【南の島の雪女】琉菓五勇士チンスゴー(終)
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【白いべとべと】

 

お菓子の家マジムン

「ぺっ!」

 

お菓子の家マジムンは、扉を開ける。

 

開いた扉の暗黒の向こう側から、飛び出したそれは、

風乃の体をなめまわすように、まとわりついていく。

 

風乃

「やだっ…何これっ、体中にくっついて…

 ぬめぬめしてて、すごくべとべとする!」

 

風乃の頭に、胴体に、手や脚に、その他全身に、

白くトロリとしたものがまとわりつく。

 

風乃は驚いて、自分の手を見る。

指と指の間から、たらーっ、と白い液体がこぼれおちていく。

 

そして、白雪も同じような恰好になっていた。

 

白雪

「なんだ、この白いのは! 気持ち悪いぞ!」

 

白雪の、長い髪にかかった白いラードが、前髪からぽとりとこぼれ落ちる。

 

ヤナムン

「それはラード。まあ『豚の油』だな。

 チンスコウの原料の一種さ。

 ラードまみれになって、体の自由がきかないだろう?」

 

風乃

「ううっ…足がすべって…うわっ」

 

風乃の足が白い液体にとられ、すべり、尻餅をつく。

 

風乃

「いったぁい…。お尻打った…」

 

尻餅をついたときの衝撃で揺れ、勢いよく飛び跳ねた地面のラードが

風乃の頬や鼻に少しだけつく。

 

ヤナムン

「はっはっは。いい気味だ。

 手も足も出まい!」

 

風乃

「やだあ…もう、気持ち悪い!

 早くお風呂に入らないと。

 今日は、早めにお風呂に入れるよう、

 お母さんに交渉しようっ!」

 

白雪

「風呂の心配優先かよ!

 今の状況を心配しろ!」

 

ヤナムン

「おのれ、脳天気な娘め…。

 俺が怖くないのか。

 いいだろう。少女よ。

 お前から始末してくれる」

 

風乃

「始末って、何、するの…?」

 

ヤナムン

「こうするのさ! やれ!

 マジムンよ!」

 

お菓子の家マジムンの煙突から、何かが発射される。

 

どろりとした、大量の黒い液体。

風乃の頭上から、どばっとふりかかる。

 

今度は黒い液体にまみれる風乃。

黒い液体が、風乃の口に、少しだけ入る。

 

風お

「何この黒いの、甘い…。

 それにこの匂い、もしかして…」

 

特徴的なこの匂い。

風乃は、それを幼いころから知っていた。

黒糖。

 

「黒糖をとかしたものだ。

 さらに!

 やれ、マジムン!」

 

お菓子の家マジムンの窓から、紫色のかたまりが、発射される。

 

べとり。

液体ではない。少しやわらかい。

かぼちゃか芋のような、やわらかさだ。

 

白雪

「な、なんだ、その紫色のモンブランのような奴は!」

 

風乃

「白雪、これ、紅芋!

 紅芋タルトが有名だよ!」

 

風乃の頭には、帽子のように、紅芋がくっついている。

 

白雪

「紅芋!?」

 

ヤナムン

「まあ、これくらいでいいだろう。

 マジムン!

 あの少女は、今、たっぷりの黒糖と紅芋にまみれて、

 とても甘い味をしている。

 お菓子と同じだ。

 吸い込んで、食べてしまえ!」

 

お菓子の家マジムン

「ぐきゅるるるる」

 

風乃

「う、うそっ!

 やだ、食べられちゃうの!?」

 

風乃

「やめて! 私を食べてもおいしくないよぉ!」

 

逃げようにも、べとべとすべすべのラードに足をとられて、動けない。

 

白雪

「風乃! くそっ…!

