真説・恋姫†演義 異史・北朝伝 第八話「緒戦」
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 そこは、?と平原の郡境に位置する小高い丘の上。蒼天の下、黒地に白十字の牙門旗が、その地に揚々とはためいている。

 

 「……これが、袁紹さんの返事、ですか」

 『…………』

 

 怒りと呆れ。その双方を含んだその声を、眼前の二人に対して投げかける一刀のその背後には、徐庶と姜維、徐晃の三人が並んで立ち、さらにその後方には、蒼色の鎧を身に着けた?郡所属の兵二万が、整然と隊伍を組んでいる。そしてその反対側、つまり一刀の正面には、金色の鎧を身に着けた二人の女性が、その顔に無念の表情を浮かべて立っていた。

 一人は、腰まで届くほどの長いストレートの黒髪と、その紅い瞳が特徴的な、長身の美女。姓は張、名は?、字を儁艾。

 もう一人は、その張?の半分ほどしか背丈のない、首から下を全身鎧で覆った、童のようにも見える少女。姓は高、名は覧という。字はない。

 二人とも、一刀の治める?の街と同じ冀州にある、南皮を治める袁紹、字を本初の配下の将であり、ここには現在、一刀たちへの援軍としてその背後に居並ぶ“五千”の兵と共に訪れていた。

 

 「……俺たちはこれから、“十万”からの黄巾の兵と首謀者達が居る地を、攻め落とそうとしているんです。今回の乱を、早急に終わらせるには、今が絶好の好機と判断したからです」

 

 二人を冷たい視線で見据えたまま、一刀は務めて冷静に、その口から言葉を紡いでいく。

 実はこのほんの数日前、姜維とその配下の者たちの調べを、漸くの事で整理し終えた司馬懿の報告により、彼らは現在黄巾の支配下にある平原県の町に、その首領と思しき三人の人間が顔を揃えていることを確認出来ていたのである。

 ここ一年近くに渡って続いて来た黄巾の乱を終わらせる、そのまたと無いチャンスがついに訪れたと、一刀達は首謀者と思しき張三兄弟を捕縛、もしくは討伐する為の行動、すなわち平原攻略に出ることを全員一致で決断した。

 だが、そこで問題となったのが、一刀らと黄巾勢の彼我戦力だった。

 平原に集結している黄巾軍およそ十万に対し、?の戦力はわずかに三万。それも、万が一のことを考えると、すべてを動かすわけにはいかない。

 

 「さきに投降して来た彼らは、いまだ戦力として見込めませんし」

 

 この二日前。

 再び?郡に現れた賊たちの討伐に、一刀達はすぐさま対応すべく動いた。“以前”のような事態を、二度と起こさないよう、迅速かつ確実に事を成すために。ところが、いざその賊たちと現場で遭遇し、一刀がその名乗りを上げたその瞬間、予想外の事態が起こった。

 賊たちが、一戦も交えることなく、降伏してきたのである。

 

 「……あの時の事が、思わぬ形で返ってきたな」

 

 思わず事態に少々拍子抜けした一刀の隣で、徐晃がそうポツリと呟いた。以前に一刀たちが行った、過剰ともいえる程の殲滅行動が、おそらくは付近の賊達にも伝わっていたのであろう。

 噂というのは、それが恐怖を齎すものであればあるほど、人というのは過大に受け止めるものである。この時の賊達はまさにその典型とも言える形で、先の殲滅戦の話を受け取っており、一刀の名を聞くや否や、一瞬にして彼らに恐れをなし、その戦意を喪失してしまったのだった。

 その後、降伏してきた者たちの内半分が農民に戻って働くことを望み、残りはすべて?の兵として、その指揮下に組み込まれることになった。そして現在は、街に残っている司馬懿の指導の下、かなり厳格な訓練を彼らに対して行なっている真っ最中である。

 それはともかくとして、そういった戦力事情を鑑みた結果、それを補うために一刀たちが選んだ手段は、同じ冀州にある南皮の街を治める、後漢代の名門袁家の家長である袁紹に援軍を求めることだった。

