがどんな理由で外出するかなんて、大よその予測がつきます。その魔道書だって戦闘用のものじゃあないですか。何と争いに行くかは知りませんけれども、あなたは自らの死を覚悟しているのではないですか?」

「だからと言ってあなたが私を阻む理由にはならないわ」

「いいえ、成ります」

 

 私の反論に流石に彼女は予想をしていなかったのでしょう。心の中で少しだけ笑い、それから続けた。

 

「帰らない主を待つことにどれ程の意味があると言うのですか? あなたは私に叶う事の無い命令を下そうとしました。それだけで私があなたを止めるだけの理由に成ります」

「所詮買われた身の癖に随分と偉そうにするわね?」

「身の回りの事なんて今じゃ何一つ私がいないと出来ないくせに良く偉そうに出来ますね?」

 

 私に言われた事がよっぽど堪えたのか、彼女は表情を歪める。

 こんな表情をさせるくらいに彼女は私に飼いならされてしまったのかと思うと、少しだけ嬉しくなった。

 

「そうやって主導権を握りたい気持ちは分からないでもないけれど、だからと言って私の生き方をあなたにどうこう言われる筋合いは無いわ」

「だからです。私も一緒に行きます!」

 

 無作法を承知で、いや、これこそ望んだから行ったのだけれど、彼女に思いっきり抱きついた。

 

「あなたが何時帰るかも分からないこの魔法図書館で一生を終える位なら、私はあなたと共にこの身が果てようとも悔いはございません!」

 

 正直に言いましょう。こんなドラマチックな台詞を言えるのは悪魔にはあらざるべき幸運でしょう。いやもういいんです。死ぬ気は全く無かったけれども、こんな台詞悪魔生の中で一回でも言えれば本当に冥利に付きますよね? 人間でもこんなくっさい台詞吐ける事なんて殆ど無いじゃないですか。

 この台詞が吐けるだけでも役得ってモノですよ。

 

「ええ、ありがとう、けれどもね、あなたがどう考えていようとも、私は決着を自らの手でつけなければならないの。さようなら、いままで良く働いてくれたわ」

 

 瞬間、私の視界が暗転しました。

 何かの魔法なのでしょう。気が付くと既にご主人様の姿はどこにも無く、私は置いてけぼりを食らったわけです。

 

 探しても無駄、この場所には居ないのだから……

 

 私は永遠に自らの主を失うのか……

 

 私は思わず蹲り、そして両肩を抱いて自らの震えを抑えるようにしました。

 

 

 なんて見事な、計 画 通 り !

 

 

「甘い、甘いですよ! ご主人様! ザッハートルテよりも甘いですよ! ふふふふふ」

 

 私は日ごろからあの不精なご主人様の身辺の世話をしておりました。

 ご主人様が、いつ如何なる場所にいるのか、そんな事をどうにかして知らなければならなかったのです。

 だから、あの馬鹿みたいに沢山つけているマジックアイテムの類の中に、自らの仕込んだタリスマンを紛れ込ます事なんて他愛の無い事なんですよ!

 おまけに私が思いを寄せていることを知れば私を拒絶することだって知っていた。

 だってあの人他人に自分の内側に入ってこられる事を何よりも毛嫌いするんですもの。

 あの知識だけ詰まった愚直な主人の思考なんて分かっていた。

 

「主人の一手先を読んでこその使い魔、その本性を見せてあげましょう!」

 

 私が用意した魔道書のひとつを開き、彼女の居場所を探る、思っていた通り、そう遠くには行っていない。

 スタミナの無いウルトラヘビー級チャンプ引き篭もりに遠出なんて出来る物ですか!

 何もかもが私の予測を超えない。

 悪魔を使役した事をどこまでも後悔させて上げます。

 私は人間のように誰かを愛する事は出来ません。だからこそ、彼女の全てを予測し、彼女の私情を踏みにじるような行動だって出来る。

 こういうのを人間はなんていうんでしたっけ?

