SPSS第4話〜黒い街〜
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「メルヘンランド? なにそれ、楽しそうだな!」

「いい所でござる。けど、そこに住む人々はみんな苦しんでいるのでござる」

「そうなのか……、キミも?」

「……そうでござる」

「分かった! このキュアデコルってのがあたしを選んだのなら、助けてあげる!」

「それがキミの未来を、成長を代償にするとしても、でござるか?」

「うーん……、いいよ、面白そうだし」

「かたじけないでござる。赤坂ありさ殿――キュアスター殿」

「オッケーだよ、ポップ!」

 

「カラミティエンド……嫌な響き」

「そうなの?」

「平和な世界を闇に染めることを楽しみとする集団でござる。彼らによって、拙者たちは平穏を失い戦っているのでござるよ」

「そんなことが……」

「ね? あすかちゃん、この子可哀相でしょ? 助けてあげようよー」

「……でも、私自信ないし」

「大丈夫だよ、あたしもいるんだしさ」

「拙者はあまり強く言えないのでござるが、デコルの輝きがキミを――紫藤あすか殿を選んだのであれば、心配はいらないでござる」

「……それなら、いいよ」

「やった!」

「真でござるか……」

「うん。頑張ってみる」

「しかし、その対価は大きいでござるよ……?」

「私は平気。ポップの国が助かるのなら、大丈夫」

「では、お願いするでござる、キュアミスト殿」

 

 

「ふうん……、じゃあその子はポップじゃなくて妹のキャンディがパートナーってことなんだ」

 自身の身長をゆうに超える玉座に飛び乗ってハッピーらの経緯を聞いていたスターがしみじみとした口調でそう呟いた。キャンディのたどたどしい口調とポップが彼女に見せる慈しみ、なによりハッピーら五人のまっすぐな瞳を見れば、感情に正直に生きるらしいスターは少し前までの敵意に似た感情をその瞳の色から消し去っていた。

「ごめんなさい。私たち、プリキュアになった時から覚悟はしていたんだけれど。正直に言ってやっぱり少し妬ましいわね」

 スターよりも理性に重きを置いているミストは自分たちが五人に対して無意識の内に抱いていた感情を取り繕うこともなく述懐し、瞳を伏せて頭を下げた。

「そ、そんな……。謝られるほどじゃなくって、むしろ私たちが謝られるくらい……」

 ハッピーが慌ててそう言うと、ミストは五人を見渡して首を傾げた。

「あなたたちになにかされたかしら? まあ、キミ呼ばわりは外見上仕方ないけれど」

「そうやなくってな、ウチらはそんな、対価なんて払ってへんから」

「ああ、そんなことか。それなら心配しなくていいぞ!」

 寝そべった体勢から腕だけで跳ね起きると宙返りをしながらサニーの目の前に着地し、スターはからからと人懐っこく笑ってみせる。

「どうして?」

「どうしてって、見れば分からない?」

「……たしかに、綺麗だね」

 ピースはスターの衣装のドレスのように広がった裾を手に取り、うっとりとそう漏らした。さらさらとした肌触りは砂漠の砂かあるいは渓流の清らな水かと思わせるほどに柔らかく指の間から流れ、地下の宮殿にほんの少しだけ届く光を強く反射して淡く発光しているように見える。

「あたしたちのと全然違う……しかも可愛い」

「ミストさんのデザインは美しいという形容が似合いますね」

「あら、ありがとビューティ。あと、私たちのことは呼び捨てにしてもらって構わないわ」

 片目を閉じてビューティの賛辞に応えるとミストはそう前置きし、舞踏会のお姫様のようにくるりと一回転する。ロングスカートがふわりと花開き、スターが得意げに鼻を鳴らした。

「すごいだろ? 素敵だろ? こんな可愛い衣装が着れたんだ、って思えばそんなに辛いことでもないしさ」

「少なくとも、あなた方に対して特に思うことは――代償云々に関してはありません」

「それ以外に関しては……?」

 小学生そのままな姿にも関わらず怜悧な印象を与える細い瞳のミストに対しておずおずとハッピーがそう訊くと、スターはミストの顔を見上げて腹を抱えて大笑い、一方ミストは一瞬驚いたような顔になるとスターをじろりと睨めつけて、

「それも特に…………、あ、これからよろしくね」

「ミストの、強面、相変わらず、怖がられてやんのー」

「笑うな! ほらスターも」

 くしゃんと頭を押さえミストがスターに促すと、スターも親指から中指までの三本の指を立てて顔の横に持っていき、

「これからよろしくね、みんな」

 同じく微笑みを返した五人とキャンディ。ポップは安心したように頷くと、差し出されたスターの腕に照れ笑いを浮かべながらも飛び乗るとちょこんとその肩に収まった。

「ねぇ、プリキュアってこの七人で全員なの?」

「そうでござる。……っと、そういえばここに伝説の戦士が全員揃っているということでござるな」

「バッドエンド王国もなくなったし、これでウルトラハッピーだね!」

「……ホンマか?」

「……違うと思う」

「え、なんで?」

 サニーとピースの白眼視されたハッピーがマーチの方へ目線を向けると、

「スターがさっき『これから』って言ったよね」

「つまり、これからやることがあるということですよ」

 ビューティの言葉にハッピーはようやく理解したように手を打ち、スターのけらけらとした笑い声を浴びてハッピーは苦笑した。

「分かってると思うけどさ、あたしたちの本来の敵はカラミティエンドのデストロンってこと」

「バッドエンド王国の瓦解を知ればまず間違いなくあいつは動くと思うわ。だから、今度こそ私たちが勝利する必要があるの」

 ミストが手元に視線を落とし、唇を噛みながらそう語った。その目は、間違いなく歴戦を経た戦士のように研ぎ澄まされている。まさしく、伝説の戦士・プリキュアにふさわしいそれ。