 そしてその結果、一刀たちの下に現れたのが、張?と高覧の二将と、わずか五千程度の兵だった、というわけである。

 一刀達は、この結果に心底から失望した。

 四世に渡って三公を輩出してきた、世に名門と名高い袁家とは、所詮、名ばかりのものに過ぎなかったのかと。実際、事前の調べでは、南皮には戦闘可能な戦力が五万は居たはずである。なのに、送られたきたのはそのわずか十分の一だけなのか、と。

 

 「どうやら、袁紹どのには、本気で今回の乱を終わらせる気が無いと見える」

 「蒔ねえの言うとおりやな。こんな大事なときに、兵の出し惜しみなんかして。……あんさんらの大将は何を考えとんねん?」

 

 言葉は静かに、しかしその怒りは明らかに。袁家の二将に対し、不満の色を一切隠すことなく、姜維と徐晃はそう言い放った。

 

 『…………』

 

 それに対し、張?と高覧は何も言い返せずに居た。ただうつむき、その唇をかみ締め、その両の拳を思い切り握り締めたまま、小刻みにその体を震わせるのみであった。

 

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 「二人とも、少し落ち着いて。「しかしな」「せやけど」いいから。……張将軍、高将軍。そちらが今回の要請に対し、わずかに五千しか兵を出して来れなかったその理由、お伺いしてもよろしいですか?」

 

 怒り心頭、といった感じの姜維と徐晃を制し、一刀が二将にそう問いかける。それに対する二人の答えはというと。

 

 「……色が……です」

 「?色が……なんです?」

 「その、兵の鎧の色が、地味すぎる、と」

 「……え〜っと。それは、どういう……」

 

 張?と高覧の、その言葉の意味がわからず、首を傾げてさらに問い返すのは、徐庶。

 

 「……姫様曰く、名門たる袁家の兵は、装備もやはり、それにふさわしいもので無ければならない、と。……それで、すべての兵の鎧を、金無垢で統一してからでなければ、私は決して戦に出て行くことは無い、と。……そう、おっしゃっておいででして……」

 

 『……』

 

 開いた口がふさがらない、とはよく言ったものである。一刀達は正にそんな状態、そして心境であった。

 

 「……なんかもう、あほらしゅうて怒る気ぃも失せたわ」

 「そうだな。……張?どの、高覧どの。……大変だな、あんたたちも」

 『御同情、痛み入ります……』

 

 半分涙目になっている二人に対し、先ほどまでの怒りを一転、哀れみの目を向ける徐晃と姜維であった。

 

 「……とりあえず、そちらの事情は承知しました。ですがお二人とも、後ろの兵士たちを見る限り、別段代わり映えはしていないように、見受けられますが?」

 「そうですね。思いっきり地味〜な、黄色の鎧ですし……。まさか、とは思いますけど、お二人は袁紹さんの許しを得ず、独断で動いてきた、なんてことは……」

 『……』

 

 徐庶の問いに何も答えず、ただうつむくだけの二人。それは、彼女の憶測を認めたと同義であった。

 

 「……なんともはや。その心意気は買うが、それでも、主の意向を無視して、勝手に出てきた連中を使ったとなると、後々面倒なことにならないだろうか?なあ、一刀?」

 「それは別に心配せんでもええんやないの?“勝手に”出てきた連中が、“勝手に”ウチらと同じところで戦うた。で、“たまたま”思うた通りに動いてくれた。そんだけでええんとちゃう?な、輝里?」

 

 詭弁。

 そんな言葉を知っているかと、徐庶に問われ、何のことやらとそっぽを向く姜維と、やれやれとあきれた風に肩をすくめる一刀と徐晃の姿を見て、そんな彼ら主従のやり取りに唖然としていた張?・高覧の二人であった。

 

 「……ま、そういうことですから、もしこのまま、お二人が“勝手に”動いてくれるのでしたら、俺たちにはそれを止める権利は、ありはしません。……どうしますか?お二人とも?」