 このままじゃ、風乃が食われちまう!」

 

白雪は、風乃に手をのばす。

ラードがべとついてて、手足がすべる。

白雪の手は、風乃の手をつかみきれない。

 

風乃

「マジムンさん、あっちの雪女のほうがおいしいよ」

 

白雪

「早く食われてしまえ」

 

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【おじいさん登場。あんなところから。】

 

万事休す。

追い詰められた風乃に、打つ手はないのか。

 

風乃

「おじいちゃん、助けて!

 ご先祖様の力を貸して!」

 

風乃は、敵に対抗すべく、おじいちゃんを呼び寄せる。

おじいちゃんは、風乃の体に、先祖の霊を宿らせ、

パワーアップさせてくれる存在だ。

今はもう、それを頼るしかなかった。

 

おじいさん

「何か用かのう」

 

おじいちゃんは、お菓子の家マジムンの扉を開け、

内側からひょっこりと現れた。

 

白雪

「何てところから出てくるんだよ!

 お菓子の家の扉だろ、そこ!

 毎回変な現れ方すんなよ!」

 

おじいさん

「いやー、真打の登場は、もっとインパクトのあるものに

 したくてのう。ほっほっほ」

 

どこまでもお茶目なおじいさんだった。

 

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【風乃に宿った先祖の力】

 

風乃

「ぺろぺろ…え?

 何でわたし、自分の手をなめまわしてるの…?」

 

風乃は、自分が突然、自分の手をなめまわしていることに、

びっくりし、目をぱちくりさせる。

 

風乃の舐めた手には、白いラードがついていて、それを丁寧に、

丹念に、赤ちゃんの肌にふれるように、優しく舐め回していた。

 

風乃

「おじいちゃん、わたしに、

 何のご先祖様を憑依させたの?」

 

おじいさん

「ラード好きな先祖を憑依させた」

 

風乃

「ぺろぺろ…。ぺろ…ちゅぷっ。

 うわ、すごい勢いでラードをなめとっていく…ぺろぺろ」

 

風乃の腕からあっというまに、ラードが消えていた。

風乃の舌は、自らの太ももやふくらはぎを、なめ回していく。

 

風乃

「ラードおいしいです」

 

おじいさん

「わが孫娘ながら、身体がやわらかいのう」

 

風乃

「ほんとだ、わたし、やわらかい!」

 

自分の身体のやわらかさに感心する風乃。

足の裏、かかと、膝裏、脇、その他の部分、と次々とラードをなめとっていく。

 

さすがに、頭やお尻には舌が行き届かなかったが、

頭やお尻に残ったラードは、指ですくいとって、残さずなめとる。

 

風乃

「あー、おいしかった! ごちそうさま!」

 

ぴっかぴっかの風乃。

ラードなんて、最初からなかったかのようだ。

 

風乃

「白雪のラードもなめとるよ!

 ぺろぺろ。

 えへへ、白雪おいしい!」

 

白雪

「あっ、こ、こら! やめろ!

 あふっ…。んっ!

 へ、変なとこ舐めんな! なんでそんなとこから!

 く、くすぐったいっ! あ、あっははは!」

 

白雪の首元やほっぺたをなめまわす風乃。

 

ぴちゃぴちゃと舐められ、くすぐったいやら、恥ずかしいやら、

でもこうされないとラードから解放されないし、でも風乃に身を任せたらアブナイし。

いろいろ複雑な感情が入り混じりパニック状態の白雪。

 

ヤナムン

「な、なんとけしからん…!

 貴様ら! 子供の教育上、よくない場面を見せるんじゃない!

 (ピー)TAに怒られるぞ!」

 

と言いつつ、風乃と白雪の仲むつまじい行為を、まじまじと見るヤナムン。

 

おじいさん

「ヤナムンが子供の教育を心配するとは、世も末じゃのう…」

 

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【風乃に舐められる白雪】

 

「白雪、ココとアソコにも、まだラードが残っているよ?