「カラミティエンド……お兄ちゃん、それってどんな人たちクル?」

「そうでござるな……、たとえば――」

 ポップが説明しようと目を閉じた、その瞬間。

「がああああああああああああああっ!」

 突如として絶叫が空を裂き、宮殿を揺らし、天井にひびが入るとガラガラと瓦礫が降り注ぐ。はっとして全員が頭上を仰ぎ見ると、天井の欠片を四つの腕で握りつぶしながら緑色の竜がのたうちながら落下してきた。首元に細い爪痕を残し、そこを中心に全身に傷を負ったその竜は、鳥に似る口の端から鮮血をしたたらせながら地に這いつくばると首をもたげ、その視線の先に七人の姿を確認すると、黄金の目を歪めてたじろぐのが分かった。

「貴様ら……スターとミスト! なぜここにいるぅ! 貴様らは前大戦で敗れ! 封印されたはずでは……っ?」

「その声、その姿…………ジョーカー?」

「あら、久しぶりね」

 切羽詰まったようなジョーカーの台詞にも二人は余裕を持ってどこかのほほんと答え、五人を守るように前に進み出た。

「危ないよ、二人とも!」

「そいつらは三……将軍をまとめて倒した強敵や!」

 ハッピーとサニーがそう忠告しピースとマーチ、ビューティも加勢しようと一歩を歩んだところで、スターがそれを手で制した。

「そう……、みんなはあいつなんかに」

「どうやら、あいつに少しずつ力を奪われていたようでござる」

「まったく、変わらないわね、カラミティエンドのすることは」

「その通りぃ! もはや私は、前大戦の私ではな〜いので、す、よおおおおおおおおおっ!」

 戦友の死を聞いても取り乱さないのはさすがに力を手にした時点でかけがえのないものを代償としているからと思えたが、ジョーカーをまっすぐに射抜く二人の視線に熱くたぎる炎を見えたのは、激情を抑えきれない少女のありのままな幼さなさを垣間見せるものに他ならない。努めたような冷静さも、おそらくはその実先輩プリキュアとしての自覚がそれを押しとどめようとしているからだろう。

 すさまじい咆哮を上げるジョーカーにスターとミストは凛然と対峙すると、ぎりっと生々しい音を立てて奥歯を噛み、

「許さないよ、ジョーカー!」

「あんたがどれだけ力を得たかは知らないけれど、一度も私たちに勝てなかったって、忘れたわけじゃないでしょう?」

「あなた方こそ、いったいどれだけのブランクがあると思っているんですかぁ? それでも私を一周できると、思って、……いるのかっ!」

 ジョーカーの手に黒い光が集まり、怒涛となって襲い来る。さきほどよりも速度が増したように見えるそれは、ハッピーらの予測を超えたそれでもってスターとミストを飲みこみ――

「いやああああああああっ!」

「んな……ことが」

「嫌……、二人がこんなに簡単に……?」

「待って、あれは!」

「お二人……っ!」

 マーチが指差したのは、闇の激流のさらに上、そこには、一瞬でジョーカーの方へ飛ぶことでそれを回避した二人の背中が見えた。

「ブランク? そんなもんあるもんか!」

「あるのはあなたへの怒りだけ……」

 ジョーカーの目前にスターが着地すれば竜は爪でそこを薙ぎ払い、壁を蹴ったミストが勢いそのままにそれを弾き返せば、その隙にスターは喉元へ強烈なアッパーを放つ。

「ぐ……うっ」

 呻きつつ上を向かされざるを得なかったジョーカーの視界に入ったのは、彼の掌を蹴った反動で舞い上がっていたミストがまさしく渾身の右ストレートを放とうとする姿。

「なんっ?」

「はああああああああっ!」

 目と目の間に落ちた一撃に、ジョーカーの長い首から上がゆらりと傾く。そのこめかみに、跳躍したスターの流星のような超速の回し蹴りが叩きこまれた。

「どこが変わったのさ、ジョーカー!」

「ぐううううううう、くそおおおおおおおおおおおっ!」

 すでに平静を欠いたジョーカーが、壁にめり込んだまま口と四肢から五条の闇を二人に向けて乱れ撃つ。しかしその乱撃すら造作もなく躱してみせると二人は揃ってその脳天にかかとを落とした。

「ジョーカーは昔カラミティエンドの若手将校だったのでござるが、前大戦では一度もあの二人に敵わなかったのでござる。その真意は違えど、ちょうど皆の衆におけるウルフルン殿らの立ち位置だったでござるな」

「へぇ……、狼さんたちの真意って?」

「先日拙者に語った限りでは、いずれ復活する二人に相応しい戦士に成長してほしかったようでござる。ジョーカーの監視の元仕方なしに戦っていた、というのももちろんあるでござろうが」