 

 一刀のその問いに、少しだけ互いの顔を見合わせた後、張?と高覧は笑顔になって、きっぱりと答えていた。

 

 『……喜んで、“勝手に”動かさせていただきます!!』

 

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 それとちょうど同じ頃。?郡内のとある邑、その中の宿の一室にて。

 

 「ぜーんぜん、駄目じゃないよ〜、人和〜。みんな、歌は聞いてくれるけど、その後の話はこれっぽっちも聞いてくんないじゃないの〜」

 

 机に突っ伏し、妹に対してそう愚痴る三姉妹の次女・張宝。

 

 「……そうね。それどころか、黄巾の“こ”の字でも口にしようものなら、ものすごい白い目を向けられるんだもの」

 

 はあ〜、と。次姉の台詞に同調しつつ、頬杖をついてため息を漏らすのは、三女の張梁。

 

 「この郡の人達、今の太守さんがすっごい好きなんだね。……おねえちゃん、ちょっときょーみが湧いたかも」

 

 そんなため息を吐く二人と違い、ただ一人だけ嬉々としているのは、長女の張角。

 

 スポンサーである張挙の指示を受けて以降、彼女たち張・三姉妹は、?の“街”を避けて、各地に点在する“邑”のみで、興行を打ち続けて来た。だが、その成果はまったくと言って良いほどに、芳しくなかった。人々は、彼女たちの歌にはその耳を傾け、聞き惚れこそするものの、いざ黄巾軍への助力を、という話を始めると、途端にその態度を百八十度変え、彼女たちを激しく非難し始めるのである。

 

 曰く。

 

 「誰が賊なんぞに手を貸すか!」

 「太守さまに歯向かう?そんな罰当たりで恩知らずなこと、できる訳が無かろうが!!」 

 「北郷さまは私たちを第一に考えてくれる、とっても素晴らしいお方よ!ふざけるもの大概にしてよね!!」

 

 等などと言った、一刀らを擁護する声が、そこかしこから挙がってくるのである。

 

 「正直言って、これ以上?郡での興行は難しいわ。そこでね、これから平原に向かおうと思うの」

 『平原に?』

 「そう。あそこには今、張挙さんたちが揃って出張ってきているそうだから、今後のことを直接話し合いたいと思うの。どうかしら、天和姉さん、地和姉さん?」

 「……そうだね。わたしも、それが良いと思う」

 「あたしもさんせー。ていうかさ、あたしらいつまで、連中の言う事を聞かなきゃなんないの?」

 「……もう暫くは、続けるしかないと思う。……それじゃ、明日の朝一番で、平原に向けて出発しましょう」

 

 折も折り、一刀たちが平原攻めを開始しようとしていた矢先。彼女たちもまた、平原に向かうことになったのであった。

 

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 河北平定のてこ入れ。

 張挙ら黄巾軍の首脳陣三人がそこを訪れたのは、遅々として進まないそれを、彼らが自ら指揮をとる事によって進捗させる、そのためであった。

 だが、いざ出陣の準備が整い、三兄弟がそれぞれに行動を開始しようとした矢先に、“それ”は始まった。

 

 《じゃーん、じゃーん、じゃーん!》

 

 「くそっ!また来おったのか!!」

 

 張挙の耳に飛び込んでくる、“何度目かの”銅鑼の音。慌てて庁舎の欄干に飛び出す。だが、やはり今回も彼のその行動は徒労に終わった。

 

 「おのれ……っ!!人をコケにしおってからに!!」

 

 ダンッ、と。手すりを思い切り叩き、はるか街の外を見やる張挙。緑の草原が広がる、誰もいないその場所を、ただただ、忌々しげに睨みつける。

 

 『兄貴!!』

 「純と弘か。……で、どうだった」

 「やはり今回もだ。大急ぎで出陣してみたが、結局、人っ子一人いやしなかった」

 「やつら、一体何を考えてやがんだ?銅鑼を鳴らすだけ鳴らしては、あっという間に姿を消しちまいやがる」

 「……まともに攻撃してきたのは、最初の一度きり、か。くっ!これではまったく気が休まらん!!」

 