 なめとらなくていいの? べとべとして気持ち悪くない?」

 

舌を出したままの風乃。

舌の先端から、ぽろっ、と、さっき舐め取った白いラードがこぼれおちる。

 

白雪の身体から、一部を残して、ラードは消えていた。

白雪は、もう自由の身だ。

 

「はぁ、はぁ…、ひゅ、ふ、ふう、の…

 ふひぃ…もういい…。

 お願いだ、ゆ、許してくれ、風乃」

 

頬を紅潮させ、ハアハアと息の荒い白雪。

目に輝きはなく、口元には、風乃のものと思われる唾液が光る。

着衣はあちこちが乱れ、なめられたときの唾液がうっすらと肌に残っていた。

 

こんなに体を舐められたのは、初めてだった。

数分前までの出来事は、当分の間、白雪のトラウマになるであろう。

 

本当に、本当に、風乃の家には、ロクな先祖がいない。

何がラード好きな先祖だ。ふざけるな。

白雪は心の中で、少しキレかける。

 

風乃

「ちょっと物足りないなぁ」

 

白雪

「つ、続きは、家で、な?」

 

この場を逃れようと、とりあえずウソをつく白雪。

 

「家で続きをする」とか、もっとまずい気がするが、

とにかくこれ以上風乃になめられたら、くすぐったさと恥ずかしさで

悶絶死しそうだったので、なんでもいいからウソをつきたかった。

 

風乃

「約束だよ」

 

ヤナムン

「うぬぬ、貴様ら、俺をおいてきぼりにしおって!

 まぜてほしかった…。

 そうだ、マジムンよ!

 俺にもラードをかけてくれ!」

 

お菓子の家マジムン

「ううううう」

 

お菓子の家マジムンの声に、耳を傾けるヤナムン。

表情が怒りのものになっていく。

 

ヤナムン

「何!? ラードはもう品切れだと!

 補充しろ!」

 

心底がっかりするヤナムン。

 

風乃

「ああ、ラードでお腹いっぱいだよ。

 眠くなってきちゃった。

 お休みなさい」

 

膨れたお腹をさする風乃。

そして、その場でうとうとと、眠りこける。

 

白雪

「寝るなバカ!

 さっさとあのふざけたマジムンをぶったおすぞ!」

 

白雪がいっぱつぶん殴るが、風乃は起きない。

眠りは深いようだ。

 

白雪

「くそ、完全に寝やがった…」

 

永遠に眠らせてやろうか、と白雪は怒る。

 

ヤナムン

「ふん、これで1人戦闘不能か…。

 たわいもない。

 おい、雪女よ。

 どうする? 味方はもういないぞ!」

 

ヤナムンの言うとおりだった。

 

チンスゴーは全員いなくなった。

一応頼りにしていた風乃は、ラードを食べ過ぎてご就寝。

風乃のおじいさんは、正直、戦力として数えていない。ご老人だし。幽霊だし。

 

あとに残るは、何もできない、無力な雪女のみ。

悔しさに顔をゆがめ、拳をにぎりしめる白雪。

 

白雪

「じいさん! 俺、ピンチだ!

 何とかならないか!」

 

藁をもつかむ気持ちで、おじいさんに相談する。

 

しかし、おじいさんがいる(と思われる)方向には、

誰もいなかった。

 

白雪

「じいさんがいない!? どこ行った!」

 

ヤナムン

「おじいさんなら、散歩に行ってくるとか

 言って、どこか行ったぞ」

 

白雪

「クソじじい…」

 

白雪はがっくりと肩を落とす。

 

ヤナムン

「なんだ、その落ち込みようは。

 貴様も散歩に行きたかったのか?」

 

白雪

「散歩? バカを言うな。

 許されるならずっと家にいたいわ!」

 

ヤナムン

「運動しろ」

 

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【チンスゴー、変身する】

 

「そこまでだ、ヤナムン!」

 

ヤナムン

「な、何者だ!」

 

「俺だよ」

 

人影のようなものが、ヤナムンの前にあらわれる。

チンスコウのそれとは違う、明らかに、人の形をした、姿をしている。

 

ヤナムン

「き、貴様、プレーンかっ…!