「そうなんだ、ふーん」

 心の一部をどこかに放り投げてしまったハッピーが視線を前に戻せば、ジョーカーの直上でミストが手にした道具――持ち手にハート形の装飾、ボディに羽根を持つ白馬のオブジェをあしらい先端部にはクラウンを模した突起を持つ純白のステッキ、名をプリンセスロッドという――を振りかざしていた。

「まあ、余計に語らうつもりはありません」

 冷淡に告げれば、光がプリンセスロッドの先に集まっていく。

「ジョーカー、手加減はしませんよ」

「? させるかっ!」

 狼狽したジョーカーが口から闇を溢れさせるが、スターの痛烈な拳に阻まれて攻撃に移ることは叶わなかった。

 神々しい光が紫色の粒子となってミストを取り囲み、頭上に掲げられた得物を中心に凝集されていく。

「プリキュア! イリュージョンミスト!」

 一点に収束した粒子は、爆発的な速度でジョーカーの巨体を覆うかと思われるまでに拡がると、その微細な粒の一つ一つが破壊力を持つかのごとく、表皮で弾けてはジョーカーを苛んでいった。いたるところで光の屈折を招き、ジョーカーはその光の乱反射の中で、まるで幻影が消えゆくように体を歪めていく。

「くうう、そ、がああああああああああっ!」

 だが、昔はジョーカーを大いに苦しめたその技も、やはり強くなったという彼の言葉通り、負傷はしたもののジョーカーにはまだ戦闘を続ける余裕は残っているらしい。

「ははははっはハハハハハハハっはぁ! どうだミストォ! 貴様の技はすでに私には――」

 ただし、それはあくまでミストとの一対一の対峙に限る。そもそも、彼女との連携を前提としているがゆえの手加減が含まれていたことに気がつかない時点で、ジョーカーの限界は知れていた。

「ありがとうね、ミスト! 残しといてくれてさ!」

 腰を落とし、ミストのものと同じプリンセスロッドを握りしめた右手を地面すれすれに構えたスターが、言葉と裏腹に引き締まった表情で左の手の平を高く掲げていた。

「スター! いつの間に!」

「どうだっていいよ、あんたには」

 熱を帯びた赤色の筋が幾条も彼女の周りを循環する。くるくると回転するそれは、次第に速度を増していくと白みを帯びるようになり、まるで銀河のような雄大な模様をそこに形成した。

「プリキュア! シューティングスター!」

 右手を勢いよく突きだせば、円を描いていた熱の束は道となりうねりとなって流星群のようにジョーカーの体を下から押し上げる。鱗に包まれたその身体は、軋み、呻き、叫びを上げて、

「しまっ――ぐああああああああああああああああああああああああああっ!」

 断末魔を残して、闇へと還った。

 これをまさしく圧倒と呼ぶのだろう。ハッピーら若い五人に脳裏を黒く染め上げるほどの恐怖を与えたジョーカーを、たった二人で翻弄し倒してしまったのだから。

「…………すっごい」

「なんや、あれ」

「圧倒的だね……」

「あたしたちが手も足も出なかったジョーカーを……」

「これが、真の伝説の戦士……!」

 カツ――ンと長く尾を引き、ミストはスターの側へ落ち着く。その瞳がかすかに潤んでいるように見えたのは、慌てて駆け寄ったハッピーのいつものドジ加減が見せた幻影だろう。

「…………また、会いたかったな」

「けど、仇は、取ったからね……」

 プリキュアという存在が見せた初めての得物を霧消せしめると、二人はぽつんと虚空に向けてそう告げて、五人と二匹に微笑みかけた。

「そんなわけで、これからの戦い!」

「カラミティエンドとの戦い、協力してもらうわ」

 例の三本指を立てたポーズをスターが見せれば、サニーが陽気にそれに応えた。

「そのポーズ、かわええなぁ」

「私のダブルピースだってかわいいもん!」

「ははっ、そういうことは自分で言っちゃダメだよ」

「まあまあ、その辺にしておきましょう」

 ビューティがマーチ他二人をたしなめると、ハッピーが五人を代表して進み出た。

「頼りない私たち五人でよければ。一緒に成長、していこ?」

「キャンディもいるクル!」

 キャンディが背中から肩越しに顔を見せれば、ポップは反対側の肩からスターの肩に飛び乗り、頬を染めてはにかむ。

「成長……うん! よろしく」

「じゃあ、戻ろうかしらね、何年ぶりかの故郷――七色ヶ丘へ」

 

 

 ウルフルン、アカオーニ、マジョリーナの三人に全員で協力して墓標を立てると、七人はスターとミストが開いた扉によって七色ヶ丘に帰還した。その作業中にポップに聞いたところによるとスターとミストがカラミティエンドとの戦いで封印されたのは今から五年ほど前とのことで、キャンディはまだ生まれていなかった頃らしい。

そのため、二人が故郷七色ヶ丘の土を踏むのは約九年ぶりということになるらしく、人目を避けて郊外の小高い丘に帰還先を選んだ二人はそこから望むことのできる風景に感嘆したように息をついた。日付はとうに変わっているのか、太陽はおよそ四十五度の高さにある。

「いやぁ……、いいところになったねーこの街も」

「まさか、また戻れるとは思ってなかったわ」

 変身を解いたスターとミスト――赤坂ありさと紫藤あすかの二人はその小柄な体系いっぱいに爽やかな薫風を浴びて大きく伸びをして、そしてしばらくして互いの服装をまじまじと見た。