 ああ、ストーカーですか、それって似合いそうですね。

 ダークストーカーとか、格好良くないですか? 暗殺者っぽくて、それこそモグリの金貸しとかモグリの医者並に箔が付きますよ。

 彼女の信号をキャッチし、私は彼女の居場所まで一気に飛んでいった。

 夜でよかった、と思いましたが、どうやら後日、私の姿が目撃されたらしくて、私達って結局その土地から引越しをしなければいけなくなっちゃったんですよね。

 後ほどその旨で散々ご主人様に散々罵倒されましたが、その時は逆に嬉しかったですね。

 だって翻せばそれって私を想ってくれて忠告してくれるんですからね。

 単純、だけどなんて扱いづらいのかしら……

 でもそんな姿がもうこの時は愛おしくて仕方が無かった。

 

「待っていてください! 我が主、不肖この使い魔が今助けに行きますよ!」

 

 タリスマンに記された場所を目指し、私は夜の街を駆け抜けた。

 

 私の半生を一言で要約するならそれは“負け”の一言だった。

 大した職業にありつけずに行き遅れて、気難しい主の下に仕えて、そして何より今目の前に存在する者の正体を知ったからだ。

 そんな私の転落人生がここから一気に復帰するなんて、あるわけが無い。当たり前ですが、そんな単純な事すら私ってば忘れてたんですよね。

 

 紅い霧を纏ったそいつは並々ならぬ気迫を持っていた。

 

 あれは私と同族だ。

 所謂悪魔、と言う奴だ。

 それも私の様な三下とは違う、きっと、何処かの名門の出自だろう。

 対峙しただけで体から緊張感が抜けない。

 やんごとない身分、けれどもこの世界に来ているという事は家督争いに負けたかしたのだろう。

 もうなんといいますか、目の前に立っただけともいわず、あの紅色の、月の光を吸収でもしたのか、燃え上がるようなルビーのような瞳とでも表現すればいいのでしょうか?

 こんな真夜中なのに月明かりに照らし出された彼女の瞳はぎらつくほどに眩しいものでした。

 やばい、これは殺される。

 ドラマチックに戦いの最中に躍り出て、やぁやぁ我こそは我が主の使い魔である。いざ助太刀いたすとかもうそんな台詞吐きながら突っ込んで行ったり、後ろから音も無く忍び寄り、ステーンバーイステンバーイって迫って首絞めてみても良かったんですが、なんというか私ってば当たり前だけど力を持つ悪魔と出会うことなんて魔界ではついぞ無かったから対抗策なんて知る由もなかったんですよ。

 だから無防備極まりない状況で馬鹿みたいに彼女の眼前に出てきて、おまけに一睨みされただけで足がすくむどころか膝を付いて立ち上がることすら出来なかったんですよ。

 良く小便漏らさなかったなぁと、今では思います。

 彼女は気を失っている我が主をあの悪魔は抱えていました。

 我が主はいたたましくも、頭から血を流していました。

 あの綺麗な髪に赤黒い血が混ざっていて、それを汚されるのが私は胸の奥からの嫌悪を覚えました。

 それは喩え恐怖に竦んでいたとはいえ、私の心ではそれだけは怒りを禁じえませんでした。

 ついでに夜中にお姫様抱っこだなんて! なんて羨ましいシチュエーションですか! 私が代わりたいですよ!

 

「飾るという事は――」

 

 目の前の悪魔が唐突に口を開きました。

 言葉を向けた相手は紛れもなく私、だって私の事めっちゃ睨んでますし、先ほどまでの嫌悪なんてもうそれだけで吹き飛んでしまいそうな程の圧倒的な威圧感ですよ。

 

「自分を飾るという事は、果たしてどれほどの意味があるのだろうか?」

 

 唐突に向けられる意味不明な質問、目の前の悪魔、彼女は当たり前だけれども化け物のような姿でした。

 背は低く、恐らく私の腰くらいまでの背しかありません、けれども長く伸びすぎた髪は全身を覆い隠し、背中の翼は薄汚れていて、辛うじて、手と足が揃っていて人型をしているのだなと、わかるくらいでした。

