トトリのアトリエ 〜若き双剣聖の冒険譚〜 第4章 兄妹冒険者、アーランドを往く
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第13話 新しい仕事

 

再び数週間の馬車旅を経て、俺達はアランヤ村に帰って来た。

ちなみに、アーランド到着前にモンスターに襲われて馬車がボロボロになってしまったので、復路は往路よりも日数がかかってしまった。

ぐったり、としか形容できないような様子のトトリとジーノを何とか宥めながら帰路を過ごしたので、俺の疲労もピークに近い状態だった。

まぁ、そんな苦行とも今日を境にしばらくお別れだ……あくまで『しばらく』、だが。

 

「「ただいま〜」」

 

ヘルモルト家の扉を開けながら、俺とトトリは同時に言った。

……しかし、それに対する返答は、あまりにも予想だにしない物だった。

 

「遅いっ!!」

「ひゃあっ!?」

 

隣でトトリが悲鳴を挙げる。

無理も無い。正直な所、俺も声が出そうになった。

仕方ないじゃん……アーランドって遠いんだから……。

 

「もう!毎日毎日ご馳走作って待ってるのに!いくら何でも遅すぎるわ!」

「そんなにすぐに帰っては来ないだろう。ライナーの時だって、帰って来るまで1ヶ月近くかかったんだよ?」

「でも、遅いものは遅いわよ!もう……人が心配してるのもしらないで!」

「私としては、毎日ご馳走が食べれて嬉しいんだが……そろそろ、腹回りが気になって来たかな……」

 

ツェツィ((姉|ねえ))のご馳走を毎日だと……?

俺達なんて、釣った魚を焼いて食べたり、木の実をおやつ代わりに何とか飢えを凌いでいたって言うのに……。

ふと、隣にいるトトリと目が合った。

利害は一致した。後は行動に移すのみだ。

 

「「た・だ・い・ま!」」

 

2人一緒に声を揃えて、半ば叫ぶように語り掛ける。

それにようやく気づいたらしいツェツィ((姉|ねえ))と父さん。

 

「えっ?……きゃあっ!!と、トトリちゃん!?ライナー君!?」

「たった今帰ったよ。けど、長旅ってやっぱり食事に問題があるな。俺なんてもう、今までにないぐらい腹が減ってるよ」

「私も……ものすごくお腹空いたかも……」

「ちょ、ちょっと待ってて!今すぐ作り直すから!!」

「え、いや……これ温めなおせばいいんじゃ……?」

「1度冷めた料理なんて食べさせられないわよ!本当に、ちょっと待っててね!」

 

そう言って、ツェツィ((姉|ねえ))は大急ぎで台所に向かった。

俺とトトリは父さんを挟むように両側の席に就き、この1ヶ月間についてを訊ねた。

 

「ツェツィ((姉|ねえ))、ずっとあんな感じだったのか?」

「ああ。出発してから数日間の間は、少し心配していた程度だったけど、1週間か2週間を過ぎた頃から、毎晩毎晩ご馳走を作り始めてね。いつ帰って来てもいいように、と言う事だったらしい」

「それじゃあお父さん、その間ずっと、毎晩お姉ちゃんのご馳走食べてたの?」

「そうなるね。ご馳走は嬉しいが、流石に当分食べる気にはなれないよ」

「……くっ」

 

悔しさのあまり、息が漏れた。

父さんが俺を不思議な様子で見ていたが、やがて何かに納得したように、やんわりと口を開いた。

 

「ははは、その様子じゃ、旅の間はろくな物を食べれていなかったようだね」

「唯一のご馳走は野生動物の肉を焼いたやつだったよ」

「……中々、サバイバルな状況だったんだね」

 

『サバイバルな状況』って言うより、『サバイバルそのもの』だった気がしないでもない。

主食が釣った魚って……アウトドア精神全開の食生活だろ……。

 

「ところで、話が横道に逸れてしまったけど、無事に冒険者免許はもらえたのかい?」

「うん!ほら!」

 

喜色満面の笑みを浮かべながら、トトリは冒険者免許を取り出し、父さんに見せた。

その後、『NAME』の欄に『トトゥーリア・ヘルモルト』と刻まれたカードを笑顔のまま覗き込み、その笑顔を倍ぐらいまで華やかにした。

 

「よっぽど嬉しいんだな、冒険者になれて」

「うん!だって私、お母さんを探して連れて来るんだもん!やっと最初の1歩が踏み出せたから、すごく嬉しいよ!」

「そっか。必ず、見つけような。母さんを」

「もちろん!」

 

――最初の1歩、か。

一体、その最初の1歩からどれだけ歩けば、母さんを見つけられるんだろうな。

そして俺は今まで、最初の1歩を踏み出してから、どれだけの歩数を重ねて来たのだろう。

できれば、トトリには危ない目に遭ってもらいたくない。けど、免許をもらってしまった以上、そんな事も言ってられない。

トトリが、困難であると分かっていながら母さんを探すと決めたのなら、俺はそれを全力で助けてやるだけだ。

俺が自分の意志を再確認してから数十秒後に、ツェツィ((姉|ねえ))が豪勢な料理をテーブルに運んで来た。

 

「うわっ、こんなに?俺も運ぶの手伝うよ、ツェツィ((姉|ねえ))」

「いいのよ。材料足りなくなっちゃって、これしか作れなかったから……」

 

これしか、って。十分量多いよ。

父さん、ご馳走はうらやましいけど、毎晩これ以上の量を食わされていたのか。

同情するよ……まぁ、まずはご馳走が先だ。

俺は、隣で意気揚々と自分の夢を語る妹と共に、料理が得意な姉の作ったご馳走を頂くのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

――翌日。

俺、トトリ、ジーノ、メル((姉|ねえ))の4人は、『バー・ゲラルド』に呼び出されていた。

そう言えば、紹介がまだだった気がするので、この際だからここで紹介しておこう。

『バー・ゲラルド』とは、このアランヤ村にある唯一の酒場で、父さんの友人である『ゲラルド・コーネフ』さんが経営している。

見て分かる通り、『バー・ゲラルド』とは、ゲラルドさんの名前から取られた物だ。

しかし、村にたった1軒しかないからさぞかし繁盛しているのだろう、と思いきや、実情はまるで正反対。

大赤字、とまでは行かないものの、黒字かと問われても首を捻るしかない、と言う何とも危うい経営状態なのだ。

で、主に酒を取り扱うこの店に、何故、未成年である俺達が呼び出されたのか。

曰く――

 

「実はな、アーランドの方から、冒険者への依頼を何件か回してもらったんだ」

 