 ふん、チンスコウのくせに、人間になんか化けやがって。

 だいたい、なぜここにいる?

 貴様は、全身にヒビが入り、負傷して動けないはず!」

 

プレーン

「直してもらったのさ。ここにいる、雪女さんにな」

 

白雪

「お前…プレーンなのか!?」

 

プレーン

「そうだ」

 

静かな声で答える。

 

そこには、茶色の衣装に身を包んだ、茶髪の青年が立っていた。

年齢は二十歳くらいだろうか。

 

白雪

「…驚いたぞ。何があった?

 なんか、お前、物騒なものまで持ちやがって」

 

青年の手には、剣のようなものがにぎられている。

 

プレーン

「奥の手を使う、と言っただろ?

 これが奥の手だ。人になって、戦う。

 すごく力を発揮できる。そのかわり…」

 

ヤナムン

「人間に変身するとは、バカな奴め。

 チンスゴーは本来、チンスコウの姿で戦うもの。

 慣れぬ人間の姿で戦うと、どうなる。

 体力はつき、疲れ果てて、3日は動けぬぞ」

 

ヤナムンは、人間に変身したプレーンを、知っているかのような口ぶりだ。

 

プレーン

「その覚悟はできているさ」

 

茶髪の青年は、剣を天にかかげる。

 

プレーン

「勇士の剣よ、切り刻め!」

 

その瞬間、プレーンの姿が、ふっと消えた。

 

ヤナムン

「ぐはっ…」

 

直後、ヤナムンの体に、2つの斬撃が走る。

崩れ落ちるヤナムン。

 

プレーン

「ヤナムンよ。

 これで、お前の体は、しばらく自由に動けん」

 

声と同時に、しゅん!と、剣をもったプレーンの姿が現れる。

 

消え、斬り、斬り、現れる。1秒とかからず。

 

白雪

「すごい、速い…!

 プレーンの奴、一瞬で2回も斬ったというのか!」

 

プレーン

「これでヤナムンは邪魔をできない。

 あとは…マジムンよ、お前だけだ!」

 

茶髪の青年は、ふたたび剣を天にかかげる。

 

プレーン

「火の神ヒヌカンよ、力を貸したまえ」

 

剣がわずかに赤みを帯びたかと思うと、それは急激に。

急激に。熱くなっていく。

剣の刃から、炎が噴き出る。

 

お菓子の家マジムン

「うううううう」

 

マジムンは、プレーンを吸い込まんと、扉を開け、

すべての窓という窓を開け、煙突を稼動させる。

扉も、窓も、煙突も使い、全力をもって、吸い込もうというのだろう。

 

だが、プレーンはびくともしない。

 

プレーン

「マジムンよ、つらかったろう。

 作られ、飽きられ、捨てられて…」

 

剣は炎と融合し、やがて一体となる。

 

プレーン

「廃棄されて死にゆくことも許されず、

 ヤナムンに、憎しみを煽られ、

 まわりをめちゃくちゃにさせられて」

 

プレーン

「これ以上、お前を冒涜するようなことは、俺が許さん!」

 

プレーン

「浄化の炎よ、邪な者を焼き尽くせ!」

 

プレーンは炎の剣をふりあげたまま、空へ、高く、跳躍する。

 

マジムンの煙突をこえる、その高さまで、飛ぶ。

夕焼け色の空に、剣を振り下ろすその姿が、マジムンの視界にうつる。

 

プレーン

「はぁっ!」

 

炎の刃が、焼き尽くしていく。

マジムンの煙突を、壁を、扉を、窓を。

 

お菓子の家マジムン

「グォォォォォン!!!」

 