 声もしわがれていて……それこそ、長く誰かと会話をしていない発声器官を無理矢理動かして声をあげているようでした。

 そんな化け物は、しかし最も面妖だったのは、頭部に突き刺さっていた鉄杭でした。

 頭部を射抜いている鉄杭、長さは私自身の腕くらいはあります。

 そこから多少流れ出る血は人のそれと同じ、そして私とも同じ色の濃い、赤でした。

 おそらくは我が主の為した所業でしょう。

 以前奴隷商人を撃退した時に使ったあれでした。

 それをなんというかえぐく、凶悪にしたような、

 あんな顔してこんな凶悪な兵器開発していたんですね。流石、奴隷とはいえ悪魔を買い取ろうなんていう事を平然とやってのける人は違います。

 話が逸れましたが、目の前の悪魔は私の返答を待っているのか、いや、本気で待っているのでしょうが、一向に動いてはくれません。

 如何に答えるべきか、そもそも話の意図がまるで掴めません。

 

「私が以前この女と対峙した時はこんな姿じゃあなかった。それなのに、すべすべの肌、手入れの行き届いた髪、そして何より、この不思議な鼻につく香り、不思議だ。何故彼女はこんな姿になったのだろう。まるで人間の女のようだ」

 

 あーもー私の主の肌をその汚らしい舌で舐めないでくださいよ! それはいずれ私の仕事です! 地団駄を踏みたい所ですが、足がまるでいう事を聞いてくれません。

 しかしなんですか! 一体この悪魔は! 不気味さだけは超一流な癖にそれに伴う品ってものが無いじゃないですか! 

 

「あの、それは、私がやりました……」

 

 文句があっても小心者の私は口には出せない。

 これって世渡りには必要なことかもしれないけどこういう絶対的な生命の危機においては全く意味ありませんよね。

 知ってるけど行動にはできない。獅子の前ではネズミは立ちすくむ、こんな時に窮鼠猫を噛めれば私ってもうちょっと格好が付くはずなんですけどね。

 なんて残念な性能の私、まぁそれは昔から変わること無い品質を保ち続けてこの世に提供している私だからなんですけど(悪い意味で)自分でも思いますが、さすがに情けなさ過ぎますね。

 

「悪魔が魔女を飾る?」

「寧ろ何故あなたはそんな体たらくなのですか?」

 

 彼女は自らの姿を今一度顧みたのか、何故だか僅かに困惑する。

 不気味だ、不気味だ、って思ってましたが、悪魔の私がこれほどまで不気味だって言うのには恐らくその不気味さのベクトルが悪魔的ではないからなのでしょうか?

 有力な悪魔達にはそれぞれ格式と言うものがあります。その格式と独自の美意識によって自らの凶悪さをこの世に演出するのが貴族の悪魔様達なのですが、目の前の悪魔、背の高さからしてまだ幼いのか、声はしゃがれている為、男か女かもわからないほど不気味な存在でした。

 その目の前の悪魔には格式が無い、ただ野放図なまでの獣性、今だって会話をしながら、ささくれだった鉄の杭を引き抜いている。

 その姿でさえ様式美を伴っていない。

 目の前の悪魔で気品といえばあのルビーのような真紅の瞳、ただそれだけ、でもそれだけでも、もしかしたら磨けば良い素材なのかもしれない。

 うーん、そう考えてくると、勿体無く感じてしまうのは、私の性癖だからでしょうか?

 仮にも男であってもこんなに年下の相手だったら別にそれはそれでいいかもしれない。

 

「不思議な事にこの魔女とは以前から幾度と無く争っていた。決着も付かず、ただ魔法をぶつけ合っていた。私はこいつになら殺されてもいいと思っていたし、こいつも私に殺される事を望んでいたと、私は一方的に思っていた。でもここにきて彼女が変わってしまった。彼女は生きる事を望んでいる。私達の間に割って入った不届き者はお前か?」

 

 その言葉に、私はほんの僅かに一つの自らが生き延びる希望性を見出した。

 

「ええ、その通りです。私はこの通りあなたからも、我が主から見ても惰弱な存在です。もしあなたが反撃を受けてなおも我が主を倒したという実力の持ち主ならば……私はあなたに一握りで潰されましょう。けれども私はそんなあなたに起こせる行動は唯一つっきりです」

 