――と言う事らしい。

何でも、依頼を達成する事ができれば、その手際に応じて、冒険者免許のランクに反映してもらえるらしいのだ。

これならば、3年間でダイアモンドランク、と言うのも、そう遠い目標ではない。

 

「面白そうね。じゃ、あたしはこれ受けるわ」

 

メル((姉|ねえ))が軽いノリで受けたのは『黒の悪魔』討伐依頼。

黒の悪魔とは、大きさは俺達の腰辺りまでしかないが、驚くほど巨大な魔力を秘めた小悪魔モンスターだ。

当然、並みの冒険者では到底太刀打ちできない。と言うより、太刀打ちできるかすら怪しい。

相変わらず規格外だな、とか思いながら、俺もトトリとジーノに与えるために依頼を物色した。

手始めに俺は、トトリとジーノに冒険の何たるかを教える為、大型の鷹のようなモンスターである『アードラ』の討伐依頼を受けた。

アランヤ村周辺でアードラが生息しているのは、村の東にある『海鳴り山道』と言う場所だ。

文字通り、海沿いにある山道なのだが、近年では前述のアードラが巣を構えてしまっており、よっぽどの物好きでない限り、旅人も足を踏み込まないようになってしまった。

とは言えこのアードラ、それほど強いモンスターではない。

飛ぶ事ができる、と言うアドバンテージを持ってはいるが、人間を見つけ次第急降下して襲い掛かるので、そこで上手くカウンターできれば、そのアドバンテージも無意味と化す。

ある意味では、『回避しつつ攻撃』と言う動作を最も練習しやすい相手なのかもしれない。

 

「おしっ、んじゃ行くぞ」

「おう!腕が鳴るぜ!」

「ジーノ君、あんまり無茶しちゃ駄目だよ?」

 

もう見慣れてしまった2人の掛け合いを聞き流しながら、俺は2人を連れて、村を出た。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

海鳴り山道には、至る所にアードラの巣がある。

それこそ、冗談ではなく『無数に』だ。

故に、俺達が海鳴り山道に着いて5分も経たない内にアードラの襲撃を受けたのは、必然と言うべきだろう。

その数およそ10匹。いや、鳥型のモンスターだから10羽と言うべきか?

 

「でやぁっ!!」

 

掛け声と共に、突進して来るアードラをジーノが迎え撃つ。

鍛錬は怠っていなかったようで、中々の剣捌きだった。

 

「いいぞ、ジーノ!その調子だ!」

「おう!俺に任せとけ!」

 

天性のセンスでもあるのかね、コイツは。

ちょっと教えただけであれだよ。下手をすれば、将来は俺なんかよりも強い冒険者になってるかもしれないな。

まっ、ちょっとやそっとで抜かされる気は毛頭ないけども。

 

「えいっ!やぁっ!」

 

トトリも杖をぶんぶん振り回して応戦している。

が、こっちはてんで駄目だ。まるで当たってない。

 

「はっ!」

 

トトリが苦戦していたアードラを一撃の下に蹴散らした俺は、トトリに助言するべく口を開いた。

 

「トトリ、あんまり無鉄砲に杖を振り回すなよ。当たる物も当たらないぞ」

「うぅ……どうすればいいの?」

「まずは落ち着いて、目標がどこにいるかを見ろ。それから、目標に向けて杖を振れ。ここで大事なのが、一撃一撃をしっかりと命中させる事だ。いいな?」

「う、うん……やってみる」

 

トトリが杖を両手で構えなおす。

ちょうど、お((誂|あつら))え向きにアードラが1羽、トトリに向かって来た。

 

「よし、行け!」

「え、えーいっ!!」

 

トトリがアードラに向けて一直線に杖を振り下ろす。

脳天に杖がもろに命中したアードラが、ふらふらと姿勢を崩しながら地面に落ちた。

しかし、まだ息絶えてはいないようだ。哀れにも、ピクピクと小刻みに痙攣はしているが。

 

「……ご((愁傷|しゅうしょう))さん」

 

せめて慈愛に満ちた言葉をかけて、俺は地に落ちた鳥に剣を突き立てた。

ジーノが思った以上の活躍を見せた事で、アードラの群れは駆逐され、同時に依頼の討伐目標数もこなしたようだった。

 

「2人とも、ご苦労さん。特にジーノ、お前よくあそこまで動けたな。鍛錬は怠っていなかったようだな?」

「まぁな。最近毎日早起きして、ずっと修行してたからな」

「トトリも、よく頑張ったぞ。今日憶えた事を、今後しっかり活かして行くように」

「は、はい!」

 

まるで師匠と弟子のようなやり取りを交わしてから、俺達は第2目標の達成を目指した。

それは、『アードラの巣の解体』だ。

一応、目標数は5つだが、まぁ、こればっかりは目標数より多くこなした方がいいだろう。

とは言え、解体と言っても簡単な物だ。その辺に無数にある巣をただ壊してしまえばいいだけ。

何とも単純な作業である。

 

「よし、じゃ始めるぞ。ジーノはトトリと一緒に、向こうの方をやって来てくれ。俺はこっちを片付けるから」

「オッケー、よし、行くぞトトリ!」

「うん」

 

意気揚々と進むジーノ、それに雛鳥のようにちょこちょこと着いて歩いて行くトトリ。

そんな若干微笑ましい光景を見送りながら、俺は自分の作業を開始した。

 

 

 

 

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第14話 雇われ錬金術士?

 

アードラ討伐依頼は、依頼者からの賞賛の言葉を受けて無事に終了した。

巣を解体した数は何と30。目標数の6倍だ。

と言っても、それほど苦しい作業だったわけでもないが。

報酬の方もおよそ2倍ぐらいまで膨れ上がったので、頑張った甲斐もあったと言う物だ。

それから数日後の今日、トトリのアトリエに珍客が訪れた。

 

「見つけたわっ!!」

 

人の家に勝手に上がり込むや否やわけの分からない事を叫び出したのは、どこかで見た事があるような女の子だった。

豪華な髪飾りで横に垂らす様に縛られた見事な黒髪。

上半身を覆い隠すほどの大きさの真っ赤なマント。

背中に背負っている大きな槍。

彼女は、アーランドでクーデリアさんと喧嘩していた、あの少女だった。

 

「あれ、君確か、アーランドにいた――」

「あなたは黙ってて頂戴!私はこの子に用があるの!」

「……はい」

 

こう言うタイプは下手に食い下がらない方が吉だ。

俺は大人しく引き下がる事にした。

 

「え、えっと……それで、私に何の用ですか?」

「ふっふっふ、前回は苦杯を((嘗|な))めさせられたけれども、今回は違うわよ……これを見なさい!」

「ひゃあっ!?」

 