 弟二人の言葉に、張挙はさらなる苛立ちを、募らせる。

 そもそもの始まりは、この二日前。黒地に白い十字の旗を掲げた軍勢が平原の街付近に現れ、彼らに対して攻撃を仕掛けてきたのである。だが、その戦力はぱっと見、わずか一万程度だった。

 張挙は街に駐屯している十万の兵のうち、三万を、その迎撃に向かわせた。そして、わずか半刻もしないうちに、それを潰走させた。

 

 「官軍など、所詮はこんなものよ」

 

 自信満々にその時はそう言って笑っていた張挙であったが、それから一刻ほどして、再び敵の進攻を知らせる銅鑼が、街中に響き渡った。

 またすぐに撃退してやる、と。勢い込んで出撃した彼の末弟の張弘であったが、いざ街の外に出てみると、そこには一兵の姿もなかった。

 

 「何かの見間違えだったんだろう」

 

 話を聞いた張挙は、そう判断した。だが、さらに一刻後、三度銅鑼が鳴り響き、今度は次弟である張純が兵を率いて出陣した。だが、結果はやはり同じであった。

 そんなことが、ここ二日に渡って、幾度となく続いているのである。

 時に一刻、時に二刻、あるときは四刻と。少しづつタイミングをずらしては、“敵”の出現を知らせる銅鑼が鳴り、張挙たちはその都度、慌てて出陣するものの、外へ出ると結局誰もいない。

 彼らは、一切気の抜けない状況で、ここ二日、ろくに睡眠を採っていない。兵たちは交代で待機させられるものの、それでも、いざとなれば全軍が動かなければならないかも知れないとあっては、ろくに休めたものではなかった。

 それこそが、相手の狙いだということに、まったく気づかないまま、彼らは警戒を続けた。兵たちに、厭戦気分が蔓延し始めていることにも、一切気がつかないままで。

 

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 「((疑信嘘狼|ぎしんきょろう))の計、ですか」

 「疑信、っちゅーのはまあ、なんとなくわかるけど、嘘の狼、ってなんやの?」

 

 一刀にそう問いかける姜維。ここは、平原の街から少しばかり西に離れた、一刀たち?郡勢の本陣である。

 

 「子供のころに読んだ、狼少年、って言う物語が、この策の元になっていてね。そこから取ったんだよ」

 「おおかみしょうねん、ねえ。一体どういう話なんだい?」

 

 始めて聞くその物語の名に、まるで童の様に瞳を爛々と輝かせた徐晃が、一刀にその内容を問いかける。

 

 「……昔々、ある村に一人の少年がいました。ある日、少年は村に近づいてくる狼の集団を発見し、大変だ、と、村人たちに教えました。結果、少年のお陰で村は救われたのですが、その時の村人たちの慌てふためく姿が、少年はとても面白かったらしく、それからというもの、ことあるごとに、狼が来たと、嘘をつくようになりました」

 

 その場で簡単に、件の物語のそのあらすじを、一同に対して一刀が語って聞かせる。

 

 「……なるほど。で、そうやって嘘をついて遊んでいるうちに、誰からも信じてもらえなくなってしまった、と」

 「そ。で、そんな時に、今度は“本当に”、狼の群れが再びやって来てしまった。……どうなったかは、言わなくてもわかるんじゃないかな?」

 「……そういうことですか」

 

 嘘をついた少年も、彼を信じなかった村人も、ともに狼の餌食になってしまった。確か、そんな感じの話だったよ、と。一刀はそう締めくくった。

 

 「とはいえ、俺たちはうそつき少年そのものになる気は、まったくないけどね。同時に、狼の役もこなすわけだから、さ」

 (……ね、((狭霧|さぎり))。とんでもないお人ね、北郷どのは)