 私はとんでもないろくでなしだ。自分の身をどうにでもなあれ! といって売り渡したくせに、ここに来て生きる事に執着している。

 それも私一つの魂だけではないほどの強欲者だ。

 

「命乞いです。私と、我が主の命をどうか見逃してください」

「そんな願いがそう都合よく通ると思っているのか?」

「いいえ、けれども、今この場で殺されると分かっていても、私には最早こんなことしか出来ないんです。あなたの様に、力ある者では、少なくとも私はありません」

「力?」

 

 彼女は詰まらなそうに一笑し、そうして続けた。

 私の主はそのまま地べたに置いて、今度は私の方に近寄ってきた。

 やめて欲しいな、砂埃であの綺麗な肌ががさついちゃうからなぁ……

 

「お前は私を強者と言った。お前にとっての強者とは一体何か?」

 

 また妙に抽象的な言葉でこのお化けは言って来る。紅い瞳だけはどこまでも高圧的で、でもそれから目を逸らす事だけはできない自分の情けなさに涙が出そうだ。

 

「あなたのように強い力を行使する者の事です。それと我が主」

「でもお前の主はお前が今駆けつけなかったら当の昔に私に殺されていた。彼女は私の拳を止めたお前によって今、正に生かされている。では彼女は今現在弱者か?」

「ええ、少なくとも、あなたにとっては弱者でしょう。けれど、私がこんな命乞いをさせるほどに心が動いたのは我が主の為、我が主は私にとっての絶対強者です」

「だがお前の主は私に負けた」

「ならば、私にとっての絶対強者はあなたでもあります」

 

 その言葉を受けると、目の前の悪魔は面白そうに奇声を上げた。

 

「私が強者であるものか! 私が彼女と闘う理由を教えてやろうか? 私は! この私、レミリア・スカーレットは! 破滅を望んでいたんだぞ! お前の主になら殺されてもいい、何故ならお前の主はいつだって私に死ぬ気で挑んできた! だが、お前が現れたおかげで! こいつは気を失う前に何を行ったと思う? 命乞いだよ! この私の意思を無視して! こいつは自分の帰りを待っている部下が居るといってこの私に命乞いをしたんだ。そしてお前もそうだ! 私の目の前で命乞いをして! 私と彼女の間を裂いたのだぞ!」

「それは、あなたの思いが一方通行だったからではないのですか?」

 

 いよいよその言葉で彼女に私は殺されるかと思った。

 拳を振り上げ、私に一直線に正拳突きを放つ構えをとりました。

 私の悪魔生もいよいよこおでお終いか?

 そりゃこんな化け物の逆鱗に触れたのだからただで済むはずもなしに……

 私ってば本当に貧乏くじ引くの上手いなぁ……

 

「この拳を叩きつけることをお前は恐怖するか?」

「ええ、それこそ、放尿しそうなほどに」

 

 その言葉を聞くと、レミリア・スカーレットはその拳を引っ込めた。

 

「恐怖とは……」

 

 彼女は、ほんの少しだけ、咳払いをして、それから言葉を続けた。

 

「恐怖とは臆病者の証だ。翻って、それは果て無き生への執着だ。私は、数百年生きて、ついぞそれを得ることが出来なかった。お前は、私にとっての強者だ。条件を一つ飲むなら、お前達を解放してもいい」

「その条件とは一体?」

 

 私の言葉を聞くと、彼女はしばし悩むような素振りを見せた。

 恐らく、彼女にとっても自分が何を言っているのか分からないのかもしれない。

 でもその姿が、彼女の言を信じるなら、数百年の生の重みを感じなかった。

 彼女は、もしかしたら魔界の貴族でも辺境伯といった出自なのかもしれない。

 悪魔としての教育を受けないで、それでもあの瞳に代表される威厳は明らかに高貴のものが持つものであるだろうし、でも格式が伴っていないのは、そういった貴族の基盤に無いそういった特殊な出自の為なのかもしれない。

 

「お前の主はいずれ私に仕える運命を与える。私は、生きる事に執着してしまったものと戦う理由は思いつかない。されど、私はお前の強さにどこか惹かれる。お前の主がそうであったように、その担保としてお前の主には名前を与える。そうね、その香水、パチュリーの花から抽出したものだったわね。お前の主はこれより、パチュリー、時が来れば、いえ、運命が再び交わる時に私は再びお前達の前に現れるだろう。忠誠心に、私は期待する」

 

 そう言い、彼女は虚空に消えてしまった。

 ……一方的に契約を決めるのなんて、なんて自分勝手な! 大体契約なんてものはお互いの同意の上でしょうに!