物凄い剣幕で、少女が何かを取り出してトトリに突き付けた。

それに怯えて目を閉じるトトリ。

が、少女が手に持っているのは、特に危険な物でもない。

端的に言うと、冒険者免許証だった。

 

「ちょっと!何で目を閉じてるのよ!ちゃんと見なさいよ!」

「へっ?あ、う、うん……」

 

トトリがきょとん、としながら、少女の冒険者免許を見詰めている。

 

「ふふん、どう?あなたが免許を私から横取りしてからすぐに、私ももらったのよ!」

「へ、へぇ〜……」

「……」

「……」

「……」

 

――数秒間の沈黙。

 

「……それだけなの?」

「へっ?」

「この私が、こんな田舎の村までわざわざ出向いて来たのよ!?もっと他に言う事は無いのかと聞いてるのよ!」

「い、言う事って……」

 

トトリが考え込む素振りを見せる。

しかし、トトリにしては妙に早く何かを思い付いたようで、すぐに口を開いた。

 

「へ、へぇ〜、すごいなー、私なんてあんなに苦労したのに、そんなにすぐに免許取っちゃうなんてー」

 

……一応、補足しておきたい。

近年まれに見る露骨な棒読みであった。

しかし、少女は――

 

「ふふん、この私が本気を出せば、このくらい大した事ではないわ」

 

――とても嬉しそうに自画自賛を始めた。

 

「そ、そうだね……じゃ、じゃあ、私はこれで……」

「どこへ行くっていうのよ。ここ、あなたの家でしょ?」

「うっ、そ、そうだけど……まだ何かあるの?」

「私が、免許を見せるためだけにこんな場所まで来たとでも言うの?」

「えっ?それだけじゃないの?」

「そんな暇人じゃないわよ!」

 

確かに。

アーランドからここまで、歩いて片道おおよそ1ヶ月。

とてもじゃないが、少女1人がそんなしょうもない理由のために歩くような距離じゃない。

 

「こほん、ところであなた、確か錬金術士、とか言ってたわね」

「う、うん……そうだけど……」

「ふ〜ん……」

 

そう言うと、少女は言葉を区切ってトトリの全身を見回し始めた。

……随分、無作法な子だな。先日の喧嘩を見ている限り、彼女もクーデリアさん同様、貴族らしいが……。

まぁ、高飛車そうな所は、何となく貴族っぽい感じがしないでもないが。

 

「……な、何?」

「あなた、本当に錬金術士なの?」

「そ、そうだよ。どうして?」

「顔は平凡。特に目立った特徴と言えば、その妙に派手な服装だけだし、頭もそんなによさそうには見えない。馬鹿っぽい……って言うより、むしろ馬鹿その物よね」

「「馬鹿その物っ!?」」

 

俺とトトリは声を揃えて同じ言葉を発していた。

トトリは平凡じゃない。むしろ可愛い方――いや、そうじゃないか。問題は『馬鹿その物』発言についてだ。

これは兄として黙っているわけには行かない。

 

「つい最近出会ったばかりだってのに、いきなり馬鹿その物はないだろ。礼儀がなってないんじゃないか?」

「な、何よ……見たままの事を言っただけじゃない」

「あぁそうか。だったらこっちも見たまんまの事を言わせてもらうが、お前は性格が傲慢すぎる。直した方がいいぞ」

「……わ、分かったわよ。さすがに言い過ぎたわ」

「あ、あの、お兄ちゃん……もういいよ。私は大丈夫だから」

「……ああ」

 

少しばつが悪くなった俺は、大人しくトトリの後ろに下がった。

さすがに((大人気|おとなげ))なかったか……いや、でも、妹に対してあんな事言われて、黙ってるわけには行かないし、俺の選択は間違っていなかったはずだ。

 

「……は、話を戻すわよ。あなた……私に雇われる気はないかしら?」

「へっ?雇う?」

 

それはまた、意図の読めない話だった。

つい先刻まで『馬鹿その物』だの何だの、失礼極まりない罵詈雑言を浴びせまくっていた者の言葉とは思えない。

トトリは頭がいい方ではない(あくまで、『いい方ではない』で、『悪い』ではない)ので、知識が欲しい、と言うわけでもないだろう。

とすれば、トトリが他より秀でている要素を求めている、と言う事になる。

そこまで考えてから、遅まきながら俺は、彼女がトトリの何を求めているのかを理解した。

 

「……錬金術か」

「察しがよくて助かるわ。その通りよ」

 

どうやら予感は的中したようだ。

確か、先日のクーデリアさんの話によれば、錬金術士はこの大陸にわずか3人しか存在していないはずだ。

1人は俺の妹、トトリ。そして、トトリに錬金術を教えた『ロロライナ・フリクセル』――愛称、ロロナさん。それと、そのロロナさんの師匠である……『アストリッド・ゼクセス』……だったか。

つまりトトリは、未熟であっても、唯一3人の人間しか使用できない『錬金術』と言う技術を持っているのだ。

この少女は、その貴重な力を欲しているのだろう。

 

「で、でも……私、まだ全然上手にできないし……雇っても意味がないと思うけど……」

 

自分で言いながら落ち込むトトリの姿は、言っては何だが少し滑稽だった。

あぁ、さっきの『お兄ちゃん然』とした俺の考えは何だったんだろう……自分で妹を滑稽とか言ってしまうとは……。

 

「何よ、私の頼みを断るとでも言うわけ?」

 

『雇われなさい』と言うのは、頼みとは言わないと思う。

正確には『雇われる気はない?』だった気もするが、どっちみち何かを頼む態度ではない。

けど、本当に何でなんだ?本人も言ってたように、トトリはまだ錬金術を使いこなしているわけではない。

それでもここまで執着するのは、一体何故なのか。

 

「なぁ、えーっと……」

「……?何よ?」

 

そう言えば……まだ名前を聞いていなかったはずだ。

 

「……なぁ、名前、聞いてないよな?」

「はっ?」

「そ、そうだよ!名前も知らないのに、雇うとか雇われるって言うのは、ちょっと話が飛びすぎって言うか……」

「人に名前を訊ねる時は自分から名乗りなさい!」

「ひゃうっ!?す、すみません!」

 

名乗ったろ!トトリはアーランドで名乗っただろ!

まさかとは思うが、『錬金術士』と言う事だけ憶えてて『トトゥーリア・ヘルモルト』の名前は忘れてるのか?