鮮血のような炎にまみれていくマジムンは、

悲鳴をあげながら、ぼうぼうと炎上していく。

焼き菓子の焦げていく臭いが、あたりに立ち込める。

 

お菓子の家マジムン

「くうううううう」

 

マジムンは、全身を炎に包みながらも、プレーンを吸い込もうとする。

外れかかった扉はカタカタとその音を立てながらも、

プレーンを吸い込むその力は、衰えを知らぬ。

 

プレーン

「マジムンよ、まだ俺を吸い込もうというのか。

 なんという体力だ。

 火力が足りなかったのか…」

 

白雪

「プレーン!」

 

プレーン

「くっ…これまでか…」

 

炎の剣で力を使い果たしたか。

もはや、足をふんばる力さえ残されていない。

ずず、ずず、ずず。

プレーンは、少しずつ、少しずつ、足を縄で縛られ、

ひっぱられていくかのように、マジムンに引き寄せられていく。

 

もはやこれまで。

プレーンはすべてをあきらめかけた。

そのとき。

 

謎の声

「ほいっ」

 

お菓子の家の、開いた扉に、何かが投げ込まれた。

黒いもの。

黒い何かは、扉の向こうに吸い込まれ、マジムンの体内にとりこまれ、そして。

一瞬のまぶしい光。

大音響。

 

マジムンの、賞味期限切れのお菓子でできたボディは、粉々に砕け散り、

地面に散らばっていく。

 

プレーン

「マジムンがバラバラになっている、だと。

 何が起きた。

 この威力、爆弾か」

 

プレーンは、マジムンをふきとばしたそれが、

爆弾らしきものであることを見抜いた。

 

おじいさん

「ほっほっほ。そのとおりじゃ。

 よくわかったのう。

 それは、わしの投げた爆弾じゃ」

 

白雪

「…じいさん!?

 散歩に行っていたはずでは!」

 

おじいさん

「沖縄を一周ぐるりと散歩して、爆弾を拾って、

 暇になったから、おぬしらの様子を見に戻ったのじゃ」

 

白雪

「じいさん、今のセリフ、どこから突っ込めばいい?」

 

さすが、幽霊の散歩はスケールが違うな。

白雪はあきれて物も言えなかった。

 

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【おじいさんが爆弾を持っていた理由】

 

白雪

「おじいさん…よく、爆弾なんて持っていたな」

 

おじいさん

「ここらへんで運良く拾った不発弾じゃ」

 

おじいさんの口調は軽い。道でお金を拾ったかのようだ。

 

白雪

「ふ…はつだん…?

 え? ここらへんで? どゆこと?」

 

おじいさん

「沖縄には、今も多くの不発弾が転がってるのじゃよ。

 昔の戦争が残した、沖縄の古傷のひとつじゃ」

 

60年以上前の沖縄戦で使われた、無数の爆弾。

それは不発弾となり、60年たった今も、各地で不発弾処理が続いている。

 

おじいさんは、無数の不発弾のうちの一つを見つけ、

マジムンの中に放り込み、爆発させたのだった。

 

白雪

「言っていることはわからないでもないが、

 不発弾がそうゴロゴロ転がってるはずがないだろ。

 ばかばかしい」

 

おじいさん

「白雪! あぶない!

 足元に爆弾が!」

 

白雪

「うひゃああああ!?」

 

おじいさん

「というのはウソじゃ」

 

白雪

「おいこら、じじい!」

 

おじいさん

「ほっほっほ、しかし、沖縄で暮らしていくには、

 おぬしもまだ甘い。

 不発弾撤去で、危険だから、周囲何キロは近寄ってはならん、

 家から一時的に離れなきゃならんこともよくあることじゃ。

 なめてはならんぞい」

 

※地域や状況によります。

 

ヤナムン

「貴様ら!

 俺を無視すんな!」

 

白雪

「あれ? いたんだ」

 

ヤナムン

「いたんだ、とは何だ!