 でも命が助かったからいいか、兎に角、これで手当てと称して我が主、パチュリー様の裸が拝めるものだ。

 うれしいな、己の劣情のままに公式に彼女の素肌に触れるんだから……

 彼女は三日三晩起きませんでした。

 そうしてうなされながらも目覚めた時に、彼女は真っ先に周囲を見渡した。

 私を認識するなり、彼女は表情で怒りを顕にしたが、そこは万年引き篭もりの弱い所、人間関係の駆け引きがとことん苦手な彼女の怒りのV−MAXを起動させる前に、私は彼女に抱きつきました。

 彼女がこういう能動的な行動に弱い事はもう何度も繰り返してきたコミュニケートで理解しています。

 

「良かった。パチュリー様! 生きていてくださって! 私は心配で心配で!」

 

 目薬で涙の演出も完璧です。泣きつかれると弱いんですよ、この人

 私の行動に呆気に取られながらも、彼女は、暫く頭をかき、そうして続けた。

 

「何を言っても、結局私はあなたに助けられたのね。その事だけに関しては、私はあなたに感謝しなければならない……その、有難う」

 

 彼女から面と向かって感謝の気持ちを表されたのはこれが初めてでした。

 その事に、若干の気恥ずかしさを感じたため、私はむずがゆい気持ちで一杯でした。

 けれども私は忘れてました。彼女が執念深いことを……

 

「ところで小悪魔、“パチュリー”って何かしら?」

「はい!」

 

 元気よく答えて、私はいきさつを話した。

 ……次の瞬間、信じられないほど大きな怒声で彼女に散々怒鳴られました。

 もう書庫が幾つか倒れるくらいの凄まじい怒り方でしたが、彼女は他に生きる術が無かった事は認識していたらしく、それでなんとか決着が着きました。

 何だかんだで、照れ隠しだった所もあったようです。

 可愛らしいですね。

 

 それから少しして、私達は魔女狩りを避ける為、ただひたすら東へと落ち延びました。

 東国のとある汚れきった、けれども神秘的な国で、私はあの紅色の瞳の悪魔と再会しました。

 パチュリー様はレミリア様と何度も反目しましたが、最後にはなんとか和解し、更に東国の、所謂極東と呼ばれる国へと目指しました。

 

 色々あって、中国が上海という交易都市で、紅美鈴という半ば浮浪者のような格好をした妖怪とも出会い、

そして極東の地、そこで私達のようなこの世界に所在がなくなった者達を受け入れてくれる妖怪と出会いました。

 そうしてレミリア・スカーレット様の異変を解決した二人の少女に完膚なきまで負けて、この土地で様々な制約はあれど、大きなお屋敷の居住権を手に入れるに至りました。

 今では、昔ほどパチュリー様を情欲で燃やし尽くすほどの愛を注ぐ事もありませんが、

 

「小悪魔、ちょっとあの本とって来て!」

「はい、わかりました」

 

 こんなやり取りでもパチュリ−様の気持ちが分かるくらいになりました。

 今ではこういう関係も悪いとは思いません。

 数奇な運命だと自分でも思いますが、でも、それも私らしいかな。

 と、私の話はこんなところです。

 え? オチですか?

 そうですね、例えば、久々にパチュリー様の罵声が聞きたいからわざと違う本を持っていって……

 

「小悪魔! 間違っているわよ! いいから言った本を持ってきなさい! 愚図!」

「はーい、今すぐ持ってまいりますね!」

 

 こんな役得があることでしょうか?

 

 

 

 

説明
自身の主に対するストーカー気質を自慢げに語る小悪魔です。

東方創想話からの転載
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東方 小悪魔 パチュリー 

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