 

「と、トトゥーリア・ヘルモルトです」

 

トトリも馬鹿正直に名乗ってるし……まぁ、これで穏便に解決するならそれが一番なんだが。

それに答えるように、少女も自分の名を名乗った。

 

「私は、ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングよ」

「わぁ〜……お嬢様っぽい名前……」

 

確かに。

少し長い気もするが、クーデリアさんも短いとは言えない名前だし、貴族ってやっぱこんなモンなのか。

けど、態度に反して『ミミ』なんて可愛い名前持ってるんだな、と俺は思った。

 

「ん?ミミ?ミミちゃん?」

 

急に、トトリがミミにちゃんを付けて呼び出した。

 

「な、何勝手にちゃん付けしてんのよ!」

「可愛い〜!ねぇねぇ、ミミちゃんって呼んでもいい?いいでしょ?」

「か、可愛いって……くっ、も、もういいわ!しばらくこの村にいるつもりだから、ちゃんと雇用の件、考えておきなさいよ!」

 

捨て台詞(?)を残して、ミミは去って行った。

ところで、俺は何と呼べばいいんだろう。いきなり『ミミ』じゃ馴れ馴れしそうだし、『ミミちゃん』は本人が嫌がってるし俺も何となく気恥ずかしい。『ミミさん』?いや、性格に拍車がかかりそうだから下手に出るのはよそう。

――そんなわけで。

トトリに新たな友達(?)が出来た、記念すべき1日だった。

……あっ、結局、錬金術に執着する理由聞いてなかった。

 

 

 

 

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第15話 出会いは旅路で唐突に

 

ミミがアトリエを訪問してからおよそ1ヵ月後。

その間に、ミミはトトリの天然さ加減に圧されるまま、トトリの採取を手伝う、と言う契約を結ばされていた。

故に現在、アランヤ北東にある『黄金平原』と言う名の、((所謂|いわゆる))農場を訪れているのは、俺、トトリ、ジーノ、ミミの4人だ。

 

「すごいわね……一面小麦だらけ。黄金と言う名前が付いているのにも納得だわ」

「ん?ミミ、アーランドから村に来る途中、ここは通らなかったのか?」

「ええ。一般旅客街道を通って来たわ。それなりに活気があったし、退屈ではなかったわね」

「あぁ、確かに、この辺に比べれば活気あるよな」

 

一般旅客街道とは、アーランドからアランヤ村を初めとした様々な町村を繋ぐ、馬車用に整備された街道の事だ。

この街道の至る所では、行商が馬車を停めて路傍で叩き売りをしていたりするので、古今東西から持ち寄られた商品を見る事で、地元の人間でもちょっとした観光気分を味わえる……らしい。

何故、自信なさげになるかと言うと、俺はこの街道をペーター((兄|にい))の馬車でしか通った事がないからだ。

少しぐらいあそこで降りて息抜きさせてくれれば、あの暇な馬車旅ももう少し楽しめそうな物だが……。

俺の馬車は快適だろう?ってな感じで鼻歌交じりにどんどん馬車を進めてしまう物だから、息抜きなんてあったモンじゃない。先日、『ペーター((兄|にい))にしては粋な計らい』とつい言ってしまったのは、そう言う理由があるからだ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。あっちに山羊さんいるから、ミルク絞らせてもらってもいい?」

「それは俺じゃなくて、山羊に聞くべきだと思うぞ」

「むー……ちょっと離れてもいい?って意味で聞いただけなのに……」

「分かってるよ。いいよ、行っておいで」

「面白そうだし、俺も行くぜ!」

「あんまり乱暴にしちゃ駄目だよ?」

「分かってるって!じゃ、行って来る!」

 

トトリとジーノが山羊目掛けて走って行く。

逃げ惑う山羊を追いかける2人を苦笑しながら眺めていた俺に、不意にミミが話し掛けて来た。

 

「あなた、面倒見はいい方なのかしら?」

「面倒見?トトリのか?」

「どっちもよ。トトリもあの山猿も」

 

ちなみに山猿、と言うのは言わずもがな。ジーノの事だ。

出掛けにジーノが、ミミの態度をストレートに『偉そう』と言った事が発端である。

それに対してミミが激怒。ジーノに対して『山猿』と吐き捨てた。

しかしそこは能天気なジーノ。『海の村なのに何で『山猿』?お前馬鹿か?』と言ってはいけない事を言ってしまったのだ。

以来、モンスターとの戦闘中もミミの槍がジーノを掠める事もしばしば。

一応、保護者役の俺としては、冷や汗をかく事を禁じえない状況だった。

と、話が逸れたが、面倒見がいいとは、一体どう言う事なのだろうか?

 

「そりゃあ、トトリは妹だし。ジーノとも、小さい時から一緒にいて、ほとんどの場合、俺が最年長だったからな」

「ほとんどの場合?」

 

俺の言葉の一部が理解できなかったらしいミミが聞き返して来る。

 

「たまに俺達の姉とか、その姉の友達とかも一緒に遊んでたから、俺が最年長じゃない時もあった、って意味だ」

「何だ、そう言う事」

 

回りくどい、と聞こえたのは、きっと気のせいだろう。

 

「で、それがどうしたんだ?」

「えっ?」

「俺の面倒見がいいのが、そんなに不思議なのか?」

「あ、あぁ、いえ……何となく気になっただけよ。深い意味はないわ」

「ふ〜ん、そうか」

「……な、何よ」

「別に」

 

心成しか、さっきよりもミミの表情が沈んだ気がした。

きっと、何かあるのだろう。

でも、俺もそれなりには常識を弁えているつもりだ。本人が口に出したくない、暗い何かを無理やり引きずり出そうとするのは、俺の本意ではない。

そこから俺は、話題を変えた。

 

「へぇ〜、結構色んな木の実が落ちてるんだな。ほら、ミミもどうだ?」

「遠慮しておくわ。そんな野生児みたいな事、出来るわけないじゃない」

「何言ってんだよ。洗えばちゃんと食えるし、何より新鮮だろ?」

「……どこで洗うのよ」

「確か向こうに井戸があったと思うから、そこで洗おう」

「……それじゃ、1つ頂くわ。言う相手を間違えている気もするけどね」

「ごもっとも。じゃ、待ってろよ。洗って来るから。」

 

俺は、地面に落ちていた最も綺麗な木の実を2つ拾い、それらを洗う為井戸に向かった。

井戸水を掬い上げ、軽く木の実を洗ってから、ミミの((下|もと))に戻る。

ちなみに戻る間に、俺の分は食べ始めていた。主に、本当に食べれるかどうかの検証目的で。

 

「毒見済みでございます、姫」

「乗らないわよ」

「最初から期待してないよ」

 

ミミ用の木の実を手渡しながら、俺は冗談交じりにそう言った。

元より、ミミがこう言うおふざけに乗るとは思っていなかったので、思惑が外れたとは思っていない。

2人並んで野原に座り、ようやく乳絞りを始めたらしいトトリとジーノの姿を眺める。

 