「……どうかしたの?」

 同じく変身を解き、みゆきがそう声をかける。ありさとあすかは頬を朱に染めながら、五人からは視線を逸らせつつも時折羨望のこもったそれを向けていた。

「いやさ……はは、なんていうか」

「どっか具合悪いんか?」

「ううん、そういうわけじゃないけれど」

「変な二人……」

 ついにはくるっと背を向けてしまった二人だったが、その際に翻ったありさの着ていたシャツが白くほとんど無地に近いものであることになおが気づくと、れいかもそれに続き、

「そうそう、街は大きく変わってるの。だから、さ」

「みんなでお二人にこの街を案内しませんか? 可愛い洋服が売っている所も、たくさん知っていますしね」

 その言葉を聞けば、二人はぱっと明るい表情で振り返り、

「行こ行こ! レッツゴー!」

「ちょっと、お金ないでしょ? ……先に、家に戻っても?」

「うん! じゃあ二人の家に行って、それから探検で二人にウルトラハッピーになってもらおー!」

『おー!』

 駈け出そうとしたありさをあすかが首根っこを掴んで止め、みゆきが力強く片手を差し出せばそれに合わせてあかね、やよい、なお、れいかも声を揃えた。

 初夏の頃の涼やかな風が、少女らの笑顔を乗せて街中に拡がっていく。

 五人は、家に帰った後、家族からまず間違いなく説教を受けることすら忘れているようだった。

 

 

「ここ?」

「そうよ、ここが私たちが住んでいた家」

「九年ぶりか……懐かしいよ、あすか!」

 二人に案内されるがままに七人と二匹がやってきたのは、町の外れの一角にある薄茶けた三角屋根が特徴の建物だった。木製で温かな印象を与えるその建物の中からは何人もの元気な子どもの声が聞こえ、広いとは言えずともそれなりの数の遊具が揃った広場が生垣に囲まれている。そしてその生垣の先、アルミ製の門によって途切れた塀の部分には、『きぼうのさと孤児院』と書かれたプレートがかけられていた。

「おばちゃん、あたしたちの荷物取っといてくれるかな?」

「大丈夫よ、この孤児院、私たち以外にほとんど人がいなかったじゃない。今は、少し多いようだけれどね」

「こじいん? なんのことクル?」

「…………えっとね」

 しばし感傷に浸る二人を尻目に、キャンディは自分を抱いているやよいに向かって無邪気にそう問いかける。しかしやよいがなぜか答えあぐねている間に、あかねが答えを教えた。

「孤児院っちゅうのはな、親がおらへん子どもを預かる所や」

「なるほど。九年もの失踪に関わらずあたしたちが知らなかったってのは」

「親がいなかったから……」

 れいかが沈んだ調子でなおから言葉を引き継げば、ポップもいたたまれないようにありさの背中から言葉を投げた。

「拙者も、こちらの世界になるべく影響を及ぼさないようにプリキュアを探していたのでござる。それゆえ二人しか見つけられずに――」

「ポップ、そういうのいいから。あたしたちだって何年もメルヘンランドにいたからそのくらいの理由は察してたよ」

「私たちが戦えば、それだけ幸せになる家族が減らなくていいということ。そう思うと、私たち二人だけでよかったと思ってるわ」

 どうしても湿っぽくなる空気を払拭するように手をひらひらと振って、あすかはありさと繋いだもう片方の手を引いて門を越えようとする。だがその背中を引き止めたのは、れいかがぽつりと呟いたなにげない一言だった。

「そういえばここの責任者の方はちょうど九年前にお亡くなりになっていましたね。道理で失踪の話が浮かばないわけです……」

 れいかの言った通り、ここの管理人である世話好きな中年女性は九年前に急病で息を引き取っていた。しかもこの施設の運営には唯一の肉親である姉とその夫が猛反対していたらしく、葬儀はゴタゴタとしたものになった。結局その姉夫婦の娘が後を引き継ぐことになったのだが、従業員は管理人以外におらず児童もほとんどいなかったことから、ありさとあすかという二人の孤児の失踪は通っていた小学校すら把握できぬまま明るみに出ることはなかった。

 それはたしかに事実だった。事実だったが、あまりにも残酷だった。

 だが、足を止めた二人は、しばらく時間をかけてその事実を飲みこんでから、気丈にニッコリと笑ってみせると街の中心を指さした。

「仕方ない! 今日はウインドウショッピングするよ!」

「そうね。それに、この姿にはこの格好が似合っているわ」

 しかし、まっすぐに腕を伸ばしているありさも、恥ずかしそうにTシャツの裾を広げているあすかも、その表情に無理が介在しているのは誰の目にも明らかで、四人には声をかけることすら憚られていた。ただみゆきだけは腕を組んで首を傾げ、なにかを思案している様子。

「どうしたの、みんな」

「案内してくれるのではなくて? それとも、お金がないと楽しめない街なのかしら?」

「お金……違う、そうだ!」

 あすかの言葉に、みゆきは弾けたような笑顔に転じるとあかねら四人と円陣を組むようにして秘密の打ち合わせを始める。

「なに話してんだろうね、あの子ら」

「拙者にも分からんでござる、あの五人の奔放さというか奇抜さというか」

ありさが肩に乗るポップと顔を見合わせてそんな言葉を交わしている間に密談を終えたみゆきは、なんの裏面も感じさせない満面の笑みでこう告げた。

「まずは案内するよ、私たちの秘密基地に!」

 

