インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#13
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[side:簪]

 

二組に中国からの転入生が来た次の日の夜…

 

気の抜けたノック音の後に、

 

「千凪さーん、更識さーん。いますかー?」

 

と間の抜けた声がする。

 

この声は確か…一組の副担任の山田先生?

 

「はい。」

 

返事をしたら『お邪魔しますね』と山田先生が入って来た。

 

「あれ?千凪さんは…」

 

「空なら、多分一組の織斑くんのところで勉強を教えてると思います」

 

「そうですか。それじゃあ伝言をお願いできますか?」

 

…伝言?

 

「大丈夫ですけど…」

 

「それでは、『部屋の準備はできました』と伝えておいてくださいね。」

 

 

「…部屋?それってどういう事なんですか?」

 

「ええと、千凪さんがお昼休みに放送講座をやったり放課後に一組で補習講義をやってるのは知ってますよね?」

 

「はい。」

 

昼休みのは、一応。でも放課後の補習は初耳だった。

明日は放課後、一組に行ってみようかな。

 

「それに昨日から一組での授業を外部講師の扱いで受け持つ事になったんです。」

 

「はぁ。」

 

それも初耳。

 

というか、そんなんでいいんだろうか。国立IS学園。

 

「その関係で、副寮監室に千凪さんが引っ越す事になったんです。」

 

…つまり、講師扱いになるから生徒と一緒にするのではなくて別の部屋を用意したって事?

 

「織斑くん関係で部屋割の組み直しが終わるまでしばらく一人部屋になりますけど、そこは我慢してくださいね。」

 

「まあ、それはいいですけど。」

 

「それじゃあ、伝言をお願いしますね。必ず伝えてくださいよ。」

 

「はあ…」

 

『絶対ですからね』と言い残してから、山田先生は引き揚げて行った。

 

 

 

 

…とりあえず、伝言しなきゃいけない内容は『部屋の準備ができた』って事だけ。

 

で、それを伝えたら千凪くんはこの部屋から引越しになって副寮監室で寝泊まりする事になる。

 

 

 

それって、つまり………

 

『伝言を伝える=この(同棲)生活の終わり』…?

 

 

 

うん。黙っていよう。

 

で、山田先生に伝えたかどうか聞かれたら『忘れてました』って誤魔化そう。

 

 

うん、決定!

 

* * *

 

結論⇒無駄なあがきだった。

 

どうやら織斑くんの部屋から戻ってくる最中に出会って直接話を聞いたらしい。

 

テキパキとタンスの中身とか机の中身とかを片づけてゆく姿を私は呆然と眺めるだけ。

 

ふと、私のデスクの上に置いてある空間投射ディスプレイの基部が目に留まる。

 

「あっと、千凪くん。」

 

「何?」

 

「ディスプレイ、返すね。」

無理言って借りたモノだから返さなきゃ…

 

そう思ったけど、

 

「ああ、それはまだいいよ。」

と、あっさりと受け取りを拒否された。

 

「でも…」

 

「部屋こそ変わるけど同じ寮の中なんだし。」

 

「でも、」

 

「それより、もう同室になって一ヶ月近く経つんだからそんな他人行儀じゃなくてもいいのに。」

他人行儀っていうのは、名前で呼ばずに苗字で呼ぶ事。

 

姉さんとの和解が出来た次の日には『名前呼びにしてくれ』って言われたんだけど…

 

「あぅ……」

 

今の所、恥ずかしくて一度も言えた事がない。

 

「まあ、機会があったら副寮監室に遊びに来ればいいよ。」

 

「う、うん。」

 

荷物を纏め終わった千凪くんが鞄を肩にかけた。

 

「それじゃあ、また明日。」

 

「うん、また明日。おやすみ、そ……空くん。」

 

やった………ッ!

 

空くんはちょっとびっくりした後、にっこりと笑って、

 

「おやすみ、簪さん。良い夢を。」

 

パタン、と静かにドアが閉まって、私はベッドに飛び込んだ。

 

 

やった!

 

遂に、名前で呼んじゃったよ!

 

きっと真っ赤な顔を隠すように枕に押しつける。

 

あ、なんかいい匂い。

 

 

………ふと、思い出す。

 

私が飛び込んだベッドはさっきまで椅子の代わりにしてた場所で、ちょうど片づけをする空くんの背後。

 

つまり、奥側のベッド。

 

そっち側は私が使ってたベッドじゃなくて………

 

「ッ〜〜〜〜!!」

 

完全な自爆。

 

うん。自覚してる。

 

私は、たぶん、空くんの事が好きなんだ。

 

下手をすれば同性に見えなくもない彼が、ありのままの私を見てくれた彼が。

 

 

……この気持ちがホンモノなのかは判らないけど、もし本物ならば―――私は―――

 

とりあえず、一つだけ。

 

今夜は寝れそうにない。

 

* * *

 

翌日、脳内麻薬的なモノがダダ漏れになって生まれた脳内ドラマ『君と出会った春〜それは同室(ルームメイト)から始まった〜』(全467話総計934時間 続編製作決定)の作成&脳内上映によって殆ど一睡もできなかった私はようやく訪れた強烈な眠気に襲われていた。

 

「ふぁ……わふ、」

 

なんだかクラスメイトの視線が生温かいような気もするけど、あんまり気にせずに私は机に突っ伏す。

 

ホームルームが始まったら起こしてもらえるように頼んだから安心して………

 

 

 

「はい、それじゃあ授業を始めるよ。テキスト出して。」

 

その瞬間、私の意識は完全に覚醒していた。

 

がばっ、と飛び跳ねんばかりに起き上るとみんなの視線が集まってくる。

 

教壇に立っているのは、空くん。

 

「あれ?なんで空くんが…?」

 

もしかして、コレは夢なんだろうか。

 

覚醒したと思っただけで夢の中でも居眠りしてただけなんじゃ………

 

ぱこん。

 

「あう、」

 

混乱してたら出席簿で頭を軽く叩かれた。

 

その感覚でしっかりと目が覚めた。

 

うん。これは現実だ。

 

「目は醒めたかな?」

 

「う、うん………でも、なんで空くんが四組の教壇に立ってるの?」

 

「うん?この時間を担当する先生が風邪で休んでるから代理だけど?」

 

『今は授業中だから先生と呼ぶように』なんて言ってきた空くん。

 

「それじゃあ、目ざましついでにテキストを読んでもらおうかな。項目は――」

 

そうして始まった授業。

 

代表候補生である私からすれば事実の追認作業でしかなかった授業がやけに楽しく感じられた。

 

 

………とりあえず、脳内ドラマの脚本は書き変えないと。

 

ぱこん、

 

「あうっ」

 

「集中するのはいい事だけど、今は授業に集中しようか。」

 

「………ハイ。」

 

後に聞いた話だけど、一組の、織斑先生の授業の時は悶絶級の威力の出席簿アタックが飛ぶらしい。

 

この時ばかりは四組で、織斑先生の担当クラスじゃなかった事に感謝した。

説明
#13:閑話ある日の事
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