IS〜狂気の白〜 第二話《学園入学》 |
IS〜狂気の白〜
第二話《学園入学》
動物園に住まう動物達にヒトと同じ精神があるなら、その心境はきっと今の自分とそう変わらないだろう、
と青年・織斑一夏は一人心中で嘆息する。
彼は、自身を演出家であり演者であると思っている。
だがそれは、あくまで世界を舞台に例えた上での話であり、本当の舞台に上がったことは一度もなかった。
しかし例えその経験が在ったとしても、これ程の、もはや質量すらも感じられる程の注目を浴びたことはなかったであろう。
向けられる視線の数こそ少ないが、これはもう無言の暴力と言っても過言ではあるまい。
……心の健康が損なわれるのを感じる…。
一夏は今、IS学園にいた。
彼は現時点において、世界唯一の男性IS操縦者になってしまった。
その事実は一夏の身に様々な厄介事をもたらした。
まず、マスコミが家に殺到。政府に出頭を命じられ、IS関連の企業からは自社製品の宣伝をされ、
研究機関からは(人体)実験の協力を請われ、酷いものはわざわざ家に出向き、「解剖させろ」とのたまう始末。
挙句の果てには、非協力的とみれば、連中は誘拐の実行に踏み切った。
もちろん、全て丁重にお帰り願ったが。
そんな一夏を案じた彼の姉は、彼をIS学園に入学させることにした。
IS学園は治外法権、日本国内に存在しながらもあらゆる国家の法が通らない土地。
その特性をもって、彼への干渉を最低限にしようとしたのだ。まあ、この土地でも厄介事は離れてくれそうにないが……。
「ままならないものだね、全く」
窓際の、見知った顔を視界の端に捉えつつ呟く。
織斑一夏は『前世の記憶を持つ転生者』である。
その事実を一夏自身は、普通の人間がまだ這い這いで行動範囲を広げていく赤ん坊の時分には、既に理解していた。
織斑一夏の前世の人物は、名を『ズェピア・エルトナム・オべローン』と言った。
しかしその名を知る者は、一夏の周囲にはいない。否、世界中の何処を訪ねようとも決して見つかる事は無いだろう。
何故なら、『ズェピア・エルトナム・オべローン』と言う人物はこの世の過去の人間ではないからだ。
平行世界、俗に『異世界』と呼ばれる場所よりやって来た、正真正銘の異世界人なのだ。
遠い異世界で死した彼の魂は、何の因果か今のこの世界の輪廻へと乗り込み、
そこで『織斑一夏』として廻る事となってしまった。
しかしここまで語った内容からは、まるで彼が、ズェピアの生前が普通の人物であるかのように思えるだろう。
そうではない。そうではないのだ。
嘗ての彼は決して人間ではなく、その相反の存在である怪物。
一般的には吸血鬼の名で知られ、前世の世界では『死徒』と呼ばれる、恐るべき人外の存在であった。
確かに死徒となる前の彼は人間だ。だが、死して尚500年の歳月を存在し続けるモノをただの人間とは呼ぶまい。
加えて言うなら、ズェピアはその死徒達の中でも、『ワラキアの夜』の異名を持つ最高位の実力者だった。
「はい!では次は…お、織斑一夏くん!」
思考している内に自己紹介の順番が回ってきたらしい。
一夏の在籍するクラスの副担任である、山田 真耶が一夏に呼び掛ける。
「はい」
緊張など微塵も見られず、余裕さえ持って返答し、立ち上がる。
「はじめまして。メディアなどで知る者もいるだろうが、織斑一夏だ。」
目を閉じたまま、些か芝居がかった調子で口を開く。
「この度、実に奇怪な縁により君達と勉学を共にする事になった。
男故に君達とは行動様式が多々異なるやも知れないが、よろしく頼むよ」
と笑みを浮かべる。それにより幾人かの女子が頬を染めるのは珍しいことではない。
一夏が自己紹介を終えて着席しようとすると、黒板側の扉が開き、教員らしき女性が入室してきた。
真耶との会話から察するに、このクラスの担任であるようだ。
入ってきた人物を見た一夏は、顔に驚きを浮かべ、次いで笑みを深めて喋り掛ける。
「これはこれは、半月ぶり、になりますかな?偉大なる戦女神《ブリュンヒルデ》」
バシッッッ!!
一夏が言葉を発した直後に、教室に何かを叩き付ける様な音が響いた。
「その回りくどい語り口調、直せと言ったはずだが?」
厳しい口調で一夏に話しかけるのは、彼の実の姉・織斑 千冬だった。
「これは手厳しい。だが、生憎とこれは生来のものでね。それを今更変えると言うのは、
本番直前に差し替えられた台本を滞りなく演じるようなものなのだよ。」
「…一言で言え」
「つまり、不可能ということだよ、姉上」
バシッッッ!!
「…女神が持てば、出席簿すらも武具と化す、か」
「下らん事を言っとらんで、さっさと着席しろ織斑」
「了解しました、織斑教諭」
出席簿を構える千冬を見て、これ以上は堪らないといった様子で着席する一夏。
(やれやれ、相も変らぬ強力無比。迎撃する腕がもたないね)
そう考える一夏を、察したらしい千冬が睨みつける。その瞳に込められた殺気を読み取り、冷や汗が流れた。
そんな弟から視線を外し、千冬は他の生徒たちに向き直り口を開く。
「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物に操縦者に育てるのが仕事だ。
私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。
私の仕事は弱冠十五才を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
カリスマと威厳溢れる言葉に、教室が数秒静まり返る。
(ああ、勇ましきかな英雄よ。その御姿に盛大な嬌声はつきものかな?)と、一夏は耳を塞いだ。
その瞬間―――――
「キャ〜〜〜〜〜〜〜!!本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて……!」
「お姉さまの為なら死ねます!」
大音量の高音の中、実に鬱陶しげな表情を浮かべる。
「……毎年、良くもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。
それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」
そしてその態度すらも憧れの前では栄養源にしかならない。
「もっと叱って!罵って!!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないようにしつけして〜!」
よりボルテージの上がってゆく女子生徒達から視線を外した所で、先程から感じていた視線に意識を向けた。
そちらに僅かに視線も向けると、小学生の時に友人であった少女、篠ノ之 箒が厳しい視線を此方に向けていた。
視線の意味について思考するが、何分、久しく会っていない相手の思考は読みかねる。
結局、箒の視線を解釈する前に始業のチャイムが鳴り響く事となった。
「SHRは終わりだ。諸君にはこれからISの基礎を半月で覚えてもらう。その後は実習だが、基本動作も半月で体に染み込ませろ。
いいな?いいなら返事、よくなくても返事をしろ。私の言葉には必ず返事をしろ。」
軍隊の様な言動は千冬のカリスマにより際立つ。
事実彼女は軍経験者かつISの実力者なので、その指導には説得力がある。
彼女の《指導》を思い出し、一夏は少し苦笑を浮かべ、それを見抜かれ睨まれる。
どうにもこの先の未来に形容し難い不安を覚え、一夏はやれやれと首を振った。
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狂気の白二話目です。 楽しんでくださると幸いです。 |
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