 そう言いながらも、きぼうのさと孤児院から最も近かったやよい宅にてなんとか昨晩帰らなかったことを誤魔化してからいったん解散したためか、七人と二匹のうちありさとあすかと一緒にふしぎ図書館にやって来たのはポップとキャンディにみゆき一人だけという少数だった。

それでも二人はその好意を全力で汲むように大きな身振りでそこに漂う新鮮な空気を味わうようにしながら、そこに佇むプリキュアの秘密基地に入った。

「へぇー、こんな所があったなんてね」

「ふしぎ図書館のことは聞いていたけれど、いい所ね、すごく。落ち着くわ」

「すまんでござる。二人にはいつかここを訪れてもらう予定だったのでござるが」

「ありさ、あすか。キャンディとみゆきたちの秘密基地にようこそクル!」

 みゆきが扉を開ければ、その肩からキャンディが中に飛び込みつつそう出迎えた。

「やっほーキャンディちゃーん!」

「お邪魔するわね、キャンディ」

「いらっしゃーい」

 そうして室内に入った二人を出迎えたのは、当然と言えば当然だが先に訪れていたやよいだった。いつもよりも座席が増えている中でも定位置に着いていたやよいは、そう明るく歓迎すると机の上に広げていたスケッチブックを背後に隠した。

「やよい? どうしたんだー?」

「ううん、なんでもないの」

「隠したそれ、なにかしら?」

「な、なんでもないよ……」

「怪しい」

「怪しいわ」

「え、ええー?」

 二人のやんわりとだが矢継早な追求にやよいの頬が次第に赤く染まっていくと、見かねたみゆきが横から二人を壁際に寄せるとそこの椅子に並んで腰かけさせた。

「ちょっと、なにさ?」

「みゆきまで……?」

「いいからいいから、じっとしてて」

 みゆきは答えになっていない答えを返し、やよいの隣に座ると再びその正面に広げられたスケッチブックの中をのぞき見る。ありさとあすかからはその裏面とやよいがペンを走らせているであろう腕、じっとこちらを見るみゆきとやよいの視線しか見えず、ため息をついて互いに顔を見合わせていた。

 と、その時、

「ごめーん、遅くなったー?」

 大きな風呂敷を背負ったなおが扉を開け、やよいが懸命に絵に取り組んでいるのを見るとほっとしたように肩をすくめてから、みゆきと同じようにやよいの背後に回った。

「なお、その荷物なに?」

「風呂敷……、新たな産業でも誕生したとかかしら?」

 二人の推察になおはちっちっと指を振るだけで、食い入るようにやよいの絵を見ては時折二人の方を一瞥するという繰り返しだった。

「……ぶー」

「まあ、気長に待つのがいいかな、ここは」

 沈黙はそのまま続き、やがて、やよい本人によって破られた。「うん」と満足げに呟いて軽く頷いたやよいに、次いでみゆきが、なおが歓声を上げた。

「すっごーい、さすがやよいちゃんだね!」

「かわいいね、二人に似合ってるし!」

『似合う……?』

 二人が疑問符を浮かべれば、ここにきてようやくやよいはその絵の内容を、なおは持参した風呂敷包みの中を二人に見せた。

「……へぇ」

「……あら」

「いい感じでござるな」

「かわいいクル!」

 スケッチブックに描かれていたのはありさとあすかがスマイルを浮かべている絵、スケッチのようでスケッチではなく、二人は立派な洋服を着ている。そう、これはやよいの考案した二人の洋服デザインラフ。

「じゃじゃーん、あたしが持ってきたのはこれだよ」

 なおが広げた風呂敷の中には一通りの裁縫道具と色とりどりかつ種類も豊富な布や糸、さらにはなおのものと思しき、小学六年生くらいの背丈に丁度いい使い古しの洋服が詰まっていた。

「なおは裁縫ができるんだ、すごいな」

「まさか、やよいさんが描いてくれたお洋服を?」

「任せといて。あたしの得意分野だからさ」

 なおが作業を進めつつもどんと胸を張れば、続いたのはドアのノック音、そして、

「おーい、誰かおらんー? ちょいと開けてー」

 あかねの元気な声。

「はいはーい。あ、二人は普通にくつろいでいいからね」

 そう言ってどこか上機嫌で得意げなみゆきがドアを開ける。その矩形の光の中には、両手にビニール袋を持ち背中にはホットプレートを背負ったあかねが少々息を切らしつつ立っていた。

「ん、れいか以外はおるんやな。ならさっそく始めよか!」

 意気込んだように腕まくりをしてあかねが準備を始めれば、作業に没頭していたなおすらも顔を上げてそちらの方を振り返り、そうでない四人と二匹は言うまでもなく、瞳をキラキラとさせてテーブルを取り囲んだ。

「あかねちゃんの家はね、最近この辺りにできたお好み焼き屋さんなの」

「あかねちゃんのお好み焼きもとっても美味しいんだよ?」

「そんな褒めんといてやー。ウチ照れて、……もっと美味しく焼いてまうやろ?」

「あははははははは、それ逆でしょ、あははははははー!」

「ありさ……」

 下ごしらえをしつつ軽妙な口調であかねが笑いを誘えば、ありさの表情からはついさっき孤児院を訪れて以降否応なしにつきまとっていた陰が消え去っていた。これこそがスマイルの力なのだろうとあすかも力を抜いて息をつき、椅子に腰かけるとキャンディを目の前に呼んで愛で始める。