「木の実の次は、2人が絞って来たミルクだな」

「私はもう遠慮しておくわ。3人で分けて飲みなさい」

「何で遠慮するんだよ。ひょっとして、ミルク嫌いなのか?」

「別にそんな事はないわ。ただ、あまり喉が渇いていないだけよ。この木の実で、少し喉の渇きも癒えたし」

「そうか。まぁ、途中で喉渇いて死にそうだ、とか言わないなら、それでもいいけど」

「どこかの山猿と一緒にしないで頂戴」

「失礼致しましたっと」

 

俺達2人が軽口を叩き合っている間に乳搾りを堪能したトトリとジーノが、ミルクが半分ぐらいまで注がれた桶を持って戻って来た。

 

「ん?トトリ、その桶どうしたんだ?」

「よく考えたらミルクを入れる物持ってなかったから……近くにあったの借りて来ちゃった」

「そう言うのは絞り始める前に確認しろよ……」

 

……やっぱり、どこか抜けてるよなぁ。

 

「で、どうするんだ?ミミはいらないって言うから、3人で飲むか?」

「えっ?ミミちゃん飲まないの?」

「ええ、遠慮しておくわ」

「ミルク飲まねぇと背伸びねぇぞ?」

「大きなお世話よ!」

 

――と、そんな他愛もない会話をしながら、ミミを除く3人で、ミルクを飲み始めるのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「ふぅ……やっぱ絞りたてってのは美味いもんだなぁ」

「そうだね〜。私、こんなに美味しいミルク初めて飲んだかも」

「俺も俺も!もっと飲みてーよな!」

「けど、もう絞るなよ。山羊もちゃんと休ませてやんないと――」

「うわぁぁぁぁっ!!」

 

――そんな悲鳴が聞こえて来たのは、本当に突然の事だった。

 

「な、何だ?」

「あっ、お兄ちゃん!あの人、モンスターに追いかけられてるよ!」

「ん?……あっ、ホントだ。ちょっと待ってろよ。行って来るから」

「俺も行くぜ!」

「ああ、行くぞ!」

 

俺とジーノは、モンスター――子悪魔系モンスターの『アポステル』4体――に追われている人を助けに向かった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「いやぁ、助かったよ。ありがとう」

「いえ、気にしないで下さい」

「それにしても君、強いね。ひょっとして、噂の『((双剣聖|そうけんせい))』様ってのは、君の事かい?」

「……まぁ、そうですけど」

「はははっ、その様子では、あまり気に入っていないようだね。おっと、紹介が遅れたね。僕の名はマーク・マクブライン。人は僕の事を、『異能の天才科学者プロフェッサー・マクブライン』と呼ぶ!」

「はぁ……」

 

何か……また面倒そうな人と出会っちゃったな……。

一応、トトリ達にも紹介した方がいいのかな?

 

「お兄ちゃん、終わったの?」

「おっ、トトリ」

 

何と言うベストタイミング。

俺はトトリに異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインさんを紹介する事にした。

 

「こちら、異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインこと、マーク・マクブラインさんだ」

「いのーのてんさい……マークさん?」

「おおう……一気に省いて解釈したね。まぁ、その方が呼びやすそうだし、何より聞きやすいね。君もそう呼んでくれたまえ」

「わかりました……おっと、僕の名前はラインニア・ヘルモルトです。こっちは妹の――」

「結構。君の事はおろか、彼女の事もそれなりには理解しているつもりだからね」

「えっ?」

 

何でトトリを知っているんだ?初対面なはずなのに。

……まぁ、でも、危険な人には見えないから、いいか。

 

「それで、何でモンスターに襲われていたんですか?」

「実はね、僕はある遺跡を調査しようと思って、その遺跡に潜っていたんだが、運悪く侵入者撃退用のトラップに引っかかってしまってね。その結果があの有様、と言うわけさ」

「なるほど……」

 

でも、科学者なのにどうして遺跡なんかへ……。

まぁ、この際そんな事はどうでもいいか。

 

「とりあえず、助けてくれてありがとう。文字通り助かった。この礼は、いずれ必ず返すとして、僕はこれで失礼させてもらうよ」

「あっ、はい。気を付けてくださいね」

「心配ご無用。それでは、失礼」

 

そう言って、マークさんは去って行った。

 

「ところで、お兄ちゃん。この先の採取地を巡れば、冒険者ランク上げられそうだから、このままアーランドに行かない?」

「おっ、ホントか?よし、そう言う事なら、ここからアーランドを目指すか」

 

ツェツィ((姉|ねえ))が心配しそうだが、もう冒険者になる事を了承してしまったのだから、文句は言えまい。

俺達4人は、黄金平原を越えた先にある採取地を巡りながら、アーランドを目指す事にした。

 

 

 

 

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第16話 荒野を彷徨う黒い巨影

 

突然だが、俺達4人の現状を報告したいと思う。

トトリ、ジーノのランクは((BRONZE|ブロンズ))。ミミは((SILVER|シルバー))。俺は((PLATINUM|プラチナ))。

以前より俺のランクが上がっていない理由は、ずっとトトリとジーノ(ついでにミミも)のランクを上げる手伝いをしていたからだ。

気休め程度のポイントは俺も手に入れたわけだが、それでも、ランクアップできるほどではない。

まぁ、そんなわけで、今日もトトリが俺に、依頼の手伝いをしてくれ、と頼んで来た、と言うわけだ。

 

「で、どの依頼をやるんだ?」

「えーっと……これなんてどうかな?」

 

冒険者ギルドにある、依頼書が無数に貼り付けられた掲示板の一角を指差しながら、トトリは言った。

どうやら、採取依頼らしい。

標的は『生きサボテン』と言う、その名の通り、とあるサボテンのようだった。

『生きサボテン』は、別に勝手に歩いたり、耳障りな鳴き声を出したりするわけではない。

本体の両端にまるで手のように見えるコブがあり、見ようによっては珍妙な生き物に見える事から、それらの種のサボテンを『生きサボテン』と呼び始めたのだ。

とまぁ、そんな事は置いといて。

 

「ふ〜ん、採取依頼ね。ちょっと物足りない感じもするけど」

「一気にでかい功績を狙うのもいいけど、地道にコツコツと、って言うのも、たまには重要だぞ」

「分かってるわよ。異論はないわ」

「おしっ、んじゃ行こうぜ!」

 

俺、トトリ、ジーノ、ミミと言ういつもの4人のメンバーは、『生きサボテン』の群生地である『灼熱の荒野』を目指し、アーランドを出発した。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「((暑|あっつ))ぅ〜……」