 (ですね、((沙耶|さや))お姉様。……うちの姫とじゃ、天と黄河の底ほど、器が違いますね)

 (ほんとに。……はあー。なんで“あの時”、あたしはこっちを選ばなかったんだろ。あたしって、不幸だ〜)

 

 話のオチを聞かせたところで、口の端を吊り上げ笑顔を作ってみせる、そんな彼を見た張?と高覧が、小声でそんな会話を交わしていたりした。

 

 「で、だ。手としてはまず、最初にわずかの兵でもって、向こうに一当てする。適当にやりあった後、潰走した“ふり”をして、すぐに撤退をする」

 「そん時、ウチとカズがわずかの手勢とともに、向こう側に潜り込んどく、と」

 「……ほんとに、大丈夫なんですか?べつに、一刀さんまで一緒に行く必要なんて、これっぽっちも、無いと思いますけど」

 

 ジト、と。

 そんな視線を一刀と姜維に向け、徐庶が今回の作戦の内容に不満を呈す。敵の懐に間諜を忍び込ませ、内部工作をさせるのには納得できるが、何も総大将である一刀まで姜維ともに潜入する必要は無いのではないか、と。

 

 「なんや、輝里。やきもちでもやいとんの?安心しいって。べつに、これ幸いにって、抜け駆けとかしたりしいひんから」

 「別に、そんな心配をしてるわけじゃないわよ。ていうか、なんで私が、そんな事を心配しないといけないわけ?私は別に、一刀さんのことは特にその」

 「ほらほら、そういう話はあとあと。痴話喧嘩なら他所でやれ、二人とも」 

 「痴話喧嘩って……!ちょっと義姉さん!だから私は……っ!……まあ、いいわ。で、その後は、攻めかかる“ふり”だけを、続けていればいいんですね?」

 

 痴話喧嘩、と。少々状況が違わないでもないが、徐晃の口から出たその言葉に、僅かに心を動揺させながらも、表面的には必死になって冷静さを装いつつ、徐庶は続けて一刀が呈した策の内容を確認していく。

 

 「あとは、連中が完全に油断したころあいを見計らって、中から一刀たちが門を開ける。そして」

 「俺たちは黄巾の首謀者を捕縛、もしくは討ち取って、向こうの連中の士気を削ぎ、外のみんなはその時の混乱の隙を突いて、一気に中へとなだれ込んで、残存戦力を無力化する、と」

 

 自分で立てた策の内容確認を、一刀が自分の言葉で締めくくる。

 

 「ですけど、一刀さん?この策には一つだけ、穴がありますよ?もし、連中が痺れを切らせて、全軍で一斉に討って出てきたら、一体どうするんですか?」

 

 おそらくは一刀自身も解っているであろう、今回の策の唯一にして最大の欠点を、徐庶があえてその場で口にする。

 

 「それについては、張?さんと高覧さんに頼み、あ、いや、やってもらえたら、なことがあるんですけど」

 『は、何でしょうか?』

 「実はですね……」

 

 これが無駄に終わる事が、本当は一番望ましいんですが、と。そう前置きしてから、二人に“あること”を話す一刀だった。

 

 

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 そして、場面は再び、平原へと戻る。

 

 「……なら、お前たちはどうするというんだ?」

 

 目の前に座る三人の少女に対し、張挙が面倒くさそうに問いかける。

 

 「……ですから、契約を今日限りで、破棄させて欲しいんです」

 

 それに、眼鏡を直しながら答える、張・三姉妹の三女、張梁。

 一刀達による策が開始された少し後、?での興行を行なっていた彼女たちは、今後の方針を雇い主である張挙らと話し合う為、戦を避けつつ、抜け道を使って密かに街中へと入り、この平原に集結していた張挙ら兄弟の下を訪れていた。

 

 「方針は変わらん。郡内で興行を続けて、向こうを徹底的に揺さぶれ」

 

 だが、彼女らか?での詳しい興行結果を聞いたにもかかわらず、張挙の考えは変わらなかった。

 