 そしてあかねに遅れること数分、二、三個のボウルに生地が満載されようとする頃合いになって、ようやくれいかがここにやってきた。最初から案内役のみを請け負ったみゆきを除けば、れいかが持ち込んだのは四人の中でも最も小さなもの。具体的に、A4サイズのクリアファイル一冊のみ。

「遅れて申し訳、ありません。……おじい様にうかがっていたら、思っていたよりも、時間がかかってしまいました」

 開口一番そう謝罪の言葉を述べると、張り切るあかねの背中を見てほっとしたように嘆息する。

「なあなあ、それは?」

「はい。これは、わたくしが考案した七色ヶ丘の案内マップです。ここは九年前と比べると大きく発展していますし、あかねさんのお好み焼きを食べながらどこへ行くか決めようというみゆきさんの提案に乗る形で、今作ってまいりました」

 ありさがぱらぱらとファイルのページを繰るのを、あすかは興味津々といった様子で眺めていた。ページには一つ一つここ数年で変化を遂げた場所やお店などの情報が写真を添えて解説してあり、とてもやよい宅で別れて数十分で完成するものとは思えなかったが、息せき切って携えてきたれいかの様子を見る限り、その頭脳の明晰さと真面目さがうかがえるようであすかはくすりと表情を崩した。

「さあ! 焼くで!」

 そんな掛け声とともに、屋内には一瞬でお好み焼き独特の香ばしい香りが広がった。ジューッという音が聴覚を刺激すれば、生地が泡を生じさせていく光景はお好み焼きの完成形を想像させるに十分で、それらが相まれば、自然と笑みがこぼれるのが人情というものであろう。

 そんな賑やかさが、かしましさが、ふしぎ図書館全体に満ちていく。

 

「できた!」

 なおがそう言って席を立ち、大きく伸びをしたのは作業に取りかかってから数時間を数えた頃だった。やよいのラフの上に畳んで置かれた洋服は、ありさ用のそれは黒いシャツとデニム素材に赤いラインを入れたボレロ、同じデニム生地のホットパンツに、あすかに宛てたそれは薄紫と白色のふわりとしたブラウスに膝よりも少し長い丈のギャザースカートという代物。とてもお古の手直しとは思えないクオリティなのは、さすがなおと言うべきか。

「すげー、超かわいいなこれ!」

「すご…………」

 ありさは嬉々としてそれを手に取り、あすかは逆に慎重な手つきで広げていく。尺も二人にぴったり合っていて、改めて全員から喝采を浴びたなおは照れたように頭をかき、

「まあほら、着てみてよ。気に入らなかったら直すしさ」

「オッケー! まあこんなの作ってもらっちゃって気に入らないはずがないんだけど」

「ホント……、あ、じゃあさっそく着させてもらうわね」

 やよいの美的センスは正しく、またそれを正確に描写する能力があり、なおにはそれを再現するたしかなセンスがあったようだった。着替えたありさとあすかの二人は他の五人と比べても遜色ないくらいにお洒落に見え、似合ってもいた。

「ありがとー、やよい、なお!」

「……感謝のしようもないわ。これすごく素敵、すぐにでも外を歩きたい気分」

 口元をほころばせながら二人が礼を言えば、やよいもなおも同じくらいまぶしい笑顔で頷く。そしてあすかの最後の言葉に、れいかは少し表情を引き締めると、

「では、行きましょうか。まずは『なないろ見晴らし公園』でしたね」

「あの近くの本棚っていうと、どこになるんや?」

「そんなこと気にしなくてもいいよ! 思い浮かべるのはみんなのウルトラハッピーな笑顔! レッツゴー!」

「いや、そういう問題ちゃうねん……」

 あかねの冷静なツッコミはまたしてもありさを笑いの渦に巻き込み、七人は笑顔を絶やさぬまま、本棚の扉を開いてふしぎ図書館を後にした。ありさは十五歳相応のはずなのに臆面もなくスキップをして、ただしあすかもそうしたいのをやむなく堪えているくらいに浮かれた調子で。

 だが――

 

 

 事態は留まるをよしとせず、風雲は急を告げる。

 七人と二匹がなないろ見晴らし公園の陰にひっそりと佇む本屋の書架に降り立つと、どこかずしりとした空気がまとわりつくような感覚があった。はっとして周囲の様子を窺えば、小さな扉の外は昼下がりのはずなのに夜のように暗く、子どもたちで溢れているはずの公園も不気味なほどにしんと静まり返っていた。

「……あれ、どうしたのかな」

 みゆきはのんきにそう言ったが、ありさとあすかはなにかを察したように表情を強張らせると外に転び出た。

 続いた全員がそこにたしかに一望できたのは、夜空に閉ざされた黒い街。近くに人の姿が見えないばかりか、その静寂は街全体に広がっている印象を受ける。時折走る稲光だけが、活気を持っていた。