「うぅ……喉かわいた……」

「ふ、ふんっ、この程度の暑さ、シュヴァルツラング家の人間なら、どうって事……」

「声に覇気がないぞ、ミミ」

 

俺達が現在置かれている状況については、『灼熱の荒野』と言う名前から想像してもらいたい。

脱水症状に陥るのを避ける為、水は多めに用意して来たつもりだが……どうやら、見込みが甘かったらしい。

持ち込んでいた水は、既に半分ぐらいの量まで減っていた。

 

「けど、あんまり無駄に水飲むなよ。後が苦しいぞ」

「う、うん……わかった」

「ライナー、あなたここに来た事があるんでしょう?どうしてもっと対策して来なかったのよ」

「一応したよ。上手くいかなかったけど」

「それじゃ駄目じゃないの。オアシスか何かないの?」

「確か、奥の方にあったと思うな。中央部には大きなサボテンも結構あったと思うから、そこまで行ければ大丈夫じゃないか?」

「随分気楽に言うのね」

「けど、水飲めるんだろ?だったらさっさと行こうぜ!」

 

水を求めるジーノを筆頭に、俺達は奥を目指して進んだ。

ちなみに、こんな時でもトトリは採取に夢中だ。喉の渇きも少しは忘れてしまっているのかもしれない。

幸い、ここはサボテンと背の低い岩ぐらいしか障害物と呼べる物はないので、採取に没頭して多少隊列から外れても、すぐに追い付く事ができる。

たまにトトリの姿がかなり小さく見えるぐらいに離れてしまって一瞬ひやっとするが、それでもすぐに追い付いてくるので、今では心配も少なくなって来た。

そんな時に、ジーノが突然こんな事を言い出した。

 

「なぁ、何か揺れてね?」

 

何が?と問いたかったが、すぐに何が揺れているのかはわかった。

俺達の足元――すなわち、地面だ。

地面が、連続的ではなく、一定の間隔をおいて揺れている。

更に、遠方からは何か地鳴りのような物も聞こえて来る。

俺には、この状況から導き出される答えが、すでにわかっていた。

 

「2人とも、戦闘準備だ」

「「えっ?」」

 

ちなみに、トトリは今も俺達の遥か後ろで採取中である。

俺はジーノとミミに戦闘準備を促しながら、背中の2本の剣を引き抜いた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

謎の地鳴りと振動の正体は、この荒野の((主|ぬし))とも呼べる存在である『荒野の魔獣』と呼ばれるモンスターだった。

このモンスター、とにかくでかい。俺達の身長は、奴の膝にすら届かないほどだ。

またその攻撃方法も、『力任せに暴れまわる』と言う単調な物ではあるが、その力が俺達人間を遥かに上回っている為、手のつけようがないのだ。

何でもクーデリアさんによると、新米冒険者の何割かは、ここで挫折に追い込まれるらしい。

しかし、こちらにも勝機がないわけではない。

体がでかい、と言う事は、奴から見て死角になる部分もまた多い、と言う事。

力任せの一撃を全力で回避しては、隙を見せた魔獣にその死角から確実に攻撃を当てていく、と言う戦法を俺達は執っていた。

 

「よし、散るぞ!次の攻撃が来る!」

「了解!」

「おう!」

「う、うん!」

 

ちなみにトトリはあの後追い付いてきて、現在では完全に戦線の一角を担っている。

それぞれに返事をしながら、魔獣を中心にばらばらに散り、少し距離を取る。

前の攻撃で崩した体勢を整えた魔獣が俺を標的に絞り、俺目掛けてダッシュして来る。

普段は二足歩行の癖に、走る時には腕を使って四足歩行(走っているので『四足走行』か?)するから、勢いが半端じゃない。

もし俺が新米冒険者だったならば、今この瞬間、足が竦んで奴の突進をもろに喰らってしまうだろう。

が、そんな事は許されない。

俺は奴との距離が残り数十メートルまで近づいた時に、足をバネにして横方向に跳躍した。

跳躍と言うより、横に思いっきり飛び込んだ、と言った方がいいだろう。

地面を転がりながら体勢を立て直し、魔獣に目を向ける。服についた砂を払っている余裕などない。

どうやら奴は、岩壁に突っ込んだらしい。岩壁の残骸にまぎれて、奴がフラフラしながら座り込んでいたからだ。

 

「行くぞ!」

 

短く号令をかけ、奴の大きな隙を突く。前衛3人が自分に出来る限り速く得物を振り回し、後衛が手製の爆弾を奴に投げつける。

普通に爆発する物や、冷気が発生する物、更には大量の棘をばら撒く物など、多種多様なラインナップだ。

最近になってトトリは、爆弾その他薬品などの調合に慣れてきたらしく、失敗する回数も減って来ていた。

とは言え本人曰く、まだ難しい調合はさすがにできない、と言う事らしい。

話が逸れたが、今の集中攻撃は中々に効いたらしく、魔獣は覚束ない足取りで立ち上がった。

俺達目掛けて腕を振り下ろして来るが、先刻まで健在であった恐ろしいほどの勢いが既に感じられない。

よく見ると、体の所々が凍り付いていたり、無数の切り傷や火傷らしき物を負っている箇所も見受けられる。

まさに満身創痍、と言った状態だ。

 

「よし、あと少しだ!畳み掛けるぞ!」

 

相手の攻撃をかわしつつ、俺は号令をかけながら再び魔獣に攻撃を仕掛けた。

既存の傷口を更に抉るように狙って剣を振る。我ながら外道なやり口だな、とも思ったが、正攻法ではとてもじゃないが勝ち目は薄いのだ。こちらも命を懸けている以上、形振り構っている場合ではない。

ジーノとミミも、俺に((倣|なら))ったのかどうかはわからないが、傷口を狙って攻撃を続けている。

トトリは怒涛の勢いで爆弾を投げまくっていた。

しかし、さすがは荒野の主と言うべきか、周囲の俺達を尻尾を一振りするだけで蹴散らした魔獣は、再び体勢を立て直して攻撃を仕掛けて来た。

底なしじゃないかと思える体力に驚きつつも、危うい所でその攻撃をかわす。

何とかしなければまずい、と思った俺の目に飛び込んで来たのは、先程魔獣が激突して砕けた岩壁の残骸だった。

かなり大き目の残骸を見た俺は、ある戦法を思い付いた。

だが、成功するかはわからない。むしろ、かなり危険な作戦だ。

 

「やるしかないよなっ……!」

 

俺は作戦の準備を整えるため、まずトトリの((下|もと))へ向かった。

 