 くそ、俺をバカにしやがって!」

 

白雪

「バカにしていないし、無視もしていない。

 じいさんの存在感にお前が負けただけだ」

 

ヤナムン

「うぐぐ…まあよい。

 よくも、マジムンを倒してくれたな!

 おぼえていろ!

 この次こそは、貴様らを倒す!」

 

ヤナムンは、白雪たちに背を向け、トテトテと逃げようとする。

勇士の剣による負傷がひびいているのか、足(?)をひきずっているようだ。

 

白雪

「自分の逃げシーンを見せるためだけに、俺たちの注意をひきつけたのか…

 悪役の鑑だな。見習いたくないけど」

 

ヤナムン

「あうちっ」

 

ヤナムンは逃げようとして、こけた。

 

白雪

「おい、ヤナムン、大丈夫か」

 

ヤナムン

「今の逃げシーンは恰好悪いから、テイク2を頼む!」

 

白雪

「誰がお前の逃げシーン練習につきあうものか…」

 

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【ヤナムンと警察官】

 

こけたヤナムンの前に、突如、いかつい顔の警官があらわれた。

警官のうしろには、パトカーが1台止まっている。

 

「那覇警察署の者ですが」

 

「はい?」

 

「ちょっと署まで来てもらえますか」

 

「え? 俺、何か悪いことをしたっけ?」

 

「撃破予告し、お菓子工房を警戒させた。

 業務妨害の容疑。

 それだけでなく、街中から、大量のお菓子を奪った。

 被害額は甚大だぞ」

 

「そんなもん知らん! 黙秘する!」

 

「腕、出して。手錠をかけるから。

 うーん、君、腕はどこにあるの?

 腕が見えないねぇ」

 

「俺は変幻自在のヤナムンだ!

 腕を出したり、ひっこめたり、自由自在さ。

 腕なんて自由につくり出せるんだぜ!」

 

「じゃあ、早く腕を作って」

 

「はっ、バカめ。そう簡単に作るわけないだろ!」

 

「いいから早くしなさい!」

 

怖い顔ですごむ警察官。

 

「す、すいませんでした…。

 腕、作ります」

 

にゅにゅにゅと、ヤナムンの腕が形成される。

そして、ヤナムンの腕に手錠がかけられる。

 

「これで手錠はOKだな。

 さあ、署まで来るんだ」

 

「ちょ、ちょっと待て! 手錠をはずせ!

 俺は今から逃げシーンのテイク2を撮りなおしだな…」

 

「署で事情を聞くから、そのあとに撮り直しなさい」

 

「く、くそっ、おぼえてろよ!

 呪ってやるからな!」

 

ヤナムンはパトカーに乗せられ、すぐにパトカーは走り出し、消えていった。

 

白雪

「ヤナムンが取り調べねぇ」

 

ヤナムンがどんな取調べを受けるのか、少し気になる白雪であった。

 

おじいさん

「取調べの秘密とは何か、知りたいかのう?」

 

白雪

「知りたい!」

 

おじいさん

「カツ丼のかわりにタコライスが出る」

 

白雪

「沖縄そばじゃないのか!?」

 

おじいさん

「沖縄そばだと、のびてしまうのじゃ」

 

白雪

「なるほど」

 

通行人

「いやいや、タコライスも沖縄そばも出ないから…」

 

と突っ込みながら、自転車で通り過ぎていく通行人A。

 

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【プレーンはもう動けない】

 

プレーン

「もう力を使い果たして、動けない。

 ホワイト、俺を運んでくれないか。お菓子工房まで。

 できれば、抱っこで」

 

白雪

「重そうだから嫌だ」

 

白雪の目の前の、茶髪の青年は、それなりの体格をしており、

最低50キロは超えていると思われた。

さすがに、白雪は、抱っこしきれないと思った。

 

白雪

「あーあ、こんなときに、紳士がいてくれれば、

 楽かもしれないのに」

 

南国紳士

「呼びました?」

 

すぐそばの茂みから、がさがさと音をたて、その姿をあらわす、スーツ姿の優男。

その出で立ちから、風乃や白雪を始めとする周囲の人々は、彼を「紳士」と呼んでいた。

本当は、ハブの妖怪で、別名があるのだけど。

 

白雪

「びっ、びっくりしたわ!