「これ、バッドエンド王国のあれに似てへんか?」

「でも誰もいないよ? 人も、敵も、アカンベェだって」

「誰も……、そうだ、家は? 家族は?」

「……たしかに、非常事態はここだけとは思えません」

「みんなは一度家に帰って!」

「私たちは他にも人が集まりそうな所を探してみるわ」

 ありさとあすかの迅速な椎路にみな頷くと、二人もある程度の方角をアイコンタクトで決定し、それぞれ散り散りとなった。

 

 

「お母さん? お父さん?」

「どーこークールー?」

 キャンディを抱えて自宅に駆け戻ったみゆきだが、その呼び声は虚しく響くだけで誰にも届くことはなく、家中を駆け回ったみゆきは両親の寝室でがっくりとうなだれた。

 

「父ちゃん! 母ちゃん! げんきもおるか?」

 勢いよく引き戸を開け、のれんをくぐるも、あかねの瞳には家族はおろか客の一人も映らなかった。たしかに『営業中』と書かれた看板を表に確認すると、あかねは止まらぬ冷や汗をぬぐった。

 

「お母さん? いたら返事をして?」

 そろそろと部屋に上がるも、そこにやよいの母ちはるの姿はない。ふとした拍子に戸棚の上の父の写真が目に入ってしまうと、やよいの瞳にはじわりと涙が浮かんだ。

 

「けいた! はる、ひな、ゆうた、こうた! みんないる?」

 息を切らせながらなおが家に帰ると、たしかに五人の弟と妹が遊んでいた痕跡こそあれど、肝心のその姿は見えない。その双眸にずしりとした暗澹の色が浮かぶのに、時間はかからなかった。

 

「おじい様! お母様、お兄様! どこにいますか?」

 広い邸宅をれいかは全力疾走しながら呼びまわった。けれど動く影は池の魚すらあらず、次第に息が上がっていくと同時にれいかの声はか弱くなっていった。

 

「あのド外道! あたしたちのルンルン気分を邪魔するなんて!」

「そんなことを言っている場合じゃないでござるよ」

 そう悪態をつきながらありさが訪れたのはなないろ見晴らし公園から西へ数分走った所にある山の中腹に造られた自然公園だった。「コ」の字の形の山に三方を囲まれており眺望こそ優れているとは言い難いが、広大な天然芝のフィールドと山頂から吹き降ろしてくる涼風が老若男女に愛される広場として六年前に設計・施工されていた。

 とはいえ、やはりそこに生命はなく、強い風がするりと頬を撫でていくのみ。

「……もう! なんでカラミティエンドの連中は出てこないんだ!」

「たしかに不思議でござるな。それに、この攻撃の意図もまったく読めないでござる」

 ありさが靴で芝を掘り、苛立ちを露わにしていると、

「……教えてやってもいいぞ、小娘?」

 どこからかそんな高慢な声がして、ありさはその声のする方を――空をぐっと見上げた。

 

「ここにもいないとなると、やはり街の人はみんな……」

 腕を組み、右手で頬を支えながらありさが歩いているのは、なないろ見晴らし公園を東へ十分ほど進んだ先にある商店街だった。シャッターが下りているわけでもなく、むしろ開業中でなければならないはずの鮮魚店や青果店なども商品が放置されたまま人だけが姿を消している。賑わなければならないこの場所を探したからこそ、あすかは踵を返して合流地点に戻るべきと判断した。

「…………でも気になる。人々はどこにいったのかしら」

 数歩戻ってそう自問し、慎重に足を止めたあすかは、不意にきっと脇の店の方を睨みつけた。

「誰!」

「おや、見つかったか。少し欲張りすぎちまったかねぇ」

 その声の主は、しゃあしゃあと吐き捨てると隠れた店先から姿を見せた。

 

 

「お母さん……、お父さん……」

「みゆき、大丈夫クル?」

 しばらく泣きぬれていたみゆきだが、キャンディが心配そうに声をかければはっとしたように顔を上げ、ごしごしと涙をぬぐうとキャンディを抱きしめ、言った。

「大丈夫、大丈夫だよ。もちろんショックだけど、でも、私たちじゃないとお母さんたちは探すことができないってことくらい、私にも分かってる。私が諦めちゃダメなんだよね」

 ごめんね、と小声でそう言葉を締め、みゆきは立ち上がると玄関から外に出た。

 前向きさこそがみゆきの取り柄だった。次になにをすればいいか、どう動けばいいか。その最善の選択ができるのは、常に希望を失わない人間だけである。

「まずはみんなで集まろう。そこからありさちゃんとあすかちゃんに、カラミティエンドについて訊くんだ」

 キャンディにそう語りかけ、みゆきはぎゅっと靴紐を結び直す。

だが、いざ走り出そうとしたみゆきの背後に、ゆっくりとした怠惰な声がかかった。

「そんなに知りたきゃ、教えてもいいぜ……」

「誰?」

 声と同じようにゆったりと姿を現したのは、クマのように大きく漆黒の外套に覆われた体を持つ男だった。重そうな瞼を必死に上げてみゆきの姿を捉えると、その男は静かに口を開く。

「オレの名はスロウス……、カラミティエンド軍セブンクライシスの一員だ」

 

「セブンクライシス……やて?」

 家族の手がかりを求めて家の裏口に回ろうとしたあかねが物音を聞いて表通りに出てみれば、そこにはサソリの尻尾のように長い髪を垂らした女が佇んでいて。怪訝に思ったあかねが声をかければ、返ってきたのがこの言葉だった。