「トトリ、悪いけど、フラムを1つ貸してくれないか?」

「うん、わかった」

 

トトリはポーチからフラムとマッチを取り出して、俺に手渡した。

それを持ったまま、俺は岩壁の残骸を目指して走る。

目星を付けていた大き目の残骸に上ってから、俺はフラムに火をつけて、地面に叩き付けた。

導火線を燃やし尽くした火が筒内の火薬に到達し、凄まじい爆発音と共に、地面の砂が高く巻き上がった。

その音を聞きつけた魔獣が、残骸の上に立つ俺を見つけ、猛スピードで駆けて来る。

あまり考えたくはないが、やるかやられるか……絶対に負けられない一発勝負だ。

奴が腕を振り上げるのと同時に、俺は精一杯の力で残骸を踏み、跳躍した。

右手の剣を引いた姿勢のまま飛び上がった俺は、魔獣の体の中心――つまり、心臓目掛けて一気に右手を突き出した。

これまで感じた事のない、まるで岩に剣を突き立てたような感覚が俺の腕を襲ったが、怯まずに俺は右手を更に抉りこむ。

ドスッと鈍い音がした瞬間、魔獣の動きは停止し、俺の着地と共に、その巨体は禍々しいオーラとなって消えて行った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「はぁ〜……終わったぁ……」

 

トトリが溜め息を((吐|つ))きながらその場にへたり込む。

俺もそうしたい気分は山々だったが、仮にもこの場での年長者が、トトリを除く2人の少年少女を差し置いて、そんな真似はできまい。

何とか気をしっかり保ち、魔獣の霧散と共に地面に突き刺さった愛剣を回収する。

 

「それにしてもあなた、随分と無謀な事をするのね。一歩間違えれば怪我じゃすまなかったわよ」

「我ながら馬鹿だと思うよ。けど、一か八かやってみないと、そろそろ危なかったしな」

「だな。すごかったぜ、ライナー!」

 

ジーノが右手を挙げて俺に近づいて来る。

俺はそれに応じて、ジーノの右手に自分の右手を打ち付けた。

 

「み、ミミちゃん、よく平気でいられるね……」

「これぐらいで怖がってちゃ、冒険者なんてやってられないわよ。もっとしっかりしなさいな」

「う、うぅ……」

「さて、と……トトリ、生きサボテンの方はどうなったんだ?」

「あっ、一応集めなきゃいけない量は集まったよ。錬金術の材料も沢山採れたし」

「そうか。それじゃ、帰るか。そろそろ俺もこの暑さに耐えられなくなって来た」

「……空気を呼んで頂戴。折角暑さを忘れていた所なのに」

 

目的を達成した俺達は、一刻も早く避暑地に辿り着くべく、『灼熱の荒野』を後にするのだった。

 

 

 

 

-5ページ-

 

 

 

 

第17話 訪問

 

荒野の魔獣を討伐してからおよそ1週間後、久しぶりに俺は、ヘルモルト家の自室にてまったりと((寛|くつろ))いでいた。

何をしているかと言うと、ツェツィ((姉|ねえ))の作ったフルーツパイをかじりながら、愛剣達を眺めている所だ。

そう言えば最近、剣の手入れをしていない気がする。

近い内にもう一度アーランドへ行くか、と考えながら、俺は愛剣達をこすり合わせ、略式の研磨を行った。

それにしても、本当に暇だ。

昨日トトリが、『明日はみんな冒険はお休みしよう』と、恐らくは自己保身の意が多分に含まれた発言をした事で、こんな呆けた1日を過ごす事になってしまったのだ。

まぁ、それに同意してしまった俺にも非はあるわけだが。

けど、『暇』って事は、言ってみれば『平和』って事だから、むしろ喜ばしい事なのかもしれない。

そんな事をぼんやり考えていると、誰かが自室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「お兄ちゃん?入ってもいい?」

「トトリか。ああ、いいぞ」

 

俺が許可するのとほぼ同時に、トトリが扉を開けて自室に入って来た。

 

「どうした?」

「何か、アトリエにお兄ちゃんのお客さんが来てるよ」

「俺に客?名前は?」

「それがよくわからない人で……『トーヤ』って言えば伝わるはずって言ってたけど……」

「何っ……!?」

 

一瞬にして、血の気が引いていくのがわかった。

何故、奴が……けど、このまま黙っていれば奴は何をするかわからない。

俺はトトリとの会話もろくに打ち切らないまま、自室を飛び出してアトリエへ向かっていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「やぁ、元気そうだね」

「……どう言うつもりだ」

 

本人は再会の挨拶、のつもりだったのだろうが、俺にはそんな事はどうでもよかった。

ただ目の前に敵がいる、と言う事実があるのみだ。

 

「どう言うつもりとは、どう言う事だい?僕はただ、君の友人として家を訪れただけだが」

「何故俺の家を知っている」

「ははは、言ったじゃないか。僕は君の事を知っている、ってね」

「……それで?そんな無駄話をしに来たわけじゃないだろう。本当の目的は何なんだ」

「それを言ってしまっては、実につまらないと思わないかい?」

「思わないな。少なくとも、敵の真意を知れるのは俺としてはありがたい所だ。場合によっては、色々と対抗策だって練れるしな」

「おいおい、それを目の前で言ってしまっては、教えてもらえる物も教えてもらえないんじゃないかい?」

「いいから答えろ」

 

俺の問いに奴は答える事無く、ふと、アトリエの入り口付近に視線を移していた。

俺も釣られるようにそちらを見ると、トトリが若干不安そうな顔で俺達を見ていた。

 

「トトリ……」

「あっ、え、えっと……お、お邪魔でした?」

「構わないよ。ところで、トトリちゃん、だっけ?」

「はい?」

「君、錬金術士なんだよね。よければ、錬金術に使う物を色々と見せてもらいたいな」

「あっ、はい。いいですよ。それぐらいなら……」

「ありがとう。それじゃ、失礼」

 

トーヤはそう言って、トトリのコンテナを開いた。

中に入っている素材の1つ1つを興味深げに覗き、一頻り唸ってから、奴はコンテナを閉じた。

 

「いやぁ、ありがとう。どうやら、その辺の道端に落ちているような物でも、錬金術の材料にはなるようだね」

「はい、そうですよ。石ころとか木の枝とかでも、全部使えちゃうんです」

「……どう言うつもりか答える気はないようだが……妹に手を出そうと言うなら、容赦はしないぞ」

「そう怖い顔をしないでくれ。今日は別に、君や君の周りの人々に手を出そうと思って来たわけじゃない。あまりにもありふれた言葉だけど、神に誓ってもいいぐらいだね」

「……」

 

嘘をついているのか、それとも、本当に心からの言葉なのか。

俺にはそれを見極める事ができなかった。

 

「……トトリ、俺の部屋から、剣を持って来てくれないか?」

「えっ?ど、どうするの?」

「いいから。1本でいい」

「う、うん、わかった……」

 

トトリがアトリエを出て行く。

その数秒後に、トーヤが口を開いた。

 

「おやおや、あまり穏やかな雰囲気じゃないね」

「ひとまずはお前の言葉を信用する。けど、言葉に反するような行動をとったら、迷わず斬らせてもらうぞ」

「わかったよ。僕も死ぬのはごめんだ。そんな痛い目にはもう会いたくないね」

「……?」

 

痛い目には……『もう』会いたくない?