 「だったら、もうこれ以上、協力はできません」

 

 長女の張角がきっぱりと言い切り、その後、さきの張梁の台詞へと繋がったのである。

 

 「……そうか。わかった。なら望みどおり、契約は今日を最後としよう」

 『……!!』

 

 張挙のその言葉に、一瞬で喜色をその顔に浮かべる三人。だが、次の張挙の台詞で、その喜色に彩られた顔が、真っ青になって凍りついた。

 

 「ただし、だ。これまでお前たちに、興行費用として“貸した”金、総額百万貫。……すべて耳をそろえて返してから、の話だがな」

 

 にい、と。先ほどまでとは一転、凶悪な顔で哂う張挙。

 

 「!!ちょ、ちょっと待ってよ!!今まであんたがあたしたちに出してくれていたのは、あんたらの宣伝を各地ですることへの、”代金”だったんじゃ」

 「ああ?そんなこと言ったか?俺は覚えがねえぞ。ほれ、“借用書”も、ここにちゃんとあるぞ」

 

 張挙が一枚の紙を三人の前に出して見せる。そこにははっきりと、“金百万を借り受けました”と、張梁の字で書かれていた。

 

 「嘘よこんなの!わたし、こんなもの書いた覚えなんか……!!」

 「いい加減うるせえんだよ!ぴーちくぱーちく囀りおって!手前らみたいな顔と歌しか脳の無い女は、せいぜい媚だけ売ってりゃいいんだよ!」

 

 どがっ!!と。

 

 机を蹴飛ばし、そう怒鳴る張挙のその顔は、これまでに見せていた革命軍の長としての温厚な表情ではなく、山賊も同然といった感じの、凶悪で醜悪なそれになっていた。

 

 『……』

 

 恐怖に支配され、彼女たちはそれ以上何も言い返せなくなった。ただ、姉妹で抱きしめあい、子リスの様に、ふるえることしか、彼女たちには何もできなかったのである。

 

 (……無理が通れば道理が引っ込む、か。まさにそんな状況だな)

 

 その張挙らの一連のやり取りを、潜んでいた天井裏から見ていた一刀が、そんな言葉を頭に思い浮かべていた。

 

 (それにしても、乱の首謀者が張角達じゃないとはね。しかも、その彼女達はアイドルかよ。……どーゆう世界なんだよ、ほんとに)

 

 掴んだ衝撃のというか、思わぬ事実に思わず溜息をつく彼。

 最初の平原への攻撃の際、黄巾軍の中にこっそり、一部の兵たちと供に紛れ込んだ一刀と姜維は、現在別々に行動していた。

 

 (由は今頃、門を開ける準備に入っているころか。さて、黄巾の連中の厭戦気分も、だいぶいい感じになってきてるし、そろそろ頃合いかな……ん?)

 

 そこまで思考したその時、あわただしく部屋に近づいてくる気配を、一刀は感じ取った。

 

 「失礼します!物見よりの報告で、こちらに接近してくる軍勢を発見したとの事!」

 『何だと?!』

 (……は?)

 

 その黄巾兵の言葉に、それぞれ、違う意味で驚く張挙と一刀。

 

 「さっきまでの連中が、本格的に攻めてきたってのか?!」

 「いえ!先ほどまでの者たちとは、その旗が違います!旗は、紫の『董』旗です!」

 「紫の董旗……だ?おい、純に弘。お前ら、何処の奴の旗か知っているか?」

 「いや、俺は知らんな」

 「俺もまったく知らないぜ、兄貴。……どっかの田舎の官吏かなんかじゃねえのか」

 「……まあ、いい。何処の誰かはしらねえが、俺達に喧嘩を売るってんなら、いくらでも買ってやる!いくぞお前ら!これまでの鬱憤、そいつらで晴らしてやるぞ!」

 『応!』

 

 相手の正体は不明のままだが、それでもそのまま捨て置くわけにも行かず、兵の報告に対応すべく張挙達は慌てて外へと出て行き、その場に取り残された張角たちは、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

 それを天井裏から見ていた一刀は、突如起こったこの事態にどう対処すべきかを、その頭をフル回転させて考え抜く。

 そうして出した結論は。

 

 「……よしっ!」

 

 スタッ!!