「そうよ。この私、ラストが在籍する特殊機関セブンクライシス……」

 ラストと名乗ったその妖艶な美女は、同性のあかねに対しても蠱惑的な笑みを浮かべ、

「要するに、あなたたちの敵、ってことよ」

 

「あなたが敵なら、みんなを隠したのもあなたってことね?」

 部屋にいられなくなったやよいが泣きながらマンションの外をとぼとぼ歩いていればその前にヘビのようなスーツ姿の長身の男が姿を現し、エンヴィーという名と敵であることを告げれば、やよいは涙を払ってそう訊き返した。

「そうだね……、たしかに僕たちが人々をさらったよ」

 二つに裂けた舌をちらつかせながら、かつてのジョーカーを思わせるようなぬるりとまとわりつく声で彼は続ける。

「さて、どこに隠したと思うぅ?」

 

「どこだっていい、みんなを返せ!」

 あかねと同じく、わざとらしく家の外から聞こえてきた物音になおが釣られてそこに行くと、そこには引き締まった体に拘束具のような装飾をした奇妙な装束をした男が立っていた。ラースと自分を称した彼は、なおの物怖じを感じさせない強い語気に唇を歪ませ、

「……ったく、最近の若いガキは。キャンキャンと生意気でうるせぇぜ」

 真っ白い髪を掻き上げ、ラースは懐からなにかを取り出すとなおの前に突き付けながら、

「返すわけねぇだろ! なんのためにこの俺がいると思ってんだ! このためだろ!」

 

「なんですか、それは?」

 屋上からした足音に気づいて庭に出たれいかが見上げれば、ブタを思わせるくらいに小柄で丸々と太った男が瓦の上にいた。れいかの凛とした視線を真正面から受けるとその男はグラト二―と言いながら自分を示し、手の平に乗せた青や赤の丸い珠を目にかざす。

「これぇ? まあ、教えて、あげようか」

 一言ひとことを紡ぐたびに息を切りながら、グラトニーはにっと不敵に口を広げ、

「これが、キミたちが探してる、人たちだよ」

 

「ふん! それでどうしようってんだい、プライド!」

 宙に浮いたままの男に向けてありさが吠えれば、プライドという男はライオンのたてがみのように金色で派手におっ立てられた髪を揺らしながら、手にした大量の青と赤の珠を懐にしまう。

「懐かしいな小娘、チビ妖精。また会えるとはな」

「御託はいらんでござる」

「そうかい怖いねぇ怖いねぇ。貴様らでは俺様に敵うはずがないのに」

 くくっと低く嘲笑し、プライドは髪を掻き上げると、

「教えてやるさ。これを生贄に捧げ、俺様たちはミラクルジュエルを精製するのさ!」

 

「ミラクルジュエル……、たしか、願いを一つだけ叶えるという伝説がありますね」

「そ。この俺っち、グリードちゃんにお似合いだと思わない?」

 キツネのように細い瞳を細めて対峙したグリードに、あすかは軽く鼻を鳴らして応え、

「どうせデストロンへの貢ぎ物でしょう? 似合う似合わない以前の問題」

「っていうと?」

 飄々とした様子でグリードが首を傾げれば、あすかは小さく息を吸って、ぎゅっと握った拳を開くとすらりと長い指を彼に突きつけた。

「あんたの好きにはさせないってこと! そんなものの精製、許すと思って?」

 朗々たる大音声が、空気を裂けば――

 

「それが分かっただけで十分よ! あんたはあたしが、この赤坂ありさ様が全身全霊をかけてぶっ飛ばす!」

 魂の咆哮が山間山林にこだまして――

 

「そのような非道な行為、わたくしが絶対に阻止します!」

 明瞭な言葉が夜空を裂けば――

 

「ふざけないで! あんたはあたしが止める! そんなことさせるもんか!」

 想いの丈が正義の矢となり剣となり――

 

「家族を、みんなを失うのがどれだけ辛いか……! それが分からないあなたは、せめて私が倒してみせる!」

 せき止められない激情が遠い距離を走って――

 

「この街の人はみんなウチのお客さんや! ウチが守りたいもん、全部奪われてたまるか!」

 溢れる愛情は空へと舞い上がる――

 

「返して! それは希望なの、光なの! 消しちゃいけない灯だから、だから……!」

 そして夜空に光るは、七色の輝き――

 

〈レディ?〉

『プリキュア! スマイルチャージ!』

〈ゴー! ゴー、ゴー、レッツゴー!〉

 少女らには分かった。声は届かなくとも、心が繋がっているということが。

「きらきら輝く、未来の光! キュアハッピー!」

「太陽さんさん、熱血パワー! キュアサニー!」

「ぴかぴかぴかりん、じゃんけんポン! キュアピース!」

「勇気りんりん、直球勝負! キュアマーチ!」

「しんしんと降り積もる、清き心! キュアビューティ!」

「一等ちかちか、月夜の明星! キュアスター!」

「さらさら流れる、安らぎの霧! キュアミスト!」

 空にかかる虹の橋。暗い空は晴れずとも、光はたしかに降り注ぐ。

『七つの光が明日を照らす! 輝け! スマイルプリキュア!』

説明
http://www.tinami.com/view/448501 の続き 本格的なオリキャラ無双 次(最終話)→     http://www.tinami.com/view/448509  1話→   http://www.tinami.com/view/448492
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スマイルプリキュア! オリキャラ SS 

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