まるで、一度命を落とした事があるかのような言い振りだが……こいつは一体……?

 

「いや、失礼。少し失言だったかな」

「……まぁ、この際、お前の身の上についてはどうでもいい。用はまだ済んでいないのか?」

「そうだね……どうすれば用が済んだ、と言えるだろうか……僕は君と世間話をしに来たんだ」

「誰かに話せるような武勇伝は持っていないんだが」

「なに、友人同士なんだ。他愛のない話でも大いに結構じゃないか」

 

……友人、か。

その友人とやらが、今やこうして自分に対する猜疑心に満ちた人間になっていると言うのだから、コイツにしてみれば皮肉な物だろう。

だが、周りの人達にとって、コイツが少しだけでも危険だと言うなら、俺はコイツの存在を許すわけにはいかない。

 

「お、お兄ちゃん、持って来たよ」

「ありがとう」

 

俺はトトリから、愛剣を受け取る。

トトリはまだ俺を不安そうな目で見ていたが、手荒な真似はしない、と言う旨を手短に伝えた所、どうやら少しは安心したようだった。

 

「……それで?何を話すって言うんだ?」

「そうだな……そう言えば、君の母親が、君の事を想って泣いていたよ」

「……何だと?」

 

母親……って事はコイツ、母さんと会ったって言うのか?

 

「どう言う事だ。母さんは数年前から行方不明になっているんだぞ?どこで会ったって言うんだ?」

「おっと、失礼。今の母親ではないよ。以前の母親だ」

「……相変わらず、わけのわからない事を言うんだな。俺は今も昔も『ラインニア・ヘルモルト』だし、俺の母親は『ギゼラ・ヘルモルト』ただ1人だけだぞ」

「ラインニア・ヘルモルトにとっては、ね。けど、僕が言っているのは『ヒダカ・シュンペイ』……おっと、こっちでは『シュンペイ・ヒダカ』の方が合ってるかな?シュンペイ・ヒダカにとっての母親の事さ」

「……もういい。お前と話してても、イタチごっこが続くだけだ。ダメ元で聞くが、母さん……ギゼラ・ヘルモルトの行方は知らないんだろ?」

「僕が知っているわけないじゃないか」

「……ああ。大体結果は予想がついたけど。だからダメ元で、って言っただろ」

 

自分から聞いておきながら、呆れを隠せなかった。

こいつはまるでわけがわからない。

悟りを啓いているのか、それともただ単に頭がおかしいだけなのか。

俺には判断のしようがない。

 

「……参考までに聞くが、その以前の母親って奴は、どうして俺の事で泣いていたんだ?」

「君が亡くなったからさ」

「……は?」

 

ますますわけがわからない。

こうして生きている俺と話をしているのに、こいつは俺が死んだと言った。

もしかしてコイツ、『自分には死者と会話する能力がある』とか馬鹿げた事を考えているんじゃ……。

 

「……亡くなった人は喋ることができない、って知らないのか?」

「おっと、勘違いしないでくれ。亡くなったのは『シュンペイ・ヒダカ』だ。君の言う通り、『ラインニア・ヘルモルト』は、こうして僕の目の前で、呼吸もしているし、言葉も話している」

「……この間もそうだが、お前は俺を、あくまで『シュンペイ・ヒダカ』だと言いたいんだな?」

「ああ。正確には『シュンペイ・ヒダカだった』の方が正しいが、この際気にしないでおこう」

「もし俺がそのシュンペイって人間だったとして、亡くなったはずの奴がどうして『ラインニア・ヘルモルト』として、この世界に生きているんだ?」

「簡単な事だ。生まれ変わったのさ」

 

また途方もない事を言い出した。

生まれ変わる……そんな事、起こり得るわけがない。

 

「そんな事が実際に起こったとしたら、人が死を恐れる理由がないじゃないか」

 

人はみな、死を恐れて生きている。

これは、世界の理とも言える事だ。

例えば人生に絶望した者などは、自ら死ぬ事を選ぶだろう。だが、普通に生活していて、今の人生に満足している者は、みな死を恐れているはずだ。

不慮の事故や病、死に直結する事柄その物すらも恐れるのだ。

だが、命を落としたとして、簡単に新たな人生を歩み出せると言う事実があったとしたら、どうだ?

人はみな、死を恐れず、自由奔放に、気ままに人生を送る事だろう。

コイツが言っている事はつまり、人が死ぬ事を恐れずに生活できる、と言う風にも取れる。

 

「確かに、人が死ぬ、と言うのは世界の理とも言える。だが、その死んだ人間が生まれ変わる事で、人の生き死にのサイクルが構成されている、と考えたらどうだろう?」

「……」

 

それもまた、世界の理。

だが、それはあくまで憶測の話に過ぎない。

少なくとも俺には、人が死んだら新たな人として生まれ変わる、と言う話は信じられない。

 

「さて、そろそろ僕は失礼しようかな。トトリちゃんがちんぷんかんぷんと言ったような顔をしているしね」

「あっ、トトリ……」

 

すっかりトトリの存在を失念していた。

けど本当に……コイツは一体何がしたいんだ……?

 

「突然の訪問、すまなかったね。ライナー、また会おう」

 

そう言って、トーヤは玄関から出て行った。

 

「な、何か、難しい話してたね。私には全然わからなかったよ……」

「あ、あぁ、そうか。悪いな、トトリの事そっちのけで話ばっかりしてて」

「ううん、私は大丈夫だけど……お兄ちゃん、あの人と何かあったの?」

「……いや、何でもないよ。心配するな」

「う、うん……」

 

不安そうな表情を見せるトトリだったが、本当の事を言えば、本当に不安な気持ちにさせそうだったので、俺は言葉を濁した。

いずれまた訪れるであろう、再会の時を案じながら、俺はその日1日を悶々とした気分で過ごしたのだった。

説明
この小説は、『トトリのアトリエ 〜アーランドの錬金術士2』の二次創作作品です。
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