 

 『!?』

 

 天井裏から、その室内へ降りることだった。

 

 「だ、誰よ、あんた!?」

 

 当然のように動揺する三姉妹。その彼女らに向け、一刀はにっこり、笑顔でこう言った。

 

 「俺は北郷一刀。……君たちを、スカウトしに来たのさ」

 

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 そして同時刻。

 

 その、張挙らが迎撃をしようとしている、平原を目指して進軍する一団のその中央付近、簡素ながらもしっかりとした造りになっている二頭立ての馬車の前で、馬上の人となった二人の人物が、何事かを話し合っていた。

 

 「なあ、賈駆っち。ホンマに、これで終わるんやろな?」

 「安心なさいな。ボクの情報に間違いは無いわよ。……それよりも((霞|しあ))、あの馬鹿の手綱、ちゃんと握っておきなさいよ?もしもまた」

 「そないしつこう言わんでも、ようわかっとるって。……にしても、なんで((月|ゆえ))っちまで一緒について来んねんよ?戦なんか嫌いなはずやろに」

 

 チラ、と目線だけを後方の馬車に移す、霞と呼ばれたその女性。

 

 「止めたんだけど全然聞かないのよ、月ってば。……太子さまと、何か話していたのは、知ってるんだけど」

 

 その女性同様、視線だけを馬車へと送る、賈駆と呼ばれた眼鏡の少女。

 その馬車の横には、紫色のビキニのような鎧を身に着けた女性が、柄の長い斧をその手に携えて並走し、周囲に警戒の気を配っている。そしてその馬車の中では、一人の少女が一本の竹簡をその手に持ち、こうつぶやいていた。

 

 「……殿下のご友人、北郷一刀さん、か……。へう〜。どんな人なんだろうな……」

 

 その一団の先頭には、紫色に染め上げられた少女の牙門旗が翻り、風を受けて静かにはためいている。

 

 『董』と書かれたその牙門旗。

 

 それは、涼州は安定の県令、董卓仲頴、その人のものであった。

 

 〜続く〜

説明
移植の九つ目。

今回は一刀達の平原攻略戦がついに開始されます。

では。
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コメント
ハーデスさん<だから恋姫の麗羽は華琳に勝てなかったんですよww(狭乃 狼)
この時代って権力よりも実際に戦に出て勝てるかのほうが大事な気がするけど…。て言うか恋姫の袁紹さんって演義の袁紹よりダメな気がする。(ハーデス)
たこむきちさん<なーいのでーすよー・・・(おw(狭乃 狼)
特に変更点はありませぬーなー・・・(たこきむち@ちぇりおの伝道師)
summonさん<序盤のダ名家は通常運転じゃあないと、色々詰みますからw(狭乃 狼)
相変わらずの駄名家ですね。続きを楽しみに待っています。(summon)
ふむふむ・・・・変わりませんか、それでも楽しく読ませていただいてますので、続きを楽しみに待ってます。(一丸)
アルヤさん<そうですね、初めから全部織り込み済みのものならいいでしょうけど、突発的な援軍はねえ・・・。でもそれを上手く活かすのが、輝里や詠たち、軍師の人たちですからねw(狭乃 狼)
一丸さん<・・・スイマセン。黄巾編までの間は何も変わりません。ごめんなさいorz(狭乃 狼)
援軍ってのはプラスに働くけれど策に対してはマイナスに働きそうな・・(アルヤ)
1ゲットww・・・・それにしても、やっぱり袁家だな・・・・はあ〜〜〜武将達がかわいそうだ・・・・・そして、董卓軍が来ましたが、さてこの急展開がどうなるのやら・・・にじファンどおりだったら、しってるけどwwではでは、続き楽しみに待ってます。(一丸)
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