 都合よく出てくんな!」

 

南国紳士

「私、この作品の準レギュラーですから、少しは出演しておかないと」

 

白雪

「ごたくはいいから、早く手伝え」

 

って言うか、マジムンと戦っているときに出てこいよ。

と白雪はあきれるのだった。

 

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【約束のお菓子をくださいな】

 

南国紳士

「では、私は重いほうを背負いますので、

 白雪様は、風乃様を背負ってください」

 

白雪

「らじゃー」

 

白雪は、風乃を背負う。

あまり重量を感じない。

意外な軽さに驚きつつも、家路に向かって歩き出そうとした、そのとき。

 

白雪

「ん? そういえば、何かを忘れているような…」

 

白雪は、記憶の糸をたぐりよせる。

 

白雪

「あ! プレーンとの約束…お菓子詰め合わせを食べてないじゃないか!」

 

少しずつ、思い出してきた。

 

白雪

「おい、プレーン、お菓子だ! 約束のお菓子をよこせ!」

 

プレーン

「ホワイト。お菓子工房は、今回の事件でめちゃくちゃだ。

 しばらく、お菓子詰め合わせは無理だよ…」

 

白雪

「なんだと〜!!!

 人をお菓子で釣っておいて、お菓子なしだと!

 こんなこと、許せるものか!

 よこせ! お菓子をよこせ! よ・こ・せ!

 おい、プレーン。たしかお前の体、チンスコウでできてたよな」

 

嫌な予感をおぼえるチンスゴー・プレーン。

 

プレーン

「た…たしかに、俺の体はチンスコウでできている。

 だがな、今の俺は人間だ。

 今の俺をかじっても、チンスコウの味は…」

 

紳士

「プレーン様…あなた、いい匂いがしますね」

 

紳士は、茶髪青年の顔に鼻を近づけ、匂いをかぐ。

焼き菓子のいい匂いが、紳士の心をはずませる。

 

白雪

「ほう…いい匂いがするとな?

 では、食べられるのではないか?

 プレーン。ウソはいかんな、ウソは。

 ほら、お前のほっぺたの部分でいいから、少しかじらせろ」

 

背負っていた風乃を、路上にぽいと投げ捨て、

茶髪青年に近づく白雪。

 

茶髪青年は、身の危険を感じ始めていた。

 

プレーン

「紳士殿。

 早く、早く、俺を背負って、逃げてくれ」

 

紳士

「かしこまりました」

 

紳士は、プレーンをさっと背負うと、素早く駆け出した。

 

白雪

「待ーてーいっ!!!」

 

拳を振り回しながら、白雪は追いかける。

紳士の逃げ足は、意外に早い。もう姿が見えない。

白雪がお菓子を食べられるのは、まだまだ先のようだ。

 

風乃

「えへへ…もう食べられないよぉ、白雪…」

 

路上に捨てられた風乃は、満足そうな顔で、寝言を言っていた。

 

 

おわり

説明
【前回までのあらすじ】
白雪は、マジムンとの戦闘で負傷してヒビ割れたチンスゴー・プレーンを、裁縫で治療した。
一命をとりとめたプレーンは、マジムンを倒す奥の手を使いたいので準備したいと言うので、しばらく一人にすることに。
母親から「買い物手伝って」と連絡があり、白雪と風乃はスーパーへ向かう途中、公園でヤナムンとマジムンに出会うのだった。
戦力に心もとない白雪と風乃は逃げようとしたが、マジムンから攻撃を受けてしまう。
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